第199話 中谷のヴァルハラ散策5
次にリックに連れていかれた先は第八階級大天使とそこに付属してる第九階級天使だった。
時間ももう押してきてたので、リックと俺の歩く速度も次第に早くなっていく。
ここさえ見終われば簡単なヴァルハラ探索は終了だ。楽しかったけどもうクタクタ。早く帰って寝たいな。
199 中谷のヴァルハラ散策5
「おぉ、ここが第8階級大天使かぁ……」
リックが言うにはここはミカエルが天使長を務めていて、音楽が盛んな場所らしい。
確かに色んな場所から楽器の音が聞こえて来る。リックが言っていた演奏場はきっと神殿の横にある建物の事だろうな。でもここの奴らは音楽が盛んって言うのは聞いたけど、専門はなんなんだろう。
俺たちだったら医療で熾天使はまぁトップの階級だから戦う時とか先陣切るんだろう。智天使だったら魔術の専門家が多いって言ってたし、座天使は記録を取るのが専門だろ?主天使は法律とか裁判官とかで能天使は戦のプロで権天使は弓兵のはず。
じゃあここは?音楽だけで食ってはいけないだろ?
「なぁリック、ここの階級の奴らって何が専門なんだ?俺らだったら医療だろ」
『ここの階級は簡単に言えばオールマイティだよね。何かに秀でてるって訳じゃなくて、全体的に能力の高い奴が選抜される。下位の階級なのに能力の高さは多分熾天使の次に来るだろうね』
「えぇ?それで八階級なのか?」
『まぁ熾天使と大天使、天使以外の階級は専門職が強いから比較対象にならないんだけど、良く言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏。何かに秀でてないって判断された奴ら大部分がここに送られる。だから天使を除いた全階級の中で一番人数が多い階級なんだ』
へぇ……じゃあまぁ戦うのも魔法使うのもある程度うまくて頭もある程度いい、個性の無い奴らが放り込まれてる場所なのかぁ。
『天使から他階級に希望する際に行きたい階級がなくて白紙で出したら100%ここに送りこまれる。そう言う奴、結構多い』
「そうなのか?」
『他の階級って入ってからも大変だろ?章吾がいい例だ。まぁそこまで興味引く階級がなくて、でも熾天使に入るほどの能力は無い。でも楽したい、そう言う奴が送られてくる訳。ここって熾天使同様に楽な階級なんだよ。だからさっき能天使の闘技大会にここの副天使長のラグエル様がわざわざ出席してたって訳。暇なの』
俺もここの階級が良かった。
だって力天使ってきついし!ここ何もないなら何もないに越したことはない!
「なんで俺が力天使に引っこ抜かれたのかなぁ」
『それ皆が言ってるよ。章吾は生前も医療に興味なんてなかったし、今も全くないのにね。でも君は異端審問をかけられる位だ。ラファエル様はお優しい御方だから同情したのかもね』
確かにあいつは優しい奴だ。
天使長の立場なのに俺個人にも気にかけて部屋まで来てくれたし、忙しい中できるだけ顔を出してくる。その性格のお陰か、こうして全体的に慕われてるんだろうけどな。
って話は変わるけど、じゃあこいつらは何の役に立ってるんだ?味噌っかすじゃないか?
「こいつらって役に立ってんの?」
『大天使の仕事は結構雑用的な感じだよ。まぁ警察みたいな仕事だよね。ヴァルハラ内の安全の確保、異端者の排除。後、最後の審判では熾天使、能天使、そして大天使が先陣を切って戦うんだ』
「最後の審判で?」
『そう、それぞれ役目が決まってる。魔法部隊が智天使と座天使、軍略などの状況判断や情報収集が主天使、弓兵が権天使、俺達力天使は後方支援、そんで最下位の天使は主天使の手伝いで情報収集やったり、武器の支給とかの雑用さ。戦わすには経験が浅いからね』
天使は随分統率がとれてるようだ。悪魔もこんな風に魔法部隊とかあるのかな?
でも前広瀬と遊び半分でソロモン72柱を調べたら、結構な数の軍団を率いてるって書いてあった。
そう考えたら天使は悪魔よりも人数が少ないのか?
「リック、天使より悪魔の方が数多いのか?起こってほしくないけど審判が起こった時、数で不利にならないのか?」
『天使の方が悪魔より圧倒的に数は少ないよ。でもソロモンの悪魔はともかく八割の悪魔は正直言って雑魚だ。審判が始まった際に天使、まぁ主に魔術部隊が一斉攻撃を仕掛けて雑魚の悪魔をほとんど消滅させる。そこからが本番なのさ』
「マジかよ……」
『向こうもそれを見越してる。雑魚では俺達に勝てないって踏んでるからね、向こうも天使の先制攻撃を生き残った奴を集めてからが本番なんだ』
「それで最終的に何対何くらいになるんだ?」
『ヴァルハラにいる天使は全部で大体百六十万って言われてる。天使を覗いたら数は多分百二十万ちょいくらいになるかな?悪魔も恐らく最終的には同じくらいの数になる』
本当に大戦争だ。世界大戦並みだ。
唖然としてる俺の肩を叩いて、リックはまだずっと先の話だって言ってる。
どうやらリックは知らないようだ。審判がもうすぐ怒るかもしれないって事に。でもそれをまだ言う必要もないって思ったから、俺は黙ってリックについて行った。
大天使の見張りにネックレスを見せて中に入らせてもらって広場まで向かう。ハープや見た事の無い弦楽器を奏でてる数人の天使達の姿を発見し、その周りには天使達が溢れていた。
その中心には結構屈強な体つきの男が野太い声で歌を歌ってる。多分オペラみてぇな感じなんだろうけど、俺良くわかんねえからなぁ。
「あれなんだ?」
『あぁ、あの方はサハクィエル様だね。大天使で一番人気のオペラ歌手。その横で弦楽器を弾いてるのがラドゥウリエル様。大天使の中で一番の奏者って言われてる方だよ』
どうやら弦楽器をひいてるラドゥウリエルは歌ってるサハクィエルの歌声が気にいらないらしく、舌打ちをして演奏を停止した。
『てめえやる気出せ!カス、のろま、役立たず!この俺様が直々に演奏してやってると言うのに、なんだその歌声は!?』
『仕方ないだろう、今日はコンサートのはずなのに……なぜ会場の都合で明日に延期なんだい?やる気も無くなるさ』
『仕方ねえだろ!楽器の調子が悪くて調整が間に合わなかったんだ!つべこべ言ってんじゃねぇゲスが!』
額に手を当てて本気で悲しがるサハクィエルって奴の姿はなんだかナルシーっぽい。あいつ絶対に自分の事格好いいって思ってるぞ。結構この光景は日常茶飯事なのか、他の奴らはにこやかに笑って見ている。
でも弦楽器を持っているラドゥウリエルはそれすらも気に食わないのか、また舌打ちをした。
『てめえらも散れ、この暇人どもが!金も払わずただ聞きは許さねぇぞ!』
『君がめついね。音楽の趣向にその考えはいけないな』
『うっせぇナルシーが!俺に文句つけてくんじゃねー!おいレミエル、てめえも何とか言え!』
『あたし?楽しくていいじゃない。ふふ……』
『ほら、姫もそう言っているじゃないか』
『ちくしょーどいつもこいつも!』
あいつかなりヒステリックな奴だな。フードを被って目を隠してる女の子がクスクス笑えばナルシー天使がそれに反応してる。
姫って言われてるし、あの女の子は誰なんだ?
「リック、あの子誰?」
『レミエル様だよ。幼い外見だけど、あぁ見えてかなりの魔術師らしいよ。いつもヌリエル様といるんだけど……今日はいないね。オオタカだからすぐに見つかるのに』
「え、人外?人間にはなれねえのか?」
『なんか本人、死ぬ間際に次は大空を飛びまわる鳥になりたいって言って亡くなったらしくて、ヴァルハラにオオタカの姿で招待されたらしいよ。本人かなり泣いたらしいけど、最近開き直ってるらしい』
俺もタカの姿で天国行かされたら泣くな、うん。そいつの判断は正しい。
でもヌリエルって奴は今はいないみたいだな。
『おいてめぇら!さっきから何こっち見てブツブツ言ってやがる!?』
急に他の奴らの視線がこっちに向き、ラドゥウリエルが俺達を睨みつけている。
あ、やばい。目立っちゃった?
皆が見た事がない俺達に怪訝そうな表情を浮かべてるけど、ネックレスを見たら納得した様な顔をした。
『ラドゥウリエル、彼らは力天使の客人だ。ヌリエルが今日来るから歓迎するようにと言っていたよ。さぁお客が来たからにはパフォーマンスするべきではないかい!?』
『てめえ本当に変態だな。でも確かに見た事ねえ奴らだ……おいてめえ来い』
指さされて俺達は焦ったけど、ラドゥウリエルは手招きしてる。
行かないと怒られそうだから俺達は渋々近寄った。でも予想外な事にラドゥウリエルの目は輝いている。
なんだこいつ?なんでこんなに目をキラキラさせてるんだ?
『お前ら力天使の奴だったら医療のスペシャリストだよな?この間、脳を落ち着かせる音って奴を聞いたんだけどよ、あれってなんなんだ?何とか波って言ってたが』
リック助けて!俺まだそこ覚えてない!
でもリックはちゃんと覚えてた様で、今までのアホさがまるで無いスラスラと答えていく。
『あぁα波の事ですね。リラックス時に出て来る脳の振動の事です。まぁ簡単に言えばリラックスできる音楽、静かで繊細な曲を聞くと放出されるって聞いてます』
『へぇ……そうなのか!主天使の図書館に行けば分かるんだが、そんな暇がなくてよ。他には無いのか?』
『他にもありますが音楽で利用されるのはα波だけです。他のは主に刺激系の物なので、それこそ俺達が扱う薬物治療などのジャンルに入ります』
『すげえなやっぱ力天使は。いきなりの質問でも簡単に答えちまったぜ。流石医療のスペシャリストってだけはあるぜ』
納得したラドゥウリエルは嬉しそうににこにこ笑ってる。こうやってみたら同い年の少年の様だ。
暫くラドゥウリエルの演奏を俺達は聞いて、勿論ナルシー天使の曲もだけど、ある程度の時間が過ぎて次の天使に移動する事にした。
『章吾、そろそろ行こう。多分もうアズラエル様も終わってる頃だろうし、皆でご飯食べに行くだろ』
「あ、そっか。もうちょい聞きたかったけど、また来るよ」
『おぉ!おめぇらだったら顔パスだ。今度は俺の演奏を聴きに来てくれよ』
『何を言うか。メインは私の歌だろうが』
なんだか喧嘩が始まってしまったので、俺達はさっさと行く事にした。
でも急にレミエルが服の袖を掴んできて、俺は危うくこけかけた。
「ってぇ……」
『ふふ、気をつけてね。カイリエルが貴方を待ってるわ。ふふふ……』
「え、あ、有難う?」
『ふふ……』
なんだか不思議な子だな。正直に言って不気味って言うか……なんだか気味が悪い。
とりあえず礼を知って、俺とリックは大天使を出た。
『ヌリエル、どう思う?彼……私から言わせたらミカエル様が何をあんなに危険視なさるか分からないわ。ふふふ……』
『やれやれ、私がいる事がお主にはばれていたか。ばれてないと思っていたんだが……だが不思議な少年だ。ただ無知ゆえに来るものかもしれぬが、ラドゥウリエルも気に入っておったし、力天使が彼を可愛がるのは分かる気がするわい』
『そ~お?私には分からないわ。確かに変わった子とは認める。でもそれだけよ』
***
最後に俺達が向かったのは第九階級の天使だ。
死んだ奴が必ず行かされるって言われてる最下級の場所。そこで鬼軍曹のカイリエルとアナフィエルにしごかれて残りの八階級の昇格を待つ。俺はラファエルのお陰でそこをパスできたからいいけど、正直あんま行きたくないな。
大天使の敷地内にあるって言うから、大天使の敷地は他の階級の敷地よりもはるかに広い。まぁ天使は一番人数も多いって言ってたし、当然っちゃー当然か。
リックと向かっていると、敷地内から悲鳴が聞こえる。その声にビビった俺にリックは苦笑いを浮かべた。
『またアナフィエル様か……こりないなあの人も』
「そんなに鬼なのか!?悲鳴やべぇぞ!」
『ありゃそういう悲鳴って訳じゃなくて、皆が逃げてるだけだよ。アナフィエル様はドSだからね』
「はぁ?」
『天使は天使になった奴が最初に向かう場所、残りの八階級への登竜門さ。ここでヴァルハラでの常識や最低限の戦闘や魔術の知識を身につけさせられる。章吾が常識ないのはここをくぐり抜けてないからだね』
「うっせー」
『後は死んだ人間に裁きを与える事』
は、裁き?何言ってるんだリックは。裁きって……ここはメチャクチャ恐ろしい階級じゃねぇか。
でも俺が思ってる事とは違うらしく、リックは苦笑いをして首を横に振った。
『裁きっつーかお仕置き?天使じゃない人間の罰をここで流してもらうんだよ』
「どう言う事?」
『ヴァルハラはあくまでも天使の世界、ヴァルハラの管理下にあるのが天使になれなかった死後の人間の世界だ。そこで時期が来れば生まれ変わる機会を与えられる。けど生前に何か前科がある人間……まぁ軽犯罪を犯したり、少し悪い事に手を染めてる奴とかは死後の世界にそのまま行くことはできない。生前に罰を受け、刑期を終えたりして心を入れ替えた奴は別だけどね。でも地獄に落とすほどの行いもしてない、そんな奴らの罪を帳消しにする場所も兼ねてるの。まぁ暫く天使と一緒にここで鍛えられるんだよ。その任期が終わったら死後の世界に行く事を許されるって訳』
へぇ、じゃああそこで今までやって来た悪い事を償えってやつ?なんだか刑務所みたいなノリだな。悲鳴の中に笑い声も聞こえて来る限り、そんなギスギスした階級ではなさそうだ。
でも鬼軍曹とドSがいる階級とかマジで関わりたくない。
ここは適当に見て帰るのが無難だな。
「さっき大天使の神殿内にミカエルいなかったよな。ここにいるのかな?」
『いや、多分いないと思う。あと様つけなよ。あの御方は熾天使の神殿の更に奥にある神殿、“神の神殿”に常にいるんだ。大天使にはちょくちょく顔を出してるけど、天使には時々しか顔を出してないと思う』
「そこには行けないのか?」
『そこに行けるのは最低でも熾天使の称号を持ってる天使だけだよ。俺達は入る事は出来ない。あの神殿に部屋を設けられているのは七大天使と神の御前に立つ天使だけなんだ』
「七大天使?」
首をかしげた俺にリックは信じられないと言う顔をした。
そんなに変な事聞いたか俺。
『章吾……常識なさすぎるよ。七大天使は強いて言えば天界のリーダー軍団だよ』
「七つの大罪みてぇだな」
『まぁ確かに正反対だけどね、ていうか天界で迂闊にその単語出さないの!七大天使はそれこそミカエル様、ガブリエル様、ラファエル様、ウリエル様、ハニエル様、ラジエル様、ラミエル様の7人の事だよ』
「あれ?ウリエルも入ってんだな!なぁなぁウリエルってどこの階級なんだ?」
『もう様つけて!ちゃんと話すから質問攻めしないの!そして神の御膳に立つ天使がザドキエル様、サリエル様、メタトロン様、サンダルフォン様、バラキエル様、カマエル様、ラグエル様だよ。そうそうたるメンバーだろ?』
「んーぶっちゃけ数人名前覚えてないけどな。あははは!」
『章吾~……とにかくその御方達しか神の神殿の部屋は与えられないの!この人達がトップ集団なの!で、この神の神殿に部屋を与えられてる方は熾天使の称号は勿論持ってるし、他の階級に入らなくてもいいんだよ。現にウリエル様とメタトロン様、サンダルフォン様、サリエル様は他の階級には入ってなくて単独で仕事してる』
ふぅん……なんか色々あるんだな。難しくてよく分からないや。
頭に?を浮かべてる俺にリックは青筋が浮かんでる。
『もういいよ。これから教えてあげるから。とりあえず早く行こう、アズラエル様達も待ちくたびれてるかもよ』
「おーそうだそうだ!さっさと鬼軍曹とドS女を拝んで帰ろう!」
『それ絶対に本人達の前では言わないでね。章吾マジでメッタメタにされるよ』
「え、あ、うん。わかった」




