第197話 中谷のヴァルハラ散策3
『ラファエル様の刻印です。神殿内の散策の許可をお願いします』
『……構わないが通れるのは広場と記憶の部屋の1室“始まりの間”だけだ。それ以外の見学をした場合はこちらもそれなりの対応をさせていただく』
ローブを着た天使が事務的に事を伝えていく。
確かにここの階級は他の階級の奴らよりもいささか話しにくそうな奴らだ。
197 中谷のヴァルハラ散策3
リックは今までの態度と打って変わって、きちんと礼をして俺にも礼をするように促した。
言われた通りに礼をしてリックの後をついて行く。
「なんかここの天使怖そうなのが多いな」
『ここの階級の天使は天使の時にどんな酷い仕打ちを受けても決して情報を漏らさない、死を選ぶ。そんな覚悟を持った者だけがおくられてくる。じゃなきゃ天界全ての記録を備えた記録部屋の管理は任せられないからね。絶対に裏切らない忠誠心を持った者しかこの階級には入れない訳』
「それってお前も試させられたのか?」
『そうだよー不合格だったけど。まぁそれほどの忠誠心を持つ奴って少ないから、結果的に座天使は全階級の中で一番人数が少ない階級なんだ。懐かしいなぁ、あん時は魔女狩りで殺された姉ちゃんの仇を打とうって必死だったんだよ。結局俺も魔女を匿ってるっつって殺されちゃってさ』
座天使の条件とかどうでもよかった。
リックが死んだ理由の方が衝撃だったから。魔女狩りって聞いたことあるよ、中世のヨーロッパで行われてた虐殺の事だよな。詳しい事は分からないけど、むごい事が平気で行われてたって言う……リックはその時代の奴なんだな。
少ししんみりしてしまって何も話さなくなり数分歩いた先にでかい広場に出た。
ここがそうなんだろう。中にいる天使達はそれぞれが何かをサラサラ書いたり計算したりしてる。話しかけようと思ったけど、リックがむやみに話しかけるなって言ってたから話しかける事はしなかった。
『さっき言ったよね。忠誠心が凄い高い奴しか入れないって』
「え、うん」
『前までこの階級は比較的入る条件も簡易で天使長であるラジエル様も温和な御方だったらしいよ。でも変わってしまったんだ……最後の審判で反旗を翻した自分の部下、座天使の天使を見て』
最後の審判……じゃあ今の話を聞けば過去に最後の審判が起こったって話になる。
一応俺だって審判を止めようって思って悪魔と戦ってたわけで、リックの話に食いつかない訳が無い。
「どう言う事だ?」
『最後の審判の首謀者はルシファー、あの御方は天界1の天使だった。ラジエル様もルシファーに忠誠を誓っていた。でもルシファーが最後の審判を起こして天界を壊滅状態にまで追い込んだ。そしてその理由の1つとしてラジエル様率いる座天使の天使が情報を漏らしたのが関与してる。それからかな、座天使に入る条件に忠誠心が異様にこだわられる様になったのは……ラジエル様は今もこの事を悔やんでる。反旗を翻した天使達はほとんど抹殺されたって聞いたけど、十数人の堕天使達が今の地獄を構成してる。ソロモンの悪魔の中で座天使の位にいた悪魔はプルソンにベレト、フォカロル、フォルネウス、ムルムルとラウムかな』
「フォカロルとフォルネウスだって!?」
驚いた俺にリックはこっちに視線をよこした。
俺を殺したあのいけすかない水使い野郎は堕天使だったのか!あいつ本当にいい事をしないな。マジで懲らしめてやりたい。
『あぁ、章吾はフォカロルとフォルネウス、フルフルに殺されたんだっけ?フォカロルはその実力の高さから座天使の中でもトップクラスにいたらしい。ラジエル様の信頼も厚かっただけにショックも半端なかったんだろうね』
「そうだよ!思い出しただけで腹が立ってきた!でも意外といるんだな。他には居ないのか?」
『章吾と親しかったパイモンは第四階級主天使に所属してた。有名だったらしいよ、マルコシアスって奴といつも二人で一人だったって。二人とも堕天しちゃったけどね』
『貴殿、何者ぞ。この場が座天使の場と言う事を知らなんだ?』
話しこんでいると後ろから声が聞こえて振り返った先にはメチャクチャ気味の悪い天使がいた。
顔がいくつもあるのだ。腕に1つずつ、首にも1つ、頭にもいくつか。こんな不気味な天使見た事がない。固まってしまった俺を庇うかのようにリックがネックレスを見せた。
『オファニエル様、ラジエル様に聞いていませんでしたか?これはラファエル様の刻印です。本日は他階級の見学をさせていただけるとの話でしたので』
『ふん、我らが神殿に忌々しき力天使が入ろうとは……汚らわしい』
『失礼します。見学させていただければすぐに出て行きますので』
気味の悪い天使は言いたい事だけ言って消えていった。他の天使達がいる場所で大声できもいなんて事も言えずに、俺はただ黙るしかなかった。それにしても言われたい放題だった、なんだよあいつら……
リックが先に歩いていったから追いかけた俺達をそいつはジッと見ていた。その視線を感じたけど、怖くて振り返る勇気は俺には無かった。
『オファニエル、許可は私が出した。貴方に伝えなかった事は申し訳ない』
『イロウル、なぜ許可を出したのじゃ。わしはあの件から力天使が気に食わん』
『……彼の記録を取るにちょうどいいと思いまして』
『記録の間にはガルガリエルがおるか。奴に任せるとするかのぉ』
リックに手を引かれて連れて行かれた場所は沢山の書物が並べられた場所だった。
その一つを適当に取ろうとした俺の腕をリックが掴んで阻止した。なんだよ、触るのも駄目なのかよ。
『ここの書物は記録書だよ。読むのなら記録の間内にいる座天使の許可がないと触れない』
「面倒くさいな」
『記録書を読むのなら俺が許可を与えようか?』
同じ部屋にいた座天使の奴が顔をのぞかせてきた。他の奴らと違い、話しやすい空気を醸し出してるそいつに俺は少なからず安心した。
男は共にいた女に手を振り、俺の元に近づいてきた。
「いいや。でも下界が見れるって奴、あれをやりたいんだ」
『あぁ、あれを御所望で。構わないよ、だが誰が何を見たかは座天使として記録しなければならない。必然的に俺も立ち会う事になるが構わないか?』
「いいよ別に」
頷いた俺に男は手を差し出してきた。握手かな?
握り返せば、そいつは社交辞令なんだろうけど軽く頭を下げて自己紹介をした。
『初めましてだな力天使の客人、俺はガルガリエルだ』
「あ、俺は章吾でこっちはリック」
『ついてきな。こっちだ』
歩き出したガルガリエルの後を俺とリックはついて行った。何を見ようかな?面白いものでもあるのかな?まずは家族を見なきゃいけない。
でもワクワクしてる俺にリックはコソっと話しかけてきた。
『章吾、下手なものは見るなよ』
「え?」
『座天使は君の力天使の受け入れを主天使と一緒に反対してた階級だ。下手な物を見たら記録されてそれが証拠になる。座天使の記録書は公平な立場で物事を記録する誓いを立ててるから、例え嘘の情報でも座天使の記録書が絶対的な証拠になっちゃうんだからな』
『そうだなぁ、俺に記録されたくなかったら差し障りの無い物を見るんだな。下手な事は書き込まれないに越したことはない』
どうやら聞こえてたみたいだ。ガルガリエルはニヤリと笑って、俺達をドアの前に立たせて何かのファイルを持ってきた。
そこに書かれていたのは俺の名前。驚いた俺にガルガリエルはまた笑みを送って来た。
『この記録の間には全ての天使達の情報を記したファイルを保存してる。それはこれから天使になる者も含まれている。当然あんたの記録書だってあるんだ』
「ストーカーみたいで気味悪い」
『なんとでも。異端審問にかけられたあんたに文句を言われる筋合いは無いね』
やっぱりここの階級の奴らは好きになれない。
ガルガリエルが扉を開けて中に入った先には真っ白な部屋だった。何の変哲もない部屋。
そこにガルガリエルが何かを呟いて俺に振り返った。
『さぁ俺の許可は与えた、お前は何を見たいんだ?願った物が出て来るだろう』
まずは家族だ。それから……そう思った矢先、白い部屋が見慣れた家を映し出した。
俺の家だ!そう思って叫びそうになったけど、警察が家の前に数人いてびっくりした。え、これどういう状況?
飲み込めない俺を見かねてガルガリエルがファイルのページを開いて行く。
『あんたが死んだ事を家族は知らない。今あんたは行方不明の状態で警察が捜索中なんだ』
は!?なんだそれ。俺はフォカロルに殺された。つまりヴォラク達はそれを家族に教えてくれてないってことだ。なんだよそれ……池上達は何してるんだよ!
握りこぶしを作って怒りを我慢した。ここではぶつける場所もないから。泣いてるお袋に話しかける事も出来ない、それが凄くもどかしい。もうこんな光景見たくない。ヴォラク達はどうしてるんだろう?
そう思った瞬間、景色が歪みマンションの中が映った。これって広瀬のマンションだ。パイモンとヴォラク、ストラスが何かを話している。
見る事に夢中で気付かなかった。この光景をガルガリエルが記録を取っている事に。
『章吾!』
リックに呼ばれて気がついた。まずいっ記録を取られてる!
ガルガリエルにもういいよと言おうとして後ろを向いた瞬間、聞きなれた声が聞こえてきた。
『仮契約とか嫌だって言ってんだろ!俺の契約者は中谷だけだ!』
『ヴォラク、我侭を言われても困ります。仮契約をしなければどうしようもありません』
『主を救う為にお前は必要だ。優先順位を考えて物を言え』
『そんなの知るか!中谷は俺が助ける、天使だって悪魔だって俺がぶっとばしてやるんだ!』
ヴォラクの言葉に目頭が熱くなった。もうガルガリエルに記録取られてるとか、そんなのどうでも良くて、俺はヴォラクが映ってる画面に手を伸ばした。
「俺はここだよ、助けるんだろぉ!?早く来いよ!」
『章吾……』
「まだ俺やりたい事いっぱいあるよ……まだ何も満足出来てねえよ!」
なぁヴォラク!そう叫びかけた瞬間、映像が消えた。
振り向いた先には無表情のガルガリエルの姿。笑みを浮かべない表情は酷く恐ろしかった。
『ふん、さすが元契約者なだけあって悪魔の使役は慣れてるな。だが一応あんたは天使の兵として悪魔と敵対する側なんだ。くだらない情は持つな。もういい、外に出な』
腕を引かれて、追い出される様に部屋から閉め出された。
泣きそうな俺の肩をリックが叩いて、優しい声で話しかけてきた。
『ごめんね、次に行こう。もうここは見終わったよ』
「……うん」
去って行った俺の記録は全てガルガリエルに取られてる。俺のせいでヴォラクに何かなければいいけど……後ろを振り返ればガルガリエルが何かを俺のファイルに書いていた。それがなんの内容なのか怖くて想像すらしたくなかった。
『ガルガリエル、何を書いてるの?』
『ユカビエルか。いや、あいつのさっき見た事をそのままね』
『あの子は白と黒どっち?』
『さぁな、まだグレーゾーンだ。だが、どちらかと強く聞かれたら黒に近い灰色……そんな所だな』
『ふぅん……』
次に行く場所は主天使って所だ。座天使と一緒になって俺の力天使入りを反対してた所。
しかもそこの天使長とラファエルが異端審問で戦ったって聞いた。俺からしたら余りいいイメージは無い。そんでパイモンがかつて所属してた場所……
『章吾、ここが主天使の神殿だよ』
ここがパイモンが所属してたって場所なのか……想像してた通り、堅物そうな奴らが揃ってる。つか皆本持ってるし、パイモンにピッタリそうな場所だ。あいつ頭良さそうだし。いや、絶対いい。
俺こんなとこ入ったら多分一週間で死ぬ。絶対こんなとこ嫌だ、良かったー力天使に入れて。
リックがネックレスを見せて見張りの天使に神殿内の見学の許可を取っている。
今の見張りは青年と爺さんで二人とも怪訝そうな表情をしてる。
『あぁ、今日来るって聞いてた力天使のね……異端審問では随分とお世話になったね』
『無駄口を叩くなイオフィエル。こやつらに何言っても無駄じゃろう。関わってロクな事は無いぞ』
『はいはいすいませんねザグザガエル。どうも力天使の連中は好きになれなくてね』
失礼な事を言う奴もいたもんだ。ただいいよって言えばいいだけなのに、なんでオプションで嫌味まで付いて来るんだろうか。
リックは無表情のままで頭を下げて俺の腕を引いて神殿内に入った。
「嫌な奴らだな、なんだよあいつら!」
『余り声に出さない方がいい。イオフィエル様とザグザガエル様は主天使の天使長ザドキエル様の腹心だ。なぜあんな大天使が見張りなんて……』
「降格じゃない?」
『そんな馬鹿な。多分お前を見てみたかったんだろうな、見張りをやってれば確実にお前に会えるから。あの異端審問以来、主天使の力天使に対する印象は下がる一方だからな』
俺のせいで雰囲気が悪くなってるんだろうか。でもそんな事言われても俺が何か行動を起こした訳じゃない。むしろ流れに任せて何もさせてもらえなかっただけなのに。リックもこの神殿の中は居心地が悪いんだろう、表情は硬い。
そして俺達は主天使の広場までたどり着いた。広場の中には沢山の天使達が本を読んだり、勉強したり談笑したりしてる。でも皆が時間を気にしており、中央にある巨大な時計をチラチラ見ていた。
『第四階級主天使、天使長は法を司る天使ザドキエル様。ここは天界の揉め事や異端審問の裁判員が集まる場所さ。かなり頭脳が優秀じゃなきゃ入れない階級で、天界一頭が切れる天使達が揃ってる。まぁそんな頭のいい奴も少ないから比較的人数の少ない階級だけど。主な任務は情報収集と天界の法律決め、後は裁判を一手に引き受けてる。戦争では彼らは軍師として裏で暗躍するのさ』
あぁ、そんな感じするわ。頭が良さそうで周囲を馬鹿にしてる匂いがプンプンする。やっぱりここと座天使の階級は好きになれない。リックは図書館を案内するって言ってる。さっさとそこを見てこんな場所とはおさらばだ。
図書館は思っていた以上に沢山の天使達が居る。無料開放されてるだけあって他の階級の天使達も頻繁に利用するらしい、力天使の天使にも会って少し会話をした。
確かにここの図書館は広い。俺達力天使が使う医学書のスペースだけでもかなりの広さだ。逆に本を探すのが大変そうだ。他にも魔術書や法律の本、果ては料理の本やダイエットの本、思った以上にバラエティーに富んでる。
料理の本をしげしげ眺めてる俺にリックは苦笑い。その時、ざわめきと共に皆が道を開けた。視線を寄こせば、そこには1人の青年と付き添っている女がいた。青年の方は金色の髪に所々黒のメッシュが入っている。女の方は軍隊の様なカッチリした服装だ。
「リック、あれって……」
『あの方が主天使の天使長ザドキエル様と付き添ってる女の人が副天使長のサキエル様だよ』
こいつがザドキエル……
ザドキエルは1冊の本を取り、目を通している。はぁ……頭の良さそうな坊ちゃん顔だ。
『章吾、頭を下げに行こう』
「え!?やだよ!」
『天使長がいるのに俺達が横を素通りするのはまずい。どちらにせよ見学の許可を貰っている以上、出会ったら挨拶に向かうのが礼儀だ』
リックがそう言うもんだから嫌嫌だけど仕方なくザドキエルの元に向かう。
ザドキエルが俺達に気づき、視線を送った時、一緒にいた女がザドキエルを守るかのように前に出てきた。
ビビった俺と違い、リックは冷静にネックレスを見せてザドキエルに頭を下げた。リックが下げたのを見て俺も慌てて頭を下げる。
『私達は第五階級力天使の者です。本日は見学の許可を頂き、誠に有難うございます』
「あ、ありがとうございます」
『あぁ、君達が力天使の。タイミング良く私は帰って来たという事か』
思っていたよりも優しい声に顔を上げると、目の前の男はにこやかにほほ笑んでいる。なんか想像と違うぞ。もっと性格悪くてトゲトゲしてる奴と思ってたんだけど……
『顔を上げてくれ。その様に頭を垂れる必要などない』
『有難うございます』
リックも顔を上げてザドキエルに礼を言う。俺は持っていた料理の本を慌てて元の場所に戻して愛想笑いを一つ。
思ったよりいい奴そうだけど、やっぱここの空間は好きになれない。つか俺図書館嫌いだし。
挨拶も済んだし、さっさと帰りたいけど言いだすタイミングがない。ザドキエルも勉学に励むのはいいことだから積極的に図書館を利用してくれ、とかアピってくるし。
でも怪訝そうな表情をしたままの副天使長の女が時計を見て俺達に声をかけた。
『お前達、時間はいいのか?許可は今日しか出ていないだろう?』
『あ、そうですね。まだ回ってない階級があるんです。では今日は有難うございました』
「あ、ありがとうございましたー」
やっとこの場所から解放されるし。俺とリックは慌てて図書館を出た。
あぁ焦った!智天使と言い、なんで天使長がタイミングよく帰ってくるんだよぉ~
マジでやだなぁ。心臓に悪いぜ。
『彼が中谷章吾、ラファエルが寵愛する子か……』
『だが力天使に向いていると言う訳ではなさそうだが。ラファエル様はなぜ彼を』
『さぁね、だが自らの手元に置きたいが余り異端審問にも受けて出た。だが彼からは嫌な予感しかしないよ。天界全てを揺るがす何かをしでかす気がしてならない』




