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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
183/207

第183話 完全なる覚醒

 「大丈夫だよシャネル、俺が守るから」

 「拓也……?」

 「Υπεράσπιση. Απολύτως.(守る。絶対に)」


 さっきシャネルに教えてもらった単語をギリシャ語で伝えればシャネルは目を丸くして顔を少しだけ赤くした。そうだ、俺はシャネルを守らなきゃいけないんだ。こいつに絶対負けちゃいけない。もう動けなくなっても、戦えなくなってもいい、こいつだけは俺が倒す。



 183 完全なる覚醒



 『その逃走劇に何の意味もない。せめて俺の踏み台として死ぬんだな』


 ベヘモトがニヤニヤして暴れるように足で地面を踏む獣の頭を撫でる。

 この逃走劇に意味がないとかよく言ったもんだ。お前が望む未来なんて絶対に与えてやらない。俺は絶対に逃げ切ってやるし、こいつを倒して見せる。返事をしないで睨みつければ、相手の表情が少しだけ不快そうなものになる。


 『サタナエル様の炎を使え。悪魔に侵食されろ。分かってるだろ、もうお前はここでしか生きていけねえことくらい。妙な見栄は張るな、俺達に忠誠を誓え』


 誰が使うか。あの力を使ったらサタナエルを覆ってる水晶を溶かしていくんだろ?ちゃんと分かってるんだ、あれは使っちゃいけないって。だから自力で倒すんだ。俺の力で、魔法を使って。どのくらい使えるか分からない。アバドンの時に数回使ってしまったから頭はガンガンするし、連続使用なんてとんでもない。


 でも無理してでもいい、今戦わなくて連れ戻されたら俺は確実に後悔する。そんな事はしたくないんだ。


 せめてもっと強い魔法を使えたら、絶対にこんな奴に負けたりしないのに!ベヘモトが歩く度に起こる地鳴りで満足に前も歩けない。こんな状態で戦えなんて不可能すぎる。せめてヴォラクみたいに背中に羽があって空を飛べたら、かなり有利に戦えただろうな。そんなもん有りもしないけど。


 少し離れた位置からベヘモトが巨大な前足を上げ、踏みつぶすかのように降ろしてくる。それを全力疾走でかわして避けたけど、土煙に覆われて目の前が薄い茶色に包まれる。こんなんじゃ前見えねえし!でもそれは向こうだって同じことだ。今このタイミングで魔法を使ったら絶対に倒せるはずだ。土煙の中で、俺は剣にイメージを吹き込む。今度こそこいつをぶっ飛ばせるくらい巨大な竜巻を作って吹き飛ばしてやるんだ!


 剣が輝きだして、土煙の光がそれを遮断していく。そのお陰でベヘモトはきっとどこに俺がいるか分からないはずだ。そのまま剣をまっすぐ突きつけて再び俺は大声で叫んだ。


 「行ってくれ!」


 巨大な竜巻が剣から放出され、土煙をすいこんで茶色に変色していく。ずきずきと痛む頭を押さえて蹲る。でも大丈夫、まだ使える。このくらいでへばってなんていられない。クリアになった視界の先にはベヘモトの姿が確認できた。あいつは身動きも出来てない。

 これなら当たる!


 『だからお前の魔法程度じゃどうにもできねえんだって。いい加減学べ。そのチンケな魔法で俺達と対等になれると思うな。吸い込め、そのまま希望もろとも捕食してやりな』


 化け物の口が大きく開いた瞬間、巨大な音を立てて竜巻を吸い込んでいき、竜巻はどんどん奴の前で消えていく。しかし化け物はそれだけでは飽き足らず、俺達まで吸いこもうとしてきた。浮いてしまった自分の体を見て恐怖が襲いかかり、慌てて木につかまって吸い込まれるのをひたすら耐える。でもベヘモトは吸い込む力を緩めず、更にドスドスと音を立てて接近してくる。


 このままじゃ不味い、確実に負けるのはこっちだ!


 抵抗する術なんてない。手を放してしまえば間違いなく吸い込まれてしまう。しかもベヘモトの吸い込む力はシャネルまでも及んだ。シャネルも必死で木につかまっていたけど、力が限界だったのか身体が浮き上がって木から手が離れた。


 「シャネル!!」

 『拓也っ!』


 まずい!このままじゃシャネルが!俺のせいでまた殺してしまう!

 シャネルを守らなきゃ……絶対に何があっても!


 『さぁ吸い込んでやれ。希望の大切な大切なお友達をな』


 シャネルが殺される……俺を助けたせいで、こんな奴に殺される。そんなの認めない。シャネルだけは俺が守るんだ、俺が連れて帰るんだ、ずっと俺が守ってみせる。

 こんな奴にシャネルを渡してたまるか!こんな奴に殺されてたまるか!!


 「……ろしてやる」


 そうだ、簡単だったんだ。怖がる必要なんてないんだ。だってここは地獄、全ての犯罪が許される場所。殺した所で誰も咎めない、誰も分からない。俺は何を怖がってるんだ?殺す事か?そんな事を怖がってどうする。こいつのせいで俺は殺されかけた、そして今度はシャネルまでも殺そうとしてる。戦わなきゃいけないんだ!


 「殺してやる!!」


 そう叫んだ瞬間、周りが真っ白に光り、何も見えなくなった。

 でも真っ直ぐに伸ばした手をシャネルが掴んだ感触だけは分かった。


 『……すげえ、辺り一面を灰にしたな』


 真っ白な世界から真っ暗な世界に引き戻された視界には炭屑になった木々や真っ黒に焦げた地面、周りの景色が焼け野原になっていた。そして先ほどまでの余裕はどこにやら、ベヘモトは冷や汗を浮かべている。俺の腕に収まっているシャネルは複雑そうな表情を浮かべでいた。 


 ああ、今ので本当に悪魔になっちまったんだな。確かに何かが違う気がする。手に収まってる炎を今は自在に操れる気がする。


 『指輪と完全に融合しやがった。そうか、てめえの力を引き出すには恐怖よりも怒りが必要だったって訳だ』

 『うるさい、今なら負ける気がしない。今ならお前を殺せる気がする』

 『どうかな?俺だってただで負ける気はしねぇよ』


 シャネルを再び後ろに下がらせて、ベヘモトに向き合った。この炎さえあれば、こいつを倒せる。そうだ、最初から俺はそうするしかないんだ。これがなかったら俺は絶対に敵わない。結局はこれに頼らなきゃどうしようもない。

 

 再びベヘモトが前足を上げたのを確認して、俺も炎を構える。地面に叩きつけた前足と共に衝撃が襲いかかったけど、炎を前に突き出せば、風を突きぬけてベヘモトに襲いかかった。ベヘモトはその炎を払いのけて、巨大な地鳴りをまき散らしながら突進してくる。全てを蹴散らせばいいんだ。こいつの全てを燃やしつくせ。大口を開けて俺に噛みつこうとしてくるベヘモトに俺は手を振りかざした。


 『さあ、力比べしようじゃねえか!どっちが落ちるかな!?』


 “ねぇ、感じるんだ。君の力を、僕の力を……”


 不意に聞こえた声、夢の中で何度も俺に語りかけてきた声。そうか、お前がサタナエルだったんだな……ずっと俺に語り掛けていた、とうの前からお前は俺の存在に気づいていたんだ。ハッキリと聞こえた声に反応して手の中で燃えている炎が輝きを増す。ただそれを無心でベヘモトに突きつけて、俺は大声を出した。


 『殺せ!!』


 その瞬間、手から放出された巨大な炎がベヘモトを覆い尽くした。


 べへモトは口からものすごい風を放出し、真っ向から炎をぶつかる。辺り一面が真っ白な光に包まれ、とんでもない熱風が焼け野原をさらに真っ黒に焼いて行く。後ろにいるシャネルは目を瞑り頭を覆い、蹲る。


 “今回だけだよ、僕の炎はこうやって使うんだ”


 その声が聞こえた瞬間、炎はさらにまばゆく光り、べへモトを飲み込んだ。ベヘモトの悲鳴が響き渡り、ただでさえ焼け野原だった面積がさらに増えていく。炎は完全に俺の意志と関係なく放出され、自分で消すことはもはや不可能な状態にまでなっていた。その状態が数十秒続き、手から炎が消えたとき、巨大な化け物の姿は無く、そこには少年の姿をしたいつものベヘモトが全身にやけどを負いながら倒れていた。


 まだ生きてるのか……

 

 これを俺が倒したのか……その瞬間、何かに意識を乗っ取られべへモトの前に気づいたら歩いていた。


 『べへモト、久しぶりだね。僕の復活に協力してくれて有難う』


 口が勝手に動き、全身にやけどを負いながらも立ち上がろうとしたべへモトの表情が変わる。


 『さた、なえる、さま……』

 『待ってて、必ず君のところに降りるから。今はまだ』

 『なんでそいつの味方を……貴方にとって俺達は……』

 『君は大切な存在だ。でも、今回は見逃して。まだこの子にはやってほしいことがあるんだ。大丈夫、僕はちゃんと君たちの所に帰ってくる』


 サタナエルが、俺の意識を乗っ取っている?とんでもない恐怖と絶望が体中に走り、なんとかして追い出そうと考えるが何も解決策は思いつかない。しかし、べへモトとの会話を終わらせたのか、体が自分の元に戻ってくるような感覚がした。色々クリアになり、べへモトの前に膝をついた俺の体をシャネルが支えた。


 『俺、は……』

 『サタナエル様が、てめえを逃がせだとよ……ッ』


 全身焼け焦げて皮膚が剥がれているベヘモトが起き上がって苦しそうに息を吐いている。でもその表情は満足気だ。


 『さあ殺せ、殺して先に進めばいい。敗者は何されても何も言えねえ。事の顛末はサタナエル様に任す』


 なんでお前といいサマエルと言い、そう簡単に死んでもいいって言うんだよ。確かに罪が溜まれば悪魔は復活するんだろ?でもその間には何百年も時間がかかるんだろ?なんでそんな事を簡単に言えるんだ。

 色んな感情が溢れてきて気づけば泣いている俺にべへモトは驚いて目を丸くしている。


 『……なんでお前が泣く』

 『お前、馬鹿だよ……簡単に死んでもいいなんて言うな!レヴィを一人残す気かよ!』


 レヴィという単語にべへモトが反応する。自分にも大切な存在があるくせに、どうしてこいつはここまで……殺したいほど憎い、それは変わらない。でもそれ以上に殺す事が怖い。シャネルの時の様な絶望はもう二度と味わいたくない。

 涙を流す俺にベヘモトは呆れた表情を浮かべた。


 『どこまで甘ちゃんなんだよ。レヴィをお前が案ずる必要なんてねえだろ』

 『うるさい!とにかく死ぬなら勝手に死ね!俺の目の前からさっさといなくなっちまえ!』

 『……殺さねえのかよ』

 『殺す訳、ねえだろ馬鹿!俺は人殺しになんかなりたくねえんだ!』

 『いかにも人間がしそうな言い訳だ。綺麗事は人間の専売特許だからな』

 『うるさい!』


 どうしてだろう、こんなに憎いのに。こんなに消えろと思ってるのに。なんで殺せないんだろう。

 でもそれでいい、あいつは人間の専売特許って言った。じゃあ殺すのが怖いと思ってる限り俺は人間でいられるんだ。ベヘモトは傷だらけの体で俺を見つめて来る。俺だって全身が傷だらけだ、もう戦う気力もない。


 『じゃあ俺はお暇させてもらうぜ。さっさと人間の世界にでもどこにでも消えな。だが覚えとけ、サタナエル様の呪縛からお前は逃げられねえんだよ』

 『そんなもん、断ち切ってやる』

 『威勢がいいねえ。足掻くだけ足掻きな。最後には無駄だったって理解するはずだ』


 ベヘモトがいなくなった空間は急に静けさに包まれる。残ったのは焼け焦げた地面だけ。

 そして泣き続ける俺の顔をシャネルの手が包んだ。


 『拓也、偉い。大丈夫』

 『しゃ、ねる……』


 止めてくれてありがとう。人間でいさせてくれてありがとう。自然と炎は消えて、俺はシャネルに縋りついて泣いた。シャネルが居てくれなかったらどうなっていたか分からない。全部シャネルのお陰だった。


 “もっと、もっと欲しい。まだ足りない”


 頭に聞こえてきた幼い声。もしかしたら俺の今の炎でサタナエルは目覚め出してるのかもしれない。

 早く帰らなきゃ、あいつだけは目覚めさせちゃいけないんだ。



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