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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
178/207

第178話 君との邂逅

 「シャネル……」


 間違いない。忘れるはずがない、忘れられるはずがない。

 俺が殺してしまった女の子。ずっとずっと心に引っかかってた子……その子が目の前にいるんだ。



 178 君との邂逅



 シスター服を着ていないシャネルはどこからどう見ても普通の女の子で穏やかな表情を浮かべている。地獄にいるくらいだから悪魔になっているのは間違いないが、その姿は人間だったころと全く変わらない。

 

 笑ったらこんなに可愛かったんだ。あの時はそれどころじゃなかったのに、今目の前にいるシャネルは間違いなく俺が殺してしまったシャネルだった。まさかこんな所で会うとは思ってなかった。会いたいけど会いたくなかった。どんな顔をして会えばいいか分からないから。向こうだって自分を殺した殺人犯と会うなんて嫌だろう。


 シャネルがこちらに近づけば、逆にこちらは緊張で動けなくなってしまう。目の前で立ち止まったシャネルはじっと俺を見て何かを確認した後に安心したように笑った。


 「(怪我はちゃんと消毒してもらってるね。良かった)」


 ギリシャ語が分かるはずもなく、何一つ理解もできないけれど、笑ったシャネルに釘付けになってしまう。そのまま何も話せない俺を置いて、黙っていたアスモデウスがイポスに声をかけた。


 『イポス、何で君が俺達を……こんなこというのもあれだけど、俺を助けてもいいことはないと思うよ』

 『まったくもってその通りだ。だからさっさと俺の目の前から消えてくれ。反逆の種を庇ったとなると俺も体裁が悪い。あと勘違いするな、お前を助けたのは俺の意志じゃない、勝手に変な仲間意識は持つな』


 なんだこいつ嫌味すぎだろ。不機嫌丸出しで指までさして嫌味を言ってくるイポスにシャネルのおかげで和んだ空気は若干固まる。無言でイポスを睨む俺に相手も気づいたのかお互いに睨み合い、挟まれたシャネルは気まずそうだった。


 『生意気な餓鬼のままだな。だがサタナエル様の炎は扱えたようだな。今のお前の力じゃ悪魔をまくのは不可能だ。その力、活用するときは必ず来るぞ』


 分かってるよそんなこと……俺は何もできなかったけど、でもマステマと戦うにはサタナエルの炎が必要なのは分かってる。あの力以外で、俺が悪魔と対等に戦える武器がないから。

 黙って返事をしない俺を見かねて、アスモデウスが再びイポスに声をかける。


 『イポス、それよりもなぜ君は俺達が逃げる事が分かったんだ?正直、計画もほぼ立ててない思い付きの脱走だったから、君が俺達の行動をなぜ分かっていたか分からない』

 『ああ、こいつが来たからな』


 イポスが出てこいよ、と言って奥にある小さな小屋の扉を開けるとデイビスが出てきた。予想もしない人物の登場に驚きのあまり目が点になった俺にデイビスは顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


 「デイビス!」

 『馬鹿もん……本当に馬鹿もんがっ!』


 デイビスが涙を流しながら俺に抱きついてくる。それは父親が子供にするそれに似ている暖かさと優しさで、ただ動けなくなる。デイビスはただ「馬鹿もん」とだけ数回言い続け、スンと鼻を鳴らし、ゆっくりと俺から体を放した。


 『バルマから話を聞いた。お前が逃げ出したと……アスモデウス様ならこの場所を通ると思って先回りしたのじゃ』

 「え、じゃあ他の悪魔たちも……」

 『いや心配はいらん。あの通路を知っている者自体少ないのじゃ。わしもアスモデウス様から聞いて知ったからの。元々お前が監禁されているのはルシファー様の塔だ。わしのような下等悪魔は招待がない限りは中に入れんよ』


 デイビスが言うにはバルマから俺がいなくなったから知らないかという連絡を受け、真っ先にアスモデウスに捜索の協力をしてもらうために探したらしいが、それも見つけられなかったため脱走したと理解したらしく、デイビスの診療所にいたイポスに助けてくれるように頼んだらしい。


 イポスはデイビスの診療所に通っていたらしく、シャネルは献身的にイポスの世話をしており、そこにデイビスが話を持ち込んでシャネルがイポスに強くねだった為、仕方なく俺達を助けたと言う訳だ。

 

 安堵しているシャネルとデイビスとは違い、イポスだけはこの状況をよく思っていないのか渋い表情をしている。


 『いいから早く行け。この場所もいつ追手が来るかはわからん。俺もアリバイ工作しないといけないんだよ』

 「うるせえな!お前一人でどっかいけばいいだろ!」

 『なんだとてめえ』


 シャネルは俺とイポスに挟まれてオロオロしてたけど、何かを決意したのか間に割って入り、手を握ってきた。突然の行為に変な声が漏れ、イポスもシャネルの乱入に嫌味を言うのを止め、こちらを黙って眺めている。

 黙って会話を聞く体制をとった俺にシャネルは深呼吸して、ゆっくりと語り掛けた。


 「(ずっと言いたかったの。私は貴方に謝らなくちゃいけないって)」


 シャネルが何か大切なことを言いたいことだけは分かる。ちゃんとそれを理解しないといけないという子とも。アスモデウスに視線を向けると、向こうも俺が何をしてほしいのかすぐに察してくれてシャネルの言葉を翻訳してくれた。


 『君に謝罪がしたいそうだ』


 俺に謝罪?なんでシャネルが?むしろこっちがしないといけなかったはずだ。君は俺に殺されて、人生を終了させられて、こんな地獄に閉じ込められた。俺が謝るべきなのに、君が謝る理由なんてどこにもないだろ。

 シャネルは深々と頭を下げて、再度ごめんなさいと謝った。


 「(ごめんなさい。本当にごめんなさい。この世界に来て色々考えた。私の事、貴方の事、イポスの事、それと同時に自分がしてきた愚かさを悔やんだ)」


 シャネルは目に涙を浮かべている。

 何だかその姿が胸を締め付けて、空いている手でシャネルの涙を掬った。


 「(貴方がこの世界に連れて来られたと聞いて決意したの。貴方を助けようって)」


 助けようとしてる?殺してしまった俺を。君の未来を奪ったのは俺なのに、そんな俺を助けようって……どんだけお人好しなんだよ。こっちこそ目に涙がたまってしまい、耐えきれない涙が一粒零れ落ちた。俺こそ謝らないといけない。


 「俺こそごめん。君の全てを奪ったのは俺だ。謝ったって……償えるものじゃないけど」


 その言葉に目を丸くしたシャネルは首を横に振り、笑いかけてくれた。シャネルは分かってない。君の笑顔で俺がどれだけ救われるかを知らないんだ。全てが救われる様な気がした。シャネルの為に審判を止めようって中谷に以前話した。そのシャネルが今目の前にいる……俺に出来る事は一つ、シャネルも一緒に連れていく事。人間の世界にシャネルも連れてくんだ。

 そして他の人達も……


 「アスモデウス、シャネルがここにいるって事は悪魔に魂を奪われた人達もここにいるんじゃないのか?その人達も助けたいんだ」


 もしかしたらみんなを救えるかもしれない。生き返らせることは難しいにせよ、魂を開放したら生まれかわることは可能になるはずだ。せめてもの救いになるだろう。だけど首を横に振ったアスモデウスを見て、自分の提案が通らないことを理解する。


 『……それは難しいな。七十二柱によって連れて来られた魂はルシファー様の塔にある“封印の間”に押し込められている。あそこに戻る事は出来ない。戻れば今度こそ俺達は捕まえられる。下手な行動は命取りだ』


 つまり答えはノーだ。戻って魂を開放したいけど、戻ったら命とりなことは流石の俺でもわかる。うなだれた俺を見て申し訳なさそうに肩をたたかれる。救えないのか……ほかの人たちを。

 辛気臭くなった空気を感じ取り、イポスが咳払いをして会話の中心をかっさらう。


 『どうでもいいが、さっさと行ってくれないか。直にここもばれる。お前らも悪魔たちが追ってくるんだ。のんびりしてる場合でもないだろう』

 『イポスの言う通りだ。先を急ごう』


 アスモデウスの言葉に現実に引き戻された。そうだ、俺は逃げなきゃいけないんだ。早く皆のとこに戻らなきゃいけない。その時、黙っていたデイビスが近づいてきて手に小さな袋を乗せた。袋を開けると小瓶と容器が入っており、容器の中身は軟膏だった。匂いに覚えがあり、ケガしたときに塗られていた奴だと理解する。


 『怪我した時に使え。調合しておいたやつだ』

 「……うん。有難う」

 『こんな大それた事までするんじゃ。絶対に二度と帰ってくるなクソガキが』

 「誰が来るかよ馬鹿」


 デイビスは涙を拭う事もせずに軽く笑った後、アスモデウスに頭を下げた。

 

 『アスモデウス様、どうぞこいつをお願いします』

 『……約束するよ。彼を無事に人間界に送り届ける』


 その言葉を聞いて安心したデイビスは再び俺を抱きしめて背中を叩いた。自分より背が低いデイビスに抱きしめられるのは何だかしがみつかれてるような感覚でくすぐったい。抱きしめ返せば、何だか俺がデイビスを抱きしめて離さない様な絵になる。

 デイビスは最後まで俺を止めることはしなかった。ルシファーがどうとか地獄がどうとか、最後の審判がどうとか、そんなことを一切言わなかった。


 『お前に地獄は合わんのだろうな。拓也、人間として生きろ。最後まで、誰よりも人間として』


 その言葉に涙があふれ、何度もうなずいた。デイビスは俺の意志を尊重してくれたんだ。俺のお世話係だったから、本当は連れ戻さないといけないはずなのに……有難うデイビス。会話が終わったことを確認してイポスがデイビスを連れて歩いていってしまう。

 おい待てよ、シャネルは置いて行くのか?


 『Chanel, Beware.(シャネル、気をつけろよ)』

 「Ναι.(うん)」


 シャネルはニッコリ笑ってイポスに手を振り、こちらに向き直る。


 「(私も手伝う。貴方を見送ってあげる)」

 「え、シャネル?」


 その手には斧を持っている。なんだか嫌な思い出が若干よみがえるが考えない様にしよう。どうやら完全に俺達について来る気らしい。慌てて止めてもシャネルは言う事を聞かなかった。

 でもシャネルも一緒にくれば一緒に人間界に帰れる。ならシャネルも一緒に……


 『準備はいいかい?行こう』

 「……うん」


 アスモデウスが先頭を歩いて俺とシャネルが後をついて行く。でも人間界に帰るなんてどうやってできるんだろう。地獄に連れて来られた時はフォカロルがゲートを開いて、その中に落とされたけど、帰る時ってどうするんだろ。


 「アスモデウス、元の世界に帰る時ってどうすればいいんだ?」

 『基本は契約者が力を貸してくれなきゃどうしようもないんだよな』


 はあ!?じゃあそれって帰れねえって事じゃねえか!?

 呆気にとられてしまった俺を見て、シャネルの瞳が不安げに揺れる。日本語が話せないシャネルにとっては今の俺達の会話すら分からないんだろうが、いい話をしていないのは感じ取っているようだ。アスモデウスがシャネルにギリシャ語で説明すれば、今度は困ったように眉を下げた。


 「じゃあどうやって帰るんだよ。帰れねえじゃねえか」

 『今のとこはね。召喚門の封印もまだそこまで緩まってない事だし……だから賭けに出てみようと思うんだ。契約石の力を使ってゲートを開く』


 契約石って……でもアスモデウスの契約石って何なんだろう。


 「そのピアスか?片方だけつけてる奴」

 『え?』


 指摘すれば、アスモデウスは少しだけ焦った様な反応を見せた。

 悪い事でも聞いてしまったのか?アスモデウスはピアスをいじって困ったように笑っている。


 『これはもらい物なんだ』

 「あ、そうなのか」

 『俺の契約石は人間の世界にある』

 「持ってないのか?」


 じゃあアスモデウスにも契約者が居るって事か?

 アスモデウスは首を縦に振った。


 『前の契約者の元に置いて行ったままだったんだ。そのまま今回召喚されちまったけど』

 「契約石があるとこに召喚されなかったのか?」

 『残念ながらね。召喚者はとんでもない術師だね。普通は契約石があるところに召喚されるはずなんだけどな。俺はイギリスに召喚されたんだけど、契約石のエネルギーを全く感じなかったからイギリスには無かったみたいだ。だから多分契約石の力を借りた場合は契約石がある場所に召喚されるだろうな。それが海の中なのか、森の中なのか分かんないけどな』


 なんじゃそりゃ!当てずっぽうすぎないか!?というか海の底とかに契約石があった場合はかなりやばくないか??だってその場合って召喚されたと同時に水圧で死ぬ奴……


 「場所によっては人間の世界に帰ってすぐに死にそうなんだけど」

 『心配すんな。瞬時に結界張ってやるよ。ただ契約石のエネルギーをまだ見つけられないんだ。それが見つけられるまでは無理だし、魔力の高まった場所で行わなきゃ失敗するかもしれない』

 「魔力って……」

 『思い当たる所があるんだ。ここから少し離れてるけど……そこに行こう』


 アスモデウスは軽くシャネルに説明して歩き出してしまう。

 その後ろを慌てて追いかける俺とシャネル。シャネルは俺の方をチラッと見て笑みを送った。


 「拓也、頑張りましょう」

 「え?え!?今日本語……」

 「練習しました。簡単な言葉喋れます」

 「イポスに?」

 「はい。拓也と話したくて」


 片言の日本語だけど、シャネルは俺と会話する為に練習してきたんだ。

 それだけで嬉しくて、俺は何度も頷いた。

 絶対シャネルと一緒に帰るんだ。何があっても。


 ***


 サマエルside -


 『らしくないなマステマ、お前がしくじるなんて』

 『乱入が入ったのよ!アスモデウスに協力している奴がいた。絶対に見つけ出して処罰してやる』


 マステマが悔しそうに顔を歪め、シルヴィアの傷口を抑える。アスモデウスに痛めつけられた傷は深く、マステマの治療をうめき声をあげつつもシルヴィアは大人しく受け入れていた。

 マステマがアスモデウスの討伐に失敗したという情報はサタネルたちの元にも届き、広間に向かうとそこは破壊されつくし無残なことになっていた。そしてその中央に倒れているシルヴィアと膝をついて頭をおさえているマステマを発見し、モレクが治療にあたっていた。

 マステマの状況を聞いたラハグは顔を青くし、側にいたアザゼルにしがみつく。


 『マステマが負けたって……やっぱりアスモデウスって戦うと強いんだね……俺ら束になっても殺されるかも』

 『んなわけねえだろうが離れろカス。ラハグ、仕留めに行くぞ』

 『えー一人で行ってよ』

 『お前今天国行くか?』

 『……お供させてください』


 アザゼルが引きずるようにその場を離れていき、その光景を黙って見ていたべへモトも口元に笑みを浮かべる。鼻歌を歌うように陽気に歩き出し、その後ろをアバドンもついて行く。


 『獲物を盗られちゃたまんねえな。俺も行くか』

 『我モ供ニ行コウ、奴ノ力ハ巨大ダ』

 『好きにしな』


 べへモトとアバドンもその場を去り、残ったのはマステマとモレクとサマエルのみ。モレクはマステマの治療が終わるまでその場を離れるつもりはないらしく、残りを止めるわけでもなく黙って治療を続けていた。


 『モレク、あんたはどうすんの?』

 『マズハ貴殿ノ治療ヲシテカラダナ。随分聴覚ト脳ヲ痛メツケラレテイル。暫クハ安静ダ。シカシココマデノ攻撃、並ノ悪魔デハ難シイダロウ。乱入者トヤラハ相当ナ術者ダナ』

 『思い出しただけでもイライラするわ。急に体中が重くなって感情の制御が聞かなくなる感じだった。気味が悪い……』


 なぜ、彼は逃げ出したのだろうか。指輪を扱うことが苦痛ならば一言自分に言ってくれたらよかったのだ。喜んで代わりになった。反発している彼より自分のほうが指輪の力を受け入れることさえできたら適任だろうとすら思っていた。


 なのに、なぜそうなったのか。


 直接理由を聞かないと分からないが、こんな大それたことを決行してしまうのだ。話し合いなど決別するのだろう。なぜ、うまくいかない。争う未来を自分で選択する。そんな力もないくせに……


 背を向けて歩き始めたのを見て、マステマが声をかける。この声には『行くな』の意味が込められているのがわかる。


 『俺も行こう、彼は継承者として不適格だ。俺が指輪を継承する。命に変えてもサタナエル様を復活させてみせる』

 『あんたが行かなくてもいいわ。兄弟、なんでしょ。あいつらに任せとけばいい。少なくとも希望は殺されない。連れ戻した時に説教なりなんなりすればいい。私たちに任せて』

 『マステマノ言ウ通リダ。我ラニ任セロ。自ラヲ追イ詰メル必要ハナイ』

 『……いつだって弟の尻拭いは兄がするものだ。あんな奴に俺たちの邪魔はさせない』


 それ以上マステマもモレクも何も言わなかった。

 許しはしない。

 貴様が我らの全てを否定するのなら、その貴様の全てを我らが否定しよう。



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