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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
177/207

第177話 サタナエルの子供

 『シルヴィア、全てを赤く染めあげるんだ。あいつの死体はルシファー様に献上する』


 マステマの声に反応してシルヴィアが唸り声をあげてアスモデウスに近づいて行く。

 それを助けたいけど、目の前にマステマがいられたんじゃどうしようもない。どうやって戦えばいいっていうんだ。



 177 サタナエルの子ども



 アスモデウスが俺を助け出そうと、頻繁にこちらに視線を寄越すけど、少しでも気を抜けば骨をバラバラに砕かれるだろう凶悪な爪で床にヒビをつけながらにじり寄るシルヴィアが相手では援護には来れない。膠着状態が続く中、マステマはクツクツと笑った。


 『馬鹿な男。今のあんたをサタンが見たらどう思うかな。さすがに二度の裏切りを許すほど、あの男の懐は広くないと思うわよ』


 その言葉を聞いた瞬間、アスモデウスの動きが鈍った。サタンってあいつか。俺の腹を思いっきり蹴っ飛ばしたクソ野郎か。あれ、確かあの時もあいつの隣にはアスモデウスがいた。どういうことだ?何でマステマは今わざわざサタンの名前を出してきたんだ?目を細めて笑うマステマは相変わらず可愛らしい少女その物だったけど、放った言葉が気にかかる。

 そんな俺に気づいたのか、マステマは笑いながら説明しだした。


 『悪魔の世界にもね、こう見えて交友関係とかもあるのよ。サタンとアスモデウスはそこそこ有名なコンビだったわね。どうして、アスモデウスなんかを気にかけるのか私はずっと分からなかった』


 やっぱり、サタンとアスモデウスは友人同士だったんだ。地獄に交友関係があるんだろうってことはブエルとヴォラクを見て知ってるし、パイモンだってシトリーと顔見知りだったことも知ってる。こいつらも……


 『まあ、長年の友情なんで所詮こんなものみたいよ。アスモデウスにとっては、ね』

 『違うっ!』


 マステマの言葉を遮る様にアスモデウスが突如大声を出す。その表情は焦りや悲しみや怒りが混じって、困惑した表情だった。


 『あいつは俺の大切な友人だ!お前が俺達のことを語ることだけは許せない!!』

 『じゃあ友情よりも愛をとった ― それだけの話よね?サタンからしたら裏切られたも同然じゃない。何が違うの?』

 『それは……でも俺にとってサタンは一番大事な奴だ!それだけは変わらない!』

 『何度でも言ってあげる。あんたは悪魔で人間じゃない。いくら人間に憧れても、人間の女に恋い焦がれても、お前の願いは報われない。お前は、ここでしか生きていけない』


 悪魔は地獄でしか生きていけない。ハッキリとマステマに言いきられ、アスモデウスは言いよどむ。マステマは無表情でアスモデウスを睨みつけ、シルヴィアに攻撃の指示を出した。

 シルヴィアの鋭い爪を剣で受け止めるも、そのまま吹き飛ばされ、さらに追撃をするシルヴィアを間一髪でかわす。爪で斬りつけられて怪我をしながらも、剣を構える体制だけは崩さない。なんで、そこまでするんだよ……


 『今のままで良かったんだ。このままで良かったんだよっ!お前達が審判を行おうとするから!何が不満なんだ、今更地上の覇権が欲しいのか?そんなものを手に入れても俺達が天使に戻れる日は来ない。お前は天界に未練があるだけだろう!』

 『……その言葉、後悔させてやる』


 マステマの言葉に反応するようにシルヴィアの攻撃が激しくなる。それを必死で避けながらも倒す糸口を探してるアスモデウスを見て助けなければいけないと思いつつも何もできない。ベルゼバブにさんざんやられて痛む体を必死で動かして考える。アスモデウスが応急処置をしてくれたけど、痛みが完全になくなるって事はない。動けば痛いし、何もせずともジクジク痛みを上げる。


 『少し相手してあげましょうか。死んでも知らないわよ』


 ニヤニヤ笑うマステマが憎らしい。そうだろうよ、お前は余裕だろうよ。俺なんか仕留めるの造作も無いだろうよ。でも俺は違う、何に縋ってでもこの場を逃げ切らなきゃいけないんだ。例えそれでサタナエルの力を借りたとしても。浄化の剣を持って立ち上がってマステマを睨みつける。絶対に逃げきるんだ。こんな場所から一刻も早く。


 「何が何でも逃げきってやる」

 『……可哀そうに。できもしない事を』


 アスモデウスがシルヴィアを相手にしてる間に俺が倒すんだ。そう意気込みマステマに向かって一気に駆けるがマステマは全く動かない。そのまま正面まで来て剣を振り上げても動く気配はない。完全に馬鹿にされているようだけど、それならそれでいい。油断してりゃいいさ。切り裂いてやる!でも剣はマステマに届くことなく、マステマの目の前で止まってしまった。いくら力を入れてもマステマには届かない。何だこれは!?


 『馬鹿ね。そう易々と斬られてやる訳ないじゃない』

 「ちっくしょ……っ!結界とか卑怯だぞ!」


 体勢を立て直して何回も剣を振り下ろすけどマステマには届かない。

 これじゃあどうしようもないじゃないか。


 『サタナエル様の炎を使えないあんたはただのガキなのよ。変な夢は見ないで私に従って』


 好き勝手言ってくれやがって。ああそうだ、俺はガキだ。こんな力使いこなしたくもない。でも使えなきゃ俺は連れ戻されて、アスモデウスは殺される。そんな最悪の結末になるくらいなら……!

 自分の手に力を込めて握りこぶしを作る。お願いだ、出てきてくれ。あの力さえあればマステマを倒せるんだ!


 『動かないなんていい度胸じゃない。連れ戻される決意が固まったって事ね』


 マステマはニヤリと笑って手にレイピアの様な細い剣を持つ。これで串刺しにしようって訳か。本当にこいつは怖い。早く炎が出てくれば……何でもいいから早く出てこい!

 

 マステマが動かない俺に斬りかかってくる。アスモデウスがフォローを入れようとするけど、やっぱシルヴィアが邪魔らしくて中々近づけない。マステマの剣が近づいて来る。早く出ろ、こいつを倒すだけの力を。早く!


 その瞬間、手から炎が溢れ、マステマは一気に距離を取った。手からあふれる光のような白い炎にマステマの表情は輝き、シルヴィアはその眩しさから一歩後ずさる。やった、出せた……これでこいつを!!


 『サタナエル様……サタナエル様の炎!数万年の月日を超えてやっとお目にかかれた炎!』


 マステマが歓喜の声を上げて炎を凝視している。でもマステマとは違い、アスモデウスの表情は一気に焦りに変わった。


 『炎を今すぐ消せ!サタナエル様が炎を感じ取る!オーメンが起き上がるぞ!』

 「でもこの力がなきゃマステマはっ!」


 言葉を言いきる前にシルヴィアがアスモデウスに襲いかかる。炎を消せ?サタナエルが炎を感じ取る?オーメンが起き上がる?何かの儀式をするんだと思ってた。サタナエルを復活させるためには何かの儀式を……でも違うのか?俺が今だしてる炎でサタナエルは目を覚ますって言うのか?


 『消す必要はない。サタナエル様は既に炎を感じ取っていらっしゃる!感じるわ!サタナエル様を覆っている忌々しい水晶が溶けていく様を!!』

 「な、水晶が溶けてる!?」


 じゃあ早く炎を消さなきゃ!でも俺がやらなきゃマステマは……!

 その時、歌が聞こえた。誰の歌かは分からない。でもこの歌を俺は聞いた事がある気がする。気持ちが一気に重くなり、感情に反応するように炎は自然と消えてしまった。涙が頬を伝い、胸が締め付けられるように痛い。でもそれは俺だけじゃなかったようで、マステマも膝をついて泣き出してしまった。何が起こってるんだ?一体何が?さらにシルヴィアの呻き声も聞こえて前を向くとシルヴィアが倒れていた。


 『シルヴィア!?』


 涙を流しながらシルヴィアに近づくマステマを避けてアスモデウスは俺の手を引いた。

 何でこいつは泣いてないんだ?歌は未だに流れている。


 『ふぅ……姿を一瞬確認したから結界を張ったけど……何で彼が俺達を』

 「アスモデウス?」

 『……とにかくここを逃げよう。マステマは暫くこの歌で動く事もできないさ』


 アスモデウスが俺の体を支えて前に走りだす。マステマは未だに泣き続けている。正直アスモデウスが支えてくれなきゃ俺も走る事が出来ないだろう。扉を抜けて裏庭から塔の外に出る。茂みに覆われた細い道を抜ければ、そこには真っ暗な外の世界が広がっていた。ベヘモトに連れられた時以来の外の景色、それに息を飲んだ俺に何かが目の前に下りてきた。そういえば歌が止んでる。一体誰の歌だったんだ?

 でも歌っていた奴は俺が知ってる奴だった。


 『これで俺の役目も終わりだな』

 「え、イポス……」


 まさかこいつが助けてくれたのか?でも何でこいつが……まさか、そんなまさか。

 動けない俺にイポスは首を反対方向に向けた。

 

 『早くついてきな。お前に会いたいってあの子が言ってるんだ。あの子の頼みは断れない』


 その言葉に心臓がギュってなった。イポスが危険じゃないって判断したのか、アスモデウスはイポスの後をついて行き、慌ててその後を追いかけた。イポスと一緒にいる奴なんて一人しか思い浮かばない。ずっと謝りたいって思ってた。会いたいって思ってた。救いたいって思ってた。そしてその子にもしかしたら会えるかもしれないんだ。


 イポスの後をついて行って走る事数分間、一つの小さな家に辿り着いた。

 家の外には一人の女の子が立っていた。


 「あ……」


 ずっとずっと心に残ってた。忘れてはならないと心に誓っていた。救えればと何度後悔したか分からない。その子が今、目の前にいる。真っ白な服に身を包み、憎しみが消えた目は穏やかに俺を映している。

 イポスが近付けば、その子は笑みを浮かべて頭を下げた。そして俺に近づいて来る。


 『Γεια Takuya.(こんにちは拓也)』

 「シャネル……」


 堪えていた物が溢れ出た瞬間だった。


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