第172話 純粋なのは誰だったのか
今回の話にインドの公用語であるヒンディー語が出てきますが、パソコンからでしか見れないようです。
ケータイから読んでくださっている方には「.(日本語訳)」と言う形でしか見れません。
外国の雰囲気だすためにやってるだけなので見れなくても支障は全くないので、そのまま読んでくださったら嬉しいです。
光太郎side -
『裏切り者を死の断頭台へ。私がいざなってあげるわ』
『可愛い愛弟子を怪我させた罪は重いよ。罰は償うべきだ』
二匹の悪魔の後ろではリヒトが殺気のこもった目で俺達を睨みつけている。まだ直哉君と年も変わらないだろう少年がするにはあまりにも殺気立っていて、思わず息をのみ、その光景を直哉君はただただ目を丸くして見ていた。
172 純粋なのは誰だったのか
バルバトスが弓を構えてウィルフォーレは笛を構えた。
笛なんてなんに使うんだ?今まで笛を使う奴なんていなかったから、あれがどんな効力を持つのかが分らないが、悪魔が武器に使っているくらいだ。ただの楽器ではないのは確実なんだけど。
直哉君を後ろに待機させて息を飲む俺にシトリーが耳を塞ぐように命令してきた。意味が分らなくて眉をしかめると、面倒そうだけどシトリーは説明してくれた。
「ありゃ洗脳の一種だ。あいつはあの笛で相手の精神を撹乱させんだよ」
「じゃあリヒトは操られてるだけなのか!?」
「あれは自分で望んでんだろ」
リヒトは無罪じゃない。その言葉だけが重くのしかかった。肝心のリヒトは俺たちを鋭く睨みつけ、バルバトスとウォルフォーレの後ろに隠れている。時折ぶつぶつ聞こえていることから、何か俺たちに対する文句を呟いてそうだけど。
そんなリヒトを直哉君は悲しそうな表情で見つめている。説得したそうな、そんな表情だ。
『直哉、俺達が悪魔の気を引いている間にお前がリヒトを説得しろ』
「お、俺が?」
パイモンの言葉に目を丸くする直哉君。当然だ、自分が話を振られるなんて思ってなかったんだから。
でも俺も分かってるんだ、多分リヒトを説得できる可能性があるのはこの中で直哉君だけだって。同じくらいの年頃、そして悪魔と契約した経験を持つ直哉君ならリヒトの心の闇を取り除けるかもしれない。
だけどシトリーは耳を塞いどけって言ってた。そんな状態で会話なんて出来るんだろうか。
「パイモン、ウォルフォーレはどうするんだ?あいつの笛の音聞いたら俺と直哉君は終わりだろ?」
『あぁ、だから今は耳を塞いでおけ。俺達が徐々に奴らを追い詰めていったところで直哉をリヒトに近づける。光太郎、お前が直哉を守るんだ』
『俺の剣のスペア貸してあげるよ』
ヴォラクがいつも中谷と稽古していたときに使っていた短い剣を俺に手渡してくる。
俺が……直哉君を守る……
「光太郎、気負うな。無理な時は思いっくそ叫べ。すぐに俺が加勢してやる」
シトリーはそう言って俺から離れてバルバトスとウォルフォーレがいる場所に向かっていってしまい、残された俺と直哉君の間に緊張が走る。
とりあえず俺がすることは直哉君に耳を塞ぐ指示を出して自分も耳を塞ぐこと。情けないが、今の俺にはそれしか出来ないのだ。相手の能力がいまいちよく分からないが、こんなことならヘッドホンを持ってくるべきだった。
その時ウォルフォーレが笛を自らの口元に持っていった。
『さぁ、踊りなさい。私の音色で』
その瞬間、笛から音楽が流れ出す。
耳を塞いだところで完全に音をシャットダウン出来るわけではなく、少しの音は俺の耳にも入ってくる。でもその時、体が一気に大きく反応した後、力が抜けていく間隔が広がった。これって……!
パイモンたちの動きもどこか遅い。居合い抜きのように鋭いパイモンの動きが緩慢だ。そしてその隙を狙ってバルバトスは矢を放っていく。
それをガードしようと剣を盾にしたパイモンは矢によって弾かれてバランスを崩した。
『はは、ウォルフォーレの音色は本当に恐いな。お前達の動きが緩慢になってる』
『……なぜ貴様は音を聞いて平気でいられるんだ』
『そんなの簡単だ。耳の部分に結界を張ってるからね。音は聞こえにくくなるけど動けなくなるよりいいだろ』
耳に結界……じゃあヴォラクがそれをすればウォルフォーレも大した事ねえんじゃねえのか!?
俺の視線を感じ取ったヴォラクが首を横に振る。何で出来ねえんだよ!
『光太郎、特定の部位に小さな結界を張るのは結界師の悪魔じゃなきゃ難しいんだよ』
「ヴォラク、どういう事だよ」
『俺が張る結界は大きなフィールドのようなもの。面積を多く取り結界自体を動かすことはない。でも耳の部分に結界を張るとなると相手の動きに合わせて結界も動かさなきゃいけないだろ。それには集中力と膨大な魔力がかかるんだ。バルバトスの奴、想像できないけど結界師としても有名なんだよ』
つまり簡単な話、あの技術はヴォラクには無理って訳か。バルバトスって弓持ってる男の方か。レラジェのような感じかと思っていたけど、結界師としても有名とか強すぎだろ。そんな事を考えてる余裕は無い。腕が鉛のように重く感じる。耳を塞ぐ作業すら正直言ってきつい。どういうことなんだこれは!
『ウォルフォーレの力が働いてる。光太郎、直哉、少しの間辛抱だ』
「どういう事だよ!体が鉛のように重いんだよ!」
『高くてでかい音を急に出すことによって心の準備が出来ていない相手の脳を刺激する。急な音に脳が反応して体内のNa+/K+輸送が働いて筋肉の脱分極が起こって体が大きく跳ねる。その後に静かでリラックスできる音を流すことにより脳の働きを鎮める。脱分極した後の筋肉は脱感作が長くなり体の動きを鈍くする。まぁあいつは筋肉の動きを音で操作してるんだよ』
そんな難しい理屈分かるか!とりあえず今は筋肉の働きが弱くなってるって考えていいんだよな。
『今光太郎と直哉は筋肉が不応期に入ってるから体が鉛のように重く感じて動かせないのさ』
「お前らは大丈夫なのかよ」
『俺たちはある程度、音に対する警戒が出来てたからね。急な出来事じゃない限り影響は受けても何とか脳は正常に働くのさ』
そう簡単に言ってはいるが、ヴォラクの動きは緩慢だ。やっぱり少しは影響を受けてるんだろう。
また厄介な攻撃だな。音による攻撃なんて防ぎようがないじゃないか。
なにか耳栓でもノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンでもあればいいのに、生憎そんなもの都合よく今持ってない。直哉君がちゃんと耳を塞いでるのを確認して、俺は再び自分の耳に手を持って行った。
『私の音色はしびれるでしょ?もっと踊らせてあげてもいいのよ』
『お前の演奏会に付き合ってる暇はない。こっちは急いでるんだ』
『審判の事かい?だったらもう手遅れだ。継承者は今頃ルシファー様に歓迎されてるだろうな。サタナエル様の御目覚めは目前に迫ってる』
パイモンが眉をピクリと動かしたのを見てバルバトスとウォルフォーレは笑みを浮かべている。
拓也の今の状況をこいつらは知ってるのか?拓也は生きてるのか?あっちで酷い目に遭ってないだろうか。
あんな奴らに話しかけるのは嫌だし怖いけど、でもそれ以上に気になる。
「拓也はどうしてるんだ?無事なんだろうな!」
大声で叫べば二人がこっちに振り返ってくる。
目が合って気まずくなったけど、俺は逸らさずに二人を睨み返した。
『少なくともサタナエル様が御復活になるまでは殺されないし手厚く歓迎を受けるんじゃない?その後の事は知らないわよ』
「知らないって……」
『元々私達は継承者自身に興味はない。彼が私達に従うか逆らうかで彼の生死は決まってるのよ』
『可哀そうな子だよな。どっちつかずな態度を取ってきた結果、結局どちらからも見捨てられる』
どっちからも見捨てられる……?
「な、に……言ってんだよ……」
『ふん、そのくらい自分で調べなさいよ。まぁ生きてたらの話だけどね』
ウォルフォーレが再び口元に笛を持っていく。それを視界にとらえた俺は再び耳を塞ぐ。
パイモン達も阻止しようと剣を向けるけど、やっぱ身体が重いのかいつもの調子が出なくて舌打ちをした。
リヒトは忙しなくキョロキョロ視線を動かして、その場の光景を見ないようにしている。リヒトはなんであんな忙しなさそうなんだ?リヒトのあの行動は一体何を示してるんだ?ウォルフォーレもリヒトの状態を見て動きを止めた。
「どうやってもあいつはまだ冷酷にはなりきれないんだよなぁ」
「シトリー?」
話に割り込んできたシトリーは渋い顔をしてる。
リヒトを見つめる表情はどこか悲しげで同情も混じっているような感じだった。
「他人を殺す勇気なんてねえんだよ。盗みの方は何度もやっちまって慣れてるんだろうが、他人を殺すのはまた別に吹っ切らなきゃなんねぇからなぁ」
「でもリヒトは何も手なんか下してないのに……」
「あ?何言ってんだお前。命令したのはリヒトだろうが。それに悪魔が起こした全ての事象をかぶるのは契約者だ。当然俺達を殺した罪だってあいつが全て被んだよ。宝石泥棒がリヒトだってバレたときに悪魔の仕業ですが通用すると思ってんのか?罰を受けるのはあいつだけなんだよ」
だからリヒトはあんなに……
かなり動揺してるリヒトはきっと俺達を殺してしまった後を考えてるんだ。
盗みをする日常は変わらないとしても他人を殺すのは格段に後味が悪い。リヒトはそれを恐れてる。
「ったく……他人殺せねぇ癖に命令だけは一丁前なんだあいつは。冷酷になんかなりきれねえ癖に冷酷ぶって……馬鹿だぜマジで。汚い手使っても家族を助ける気でいる癖に、これしきで決意が揺らぐんだよ」
悲しそうにぽつりと呟いたシトリーの言葉に胸の奥が痛くなった。シトリーの言葉を黙って聞いてた直哉君はリヒトをジッと見つめた。直哉君の視線を感じたリヒトは気まずそうにしながらも直哉君を睨みつける。
そして直哉君が一歩前に出た。
「俺、あんたなんか嫌いだ。光太郎君達や皆を殺そうとするあんたなんか大嫌いだ」
直哉君の言葉をシトリーが訳してリヒトに伝える。その言葉にリヒトは肩を震わせて直哉君を睨みつけた。
その状況を良くないと判断したのか、ウォルフォーレが笛を吹こうとする。
『悪いけど君の能力は邪魔だ』
リヒトに意識が行ってるウォルフォーレの隙をついて、セーレがジェダイトを召喚しウォルフォーレに突進させた。
急な状況にウォルフォーレは慌ててその場から離れたが、かなり体勢が崩れたようだ。
『お前馬鹿か!?リヒトに意識持ってってる場合じゃないだろ!』
『う、うるさいな!そんなに言うならあんたが何とかしなさいよ!』
『俺の能力はサポートなんだって言ってんだろ……元々俺、力天使の結界師だったんだから』
溜め息をついたバルバトスが矢を弓にセットして構えて来る。バルバトルはウォルフォーレの後ろに待機してるからジェダイトを走らせても避けられるだろう。
でもウォルフォーレの笛が止んだ事でパイモン達の動きも元に戻り走り出す。
『光太郎、直哉を頼むぞ!行けるかセーレ、ヴォラク!援護しろ!』
『了解』
『仕方ないなぁ……』
心配そうに二人を眺めている直哉君の頭にシトリーが手を置いた。
「さっさと済ませちまおうぜ。俺もお前らの会話終わらせて援護に回ってやりてぇからな」
「でも……「मैं तुम से नफरत है.(俺だってお前が嫌いだよ)」
直哉君の言葉を遮ってリヒトの声が聞こえて来る。言葉を聞きとる事は出来ないけど、震えた声からは悲しみと怒りが混じってるように感じた。案の定リヒトは怒ってるような悲しんでるような複雑な表情をしてた。
そしてシトリーを通訳にしてリヒトと直哉君の言い合いが始まった。
「(お前、こんなところまで何しに来たわけ?指輪の継承者って奴らは随分暇なんだな。俺みたいな小物潰し楽しんでんのか?)」
「別に楽しんでないよ。できれば目を瞑っていたい……でも、そういうわけにはいかないから。悪魔を倒さないといけない。君の気持は分かるよ、苦しいのも辛いのも」
直哉君の言葉にリヒトは目を見開いた。しかしその表情はみるみる歪み、怒りで燃えている。
「(てめえ……知った風な口きいてんじゃねえぞ!!俺の何が分かるんだよ!恵まれてるのを鼻にかけてんのか!?俺のことを見下しやがって!!綺麗な世界に住んでるくせに、見下ろして助けもしないくせに、同情だけはするなんざ喧嘩売ってんのかよ!?殺すぞてめえ!!)」
相手の捲し立てるような言葉に直哉君が怯む。その肩をシトリーが支え、大丈夫だと安心させた。
「(お前、貧民街に住んだ事あんの?毎日の飯に困ることは?学校には通ってんの?路上で死んでいる人間をよけて歩くのしたことある?小便なんてそこら辺で皆してんぜ。トイレなんて綺麗なもの持ってねえから)」
カラカラ馬鹿にするように自分の境遇を卑下するリヒトは泣いている。悔しそうに、怒りに震えながら。
勿論、そんな経験、俺も直哉君もしたことがない。死体をよけて通るなんて、日本では経験する人などいないだろう。でも、ここではそれが普通のこと……
リヒトの姿を見て胸が締め付けられた。早く家に帰りたいんだろう、姉に薬を届けたいんだろう、姉に一刻も早く病気が治ってほしいんだろう。でもそれは俺達が来たせいで叶わなくなってしまう。
「(お前、何の意味があって俺から悪魔奪いに来たの?お前にとってはゴミクズみたいな命でも、俺だって大切な人がいる!お前らに奪われていい命じゃねえんだよ!!)」
リヒトの言葉を全て否定はできない。そのまま泣き崩れたリヒトを直哉君はただジッと見つめていた。リヒトは嗚咽混じりの声を上げ、悔しそうに地面を叩いた。
「तुम्हें पता है कितना मुश्किल यह करने के लिए, आप परिवार के मरने होगा? 'करने के लिए में फिर से मिलने जा रहा पुन!(家族が死んじまう辛さがお前に分かるか?もう二度と会えなくなるんだよ!)」
「あるよ。俺、その経験ある」
直哉君の凛とした返事にリヒトの目が丸くなった。
直哉君はジッとリヒトを見つめ、視線を逸らすことなく声を出した。
「兄ちゃんが悪魔に地獄に連れて行かれた。皆は絶対に地獄から助けてやるって言ってくれたけど、泣いてるママとパパ見てたら、そんなのあり得ないって思った事もあった」
「直哉……」
「毎日泣いたよ。家の中がお葬式みたいに暗かった。朝になっても夜になっても誰もいない兄ちゃんの部屋に入るのが怖かった。洗う食器の数が少なくなったのも悲しかったし、お風呂に入る順番が変わったのも悲しかった。テレビを見て笑える人もいなくなった」
それは今の直哉君の家の状況なんだろう。未だに拓也を助けれてない俺達に直哉君達はもう拓也は助けられないって思ってるんだ。その結果、直哉君達の家は暗く、悲しいものになっていってるんだ。
それはきっと中谷の家も同じだろう。俺達がもっともっと頑張っていれば……
涙が零れた直哉君にリヒトは驚きを隠せない。契約してた事、家族が居なくなった事、全て今の自分と状況が似ているからだ。
「それなのに周りの人は何も知らないから笑ってるんだ。兄ちゃんが、どんなに苦しくて辛くて痛い目に遭ってても、誰も知らないから…………お前こそ、俺の何が分かるんだよ!!俺は、行ってきますって挨拶した兄ちゃんが、帰ってこなかったんだよ!!帰ってくるって、今日もいつもと同じ日だって、信じて疑わなかったのに!地獄に連れていかれましたって何の準備もないまま言われたんだよ!!俺だって、悪魔と契約してでも兄ちゃんを助けたかった!でも、できなかったんだよ!!」
泣き崩れて怒鳴る直哉君の言葉をシトリーが訳してリヒトの表情が崩れていく。そうだ、直哉君は拓也が悪魔を討伐しに行っていると言う事すら知らされず、ストラス達から拓也が地獄に連れていかれたと報告を受けたんだ。
心の準備もできず、後悔ばかりで、日々を過ごしているんだ。
「(だから、なんだよ!俺は違う、お前とは違う!悪魔と契約したんだからもう俺は姉ちゃんを助ける事が出来るんだ!何にも出来ないお前なんかと一緒にするな!!)」
「悪魔を使いこなせるとか思わない方がいいよ。悪魔を倒す事は俺達にはできないし、俺達が悪魔より上になれる事なんてないんだから」
直哉君の核心を得た答えにリヒトはその場に膝をついた。
結局悪魔の力を借りなければ姉を救えない。そしてその悪魔を完全に使役する事なんて永久に出来ない。それは今やってるリヒトの行いを全て否定することだった。
「क्या अपने शब्दों रहे हैं?(お前の契約条件はなんなんだ?)」
シトリーの問いかけにリヒトは息を飲んだ。シトリーが何を言ってるか分からない俺達には会話に入る事が出来ない。でもリヒトがぽつりと答えた言葉に、シトリーはリヒトの顔を思いっきり殴り飛ばしていた。
「シトリー!」
「んのっ……クソガキが……!てめえは家族さえ助かれば何でも許されると思ってんのか!!」
「何があったんだよ!」
「このガキ、姉貴を助ける代わりにアレクって奴に姉貴と同じ病気を与える事を契約条件にしてやがった……自分が肩代わりになるならまだしも、他人まで巻き込みやがってっ!」
アレク……あの歌を歌ってる子の所に通ってたあいつだよな。
あいつにお姉さんの病気をそのまま擦りつける気だったのか?病気になったアレクを放って自分は幸せになる気だったのか!?
もう驚きを通り越して茫然としてしまった俺にリヒトは声を張り上げた。
「(これはアレクと話し合って決めたんだ!俺は何も悪くない!)」
「(お前は白血病がどれほど恐ろしい病気か知ってて了承したのか!?お前のせいでアレクって奴が死ぬんだぞ!それでいいのか!)」
「(アレクは家が病院だから大丈夫って、アレクが……)」
「(馬鹿……そんなの嘘に決まってるだろ。あいつの病院じゃ白血病は治せない)」
クソガキがっ……そう言うシトリーの表情はすごく悲しげだった。
シトリーから事情を説明してもらい、もう複雑以外に表現する言葉がない。リヒトは白血病の知識を知らなすぎる。ただこのままじゃ姉が死んでしまうって事は理解してるみたいだけど、アレクは家が病院だから治ると思い込んでる。そんな簡単な話だったらアレクの家が既にお姉さんの病気を治してるだろう。それなのに……この子は……
シトリーは殴られて、更にシトリーの言葉に戦意喪失したリヒトに近づいて、苦しそうな表情で何かを呟いた。
「 (俺だったら、お前みてえな弟……死んでもいらねえよ。もしお前がそうやって姉を助けて、アレクに病気を肩代わりさせたと知ったら、姉は絶対にお前を許さないはずだ)」
シトリーの言葉にリヒトは溜め込んでいた涙を零して、声をあげて泣き始めた。
それを慰めに行こうとした俺をシトリーが止めた。
「放っとけ、あんなイカれたガキなんて……極限に追い込まれて壊れちまった姿があれだよ……」
「でも……」
「全部自業自得だ。ケリは自分でつけさせる。ちくしょう……マジできちぃよ」
こんな悲しそうなシトリーを見たのはグレモリー以来だったと思う。
どんな時でもひょうひょうとしてて、辛いなんて言わないし、そんなの見せないから全く気付かない。でもシトリーは今確実にリヒトを見て、胸を痛めてる。パイモンが言ってた通りだ、相手を考えたら前に進めなくなる。考えたら駄目なんだ。
それが非道徳的とか非倫理的とか言われても仕方がない。前に進まなきゃいけないんだから。
今の俺には泣き叫んでるリヒトを真っ直ぐ見つめる勇気すらなかった。




