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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
163/207

第163話 異端審問開始

 中谷side ―


 そわそわそわそわ。

 行ったり来たりの俺に他の天使達がこぞって心配をする。それもそのはずだ。今日は俺の異端審問が始まる日だから。天使になって三週間ちょっと、以前にウリエルから話だけは聞いていたけど、その異端審問がついに始まるんだ。

 俺の宗教裁判みたいなものらしい。死んでからも宗教とかお前らほんっと暇人だよなって、その場にいたら罵声の一つでも浴びせてやりたい。



 163 異端審問開始



 『じゃあ行ってくる。章吾、君はここで待機だ』


 ラファエルはそう言って部屋を出ていってしまう。裁判ってのは被告人がいなきゃ話にならないんじゃないのか?話の争点になるはずの俺がここにいて成立するんだろうか。自分がいない所で罪状だのなんだの話されて結果だけ言われて、万が一それが死刑とかだったらそうすればいいんだろうか。


 そもそも俺にだって言いたい事がある。最後の審判を止めたいとか、お前達が直接悪魔と戦わないからだろ!とか色々。でも俺はただここで待ってるしかできないらしい。そんなのってあるか!?


 こっそりと力天使(ヴァーチャーズ)の集会所を抜けた俺は全く分からない道をひたすら走った。一言ガツンとかましてやらなきゃいけない。人間に戻せ、俺は何も悪くない、お前達が何もしないからだ。


 それだけは言わなきゃ気が済まない。


 『章吾!ラファエル様に怒られるぞー!』


 しかしこっそり集会所を抜けた俺を一人の天使が追いかけてきた。見た目が年齢近そうな事から仲良くなった天使“リック”。俺のお世話係でもある。俺の腕を掴んで集会所に戻ろうとするリックと踏ん張る俺でまるで綱引きのようにその場でお互いが引っ張り合う。


 「リック離せって!俺はあいつらにガツンと言わなきゃ気が済まないんだ!何で俺が悪者扱いされなきゃなんねえんだ!」

 『ぐぐぐ……流石スポーツマン!力強い……!でも気持ちは分かるけどラファエル様の命令だ!絶対行かせない!』

 「離さんかいモヤシ!」

 『お前喧嘩売ってんのか!?買ってやろうか!?おっ!?』


 その場でいい争いしながら引っ張り合う俺達を怪訝そうな表情で何人かの天使が通り過ぎて行った。お前らもこいつ引きはがすの協力しろよ!埒が明かねえよ!

 しかし俺とリックにかかった影に誰かが立ち止まったことだけがわかり、疑似綱引きは終わりを告げた


 『騒々しいわねぇ。力天使(ヴァーチャーズ)は飼い犬の躾すら満足にできないの?ラファエルも所詮その程度なのね』


 俺達を完全に馬鹿にする声が聞こえて振り返ると女の天使が立っていた。長い髪の毛は結われており、細身で小ばかにした表情を浮かべている。

 いきなり現れた挙句に馬鹿にされて意味が分からない。初対面だし会ったことすらないのに。なんだこいつは。顔に苛立ちがにじみ出て隠さない俺を無視して女は前に進んでいく。


 『邪魔よ。私はこれからあんたの異端審問に参加しなきゃいけないのよ。面倒をこれ以上増やさないでくれるかしら』


 俺の異端審問!?ってことはこいつ結構すげえ奴なのか!?こんなバカそうな女が!?いきなり人に喧嘩売ってくる奴が??


 「な、なんだよ偉そうに……『申し訳ありませんゼフィエル様』


 はぁ!?リックお前何謝ってんだよ!俺たち何も悪い事してねぇじゃねえか!確かに道で騒いだけど通行止めたわけでもないのに!

 ゼフィエルと呼ばれた女は頭を下げたリックを不愉快そうに見つめている。


 『教育係なら躾くらい満足にしなさい。でくの棒はヴァルハラには要らないわよ』


 何でそこまで言われなきゃいけないんだ!リックは何でこんな女にヘコヘコしてんだ!

 黙って睨みつけてる俺を見た女は怪しげな笑みを浮かべると同時に姿を消した。どこに行ったのかと思って辺りを探したら俺の真正面に女は移動していた。びっくりして固まってしまった俺に女は俺の顔を覗き込んで黙ってしまった。そんなに絶句するほど酷い顔じゃないぞ俺は!


 「うわ!いつの間に!」


 大声で驚いた俺を無言で見つめる女は先ほどまでとは打って変わって目を丸くしている。なんだよ、今度はしょーもねえ目と鼻と口がついてるとかいうんだろこいつ。しかし自分の予想とは違いゼフィエルは目をぱちぱちと瞬きし、茹蛸のように顔を赤くした。


 『え、超タイプ………………』

 「は?」

 『コホン。何でもないわよ!さっさと戻りなさい新人!』


 そいつは言いたい事だけ言って高笑いしてまた姿を消した。

 嵐が去って静まり返った廊下に残された俺とリックの間に嫌な空気が漂う。なんだか時間が経つとイライラしてきて地団太を踏んだ俺を見てリックが肩をふるわせた。


 「うが――!なんだよあの女!お前も何でヘコヘコしてんだよ!」

 『章吾、あの人はゼフィエル様。天界一の俊足を持つ天界の情報屋である位の高い天使だ。あの人はガブリエル様率いる第二階級智天使(ケルビム)の御方だ』

 「知らねえし!俺だって足早いわ!五十メートル走六秒台だぞ!?」

 『そんなレベルじゃねえっつの!』


 いやしらねーし誰だよガブリエル!携帯ねえんだからググれねえんだよ!!大体ガブリエルだか何だか知らないけど、何であんなに嫌味なんだ!

 握りしめた拳に爪が食い込んで痛い。


 『章吾、異端審問の件はラファエル様に任せよう。章吾がやる事は勉強だ』


 でたよ勉強の鬼。今日の担当官はリックで、テスト甘くしてあげるから~とか子供におやつを与えて駄々を鎮める親のように甘ったれた声で話してくる。


 「やだ行かない」

 『テスト簡単にしてあげるからさ~。あ、今日のお昼ご飯少し遠出して東の館のレストラン連れてってあげるよ。もち僕のおごりで』


 うっ!あのレストランの肉料理は正直最高だった。いや、でもダメだ俺の人生かかってるのに、肉料理でつられたら駄目だ。


 『あ、デザートにエカデのケーキも買ってあげよっかな~』


 うぐううう!!リック卑怯だぞ!!俺の弱点をピンポイントでつくなんて!!

 無言で踵を返した俺の肩を掴んでリックは満足そうにしている。クソ!ほだされた!!


 『さぁ章吾、今日は内臓を覚えなきゃいけないよ。早速勉強しながら帰ろうか!膵臓はα細胞とβ細胞、δ細胞があるけどそれを何ていう?』

 「……ランゲルハンス島」

 『じゃあβ細胞から出て来るホルモンは?それが出る事によって何が予防される?あとそのホルモンを活性化するためには何のホルモンが亢進されなきゃいけない?』

 「β細胞から出て来るのはインスリンで、インスリンによって血糖値が下がる事によって糖尿病の予防、インスリンが亢進するにはアディポネクチンとかの善玉ホルモンの亢進が必要」

 『じゃあアディポネクチンの分泌を阻害するホルモンは?』

 「……TNFα」

 『よく覚えてるじゃん!関心関心!』


 リックが手をぱちぱち叩いて俺を褒めてくる。

 当たり前だろ。どんだけ勉強させられたと思ってるんだ。野球しかしてなかった俺がこんなに勉強してんだぞ。リックが次々に問題を出してくるのを頑張って答えながら俺は集会所に引きずられていった。


 もうすぐ始まるのかな……俺の異端審問が……


 ***


 ラファエルside ―


 『ちょっとラファエル!』


 あと十分で異端審問が始まると言う時にいきなり俺に掴みかかってきたゼフィエルに驚いて反応ができなかった。それは隣にいたウリエルも同じで視線が集中する中、ゼフィエルは顔を真っ赤にさせている。そのくせもじもじと何かを言おうとしては引っ込めての繰り返しだ。

 こっちは今から異端審問で時間がないというのに、ゼフィエルにかまってやれる時間はない。手をどけて未だにもじもじしているゼフィエルに手短に話せと告げれば、意を決したのかゼフィエルはかなり興奮した様子で耳打ちしてきた。


 『あ、あんたがさ、引き取ったって子いるでしょ?今から異端審問にかけられる』

 『章吾か。何だ?彼に何かしたのか?』


 ゼフィエルは章吾に関してはほぼ知らないはずだが?なぜ章吾のことを聞いてくる?こいつザドキエルに何か命令を受けてるんじゃないだろうな。

 少しに低い声で聞けばゼフィエルは顔を真っ赤にして首を振った。


 『ち、違うし!そ、そう。章吾って言うのね』

 『何だその反応は』


 何で顔を赤らめらせている。ゼフィエルは章吾の名前を呟いては顔を情けなくさせている。一体こいつは何が言いたいんだ?けど、俺が思っている展開ではなさそうだし、今のところは害もなさそうだし放っておくか。しかし横にいたウリエルがゼフィエルを見てポツリと呟いた。


 『おめーまさか一目ぼれしたとか言わねぇよな』


 その瞬間空気が固まった。

 目を点にさせている俺と違い、ゼフィエルは顔を真っ赤にさせて否定してくる。正直言って全くもって説得力がなさそうだ。


 『ち、違うわよ!ただどんな人間かなーって思っただけ!別に気になったとかじゃないわよ!』

 『怪しいんだよおめー。俺とラファエルは章吾の情報は吐かねえぞ』

 『す、好きな物とか!後は趣味とか!』


 嫌な空気が流れ沈黙が包み込む。まさか本気で言ってるのかゼフィエルは。当の本人は顔を可哀想なくらい真っ赤にさせて、なぜかウリエルを蹴っ飛ばして走っていってしまった。中々に威力の高い蹴りをいきなり食らいひっくり返ったウリエルは思い切り机に頭をぶつけ、ゼフィエルに文句を言おうとしたが、流石は天界一の俊足を持つゼフィエル。もう既にそこには居なかった。


 『ったく何だよあの女!マジで章吾に惚れたのか!?』

 『あの様子じゃ……でもどこで章吾を目撃したんだ?力天使の敷地内からは出してないんだが……抜け出したのか?問いたださなきゃな』

 『ってかあいつに好かれるとか可哀そうだな。前バラキエルがエライ目に遭ってなかったか?』


 そう言えばそうだったね。ゼフィエルってかなりの恥ずかしがりだから本人目の前にすると素直になれず全く正反対の事言ってしまうらしい。その結果、バラキエルに失礼な事を言いまくって、最終的にバラキエルに暫く避けられて本気でへこんでたような……


 まぁそれも数千年前の話だし、もうバラキエルの事は何とも思ってない様だけど。でもまさか章吾に一目惚れとは……章吾も大変な奴に好かれたな。


 ため息をついたと同時にざわついていた室内がピタリと静かになる。始まる、章吾の異端審問が。


 俺達の前に現れたのは法を司る天使ザドキエル。一筋縄ではいかない相手だ。


 ザドキエルは軽く笑って分厚い本を広げる。あの本に全ての規約と規律が入っており、誰であろうと覆せない。


 さあ、始まりだ。


 なぜ、正式な手続きも踏まずに力天使に招集したのか。初めの争点はそこだった。本来ならば天使になった人間はまず最下位の第九階級に送られる。そこで訓練と天使の常識を身に着けて各々第一~八の自分に見合った各階級に移動するのだ。でも章吾はそれをしなかった。天使になったその日に俺が力天使に引き抜いた。生前医療のスペシャリストでもない章吾の力天使への引き抜きは確かに天界では話題になっており、疑問視する声も上がっていた。


 『ラファエル、既定の手続きも踏まずに力天使に招待するほど生前の彼は医療に精通しているようには見えなかったがね?君は彼をどういうつもりで手元に置いたのか?』

 『……指輪の継承者と面識のある彼は天界でも最重要人物になり得る』


 ピクリとザドキエルの眉が揺れ、傍聴人のざわつきが大きくなる。今回章吾の異端審問に関してはあくまでも天使の兵となる人間が悪魔と契約していたことに関してであって、傍聴人は章吾が指輪の継承者と近しい関係であったことを知らない。

 それを暴露した俺に裁判内はどよめきで覆われた。

 ザドキエルが開いている本のページをめくり視線を上げた。ああ、これ結構切れてるな。俺をぼこぼこにしてやるって顔だ……


 『して、指輪の継承者と面識のある人間を手元に置いて、何をするつもりだ?本来ならばそのような立場の人間に関しては悪魔に関しての知識も通常の人間より深い。段階を踏んで指導者を決めるべきではなかったのか?秩序を乱す行為はいずれ大きな災厄を生む可能性がある。我々に反旗を翻すわけでもあるまい』

 『もちろん俺は神とミカエルに背く行為はしない。ただ、彼の存在はいずれ天界を左右する存在になるかもしれない。その時のために彼を監視下に置きたかった。少なくとも四大天使の俺にはその権限があるはずだ』

 『なるほど。四大天使の権利行使をして肝心な部分は黙秘権を使うわけか。随分と傲慢だ……』


 ザドキエルはクツクツと笑っている。だが、拓也とその周辺の人間関係に関する関与は俺達四大天使にのみ与えられている。現に指輪を通じで拓也を支援できるのはミカエル、ガブリエル、俺、ウリエルのみだ。一度いたずらで誰か別の天使がコンタクトをとったらしいが。それでもその権利は今も変わっていない。つまり中谷はどのみち四大天使が天使長を務める階級にしか移動できないのだ。

 ガブリエル率いる智天使か俺の力天使か、ミカエルの大天使か……しかしミカエルは多忙で大天使内の仕事は副天使長に任せっきりだ。必然的に智天使か力天使にしか中谷は入れないんだ。監視の目も含めて。


 『彼は四大天使の管轄下。力天使に引き抜くことは悪いことではないはずだ』

 『彼はそう申していますが……ガブリエル、何か異論は?』


 特等の傍聴席にいるガブリエルはこっちに視線を向けて口元を手で覆った。その口が弧を描いているのか不快感で歪んでいるのかこちらからは分からない。


 『ええ、ラファエルの言う通り。彼は天界に招待した際は力天使か智天使に招待するのは決まっていたわ。問題はラファエルが独断で、正規の手続きを踏まかったこと。これについての説明がない限りは彼は異端審問にかけるか、よくて智天使行きね。貴方には任せられないわ』

 『ガブリエル……』

 『反論をラファエル。何の考えがあって、事を急いた?』


 『全て俺が引っ張った』


 突然のウリエルの乱入にザドキエルもガブリエルも眉を上げた。ウリエルが俺に下がれとでもいうように肩を引っ張り後ろに下がらせる。


 『あいつの肉体ごとヴァルハラに招待した』


 再びざわつく裁判内。ウリエルはとんでもないことを暴露してくれた。章吾の肉体を保管していることがばれた。これでは俺とウリエルが共謀して彼を人間のまま天使にしたことがばれてしまう。

 ザドキエルの表情が歪み、神に背いた反逆者を見るような視線が突き刺さる。


 『ウリエル、説明を。まさか彼にメタトロンやサンダルフォンと同格の扱いをしろと?』


 章吾のように肉体を持ったまま天使になった例は今までなかったわけではない。大天使メタトロンとサンダルフォンも同じだ。生きたまま、肉体を持ったまま天界に招待されて天使になった。人間の世界と天界を繋ぐゲート管理の役割を果たすために。

 

 俺達天使は人間の世界で活動するためには仮の器が必要になる。その際に自身の肉体を保持している場合はその肉体を使い、人間の世界でも長期で活動をすることができる。それを生かして、メタトロンたちはゲートを管理する役目を担っているのだ。


 そして、仮の器を持っていない俺やウリエルは憑依できる人間「依り代」を使い活動する。ただ、客観的に見て章吾にメタトロンたちほどの価値はない。これでは共謀したと思われても仕方ないぞ!


 『俺はあいつを人間に転生させるつもりだ。天使の兵としてな。内部破壊を企てるには章吾は格好の餌だ。継承者も悪魔どもも食いつくだろうさ』


 淡々と言ってのける章吾に目が丸くなる。俺はそんなつもりではないのに、ウリエルはその気で俺の計画に乗ったのか。ウリエルはどこでそんなこと考えてたのかと思うほど達者に章吾についての証言を述べていく。ザドキエルもウリエルの明確な発言を聞いて、肉体を持ったまま天界に招待した理由は納得したようだ。


 『ではなぜ力天使に?』

 『審判までの時間はそんなに長くはない。悠長に第九階級でよろしくやってたんじゃ間に合わねえ。そういう意味ではそっこー引き抜きの鍛え上げが理想だったんだ。ラファエルはそれを引き受けてくれた』

 『なるほど』


 明らかに納得はしていなさそうだが、何を思ったのかザドキエルはそれ以上の詮索はしてこなかった。


 『その点に関しては共通認識ととっていいのですかガブリエル』

 『肉体保持の件は知らないわ。ただ、ウリエルが指輪の継承者のメインのお目付け役なのよね。だからウリエルには私が許されていない権限を持っている ― ということだけは言っておくわ』


 その権限の内容をガブリエルは明かさなかったのは四大天使しか知ってはいけない内容も含まれているからだろう。拓也の監視の全ての権限をウリエルが持っていたのだから。ウリエルはなぜ俺をここまで庇ったんだ。章吾の肉体保持に関しては俺の一種の我儘みたいなものだった。ウリエルを巻き込んだのは簡単。継承者と依り代関係を結んでいるのがウリエルだったから、俺がゲートを越えて人間の世界に行くのにリスクがありすぎるからだ。

 

 ザドキエルは分厚い本のページをめくり、ゆっくりと瞳を閉じる。


 『いいでしょう。四大天使の権限に関して私が触れることは許可されていない。ガブリエルの口からも権限外の力の行使の発言はない。ウリエル、今回この場は貴方の証言信じましょう。ただ、条件があります。今後中谷章吾は君の監視下から外して、ラファエルとガブリエル相互監視で行かせてもらう』

 『俺に首を突っ込むなってか?俺が章吾見つけて連れてきたんだぞ』

 『正確にはそういうことです。ラファエルは力天使に引き抜いた責任があるのです。彼が監視をするのは構わないが、彼一人では手に負えない件もあるだろう。規定日時へのガブリエルの報告と……そうですね。智天使から一人、彼のお目付け役を出しましょうか』


 おいおい待ってくれ。そこまで俺を疑うのか……ガブリエルもその件に関しては反対しない。智天使からの実質スパイが力天使に居座るようなものだ。そんなことされてたまるか。章吾の肉体がある場所すら知られてしまうかもしれないのに。

 しかし、さすがにこれ以上の譲歩は許さないとでもいうようにザドキエルはこっちを見下ろしている。さっきの件は四大天使の権利行使でなんとかなったが、こればっかりはどうしようもない。


 『ガブリエル、智天使から一人派遣の検討を』

 『いいわ。その件に関しては力天使と話し合いましょう。お互いに、満足のいく結果に』


 そう告げて俺を見下ろすガブリエルの目は疑いの色を含んでいる。お前の秘密を暴いてやる ― そう目で訴えているのだ。やってやるよガブリエル。どこまでも、お互い騙し合いしようじゃないか。

 ガブリエルの返事に満足したザドキエルは次の議題を出してきた。次こそ最重要項目である章吾が悪魔と契約していたことに関する罰を与えるかどうかだ。


 『知っての通り、中谷省吾は生前天使となる身でありながら穢れし存在であるソロモンの悪魔と契約を交わしていた。彼は最後の審判についても七つの大罪、果てはサタネルの存在まで知っていたと考えています。今の彼が天使だとしても、悪魔と契約していた天使は前例がない。ここで罰則を作らなくてはなりません。その内容をラファエル、医師の観点からも懲罰の内容の提供をお願いしたい』

 『あーザドキエル、その件についてもだが……この異端審問で章吾の無実を主張する。つーか免罪符になるだろう。あいつは間接的に俺達の役に立っていた』

 『なるほどウリエル、貴方は今日それが目的だったのですね』


 ウリエルが頷き傍聴席がざわつく。四大天使が入ったばかりの新人の天使をあからさまに庇い、異端審問での特例の無実を要求している。これ自体が異例だからだ。ウリエルは章吾の悪魔払いの功績を免罪符に異端審問での罰則をなくせと言っているのだ。

 

 その内容はこうだ。章吾が悪魔と実質己の欲望で契約していた期間は二週間にも満たない短いもの。内容も犯罪や殺人に関与していない軽い罪になるもの。その後は悪魔を倒すために契約をし、数匹の悪魔討伐に関して貢献していること。契約に関しての罪はあるが、ソロモン七十二柱クラスの悪魔討伐は人間だけの力では不可能。結果として悪魔と契約したが、いい方向に向かったので罪は免除になるはず。そう証言した。


 しかしザドキエル率いる主天使(ドミニオンズ)も天界の法律を持って反論してくる。


 『ウリエル、それは結果論です。その程度で免罪符にはなりません』

 『じゃあお前は何したら免罪符だ?結局お前は罰与えたくてしょうがねえんだろうが。そうまでして章吾を自分の監視下に置きたいか?』


 ザドキエルの眉がピクリと動く。恐らくビンゴだ。ザドキエルが章吾に罰を与えるのは天界のためではない ― 自分が章吾と接触するチャンスを手に入れるためだ。ザドキエルは章吾を使って何かをしようとしている。いや、肉体保持をしていることを知ったからには、こいつも章吾を依り代にしたいのかもしれない。

 やっぱりザドキエルにあの子を渡すわけにはいかない。


 『禍根の目は潰し、前例の無い自体は早急に手を打つ必要がある。それに彼はただ契約していただけではない。悪魔の世界も天使の世界も知りすぎた。それは危険視するべきだ』

 『それは勿論だ。だからラファエルとガブリエルに監視させるんだろ。それで十分のはずだ。現に章吾の功績はここにいる奴ら全て分かっているだろう』

 『それは貴方達だけの発言で判断しなければならない。絶対的な判断材料にはならない。どうしても認めてほしければ物的証拠を提出するべきだ』

 『物的証拠!?んなもんあるわけねえだろ!』


 そりゃそうだ、あるわけない。監視してるのは基本的にはウリエルだけなのだから。ウリエルがいくら証言してもザドキエルや傍聴人はウリエルの証言だけで章吾の功績を認めることはない。物的証拠を何か用意しなければならない。章吾が悪魔討伐した際に使用した何かがあればいいんだが、天界には持ってこれていない。


 『ガブリエル、ミカエル!お前らならわかるだろ!?』

 『さあ、なんのことかしら。貴方みたいに幅広く継承者の周りの人間までケアしていないから』


 軽くかわしたガブリエルにウリエルは舌打ちで返す。その隣の傍聴席にはミカエル達までもが座り、事の展開を見守っている。俺はミカエルに一瞬視線を寄こし、再びザドキエルに向き直った。

 

 ザドキエルは俺達を無表情で見つめ、部下に何かしら囁いている。何を言っているかは分からないが、ザドキエルは明らかに俺達を怪しんでいるんだろう。俺達が章吾を庇ってメリットなんて一つもないからな。ザドキエルは恐らく俺がなぜ章吾を庇うか、その真実を探る気でいるんだろう。


 その後も俺達の言い合いは続いた。そろそろこっちも本格的に言い負かす何かが欲しいもんだ。


 天界での揉め事の調停役は主天使の仕事だ。つまり主天使の天使長ザドキエルはかなり有利に戦える。なんたって自分の部下が審判長をしてるんだ。息はかかってるだろう。問題はいかに章吾が悪魔を倒した事に貢献したかの物的証拠があれば便利なんだけど、そんな物は存在しないし、俺とウリエルの証言だけじゃ不完全だ。


 それどころがザドキエルは俺達に探りを入れてきている。この結果次第では章吾だけじゃない、俺達さえ追放確実だ。何とかしなければ……何とか……


 時間だけが過ぎていき、数時間たったところで一日目終了の鐘が鳴る。ザドキエルは分厚い本を閉じ席を立ちあがる。


 『次までに物的証拠を持ってこい。なければ手加減はしないぞ』


 そりゃそうだ。俺達に探りいれる余裕まであったんだ。ザドキエルは本気で俺達を相手にはしていなかった。こっちは権利行使までしたというのに、相手の表情が涼しげでそこそこ納得のいく結果のはずなのに悔しさがにじみ出る。

 あいつは物的証拠を出さなければ本当に容赦する気がないんだろうな。死に物狂いで探さなきゃいけない。


***


 ザドキエルside ―


 裁判が終わり、部屋を出て廊下を歩いていると見知った二つの影が待ち構えていた。一つはまるで面白い見世物でも見れたかのように上機嫌で手を振っている。


 『おつかれザドキエル。いや中々に面白い異端審問だったよ。四大天使の権限行使までしちゃってさ。必死なの丸わかり。でもそこをべこべこに砕くのが見たかったなあ~大体お前詰めが甘いんだよ。力天使に逃げ込まれたら、こちらとしても手が出せないからラファエルを泳がせとくのは危険だよ』


 サリエルは言いたい放題言って顔を膨らませている。四大天使の権限を使ってまで、なであの子供を守ろうとするのか ― ウリエルの言っていた人間に戻す。そこまでは本音だろうが天界のためであるというのは確実に嘘だろう。それならば他に方法はいくらでもあるのだ。コストと時間をかけてあんな面倒なことをする必要がない。

 ラファエルとウリエルは共謀して神とミカエルと嵌めようとしている。おそらく最後の審判を先延ばしにさせる計画にあの子供を使う気なのだろう。その証言さえ取れたなら四大天使の権限も何もかも消して追放権限まで使えるのに。


 『あの子供が我ら天界を破壊に追い込む可能性があるという証拠さえ手に入ればラファエルを追放できるのだがのぉ』


 忌々しそうに呟くラジエルは今日の異端審問も全て記録しているようだ。ラジエルとは対照的でサリエルは能天気だ。


 『はは、失楽園に追放?それとも堕天かい?どちらにせよ四大天使とまで言われる天使が追放されたら天界の基盤は一気に緩くなるよ。ただでさえ一枚岩じゃないんだから』

 『分かっています。指輪の継承者が奴らの手に渡ってしまった以上、十中八九サタナエルは審判に姿を現すでしょうからね。こちらとしても戦力の低下は避けたい所です』


 相手の実力を知っているからこそ、ある程度の妥協案で落ち着かなくてはいけない。それを向こうに呑ませるのが私の仕事だ。


 『まあ、智天使からお目付け役派遣に持ち込んだのは流石だね。他階級に監視役つけるなんて通常できないんだから。しかもラファエルを監視するなんてね。あの餓鬼を力天使から出せなきゃそうするしかないが、まさか権限使ってまでね。やばい思い出しただけで笑えるよ』


 サリエルがくくくと声を殺して笑っている。その二人に会釈をして次の裁判の準備があるからと横を通り過ぎる。しかし先ほどまで笑っていたサリエルが真剣な声でこちらを呼び止めた。


 『あんたなら大丈夫だと思うが、悟られる行為だけはよせよ。ウリエルは騙せるだろうがラファエルは頭が切れる』

 『私を誰だと思っているのです?知恵比べと腹の探り合いでは負ける気はしませんよ』



ラファエル…7大天使の1角であり、天使9階級の第5階級力天使ヴァーチャーズの天使長を務める天使。

4大エレメントの風を操る。

非常に温厚で人間に対しても友好的である。ラファエルの活躍は聖書などでも複数取り扱われ、特に旧約聖書外伝「トビト書」などが有名である。

力天使が医療のスペシャリストで名がとおっている通り、ラファエル自身も医師として天界では有名な存在である。

なぜか医療に興味のない中谷を力天使にスカウトした事で、何かを企んでいるのでは?と数名の天使に疑われている。


リック…第5階級力天使に所属する天使。

見た目が中谷と同じくらいの年齢と言うことと、力天使の中で最年少なのも相まって中谷の世話係に任命される。

本人も中谷とは友達的なポジションで良く一緒に行動している。

ちなみに力天使は医師、薬剤師、看護師の3つに大まかに区別され、リックは薬剤師の資格を持っている。

真面目な性格なので中谷に振り回される事が多いが、本人もそれを結構楽しんでいる。

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