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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
161/207

第161話 悪魔の王サタネル

 あれから三日間、レヴィのおかげで動けない俺はアスモデウスが連れて来た医師デイビスや、世話係のバルマと言う悪魔から甲斐甲斐しく世話をされ、傷は自分でもわかるレベルで回復していった。腕を動かしても痛みを感じることもなく骨折はほぼ完治していると言っていい。


 それでもデイビスからは「人間は治りが遅い」なんて嫌味を言われたけど、骨折を三日で治す人間がいたらぜひ紹介してもらいたいね。


 でも動けるようになったとしても、ここから逃げれると言うのは別の話だ。



 161 悪魔の王サタネル



 あの日の傷は俺にとってトラウマのような傷跡を残し、脱走を試みる勇気を完全に奪ってしまった。ここから逃げることなんてできないんじゃないか ― そんな最悪な想像ばかりしてしまう。今日も何も行動を起こすこともできず、一日が終わろうとしていた。この部屋の外に出ることもできず、時折様子を見に来るバルマと他愛のない会話をするだけの日々。これを延々と繰り返すのだろうか。


 今も黙っている俺の傷をみて問題ないと確認したバルマはルシファーの所に向かってしまった。あんな悪魔知らなかったけどルシファーの側近らしい。パイモンとは同僚みたいだ。実際かなり親しかったらしく、パイモンの話をする彼女の表情は悲しげだった。バルマが出て行って一人でベッドの上に転がって天井を見る。


 地獄に連れていかれて、どのくらい経過したんだろう。ここの時間と人間の世界の時間は対等なんだろうか。こっちの世界の一週間が人間の世界の一年に相当するなんてなっていたらどうしよう。地獄に対する知識がなさすぎて、何もかもが未知の世界で、じわりと目頭が熱くなってくる。


 そんな時、部屋の扉を開きる音が聞こえてバルマが帰ってきたのかと思って視線を寄こすと、思い出したくもない奴がいた。


 「バルマ?」

 『はぁずれー。久しぶり継承者』


 この声……忘れもしない。


 視線の先には俺をわざと逃がそうとしたベヘモトが立っていた。何をしに来たんだ。そう大声で問い詰めようとしても、喉がせき止められたように声を出せなくなり、起き上がったのはいいけれど恐怖で足がすくみ、それ以上の行動を起こせない。


 べへモトは震えている俺を見て、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。それがまるで鎌を持っている死神のように見えて、小さい悲鳴が漏れベッドの隅に逃げた俺を見てべへモトは鼻を鳴らした。


 『随分と嫌われたな』

 「ひっ……!来るな!誰か助け……バルマ!!」

 『バルマは来ない。あいつには尻尾振ってるのか』

 「う、うるさい!出てけ!お前と関わりたくなんかねえんだ!」


 やっと出せた罵倒も気にせず、ベヘモトはどんどん近付いてきて、ベッドの前で足を止めた。

 俺を見つめるべへモトの瞳には相変わらず何も宿っておらず、相手が何を考えているかすらわからない。ただ、口元に笑みは浮かんでいるのだから、俺にとって嫌なことをする気しかないんだろう。そのまま腕をとられ強い力でベッドから引きずり降ろされて転落する。一向に気を遣わず起き上がることのできない俺をそのまま引きずる形で扉の方に連れていく。


 「いっ……痛い!離せ!くそが!!」


 べへモトの腕に爪を思い切り立てれば、やっと気づいたとでも言うように振り返り、奴は歩みを止めた。

 

 『お前に会わせたい奴らがいるんだ。ついてこいよ。嫌がってもつれていくけど』

 「い、嫌だ!」

 『じゃあ引きずるだけだな。到着するまでにケツがボロボロになるかもな!』


 相変わらずサラっと恐ろしいことを言い放ち、再びべへモトは抵抗しても意味のないレベルの力で引きずっていく。尻と足に痛みが走り、なんとかこいつから逃げなければと剣を取り出しべへモトの腕を切りつければ、再び歩みが止まった。しかしやってはいけないことをしている自覚はある。もしかしたらここで殺されるかもしれない。


 『半殺し決定』


 その言葉と共に顔に衝撃が走り、胸ぐらをつかまれて後頭部を地面にたたきつけられ痛みで呻く間も与えず、腹部を足で踏みつけられ逆流した胃液が口から漏れた。蹲って浅く息をする俺の髪の毛を掴んで持ち上げられ数本髪の毛が抜ける感触と、痛みで顔が歪む。


 『調子乗んなよ餓鬼。てめえの命はこっちで管理されてるってまだ分かんねえのお前』


 そのまま再び地面に勢い良くたたきつけられ、あまりの痛みに意識が飛んだ。視界が暗くなる寸前に見えたのはべへモトの手が顔面に迫ってくるところまでだった。


 『痛みはすぐにトラウマになる。お前はもう俺に逆らえないよ』


 そんな言葉を冷静に聞く余裕も今の俺には無かった。


 ***


 目が覚めた時、見慣れない天上が広がっていた。


 見覚えのない部屋のソファで横になっていて勢いよく飛び起きてあたりを観察する。ベヘモトにぼこぼこにされたが、ケガはない。夢だったんだろうかと思うほどに傷は完全に消えていた。しかしここはどこなんだ。こんな場所、俺は知らない。


 『あ、起きた』


 聞きなれない声が聞こえて、勢いよく振り返ると複数の悪魔が立っていた。その中にはベヘモトもいて、この悪魔たちがあわせたい奴らなんだということがわかる。七つの大罪じゃない、別の悪魔。


 炎に包まれた牡牛のような悪魔、屈強な体の悪魔、可愛らしい少女の悪魔、片方の目を眼帯で覆ってる悪魔、目つきが悪く髪の毛を束ねている悪魔、そいつに隠れてる気弱そうな悪魔……数えただけでも六人、ベヘモト入れて七人の悪魔が俺を待っていた。


 こいつらはいったい何者なんだ?


 そう考える間もなくベヘモトが腕を急に掴んできたから、思わず悲鳴をあげてもう片方の手で顔と頭を覆う。その動作が虐待を受けている子供の様で、自分がベヘモトに恐怖心を抱いているには十分すぎる動きだった。そんな俺を悪魔たちは可笑しそうに笑っている。


 『ベヘモト随分嫌われたわね』

 『そうみてえだな。こないだのお遊びが希望には刺激が強すぎたようだ』

 『あんたのやることが過激だからよ馬鹿じゃない?』


 少女が俺の顔を覗き込む。綺麗な金色の目に白い肌、ピンクゴールドの髪の毛に可愛らしいピンク色の服。本当に可愛らしい少女。こんな子が悪魔なんだなとぼんやり考えていた。敵意のない瞳で見つめられて、恐る恐る動かした視線が交わると少女は可愛らしい唇で弧を描き、他の悪魔たちに顔を向ける。


 『ねーこの子なんだって。ラハグも隠れてないで見てみたらー』

 『やだよ治療したら俺の仕事終わりだろー!不意打ちでサタナエル様の炎使われたら俺死んじゃうし』

 『怖いからって俺にひっつくんじゃねえ雑魚が!!』


 どうやら髪の毛を束ねている男に隠れてる奴はラハグと言うらしい。半分涙目になってる姿を見ると、本気で俺を怖がってるようだ。というか、俺の治療はこいつがしてくれたのか。ぼんやりとしているとベヘモトに輪の中心に放り投げられて恐怖でその場に尻もちをつく。

 それをみてラハグにつっくかれていた悪魔はため息をついた。


 『おいこんなんで本当に大丈夫なのかよ。大したことなさそうだぞ』

 『アザゼルはそんなことばっか言ってさ、その癖に俺の盾になってくれないんだからさ』

 『てめーは黙ってろ!このクソカスが!』

 『ひっ!』


 ラハグにくっつかれてる髪の毛を束ねている男はアザゼルと言うらしい。目つきも悪いし、怒鳴り散らす様は乱暴者を絵にかいたような感じだ。とりあえず分かったのはラハグとアザゼルって奴だけ。後の奴は全く分からない。ていうか不気味な奴しかいない。


 女の子は可愛いとして、片目を眼帯で隠してる奴は不気味な雰囲気を醸し出し、片方の腕が紫色になってる。炎に包まれてる化け物はもう見た感じが悪魔そのものだし、頭から角が出てる屈強な男の悪魔もかなり怖い。七つの大罪じゃないとして、こいつらは一体誰なんだ?


 目をぱちぱちさせてる俺に少女が座りこんでくる。


 『ごめんねー会話についてけないよねー。そうね、貴方に言っても分かるかしら。私たちはサタネルの称号を持つ悪魔。知らないなら説明したところであんたには分からないわ』


 サタネル、その単語をストラスから数回聞かされた事がある。地獄の王とかいう称号だった気がする……多分、すげえ強い悪魔。たしか七十二柱の六大公にもサタネルの称号を持ってる奴がいるって話を聞いた。

 ならこの目の前の少女はサタネルなのか?


 『本当は私達以外にもアスタロト、ベリアルや七つの大罪のルシファー様、ベルゼバブやレヴィアタン、アスモデウスとかがいるんだけどね、今は私達だけ。よろしくね、私はマステマ』


 マステマは手を差し出してくるけど、そんなのを握り返せるわけがない。そのまま固まってる俺に痺れを切らしたマステマは強引に俺の手をとった。


 「ひっ……」

 『よろしくね』


 笑った顔は可愛らしいが、それ以上に恐ろしい。俺はひきつった笑みを浮かべて何回も頷いた。そんな俺に満足したのか、マステマは他の悪魔を紹介していく。

 それで分かったのが屈強な男がアバドン、炎に包まれた悪魔がモレク、眼帯の男がサマエル、そして髪の毛を束ねてる目つきの悪い男がアザゼルで、そいつに隠れてるのがラハグらしい。

 全部の悪魔を紹介し終えた所でマステマは俺の手を握り、立ち上がらせる。


 『でも驚いたわ。まさかサタナエル様の御子息が本当に現れるなんて思ってなかったわ。よくぞご無事で。歓迎しますわ』

 「……俺は」

 『信じたくないのね。でも受け入れて。私たちの王になってくださいまし』


 マステマが嬉しそうに笑うが、俺は笑えない。皆が喜んでる、サタエナルの復活が近付いてるって。でもあんな奴が復活したら、それこそ審判が始まってしまう。そんなのは絶対に駄目だ。

 下を向いたままの俺にモレクが盛大なため息をつく。


 『我ラノ王ニ軟弱ナ思考ハイラヌ。早クソノ考エ、改メテクダサイマセ』

 『お前が本当にサタナエルの子息っていうのなら俺はお前を歓迎する。今、役に立つかは知らんが長期的な目で見ればお前は唯一無二の存在になる』


 こいつらは俺に何を期待してるんだ。サタナエルの子息だか何だか知らねえけど、それなら本人に頼めよ。俺に頼んで何になるんだよ。あんな餓鬼、俺は知らない。見たこともない。勝手にあいつのせいで悪魔にされかけて、あいつの子供とか言われてふざけんなよ!!

 

 返事をせずに黙っていれば興味をなくしたアザゼルは踵を返し部屋から出ていきラハグもそれに続く。室内を静寂が包み込み、俯いて全員がこの場からいなくなるのを怯えて待つことしかできない。しかし誰かが俺の前に立ち止まったのがわかり無意識に体が震えた。


 『こいつを送る。ベヘモト、あまり勝手な真似をするのはよせ。ルシファー様がいくら温厚とはいえ、ルールを守らない者は罰せられる。俺がお前を庇うことはないぞ』

 『はあ?』

 『顔も見れた。満足だろう、行くぞ継承者』


 そのまま俺の腕を引っ張り上げ、眼帯の男“サマエル”に連れられて必死に足を動かす。ベヘモトのような乱暴さはないが、無言のまま腕を引っ張られて募るのは恐怖ばかり。腕を放してほしくて少しだけ動かしたが、放してくれる気配はなさそうだ。

 黙って数分歩いていると腕を放され足が止まり、今まで黙っていたサマエルがこちらに振り返った。


 『慣れろ、今すぐこの環境にだ』

 「え?」


 予想してもいなかった言葉に素っ頓狂な声が出た。


 『できればお前に危険な目には遭ってほしくはない。お前の役目は元々俺が引き継ぐはずだった。お前に指輪が渡らなければ…………すまなかった』

 「なんの、こと……」


 サマエルは小さく笑って首を横に振った。それ以上は答えてくれることはなく、再び背を向けて歩き出す。


 『わからなければそれでいい。その方がいい』


 何を思ってサマエルはそんな事を言ってるんだろう。何も分からなかった。サマエルが何で助けてくれたのかも、危険な目に遭ってほしくないと言ったのかも。何も分からない。あんたが何を考えてるかなんて爪の垢ほどの興味もないよ。そう言ってやりたいのに言葉は口から出てこず、部屋に戻るまで俺達の間にそれ以降一切の会話はなかった。


 ルシファーside ―


 『ルシファー様』


 いつもの部屋、サタナエルが封印されている部屋で彼を眺めている私に何者かが声をかけてきた。やれやれ、ノックもしないで入ってくるとはレディとしてなってないな。

 部屋に入ってきたマステマを迎え入れると、マステマはこちらに歩み寄り、水晶に覆われているサタナエルに視線を向ける。未だに動く気配のない水晶の中の悪魔を見て感慨深そうにしばらく見つめていた後、ポツリと彼女は呟いた。


 『いつ、サタナエル様を復活させるおつもりなのですか?』

 『いつでも。我らの希望が使いこなせるようになってからだ』

 『ルシファー様、こう言ってはなんですが嫌な予感がしますわ』

 『嫌な予感?』


 それを報告するためにわざわざ彼女はここに出向いてくれた。きっと、希望に関することだろう。

 彼女の言う事を無下にする訳にもいかず、私は彼女に続きを話す様に要求した。マステマは居心地が悪そうに視線をそらして小さく言葉を発した。


 『出過ぎた真似かもしれませんが……サマエルは感づいてますわ。先ほどベヘモトが希望を私達にお披露目したのですが、サマエルはまるで希望を庇うかのような素振りを見せました。あのサマエルがあのような素振り……意外でしたわ』

 『そうか……』

 『今回不安要素が多すぎます。アスモデウスにサマエル……彼らが気付いたら事ですわよ』


 不安要素が多すぎるか……確かにそうかもしれんな。早くサタナエルを復活させた方がいいのかもしれん。希望が抵抗を始めるその前に……と、言いたいところだが、希望の力は不安定なのは知っている。すぐにやれと言ってできるものではないことも分かっている。ただ、時間がかかるとこちらが不利になりかねない。

 マステマの話が本当ならば、少々面倒なことになるかもしれない。だが……


 『サマエルが、我らを裏切ると?』


 マステマはその質問に背をただし、顔を青くする。


 『い、いえ、そのようなことは……彼は貴方様に忠誠を誓っております。決して裏切るなどという愚かな行為はしないとは思います!しかし元は彼が希望の役目をする手筈でしたから……その、情が移ってしまっては厄介なことになる可能性は無きにしも非ず、と……』

 『これを先読みしていたとしたら、本当に恐ろしい男だなザドキエルは』

 『ルシファー様?』


 あの冷酷無慈悲な男が一度だけ、一度だけ裁判で慈悲を見せた。死刑確定の拷問裁判で見せた一度きりの情け。その情けが巡り巡って今の状況を作ったとしたら、運命というのはどこまでも数奇だ。そしてこれを計算していたと言われたら太刀打ちもできない。

 奴にとって我らの希望は完璧な条件を持っている。我らの基盤を揺るがすほどの……嫌な所をついて来るものだ。長年共にいた賜物だな。

 席を立ちあがってマステマに伝える。


 『バルマに伝えてくれ。明日にでも希望に指輪を使わせる為の訓練を受けさせる』


 流石に悠長にしてやる時間はなさそうだ。


 『相手は誰にしますの?』

 『そうだな、ベルフェゴールに任せていたんだが奴は加減を知らないからな。ベルゼバブを据えよう』


 マステマは満足そうにうなずく。本人は嫌がりそうだが、引き受けてもらうしかない。


 『無理をさせてでも急いで炎を操れるようにする。お前の言う事が事実なら確かに不安要素は多いだろう。サマエルはそちらに任す。アスモデウスの餌はちゃんとある』

 『ええ、サマエルは勿論こちらで面倒見ますわ。しかし手綱はしっかり握って下さらなければ困りますわよ。アスモデウスの力は半端な悪魔じゃ止められませんわ』

 『心配いらんさ』


 マステマは私の返答を聞いて満足したのか頭を下げて出て行った。サタナエルさえ復活させれば希望は用済みだ。我らに協力する意を示さなければ寵愛する必要もない。何も考えずに運命を受け入れれば、私たちもそれなりの対応をするというのに。サタナエルの子息として寵愛して愛でようと思っているのに。

 恐らく希望はそれを望まない。最後まで脆弱な抵抗を見せるだろう。


 『君の復活には随分と難題があるみたいだよ。サタナエル』


 だがもう少しで君は完全に目を覚ますだろう。あの獣達と共に。

 それをどれほどの悪魔が待ちわびていたか……

 人間界などどうでもいい。だが奴が出て来るとなると話は別だ。


 『弟は兄に決して勝てない。いつの時代だってな……』


 思い知らせてやろう。傲慢は貴様なのだと。

 所詮は見栄を張るだけで貴様は私に対抗する力などないのだと。

 お前は絶対に私には勝てない。未来永劫な……


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