第16話 連続女性殺人事件
*今回ドイツ語の文章が出てきます。
その後、俺たちはホテルに戻り、皆で一回戦突破を祝った。二回戦は八日後。一度東京に戻り再び試合日に大阪に訪れる予定になったが、二回戦は優勝候補と言われる城西高校に9−3の大差で破れてしまった。
悔しそうに歯を食いしばった中谷に俺はかける言葉が見つからなかった。
16 連続女性殺人事件
甲子園も終了し、いつもの日常が戻ってきた。
今日も学校の夏期講習の為に学校に来ており、講習が終わった教室は騒がしい。そんな中、中谷はやはりまだ敗戦したことを引きずっているのか朝から元気がなく、声をかけようと考えたが何を言っても慰めにもならない気がして、そう思ったら声を掛けづらく、結局話さないまま今日の補講を終えた。
「う――ん!よく寝たぁ!!」
授業の終わりのチャイムがなった瞬間に光太郎が大きく背伸びをした。その姿を見て、羨ましいような、憎いような複雑な気持ちになる。
あいつは塾で既に習った内容だからという理由で授業を真面目に受けていない。そのくせ毎回学年で一番を取るんだから憎たらしい男だ。そんな光太郎がなんでこんな普通の都立に来たのかが俺にはわからない。むしろ中学もなんで光太郎は私立を受けなかったんだろう?それについて一度光太郎に聞いたことがあるが、本人からは反抗期だと一言で片づけられた。
光太郎は小学生の時から今でも絶賛反抗期で、中学受験も高校受験も両親と揉めていた。光太郎の両親は有名私立に光太郎を受験させようとしていたようだが、どうもそれを強要するのを光太郎が反発したらしい。勿論、それだけで親子仲が悪くなることはないが、両親の希望通りのレールを歩む兄の姿を見て、自分の好きなことをしたい欲求がわいているんだとか。高校受験だって俺がここを受けると言ったら、じゃあ自分もここに行くと決めたくらいだ。
別にこの学校は特別有名な進学校ではない。国立の大学には半数くらい行くけど東大なんてその年に一人か二人いるかいないかだ。光太郎の兄ちゃんは東大合格率No1の高校に行って東大の医学部に受かったって聞いた。兄が医者になるのだから必然的に会社を継ぐのが光太郎になってしまい、両親からの期待を一身に受けている光太郎は死んでも両親の言いなりにはならないと今も反抗している。
そんな光太郎が教科書のほとんど入っていない鞄を持ち、俺の席に来た。
「拓也ー昼飯食って帰ろうぜー」
「あ、おう」
中谷も誘っていいかと視線を向けると、普段はバカ騒ぎをしている中谷は大人しく荷物を鞄に詰めていた。時間が解決してくれるのは分かっているが、それでも俺は勇気を出して中谷に話しかけた。
「中谷」
「何?」
「あ、えぇっと……今日も練習か?」
馬鹿、なに言ってんだ俺!こんな傷をえぐるようなことを!!
あたふたしている俺を見て中谷は首を傾げつつも横に振った。
「いや、今日はミーティングだけ。三十分くらいで終わるんじゃねえかな」
「なら中谷も一緒に飯くってこうぜ!ミーティング終わるまで待ってるよ」
光太郎はそう言うや否か俺の前の席に腰掛けて携帯を取り出す。その姿を見た、前の席の奴が光太郎に不満の声を上げる。
「広瀬ーまだ俺帰んねーのに勝手にすわんじゃねーよー」
「他の席使えよ」
「なんだよそれー」
そいつは光太郎の言葉に唇を尖らせて軽くどつき、それで気分が晴れたのか笑いながら他の奴の所に行った。あいついい奴だよな。
「じゃあ終わったらすぐ来る。悪いな」
「中谷元気ないなー」
部活に向かった中谷を光太郎は頬杖をつきながら出て行ったドアを見つめる。光太郎もやっぱり気づいてたんだな……その言葉に俺も頷いてドアを見つめた。あの試合で最後、うちはガタガタになっており、中谷もエラーをしてしまい失点した。やっぱ相当悔しいんだろうな。
その後、俺達は上野達にお菓子をもらい、それを食いながら中谷を待つ間の飢えをしのいだ。
***
「悪い、遅くなった」
「中谷お疲れー早く行こうぜ〜俺もう飢え死ぬ」
中谷が戻ってきたのは一時間後だった。十三時半の教室にはもう俺たち以外誰も残っておらず、光太郎が腹が減ったと非難の声をあげているが、中谷は先ほどとは違い何か焦った様子だった。光太郎の頭をぐりぐり乱暴に撫でまわし、こっちに真剣な表情で話しかけてきた。
「あいだだだ!おいやめろ筋肉馬鹿!お前力強いんだよ!」
「まあまあ落ち着け広瀬。それよりお前ら、朝のニュース見たか?」
「朝の?俺基本ニュースは見ない主義なんだ」
威張って言えることじゃないけど。光太郎が噴き出し、中谷も自分も見ないけど。と付け足す。じゃあ何が言いたいのか。芸能人の離婚話でも出たのだろうか。しかし中谷の表情は不安そうで眉間にしわが寄っている。
「先輩達が変な噂言っててさ。なんか外国で裸にされた女が次々と死んでく事件があるんだって」
「へぇ怖いなぁ。でも外国だし、俺男だし、俺には被害こないな」
何が言いたいのかわからなくて第三者の意見を述べた。そこは俺達ではなくて警察が頑張ってくれるだろう。しかし中谷はそうではないと言う。
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ。悪魔じゃないかってことだよ」
「悪魔……」
忘れてた。そういやもう二週間近く悪魔の情報をゲットしていない。大体今までだってたまたまニュースでストラスが見つけてきたのだけなんだし、自分たちで探し回ってないから当然と言えば当然だ。向こうが派手に事件を起こしてニュースにでもならない限りは俺達が見つけられるはずがない。
「なんでももうドイツだけで十人ぐらいやられてるんだって」
「ドイツだけで?」
「フランスとイタリアも同じ目にあってる女が何人もいるらしい」
本格的にヤバいにおい。これってマルファスレベルのやばい悪魔なんじゃないか?またあの時みたいに戦わないといけないのか?
「でも今朝のニュースでそんなこと言ってたか?俺は見なかったぞ」
「今朝のニュースっていうか、ネットニュースで話題になってるんだって。それを今日、報道したらしい。八時のニュースで」
「あぁ……俺そのころ学校に向かってたわ」
だから見なかったのか。と、光太郎は頭をかいた。これは俺たち三人で話していても埒が明かないだろう。
「とりあえずストラスに報告しなきゃな」
「昼飯は?どうすんの?」
光太郎が不満そうに声をあげる。いやそれとこれとは別でしょう!だって腹が減っては何とやらじゃないっすか!
「食ってくだろ。別に飯食っていったって時間変わらんし」
「おっけ~!」
光太郎は鞄を持ってたちあがり、我先にとドアから出て行き、その場に残された俺はその後を追いかけようとしたとき、中谷に声をかけられ立ち止まる。
「池上、今日、気ぃつかわせて悪かった。もう平気だから気にしないでいいからな」
「あ、おう」
中谷も軽く笑い、ドアを出て行ってしまい、結局最後になってしまった俺は二人に置いて行かれまいと慌ててドアを出た。
俺たちはラーメン屋で学生ラーメンを平らげ、光太郎と中谷は先にマンションに向かい、俺はストラスを呼ぶために一度自分の家に帰った。
***
「ただいまー」
一応挨拶だけして、一目散に自分の部屋に走っていく。
ドアをあけるとストラスは俺が貸してやったハリーポッターを読んでいた。こいつフクロウのくせに俺より活字が強いって言うね。部屋から窓を開けて好き勝手に外に出てはいくが、家にいる間は俺の部屋に缶詰めなのは少し可哀想でもある。
「ストラス!」
『むぐお!』
まあ、そんなこと言ってられないけど!俺はストラスが腰かけているベッドに思いっきりダイブし、ストラスはその反動に耐えきれず飛び跳ね、ベッドから転落した。
最近このやりとり、地味に俺ははまっている。ストラス本人は嫌そうだが、こいつの反応が面白くて毎回やってしまう。ベッドの下から睨みつけてくるストラスを見て笑ってしまった。
『笑い事じゃないです。帰ってくるなりなんです』
「悪魔かもしれねーんだ!マンション行くぞ!!」
ストラスの奇声が聞こえたが無視して鞄の中に無理やり押し込め、制服のまま走って家を出た。炎天下の中、光太郎のマンションまで急いで走る。ストラスはカバンの中から不機嫌そうに頭だけ出していた。
インターホンで開錠してもらい、光太郎の部屋まで向かうと光太郎と中谷とヴォラクが呑気にゲームをしていた。
「あ、拓也!」
光太郎は俺に気づくとゲームを切った。
ストラスを鞄から出し、ソファに腰掛ける。ストラスはあろうことか軽く俺の腕を蹴っていき、そのままテーブルの上に立ち、偉そうにふんぞり返っている。
『して、悪魔の情報は?』
「あぁ、なんかヨーロッパの国で裸の女が殺される事件が相次いでるんだって。被害も十人以上出て、まだ犯人も見つかってないらしい」
『ヨーロッパですか?』
「ほら、フランスとかイギリスとかドイツとか」
「ストラス、あそこじゃない?ザクセンとかプロイセンのあたり。あ、ナチスって言ったほうが分かりやすい?」
プロイセンとかナチスって……いつの時代の話だヴォラク。しかしそれで伝わるのが悪魔なんだろう、ストラスは納得したように顔をあげる。
『あの辺りですか……こことは大分離れてますねぇ。しかしその話は本当なのですか?』
「今朝ニュースにもなったらしい」
ストラスは器用にパソコンの電源を入れて、立ち上がるのを待つ。
『しかし国全体で特定されても見つけようがないですね。それに本当に悪魔の仕業だという証拠もないですし』
「マルファスみたいに証拠を残してくんないとどの悪魔だなんてわかんないよねー」
ヴォラクもやれやれと息をついた。そりゃそうかもしれないけど……現地調査しないといけないのかな。こんな時にセーレがいてくれたら……ん、セーレ?
「セーレは?そういや姿見えないけど」
「あの女の子のとこに行ったよ。セーレ週に一回は必ず行くんだから」
あの女の子、沙織のとこかぁ。そうだよな、確かお金もらってるとか言ってたし、そんなポンポン休めないんだろうな。
そんなことはさておいて、パソコンが立ち上がり、ヴォラクとストラスがのぞき込む中、例の事件を検索してみると何百という情報が出てきた。
「えーと、事件は今から約一か月前」
「時期はピッタリだね」
一か月の間に被害十人以上なら相当なシリアルキラーだ。もし悪魔が関与しているのなら、やばい奴なのは間違いないだろう。事件の詳細が日本で書かれた記事を見つけ、ヴォラクも画面を食い入るように見ている。
「バイエルン自由州で二人、バーデン=ヴュルテンベルク州で四人、ザールラント州で二人、ザクセン自由州で一人、フランスで三人、イタリアで三人。計十五人」
『なかなかの数ですね。この短い期間内に』
「全て遺体は全裸に剥かれ、ところどころに殴られたり絞められた跡がある。体液も発見されているが、事件の全容がつかめず、被害は拡大すると見られている。だって……」
これって、強姦事件ってことだよな……契約者が悪魔に命じて事件を起こしているんだろうか。だとしたら許されることじゃない。
こんな奴が日本に来たらどうしよう。絶対にやばいよ。
『一度確認してみる必要がありますね。セーレが帰ったら一度行ってみましょう』
ドイツで調べようとストラスは言うが、そんな簡単にできるもんじゃないだろう。
「行ってみましょうったって……俺らドイツ語とか話せねぇぞ」
『なんと!?普通は話せるのではないのですか!?』
「習わねえんだからしょうがねぇだろ!」
「はぁ……俺話せるよ。大丈夫」
ビックリしてヴォラクを見る。そういやヴォラク、日本語喋って……あれぇ?
「ヴォラク、お前何カ国語話せるんだ?」
「ん?数えたことないなぁ。でもそのヨーロッパってとこらへんなら大体話せるよ」
なにいいいぃぃいいぃいいぃぃ!?
純粋な疑問をなぜ持たなかったのか。ヴォラクもストラスもセーレも流暢な日本語を話しているじゃないか。こいつらって別に日本の悪魔とかじゃないのに、なんでこんなに話せるんだよ。
「そりゃ俺らかなり長生きだもん。まあ拓也は知らないだろうけどね、俺ら数十回は人間界に召喚されてんのね。その時に契約者の言語とか、そういったのはある程度理解するに決まってるだろ。日本語に関してはキリスト教が日本に布教した際に悪魔についての知恵も流れてね、一度、日本人に召喚されてんだよ俺。その時に覚えたよ。まあ少々独特で難しいが」
『私は日本人の契約者はいませんが、前契約者の元に居た際に日本人を見てはいましたからね。その際に言葉を学びました。悪魔学者が一番多かったですからね。プロイセンやイングランドやブルボンには。我らも召喚された際に言語が話せなければ会話ができませんからね。学習しますとも』
「悪魔学者?」
『悪魔を研究している人間が今と違いいたのですよ昔は。私もよく召喚されました』
「ストラスってナチス時代に召喚されてたもんね。俺も戦争の時に結構召喚されたよ、流石にフォモスとディモスは使っちゃ駄目って言われてたけど」
『ハアゲンティが第一次世界大戦の際にダブルブッキングで召喚されましてね。あの際は大変だったんですよ』
「え、何それウケんだけど!!」
なんだか昔話でめっちゃ盛り上がっている。でも、ヴォラクの言う戦争のときに召喚されたことがあるというのなら、ヴォラクは教科書に載っている偉人とかにも会ったことがあるのかもしれない。
「戦争って……お前まさかジャンヌ・ダルクとかにも会ったことあんのか?」
話の腰を折られたヴォラクは振り返るも、聞き覚えのない名前に誰それと言う返事が返ってきた。
「なんだ会ったことないのか……女の人で神のお告げが何たらっていう」
「……あぁ、あの女!百年戦争の時のね。あいつミカエルのお気入りだったからな」
知ってんのかよ!?ていうかミカエル?俺一回会ったことあるよな……あいつのお気に入り?
何を思い出したのか、ヴォラクはしみじみと呟いた。
「でもあの女殺したのってぶっちゃけミカエルだよね」
『例の彼女ですか……そう言えばそのような話を地獄でも聞きましたよ』
殺したのがミカエル!?
オカルト的な話題としては大問題の発言に、光太郎は好奇心からヴォラクに話を詳しく聞いている。
「どういうこと?ヴォラク」
「俺は詳しくは知らない。でもあの時って結構フランスも王位継承とかで揉めてんじゃなかったっけ?都合のいい神の声を聴く傀儡が欲しかったんじゃないかって話だったけど。それと天使の兵として欲しかったんじゃない?聖人の殉教者なんて喉から手が出るほど奴らは欲しがるし」
『たしか最終的には火炙りにされたのでしたよね?』
言葉を濁したヴォラクが気になって問いかけようとしたとき……セーレが帰ってきた。なんかいいとこで邪魔された。
「ただいまーあれ?拓也達来てたの」
「悪魔がいるかもしんないんだって」
「悪魔?」
「プロイセンのあたりだって」
「正確にはドイツね」
一応訂正を入れておいた。ドイツと言う言葉にセーレは顔を輝かせている。もしかして前契約者がいたのか?
「プロイセンかぁ……懐かしいね、ミラスは元気かな?」
「ミラスって確か前の契約者だよね?もう死んでんじゃん?何百年前だよ」
それもそうか、とヴォラクとセーレは昔話で盛り上がっている。話について行けないし。
とりあえず俺たちはジェダイトに乗ってドイツに行くことにした。
「え?こんなに大人数乗れるかなぁ?」
セーレは俺たちの人数を確認して眉をしかめた。人数は俺とストラスとヴォラクと光太郎と中谷。セーレを入れて計五人と一匹。ストラスは場所取らないからいいだろう。ジェダイトはかなりでかい馬だけど、流石にこの人数はきついか?
「中谷と光太郎が諦めればいいじゃん」
「やだよ!俺ドイツ行ったことないし!マジで行ってみてー!」
ヴォラクの提案を中谷が真っ先に否定する。完全に本心が出ており、悪魔を探すよりも観光目的か。でもタダで時間もかかんなくて日帰りできるんなら、俺だって確かに行きたい。
揉めている俺たちを見て黙っていたセーレは手をポンと叩いて解決策を述べた。
「よし、こうしよう」
***
「う、広瀬重い……」
「重くねー!俺は57キロしかねえぞ!」
セーレが出した解決策はこれだった。
まずセーレがヴォラクを抱っこする。そしてその後ろに俺がストラスを頭に乗せて中谷を落ちないようにつかんでおく。そして中谷が光太郎をおんぶして担いで乗る。
これでスペース的には三人分だ。この前、沙織と三人で乗った時も余裕だった。今もそこまで苦しくもない。これならなんとか行けそうだ。
『ジェダイト。重さは大丈夫か?』
『ヒヒィン!』
「大声出すなよ!このマンション犬とか猫とかしか飼っちゃいけないんだからな!」
ジェダイトは余裕とでも言いたげに声を張り上げ、光太郎は真っ青な顔で注意した。確かに馬飼ってました。とか笑い話にもならない。
『どうやら大丈夫みたいだ。中谷が光太郎担いできついと思うからスピード上げるよ』
「広瀬という重しを担ぐことで筋トレになるかもしれない!」
「俺は重くない!」
『最初のうちは抵抗があるから拓也、しっかり中谷捕まえといてね。中谷は光太郎担いでるから振り落とされちゃうよ』
そんな責任重大なことをさらりと。はしゃいでいた中谷と光太郎の顔が一気に真顔になっていく。
「池上、死んでも放すなよ」
中谷と光太郎の視線が突き刺さる。俺は片手でセーレの腰にがっしり手をまわし、もう片手で中谷の腰にも手をまわした。一番楽かと思ったら一番きつい役回りじゃね?
『行くぞジェダイト!』
セーレの掛け声でジェダイトはベランダから飛び上がった。
超高速で空に向かっていくためものすごい風と重圧が襲い掛かってくる。か、風がやばいいい!!
「やばいやばいやばい!」
「広瀬!首しめんじゃね―――!」
しかしそんなこともつかの間、一気に雲に上に出て、風の抵抗はなくなった。良かった、これで一安心。
『もう一定のスピードに達したから抵抗はないはずだよ』
本当だ、もう抵抗ない。腕を放した俺を見て、中谷と光太郎は安心したように気を緩めた。しかしバランスをとるためか、単に怖いのか光太郎が俺の肩をガッシリ掴んできており少し痛い。
「セーレ、今は速度どのくらい?」
『わかんないな?でも多分十分もあればドイツに着くよ』
十分て……近所のコンビニに行くんじゃないんだから。雲がめちゃくちゃ早く移動すると思ってしまったが、それだけ速いスピードでジェダイトは走っているんだ。
雲がなくなり、快晴の下に広がった真っ青な海に光太郎が目を輝かせた。
「すげー海だ!」
『もう人なんていないし。もう少し降りてみる?』
「いいのか!?」
『大丈夫だよ。そのかわり少しだけしか見れないよ。多分中国だっけ?すぐに大陸はいっちゃうから』
セーレが命じるとジェダイトは海に向けて急降下し、真っ青な海の中を泳ぐ生物を見つけ、思わず声が出た。
「イルカだ!」
「すっげ―――!ガラス越しじゃないイルカなんて初めて見た!」
ヴォラクが指差した場所には数頭のイルカが水面から時折飛び跳ね泳いでいた。中谷は目を輝かせながらイルカを見て、俺も間近で見るイルカに軽く感動していた。
……でもなんかイルカ速度速くないか?ジェダイトの速さってイルカの比じゃないよな。チラッとセーレを見ると、セーレは俺たちを見ながらニコニコとまた小動物を見るかのように微笑ましそうに眺めていた。そうか、セーレが速度を落としてくれてたらしい。セーレってなんつーか子供好きだよな。ヴォラクの我儘も中谷の希望もできるだけ叶えてあげようとしている。やっぱりセーレが悪魔だなんて感じない。しばらくイルカを眺めた後、ジェダイトはまたスピードをあげ雲の上へ上昇した。
その後、すぐに大陸が見えてきた。
『中国ですかね』
「え、やば!!日本脱出きた―――!!エベレスト通って行こうぜ!!」
『ネパール、だっけ?うーん、飛行ルートにあるっけな』
完全に観光気分の中谷は目をキラキラさせながら、ここに行きたい、あそこに行きたいと次々と注文しながら地上を眺めている。途中で大きな山脈に入り、正直何がエベレストかもわからず、一気に速度を上げたジェダイトは全てを突っ切って、降下していく。
そして街から少し離れた人通りのない裏通りに俺たちは着陸した。俺と中谷は周りを見渡して本当にドイツについたんだと感動する。
「すっげー!中谷ドイツだってよ!」
「俺、海外になんて初めて行ったし!!」
その光景を光太郎は少し呆れたように見ていた。光太郎は海外に何回も行ったことあるからな。
セーレがジェダイトに礼を述べ戻してから本番だ。
「さて情報収集だね」
俺たちは一度メインの通りに出てみることにした。フクロウ持ってるなんて少し恥ずかしいから、ストラスはヴォラクに持たせ、裏通りから二十分程度歩き、人が行き交う大通りに出た。
「なんか街並み変わったね」
「そりゃお前らがいたのって多分三〜四百年くらい前だぜ?」
ケラケラ笑いながら辺りを見てみると、歩いている人間はやっぱり日本とは違う。店の雰囲気だって大分違い、初めて訪れる海外に心が弾むばかりだ。
「すっげー本当にドイツだ」
初めて来た外国。悪魔探しなんか忘れて胸がワクワクしてしまう。
それにしても……
「女の人、絶対二人以上で行動してるな」
男は一人で歩いている奴が結構いるけど、女の人は絶対に二人以上、しかも必ず男が一人いた。
「そりゃあんな事件があればね」
「あんな事件?」
あ、そういやセーレには悪魔がいるかもってことしか言ってなかった。俺はセーレに事情を説明した。セーレは納得したのか険しい表情を浮かべて周りを見た。
「なるほど。それで……」
「俺なにか聞いてこようか?」
ヴォラクがそう言ったので、俺は三人でカフェに座っている男女に話しかけるよう頼んだ。
「Hallo。Ich kann eine Frage zu Ihnen stellen, bin?(聞きたいことがあるんですけどいいですか?)」
「Es ist, ist gut」
「Danke」
「すげーヴォラクちゃんと話せてるよ」
「本当だな。何言ってるか全くわかんねえ」
俺は中谷とヒソヒソ話しながら、事の顛末を見守った。
「Sight-seeing Sie, hergekommen zu sein?(あなた観光客?ドイツ語上手いわね)」
「Es ist.(うん、そうなんだ)Ich houmlrte Geruumlcht.(噂を聞いたんだけど)Ist es zutreffendes fuumr die Person der Frau ermordet zu werden Sawayama?(女の人が沢山殺害されていると聞いたんだけど本当なの?)」
「Es ist zutreffend. Wurde meinem Freund ermordet.(本当よ。私のクラスメイトも被害にあったわ)」
女性の会話が聞こえたセーレの表情が曇る。何を話しているんだろう。
「どうやらあの女の子のクラスメイトも殺害されたようだね」
「セーレわかんのか?」
「うん、一応ね」
クラスメイトが被害に遭ったってマジか。それ怖すぎだろ。じゃあ十代?の子も殺されたってことか。勿論、その話をヴォラクが流すはずもなく。
「Sie unterrichten mir nicht im Detail?(詳しく教えてくれる?)」
「(私にもよくわからないのよ。その子、友達と買い物に行ってその帰り道に犯人にやられたみたい。犯人もまだ捕まってないみたいだし、とても怖いわ)」
「Bitte Bezahlung Aufmerksamkeit.(そうなんだ。気をつけてね)」
ヴォラクはDankeと言って俺たちの元に戻ってきた。ヴォラクがとてつもなく英雄に見えて拍手して迎えた俺と中谷に目を丸くしている。
「ヴォラクすげーなお前!見直したぜ!」
俺たちがほめたたえると、ヴォラクはまんざらでもなさそうだったが、恥ずかしそうに軽く肩をすくめ状況を説明してくれた。なるほど、じゃあ犯人はまだ見つかってないんだな。
「じゃあこれからどうするの?ここって一番被害が大きい場所みたい」
「あぁバーデン=ヴュルテンベルク州か。ここってそうなんだ」
全く追いつけてないから、少し他人事のようになってしまった。
セーレは近くにあるタバコ屋から新聞を手に取り見出しに目を通し戻ってくる。
「被害は大体十代後半から二十代後半。政府は三十五歳未満の女性の二十二時以降の外出を禁止。また学生には集団下校に区域ごとに教師が引率するって書いてる。今の季節だと二十二時くらいまでは明るいから、要は夜間出歩くなってことだね」
「よっぽどだな」
光太郎は呆気にとられていた。国でそんな外出禁止令が出るって聞いたことがない。とりあえず俺たちはヴォラクとセーレに頼っていろんな人に聞いて回ることにしたが有力な情報はなに一つ手に入らなかった。時間も十八時を回り、そろそろ帰らなければならない時間になった俺は、どうしても何も進展がないままでは戻りたくなくて小声でセーレに声をかけた。
「セーレ」
「拓也?」
「明日の朝にもう一度連れてってくれないか?事件って夜に起きてんだろ?」
「中谷と光太郎は?」
首を横に振る。流石に光太郎と中谷を巻き込むわけにはいかない。
「夜遅くにまで迷惑掛けたくないよ」
「わかった。ドイツで深夜を狙うなら日本では早朝だ。今日泊まりにおいで」
「うん」
俺たちは小声で会話を終わらせ、その後、一度日本に帰り、それぞれの帰路についた。一度日本に帰るなんて言葉を使う日が来ようとは……
***
「あら、拓也お帰り」
「ただいまー」
玄関の前には母さんが立っていた。幾分かテンションの高い母さんを見て首をかしげたが、何かあったのか聞くと、奥から聞こえてきた父さんの声で察してしまった。母さんって、父さんのこと大好きだもんなあ。
「今日、お父さんが早く帰ってきたから皆で夕飯よ。今日のごはんは澪ちゃんも手伝ってくれたから豪華よー」
澪が!?なぜそれを早く言わないんだ母よ!澪が作ってくれたんなら話は別だぜ!
慌ててリビングに入るとエプロンをつけた澪がフライパンで野菜を焼いていた。澪の周りには直哉がチョコチョコ動き回っている。邪魔だなおい。
「あ、拓也お帰り」
「た、ただいま!!」
邪魔な直哉をどけ、自分のいすに腰掛けた。
料理はかなり出来上がっており、父さんが新聞を持ってリビングに入ってきた。
「お、拓也、帰ってたのか。今日は料理が豪勢だな」
父さんも機嫌がよさそうで新聞を隣に置いて椅子に腰かけた。そして母さんが戻ってきて料理が完成して俺たちは五人で夕飯を食べた。食事をとりながら、伝えておかないことを思い出し一旦箸をおく。
「母さん。俺、飯食い終わったらちょっと家出るから。帰るのは明日になる」
「え?そんな時間から泊まり?一体どこに行くの?」
「うん、ちょっとドイツまで」
その瞬間、空気が固まった。
…………やべ。
「夏休みにドイツに旅行に行ってた光太郎が土産くれるっていうからさ。マンションまで。あいつ今日塾らしくて二十一時過ぎにしか終わんねーらしいんだよ。そのままマンション泊まってけってさ」
「あらそうだったの。もう拓也、言葉が足りないでしょ。広瀬君ドイツに行ったの」
「あそこの会社は株も好調だな。今日も上がってたぞ」
慌てて言い直して賑やかな空気に戻って安心するが、家族はごまかせても澪はごまかせなかった。
テーブルの下にある手が俺の太ももを抓り、顔を向けると、眉間にしわを寄せた澪がつぶやく。
「あたしも行くからね」
小声で発した言葉は有無を言わさない物だった。
***
「じゃあ拓也、ちゃんと澪ちゃん送っていくのよ」
「はぁい」
二十一時半、俺は澪と一緒に家を出た。
母さんがちょうどいいから澪を家まで送れと言ったから。でもごめん母さん、俺は今から澪とドイツに行きます。二人で話をし永田光太郎のマンションに向かう。
「ねぇ拓也。何があったの?」
「ドイツの連続殺人事件、悪魔じゃないかって話になってさ」
「……あの鳥のように危険なの?」
「わかんねえ。悪魔が特定できないんだ。とりあえず調べてみないと。悪魔じゃないかもだし」
「そっか」
悪魔じゃなかったら、ラッキーだけど、それはそれで怖い。ガチのサイコが事件起こしてるってことなんだから。
***
「拓也、よく来たな。とりあえずベッドの用意はしたから今日は寝てドイツの二十二時を狙いたいから朝五時に出よう」
玄関を開けると、セーレが出迎えてくれて休憩を促してくる。お言葉に甘えて最低限の準備だけをして寝床に就く。澪はヴォラクが一緒に眠ることで解決した。それをうらやましいと思ったのは秘密だ。
朝の五時前。澪とリビングに行くとジェダイトを召喚しているセーレと既に乗っているヴォラクとストラスが待機していた。セーレが澪を馬に乗せて、少し笑いながら俺に近づいた。その表情が普段と違い面白そうにしており、首を傾げた俺の耳に顔を寄せた。
『拓也、君もやるじゃないか』
「へ?」
『彼女、この間の子だろ?ガールフレンドか?』
「なぁ!?」
ガールフレンド!?なれるもんならそうなりてえよ!
でも、セーレから見たらそう見えるのか!!
「違う。今は……」
『そうか。今はね』
俺はそれだけ伝えたが、察しのいいセーレはそれだけで何が言いたいのかわかったようで、ニヤリと笑う。そんな言葉を交わし、俺達はジェダイトに乗り込んだ。
澪は落ちないようにセーレ背中をしっかりしがみついており、最後尾の俺はその光景を羨ましいと思いながら眺めていた。
***
「すごい……」
澪は十分もかからずドイツについたことに戸惑いを隠せないらしく辺りを見回した。二十一時五十分……メインのこの大通りは人で賑わっていた。ヴォラクは軽く背伸びをして街を歩きだした。
「さて犯人探しと行きますか」
「待てよヴォラク。どこ行くんだ?」
「新聞とか漁ったら何か情報出てくるんじゃないの?」
まあ、それもそうだね。聞き込みしてもいいけど、通勤の時間なのか足早に歩いている人が多く、声をかけても立ち止まってもらえなさそうだ。とりあえず新聞が置いてあるためタバコ屋を探して街を歩く。夜の二十一時とはいえ、夏のドイツはまだ日が出ており店もあいており、大通りは賑やかだ。
海外ってだけで正直歩くだけでも楽しい。澪も俺の腕を掴み、頬を紅潮させて街並みを眺めている。
「でもさ、新聞見つけても俺ドイツの金なんか持ってねーんだけど」
「少しの立ち読みなら何とか。そういえば昔もお金違ったね。面倒くさいな」
「銀行に行けば何とかなるかな?」
「この時間はあいてないんじゃない?」
それもそうか。
他にいい方法がないか考えていると男の二人組に激突してしまった。
「のわ!」
「拓也!」
「何やってんの……もー」
澪の声とヴォラクの人を馬鹿にしたような声が聞こえて、顔をあげると厳ついドイツ人がこちらを見下ろしていた。背が高い!!!
思わず日本語で謝ってしまい、もちろん話が通じるわけもなく男性の怒声が響く。
「Sein!(痛え!)Betrachten Sie vor richtig!!(前見て歩けよ!!)」
わああああ!怒ってる、怒ってるよ!!でもなに言ってるかさっぱり分んない!男達は金色の髪の毛で、目の色も青くて何よりガタイが良かった。ひいいいいいぃ!殺される!思わず凄んでしまった俺を見かねたセーレが助けてくれた。
「ist esEs tat, daß mein Freund unhoumlflich ist.(連れが失礼をして)」
「Sind Sie der Schaulustige?(テメエ等観光客か?)」
「ja.(うん)Was uns anbetrifft wird die Straszlige um dieses nicht gut erkannt.(この周辺の道はよくわからなくて)」
「Es druumlckt nieder.(うぜえ)Gehen die Ecke(端っこ歩けよ)」
「サヨナラーコンニチハー」
何を言ったかわからないけど、男はチッと舌打ちをし、そのまま歩いていった。もう片方の男は怒ってなく、ごめんなさいと謝った俺を日本人だと理解したらしく、自分が覚えている日本語をあげた後に手を振って去って行った。
なんとか難を逃れたがセーレに注意されて、項垂れる。
「気をつけないとダメじゃん。ドイツ語話せないんだから」
「う、すいません」
さっきの男たちはと言うと、二人の女をナンパしているようだった。なまじ顔がいいだけ引っかかるんだろうなあ!!お姉さんたち!あの男はぶつかっただけで怒鳴ってきた奴ですよ!!って言いたい!
「なんだよあいつら」
「あの女の人の鞄雑誌に載ってるのってハリウッドセレブがSNSにあげてたブランドの奴だ。いいなー」
怒っている俺と違い、澪は女の人を羨ましそうに見ていた。
その後、俺たちは二十四時まで聞き込みをしたりと、探してみたけれど結局何も見つからなかった。
「やっぱ国全体の特定だと見つけきらないや」
「それに被害は他の国にも出てるわけだし」
ヴォラクとセーレはお手上げのように手を挙げ、なにも手掛かりもなく時間だけが過ぎていく。澪もいるし、何時間もいるわけにはいかない。一度戻ったほうがいいか?俺たちは帰るために、来た時と同じ裏通りに向かって歩きだす。日が落ちたドイツ国内は男性しか歩いておらず、事件のせいなのか人がほとんどいなくなってしまった。
今は日本時間で七時だ。二時間近くいて成果なしか。そりゃそんな簡単に現場に居合わせるとは思ってなかったけど、何も見つからなかったことに軽く肩を落としながら裏通りに向かっていた。
「Kommendes jemand!!(誰か来てくれ!!)」
突然響いた男性の声が、静まり返った広場に響き渡る。
「な、なんだ!?」
「とりあえず行ってみようぜ!」
俺たちは声があがった場所へ急いで向かうと、中年男性が二人集まっており、一人は腰を抜かし、もう一人は警察かどこかに電話をしていた。駆けつけたセーレが座り込んでいる男性に声をかける。
「Etwas, das es, es traf, ist!?(どうかしたんですか!?)」
セーレが話しかけると、男性は目を見開いたままセーレに話した。
「Es ist gestorben(死んでるんだ)Die Person ist gestorben!!(人が死んでるんだよ!!)」
「拓也あれ!」
セーレに指さされ、路地裏を覗き込むと、あまりの凄惨さに声を失った。
そこには裸にされた女の死体が二つ、ごみ箱の周りに放置されていた。衣服は周りに捨てられ、鞄の中身が散らかっており、全身傷だらけになって口から泡をふいている。
「拓也?」
「やめろ、澪見るな!」
何があったのかと俺に近づいてきた澪を必死で止めるも、間に合わず、澪が足を止めた。
「何、これ……」
見せてしまった。澪にこんな場面を……澪にはこんな死んだ人間なんて見せたくなかったのに。澪は驚きのあまり、その場に放心したように膝をついてしまった。
「たく、や……この人たち死んで……」
「それ以上は言わなくていい。言わなくていいから……」
警察が到着し、わずかに広場に居た人たちが集まってくる。死体は救急隊員が担架に乗せて去っていき、警察は第一発見者の中年男性に事情聴取をしたいから同行を求めている。辺りは警察の捜査対象になるから離れろと言われ、ギャラリーが多いこの中で何もすることができなくなり、俺たちは一度家に帰ることにした。ジェダイトに乗って帰っている時も澪は震える手で俺の服を握っていた。
何か、何か澪にしてやれることはないか。なんでもいいんだ。何か、でもこんな時に肝心な頭は働かなくて唇をかむ。そして澪と別れを告げて、俺は家に帰りついた。
「拓也、お帰りなさい。お昼ご飯は家で食べるの?作るわね」
「はーい」
母さんの言葉に適当に頷き、ストラスを入れるために自室に戻った。
ストラスは窓の外で待っており、急いで窓を開けると室内に入ってくる。
「悪いな」
『いえ、どうってことはありません』
ストラスはそのままバタバタと羽ばたいて、ベッドの上に腰を下ろす。
『それよりも澪です。あの様子ではすぐに立ち直る、とは行かないでしょうね』
「多分ずっと忘れないよ」
こぶしを握り締めた。連れていかなければよかった……こんなことになるなんて。いや、こんなことになる可能性があったのに、どうして簡単に頷いてしまったんだろう。
「こんな、こんなに澪を傷つけちまうなら……断ればよかった!!」
後悔なんてした所で澪が傷ついた事は変わらないのに。
『拓也はそう言えば平気でしたね。貴方はもっと怖がると思ってましたが』
「怖いよ。怖くてたまらない。一回マルファスを探してる時に死体に遭遇した時があったんだ。怖くて足が震えて、その場から逃げちまった。俺、でもあの日から何か麻痺した感じだよ。さっきの何も思わなかった。きっとしょうがないって思ってんだよ」
頭を抱えてベッドに座る。こんなにも手が震えて怖いのに、それでも心のどこかで仕方がないと思ってしまったのかもしれない。
「人間として最低だ……」
ストラスはそれ以上、何も聞いてこなかった。