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Ring Of Solomon〜from the under world〜  作者: *amin*
第4部(最終章)
159/207

第159話 陰謀の内側

 ウリエルside ―


 『……あー全然駄目だ!!』


 乱暴に放り投げた始末書が部下の頭に激突し、小さな悲鳴をあげてこちらを睨みつけてきたので睨み返すと背をただす。どうすればいいというんだ。肝心のメインを悪魔に奪われて、これでは自分の仕事は完全に失敗したも同然だ。


 『ウリエル様、お気を鎮めて…』

 『鎮められるかクソったれ!この状況で動かないのは確実にまずい。ミカエルの奴、何考えてんだ!!』


 どうやら状況は俺が思ってたよりも遙かに深刻のようだ。



 159 陰謀の内側



 天界、死した人間が向かう異界の門。罪深き者は罰せられ、許された者は永遠の幸せを掴み取り、許された時間を過ぎれば、再び輪廻する。その世界の中心部分である“ヴァルハラ”。天使として招待された者だけが入れる世界。

 その世界の豪華な一室で、ウリエルは書類と向き合っていた。しかし書類に書かれている内容は頭に入ってこず、脳裏に浮かぶのは自分が守護しなければいけない弱い存在のことばかりだ。


 『拓也を連れていかれたのに、なぜ手を打たない。下手したら不味い事になるぞ!』

 『しかし、ミカエル様はまだ動くべきではないと……』


 ウリエルからの八つ当たりを受けた部下は恐る恐る反論した。

 それが気にかかるのだ。ミカエルはなぜ今の状況で何も策を講じないのか。腹心のザドキエルにでも丸投げしているのか。こっちに一切合切状況説明も求めずに、様子を見るとしか返事をしないミカエルは拓也のことをどう思っているのだろう。

 少なくとも自分とミカエルの間にはかなりの認識の違いがあることは間違いない。


 『あのプリンス……何かを隠してやがる。大体よ、拓也が悪魔の力を持ってるって話すら俺は聞かされてない。こんな想定外のことが立て続けに起こっているのになぜ行動起こさない』

 『……サタナエルの子息、と聞きましたが本当でしょうか』

 『信じたくはねえがな。悪魔どもがこぞって欲しがるんだ。事実なんだろうよ』


 部下は身震いしながら話す。それもそうだ、こんな展開は予想外だ。少し、いやかなり拓也について気になる事はあったが、それでも何とかなってると思ってた。メタトロンとサンダルフォンに黙ってゲートを抜けて章吾を引き抜いて、ラファエルに送って、その後に拓也は地獄に連れて行かれたと言うじゃないか。


 もう少しとどまっていればよかった。確かに俺が依り代なしで下界に降臨するのは正直言って自殺行為だ。数分で俺自身も消滅する。依り代である拓也に憑依できないんだから、あの時の俺にできたことは章吾の魂の遊離を防ぐために一刻も早く天界に送ることだけだ。だからそれは仕方ないにせよ拓也を連れていかれることだけは許してはならなかった。


 どうすればいい、地獄に俺が乗り込むことはできない。ただ向こうは確実に拓也を人間の世界に返すつもりはないだろう。ストラス達が地獄に突入して連れて帰るか?いや、あっちにはルシファーたちがいる。流石に無策で突っ込むと全滅だろう。


 とにかくここに居ても解決しねえ!


 『ミカエルのとこに行ってくる。このままじゃまずいのはわかってるはずだ』

 

 部下をその場に残して俺はミカエルがいるであろう部屋、「神に最も近い部屋」に向かった。

 その名の通り、その部屋の奥が神のいる世界の入り口だ。最強の天使しか入る事の出来ない神の部屋。その部屋の主として認められるのはミカエルしかいない。


 『おいプリンス!』


 勢いよく扉を開けた俺にミカエルと部屋に来ていたのか、バラキエルは驚いた眼でこちらを見た。なんだ、セラフィムの天使長をよんでるってなると全面戦争を仕掛ける気でもあるのだろうか。

 天使バラキエル……俺達天使九階級の中でも最上位、最強の天使軍団である“熾天使(セラフィム)”の天使長を務める強大な天使だ。栄光の七天使には数えられていないものの、その実力は俺達に十分匹敵する。

 幼い見た目のくせに意外と的確に的を得た事を言うこいつは、どんな状況でも冷静に物事を見る事が出来る。しかし肝心の本人はため息を着いてバラキエルを一歩後ろに下げさせた。


 『ウリエル、騒々しいぞ。入る前はノックだ』

 『んな事どうでもいいんだよ。それより、てめえ何考えてんだ』

 『何がだ』


 しらばっくれる気か?賢いお前なら俺の言いたい事くらいすぐにわかるだろう!あくまでシラを切るミカエルにはらわたが煮えくり返って元々短気である自分は胸ぐらをつかみ殴りかかる姿勢をとる。それでも表情を崩さないミカエルに一発デカいのをぶち込んでやろうと振り上げた拳は相手には届かず、金縛りにあったように動かないからだと、全身を襲う激痛にうめき声をあげて膝を着いた。

 バラキエルの野郎……やりやがったな。


 『バラキエル、俺に喧嘩売るつもりか。先にお前から始末するか』

 『分を弁えろよ単細胞』


 持っていたトランプのジョーカーを俺に見せながら、バラキエルはこちらを見下してくる。この野郎、ぶった切ってやる!!

 剣に手をかけた俺を見て、バラキエルも威嚇するかのように歯を食いしばる。そのにらみ合いの状態を黙って見ていたミカエルが流石に仲裁に入り、事態は最悪の展開を免れた。


 『バラキエル下がれ。すまないな、私たちの喧嘩に巻き込んで』

 『痴話喧嘩なら止めませんが、明らかにウリエルには殺意があった。当然のことをしたまでだ』

 『大丈夫だ。ウリエルが怒る理由も分かっているからな』


 わかっている?わかっているといったのか?だったら、なぜ、こいつは何の対策もとらない。拓也を手に入れたいからここまで四大天使を護衛につけてやってきたんじゃないのか!?悪魔の力を持っているなんて話、聞いていない。こいつが知ってて情報を制御していたのなら、俺と拓也はこいつにいいように利用されただけだ。


 『おい、正直に答えろ。拓也についてだ。てめえ何を隠してる。何でそんなにのん気なんだよ!あいつを天使にするための計画じゃなかったのかよ!?』

 『何も隠してはいない。彼を奪われたのは我らにとっても痛手だ。しかし地獄に連れて行かれた以上、私にはどうする事もできん』


 どうすることもできないと簡単に言ってのけたミカエルと状況を理解したようで、何かを納得したような表情を浮かべたバラキエル。ついて行けないのはまるで俺だとでも言うように諫められ、納得がいくわけがない。


 『手を打てたはずだろう!俺はお前にきちんと報告した。拓也が依り代として使えなくなっている、と。どうとでもできたはずじゃねえか!』

 『依り代、ね……くく。聖職者でもないのに依り代とは、随分な身分をもらっていたんだね彼は』


 バラキエルは馬鹿にしたようにクツクツ笑う。他人事のような素振りは火に油を注ぐ様なもので、睨みつけた俺を見て肩をすくめる。ミカエルは無表情でこれ以上は何も語らないとでも言うように口を閉ざす。こちらが何を言っても、今は何もできない ― それしか答えない。

 そんなミカエルとみて、最悪な疑問すら湧いてきた。


 『お前、ルシファーと結託でもしてんの……?』


 それは天界では言ってはいけない禁句でもあった。空気がぴしりと変わり、ミカエルからの殺気をバラキエルも止めることはない。でもそうとしか思えない。悪魔の方が拓也を必要としている。こいつは、俺と拓也をコマのように使い、肝心な部分は何一つ明かさない。そんな奴を信頼しろなんて無理な話だろう。


 『一度だけなら、聞かなかったことにしてやる。ただ、次同じことを言った場合はその空の脳みそでよく考えてから発言しろ』


 ここでやりあうのは得策じゃないと判断したのかミカエルは目を瞑り背中を向けた。殺気は室内から消え失せたが、代わりに相手からの回答はもう見込めそうにない。


 『今日はもう帰れ。お互いに冷静ではいられないだろう』

 『逃げる気か』

 『その命、捨てたいなら構わん。即刻私の目の前から消えろ』


 ああ、そうですか。どこまでもはぐらかして都合悪いこと言われたらきれてそっぽ向くとかガキかよ。喉元まで出かけた罵声の言葉を無意識で押し込んだことに表面はつくろえても実際はビビっていることを自覚してしまい舌打ちが漏れた。

 踵を返そうとした俺に黙っていたバラキエルが声をかけて引き止める。


 『お前こそ、僕らに何か言うことあるんじゃないの?いや、正確にはあの子たちにか』

 『ああ?』

 『お前を問いただすためにわざわざここに来てくれてるけど』


 『『みーつけた。ウリエル』』


 二つの同じ声が、まったく同じ言葉を紡ぎ出す。振り返れば、天界と人間界を繋ぐゲートの監視者、“メタトロン”と“サンダルフォン”がドアの前に立っていた。普段ゲートの管理をしていて、その近辺しか移動しないこの二人がわざわざ俺に用があって出向くことは一つ。問いただしに来たのだ。勝手にゲートを抜けて人間の世界に降り立ったことを。

 まったく同じ容姿の双子の兄、メタトロンが俺に近づいて来る。


 『何も聞いてないんだけど。なぜ俺達に黙って勝手にゲートを使って地上に降りた?天使が降臨する必要性ってあったのか』

 『許可もなかっただろ。困るんだよなあ仕事増やされたら。いらない土産も持って帰還したし』


 それは章吾のこと言ってんのか。黙ってゲートを使って人間の世界に降りたことをこいつらは言っているのだ。今の時代は人間の時代だ。神が歴史を作る時代ではなく、人間が歴史を作る時代に変わっている。人間の進化とともに俺達神や天使は偶像の存在になり直接関与は行わなくなる。そんな中で天使が人間の世界に関与をするのは現在の人間世界の在り方を崩すことから、原則聖人に対しての告知や聖祭時のお告げなど、宗教を通して最低限にとどまっていた。


 それを破った俺をこいつらはルール違反だと言っているのだ。


 『指輪の継承者の保護は俺の使命だ。そいつ守るために俺が地上降りるのは悪くねえだろ。緊急事態だったんだよ』

 『お前が連れて戻ってきたのは別の人間だろうが。肝心の指輪の継承者は地獄に送られたときいたが?正直に言え、お前は何をしにゲートを使って人間の世界に降りた』


 メタトロンの厳しい問いかけに顔が歪む。


 『仕方ねえだろ。俺が降り立った場所は聖域じゃねえんだ。依り代なしの行動じゃ数十秒が限界だ。拓也を救えるほどの時間はない。依り代が使えなかったんだから長く人間の世界にはとどまれない』

 『それでどうでもいい末端兵連れ帰って肝心の指輪は渡したのか。ルールまで破ってざまあないな』

 『じゃあてめえなら対処できたのかよ!?』

 『はあ?知らねえよ。お前は指輪守るのが任務だろ。俺達にやり方問うのはおかしいだろ』


 何も言い返せなくなった俺にメタトロンは数枚の紙を投げつけてくる。


 『始末書。書いとけよ。公正な判決は主天使に回しとく。罰下っても仕方ないことをしたことだけは理解しとけ』


 メタトロンとサンダルフォンはそれだけ告げて部屋を出て行った。なぜどいつもこいつも……俺が悪いのかよ!!ミカエルは背を向けたまま何も語らず、バラキエルはトランプを回しながらため息をついた。


 『ウリエル、冷静になれよ。誰もお前を責めちゃいないさ。ただ、なぜお前がここまで言われるのか ― その理由は一つ。お前がルールを破ったからだ。末端の天使ならともかく、お前がゲートを使って降臨したこと、末端兵を無断で連れ帰って力天使に何の許可もなく引き渡したこと。皆、それが許せないのさ。俺たちは下等生物の悪魔ではなく天使だ。ルールと秩序を守って行動するのが美徳だ。お前のそういう所、嫌いではないけど、今回は状況が悪いんだよ。それに指輪の件はすぐに対処できるような状況じゃないのは分かるだろう。人間の世界にあるならまだしも地獄にあるのなら、こちらから強行突破はできない。一度頭冷やして冷静になれ』


 冷静に考えたところで解決策が浮かばなけりゃ一緒じゃねえか……

 バラキエルに諭されたことに腹が立って、返事をせずに乱暴に扉を開けて、ミカエルから距離を置いた。


 ***


 ?side ―


 『ウリエルの奴カンカンって聞いたけど、あいつ結局何しにゲートから降りたの?』


 書物に囲まれた広い部屋の中で四人の天使がいた。一人はミカエル、もう一人は椅子に腰かけ、もう一人は分厚い書物に目を通している。最後の一人は自分の背丈よりも大きい鎌の手入れを行っている。鎌の手入れをしている天使は鏡のように自分の姿を映す鎌に満足そうに微笑んだ。その美しい金色の瞳には不気味な影がかかっている。そんな天使を睨みつけたのは椅子に腰かけていたローブを羽織り、ひげを蓄えた老人だった。


 『笑い事ではないぞサリエル。ミカエル様、いかがいたす?』

 『案ずる事はない。継承者は良くやったと言いたいところだ。ザドキエル、君はどう思う?』

 『まあ人間の世界にとどまっても、能力の発動は限られる。地獄で鍛えてもらうのは近道だとしても問題は無事に人間の世界に帰れるか、では?』


 話題の中心は勿論地獄に連れていかれた指輪の継承者のことだが、彼らの口から連れ戻すと言った単語は出てこない。

 分厚い書物をあるページでめくるのを止めて机に置いた天使は、その書物に載っている天使を無表情で見つめている。それをサリエルが茶化すように笑った。


 『複雑だねえザドキエル。温情で天界追放で見逃してやったのに、こんな形で再会するなんて。しかし結局は血だね。今まで有名な聖職者やエクソシスト、いろんな奴を試したけど全員不適格だったじゃないのさ。それがまさかあんな餓鬼が受けいれるなんてさ。意外にも程があるじゃないか』

 『あの女を子供もろとも始末しなかった事、後悔してますがね』


 忌々しそうに語るザドキエルにサリエルは鼻を鳴らした。ページに載っている天使が全ての発端だった。彼女から全て始まったのだ。その彼女を温情で生かしてしまったこと ― それが全て今に繋がっている。

 ページをなぞって天使の名前を確認する。一介の天使がここまで天界を巻き込むことになるとは、だれが想像しただろう。


 『本当に良く見つけたもんだ……いや、随分と前から目をつけてたのか。我らのハイブリッド君は今はサタナエルの力に浸食されてる方が強いみたいだけど』

 『それはそうだろう。奴のエネルギーに対抗できる者はそういない』

 『どこまでも我々を振り回す。あの女は……何万もの時を超えて、再び我らの前に立ちはだかるか』


 ラジエルが苛立たしげに吐き捨てるその女性、我らにとって辛い過去と言えるものだった。

 全ての始まりは彼女であったから。


 『地獄にいる間は僕たちは何もできない。でもきっとこいつは戻ってくるさ。自分の本当の秘密を知ったらね』

 『継承者は間違いなく私達との邂逅を望む。そこで全てが決まる。その時はもう泳がせる必要等無い。我らの全ての力を用いてでも彼を屈服させる』

 『大丈夫ですよ。ちゃんと代用品はありますから』


 泳がせる必要はない。最悪のケース、継承者は天使にとっても悪魔にとっても最大の敵になるだろう。

 そうなった場合は始末する必要は必ずある。


 『その時、是非とも僕にも手伝わせてほしいねぇ。この目で見てみたい』


 サリエルはそれだけを告げて、さっさと部屋を出て行った。

 残されたミカエルとラジエルとザドキエルは顔を見合わせる。


 『ついに近づいてきましたなミカエル様』

 『あぁ、奴に復讐するにいい機会だ。己の傲慢によって滅びるがいい』

 『やれやれ……全く貴方達は呑気で大変羨ましいですよ』


登場人物


バラキエル…天使9階級で最強の階級である第1階級“熾天使(セラフィム)”の天使長を務める天使。

人間にギャンブルの天使と崇拝されている事から、本人もギャンブルが大好きで常にトランプを肌身離さず持ち歩いている。

またトランプで占いをすることもしばしば。結構な高確率で当たるらしい。

観察眼が鋭く、常に自分たちが上手く立ち回れるかの状況判断が非常にうまい。

ゼフィエルと言う天使に片思いをされて酷い目に遭った事から、ゼフィエルに苦手意識を持っている。


メタトロン&サンダルフォン…生きた人間がそのまま天使になったと言われている異例の天使。

メタトロンが双子の兄でサンダルフォンが双子の弟である。

2人で1人という認識をされており、どこに行くにも2人で一緒。

展開と人間界をつなぐゲートを管理しており、黙って抜け出したウリエルを追いかけてきた。

少々怠け癖があるので、仕事をサボることもしばしば。本人たちに悪気はない。

ちなみにメタトロンは人間の頃の名前はエノクと言う事が判明している。

エノクが生きたまま天使になることに反対をした天使達との騒動にも発展したらしい。

その騒動の中心人物の1人にサタネルのアザゼルがあげられる。

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