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第151話 真実と空想

 「主、事情はもう知ってますよね」


 夜中の一時、心配する母さんを振り切ってマンションに行った俺にパイモンは少し気まずそうに声をかけてきた。それに力なく頷けば、それ以上何も言わずただ行くとだけ告げてきた。



 151 真実と空想



 冬なだけにブラジルは寒い。そのまま屋敷に行ってみると、屋敷は完全に警官に囲まれて中に入る事は出来なかった。一度街に出てみるかと言う話になって、俺達は大きい百貨店が並ぶ街の中心に向かった。しかしそこで見たものに驚く以外の方法がなかった。

 大きい店に付属されているテレビ、そこにはアリスの姿が映されており、キャスターがアリスについて何かを話している。


 「ストラス、あれってさ……」

 『アリスが新たに殺人をしたと言っていますね。双子の妹の里親の家族を惨殺。唯一生き残った少年が警察に通報。通報された少年は病院に運ばれたようですが、手術が終わった後に行方不明になっているようです』


 そんな……何でこんな事に……

 茫然としてる俺の肩をシトリーが叩いた。気に病むな、その意味が込められた行為に小さく頷いて前を向く。アリスを止めなきゃ……こんな事は止めさせなきゃいけない。国外逃亡を図る可能性もあるから警察が国境付近を厳重に見張ってるんだそうだ。アリスは一体どこに逃げてるんだ?


 「主、アリスを探しましょう。この情報をアリスは知ってるはず。国境付近に姿は現さないと思います」

 「じゃあアリスはどこに向かってるんだ?」

 「警察はサン・パウロから他の場所に向かう道路を封鎖中です。まだ、サンパウロにいると願いたいですね」


 でもサン・パウロってむちゃくちゃ範囲広いんじゃないのか?警察だってアリスのことを探しているんだ。あっちの方が人数も多いし、情報だって多いだろう。警察より先に見つけられるのか?


 「こういう時こそシトリーの出番でしょう。シトリー、警察官から情報を引き出してこい。女になった方が成功率は高いんじゃないのか?」

 「おい、あんまこいつを足に使う様な事言うな。こいつが怒ったらこえーんだからな」


 シトリーは少し顔を青くしながらも一瞬で女のシトリーに姿を変えた。うん、やっぱり女のシトリーは可愛いよな。女のシトリーは不満そうにしながらパイモンに詰め寄っていく。


 「あんた物の頼み方なってないんじゃない?やって下さいって頼みなさいよ。そんくらい言えないの?」

 「はぁ……やってください。これでいいか」

 「むかつくわね。仕方ない、いいわよ。行ってくるわねダーリン♪帰りを待ってて」


 シトリーは光太郎の頬にキスをして行ってしまった。え、どう言う状況だこれ?俺が知らない間に二人の仲が急接近している……

 光太郎は乾いた笑いを浮かべながら状況を説明してくれた。


 「いや、俺って契約者じゃん?契約者はシトリーいわくダーリンなんだって」


 え!?俺が契約者の時はそんなこと言われたことないんだけど!光太郎とシトリーが結構頻繁に遊んでるのは知ってたけど、まさかダーリンにまでなってたなんて。シトリー(女)は光太郎に投げキスを送って、警察官が居る方向に歩いて行く。警察官は最初は不審そうにしていたが、シトリーが話すにつれて顔を赤らめて何かを話しだした。

 相手の話に頷いて、手を振った後にシトリーが戻ってきた。表情は険しく有力な情報は聞けなかったんだろう。


 「シトリー、どうだった?」

 「西と北の道路では発見できてないみたいね。向かっているなら南と東、その方面だと言っていたわ。でもそれだけ」


 シトリーは光太郎の腕に自分の腕をからませてため息をついた。余りにも情報が少ない。でもパイモンは考え込んでいたと思ったら弾かれたように顔を上げた。

 そして後ろを振り返ってジッと景色を眺めている。


 「あいつ……」

 「パイモン?」

 「どうやら私達がこの地に来たのは奴には筒抜けだったようですね。私達を始末しようとしています」

 「どう言う事?」

 「私達にエネルギーを飛ばしてきています。要は挑発行為です。このエネルギーを伝えば奴の元に向かえるでしょう」


 え、相手から居場所を発信してるってこと?でもそれって罠の可能性はないのか?

 そう言いたいけど、パイモンは歩いていってしまう。勝算はあるんだろうか。でもそれはアリスも悪魔の側にいるであろう事を物語っていた。セーレが息を飲んだ俺に心配そうな視線を向けている。そしてストラスも。


 「辛いかもしれないけど、彼女を救ってあげよう」

 「……ああ、わかってるよ」


 アリスは俺が救ってやらなきゃ。


 ***


 ジェダイトに乗って向かった先は人のいない港だった。小さいけど船もあるのに何で人が誰もいないんだ?そんな疑問を余所にセーレが俺達を下ろし、澪達を連れていく為にジェダイトに乗って去っていく。

 何でこんなに静かなんだ?本当にこんな場所にアリスはいるのか?周囲は不気味なほど静まり返っており、パイモンとヴォラクが気配を探りながら進んでいく。


 「何か分かったか?」

 「ええ、この場は既に結界が張られています。主と中谷もすぐに分かりますよ。なぜここに人がいないかを……」

 「え?」

 「結界でカモフラージュしているだけです。直に目が慣れて来る。目を瞑っておくことをお勧めしますが……全てを見ないというのは不可能ですね」


 何言ってるんだ?そんなの全然分からないし。

 セーレが戻ってきて、ストラスがなぜか俺の肩に乗っかってきて毛を逆立てている。


 「ストラス?」

 『拓也、もう貴方にも見えるはずです。この場所でどんなむごい事が起こったか』


 ストラスまで何言って……


 「う、うわぁああぁぁぁあああ!!!」

 「ぎゃあぁぁあああああ!!」


 同時に悲鳴をあげた俺と中谷に、今この場所に連れて来られた光太郎と澪は首をかしげている。

 だってこんな光景信じられるか!?

 結界の中は血で溢れていた。首の取れた人間や、人形が破れて綿が出てるように身体から内臓が飛び出している姿、首から上だけ綺麗に着飾られた物、全てがあり得ない光景だった。俺と中谷が後ずさり、暫くして光太郎と澪の悲鳴も聞こえてきた。澪はセーレにしがみつき顔を隠し、光太郎も顔を真っ青にして立ちつくした。


 「どうしてこんな……」

 「Ela bonito? Vesti-la.(可愛いでしょ?私が着飾ってあげたのよ)」


 出てきたのは全身を真っ赤に染め上げているアリスの姿だった。狂ったような表情がシャネルを思い出させ、手にチェーンソーを構えて笑っている姿は正直言って以上だ。アリスは壊れたように笑い、ケタケタと死体を蹴って転がしている。その姿が信じられない。あんなに優しく笑ってたこの子が……


 「アリス……」

 「Takuya oi, me desculpe.(こんにちは拓也、残念だわ)Para viver feliz e deve matar sua Kulith.(クリスと幸せに暮らす為には貴方を殺さなきゃいけないの)」


 何を言ってるんだアリスは……何でこんな酷い事を……

 アリスの後ろには羽をはやした黒い犬が寄り添っていた。こいつがグラシャ=ラボラスなのか。グラシャ=ラボラスは羽をばたつかせて、アリスを見て溜め息をついた。


 『困ッタ主ダ。コノヨウナ壊レタ奴ノ相手等シタクハナイノダガ』

 「貴様が導いたくせに何を言っている」

 『最初ハナ、ダガ今ハ手ニ余ッテオルノダ。空想ノ世界デ生キ続ケテオル』


 空想の世界?アリスは夢を見てるのか?じゃあこいつが操ってるのか!?


 「アリスに何をしたんだよ!」

 『何モシハセンヨ。コイツノ心ガ現状ニ耐エレナクナッタダケダ』


 現状に耐えられなくなった……アリスはずっと我慢してた?いや、それは分かってたんだ。あんな屋敷で使用人みたいな事させられてストレスが溜まらない訳がない。でも勘違いしてた、アリスが余りにも普通に笑うものだから耐えられるんだと思っていたんだ。アリスはずっと壊れそうなのを我慢してきたんだ。ずっとずっと一人で耐えてきた。でもそれも限界になってしまったんだ。

 目の前のアリスは壊れた人形の様に狂ってる。


 「違うよアリス……違うんだよ。何もかもが違う!」


 俺の言葉にアリスは首をかしげている。きょとんとしている表情からは自分が悪い事をしたなんて微塵も思っていない感じだ。幼い子供のような純粋な目が俺を覗き込んでいる。

 

 「(ねえ拓也、私思ったの。クリスと一緒に暮らす為には逃げ出さなきゃって。あそこに未来なんてない。あそこにいる限り私に平穏は訪れない)」

 「わかるよ気持ちは。逃げ出したいのも分かるよ。でもなんでクリスまで殺すんだよ!大切な妹って言ってたじゃないか!」

 「(クリスは大丈夫。少し私が大人しくさせただけで縫い合わせてあげればすぐに元に戻るから)」


 ニッコリ笑ったアリスが怖い。その表情は純粋そのもので、邪なものなんて一切感じなかった。アリスは壊れてしまった。壊れてしまったんだ……何があったのかは分からない。でもアリスの心は確実に崩壊してしまっていたんだ。その結果が今の状態。全く悪びれない様子のアリス。

 あの悪魔の言う通り、アリスは現実と空想がごっちゃになってるようだ。死んでしまった人間を縫い合わせたら生き返るなんて幼い子供でも信じない事を信じてる。


 そんなアリスが痛々しくて悲しくて、何とか説得できないかと思っている間に自然と目頭が熱くなってくる。次第に嗚咽も混じり、涙を流しながらアリスに必死で訴えかけた。


 「クリスは戻ってこないんだよ……お前が殺したんだよ……」

 「(この世界は悪夢なの。ずっと悪夢が続いている。だから、クリスと一緒に逃げださなきゃいけないの)」

 「死んだ人間は生き返ってこない。クリスはもう二度と目を開けない」


 アリスの目が丸くなる。クリスが入っているであろうカバンを強く抱きしめ茫然としていた。

 次第に顔が青ざめていき、おろおろと忙しない動きをしだした。もしかしてアリスはわかってくれたんだろうか。


 『かなり混乱していますね。今彼女は現実と空想の分別を行いだしているのです。直に目が覚める時が来るかもしれない』

 『ソレマデ貴様達ガ生キテオレバナ』


 グラシャ=ラボラスが羽を広げて宙に浮き上がる。

 充血した様な真っ赤な目は禍々しい殺気を放っている。


 『私ニモ次ノ用事ガアッテネ。サッサト事ヲ済マセネバナランノダ』

 「貴様の用事など聞く価値も無い。今ここで切り捨てる」


 パイモンとヴォラクが剣を抜いてグラシャ=ラボラスを睨みつけた。セーレもジェダイトを召喚し、パイモンが飛び乗る。ジェダイトに乗って戦うみたいだ。サポートのヴアルは澪達を守れるように近くに待機している。そしてシトリーも。


 『拓也、私達は……』

 「うん。パイモン達があいつを引きつけてくれてる間に……俺はアリスを説得する」


 忙しない動きを繰り返しているアリスにゆっくりと近づく。アリスは俺を見て恐ろしい物を見るかのような視線を向けてくるけど、そんなの気にしてられない。アリスを救わなきゃいけないんだ。


 今度こそ、ちゃんと笑えるように。


 いつまで経っても抜けられないシャネルへの柵。きっとアリスを助ける事で少しだけ救われる気がするから。



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