第150話 血に染まった姉妹
アリスside ―
「O que você está hoje é feriado?(今日は休みなの?)」
同じ養子であり友人のフレデリカに話しかけられて振り向いて頷いた。まだ召使い殺人事件も起きてない、私が正常な人間だった時の話。
ここから私の人生は大きく狂っていくんだ。
150 血に染まった姉妹
その日、私は久々の休暇を貰った。一応養子と言う事で引き取られているから休暇っていうのもなんだけど、実際は召使だ。与えられた仕事を休むには許可がいる。丸一日休暇だなんて何ヶ月振りだろうか?
気分は高揚してた。今日は一年ぶりに妹に会う事にしていたから。場所は少し離れてるけど、なんとか一日で行って帰れる程度の距離だ。この広いブラジルで日帰りできる場所にお互い引き取られたのは幸運なんだろう。
妹は数ヶ月前に里親に引き取られた。それから連絡は取ってないものの、一年前旦那様に引き取られるあたしに“一緒に暮らしたい”と泣いて縋っていた。それは私も同じ事だった、その言葉だけを糧にして生きてきた。
旦那様の養子になって変わってしまった日常。養女と言うだけでクラスからも嫌われていた。そんな私が唯一本当の自分になれる場所だった。可愛い可愛い私だけの家族、唯一の存在。それが私の生きる意味だった。
孤児院の先生に教えてもらったクリスの住所。
それが書かれた紙を握りしめて、旦那様の家で働いて貰ったお小遣いで切符を買った。電車に乗り込んで景色を眺める。心が高揚してる……クリスに会える、私の世界一大切な妹に……そう思うと心が温かくなって、自分の少ない荷物を握りしめた。クリスが住んでる場所の駅まで三時間の道のり。
一つの駅で降りて、辺りを見渡す。少し田舎な風景が広がっている。ここにクリスがいるのか……話には聞いていたけれど小さな街だった。私が住んでいる場所から三時間離れたらこんなにも違う場所に辿り着くんだ。
クリスには事前に連絡を取ってる。クリスは喜んで「是非来てくれ」そう言ってた。早く会いに行ってあげなくきゃ。自然と早く動く足を止める事もせず、地図に従ってクリスがいるであろう家に向かった。
どうやらクリスの家は農家らしい。広大な畑が広がる中に、ポツンと一軒屋が建っていた。その家に近づいて行くと、楽しそうにはしゃいでいる子どもたちがいた。子どもの数は四人かな?男の子二人に女の子二人……そしてその中に私の妹がいた。
こっちに気づいてないのか、その子たちははしゃぎながら広大な畑を走り回っていた。思い切って名前を呼ぶと、子どもたちが一斉に振り向いた。その視線が少し気まずかったけど、でもこっちに走ってくる音が聞こえて顔を上げた。
「Alice!」
少し私より高い声が聞こえた途端、何かに抱きしめられた。首に当たる髪がくすぐったい。この体温、この髪の毛の感触……間違いない。私の大切な妹、クリスだ。強く抱きしめ返した私に応えるようにクリスも抱きしめる力を強くする。恐らく里親の子供だろう、その子たちが周りに集まってきて、じろじろ見られて気恥しかったけど、それよりもクリスに触れていたかった。
「Ainda assim, eu vim(ままー来たよー)」
誰かがそう言って、家の中に走っていく。
子ども達の会話から察するに、どうやらあたしの歓迎会をしてくれるようだ。良かった、クリスは優しい里親に引き取られて……それだけが心配だったから。それと同時に嫉妬が湧きおこる。どうしてクリスだけだったんだろう?私はあんな場所に引き取られて、どうしてクリスだけ……
でもそう考えている自分が情けなくて首を横に振った。最低な考えをしたら駄目。クリスの幸せを喜ばないでどうするの?そんな気持ちに気づいてないのか、クリスが笑顔で腕を引っ張って進んで行く。その手に引っ張られるまま、私はクリスの後をついて行った。
クリスの里親のお母さんとお父さんは優しかった。採れたばかりの野菜とか、あとは高そうなお肉やらをいっぱい料理してくれた。旦那様はお金持ちだから、それなりにいい物を食べてたけど、こんなに温かい料理は久しぶりだ。子どもたちがこんなの滅多に食えないよーとか、うちは貧乏だからーとか言ってるのを聞いてると、無理して歓迎してくれてるようだ。
こんな我侭なことさせて、クリスは後で大丈夫なんだろうか?そう思いながらご飯をパクパクと食べていく私に、クリスはいろんな事を話してきた。
学校の事、家族の事、このあいだ初めて自分で作った野菜を収穫したとか。楽しそうに話すクリスとは違って私は話す事なんかない。旦那様のお手伝い、学校では悲惨な事ばかり、そんな事を嘘でも明るく言う気になんかなれなかった。
楽しい時間はあっという間に終わり、クリスのお母さんにお土産を大量に渡された私は、最後にクリスに会おうと家内を歩き回っていた。見送ってくれると言っていたから室内にいるとは思うんだけど……そんなクリスを探していると、クリスが誰かと話してる声が聞こえた。
「Kulith é uma irmã do escuro.(クリスの姉さんって暗いな)」
その言葉が聞こえて、開けようとしてドアノブに伸ばした手は宙ぶらりんになった。この声は男の子の声で、少し低いから多分一番上の子だ。カイン……だったかな?
二番目の子は声変わりしてなかったからきっとそうだ。カインは私より一つ下の子だったはず。カインの言葉にクリスは困ったような感じの声で笑ってる。
「Não é?(そう?)」
「Sim.(おう)É difícil dizer.(話しにくいな)」
「Ela é tão cansados para vir até aqui.(ここまでが遠いから疲れてたんだよ。日帰りだもん)Ela é brilhante, as pessoas amigas.(アリスは本当は明るくてとっても優しいんだよ)」
そんなに私は暗かったのか。クリスの家族に嫌な思いをさせてしまった。ドア越しにカインに謝りを入れ、クリスが庇ってくれてるのを申し訳なく思った。クリスに嫌な思いをさせている……そんな自分が嫌いだ。
そのまま話しかけるタイミングを見失っていると、急にカインが話題を変えた。
「Eu quero viver com ela é Kulith?(なぁ、クリスってここを出てくのか?)」
「Hein?(え?)」
「Kulith não é que você sai de casa algum dia?(いつかクリスはこの家を出てくのか?)」
カインの声は寂しそうで罪悪感を感じた。クリスはあたしといつかは一緒に暮らすって約束したから、それだけは譲れない。
他の何を譲ってもクリスだけは譲れない。だって、クリスのために私は今まで頑張ってきたんだから。でもクリスの言葉に全てが壊された。
「Eu estou aqui. Longo.(私はここにいるよ。ずっとね)」
なにそれ……クリスは何を言ってるの?ずっとここにいるって……私たちの約束はどうなるの?一緒に暮らそうって言ったじゃん。クリスから言ったんじゃん。私はその約束だけを糧にこの辛い毎日を耐えてきたのに。じゃあ私は何に縋ればいいの?
クリスはあの時の言葉は軽い気持ちで言った言葉なの?自分が優しい里親に引き取られたから、私の事はもうどうでもいいの?
気分が悪くなって、その場を離れた。電車の時間も迫ってる。クリスに話をする暇なんかない。足早に去った私に気づきもせず、二人は楽しそうに会話をしていた。
「(いつかアリスとここで暮らすの。この近くに家を建てて二人で。ここは優しくて暖かい場所だから)」
クリスの両親に頭を下げて家を出た。二人ともクリスを呼びに行ったけど電車の時間があるからと断った。行く時の高揚感はどこへやら。心は悲鳴をあげている。
つまり簡単な話。私が世界で一番愛している妹はとっくに新たな生と役職を貰い、幸せそうに過ごしていた。まるで私との約束なんて最初から存在しなかったように。
血の繋がっていない子どもから「姉」という役職を貰い、嬉しそうに返事をしていた。何て滑稽、必死だったのは私だけ。この束縛から逃れる為に、貴方と幸せになる為に、あの約束を果たす為に奔走していたのは私だけだった。貴方はもうそんな約束なんてまるで無かったかのように、新しい道を歩んでたんだね。
『Ser encontrado.(わかっただろう)Ela não era mesmo o menor pensamento coisas como você. Desafios mentais, mas eu esqueci.(彼奴はお前の事などこれっぽっちも考えてなどいなかった。忘れておったのだよ)』
「Quem?(誰?)」
夢でも見てるんだろうか?羽根の生えた真っ黒な犬が私に話しかけてる。でも悲鳴もあがらない。なぜかそれを冷静に対処してた。私はそれが夢だと思い込んでる、きっとそうだ。こんなの悪夢以外の何物でもない。私が幸せになれないのなら、こんな現実は悪夢でしかない。
『Kai não quer vingança? Tudo.(復讐したくないかい?お前を忘れた全てに)』
彼の言う通り、私は完全に過去の人のようだ。所詮寂しい時にだけ無条件で一緒にいてくれる存在だったのだ。双子と言うのは。
血が繋がっている ― それだけで無条件に受け入れられるものなのだ。でももうそれが要らないと言う事なんだろうな。
あんなに泣きじゃくった癖に、あんなに再会しようと約束を取り付けてきたくせに。お前が忘れるなんて何事なんだ。私は貴方の為に自由も尊厳も捨ててきたというのに……苛立ちと共に出てきた解決策は酷く簡単な物。
「(早く、夢から覚めたい)」
全てを壊して巻き戻したい。あの子が一人になれば、また私を頼ってくれるんだろうか。泣いて縋ってきたら優しく抱きしめてあげる。そしたら今度こそあたし達は幸せに……
思わずにやけてしまう頬を頑張って引き締めて真っすぐ視線を向ける。
思い出させてあげる。本当の家族が私だってこと。そんな家族は偽物なんだってこと。すぐに……
***
そうと決まれば、すぐにでも自由が欲しかった。私は何人もの人間を一人ずつ殺していった。最初は接触しやすい召使いから順に。グラシャ=ラボラスの力を借りれば容易だった。指紋も何も残らないから犯人が私だと疑われることもない。それどころか旦那様が疑われてる状況は気分が良かった。
まるでこの屋敷の主導権全てを握っているような錯覚に陥りそうだった。悪夢からはまだ覚めない。だから、まだ続きがあるんだろう。
そのまま順調に計画は進んでたのに、事は一気に急変した。
指輪の継承者が現れたから。
それはグラシャ=ラボラスに聞いて初めて知った。私に話しかけてきた東洋人の男の子“拓也”がそうらしい。優しい人だと思っていたのに……あれはただ私を契約者と見抜いて油断させる為だったのかな?そんなことはどうでもいいがグラシャ=ラボラスが返されるのはまずい。そしたら私は無力なままの子供に戻ってしまうから。毎日来る継承者、それを考えると一刻も早くここから出る必要があった。
旦那様は一度捕まえた獲物は逃がさない。それを知ってる私は最終手段に出た。
旦那様を殺すのは楽しかった。偉そうにふんぞり返ってるこの男があたしに媚びているなんてとてつもない優越感!でも許してなんかやらない。死んで反省しろ。
旦那様の体を少しずつ切り刻んでいって、チェーンソーの音が響き渡る。旦那様を殺して、その家族を殺して、使用人達を殺して……それであたしは自由になれる。
でも誤算だった。フレデリカだけは殺せなかった。彼女は私の大切な友達だったから……それが自分の首を絞めてしまった。
***
まだ大丈夫。警察にはばれてない。フレデリカは気を失わせただけにした。殺す事が出来なかったから。
だからまだ私が事件の犯人だって事はばれてない。後はクリスの家に行くだけ。グラシャ=ラボラスに貰ったチェーンソーは、また使う時まで預けてある。楽しみ、やっとクリスを私の物にできる日が来るんだから。そしたら幸せになれる。この悪夢から目覚められるんだ!
クリスの家は相変わらず子ども達でにぎやか。両親も家にいるらしく、クリスとカインだけがいない。丁度よかった。クリスに怖い場面は見せられないもの。私が急に訪ねてきた事に驚きを隠せない顔を浮かべたけど、すぐに家に入れてくれた。本当に優しい、可哀想な人。クリスさえ引き取らなかったら悲しい思いしなくて済むのに。
私を部屋に通す為に後ろを向いた瞬間、グラシャ=ラボラスの名前を呼んでチェーンソーを振り上げた。その姿を見た子ども達の悲鳴で両親がこちらを振り向くがもう遅い。思い切りチェーンソーを振りおろし、クリスのお母さんの体を切り裂いた。
慌てて逃げる子供達を守る為に父親が前に出てくる。でも所詮は武器を持っていなければ大人なんて子供にすら勝てない。簡単に父親もバラバラにし、子ども達の所に向かう。
可哀想な事に子ども達は逃げ場がない事から二階の自分の部屋に逃げ込んでた。袋のねずみだね。ガタガタ震える子ども三人も容赦なく首を切り落とし、真っ白で綺麗なこの家は真っ赤に染まった。歩く度にピチャピチャと水温が響き渡る。
後はクリスが帰ってくるのを待つだけ……
『Você não precisa de suas almas.(こいつらの魂は使えんな。純粋すぎる)』
「Como é que é inútil?(駄目なの?)」
『Sim. Todos.(あぁ。駄目だな)』
グラシャ=ラボラスが残念そうにつぶやく。そっか、残念だね。グラシャ=ラボラスは私に自由をくれたから、恩返しをしたかったけど……それは敵わなさそう。そのまま他愛ない会話をしていると、数分後くらいに玄関を開ける音が聞こえた。
クリスだ!そう感じた私はワクワクしながら玄関に向かって歩き出した。
「O que é isso?(何これ……)」
「O que aconteceu aqui?(何があったんだよ……)」
この声は……何だ、カインもいるのか。
クリスだけじゃない事に少しだけがっかりしながら、私は二人の元に向かう。
案の定、クリスとカインは家の中の光景に顔を真っ青にして、両親の遺体を見て悲鳴をあげている。室内をつんざく声は二階にも響いて来る。角から見えたクリスはボロボロ大泣きしてて、それが私の嗜虐心を煽る。クリスはなぜ泣くの?これから私と一緒に約束を果たせるのに。そんなにあいつらが大事なの?気に食わない。気に食わない気に食わない気に食わない!!
チェーンソーを持ってクリス達の前に出ていくと、クリス達は目を丸くした。カインはすぐに状況を理解して、私を射殺すような目で睨みつけてきたけどクリスは状況を理解できてないのか、目を見開いたまま固まってる。可哀想なくらい真っ青になって震えてるクリス、でも大丈夫。私はどんなクリスでも愛せる自信があるから。睨みつけてくるカインを無視して、クリスに手を伸ばした。
「(クリス、一緒に行こうよ。約束したじゃん。一緒に暮らそうって)」
クリスに触れようとした手はカインにはたき落とされた。カインはクリスを庇うように後ろに追いやっていく。
邪魔しないでよ、あんたなんてどうでもいいんだから。クリスと話すのに何であんたの許可が必要なの?
一歩一歩近づけば、クリスとカインは後ろに後ずさる。少しずつ玄関に近づいて行く二人。でも何も分かってないんだね。
「Não. Reter.(だーめ。逃がさない)」
「O que está acontecendo aqui!(開かねえ……ドアが開かねえ!)」
「Janela não abrir a porta!?(何が起こってるの!?)」
完全にパニックになった2人は玄関を必死で開けようとしてる。でも開かないよ。グラシャ=ラボラスが結界を張ってくれてるから。絶対に逃がさない。ゆっくり近づいて行けば、二人の顔が恐怖に染まる。
「(クリス、一緒に行こう)」
「Está chegando!(来ないで!)」
一瞬何が何だか分からなかった。全てが真っ白になった。
どうしてクリスは青ざめてるの?どうして涙を流すの?どうしてカインに抱きついてるの?どうして震えているの?分からない現実に頭がグルグル回る。クリスは涙で顔をグシャグシャにしながら睨みつけてきた。
「Está engraçado.(可笑しいよ)O que aconteceu?(何がアリスをそうさせるの?)」
クリスにこんな顔を向けられた事はない。知らない、こんなクリスは知らない。きっとそうだ、たぶらかされたんだ……この家族に。歯をギリギリ噛みしめても、苛立ちを隠す事は出来ない。早く私がクリスを変えてあげなきゃ……
二人で悪夢から逃げないと!
「(あんたはクリスじゃない。あたしが目覚めさせてあげる!)」
「Parar!(やめろ!)」
チェーンソーを振り上げた私にカインがそれを止めようと飛びかかってくる。腕を握られてチェーンソーを振りおろせない。やっぱり体格差なのか、カインに握られた腕は痛みをあげる。
邪魔だ。どけ、お前に用はない。
カインに蹴りを喰らわして、一瞬痛みで力が弱まったカインにチェーンソーを振り下ろした。
「Pasarela!(邪魔だ!)」
カインの体にチェーンソーが食い込み、血が吹き出る。でもやっぱり不安定な体制だった為、致命的な傷は負わせていない。それでも痛みが身体を襲い、カインはその場に崩れ落ちた。それを見てクリスが悲鳴をあげ、カインのとこに走り寄ろうとしたのを阻止する。
「Pasarela……(来ないで……)」
「Kulith, Vamos nos tornar duas pessoas felizes juntos.(クリス、まだそんな事を……二人で一緒に幸せになろうね)」
大丈夫だよ、ちょっと痛いだけ。
次に目が覚めたら、きっと元のクリスに戻ってるからね。
私は涙を流して恐怖に震えるクリスにチェーンソーを振り下ろした。
***
なんだろう、とても晴れやかだった。雲の上を歩いているようにフワフワとしていて、平穏を手に入れた私の気持ちは高揚していた。やっと悪夢から現実に行ける。暫くは逃亡生活になるけど、グラシャ=ラボラスがいたらなんて事ない。国外に出られたら自由になれる。全てから解放される。そしたら一緒に何をしようか?
『Como eu sei que você?(現実が見えてないのか?)Você está sozinho.(お前はもう一人だろう)』
何を言ってるの?私にはクリスがいる。一人じゃない。首を横に振れば渋い顔をされる。意味が分からない。クリスはちゃんとここにいるじゃない。
「(ねぇグラシャ=ラボラス、国外に出れたらどうしようか。お花畑に囲まれた家に住みたいな。庭にはランチできるテーブルも必要だね。クリスの為にいっぱい美味しい物作ってあげたいな。美味しいって言ってくれるかな?)」
うっとりして、これからを語る私にグラシャ=ラボラスは怪訝そうな顔しかしない。何か変な事を言ってるんだろうか?私が可笑しいの?貴方は悪魔だから、想像ができないだけじゃない?
溜め息をついてグラシャ=ラボラスが顔を近づける。鋭い目で睨みつけられても全然怖くない。だって私にはクリスがいるから。動じない私にグラシャ=ラボラスは口を開いた。
『(可笑しなことを言うな。お前の妹はお前が殺したんだろう、バラバラに。現実が見えてないのか?)』
あれ?そうだっけ。
クリスは今、私の小さいカバンの中に入ってる。よくわからないなあ。とにかくグラシャ=ラボラスが言うには私がクリスをバラバラにしたらしい。クリスと一緒になれるって事が嬉しすぎて全部忘れちゃったよ。
「(あはは、そうだったっけ?じゃあクリスを縫い合わせてあげないとね。そしたら大丈夫だよ)」
『Ei……(お前……)』
「(やっと悪夢から解放されたのよ。私を置いて死ぬなんて許さない)」
『(……人間とはある意味悪魔よりも恐ろしい生き物だ。空想の世界に浸り続ける)』
空想?現実?どこからが境目なの?線でも引いてくれてたらわかるのに曖昧な境目はないのと同じ、一緒になっちゃうよ。グラシャ=ラボラスは分けられているようだけど、私はもう分けられない。だからわからない。何が真実で何が現実なのか。ただわかるのはクリスが私の物になった。それだけだった。
――― 真実と空想が入り混じってる奴からしたら、真実が何かなんて誰にもわからないよ ―――




