第15話 甲子園1回戦
「がんばれ桜ケ丘!行け行け桜ケ丘!」
真夏の甲子園球場は観戦者たちの熱気で満ちており、テレビで見るような吹奏楽部の演奏とともに始まった応援合戦が試合を盛り上げていく。教員たちから帽子とタオル、団扇やミニ扇風機などの暑さ対策をしっかりすることと釘を刺されていたため、俺も帽子と団扇を持って試合を観戦している。
皆の視線の中心にいるのはうちの学校の野球部で、その中に中谷の背番号を発見する。
ホイッスルが高らかと鳴り響き、甲子園の一回戦が始まりを告げた。
15 甲子園1回戦
甲子園の一回戦。相手は和歌山代表「理弁和歌山」、甲子園の常連校だ。こちらが先攻で相手が後攻。今日の天気は晴れ、気温は35度だって言ってた。そんな中、影のないこのスタンドでの応援はかなりきつい。甲子園球場に行く前に先生がタオルと帽子と飲み物を絶対持ってけって言ってたけど、本当に持ってきて正解だった。こんな炎天下の中、何もなしで二〜三時間も突っ立ってたらマジで死ぬ。そりゃもう熱中症で。
でも中谷達はもっと熱いんだろうなぁ、きっと。だけど自分の高校が甲子園に行くなんて一か月前の生活からじゃ考えられなかった。だってうちの高校は野球は強い方だけど、よくてベスト32に入るくらいだったから。ここはヴォラクに感謝ってとこかな?
吹奏楽の音楽に合わせて援団が大声をあげて応援の掛け声をリードし、俺たちはそれに合わせて出来る限りの大声をあげる。でも打ち返した打球は鈍い音を立てて転がっていった。
『一番、遠山君セカンドゴロ!』
あぁ〜〜〜……
まだ一回の表のさらに一番打者だけど、やっぱ失敗すると萎えるもんで、ため息をついてしまった。
『つづいて二番、ショート高井君』
お、高井先輩。高井先輩とは中谷を通じて何回か話したことがある。気さくないい先輩だ。
「レッツゴーレッツゴーたーかーい!!」
援団の掛け声が聞こえてきたので俺も大声を出す。でもまたしても打球は高く打ちあがり、それを取るために内野手が守備位置につく。
あ〜フライかぁ……こりゃ一回目は多分点は無理だな。このままスリーアウトで終わると、中谷は五番だから二回目か。案の定三番もピッチャーゴロに終わり、一回目は無得点のまま相手の攻撃に移る。
「まだまだこれからだぞ――!応援行くぞー!」
吹奏楽が今度はタッチを演奏しだした。おーなんかこの曲を聞いてると甲子園って感じ。テレビとか見てる時にいつも流れてたから。中谷のポジションはセンター、ヒットが出ない限りは出番はないけど……
選手が移動している時間に辺りを見てみると、どこもここも制服を着た奴らが多い。そりゃ一般人もかなりの数いるけど、やっぱ皆、試合の偵察かな?他校の奴が多いな。ん?なんか入口にどっかで見た事ある奴がいる。金髪の子供と長髪の黒髪の……!?
「悪い!ちょっと便所」
「あ?おう」
隣の奴にそう告げて席から立ち上がって入口に向かう。間違いじゃないよな。間違いであってほしいんだけど。やっぱり……
そこにいたのはピョコピョコ飛び跳ねるヴォラクとため息をついているセーレだった。
「あ、拓也だ!」
ヴォラクは俺に気づいたのか指をさしてきて、セーレも手を振る。
やっぱこいつらか。
「何やってんだよ。なんでこんなとこに……ヴォラクか」
「うん、行くって聞かなくて」
やっぱりな。こいつ早速セーレを使ってんな。
セーレも可愛い我儘程度で受け取っているのか、困った顔をしながらもやはりどこか微笑ましそうだった。ヴォラクが他人に興味を持つことはいいことだ。なんて呑気なことを言っている。
「でも大阪って思ってたよりも人が多いね。どこに着陸していいかわかんなかったよ」
「そりゃそん中そこらにヘリポートのような着陸場所はないけどさ」
「しょうがないから少し離れた所に着陸してそのまま電車に乗ってきたんだけどね」
「セーレ、よく電車の行き方わかったな。ややこしいだろ?」
セーレは俺達と違って携帯を持っていないから、ナビとか使えないはずだ。本人は路線図やら地図を印刷して持っていたらしいが、やはりそれだけではわからなかったようだ。
「駅員さんに聞きまくったよ。仕事の邪魔して悪いことしちゃったな。あと、お兄さん若いのにスマホ持ってないの?って聞かれたよ。あれって必需品なのかな。俺は前に召喚されたの百五十年くらい前だし、そういう流行に疎くて……でも確かに太陽の家では皆スマホっていうの欲しがってたんだよなあ」
「まぁそれも仕事の内に入ってんだし……いんじゃね?スマホがあればマップアプリとか使って簡単に移動できるし、日本は大抵の人が持ってっからね」
「うーん、やっぱり身分証明ないと手に入れられないからハードル高いんだよなあ」
セーレが携帯持ってくれるのなら連絡もつきやすいし、向こうだって俺の動向気にせず移動できるからお互いに楽なんだけど、身分証明だけはどうしようもない。偽造する訳にもいかないし、俺が携帯を二台持ってて貸せるとかならいいんだけどなあ。
あ、そういやストラスがいない、家に居んのかな。鞄とかを無意識に探していたからなのか、セーレは俺の考えを察して質問する前に教えてくれた。
「ストラスならマンションにいるよ。暑いのが苦手だからね彼」
なるほど。まあ甲子園球場にフクロウなんて入れないしな。しかし、なんかぶっ飛んでるけど本当に東京から来たんだよな。ヴォラクが行きたいって駄々こねただけなのに、やっぱセーレはすごいな。ヴォラクはフランクフルトを売って回っているおじさんを見て、またセーレに駄々をこねた。
「セーレ、あれ食べたい!」
「却下」
返事はやい。しかも否定。
セーレに否定されたヴォラクは頬を膨らませている。こちらの世界にきて数週間でヴォラクもお金を理解したようで、最初は力づくで奪えばいいとか、ばれないように盗めばいいとか物騒なことを言っていたが、大分そういった言動も減ってきた。その代わり、セーレにあれを買ってこれを買ってと我儘を言っている。
「さっき朝ごはん食べたばっかじゃん。お昼には帰るんだから食べちゃダメ」
「なんでだよ!?食べたい食べたい―――!」
「駄目だって。今日はヴォラクが食べたいって言ってたオムレツなんだから、食べれなくなったらどうするんだよ」
「食べれるよ!」
「駄目、こないだだってそう言ってかき氷食べたら夕飯食べれなくなっちゃったじゃん」
「う〜〜……」
なんだか親子の会話のようで面白くなり、話に首を突っ込んだ。
「へぇ〜ヴォラク食べれなかったんだ」
「食べたよ!ちゃんと」
「ハンバーグはね。野菜は全部残したじゃん」
「うっ!うぅ……」
ヴォラクは居心地が悪いのか口を尖らせる。その頬を抓りながら、ふと気になってセーレに質問した。
「そういえばセーレってお金どうしてんの?もう俺が渡した二万円って底つきるんじゃないの?」
以前ストラスが公園から拾ってきた三万円のうち、一万をストラスの食事代、残りの二万をヴォラクの食事代にすると決めており、金銭管理がしっかりしているセーレに渡していたのだ。月に二万を二人で、と言うとかなりきついだろうことは働いていない自分でも分かっているから、これからのお金をどうするべきかは正直悩みの種だ。
マンション自体は光太郎のおじさんがキャッシュで購入してるし、光熱費も引き落としらしく問題はないらしいが……
「ああ、お金はあと五千円くらいかな。なくなったら俺が出すよ。少しだけならお金持ってるんだ」
「え?」
セーレがお金持ってる?
「太陽の家で手伝いしてただろ?俺、職員ってわけじゃないんだけど、ただ働きさせるのもってなってて、実は時給が発生していたんだよね。勿論そんな高額ではないけど……でも数万円くらいは今手元にあるから二人分の食事はどうとでもなるよ。気にしないで」
セーレ様……!!俺の悩みの種を解決してくれてありがとう!!
まさかのお金を稼いでくれているという悪魔なのに前代未聞の人間社会で働いているという溶け込みように感謝しかない。一応ヴォラクにもお小遣いで千円渡していたらしいが、渡したその日に全額お菓子に消えたらしく、それ以来はセーレと買い物に行ったとき以外はお菓子は買えないようにされているらしい。
この会話をしている間もヴォラクは物欲しそうにフランクフルトを見ており、少し可哀想になったため助け船を出した。
「ヴォラク、半分こするか?」
「本当に―――――!?やったやった!!」
俺たち二人の会話をセーレは納得できないようで眉間にしわを寄せる。
「拓也、甘やかしちゃダメだよ。この子調子にのんだから」
甘やかしちゃダメって……東京からここまで連れてくるセーレには言われたくない。
俺はフランクフルトを一つ買って、先にヴォラクに半分食べさせた。
「拓也はやっぱり貴族だ!ソーセージなんて貴族の食べ物なんだぞ!お前やっぱりハプスブルク家の子孫だ!」
「……俺、気になってたんだけど、ヴォラクは紙幣の価値を本当に理解しているの?」
セーレの最もな突っ込みすら無視して、ヴォラクはソーセージを見つめている。いまだに俺が貴族だと持っているヴォラクはこうやって食べ物を与えればすぐに金持ちだと口にする。セーレは未だにその間違いを正しておらず、むしろヴォラクの頭を心配しているくらいだ。
そんな俺たちの心配をよそにヴォラクはソーセージに目を輝かせながら食べており、残りの半分をもらい列に戻るべく二人に別れを告げる。
「ヴォラク、セーレがいるから安心だけど問題起こすなよ」
「おこさねーよ!」
「信用されてないな。ヴォラク」
セーレがクククと笑い、俺に注意されたヴォラクはまた機嫌を損ねたのかブスッとむくれた顔をした。
「おお恐」
触らぬ神にたたりなし。そう思いながらその場から立ち去り、自分の席に戻り試合を確認すると、まだ0−0。どうやら相手も一回表は無得点みたいだ。二回の表は打順四番からで五番の中谷には絶対に回ってくるってことだな。よし、中谷の時はおもいっきり応援しよう。
なんたって自分の友達が甲子園に出てんだ。中学の友達に思いっきり自慢したいからな。俺はバッターボックスに立つ四番をジッと見つめた。
小気味よい音を立ててボールがまっすぐ飛んでいく。打った!ボールは綺麗な放物線を描いてセンター前に落ちた。途端に聞こえてくる自分の応援団からの歓声に耳が割れそう!すっげー打っちゃったよ!実際見てるとすっげー!テレビなんかと大違いだ。四番はそのまま一塁ベースに着き、ついに次は中谷の番だ。
「行け行け中谷!!行け行け中谷!」
応援団の掛け声が中谷の応援をはいめる。中谷はまだこの光景になれてないのか、かなり気まずそうに照れ笑いを浮かべたが、バッターボックスに立つと目つきを変えた。真剣な目、もう中谷にはピッチャーとボールしか見えていない感じだった。
一球目はボールをかすり、そのまま後ろに飛んだ。
「ファール!!」
「行け行け中谷!行け行け中谷!」
審判の声とともに中谷は顔をあげ、またピッチャーを見つめる。次のはボールだった。会場からはよく見極めたと言う声が上がる。ぶっちゃけ俺にはストライクとボールの境目がわからん。だからデッドボールくらい球を外してくんなきゃ全く区別がつかない。
中谷は軽く息をついて、またバットを構えた。そして次の球を中谷は打った。でも真心をとらえたと言うわけではなく、ぼてぼてのゴロだったが、ボールは三遊間を超え、ヒットになった。
すげー中谷ヒットだ!!思わず隣の奴とガッツポーズを交わす。
次は六番。六番は残念だけど空振りに終わったが、七番がボールを真心に捕らえでかいヒットでライトの上を越えた。それはそのままスリーベースヒットになり、中谷と四番がホームに帰ってくる。二点一気に入ったことで俺たちの学校はもう皆飛び跳ねて喜んだ。でも二回はそれ以上の得点がないまま終わってしまい、相手の攻撃に移る。
その後、追いつかれはしたものの追加点を入れて、うちの学校は5−3で一回戦を突破した。すげー勝っちゃったよ!!俺は隣の奴と飛び跳ね、喜んだ。
その時、俺は指輪のことを完璧に忘れて、普通の高校生の池上拓也に戻っていた。
そして悪魔たちのことも。
しかし今からまた俺は戦いに繰り出される。