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第149話 崩れ落ちた物

 『なるほど。使用人の少女でしたか』


 あの後、ストラス達と合流して一連の話をしていくと、ストラス達は考え込んでしまった。屋敷の前は相変わらず誰かしらが待機しており、接触を図れそうな雰囲気はない。結局目的の相手と接触できず手掛かりなしのまま一日が終わり、完全に行き詰ってしまった俺たちは何でもいいから情報がほしかった。



 149 崩れ落ちた物



 旦那様って言われている容疑者と接触できそうにもないから、まずはターゲットを屋敷で働いている使用人に絞り、どういう人間がいるかの調査に入った。


 ブラジル国内でもかなりの富豪らしく、十数人の使用人が住み込みで働いているらしい。ただ、それはあくまで使用人として正式に雇っている人数らしく、養子という名目で引き取っている子供も働かせていることから実際の数はもう少し多そうだ。


 シトリーが役所の人間とコンタクトを取ることに成功して手に入れた情報では養子として引き取られているのは男女含めて五人らしいけど、人身売買をしているなどの黒い噂があり、正式に養子縁組の届け出を出している人数よりも多いかもしれないと言うことだった。


 人身販売という今の時代にまだそんなことがあるのかと言う単語に反応ができない俺にストラスが話しかける。


 『ギャップを感じていますか?』

 「ストラス……」

 『日本と比べて経済発展をしていない国では当たり前かもしれません。人身販売は減ってきているが撲滅はされていない。学校に行けずに働いている子供など、当たり前のように存在する国もいまだに多い』


 日本では考えられない常識に返事ができない。今まで悪魔を倒しに向かった国は少なくとも学校に行けずに働かなくてはいけない子供が多くいるかと聞かれたら否と答えられる国だろう。でも、ここは違う。こんな不条理が当たり前のように存在し、その生活を受け入れているんだ。

 

 路地で作業をしている子供を見て、何とも言えない気持ちになる。あんな重たそうな袋を持って、旦那様とかに怯える様な態度をとって……可哀想じゃないか。暗い空気になってしまった俺達を明るくさせる様に中谷が声を出した。


 「まあまあ、深く考えんなよ。俺達から見たら可哀想に見えるかもしれねえけど、本人たちがそう思ってないかもしれねえんだからよ。決めつけはよくない」

 「そう、だな」


 パイモン達が情報収集から戻ってきて、合流したい人間がいると言ってきたため、その集合場所について行く。


 ***


 「主、私たちは相手の自宅に向かいます。貴方は来ない方がいい。ここで待機していてください。護衛と通訳にヴォラクを置いていきます」


 それだけを告げて、パイモン達は足早に去っていき、俺と中谷、光太郎、ヴォラクとストラスが残される。何かをするにしてもブラジルの観光地も分からず、あまり治安も良くないらしいため歩き回るのもやめた方がいいと言う話になり一か所に固まり、とりあえず世間話に花を咲かせる。

 しかしそれは三十分後、とんでもない奇跡を起こすのだ。


 「…………すごい偶然」

 「……Olá.(……こんにちは)」


 神様これはなんていう偶然?

 まさかの目の前に先ほどの女の子が来たから。女の子も目があってしまえば逸らす事も出来なかったみたいで、気まずそうに挨拶してきた。今度こそは話を聞かせてもらおう。まずは仲良くなる為に無難な会話から。

 俺はヴォラクに喋ってもらう言葉を耳打ちで伝え、それをヴォラクが女の子に伝える。


 「O que é o shopping de novo?(また買い物?)」

 「(買い忘れた物があったの。面倒だけど行かなくちゃね)」

 「(大変だね。何であそこで働いてんの?)」


 ヴォラクが話し終えた瞬間、女の子の表情が曇った。年齢的には働くと言うよりかは養子と言う感じと思うけど、実際は使用人と同じ扱いなのかもしれない。現に否定しないのはそういうことだろう。

 聞いちゃいけない話だったのかな?そう思ったけど、女の子はすぐに笑顔に戻った。


 「(うん、そう。旦那様の養子なの。マスコミがどこにいるか分からないから、あまりお話しできないの。もう行くね)」

 「(待って。働かさせられてるんだよね?嫌じゃないの?訴えれば、逃げられるかもしれないよ)」

 「(私はお姉ちゃんだから妹のために頑張らなくちゃいけないの)」

 「(妹?)」

 「(別の里親に引き取られたけどね。お手伝いを頑張ればお小遣いももらえるし、妹に会いに行くお金を貯めなくちゃ!)」


 この子にはどうやら妹がいるらしい。ヴォラクに教えてもらってそれがわかった。お手伝いとかお小遣いとかオブラートに包んではいるけれど、実際は働いて賃金をもらっているんだろ。お金をもらえるだけマシなのか?


 でも、里親に引き取られたってことは、この子の家族は家族がいないか捨てられたってことなんだ。それで引き取り先で召使同然の扱いってことなのか?そんな漫画のような展開本当に実在するんだな……それなのに笑って頑張ってるこの子は強いと思う。いつの間にか、暗い顔をしていたらしい俺の肩を女の子が叩く。


 「(観光客、じゃなさそうだね。家族の仕事の都合でこっちに来てるの?日系ブラジル人でもなさそう。だって君、ポルトガル語が話せてないもんね。あんまり治安が良くないから出歩かない方がいいよ)」


 話をそらしたいのか知らないが、俺の心配をしてくれる少女に苦笑して頷く。

 そろそろ行かなくちゃ。そう言った女の子は俺達に手を振った。


 「待って!えーっと……You’re name?」

 「Alice.What’s you’re name?」

 「Takuya」

 「Takuya.bye!」


 簡単な英語の会話を交えて女の子、アリスは俺達に手を振って歩いて行った。その光景をただ黙って見てるだけ。アリスの後姿を見て、光太郎がぽつりと呟いた。


 「なんか、色々衝撃だな。ニュースとか、漫画とかでは聞いたことあるようなことが実際に起こるんだな」

 「うん」


 アリスが幸せになれるといいな。

 いつか妹と暮らせるようになればいいな。


 ***


 「主、どうやらまたあそこの屋敷で死者が出たそうです」

 「はあ!?」


 あれからさらに二時間ぐらいたった時、パイモン達が深刻そうな顔で戻ってきて、その衝撃的な爆弾発言に思わず目が丸くなった。だってさっきアリスと話してから二時間くらいしか経ってないよな!?その短い間にまた殺人が起こったって言うのか!?アリスは無事なのか!?

 パイモンに状況説明を求めると、パイモンは自分が知りえた情報を全て教えてくれた。


 「先刻、養子の少女が五体をバラバラにされて裏庭で発見されました。少女の名前はマリン。使用人含めてさらに被害が増えています。出入りは使用人以外の人間はしていません。なので犯人は屋敷内の人間と断定されました。それでますます疑いがかかるのは……」

 「旦那様ってわけか」

 「はい。奴は使用人や養子へのわいせつ疑惑もかかっています。警察も無理やりにでも事情聴取をしたいみたいですね」


 でも良かった、殺された人はアリスって訳じゃないんだ。でも残った養子はアリスともう一人しかいないってことはアリスに危険がどんどん迫ってるんだ。早く悪魔と契約してるのなら契約者を見つけなきゃいけない。


 じゃなきゃアリスが殺されてしまうかもしれない。


 結局その日は情報を調べる事も出来ず、家に戻る事にした。それから毎日の様にブラジルに向かって情報を探したが、屋敷はガードが堅過ぎて近寄る事が出来ないし、調べても情報が集まらない。


 その間にも一回だけアリスに会うことができた。アリスは俺達の事を覚えててくれたみたいで、手を振ってくれ、十数分の間だけど会話もした。


 アリスは普段は学校にも行ってるらしいが、学校では養女と言うだけで周りの反応は酷いものらしい。一言でいえばいじめられてるんだろう。この旦那様って言うのはこの近辺では金持ちで有名人らしく、どうしても養子は目立つんだそうだ。


 黒い噂もあるせいで腫れもの扱いだと言うアリスに、その噂は本当なのか聞いたことがある。あの子は肯定もしなかったけど、否定もしなかった。


 どうしてそんな辛い環境で頑張れるのだとも聞いた。アリスの夢はお金を貯めて妹と一緒に暮らしたいらしい。アリスが大事に持ってるミサンガはお揃いの物を妹と交換したんだそうだ。そう語るアリスは幸せそうで、その姿を見ると絶対にアリスだけは巻き込んじゃいけないと感じた。


 でも悪魔の情報も全く見つからないし、結局悪魔と契約をしてないのかな?もうすぐ補習も始まるし、前のように毎回は行けなくなってくる。さすがに五日間探しても情報が集まらない事態にパイモン達も困ってるようだ。俺達がいない間にもブラジルに行って情報を探してるようだけど、契約石の問題上、これ以上は無理になったみたいだ。情報も手に入らないまま、ただ日にちだけが過ぎていく。


 「ストラス、本当に悪魔が関わってるのか?パイモン達がこれだけ調べて見つけられないってやばくないか?」

 『そうですが……しかしパイモン達は未だに怪しんでます。悪魔が関わってないと断定はできないと思いますが』

 「本当にー?」

 『恐らくですけどね。パイモンがしくじることは余りないですからね』


 ふーん、ストラスもパイモンの事を滅茶苦茶評価してる。ストラスがそう言うのなら待ってても大丈夫かな?そう思ってた矢先、電話がかかってきた。電話の相手は澪で、出るとかなり慌てた様子で早口で話しかけてくる。


 『あ、拓也。大変なの』

 「どうかしたのか?」

 『あたし今マンションにいるんだ。でね、ブラジルの話を聞いてパイモンさんの手伝いをしてたんだけど……あそこのお屋敷がね』


 澪はかなり動揺してるのか、言葉が途切れ途切れになってる。

 それを落ち着かせながら話を聞くと、その話の内容は恐ろしい物だった。


 『屋敷の人間が全員殺されたんだって』

 「は?」

 『屋敷の主人もその家族も、使用人も養子も殺されたって。フレデリカっていう養子は何とか免れたんだけど、後は全員殺されたってニュースになってる』

 「嘘だろ……」


 じゃあアリスも死んじゃったって言うのか?握力が無くなっていく感覚が伝わってくる。でも違ったんだ、これから待ってる物はそうじゃなかったんだ。


 『でね、拓也……仲良くなったんでしょ?アリスって子と……』

 「アリスは無事なのか!?」

 『あの子の行方が分からないの。警察はアリスが事件の犯人だって追ってるんだって』


 は?嘘だろ?アリスが事件の犯人?そんな馬鹿な……

 完全に握力が無くなって携帯が床に落ちた。そのまま呆けてる俺を見て、ストラスが電話に出てる。何やら焦った口調でストラスが澪と話し、その後、電話が切れて焦った様子のストラスが俺に電話の内容を説明した。


 『拓也、落ち着いて聞いてください。この事件で生き残った少女フレデリカが警察に白状したようです。屋敷の主人をチェーンソーでバラバラに惨殺しているアリスの姿を目撃したと。そしてその時、隣には羽の生えた野犬の様な者が共にいたと……警察はフレデリカの精神鑑定をしているようですが、やはりパイモンの言ったとおり悪魔です』

 「どんな……」

 『悪魔グラシャ=ラボラス。七十二柱の悪魔の中でも特に残酷で、殺人鬼を擁護する悪魔です。翼の生えた犬の姿をしているので、恐らくそうでしょう』


 そんな馬鹿な話ってあるのか?アリスが俺に笑ってくれた笑顔は偽物なのか?妹と一緒に暮らしたいっていう願いは?頑張るって言ってた言葉は?

 何が真実で何が現実かわからない。ただわかるのは犯人がアリスだったって事。そしてアリスが逃げてるって事。


 思わぬ方向に進んだ事態。ストラスが早く行こうと俺をせかしてるけど、そんな気にもなれない。

 だってアリスは、アリスはどうしてこんな事を……何人の人間を殺したんだ?使用人は十数人いて、養子は最低でも五人いて、さらに家族までとなると、少なくとも二十人以上は殺害している。

こんなことを数か月前から?俺たちと話していたあの時から既に殺人鬼だったんだ。

 わからない、アリスが分からない。


 ストラスに言われるがままマンションに足を運ばせる。

 でもどこか感覚がなく、ぼんやりとしていた。



 ― 貴方にもわかるでしょ?全てを壊したいくらいの憎しみに駆られた事くらい 


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