表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/207

第145話 それぞれの策略

 ウリエルside ―


 『そんな馬鹿な……連絡が取れないし何も見えねえ』


 一体何が起こったって言うんだ?ただわかる事は完全にあれは体が俺を拒絶してた。でも拓也自体にはおかしな部分は見受けられなかった。となると無意識?だがそんな事は今まで一度も無かったはずだ。

 思わず壁に突き立てた拳は鈍い音を立て、鈍痛を俺にもたらした。



 145 それぞれの策略



 『どうにかして連絡取れねえか』


 流石にアンドラスとの一騎打ちで勝てるとは思えない。落ち着け、冷静になれ。

 そう自分に言い聞かせて、自分に与えられた部屋のソファに腰掛けて考えた。でもいい案は思い浮かばない。やばい、これは非常にやばい。このままじゃ俺たちの計画そのものが台無しになってしまう可能性がある。いや、そんなことはどうでもいい。流石にこんなことになってあいつが殺されでもしたら、それこそ申し訳なくて頭が上がらなくなりそうだ。


 『失敗なんて許されねえのに……』


 数万年も前から計画されていただけに失敗は許されない。もし台無しになったら……なんて考えるだけで冷や汗ものだ。なんとかしなければならないが、連絡が取れないんじゃどうしようもない。今から人間の世界に向かうとしてもゲートを管轄しているメタトロンとサンダルフォンに状況説明が必要になる。そんな暇はないし、今から行っても間に合うとは思えない。


 大体なんで俺が追い出されたんだ?拓也が指輪に馴染むのが遅いと考えても、最低でも十分近くは体を拝借できる計算のはずだ。それが僅か五分程度で拒否反応。これは予想の範囲外だった。そして気になるのがアンドラスがそれを恐らく予測できていたと言う事。思い返せば奴は会話の節々に含みを持たせていた。一体何が起こってるんだ?なぜアンドラスが予知できていた?


 『くそっ……わかんねえ』


 誰かに相談しなければ。出来れば小言の少なくて頭のいい奴。

 その条件に似合う奴を頭の中で探していくと一人の人物が思い当たった。


 『ラファエルなら分るかもしんねえな』


 そうと決まれば早速向かおう。

 すぐさまソファから立ち上がり、早歩きでラファエルが居るであろう主天使の集会所に足を運ばせた。


 ***


 拓也side ―


 『ほらほらどうした!守ってるだけじゃ勝てねえぜ!』


 アンドラスの剣が腕を掠め、ほんの一瞬の間に切り傷ができて鈍い痛みをたてた。でもそんな事をいちいち気にしてたら、体がいくつあっても足りない。その痛みに気づかないように夢中で剣を振るうが、やっぱり無理だ。アンドラスは強すぎる……俺が勝てる相手じゃなかったんだ。


 こっちがどんなに攻撃しても、あっちは軽々と避けて反撃してくる。次第に俺の体は所々に傷を負い、あいつは無傷でピンピンしてやがる。


 「くっそぉ……」

 『拓也、意地になってはいけません!冷静に相手の動きを読むのです!!』


 そんなこと言われても急に実行できるかよ!魔法はもう何発も打っちまって頭痛いし、剣技はまるで相手にならないし……どうしろって言うんだよ!

 ストラスの言葉に一瞬気が緩んだ俺をアンドラスは見逃さなかった。

 思い切り振り降ろした剣をよけられて、地面に剣が突き刺さる。その剣を足で踏まれて、身動きができなくなった瞬間に頭を思いきり蹴られて目の前がちかちかする。


 「ぐ、!」

 『はい、おしまい』


 目の前がフラフラして、何が起こったかも分からない間に鋭利な剣が俺の腹に食い込み、そのまま切り捨てられるように地面に叩きつけられた。余りの痛さに悲鳴も出せず、呼吸をするのがやっとだ。斬られた箇所からは血が溢れ出てきて、制服を汚していく。


 「拓也!しっかりしろ!拓也!!」


 泣きそうな顔をした光太郎が俺を抱き起こして、持っていたタオルを傷口に当てる。でもそんなものはすぐに真っ赤になって意味を成さなくなり、最終的には自分の制服を脱いで傷口に当てだした光太郎をアンドラスはクツクツ笑った。


 『そのくらいで死ぬかよ。そいつ悪魔なのに。悪魔が怪我の治癒が早いの、嫌ってほど知ってんだろ』


 アンドラスはそのまま俺の髪を掴み、持ち上げるように引っ張り出す。

 痛さで顔を歪める俺を見て、アンドラスは更に笑う。不細工だとケラケラ笑っている様は殺人鬼よりもいじめっ子に近い感覚だった。


 「放せよ!」

 『どいてろ。人間切り捨てる趣味はねえ。お前は生かして返してやる。俺の武勇伝を語っとけよ』


 飛び掛った光太郎を蹴り飛ばしてアンドラスが俺に顔を近づけてくる。

 目はギラギラと血走っていて、恐怖から奴を直視できない。


 『これで終わりじゃねぇよな。まだ立てるだろ?』

 「はっ……」


 立てる?どの姿を見て言ってるんだ?どう考えてもお前の勝ちは確定してるじゃねえか。俺はこのままこいつに地獄に連れて行かれるんだ。そこでサタナエルって奴を復活させたらきっと殺される。

 絶望的な思考が頭の中によぎって涙が目に溜まっていく。その光景をアンドラスはさも愉快そうに笑っている。笑い事じゃない、なのにこいつは笑う。


 『はは!そんなに怖いかよ』


 当たり前だ、怖くないわけが無い。こんな化け物に襲われて、こんな痛い傷を負わされて平気でいられる奴がいるのか?もう嫌だ、誰か助けてくれよ。何でもいいんだよ。

 本格的に泣き出した俺を見て、アンドラスの笑い声は更に大きくなっていく。爆笑よろしく笑ったアンドラスは再び俺の耳元に顔を近づけた。


 『嫌なら本気で抵抗しろよ。殺すことを恐れるな。他人に頼るな。心許すな』

 「……何だよ!」

 『本気で地獄に連れてかれたくないんなら……死ぬ気で抵抗して見せろよ』


 死ぬ気で抵抗はした。だけど敵わなかったんじゃないか。

 そういう意味を含めて睨み付ければアンドラスは怪訝そうに顔を歪めた。


 『今お前を連れて帰っても駄目なんだよ。合格点に行くまでは鍛え上げるぜ。さあ継承者見せてみろ。お前の本気の抵抗って奴を』

 「な、何をっ……」

 『俺を殺したいんだろ?なら殺してみろ。てめえの手で、あの御方の力を俺にぶつけてみろよ』


 あの御方……サタナエルの力?そんなの使えるわけが無いじゃないか。

 使えるものならとっくに使えるようになってるんだよ。


 『お前があの御方の力を使えなければ意味が無い。地獄に行っても俺たちの望みは叶わない。使ってみろ、あの御方の力を。俺たちの望みを叶える力を!お前の最後の抵抗を!』


 何を言ってるんだ?サタナエルの力なんて……

 そう言おうとした瞬間、指輪から光が漏れた。その光が放たれた瞬間、アンドラスが俺を突き飛ばし距離を取った。


 「なっ……」

 『開放したか』


 何だこれ?熱い!

 指輪から放たれた光はありえないくらいに熱く、なぜ自分の腕が焼かれないかが不思議なくらいだった。


 『白い炎……サタナエル様の印……そんな馬鹿な……』


 ストラスの声が聞こえる。これがサタナエルの力?白い炎?光じゃなくて炎なのか?

 俺に駆け寄ろうとした光太郎をアンドラスが止めた。


 『よしな。それ以上近寄ると塵になるぜ。人間に耐えられるものじゃない』


 満足そうに剣を構えなおしたアンドラスが再び斬りかかってくる。どうすればいいんだ!?この光をぶつければいいのか!?

 何が何だかわからずに動くこともできない俺に、いつも夢で語り掛ける声が聞こえてきた。


 “簡単だよ。全てを包むんだよ。ぜーんぶ、燃やすんだ。”


 その瞬間、光り輝いていた何かが更に溢れ、周り全てを覆った。一瞬で爆発のようにあふれた光はアンドラスを飲み込んで辺りを真っ白に塗りつぶしていく。そのあまりの眩しさに目を閉じた。

 数秒間ほど目を閉じていたが、少しだけ瞼を開くと光は消えて、片腕をなくしたアンドラスがいた。手に持っていた剣と共に腕をなくし、体中にやけどを負っている。これがサタナエルの力?こんな力を俺が操ってる?


 『はは、は……すげえ。すげえぜ。この力がサタナエル様の御力なんだ!』


 腕を燃やされているのにアンドラスは嬉しそうに声を張り上げた。全身のやけどのせいで立っているのも辛い筈なのに。多分、もう戦えないんじゃないだろうか。

 アンドラスは苦しそうにしながらも笑い、膝を着く。勝敗は決した。


 『へっ……不完全だが合格だ。間違いなくサタナエル様の炎だ。力はまだまだだけどな』


 額から汗を流しながら痛みと戦うアンドラスは狼も倒れ、剣もなくなってしまっては戦う術は無いだろう。そんなアンドラスにストラスはゆっくりと近づいていった。


 『貴方が言ったことは本当だったのですね』

 『嘘つく必要がどこにあるんだ?いいもの見せてもらったぜ。何万年も待ち続けてきたあの炎を……サタナエル様の復活は目前に迫ってる。それを確信した』

 『拓也、彼を返しましょう。彼はもう戦うことは出来ません』


 アンドラスは動かないし、抵抗もしない。ストラスの言葉を享受するように大人しく目を閉じた。何がなんだか分らないが、やっと訪れた安心感のせいか炎は一瞬のうちに消えてしまった。なぜか傷も一瞬の内に癒えてしまい、傷口はきっちり閉じていた。この回復力の速さは悪魔の物の様に感じてしまった。そして炎が消えてしまった手で浄化の剣を持ち、ストラスに教えてもらいながら魔方陣を描いていく。こいつの契約石はファイヤーオパールのナイフだそうだ。身に着けているから契約者はいないんだろう。


 『さて、彼を返すのはパイモンでなければできません。空間を出ましょう』

 「どうやって?」

 『魔方陣に閉じ込めたのです。直にこの空間は消滅して、リビングに出れるはずです』


 ストラスの言ったとおり、数分後に空間が歪んで元の部屋の中に俺たちは立っていた。俺たちの所に慌てて走りよってくるパイモンとヴォラクはアンドラスが魔法陣に入ってるのを見て、動揺を隠せなかったようだ。


 「これは主が?」

 「まぁ……うん」

 「拓也すげー。アンドラスなんて俺でも倒せるかわかんないのに、よく一人で倒せたね」


 感心するようなヴォラクの言葉に苦笑いは出来ない。パイモン、お前はきっと知ってたんだよな。知ってて、黙ってたんだよな。俺のことを守るって言ってくれたくせに、お前はいつだって隠し事ばかりだ。

 パイモンがアンドラスに呪文を唱えていき、アンドラスの体が透けていく。その時、今まで黙ってたアンドラスが不敵に笑った。


 『俺達はそれぞれ誰がお前を地獄に連れて行くか賭けをしてた。それと同時にルシファー様から各々別々の命令も受けていた。命令内容は簡単、今のお前は地獄に来ても迷惑だから、ある程度修羅場くぐらせて鍛えてくれって感じだ』

 「なんだよそれ……」

 『ザガンはお前の死に対する耐性を。レラジェは困難な状況での適応力を。俺はお前の本当の力を目覚めさせる事。俺達にはあともう一人お仲間がいる。最後の相手はフォカロルだ。覚悟しておけよ、あいつは強い。俺達よりも遥かに……』


 フォカロル……七十二柱の六大公の次に来る実力者。パイモンよりも遥かに強い相手。そいつが近い内に俺を攻撃してくるんだろう。全てが終わり静まり返った室内で何も知らないヴォラクの明るい声だけが響く。


 「拓也すげーじゃん!アンドラス倒すなんてさ!今日はお祝いだね!」


 嬉しそうにはしゃぐヴォラク。でも正直そんな気分じゃない。アンドラスが言ってた事、信じたくなかった。嘘だと思ってた。でも実際、サタナエルの力が指輪に入ってたことは本当で、俺がその力を使ったのも本当。ウリエルが俺の体に長く入れなかったことも本当……全部本当だったんだ。

 だとしたら俺が悪魔になっていっているのも本当……しかもサタナエル様って言う大物の子供とか。黙っている俺を見て怪訝そうな表情を浮かべたパイモンに、ストラスがフォローを入れる。


 『色々ありましてね……パイモン。至急セーレ達を集めてくれませんか?話さなければならない事があります』

 「それは急ぐ事なのか?」

 『ええ。全てとは言いませんが、悪魔の陰謀がわかりましたから』

 「!……わかった。セーレに連絡を入れよう。光太郎はシトリーに頼む」

 「うん」


 話しちゃうのか。この事を……そしたらどんな反応するんだろ。気味悪がるかな?

 嫌な雰囲気に包まれる中、俺はソファに身をうずめた。何も考えたくない。話したくない。知ってほしくない。

 俺はこれからどうなっちゃうんだ?悪魔になっちゃうのか?そしたら俺はここにはいれないんだろうか?怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。何もかもが怖い。これから皆に知られる事も、自分の体が気づかない内にサタナエルに侵されていく事も、澪たちの反応も、フォカロルが襲ってくることも……何もかもが怖い。

 皆がそれぞれに連絡を入れる中、俺はただ膝に顔を埋めた。


 ***


 フォカロルside ―


 『そっか……アンドラスも無理だったか』


 遂に残るは俺一人。アンドラス達は負けたとしても立派にルシファー様の命令は遂行した。後は俺一人、やる事はいたって簡単。継承者を地獄に送ればいいんだ、たったそれだけ。それだけの作業で何万年も待ち続けたあの御方の復活を成し得ることが出来る。ルシファー様達もきっと喜ぶだろう。


 自分の腕に身に着けた契約石。アクアマリンのバングル。あいつと契約するのは楽しかった。トレジャーハントは中々興味深かった。でも長居しすぎて愛着湧いたらいけねえよなぁ。今が潮時だったんだろうな。

 契約者であった男の魂を歯で噛み砕いていく。自分が気に入っていただけあって、中々俺好みの味のように感じた。


 『心配するなよお前ら。ちゃんと俺が遂行してみせっからよ』


 地獄で待っているであろう俺の大切な友人達。

 何千年も共に過ごしてきた仲間。お前達の敗北は無駄にはしないよ。


 『行こうぜ。フォルネウス』

 『ヤレヤレ。私マデ狩リ出ス気ナノカイ?』


 海の中から出てきたのは鋭い歯を持つ巨大なサメの姿をした悪魔。ソロモン七十二柱の一角、悪魔フォルネウス。俺の水上戦の相棒でもある。悲しい事にもう一人の相棒のヴェパールは死んでしまったから、こいつしか集まらなかった。


 『さあ……フィナーレと行こうか』


登場人物

 

アンドラス…ソロモン72柱序列63位の悪魔。

      30軍団の悪霊を預かる公爵であり、その姿は黒狼に跨った大鴉の頭部を持った天使とされる。

      また手には見る者の魂を震え上がらせるほど鋭利な剣を握り締めている。

      アンドラスの能力は不調和の種を撒き散らす事である。

      彼が内に秘める無限の破壊衝動は容易く人々の精神を捕らえ、すぐさま同化への道を辿る。

      またアンドラスを召喚する際には注意しなければならない。

      それは召喚者自身がアンドラスの影響下に陥らない事である。

      破壊衝動の化身といっても過言ではないアンドラスは、召喚者の一瞬の隙を突いて攻撃を仕掛けてくる可能性が大である。

      契約石はファイヤーオパールのナイフ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ