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弟143話 一年目

 テスト用紙が回収されていき、教師が教室を出ていったことを皮切りに教室内を包んでいた緊張感が一気に抜けていく。

 夏休み前の試験が終了し、それぞれがテスト内容がどうだったか、点数がとれたか、今日は遊んで帰ろうなどの会話で盛り上がっていた。



 143 一年目



 「終わった。何もかも……」


 机に突っ伏した中谷の背中を光太郎がポンポンと叩いた。甲子園の予選がもう始まっている今は期末テストが終わった後も中谷は部活で忙しい。何だかんだで次勝てばベスト16になるし、結構順調に勝ち上がっているんだから。そんな中谷はテストが終わった余韻に浸ることなく、先輩たちが来るまで自主練すると言って、隣のクラスの奴と教室を出て行った。残された俺と光太郎はそれに感心する。


 「中谷すげえな。次どこだっけ?」

 「確か聖徳学院」

 「ああ私立の。あそこって結構強いよな」

 「色んなとこから選手引き抜いてっからな」


 意外と高校野球を応援してる光太郎は強豪校の情報をある程度知ってるようだ。確かに聖徳って言えば、予選でいつも最後まで残ってるしな。今年はヴォラクの力なんか無しに甲子園に行って欲しい。中谷も野球部の皆も毎日朝も夜も遅くまで練習してるから。それなのに剣の稽古もちゃんとサボらずにしてるんだから頭が下がってしまう。 かく言う俺も今から稽古しにマンションに行くんだけど。


 「そう言や結局アンドラスって奴は喧嘩売りに来ないな。もう七月も終わるぜ」


 光太郎の言うとおり。今日は七月二十二日、もうすぐ八月になる。それと同時に夏休みも近づいている。今の所、アンドラスが俺に勝負を仕掛けてくる気配は全くと言っていいほどなかった。とは言え、まだ七月が終わるまでには時間が結構残されてる。気を抜くわけにはいかない。


 リュックを背負った俺を見て、光太郎も鞄を持った。今日は光太郎も一緒に剣の稽古をするみたいだから一緒に今からマンションに行く。またパイモンのスパルタ教室が待ってるのか……パイモンの怖さ半端ないもんなぁ……


 少しだけ気分が下がる中、俺と光太郎は学校を出た。


 「そういやさー拓也。何か懐かしくねぇ?」

 「何が?」


 しみじみと呟く光太郎に振り返る、何か懐かしい物でもあるんだろうか?キョロキョロと辺りを見てみるけど、いつもの景色と変わったものはない。

 そんな俺に光太郎は少し笑う。


 「何だよ。勿体ぶらずに言えよ」

 「去年の今日、お前がレベッカで指輪買ったんだよな」


 あ、今日だったっけ……

 今だに左手の中指に収まっている指輪に視線を送る。去年の今日、俺はこの指輪を買って今に至るのか……つまり一年たったって事なのか。長かったような短かったような……色々ありすぎて語りつくせないよ。悲しい事も嬉しい事もいっぱいあった。辛い事も楽しい事もいっぱいあった。いっぱいあったんだ……

 少しだけしんみりしてしまった空気を光太郎が壊す。


 「ま、こうして無事に二年になれてるからいいけどね。来年の俺たちはどうしてっかな?」

 「受験一色だろ」

 「違いねえ」


 来年……三年になるまでには全て終わるだろうか?俺は普通の人間になれてるだろうか。でもそれはストラス達との別れを意味してる。それは悲しいし嫌だ、今は何も考えなくていいよな。まだ何も……悪魔倒してストラス達と馬鹿騒ぎして、そしたらきっと、いつかは全てが終わってるはずだ。ぎゅっと拳を作って、俺と光太郎はマンションに向かう道を一歩一歩進んでいった。


 ***


 「主、光太郎、いらっしゃい」


 玄関の鍵が開いてたので勝手に入ってドカドカとリビングに向かう。そこにはパイモンとストラスとヴォラクがいた。パイモンは相変わらずパソコン、ヴォラクはゲームのコントローラーを少々乱暴に振り回している。


 「パイモン鍵くらいかけろよ。無用心だぞ」

 「パソコン以外に取られて困るものはありません。それに他者が入ってきたのならば捻りあげてやりますよ」


 本当にやりそうだから怖い。結構簡単にその光景が想像できて少しだけ青ざめてしまう。

 俺はその想像を掻き消す様に頭を振った。そんな中、俺の隣で室内を見回してた光太郎がパイモンに問いかける。


 「シトリーとかは?」

 「あいつは急にバイトが入って出て行った。セーレとヴアルは太陽の家だ」

 「あーだからヴォラク機嫌悪いのか。彼女取られたから」

 「そんなんじゃねーよ!」


 弾かれた様にヴォラクがこっちに振り返って大声を出すけど説得力はない、どうやら図星っぽい。なんだかんだ言ってヴォラクの奴も中々隅に置けないもんだ。でもヴォラクの苛立ちはそれだけじゃなかった様だ。


 「中谷ったら俺が遊びに行こうって言っても野球だって言うんだ。野球が何だよ」


 あー中谷にも焼きもちか。ヴォラクは本当に寂しがり屋で駄々っ子だ。少し微笑ましいらしいパイモンがクスクス笑っている。


 「ふふ、仕方ないだろう。あいつだって謝ってたじゃないか」

 「今度埋め合わせするって何回言ったんだよ。ちっとも埋めてくんないじゃんか」


 不満げにヴォラクが口を尖らせれば、パイモンはまた可笑しそうにクスクス笑う。その光景は何だか兄弟のようだ。ストラスもブスくれるヴォラクをなだめる。

 今は仕方ない。甲子園の予選の真っ最中なんだから。そこは大目に見てやれよ。


 『大会が終わったら手を焼いてくれますよ。彼にも彼の生活がありますからね』

 「うー……だからって俺の誘い断ることないじゃん」

 「聞き訳が悪いな。中谷はお前だけの物じゃないんだぞ」


 パイモンが釘を刺せば、ヴォラクはじろりとパイモンを睨み付けた。たしかにヴォラクからしたら寂しいんだろうけど……さすがに中谷も今の時期にヴォラクの相手をしてる余裕はないだろうな。期末の勉強すら手がつかなかったほどだ。とてもじゃないが、この我侭なヴォラクの面倒など見れるはずもない。中谷も大変な奴に好かれたもんだ。

 そう思いながら鞄を置いて、パイモンに剣の稽古をしようと話しかけようとした。


 『よう継承者。迎えに来てやったぜ』


 突然声が聞こえた瞬間、ベランダの窓ガラスが割れて破片が飛び散ってきた。余りの事に悲鳴しかあげれない俺と光太郎にパイモンがとっさに近くにあったソファにかけられていた布を頭から被せた。ガラスが飛び散る音が聞こえなくなり、恐る恐る布を取ると目の前には狼にまたがったアンドラスがリビングに入ってきた。


 「な……は?嘘だろ」

 『十分期間はやっただろ?お前の成長ぶりを確かめに来てやったんよ』


 いまだかつてこんな派手な登場をした奴はいただろうか?狼は早くも俺をかみ殺したいとでも言うように唸り声をあげている。


 「おい!大丈夫か!?」


 放心してた俺は光太郎の言葉で現実に引き戻される。


 ガラスの破片が突き刺さったのか、ヴォラクもパイモンもストラスも所々から血を流している。まさかこいつ……これを見越してって事なのか?パイモンたちが加勢できないように、わざと傷つけるために急に襲撃してきたのか?第一何でここがばれた?もしかして見張られてたのか?分からない事だらけで上手く状況が整理できない。そんな俺にアンドラスは手を伸ばしてきた。アンドラスが伸ばしてきた手から黒いブラックホールのような空間が現れる。


 『さぁ継承者。俺とタイマンで勝負だ』

 「っ!これは……」

 『拓也、これはアンドラスの専用空間です。この中に入れば、アンドラスを倒す以外に出る方法はありません』


 ストラスが傷ついた体で肩に飛び乗ってきた。そんなことを聞いたらついていく気なんか起こるはずがない。しかし中々動かない俺にアンドラスが苛々してきたのか……言葉遣いが荒くなっていく。


 『早くしろ。俺は一ヶ月も前に忠告しただろう?まだくだらねえ事すんのか?』

 「それはお前が一方的に押し付けただけで……」

 『一方的?馬鹿かてめえ。そんな言葉で逃げられると思ってんのか?俺にそんな理屈通用しねえぞ。無理ならこの場で速攻切り捨てる!』


 鋭利な剣を握りしめて殺気立った表情を浮かべるアンドラスは恐ろしく、思わず息を飲んだ。何とかこの状況を回避しなければ……でもいい考えは思い浮かばない。大体この場所で戦うのもやばいし、アンドラスの空間に行くのなんてもっとやばい。どうすればいいんだよ!やっぱりウリエルに頼るしか……ウリエルが倒してくれるのを期待するしかないよな。

 

 だって俺だけじゃ絶対に適わないし……


 パイモン達は動けない程の大怪我じゃないけど、それでもガラスの破片が刺さってるのなら激しく動くのは絶対にNGだ。この場所でも戦えないなら、こいつの空間の中で倒すしかない。雰囲気からして、こいつはせこい方法は使わず正攻法でかかってきそうだ。それなら俺が勝てばちゃんと負けを認めてくれるかもしれない。


 俺はアンドラスに一歩一歩進みだす。


 『拓也?』

 「おい、何してんだよ……」


 ストラスと光太郎が青ざめた表情を浮かべる。

 俺は大丈夫だと頷いた。


 「大丈夫。何とかなる」


 それは多分、自分に言い聞かせた言葉のように感じた。そのままアンドラスが広げた空間に俺は入っていく。必然的に肩に乗っているストラスも一緒に。その後を光太郎が慌てて追いかけてきた。


 「くそっ、ヴォラク、俺たちも……」

 『お前らはここで留守番だ』


 俺たちが入った後にアンドラスの声が聞こえて出口が閉じられた。パイモン達は入ってこれなかったようだ。やっぱり2人がいないと途端に自信が無くなってくる……俺は頼りすぎてたんだと改めて思い知らされた。でも大丈夫、すぐにウリエルに変わればいいんだ。そしたらウリエルがやっつけてくれるはずだから。


 『さあ継承者、試験といきますか』


 どこからともなくアンドラスが現れる。

 手には鋭利な剣を握りしめて、凶暴そうな狼に跨って。


 「おい、狼から降りろよ。反則だろ」

 『こいつは俺の相棒なんだよ。お前もストラスにでも乗りゃいいだろ』


 このクソ野郎……話が違うじゃねえか。オオカミ乗ったまま戦うとか卑怯だぞ!!


 『アンドラス、教えてください。あなた方の本当の目的は何なのですか?』


 肩に乗っていたストラスがアンドラスに問いかけた。アンドラスはストラスを鼻で笑うだけで何も答えることはない。でもストラスは根気よく同じ質問を繰り返した。


 『貴方がたが魂を集める理由……今まではただ単に天使の兵になるだろう優秀な魂を地獄に持って行こうとしているのだと思っていました。しかし実際は天使の兵に相応しくない憎しみ等の感情が強い者達と契約し、彼らの罪を高める様な状況を作っている。これは貴方達の目的と関係があるのですか?』

 『頭のいいお前でも分らない事があるんだな。だがそれを言った所でなんになる?ただ言えるのは、俺達は今行える最善の策を尽くしてるだけさ』


 今行える最善策……それが今の状態だって事か?ストラスは眉を顰め、更に追及する構えを取ったがアンドラスは口を割らない。ストラスの質問攻めに嫌になったのか、剣を俺に向けてくる。


 『お前達が何を知ろうと、事態は転んだ方にしか進まない。お前達は黙って運命を受け入れとけ』


 今から始まるんだな……こいつとのタイマン戦が……

 竹刀を持ってない光太郎とストラスは戦うことが出来ないから俺が戦わなくちゃいけないんだ。大丈夫、きっと大丈夫だ。指輪でウリエルに頼み込む。その光景を見てもアンドラスが動く気配はない。どうやら待ってくれてるようだ。正直有難い、ウリエルさえ出てくれればこっちのもんなんだから。


 『栄光の七天使ウリエル……出られればの話だがな』


 アンドラスはどこまで俺の情報を知ってんだろう?ウリエルの事もしっかりと理解をしている。それと同時に出れればとはどういう事なんだろうか?ウリエルがビビッて出てこないとでも思ってんのか?ウリエルは絶対に出てくれるし、アンドラスよりも遥かに強いと思う。

 その自信が負けに繋がるんだよ。


 『やれやれ……どうやら俺の出番って訳だな』

 「ウリエル!そうだよ。やってくれんだよな!」

 『わあってるよ。すぐに終わらせてやっからよ』


 体がウリエルに乗っ取られていく。前にウリエルは数分間しか俺の体は使えないって言ってた。今回もそうなんだろうか?


 「ウリエル、今回も五分程度なのか?俺の中にいれる時間」

 『いや、指輪の継承者としての期間が長くなればなるほど俺達天使に対する耐性も高まってくる。今回なら十分近くはいけるはずだ』


 十分……それだけあればウリエルなら倒せるはずだ。しかしアンドラスは不気味に笑っている。そんなアンドラスを俺の体に入ったウリエルは睨み付けた。


 「てめえ……随分余裕だな」

 『それより話が違うぜ。俺は継承者とサシで勝負したいって言ったんだ。お前が出てくるのは約束が違う』

 「それこそお前の思う壺だろ。タイマンで戦ったらお前に軍配が上がるのなんて目に見えてるじゃねぇか。それで戦おうとするてめえは卑怯モンだ」

 『軍配?戦ってみなきゃ分らないだろ?継承者は俺たちの主になる存在だ。俺たちより強くなきゃ話にならないだろ』

 「何をふざけた事を……お前達は人間を主にするぐらい手が足りないのか?」


 ウリエルがそう言い放った瞬間、アンドラスは爆笑しだした。

 それに気を悪くしたウリエルはどんどん不機嫌になっていく。


 「何がおかしいんだよ」

 『はは……そりゃ可笑しいさ。お前ら天使は何も気づいてない。所詮お前らはルシファー様達がいなくなった代わり程度の存在なんだよ』

 「……マジで気にくわねぇな。ぶっ殺す」

 『いいぜ。出来るもんならな』


 二人が睨み合って剣を向け合う。俺はその光景を自分の体ながら妙に冷静な気持ちで見ていた。

 大丈夫、ウリエルなら……そう過信してた。


 アンドラスがいつまでも余裕の態度を崩さない理由を知りもしないで……


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