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第142話 世界の中心は君だった

 あの時、あたしが欲しかったものは王子様だった。物語のように甘い恋がしたかった、無条件に甘やかしてくれる優しい手が欲しかった。でも、今あたしが欲しいものは間違いなく貴方でした。



 142 世界の中心は君だった



 無意識に向かってた場所はカイムが好きなお菓子がある所だった。そこで手に取った物もカイムがいつも食べたいと言っていたお菓子。随分あたしの生活に深く入り込まれたものだと思った。だからわからなくなったんだ。今までが普通じゃなかった。悪魔だか何だか知らないけど、そんなのがおかしかったんだ。いつも通りの日常に戻ってきたんだ。それは喜ばしい事。


 なのになぜ心は晴れないのか……


 簡単な事だった。カイムに惹かれていた、間違いなく。王子様の様に思ってた。このままずっと自分の側に居るんだと信じて疑わなかった。だから喪失感が大きいのだ。そしてそれは誰のせいでもない、依存した自分のせい。気づけば大量にお菓子を買いこんで、あたしはカイムと昨日向かったファミレスの所に走っていた。


 ***


 光太郎side ―


 「来やがったな」


 シトリーが一点の方向に視線を集中させる。その先には昨日シトリーと出会った男、カイムがこっちに歩いてきた。表情は真剣な物で、とてもじゃないが和やかな雰囲気は存在しない。それにしても大丈夫なんだろうか、今は俺達二人だけだ。理由は簡単、シトリーが連絡を入れなかったから。勿論口止めされてた俺も拓也には言わなかった。でも何でだろう?


 「シトリー、何で二人だけで倒そうとすんだよ」

 「パイモンとかヴォラクいると喧嘩になるだろ。お前にも話したけど親友なんだよ。乱暴なことはしたくない」

 「だからって俺とお前でどうにかできんの?」

 「さあなー、まあ何とかなるだろ」


 なんてのん気な……それにしても俺達の目の前に立ってきた男はどこからどう見ても人間にしか見えない。化けてるからそう感じるのかもしれないが、悪魔って感じはしないんだ。少し悲しそうに顔を俯かせて、男……カイムは俺達の前で足を止めた。誰も何も話さない空気が気まずくて、少しだけシトリーの後ろに体をずらす。その瞬間にシトリーが何かを見つけたみたいだ。怪訝そうな顔をカイムに向ける。


 「お前それツァボライトの指輪じゃねえか。昨日の女はどうしたんだ?」

 「もう必要ないからな」


 こいつが持ってるって事は、もしかして契約者を殺してしまったんだろうか?


 契約石である緑色の宝石はカイムの指におさまり、綺麗に輝いている。でも契約をしてないって事はエネルギーを貰ってないって事だろ?それじゃこいつはどうなるんだ?消えてしまうじゃないか。まさか契約を切って魂を食ったとか……!


 顔が真っ青になった俺の頭をシトリーがポンポンと叩く。その顔は案ずるなとでも言いたげだ。


 「殺してねえんだろあの子を。そんで魂も食わねえで……どちらにせよお前そのうち消えるぜ。それを覚悟して今日ここに来たってーのなら地獄に帰る気満々なのかよ」

 「お前なー……ちょっとは情緒持ってよ。俺ら久しぶりの再会だよね。なんで殺伐すんのかな」

 「俺だってしたくねえよ。だから、お前を傷つけたくねえんだ。俺のお願い聞いてくれよ」

 「お前ってマジで自分の要求ばっかでこっちの話を聞きもしねえ。本当に嫌になる」


 困ったように頭を乱暴に掻いていたカイムがこっちをじっと見てくるので俺は更にシトリーの後ろで縮こまった。

 相手が何を思っているのか分かるのか、シトリーがかばうように手を突き出す。


 「こいつは継承者じゃねえぞ」

 「わかるよ、指輪してねえもんな。随分となつかれてんじゃねえか人たらし」


 カイムは喧嘩腰ではなく、思わず力が抜けてしまった。でも騙されちゃ駄目だ。こいつは悪魔で拓也を地獄に連れてこうとしてるんだから。人通りが多いこの場所で戦うなんて当たり前だができるわけがない。それをちゃんとわかってるシトリーは人通りのない所で決着をつけようと言い出し、それにカイムも同意する。


 「来いよ。いい場所があるんだ」


 そう言って歩きだした後ろをシトリーがついて行く。


 「大丈夫なのかよ」

 「少なくともあいつは卑怯な真似はしねえ。馬鹿な奴だけどな」


 ……最後の言葉をつけ足す必要はあったんだろうか?

 さっさと歩いて行くカイムの後について行くシトリーを俺は慌てて追いかけた。


 「グレモリー様は見つかった?」


 歩いている時、会話はほとんどなかったが、カイムが思い出したように問いかけてきた。グレモリーのことも知ってるって言ってたもんな。シトリーのことをずっと助けてくれていたって。


 「おう、デンマークに居た」

 「ええ、マジかよ。ここからめっちゃ遠いじゃん。なんでわかったの?」

 「ダンダリオンの奴からな。色々話したよ……お前がいなきゃ、本当に腐ってたよ。ありがとうな」

 「その恩人に手をかけるなんて、酷い親友様もいたもんですね」


 連れていかれた場所は人のいない小さな公園だった。遊具も二~三個程しか置かれてなく、時間も時間なのか遊んでいる子供達は誰もおらず、俺達だけしかその場所にいない。辺りを見渡していると、カイムが突然悪魔の姿に変わり剣を抜いてきた。


 『さぁやるか』


 え、ちょっと待てよ。結界は張んないのかよ!首を振った俺にカイムは表情を顰めた。そんな俺の気持ちを代返するようにシトリーが突っ込みを入れる。


 「お前、誰かに見られたらどうすんだよ。結界張れよ」

 『そんなの構わないだろ?見られた所で俺は別にいいからな』

 「俺がよくねえっつーんだよ」


 シトリーが面倒そうに頭をボリボリ掻いている。この展開は予想外なんだろうか。でも、お前が言い出したんだから最後まで責任持てよ。


 「シトリー、お前結界張れないのか?」

 「あーできるっちゃできるけど、慣れない事やると疲れんだよ。結界張る方に集中しちまうからよ」


 なるほど。二つの事をいっぺんにできないって奴か、それはしょうがない事だ……って言う訳ないだろ!こんな場所で戦ったらどうなるか分かってるはずだ。もしかしたらこの公園の小さな遊具を破壊してしまうかもしれないし、第一誰かに見られたら警察沙汰だ。それだけは絶対に避けなきゃいけない。


 「駄目だシトリー!ぜってー張れよ!」

 「んなもん張ったら俺がぼこられるわ!」

 「俺が何とかするからさぁ!」

 「お前に出来るもんならとっくにそうしてらぁ!!」


 言い合いが始まった俺達をカイムはきょとんとした顔で眺めている。マジでこんな事になるなら何でパイモン達呼ばなかったんだよ!パイモン達がいたら結界だって張れたのに……二人だけだなんてありえない!

 慌てる俺を尻目にカイムはゆっくりと迫ってくる。


 「カイム、俺の話を聞いてくれ。お前のこと、大切なんだよ。審判でお前が死んじまったらって思うと、どうしようもねえ……想像するだけでおぞましい。だから俺に協力してくれよ。頼むって」

 『協力してあげたいところだけどね~俺は審判賛成なの。お前も知ってるでしょ?俺が堕天使なの。別に天使に戻りたいとか思ってるわけじゃねえけど、あいつらが天上住まいでなんで俺たちが地獄なんだよ。それが納得できねえからあいつらを審判でぶちのめしたい。だから、今回は意見の相違だよ。どっちが悪いとかもない。まあ、今回の仲たがいはお互い地獄で再会したときに水に流しましょう』


 俺達に斬りかかってくるカイム。シトリーが俺を後ろに庇い、剣を素手で受け止める体勢をとる。馬鹿じゃねえの?そんなのしたらスパッと腕切られるぞ!!


 「カイム!」


 その時、女の人の声が聞こえてカイムの動きがピタッと止まった。


 ***


 優菜side ―


 「いない……」


 昨日カイムの知り合いの男に会ったファミレスにカイムはいなかった。なんかここに来るとか言ってた様な気がしたのに……じゃあカイムはどこにいるんだろう。袋いっぱいのお菓子袋を持って茫然と考える。良く考えれば、あたしカイムの事何一つ知らない。食べたいお菓子や食べ物くらいしか分からない。今まで何をしてきたのか、そんな事は全く知らなかった。生ぬるい関係に浸かってて、それが楽で楽しかった。だから何も知らないんだ。


 大学とかに出かけてる間、カイムがふらふらとどこかに行ってたのは知ってた。でもどこに行ってたとかは全く知らない。向こうも言わないし、あたしも聞かなかった。どこにいるんだろう、カイムと出会った場所……何も分からない。あんな別れは嫌だ。何としても探さないと!とにかく適当に思い当たる場所に向かって足を運ばせた。


 カイムと初めて出会った場所、それは人があまりいない小さな公園だった。


 息が切れても、頑張って足を動かす。公園が見えてきて、公園の中にはカイムと昨日会った高校生と男性が立っていた。カイムは身の丈と同じくらいの大きな剣を構えて二人を睨みつけている。初めて見た殺気立ったカイムの悪魔としての姿に何だか怖くなって動けなくなった。相手の二人、特に高校生の子はかなり慌てている。それもそうか、剣を向けられれば当然か。何としてもカイムを止めなきゃ……でも怖い、もし止めてカイムに剣を向けられたらどうしよう。


 グルグル頭の中で嫌なことばっかり考えていると、カイムが剣を持って走り出した。どうしよう!そう思ったあたしは咄嗟にカイムの名前を叫んでいた。


 「カイム!」


 あたしが大声で名前を呼べば、カイムはピタリと止まる。そしてゆっくりとあたしの方に視線を向けた。その目は何かに脅えていた。


 「優奈……」


 カイムに名前を呼ばれるのが嬉しくて、思わず零れ落ちそうになる涙を拭って、カイムにゆっくりと近づいて行けば、カイムが同じ距離だけ後ずさる。それが悲しい。


 カイムにとってあたしはもうどうでもいい存在なの?あ、でもそっか。カイムはただあたしの条件を満たしてくれてただけなんだから。それを勘違いして勝手に好きになったのはあたし。カイムにとってあたしは何でもない存在。唇を噛みしめて、瞬きをしないようにする。目に溜まった水滴は瞬きをした瞬間、零れ落ちそうだったから。そのまま黙っていると、ゆっくりとだけど……離れていたカイムが近付いてきた。


 『何で来たんだ?』


 何も言わないあたしに、カイムは溜め息をついた。今まで上手く行ってたのに、全てがおかしくなってしまった。上手く行ってたんだ、この人たちに会うまでは……幸せだったのに、たった一日で全てが変わってしまった。昨日までの幸せな時間が嘘だったかのように……


 耐えれなくなった涙が地面に落ち、嗚咽が漏れだす。そのままひっくひっくと泣きだしたあたしにカイムはそっと手を伸ばした。


 『泣くな優奈』

 「う、ひっく……」


 泣きやむ事が出来ないあたしをカイムがぎゅっと抱きしめる。初めてされた行為に戸惑って揺れた瞳から涙はピタリと止まった。予想してたよりもずっと暖かいカイムの腕の中は酷く安心して、思わずその背中に縋りついた。あたしの肩に置かれた頭が震えている。


 『馬鹿だな。何で来たんだよ……別れるの、辛くなるよ』

 「だって、だって……」


 そんなのカイムが急にいなくなるからじゃん。辛くなるとか、あたしと離れる気満々じゃん。そんなのあんまりじゃん。あたしはもっともっとカイムと一緒にいたいのに……


 『俺って本当に間の悪い男なんだね。お前の前で乱暴なこと、起こしたくないのに』

 「邪魔だったの?」

 『王子様はお姫様の前で手を汚さないだろ』


 茶化したけど、お互いに辛いのは分かってる。そのままギュウギュウ抱きしめられれば、苦しくて背中をとんとん叩いた。冷静になってくれば、外でなんて恥ずかしい真似をしてしまったんだろう。目の前にいる二人は唖然としている。恥ずかしさがピークになってカイムに離れてと言えば、カイムはしぶしぶといった様子で離れてくれた。そのまま黙ってしまったあたし達に2人が近付いて来る。


 「カイム、いい所悪いんだけどよ」

 『ほんっと、間が悪い。なんでだろうな。勝っても負けても、優菜に見られたら後悔するよ。こいつの最期の記憶が人間と同胞斬り殺すシーンなんて最悪すぎるだろ。本当に最悪。ぜーんぶ、お前のせい』

 「お前にも恋人、いたんだな。ごめん」

 『……そんな綺麗なもんじゃないよ』


 それが何を意味しているのかは何となくわかった。カイムは契約した際に言ってたから。自分を地獄に返そうとしている人がいるって、この人たちがそうなんだろう。その人たちに負けた時や自分に目的が出来た場合は消えるって。あたしはそれを承知で契約した。これは仕方ない事なんだ。


 カイムがあたしから離れて二人に近づいて行く。髪の毛にメッシュを入れた男の人が、高校生の子にあーだこーだ指摘して砂場に何かを描いていき、出来上がった円の中にカイムは入る。茫然とその様子を見ていると、メッシュを入れた子が地獄に返すのを手伝ってくれと言ってきた。それに動かないあたしに高校生の子がこっちに振り返った。


 「何か言わなくていいんすか……?これが最後と思いますけど……」


 最後、カイムと話せる最後。ゆっくりとカイムの目の前に近づき、円の中に座り込んでる皆無の前にしゃがみこむ。円は薄い光を放っており、その光がカイムを囲っている。何か喋らなければと思い、口をパクパクと動かすけど声が出ない。そんなあたしをフォローするように高校生の子がカイムに問いかけた。


 「あんたは言わなくていいのか?最後なんだぞ」


 カイムはあたしをじっと見つめて、ゆっくりと口を動かす。


 『言いたい放題言っていいか?聞き流してくれて構わないから』

 「……うん」

 『デートスポットなんか俺以外と行くな』

 「うん」

 『祭りとかも行かないでほしい』

 「うん」

 『絶対に忘れんな。俺の事』

 「分かってるよ」 

 『……好きでいてほしい』


 最後の言葉が悲しくて嬉しくて再び涙が溢れた。折角カイムの口から聞けた言葉。でも別れは目前に迫っている。あたしはカイムの手に袋を無理やり押し付けた。カイムの好きなお菓子ばっかがいっぱい入った袋。大学生が払うにはかなり痛い出費だったんだよ。すごい値段したんだから感謝して。

 カイムはきょとんとしてたけど、餞別とだけ告げれば嬉しそうに笑う。


 『あんがと』

 「……ん」

 『暫くは飾っとく』

 「腐るから早く食べて」


 軽い会話をした後、メッシュを入れた男の人が自分が言った事を続けて言うように促してくる。それに頷いて、つっかえながらも後をついて同じ事を繰り返した。するとカイムの体が透けていく。ああ、本当にカイムは消えてしまうんだ。これで最後。カイムはあたしに言った、忘れないでほしいって……それはあたしも同じ事だ。

 あたしは呪文?を言うのを中断して、再びカイムに近づいた。きょとんとしてるカイムや二人を尻目に、恥ずかしさを押し殺してカイムに告げた。


 「絶対あんたがいなくなった後、かっこいい彼氏作ってやるんだから」

 『何だよそれ。ひでぇ』

 「あんただって多分同じじゃん。あたしのこととか秒で忘れそう」

 『……そうかもな。また地獄で好き勝手やるかもな』

 「だけどね、あたしもあんたに忘れてほしくない。だからあんたにあげんの」


 身を乗り出せば理解できないカイムの顔が映る。こんな言い方じゃわからないか、でもストレートは恥ずかしすぎる。あたしは後ろにいる2人に振り向いた。


 「あの、恥ずかしいんで後ろ向いてもらっていいですか?」

 「はあ?」

 「逃げないからお願いします」

 「いいじゃんシトリー」


 高校生の子が説得すれば、シトリーさんって人は渋々後ろを向く。やっと他の人の視線が無くなって、声は聞こえるとしても大分羞恥は抑えられた。あたしは赤くなる頬を隠す術もなく言い放った。


 「ファーストキスあげるっつってんの!」


 後ろにいる高校生の子の肩が跳ねたのが一瞬視界に入った。でもそれに反応する余裕もない、あたしはただ俯くしかない。きょとんとしてたカイムはクツクツと笑いだす。


 『漫画読みすぎ』

 「うっさい」


 カイムの手があたしの頬に添えられる。

 そのまま恥ずかしくて目を瞑れば、カイムが耳元で囁いた。


 『俺、お前のこと好きだ。俺の世界の中心はお前だ』


 聞き覚えのある言葉だった。こんな臭い台詞普通は言わない。だってそうだろう、カイムが言った言葉はあたしが読んでた漫画の告白の台詞だったから。

 そのまま真っ赤になったあたしにカイムは笑う。


 『顔真っ赤』

 「うっさい!普通にしろ!」

 『お前が漫画みたいな展開を一回でいいから体験したいとか言ってたからじゃねぇか』

 「今はいいの。やっぱ漫画は漫画だから」

 『我侭な奴』


 カイムはまた笑ってあたしに顔を近づける。

 真っ直ぐ見られて、恥ずかしくてギュッと目を閉じたあたしに再びカイムは囁いた。


 『絶対に忘れんな。俺は絶対に忘れない。俺が存在した事も、お前に惚れた事も絶対に忘れんな』


 合わせられた唇は俗に言うレモンの味とかじゃなくて無味で全然甘いものでもすっぱいものでもなかった。でも嬉しかった、それしか分からなかった。唇を離した後、カイムは自分の指につけていたツァボライトの指輪を腰に巻いていたナイフで一部分を小さく削った。宝石ってこんなに簡単に削れるものなんだ。と思いながら見ていると、欠片を手渡される。


 『おら、やる』

 「何これ」

 『いつか会えるおまじないだ』

 「持ってて大丈夫なの?」

 『この程度なら大丈夫だろ。もし再び俺がこの世界に召喚される時はきっと世界が終る時だが、これが導いてくれる。その時、俺は命に変えてもお前を守る事を約束する』


 ギュッと欠片を握りしめれば、カイムはまた笑った。


 『時間とって悪かったな。もういいぜ』


 その言葉に現実に戻されて振り返れば、二人もこっちに振り向いた。


 「……ごめんなカイム。本当に悪い」

 『しつけえよ。ただ、本当に人間と悪魔の恋なんて上手くいかないな。だから、この幕引きでお互いきっと良かったんだ。綺麗な思い出ってことで消化される。これ以上一緒に居たら、きっと俺たちは駄目になってたんだと思う』


 その言葉に泣き出したあたしにカイムは悲しそうな顔で笑った。そうだね、幸せなのは今だけで終わりが確定している関係なんて、長く続けない方がいい。今だって、心臓が張り裂けそうなくらい痛いのに。


 『シトリー、グレモリー様と上手く行ったの?』

 「あーまあ。お前には一番に報告しなくちゃいけないのにな。悪かった……」

 『だろうね。さっき、少しだけ話題出したとき、お前答えたもんな。今までだったら、名前出すのタブーだったのに』

 「カイム、あのさ……」

 『変わらないよ。俺とお前は親友のままだ。何も変わらない』


 その言葉にシトリーさんの纏う空気が柔らかくなったのを感じた。カイムから絶縁宣言されるのではと思ってたのかもしれない。本当にどこまでも優しいんだから。

 軽い言い合いをした後、シトリーさんがあたしに続きを言うように促す。最後の言葉を告げるとカイムが綺麗な光に包まれた。それが眩しくて目を瞑り、目を開けた時にはもうカイムはいなくなっていた。

 終わったんだ。全部……

 カイムがくれた欠片を握りしめると、シトリーさんが声をかけた。


 「大事にしろよ。それ」

 「……はい」

 「よっし終わったな!光太郎、飯食いに行こうぜ。奢ってやる!」

 「昨日もだったのに財布大丈夫なのか?」

 「ガキが金の心配すんじゃねぇ!ちゃんと計算してるよ」


 二人があたしに頭を下げて、公園を出ていく。軽くどつきあいながら歩いて行く姿は兄弟の様だ。

 あたしは欠片を財布の中に入れた。緑色の光がカイムを思い出し、嬉しさと悲しさか分からない涙がただ零れた。


 ***


 「優奈彼氏と別れたの?」


 友人からの集中攻撃にあたしは肩をすくめた。合コンに行くと言ったあたしはすっかり彼氏に振られたと言う事になってるようだ。そんなとこ。と返せば、友人は騒ぎ出す。


 「あんなイケメンをもったいない!」

 「優奈何したのー!?」


 何もしてない。ただ色々あったんだ。でも大丈夫、あの人はちゃんとあたしの事を好きでいてくれたから。何も答えずに立ち上がったあたしの後ろを友達がついて来る。見てろカイム、あんたより格好いい彼氏を見つけてやるんだから。でも今のところは探しても見つけられなさそうだ。だからごめんね、暫くはあんたの事を好きでいさせて。後ろで今度はカイムの事を文句言ってる二人に振り返った。


 「彼氏は悪くないよ」

 「でも優奈を振るとか許せない!」


 本気で怒ってる友達は本当にいい友達だ。

 でも本当にカイムは悪くない。


 「最高の彼氏だったよ。あれ以上のはきっと見つけられないな」


 あたしの言葉に「じゃあ何で別れたの?」と言う疑問に囲まれる。だからそれは色々あったんだってば。

 暫くはできないであろう甘い生活にあたしはまた夢を見る。


 「彼氏が欲しい―――!!!」


 大声で叫べばカイムの事を思い出して胸が締め付けられた。でもやっぱり、カイムに側にいてほしい。それは一生叶わない願いになったけど。カイムが言った漫画の台詞が思い出される。あながち間違いではなかったようだ。


 あたしの生活はカイムが中心だった。


 だから心にこんな大きな穴が開いたんだ。いつかはこの穴を埋めてくれる人が現れるのを期待しておこう。その時に言ってやるんだ。あんたよりもいい人を見つけたって!

 鞄を振りながら歩くあたしを友人が笑いながら追いかけてくる。そのままあたし達は合コンの待ち合わせ場所に向かった。



 世界の中心は君だった。

 我侭な君に振り回されるのは大変だったけど、悪くないと思ってた。



登場人物


カイム…ソロモン72柱序列53位の悪魔。

    かつては一介の天使にすぎなかったが、30の悪霊軍団を指揮する長官にまで上り詰めた叩き上げである。

    つぐみの姿で召喚者の前に現れるが、すぐさま鋭利な剣を手にした美しい人間の姿となる。

    カイムは召喚者にあらゆる鳥類・雄牛・犬等の鳴き声や、海鳴りが意味する事柄を理解させたり、今後発生する事柄を教えたりする。

    また話術が巧みで常に陽気な雰囲気を好み、陰気な空気を嫌う。

    契約石はツァボライトの指輪。

    

優菜…大学2年生。彼氏いない歴を絶賛更新中であり、同時にそれが恥ずかしいと思っている。

   友人に彼氏がいて、からかわれるのが嫌なせいで見栄を張ってしまう。

   


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