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第14話 未来への予知

 「拓也、あたし達あさってに大阪に行くらしいよ」


 セーレと契約して一週間後。澪にそう聞かされた時、俺はついに来てしまったと思った。半分忘れていた甲子園応援の日。クラスの何人かは大阪に行かない者もいたが仲のいい中谷がスタメンで出るとなれば応援せねばならないと、即答で大阪に行くと答えてしまったのだ。

 正直、今の状況を考えると、ストラスと離れるのは少しだけ不安だ。



 14 未来への予知



 「へぇー拓也、あさって大阪ってとこ行くの?いいなぁ」


 ヴォラクが素麺をすすりながら羨ましそうに俺を見上げてくる。今、俺はまたヴォラクのとこにいる。中谷はもう大阪に行ってるし、光太郎も塾の夏期講習があるらしく今日は俺一人だ。ここなら自由にできるので一緒に連れてきたストラスは野菜サラダをつつきながら話しに参加していた。


 「拓也も素麺いる?まだ沢山あるけど」

 「もらうもらう!」


 どうやら素麺はセーレがつくったらしい。セーレは孤児院で子供たちの世話をしていたせいか家事もなかなかのもので、ヴォラクの不規則な生活を見て自分が何とかしなければと思ったらしい。

 改めてみるとやっぱり悪魔って感じには本当に思えないんだよなぁ。というか家事もできてイケメンってどこぞのハイスペック野郎だ。しかも人当たりもよく、この近辺では外人のモデルが越してきたなんておばちゃんたちが話しているのを聞いたくらいだ。

 セーレから器を貰い、素麺をすすっていると、セーレはある程度の片付けを済ませソファに座り、地図帳を広げた。


 「そんなのなんで持ってんだ?」

 「あぁ、書斎の本棚をあさってたら出てきたんだ。拓也これから大阪に行くんだろう?場所と方角を確認しとかなきゃ、もしなにかあった時に駆けつけられないからね。なんだ、あんまりここから離れてないね。これなら昨日のスピードでなら大体五分程度で駆けつけられそうだよ」


 五分ってあんた……簡単に言ってくれるけど、普通に生活してたらまず使わない日本語使ったよ。そんなこと今更言ってもあれなので、とりあえず突っ込みもせずそのまま素麺をすする。ヴォラクが追加の素麺を食べている姿を見ながら、セーレがいてくれて助かると実感する。正直、東京から離れるのが少し怖かったが、いつでも駆けつけてくれるのなら大阪に行っても安心だし、なにより常識人だ。ヴォラクの暴走も止めてくれるし、家事もできるし……完璧じゃん。


 「なあなあ拓也、中谷が野球に出るんだろ!?俺も行きたいよ!」


 ヴォラクは中谷とキャッチボールをしている間に野球に少し興味をもったらしい。今ではある程度のルールも把握して、どこで使い方を覚えたのかは知らないが、プロ野球だってネットで見たりしているようだ。本当に光太郎のこのマンションは何でもそろっている。


 「だめだめ。お前が来たらうるさいし。大体ホテルないし」

 「そんなんセーレに頼めば行ってすぐに帰れるよ!」


 お前な……なんでセーレをお前のタクシーに使うんだよ。俺とヴォラクのやりとりをセーレは苦笑しながらも微笑ましそうに眺めている。


 「でも拓也。いつ何時悪魔に遭遇するかわからないから用心しとくにこしたことはないよ」

 「大丈夫だって。緊急の時はここに電話するから」


 机の上に置かれてある電話をポンポン叩くも、セーレはまだ納得していないのか、曖昧な返事を返してきた。


 「だといいんだけど。俺も携帯とか持てたらいいんだけど……身分証明がいるらしいもんね。できるだけマンションにいるようにするよ」

 『となると拓也。私もここに居たほうがいいのでしょう?』

 「おう、そうしてくれ」


 そうか、俺が家あけとくんだからストラスもこのマンションにいた方が安全だよな。

 別になにも起こらないだろうが、母さんたちにバレたら大変だしな。


 ***


 「忘れ物はない?財布と携帯はちゃんと持ったわね。それさえあればあとは何とかなるから。大阪に行けるからって羽根伸ばさないのよ」


 二日後の朝の七時、俺は荷物を抱えて玄関の前に立っていた。

 父さんは仕事だから、母さんと直哉が二人で見送ってくれるのはいいのだが、母さんの最終確認がしつこく、直哉はひたすらお土産を買って来いとやかましい。そろそろ出ないといけなくなり、話を切り上げて玄関を開けた背中に弟の最後のお土産コールが響いた。


 「兄ちゃん、お土産買ってきてな!」

 「分かった分かったって。行ってきまーす」


 荷物を持ち、学校に向かう。一応総合学習と言うことになっているため、現地集合などではなく、学校に集合しバスで駅まで向かう予定になっている。そのため学校近くのバス停が本日の集合場所になっており、既に到着しているバスに乗り込むと光太郎が席を取っといてくれて手招きしていた。

 クラスメイト達に挨拶しながら、光太郎の隣の席に腰掛ける。


 「席あざす。光太郎」

 「ういー。それより試合って明日じゃん?だから今日大阪に十一時半くらいに着くから、ホテルに荷物置いて昼食とったら、二十二時まで自由に行動していいってよ」

 「マジで!?」

 「おう、だから結構時間あるからUSJに行くって奴らも何人かいるみたい。俺らもどこ行こうか考えとこうぜ」


 支給された大阪のパンフレットを見ながらどこに行くか話し合う。野球の応援は一試合のみのため一泊二日の本日は大阪旅行のようなものだ。一応、自分で出歩くのに自信のない人間は教員が引率するらしいが、門限さえ守ればどこにでも行っていいらしい。時間を伺うと二十二時に部屋に着で二十一時三十分までにホテルのロビーにいる担任に声をかけなければいけないらしい。

 正直大阪に初めて行くから、どこに行きたいかって言われても行きたいところがたくさんある。

 USJは鉄板だし、でも大阪城とか食い倒れ横丁も捨てがたい……一日じゃまわれないよ!


 約三十分ほどでバスは駅に到着し、かなり恥ずかしいけど駅の中で整列した後に諸注意を受け、チケットをもらい、順番に新幹線に乗りこむ。大阪に着くまでは結構時間がかかるから、その間はいろんな話で盛り上がっていた。

 席に着いた俺の隣に光太郎が腰かけ、問いかける。その表情は少しだけ不安そうだ。


 「甲子園の最中にあいつ等に会ったりしないよな……」


 あいつ等……悪魔のことか。

 さすがに一泊二日の間で会うことはないと願いたいが、正直何があるかはわからない。


 「否定はできないけど、大丈夫なんじゃね?何かあればセーレが駆けつけるっつってたし」


 セーレが駆けつける。その返事に光太郎は少し不安がぬぐえたようだ。


 「そうだな、うん。心配しても仕方ないもんな」


 三時間半ほど乗車し、新幹線は新大阪に到着した。


 ***


 「ホテルって思ったより綺麗だな」


 あの後、駅からまたバスに乗り、俺たちはホテルに到着した。ホテルは思ってたよりも全然綺麗で安心する。学校で泊まるホテルって中学の修学旅行の経験からボロいホテルだと思ってたけど、普通のビジネスホテルだった。

 ホテルの部屋割は出席番号順のため光太郎と一緒ではないが、同室の上野は仲のいい奴だったから問題ない。荷物をベッドに放り投げた上野は最低限の荷物のみをリュックに詰め替えながら話しかけてきた。


 「拓也、荷物置いたら十二時十五分に昼食だからもうちょいしたら降りようや」

 「おう、でも結構綺麗でよかったよなー。俺もうちょいオンボロかと思ってたし」

 「それ俺も思ってた!ぶっちゃけ一部屋十人で雑魚寝と思ってたもん!」

 「それ中学の修学旅行じゃん!」


 上野と雑談しながら荷物の整理をして、集合時間になったためホテルのレストランに向かう。昼に関しては食事を提供してもらえることになっており、レストランには美味しそうな食べ物がいっぱい並んでた。

 光太郎の姿を探したが、既に同室の藤森と席について食事をとっており、隣の席も空いていなかったため、別の席にいるとだけ告げて空いている席に腰を下ろすと、同じくらいのタイミングでレストランに入ってきた桜井と立川と言うクラスメイトが側に来た。


 「上野 隆く~ん。お前探したやんけ。藤森もお前も、俺と立川放っといて飯食うなや」

 「お、雄一じゃん。お前園田と飯食うと思った」

 「あいつ彼女とご飯食べる~とか言って消えてったわ。学校行事で女と回る男とは俺は友達になれねえ……!」

 「桜井の奴、自分は彼女優先のくせによく言うぜ」


 上野は元々桜井、立川、藤森の四人でつるんでおり、俺と光太郎もそこそこ仲がいいため、空いている隣の席に二人が腰かけ、四人で食べるような形になった。

 席を確保し、バイキング形式のため食事をとりに移動する。


 「うおーバイキング!ホテルって感じだな〜」

 「すっげー……十三時までは好きに食べていいんだよな?」

 「おう、十三時から自由に歩き回っていいからな。ココに入れるのはそれまで」

 「よーし食うぞ――!」

 「俺も!!」


 俺と上野は皿を持って早速、食べ物を取りにかかった。スパゲッティにハンバーグ、チキンにサラダ、コーンスープにパンにカレー。

 正直、結構取ってしまったと思うが、男子高校生なら普通の量のはずだよな。うん。上野達も同じくらいとってるし。

 食事をとりながら、何気ない会話をすると、大体がこれからどうするかと言った話になり、上野達のスケジュールを聞くことにした。


 「そう言えば上野はこれからどこ行くん?」


 ハムスターかと突っ込みたくなるほど頬を膨らまして大きな唐揚げを一口で食べていた上野は話せる状態ではなく、ケーキを食べている立川がフォローに入った。

 上野は急いで唐揚げを飲み込もうとしているが、無理するなと伝えると頷いて食べることに再び集中している。


 「道頓堀だよ。食い倒れ横丁」

 「お前らてっきりUSJか梅田に行くかと思ってたし。しかもここでそんなに食ってさらに食い倒れんのかよ」

 「高校男児の胃袋舐めんなよ。梅田〜?そんなとこ行って何すんの。USJならともかく……お前はどこ行くんだ?」

 「一応梅田のつもりだったんだけど」


 そんなとことか言われたら行きにくいんですけど。たしかに梅田で何したいか聞かれても、正直何もないかもしれない。

 そんな俺に唐揚げを飲み込んだ上野はもう一つの唐揚げを箸で突き刺し、俺にくぎを刺してきた。


 「お前なー買い物なんか渋谷でもなんでも行きゃできんだろー?わざわざ梅田で何を買うってんだよ?金もねーくせに。モールやアウトレットなら東京にも沢山あんだろが。それより大阪にしかないものを見に行ったり食ったりする方が絶対楽しいじゃん?」


 確かに言われてみればそうだな。

 HEPに行ってみたかったけど、そんなん原宿にでも行けば同じ店ありそうだしなぁ。


 「じゃあ他の奴はどこに行くんかな?」


 タイミングが悪く再び唐揚げを放り込んでいた上野は再びログアウトし、桜井と立川がそうだなぁ……とお互いに情報共有を始めた。


 「園田は彼女と清水寺行くとか言ってたけど、京都って結構大阪に近いらしいぞ」

 「あーバスの中で霧立が神戸に行くって言ってたなー。神戸にも三十分くらいで着くんだと」


 結構皆いろんな所に行くみたいだ。


 「でもやっぱ一番多いのはUSJだろうなぁ。山田達も行くっつってたし……あと通天閣とか海遊館とかに行くってやつも結構いたな。後はお前と同じ梅田とか、俺たちと同じ道頓堀とか、お笑いのショー見るって奴もいた。そういや大阪城見る奴もいたなぁ」

 「みんな結構考えてんだな」

 「俺らも大阪から出るって発想なかったわ。でもこの制服で行かなきゃいけないってーのはウゼーよなー」


 そう、今回は旅行じゃなくて一応総合学習ってことになってる。だからちゃんと自由行動の時も制服を着てなきゃいけないわけ、マジ嫌だ……でも俺も他のとこに行きたくなったな。光太郎に頼んで変えてもらおっかなー。光太郎は大阪何回も行ったことあるから、どこでもいいと投げやりだったし、俺の希望に付き合うと言ってくれていた。


 ***


 「そういうわけ、やっぱ梅田やめようぜ」


 十三時、ロビーに集合した俺は光太郎に梅田はやめて違うところに行こうと提案した。それに関しては光太郎は別にどうでもいいらしく、すぐにOKを出してくれた。


 「別にいいけど。拓也、他に行きたいとこあんの?」

 「え?うーん……実はUSJに」

 「あ、拓也」


 この声……この鈴のような声は!

 澪は同じクラスの友達、たしか橘裕香だっけ?と一緒にこっちに歩いてきた。


 「澪!」

 「拓也これからどこ行くの?」

 「え?あー……そのまだ決まってなくて。澪は?USJか?」

 「心斎橋だよー。占いしに行くの」


 占い?ていうか心斎橋ってどこ?

 首をかしげている俺をよそに澪は友達に目をやった。


 「この子、すごい占い好きでね。心斎橋に有名な占い師さんがいるからって。結構テレビとかに出てるみたいで当たるって評判だったんだけど、最近はもっとすごいんだって。もう百発百中なんだって!」


 へぇ、そりゃすごい。でも俺、占い興味ないしー。

 とりあえず澪を見送ろうとした俺を押しのけて、光太郎がまさかの提案をしてきた。


 「それおもしろそうじゃん!なぁ俺らも一緒に行っていい?」


 光太郎!?何勝手に決めてんだ!?占いしにわざわざ行くのかよ!そんなんなら俺はUSJに行きてーんだよ!!

 澪は目をパチクリさせながら友達に了解を求めた。本当に澪は何をしても可愛い。これは惚れたからとかじゃなく、きっと誰が見てもそう思うはずだ。


 「裕香いい?」

 「全然いいよー。大人数で行動した方が楽しいしね!なんばウォークとかもあるし。食い倒れ横丁もあるから心斎橋は楽しいと思うよ!」

 「食い倒れ横丁って道頓堀だろ?心斎橋なの?」


 橘さんと澪は俺の問いかけに少し笑いながら首を振った。


 「確かに道頓堀だけど、心斎橋となんば駅の間にあるんだって。道頓堀は食い倒れ横丁の通りの名前だよ」

 「あ、そうなの?」

 「拓也何も調べてないでしょ~」


 え?俺って今すっげーはずかしい?

 光太郎も笑いをこらえている。いっそ笑ってくれたらいいのに……ていうかなんでもう占い行くこと決定してんだよ!?俺は小声で光太郎の肩をつかみ抗議する。


 「何すんだよー。あぶねーなぁ」

 「なんで道頓堀なんだよ!俺は占いするくらいならUSJに行きたい!」

 「別にいいじゃん。USJなんかいつでも行けるだろ?」


 そう、光太郎は金持ちだ。大阪にも数回行ったことがあるって言ってた。多分USJにも何回も行ってんだろう。でも俺は初めてなんだよ!つーか行ったことのない人間にいつでも行けるとか言うな!いつでも行けないから俺は未だに行ったことねえんだよ!!


 「なんだよーせっかく気ぃ遣ってやったのに」

 「嫌がらせにか!?」

 「馬鹿。松本さんと一緒に回れるチャンスだろー?俺だって金払ってまで占いなんかしたくねえよ」


 なんでお前がそんなことを!?俺言ってないのに!

 慌てて首を振る俺を光太郎は馬鹿だろとでも言う目で見てくる。


 「お前……あんだけ澪ー澪ー言ってて気づかない方がおかしいって。なんで松本さんは気づかないんだろ。こんなに拓也オープンなのに」

 「オープン!?」


 ちゃんと隠してたつもりなのに!

 光太郎は随分前から気づいていたようで溜息をついている。やっべーかなりハズイ、ハズすぎる!次から絶対気をつけよ。でも、光太郎がまさか気を遣ってくれていたなんて……確かに澪と一緒に回れるなんて考えていなかった。澪と一緒、一緒かぁ……なんだよ光太郎の奴たまにはいいことするじゃん!


 「拓也は大丈夫なの?あんまり占いとか興味ないんじゃない?」

 「いや全然あるよ!俺も行く!」


 こうして四人で心斎橋に行くことになった。横で楽しそうに友人と占いについて話している澪の横顔を見てにやけている俺に光太郎が冷めた視線を送っていたことには最後まで気づかなかった。


 ***


 「梅田駅から御堂筋線に乗り換えるんだよ。こっち」


 光太郎、お前詳しいな。

 光太郎にひよこのようについて行き駅の中を歩く様はツアコン光太郎のツアーに参加している一般人状態だ。梅田駅は迷宮のように広く人が多い。これ旗とか作っとくべきだったか?


 「やっぱ梅田すげー」


 渋谷駅も迷宮だけど、ここも同じくらい迷宮で人が多い。阪急百貨店を突っ切っていくと甘い匂いがしてきて食べたくなってくる。でも澪と一緒に歩いてる、見知らぬ土地を……なんかいい。

 一人で妄想しながら光太郎について行き、改札を通りホームに降りる。どっちに乗るかも光太郎は理解しており、橘さんがナビいらずだと感激している。

 平日の昼なのにホームは人でいっぱいなのは、夏休みだからかな?


 「なんやねん。それありえへんわー」

 「ほんまやねん!うちがビックリしたわ」


 関西弁!生で初めて聞いた、ちょっと感動なんだけど!なんやねんとかお笑い芸人しか言わないと思ってたけど……ちゃんと普通の人も使うんだな!

 感動しているうちに心斎橋行きの電車が到着し、扉が開くとわらわらと人が出ていき、同じくらいの人が乗り込み車内はとても混雑しており座れる状況ではなく、俺たちはドア付近を確保して電車が出発するのを待った。


 「そう言えば心斎橋まで何分くらいかかるんだ?」

 「そうだなー……ざっと十分くらいじゃなかったっけな」

 「広瀬君がいてくれて本当によかったー。あたしと裕香だけじゃもっと時間かかってたよ」

 「ね!早く行きたいー楽しみー!」


 橘さんが待ちきれないのか腕をブンブン振っている。ちょ、腕当たるって。

 電車は順に駅に到着していくけど、それにしても皆おりないなぁ。やっぱり心斎橋で降りるんかな?


 「なんばーなんばー」


 うわ!なんか人が一気に降りたぞ!?流されて俺も扉の外に追いやられ、慌てて中に戻る。

 こういう時って途端に不安になっちゃうのが初めて来た人間の性。澪達も少し不安そうな顔をしている。


 「本当に大丈夫なのか?なんばで降りたほうが良かったんじゃないか?」

 「大丈夫だって」


 光太郎が笑って人が降りて空いた席に座った。


 「心斎橋から食い倒れ横丁とか商店街とか歩いてたらなんば駅に着くんだよ。ここで降りた人はなんばから心斎橋まで買い物して心斎橋から電車に乗って帰るんだよ。俺たちはそれの逆から行くってこと」


 なるほど。じゃあ間違ってはないんだな……やっぱり光太郎がいてくれてよかったな。

 心斎橋にはなんばから約二分くらいでついた。地上に出れば商店街が広がっており、沢山の店と人が行き来している。俺たち三人が感動しているなか、光太郎だけが冷静にどうするか聞いてくる。


 「先にここら辺回ってから占いに行く?それともすぐに行くの?」


 橘さんは占いの住所が書かれた紙を光太郎に手渡した。

 

 「ここから近い?」

 「住所まではわかんないんだけどなー」

 「スクショとってるから大丈夫!」


 橘さんが携帯の画面を見せると、覗き込みながら光太郎が自分の携帯で場所を確認している。


 「んー……アメリカ村の奥か。少し入り組んだとこにあるみたい」


 アメリカ村?なんじゃそりゃ大阪なのに。

 もう既に話について行けない。


 「とりあえずまだ先だからこの商店街見ながら行くかー」

 「じゃ、じゃあ俺ここに行きたい!」


 四人でゲーセンや小さい店に入ったり、屋台を見ながら歩く。たこ焼き屋ってこんな至る所にあるんだな!これが大阪か!たこ焼き食いたくなってくるわ!やっべー心斎橋って面白いな!!これなら何回でも来たいし!!


 「あ、ここを曲がったらアメリカ村に着くぞ」

 「この信号渡んのか?」

 「そう」


 俺たちはまたも光太郎にひよこのようについて行き、アメリカ村を突っ切って歩くこと十分、小さな小屋のような建物を見つけた。


 「ここ!ここだよここ!テレビで見たのとおんなじ!!」


 橘さんはきゃーきゃーと飛び跳ね、走って建物に向かっていき、澪が慌ててそれを追いかけた。橘さんって普段からこんな感じで澪を振り回してんだろうなあ……澪って協調性高くて引っ張るよりかは合わせる派だから、引っ張っていく感じの橘さんと一緒にいるのは気楽なんだろう。あの子も、多少強引なところはあるが、いい子っぽいし、いきなり乱入した俺達にも笑って接してくれて、気は遣えるし、案外いいコンビなのかもしれない。

 とりあえず無事に到着したのはいいけど、なんかボロい建物に変な飾りがついてて怖いんだけど。橘さんが早く入りたいとウズウズしており、恐る恐る中に入るとまだ見てもらっているカップルがいた。


 「すみませんが、順番が来るまで外で待ってもらえませんか?」


 俺より少し年下?くらいの男の子が近づいてきて順番待ちだと言われて外で待機する。

 待ってるのは一組だし三十分くらいで終わるだろうか?一時間以上は正直待ちたくない。


 「何見てもらおう!あー迷うー!」


 橘さんはもう既に何を占ってもらうかを考えている。俺は何を見てもらおうかな?恋愛運?勉強運?そう言えば占いって何円なんだ?


 「橘さん、この占いって何円なの?」

 「え?一回三千円からだよー」


 なに!?占いなのに三千円もとるのか!?


 「俺見てるだけにしよっかな……」


 奇遇だな光太郎。俺も今同じこと考えたよ。

 そんなこんなしているうちに先程のカップルが出てきて、待っていた女性二人組が中に呼ばれ、次が俺達になる。その間にも女性二人組が名前を書いて待っているので、有名なのは本当なんだろう。


 「拓也、微妙だったら別行動でもいいよ。結構高いもんね」


 澪が気を遣ってくれるけど、ここまでついてきて別行動って俺たち何のためについてきたんだって感じだし、それはなんというか……


 「見てもらいなって~!絶対当たるから!ほらほらここまで来たんだし―!」


 澪とは違い、橘さんは俺達を逃がしてはくれなさそうだ。ここまで来たんだから、占ってもらうしかない。できるだけ安く終わらせよう。

 雑談をしている間に女性二人組が帰っていき、待ち始めて一時間で俺たちの番が回ってきた。


 「どうぞ、お入りください」


 扉から顔をのぞかせた少年の後について部屋の中に入ると、そこには水晶やらなんやら色々な石が沢山置かれていた。占い師は還暦超えたくらいのおばさん?ばあさん?だった。本当に当たんの?うさんくささ半端ないんだけど。となるとさっきの子供は孫かなんかか?

 椅子に腰掛けるよう促され、話を振られるのを待った。


 「よく来たね。さぁお掛け、あんた達は何を見てほしいんだい?」


 ばあさんに聞かれるや否や橘さんがばあさんに占って欲しいことを真っ先に言っている。


 「あのね、恋愛運と対人関係!あと勉強!」


 そんなに占ってもらうんかい!?

 なんだ、占う内容って一つだけじゃないんだな。じゃあ俺もやってみようかな。


 「ふむ……じゃあまずは名前と生年月日、血液型と星座、後はわかるなら生まれた時間を教えてちょうだい」

 「えっと橘裕香。xx年7月16日のかに座のB型。生まれた時間はわかんないです!」

 「そうか、ではまず恋愛運から行こうか。手相を見せてくれ」


 ばあさんは沢山の本をペラペラめくり、色々計算みたいなことをしていた。

 すげー本格的!でも計算みたいなのって占いになんか関係あるのか?光太郎なんて他人の占いなんか興味なさそうで、内部の装飾品ばっかり見ている。

 紙に何かを書き終え、橘さんの手相を見ながら手相に指をさす。


 「あんた結婚運が綺麗な形だね。ほらここね、ハッキリ線が出てる。二十五歳くらい一回結婚するね。離婚するって出てるけど」

 「えええええ!!??」


 ちょ、離婚するまで言われんの。それ結婚したくなくなるじゃん。


 「恋愛運は残念だけど今はないね。十八~二十一までの間かね。次は対人関係だが、今は良好だ。でもあんたは少し強引な所があるみたいだから、時には相手の意見にもあわせなきゃ痛い目見るかもね」

 「う、当たってる……気をつけます」


 すげー本当にあたるんだ。確かに橘さん気が強そうだし、澪みたいなおっとりな子と気が合うかもな。その後橘さんは勉強運も見てもらった。


 「お前は頭が悪い」

 「え!?」


 ばあさんのあまりにも直球な一言に橘さんは戸惑った。

 ばあさんストレートすぎだろ。笑うのこらえるのにこっちは必死なんですけど。


 「んん……これは救いようがない。勉強しろ」


 橘さんは少しへこんでしまっているようだ。ただの占いなのに。でも占いとは言え、頭の悪さを救いようがないって言われたら俺でもへこむな。


 「だが心の持ちようで事は解決できよう。それにこれはあくまで占いだ。全てが当たるとは限らんからな。さ、次はお嬢ちゃんじゃな」


 いいこと言うな。でも当たらなかったら占いの意味……ある意味保険かけたって思った俺は性格が悪いのかな。橘さんの占いが終わり澪に移る。澪に関してはきっちり聞いとかねば!


 「松本澪。xx年の10月12日で天秤座のO型。生まれた時間は確か朝の九時四十分です」

 「ほう……して何を占って欲しいんだ?」

 「えっと勉強運と、恋愛運と、あとはこれから起こる重大な事……とか分かったりします?」


 恋愛運!それは俺も聞いとかなきゃ!!

 今回一番の収穫になりそうだ。


 「そうか、なら手を出しな。あんたは大変な男に好かれてるようだね。これは、何と言っていいもんか。冷静に、見極めなさい。すべて自分の本心で決めるんだ。周りの意見に流されるな。何を言っても、最後に選択を決められるのは自分自身なんだということを忘れないようにしなさい。それと……相手が分かるのなら、逃げられるなら逃げなさい。その男はあんただけじゃない、周り全てを不幸にする」


 それって俺のこと!?しかも逃げろとか、もし俺ならひどすぎる!

 名前出すなよばあさん!


 「後は出会いの期間はあんたは結構ながいね……今から二十三までだ。結婚は二十八と出ている」

 「二十八……」


 き、期間長いんだ……なんか嫌な予感。それって、なんかさ、俺じゃないって言われてるみたいじゃん!だって、相手俺ならもうすでに出会ってるよね!?


 「勉強は今のままでいれば良好だ。でもあんたは文系の教科のほうが向いてると出てるが、やれば理系の才能もあるから好きな方を選ぶといい。さてこれから起こることだが……」


 なんだ?また黙っちまったぞ?

 ばあさんは顔をあげて澪を見る。その表情は険しく、口元を手で押さえた。


 「あんた、今大変なことに巻き込まれてないかい?」

 「そ、そんなことないと思います」


 澪も俺と同じことを考えたのか慌てて否定した。

 光太郎もびっくりしている。


 「……そうか。今までの常識が覆るような事件が起きると出ているが、まだ何も起こってないのなら気をつけなさい。あと、あんたを好いてる男……とんでもない奴かもしれん。お前の身を滅ぼすほどの……そちらも気をつけとけよ」

 「それは、えっといつ出会ったりするんですか?」

 「そこまではわからん。だが近い将来確実に現れる」


 誰なんだよそれ。まだ現れてないって事は俺じゃないんだよな?

 このばあさん、どこまで見えてるんだ?まさか指輪のことも全部……


 「さて次はお前だな。何が知りたい」


 光太郎は指名されて慌てていた。

 そう言えば光太郎、占う気ないって言ってたもんな。でもここまで来て指名されたらもう終わり、光太郎はしぶしぶ答えた。


 「xx年2月6日のみずがめ座でO型。生まれた時間は確か十九時二十三分っす。そうですね。恋愛運と勉強運、あと健康運とこれから起こることですかね」

 「皆同じことを聞くな」


 あーそうっすね。と適当な返事をしている光太郎にばあさんはおかしそうに笑いながらページをめくった。光太郎の占いも当たったら本物かもしれない。


 「じゃあ手を出しな。ふむ……あんたは結婚運があんま良くないね。もし結婚するのなら相手は結婚運のいい奴じゃないと離婚するよ。恋愛の期間は二十一〜二十五後は三十〜三十二。あんたも結構長いね。結婚は三十六と出ておる」

 「晩婚……」

 「うるせーぞ拓也」

 「そうじゃの。お前は勉強の線が非常にいいな。最終的には人を使う仕事がいいかもな。会社経営とかどうだ?しかしこれからの出来事次第で、そうだな……案外人道支援の仕事も向いているかもしれんな」


 やっぱ光太郎は親父さんの会社継げってことだな。しかし人道支援って何になるんだ?光太郎の会社は別に人材派遣会社とかそういうのではないはずだけど。


 「健康運は四十〜五十の間に何か出ているな……ガンか?」

 「え!?」

 「それは三十からの生活態度によっては出てこん。出ても大事にはならんとも出ている。そこまで不安がることはないと思うな。あとはこれから起こることだが……またか。お前もさっきの嬢ちゃんと同じ結果が出ておる」


 渋い顔をするばあさんを見て、光太郎と澪は気まずそうに顔を見合わせた。このばあさんは本物だ、全部当ててくる。事情を知らない橘さんは不思議そうに首をかしげている。


 「占い来たの間違いだったかもな」


 光太郎のつぶやきに頷く。さすがにこんな展開は予想してなかった。


 「お前の場合は生命の危険もあるぞ。慎重に物事を進めなさい。石橋を何度も叩いて安全を確認して。間違えても周囲に助けてくれる奴がいる間は絶対に自分の判断だけで軽率な行動はするな」

 「……はい」


 光太郎はあいまいに返事をして、これ以上見られたくないと思ったのか手を引っ込めてしまった。

 それを終了とみなしたばあさんが今度は俺に視線を向ける。


 「さてお前は何をみてほしいんだ?」

 「えっと俺は遠慮しときます」


 だって俺まで見られたらなんて言われるか……


 「ここまで来たのにそれはないだろう。早くいいな」

 「いやー……」

 「拓也、これから起こることを聞かなきゃ多分問題ないんじゃね?とりあえずやって見ろよ」


 光太郎が小声で耳打ちをする。とりあえずって……面倒なこと言われたら嫌だし、ぼろくそ言われたら立ち直れないし……


 「じゃあすいません。恋愛運と勉強運と対人関係と金運お願いします」

 「金運って拓也……」


 澪が少し呆れたような目で見てくるけど、聞けるもんは聞いとかなきゃな。


 「なら生年月日と血液型、星座。生まれた時間を教えな」

 「xx年の12月19日でいて座のO型。出生時刻は昼の十五時四分です」

 「なるほど。じゃあ手相を見せてくれ」


 俺は指輪の付いてない右手を差し出すと、ばあさんが渋い顔をしている。


 「おい。手相は左手だ」

 「あれ」


 マジで?だって左は……まぁいっか。指輪のことばあさんが知るわけないし。言われたとおりに左手を出すと、ばあさんの後ろで雑用をしていた少年の顔が一瞬歪んだ。

 それに気づかず、俺はばあさんの話に耳を傾けた。


 「あんたは恋愛運が低いね」

 「はぁ!?」

 「思い立ったら一直線だ。しかもやることも行き過ぎてると出てる。出会いの期間はバラバラだね。17〜20と22〜23、25〜26と出ている」


 へぇ……今は入ってないんだ。


 「勉強運だがあんまよくないね。あんたはどちらかと言えば理系と出ている。だが頑張らなくては理系も駄目になるぞ。あとは対人関係だが……極めて良好だ。特に今、親しい奴とはこれからもずっと交友関係が続くだろう。さて金運だが、よくもないし悪くもないな。あればあるだけ使ってしまう。その為、お金がたまることはないね。でもなぜか困った時には入ってくるから、金には困らなさそうだ。とりあえずこんなところだろう」


 勉強はともかく、対人関係がいいっていうのは有り難い。光太郎達とはずっと交友が続くと言われたようなものだから。お金に関しては、困らないと言われたからいいだろう!

 さて、終わったことだし、お金払って帰るか!そう思いながら、ばあさんに礼を言って引っ込めようとした手が掴まれて止まる。顔をあげると、ばあさんの手伝いをしていた少年が俺の腕を握っていた。


 「待って。この人のこれから起こることを調べていい?」


 何を言い出すガキ!?

 返事ができない俺に少年は近寄り、そして小声でつぶやいた。


 「お前の未来が気になるんだ……継承者」


 今なんて言った。継承者って……まさかこいつ何か知ってんのか?

 少年は視線を俺から離さない。なんなんだこいつ。


 「この人たちもいいって言ってるし、別室使ってもいいよね。俺たちはそっちに行くよ」

 「しかしなぁ……お客さんを巻き込むわけには」

 「大丈夫です。俺もまだ時間あるし」

 「拓也!?」


 光太郎、やっぱビックリしてるな。でもここまで言われたら俺も確かめなくちゃ気が済まない。他に人もいるし、いきなり襲い掛かってくるなんてことは、ないって願いたい。

 内容が内容なのか澪は少しオロオロしていたけど、俺が付き合うと返事をすると橘さんを連れて立ち上がった。


 「澪?」

 「拓也。後で合流しようね。お金ここに置いときます」

 「じゃあ悪いけどこの子の練習に付き合ってくれ。部屋は奥にあるからね」


 澪は頭に?を浮かべている橘さんの引っ張り、三千円を置いて部屋から出て行き、俺と光太郎は少年に連れられ別室に向かった。俺たち以外いない別室に入ると、座れと促され、俺と光太郎は少年を睨みつけながらも少し距離を取って腰かけた。


 「お前、何者なんだ?」


 少年は黙っていたが、一歩足を踏み出した瞬間、室内が光に溢れ、眩しさで目を瞑る。


 「本来の姿に戻らなきゃ俺、力使えないんだ」


 目を開けると、下半身が馬の姿で上半身は冠をつけた王子になった。うわ!いて座のケンタウロスみたいなやつが出てきた!ていうか、こいつ悪魔だったのか!?

 立ち上がって固まる俺たちに相手は危害は加えないと前置きされて手に持っていたロッドを掲げる。

 

 『大声出さないでくれよ。ばあさんに気づかれたらまずいだろ?いっただろ、お前たちのことを知りたいんだ』


 知りたいって……いったい何する気なんだ。とりあえず向こうが危害を加える気はないのは確かなようで、要は占いをしたいみたいなことを言われた。

 とりあえず相手が攻撃してこないことを確認して一度マンションに連絡を入れてみる。数コールの電話で出てくれた相手はセーレだった。


 『もしもし』

 「あ、セーレ!?あのさ、ソロモンの悪魔見つけてさ、名前は知らないんだけど」


 あまりに雑な説明に少年は溜息をついて自分はオロバスだと名を明かしてくれたため、それも付け加える。最初はビックリしていたセーレだったが、オロバスと言う名前を聞いた瞬間、声が安心したように柔らかくなったため、この悪魔は危険な奴と言うわけではなさそうだ。


 「オロバスは危険な悪魔じゃないよ。契約者と親睦を深めたがる悪魔だし、絶対に惑わすこともない。オロバスは地獄ではだれも見向きもしない古城に一人で住んでたんだ。だからその寂しさゆえか他人との交流を望む。害を加える悪魔なんかじゃないよ。オロバスは過去、現在、未来の全てを見透かし、世界創造と神学に対する質疑に真実を答えるんだ。あと、権力と高位の聖職者の地位を召喚者に与えるとも伝えられているね。拓也も気になることを色々聞いてみるといい」


 助けるとか一言も言わずに電話切られた。ちょっとどこにいるとか聞かないのかよ!


 「拓也、セーレはなんて?」

 「悪いやつじゃないから色々聞いてみろって」

 『……お前、本当に契約者なのか?扱いぞんざいすぎないか?』


 相手からそう思われるのなら本当にぞんざいなんだろう。なんだろう泣きたくなってくるわ。

 しかしセーレからOKをもらったオロバスは口元に弧を浮かべる。


 『君は指輪の継承者だろ?俺は君の未来を見たいんだ』


 もうここまで来たらやるしかないわ。危ない奴じゃないんだろ。


 「じゃあ見せてみろってんだ」

 『わかった。座れ』


 半ば喧嘩腰に受けて立つとでも言うように返事をした俺は光太郎と再度椅子に腰掛けた。

 それを確認したオロバスは手に水晶を持ち、何かを念じ始める。


 「なんだ……?」


 目を瞑っているオロバスの眉間にはしわが寄っているが、俺達には何もわからない。何か映像が投影されるわけでもなく、言葉を発する訳でもなく、あっちが一方的に俺たちの未来を盗み見て自己完結しているようにしか見えない。

 十分ほど、その状態が続き、輝いていた水晶がただのガラス球に戻り、オロバスが目を開けた。一体こいつは何がしたかったんだ。


 『お前にこれから助言を与えてやろう。お前にはこれからいくつもの選択肢が与えられる。それによって未来がきっと変わってくるだろう。まずはお前が人類の指導者になるか、悪魔の指導者になるか、だ。詳しくは言えないけど、なんとなく意味が分かった気がする。救いの道は数多ある選択肢から一つのみだ。選択を間違えるな』


 人間の指導者?悪魔の指導者?意味が分からない。なんだってそんな急に大それたことを……その言葉はどんな言葉よりも重く、そして残酷に感じられた。

 体の力が抜け、手の感覚がなくなっているのがわかる。支えるように光太郎が俺の肩を掴むが、何も考えられない。一体これからいくつの選択があるんだ?そして1つでも間違えちゃいけないのか?

オロバスも顔を伏せた。


 『もうお前だけの問題じゃない。お前の選択次第で地球上の全ての生物の生か死かも決まる』


 そんな、そんなことが俺に?すべての生き物が、人間が、俺の選択次第で滅びてしまうかもしれないってことか?半端ないプレッシャーが体を駆け巡る。震えが止まらない。

 意識しなければ呼吸すら忘れそうだ。俺は一体どうしたらいいって言うんだ。冷汗が頬を伝う。それすらも気にしていられない。


 『未来は変えられる。俺はお前が最良の未来を選んでくれることを願っている』


 オロバスはそう言って立ち上がって床に紋を書いた。


 「オロバス?」

 『俺の望みは果たした。継承者に助言をすること、満足だ。お前は俺を地獄に戻さなきゃいけない。だから戻るんだ。三週間程度だったが色んな人間と交流できた。楽しかった。二百年間の孤独を忘れられた』


 オロバスは赤い宝石のついたチョーカーを大事に触った。


 「そのチョーカー」

 『アレキサンドライトのチョーカー。俺の契約石だ。きっとまた近いうちに会うだろうな。最後にもう一つの忠告だ、近い未来、お前を尋ねにある人物が来るだろう。そいつのことを守ってやれ。お前のために全てを投げうってきた奴だ』


 なんの、ことを言っているんだろう。

 オロバスは魔法陣の中に立ち、呪文を唱え、光に包まれ、自ら地獄に帰って行った。その後、戻ってきたばあさんにどう説明しようか迷っていたら、ばあさんのオロバスの記憶は全くなかった。恐らくオロバスが記憶を消去したのだろう。

 全てが終わった後、俺たちは澪達と合流し、食い倒れ横丁やなんばウォークを回り、それなりに楽しく過ごしたが心ここにあらずだ。澪に心配かけまいと普段通りにふるまったが、頭の中はパンパンだった。


 “お前が人類の指導者になるか、悪魔の指導者になるか、だ。詳しくは言えないけど、なんとなく意味が分かった気がする。救いの道は数多ある選択肢から一つのみだ。選択を間違えるな。”



 選択を間違えるなって……どうやって?やろうと思ってできるものなのか?

 自分なんかに人間や生き物全ての命がかかってるなんて嘘だと信じたい。


 でもその期待は見事に裏切られていくのだろう。


登場人物


オロバス…ソロモン72柱55番目の悪魔。

      20の軍団を持つ王子であり、馬の姿で現れるが、契約者が望めば人間の姿をとる。

      過去、現在、未来を見ることができ、また神学にも詳しい。

      ネクロマンサーとしての能力も持っている。

      契約者と親睦を深めたがる悪魔として有名である。

      契約石はアレキサンドライトのチョーカー。  

 


占いばばぁ…100発100中の命中率を誇る占い師。


立花裕香…澪の親友。タロットや風水など、占い系がとにかく大好き。

      明るく屈託のない性格。

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