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第138話 花一匁

 「へーここが秋田ねぇ」


 あれからパイモン達が帰ってきて話をして、すぐに秋田に行く事になり、決して都会とは言い難い場所を今俺達は歩いている。ここからすぐ先がその幽霊屋敷なんだそうだ。

 元々地元では有名な心霊スポットだったためネットで検索をかければすぐに経路や外観の写真がでてきた。



 138 花一匁



 「……何もおこんねえよな」


 光太郎が確認するように聞いても、誰も返事を返さない事に泣きたくなった。何でそこで沈黙なわけ?嘘でも大丈夫って言おうよ。そんな俺達を察したのかシトリーが後ろを振り返った。


 「お前馬鹿だろ。ちゃんと前にも言ったろ。ネクロマンシーが最大に活性化されるのは夜だって。今回はただの下見だ」


 それを聞いて安心した。まだ心の準備はできてないから。いや、夜になってもできないけどさ。目の前に見えてきた幽霊屋敷と呼ばれる建物はヴィクトリアハウスよりかは小さいが、それでも不気味さの点では負けていない。壊れた門は斜めに倒れかかり、とてもじゃないが正面から入るのは無理そうだ。しかし屋敷を囲う様に塀が建っているので、そこを飛び越えるのも少し面倒くさそうだ。屋敷の前に突っ立って何とか入れる場所を探すけど穴があいてそうな場所はない。


 「どうしよっか。これって入れる系?」

 「塀を登らなければきついですね」


 パイモンが塀をこんこんと叩いて登れるかどうかを確認している。でもいい音が聞こえてるあたり問題はなさそうだ。確かに堀はそんなに高くないし手を伸ばしたら届く高さだけど何だか少し怖いな……辺りに人がいないからさっさとやるんならやってしまいたい。そんな事をもんもんと考えていると、パイモンとシトリーがひょいと塀に登り中に入ってしまった。


 「え!ちょ……!」

 「お前ら早く来いよ。先行くぞ」


 シトリーがそう急かすもんだから俺達も慌てて塀を登り中に入った。予想通り、塀を登って入った屋敷の庭は雑草が生い茂り、大きい木の存在感のでかさから軽いジャングルのような状態のように思えた。そんな中にある幽霊屋敷……ごくりと唾を飲んで一歩一歩近づいて行くと、家の中から笑い声が聞こえた。


 「出た!!」


 思わず声を上げた俺の口をセーレが慌てて手で塞ぎ、フガフガ言ってる俺の横ではシトリーにしがみついてブルブル震えてる光太郎がいた。シトリーは呆れて光太郎に軽いげんこつをかましている。


 「昼間は出ねえっつってんじゃねぇか。おめえ耳ついてんのか?」

 「ついてますけど何か?」


 いつもなら反論する光太郎もシトリーの馬鹿にした言葉に反論する気力がない。そんな光太郎を見てシトリーはにやりと笑った。


 「あ!人影!!」

 「ぎゃああぁぁあ!!」


 更に俺よりでかい声をあげて光太郎がシトリーにしがみつく力を強くし、それを見たシトリーは大爆笑。かく言う俺もセーレが俺の口を塞いでたから大声は出さなかったけど、一応ちゃんと悲鳴はあげた。しかしそんなシトリーの様子をパイモンが鬼のような形相で睨みつけた。


 「黙れシトリー」

 「……すみません」


 幽霊は平気でもパイモンは怖いらしい。シトリーは顔を真っ青にしてパイモンに平謝りし、なんとなく和やかな空気に呼吸を整えることができた。


 『全く……貴方が来るとペースが乱れますよ』

 「うっせえなぁーだって怖がる奴って脅かしたくなんだろー?」

 「鬼畜!悪魔!!」

 「悪魔だもーん。泣き虫光太郎ちゃーん」


 光太郎が半泣き状態でゲシゲシとシトリーを蹴りつけ罵声を浴びせたが、本人は何食わぬ顔だ。仲がいいんだか悪いんだか。

 そのまま光太郎をズルズル引きずってパイモンの後をついて行った。


 「……ふが」

 「ごめん、そういやまだ塞いでたな」


 セーレが俺の口からパッと手を離し、やっと自由に息をする事が出来て少しだけ安心した。そのまま入り口のドアを調べているパイモン達の後をセーレにしがみついてついて行く。


 「扉が壊れているな。だが人一人が入るスペースはありそうだ」

 『しかし先ほどの声はなんだったのでしょうね。子どもの、男の声でしたが』

 「さあな。どこかの誰かのせいで完全に俺達の存在が気付かれてしまったからな」

 「すいませんねぇー」


 パイモンがギロリとシトリーを睨みつければ形勢逆転。今度はシトリーが光太郎の後ろに隠れこんだ。そんなシトリーをパイモンは暫く睨んだ後、扉の隙間の穴から屋敷に入って行った。ストラスもその後を続いて中に入り、シトリーが嫌がる光太郎を無理やり押し込んでその後に続いた。


 「さ、俺達も行こうか」


 セーレにグイグイ腕を引っ張られ、抵抗空しく俺は引きずられるまま屋敷の中に放り込まれた。


 ***


 屋敷の中は予想通り物が乱雑に散らかり、埃なども溜まって息をするたびに埃が入って少し息苦しい。マスクつけてくればよかった……でもさっき聞こえた声は全くと言っていいほど聞こえない。シーンと静まり返った屋敷の中をパイモンとストラスは何かを探しているようだ。


 『パイモンわかりますか?』

 「馬鹿のせいで隠れてしまったようだ。だが、隠れるのが随分下手だな」


 それはつまりやっぱりここに何か居るってことなんですか?光太郎が出たい出たいと愚図っているのをシトリーがどついて黙らせている。あれはかなり痛そうだ。

 パイモン達は探す気なのか、屋敷の中を歩いて行ってしまった。幸い屋敷は広くなく、昼間なのも相まってヴィクトリアハウスほどの不気味さは今のところ感じない。そんな中、一つの部屋に辿り着いたパイモン達はその部屋の中にズンズン入っていく。


 「何をしているお前」


 パイモンの呆れた声が室内に聞こえてセーレの後ろから顔を覗かせると、破れたカーテンに包まった中学生くらいの男子が箪笥の後ろに隠れていたが、パイモンの声に身体を震わせた。何で隠れてたのかは知らないけど、俺達を見て嫌そうな表情を浮かべるあたり喜ばしい状況じゃないみたいだ。パイモンはそんな男子の腕を引っ張って立ち上がらせ、こっちに連れていく。


 「主、さっきの笑い声の原因は恐らくこれですね」

 「これって……」


 確かにさっき聞こえた声は低い声だったから男なんだろうけど、笑うって事は他にも誰かいるはずだろ?悪魔ではなさそうだけど、もしかして契約者なのか?でもパイモン達の反応は落ち着いており、ストラスもフクロウの真似事のままでしゃべる気配はないから、まだこの子が契約者だって断定できないんだろう。

 俺達の前に居るのは男子一人のみで、それ以外の人間なんてどこにも居ない。


 「一人で笑ってたのか?こんなとこで……」

 「そんたら訳ねーべ!馬鹿さしとんか!?」


 少し引き気味になって呟けば、男子は羞恥からか顔を真っ赤にして俺に食ってかかった。方言で怒鳴られて思わずビビってしまった。だってなんか方言って標準語よりかなり言葉が乱暴な感じじゃない!?

 男子はワーワー喚き散らし、それを見たパイモンが頭を抱えた。


 「じゃあなぜ笑い声が聞こえるんだ。一人じゃないのなら共犯者を出せ。今すぐに」

 「そごさいんだろ」


 男子は俺の方を見つめている。は?辺りを見てみるけど人なんていない。

 首をかしげていると、シトリーとセーレが俺と光太郎の腕を引っ張ってその場から引きずっていく。


 「え、ちょ……何?」

 「……お化け」


 全身から血の気が引いて行く。お化けって……お化けって!見えないんだけど!どこどこ!?どうやら俺と光太郎は見えないけど、セーレ達には見えるようだ。やっぱ悪魔だからかな?どんなお化けか聞けば着物を着た女の子と言われる。そういえばさっきセーレが調べてた時、着物を着た女の子が出るって言ってたよな。あれマジなんだ。


 見えない物ほど怖い物はない。俺はセーレにしがみついて状況を見守るしかない。パイモン達はそのお化けなのか?と何やら話してる感じだ。目線が明らかにおかしな方向いてんだもん。絶対にお化けと話してる。そして暫く話した後、何かを考え込んだ。


 「パイモン?」

 「やはりこの場所には何かがいるようですね。彼女もその存在は感じ取ってます」

 「え、そのお化けの子は悪い奴じゃないの?」

 「いえ、私たちに対して好意的です。少なくともこちらに危害を加える気もないみたいです」


 よくわかんねえけど……助かった!

 でも首をかしげて話を聞いていた時、後ろの扉が急にしまった。


 「あれ?風か?」


 不思議に思った光太郎が扉を引っ張るけど、扉が開く事はない。明らかに人為的な力が働いたのは間違いなく、その状況に俺達は顔を青ざめさせる。


 「何が、起こってんだよ……」

 『マサカ継承者ノ方カラ来テイタダケルトハ光栄ダ』


 背筋に寒気が走る。声が聞こえた場所にはさっきまでいなかった奴の存在、悪魔が姿を現していた。完全に度肝を抜かれている俺達を見て悪魔はニヤリと笑みを浮かべ、手を伸ばした瞬間、さっきまで黙っていた男子が悲鳴じみた声を上げた。


 「カンナ!!」


 カンナ?人の名前が呼ばれたが俺と光太郎にはそれがわからない。

 でも必死で手を伸ばそうとする男子をパイモンが押さえつけた。


 「放せ!カンナが、カンナが!」

 「お前、その様子だと契約者ではないようだな。ならば一旦引くぞ」


 パイモンが冷静に告げ、どこにそんな力があるか分からないが男子を軽々と片手で持ち上げ、シトリーとセーレが扉を壊しにかかった。


 ***


 譲介side ―


 何がどうなってるんだ、今日もいつも通り幽霊屋敷に行ってカンナと話してた。そこまでは良かった、いつも通りだった。それなのに冷やかしなのかは知らないが、標準語を喋る奴らが幽霊屋敷に入ってきてから事態は一変した。そいつらの中の数名はカンナが見えるようで、そしてカンナが前に言っていた「この屋敷に誰かがいる」それが現実のものになってしまった。

 

 この世の物と思えない化け物がいきなり現れて出てきたんだ。最初はまた俺にしか見えてないと思ったら、カンナを見えない奴らが化け物が見えていると言う事実に驚いた。


 じゃあこいつは幽霊じゃないのか?


 そんな考えも束の間。化け物はあろうことかカンナをその手に捕まえた。必死に化け物の手から逃げようとするカンナ。泣き叫んで俺の名前を呼んでいる。


 『譲介!譲介!!』

 「カンナ!」


 助けようと思って化け物に飛びかかろうとすると、女のような男が俺を掴んで行かせまいとする。

 放せ!このままだとカンナがあの化け物に!

 

 苦しそうなカンナを見て涙が出そうになる。昔から霊感が強いだけで化け物扱い。友達もできない。ある事ない事を噂されて気味悪がられて……両親も俺がクラスメイトから化け物の親と陰口を言われてたのを見た事がある。そんな最悪な生活だった。幽霊なんて見えるせいでいい事なんて一つもなかった。でもカンナだけは違った、カンナだけは違う。カンナは特別なのに!!

 

 涙でグジャグジャになった顔を気にせず、カンナに手を伸ばすけど届かない。


 「放せ!カンナが、カンナが!」

 「お前、その様子だと契約者ではないようだな。ならば一旦引くぞ」


 契約者?引く?冗談だろ?カンナを見捨てるって言うのか?

 他の奴らが一斉に扉をぶち壊そうとしてる。冗談じゃない。こんなの認めるか!


 「ふざけんな!おろせ!!」


 そう喚いても奴の力は変わらない。

 カンナ!カンナ!!

 カンナはぐったりとしており、でも俺を見て薄くほほ笑んだ。


 『譲、介……おい、譲介の事……』


 化け物がカンナの頭に向かって顔を近づけ口を開ける。それと同時にドアが壊されて通路を確保したのか、あいつらが一斉に部屋の外に逃げていく。もちろん担がれてる俺も同じ。


 「カンナ!!」


 ゴリッと言う不気味な音とカンナの悲鳴だけが聞こえた。でもカンナの姿が見えない状態じゃよくわからない。ただわかるのはカンナは間違いなく化け物に殺されたと言う事。幽霊に殺されるなんてあるのか分からないけど、カンナは殺された。それだけは理解できた。


 そのまま幽霊屋敷から離れた公園まで連れていかれて俺は地面に降ろされた。

 俺をかついでいた奴は一息ついて幽霊屋敷を睨みつける。


 「やはり悪魔だったか」


 悪魔?何を訳の分からない事を、悪魔なんて存在するはずがないのに。でも目の前の奴らは真顔で悪魔の事を話し合っている。契約石がどうとか魂がどうとか……まあ、幽霊がいるんだ。悪魔だっているんだろうよ。初めて見たけどな。

 でもよ、そんなのどうでもいいんだよ。何で邪魔をしたんだ。何でカンナを助けようとさせてくれなかったんだ。何で余計な事をしてくれたんだ。そのお陰で俺は……!


 「ざけんな……」


 思わず漏れた言葉にあいつらは俺に視線を送る。

 その視線を感じ取って俺は声を荒げた。


 「ふざけんな!全部おめらのせいだべ!おめらがカンナを見殺しにした!おめらが邪魔すっから!!」

 「お前、なぜ死者にこだわる?頭が湧いているとしか言いようがない」


 そうピシャリと冷たい声で言われれば、確かにその通りだと思わざるを得ない。普通は幽霊なんて恐怖の対象で、幽霊がいなくなったことに声を荒げる奴なんていないだろう。でも、俺にとっては、誰よりも大切な子だったんだ。お前らに俺の気持ちが分かるはずがない!!

 こんなのあんまりじゃないか!

 泣き崩れる俺を見て、男女は俺の肩を掴んだ。


 「とりあえずこの事は誰にも言うな。どうせ口外したところで誰も信じはしない。お前は頭がおかしいと言われて終わりだ。そしてあそこにはもう近づくな」


 それだけを告げると、さっさと立ち去っていく。

 何だよ。言い逃げかよ……何だよそれは!!

 でも声が出ない。涙が止まらない。そのまま俺はベンチに腰掛けて泣いた。公園で遊んでる子どもたちが俺を眺めてきたけど、それさえ気に留めずに泣いた。


 もうカンナは居ない!居なくなってしまったんだ!また俺は地獄のような生活に戻ってしまうんだ!

 カンナといる時だけが安らげたのに!自分が化け物じゃないと感じられていたのに!!


 「絶対……絶対に許さん」


 悪魔だか何だか知らねえけど、許すわけにはいかない。あいつらは屋敷には近づくな。そう言ったけどそんな事を聞いてられるか。どこまでも地の果てまでも地獄までも追いかけてあの化け物を殺してやる。


 俺の大切なカンナを奪っていったあいつを……


 いつの間にか涙は引っ込み、歯をギリギリ音を立てて食いしばっていた。強く握りすぎた手は爪が食い込み痛みが走ったが、それでも力を緩める気にはならなかった。あの化け物をボコボコにしてやる。思考は完全にそっちに向かっている。


 公園ではさっきまでの光景が嘘のように子どもたちが何食わぬ顔で遊んでいる。

 手を繋いで楽しそうに「花一匁」をしている。

 ああ、そう言えばカンナに花一匁の話をしたんだっけ?


 花一匁。今では遊びの一種だが、本来の意味は悲しい悲しい物語。カンナに教えてから意味を調べたことで知った悲しい物語。それは人売りの歌だった。自分の子供を花を一本買う値段……一匁で手放さす事を悲しむ親と、たった一匁で奴隷を手に入れれる事に喜ぶ大名の歌。


 カンナは人身販売で大名に売られて奴隷のように扱われて殺された。犯されて弄られて飯も貰えずに働かさせられてばっかりで……その悲しみと憎しみからカンナは自分を買い取った男の死ぬ姿を見たさ余りに自縛霊になってあの場所に居続けた。しかしそれから成仏出来なくなって、ずっとずっと一人で生きてきた。悲しい悲しいカンナ……悲しい悲しい歌。そんなカンナの為にあるような歌、花一匁。


 子どもたちは一人の子供を自分の陣に引き入れることに成功して喜んでいる奴と、自分の仲間を一人失った事に悔んでいる奴がいる。

 

 そしてまた歌が始まる。その歌を聴いている内に思わず俺も口ずさんでしまった。


 勝って嬉しい花一匁

 負けて悔しい花一匁



 “あの子が欲しい”



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