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第137話 霊感少年

 『主、もっと腰を落としてください!その体勢では力は入れられませんよ!』


 パイモンの怒声に若干ビビりながらも言われた通りに剣を奮う。アンドラスが喧嘩を売ってきて三日経ち、俺はその間パイモンにみっちりしごかれていた。



 137 霊感少年



 ぜえぜえ息を切らして座り込んでギブアップするように首を横に振れば、パイモンは剣をしまった。もう自分の身体じゃないみたいだ。まったく動かせないし、手の握力もなくなってきている。

 きつい、きつすぎる。パイモンの稽古もスパルタ度が上がってるし……マジで下手したらそのうち稽古中に死んじゃうんじゃないかなってくらいきつい。そのまま座り込んで、身体全体で息をする。

 

 『主、大丈夫ですか?』

 「あんまり」


 何とかその一言だけ告げて、再び呼吸をする事に集中する。こんなに稽古をされたらこっちの体が持たないよ……それにしてもアンドラスはいつ来るつもりなんだろうか。今日が六月二十一日だから七月まであと九日間しかない。大体七月中っつーからタチが悪い、七月初めにくるのと終わりにくるのは大きな違いだ。


 できれば最後の方に来てほしいなーなんて……いや来てほしくないんだけど。でも何だかんだできっとパイモン達助けてくれると思うし。完全に当てにしてるけどしょうがないよな。


 座り込んで動く気配のない俺にパイモンは溜め息をついた。溜め息をつかれても実際俺かなり頑張ってんのよ?魔法の詠唱だって頑張って風の魔法なら八秒台で定着したし、その他のだって九秒台になったんだから。一秒の差だけど、一秒縮めるのにどんだけ頭痛と戦ったか……


 とりあえず、その場に座り続けるのもケツが痛いので休憩がてらに空間を出た。


 出た先にはパソコンを使って悪魔の情報を探しているセーレとストラス、そしてテレビを見てるシトリーとヴォラクとヴアルがいた。テレビでは今日やる予定らしい心霊プロファイルと言うホラー番組の見どころを紹介してた。夏の定番番組だな、俺は怖くて見ないけど。見た日には直哉とガクガク震えながら一緒に寝る羽目になってしまうから。


 ヴォラク達は心霊写真の一部が公開されてるらしい、それを見て笑ってる。笑い事じゃねえだろ。これを笑っちまう辺りがお前ら悪魔なんだよ。心の中で突っ込みを入れてソファに深く身を預けた。そんな俺を後から空間を出てきたパイモンがまた困ったように見つめている。テレビに映っているのは秋田県の幽霊屋敷、今回の番組のメインだそうだ。


 ***


 「あー疲れたー」


 稽古が終って家に帰った俺は真っ先にベッドに横になった。

 もうすぐ夕飯だ。それまでこのままゴロゴロして置こう、そう思っていたのにぃー……


 「直哉重い」


 直哉が俺の上にグデーっと乗っかっているのだ。いくら夕飯まで暇だからって兄ちゃんの上に乗らないでくれよぉ~。でも直哉はケタケタ笑って、あろうことか俺の上で寝がえりを打つ。


 「ぐえ」

 「兄ちゃんが潰れた」


 お前が潰してんだろうが!

 ムカついたから体勢を変えて直哉を潰してやる。勿論全体重はかけないで。すると下から呻き声が聞こえて身体をずらした。


 「兄ちゃん重いんだよーデブ」

 「本気で潰すぞお前」


 なんて失礼な事を言う弟に育ったもんだ。言っとくけど俺の体型は標準だ標準!BMIだって全然普通の数値なのに何でデブ扱いを受けるんだ!未だにブタブタ言う直哉を全体重で潰してやれば「ぐえ~」と言う潰れた声を出す。


 ざまあみろ、言っとくけど俺はデブじゃない。高校生の平均的な体重なんだ。直哉とはしゃいでいる俺達にストラスが夕飯が出来たと声をかけてきたので、俺は直哉の上から体を起こしリビングに向かう。


 テーブルに置かれた料理の側ではストラスが今日あるって宣伝してた心霊番組を眺めていた。何てもんを見てんだよ。てめえ終いには抱きしめて眠るぞ。チャンネルを変えようと伸ばした俺の手をストラスは尖った口先で突いて反撃してきた。


 「って!何すんだよ!」

 『私が先にテレビをつけたのです。チャンネルの権限は私ですよ』


 何だそのルールは!?ちゃっかりテレビ占拠してるし!


 「母さん何とか言ってよ!飯の時にこんな心霊番組見る気なんだぜこいつ!」

 「あらー別に母さん霊なんて信じないから何でもいいわよ」


 信じないって……悪魔が目の前にいるんだし幽霊だって存在するに決まってんじゃん!生の幽霊とか見たくないじゃん!

 しかし映し出された映像は着々と話を進めていく。テレビには古びた屋敷が映されていて、夜中なのも相まって不気味な静けさを醸し出している。監視カメラをセットして状況を見守っていると、こけしが突然倒れたりと俺と直哉はヒヤヒヤだ。飯なんて手がつかない。そしてその屋敷の幽霊の正体であろう人物の話をしており、ストラスはそれを食い入るように睨みつけている。


 「ストラス?」

 『拓也、吉報です。これはネクロマンシーですよ』


 何だって!?全然吉報じゃねぇし!じゃあまたこれも悪魔の仕業って事なのか!?冗談じゃねえぞ!

 ストラスの言葉に俺だけじゃない、母さんも直哉も表情を凍らせた。


 『明日マンションに向かいましょう。しかし今回は日本でよかったですねぇ』


 何がいいもんか、全然良くないじゃないか。

 その後は散々だった。テレビのチャンネルは変えられたけど、直哉は怖がるし母さんは心配しっきりだし……結局直哉は幽霊の怖さもあってか俺の側を一日中離れなかった。


 ***


 「やっぱり拓也も知ってたんだ」


 次の日、土曜補講が昼に終わった俺は光太郎と一緒にマンションに向かった。ストラスは既に待機してたけど、マンションに居たのはセーレだけで、俺達が話を聞くと昨日のテレビをどうやらセーレ達も見ていたようだ。

 セーレは飲み物を出した後、パソコンでその屋敷の事を調べだした。


 「確か昨日のテレビで秋田県の熊代って言ってたよね」

 『ええ、地元では有名な心霊スポットのようですが……見つかりそうですか?』

 「テレビに出るくらいだからね。すぐに調べはつくんじゃないか?昨日の番組で行き方も軽く説明してたし」


 言ったとおり、すぐにその屋敷は見つかった。そしてその屋敷の幽霊の詳細も誰かが載せていた。どうやら出るのは着物を着た女の子の幽霊らしい。日本の幽霊ってなんか怖い……着物とかもっと怖い。ヴィクトリアハウスとは違った怖さがある。怖い怖いと言い合う俺達に苦笑いをしながら、セーレはその幽霊の詳細を教えてくれた。


 「出るって噂の子は人身販売で買われた子らしいね」


 人身販売……って人を売るって奴だよな。


 「この屋敷は昔大名の家系の家だったらしいね。その当主に買われた子のようだ。詳しい事は載ってないけど、かなり不遇の扱いを受けたとか…」

 『人身販売はいわば奴隷を買う様な物ですからね。扱いがいい訳ないでしょうが』


 じゃあそれで出ちゃったって事?

 ってかネクロマンシーなんだから、また魂が縛り付けられて悪霊化って事?


 「ストラス、その子悪霊化してんの?」


 光太郎の質問にストラスは首を横に振った。


 『彼女ではありません。しかし悪霊の巣窟になっているのは確かでしょう。恐らく悪魔が棲みついているのだと思います』


 怖いよ~~~!何それ何それ!!でもテレビに出ていた女の子は悪魔とは無関係らしく、彼女の周辺に悪霊が湧いているとかなんとか。幽霊になっても狙われるとかマジで嫌だな。

 ある程度の事を調べたのか、セーレはパソコンを閉じた。


 「パイモン達に言ってからね。話はそれからだよ」


 なんてのんびりしてるんだセーレ。

 あー怖い!着物着た女の子の幽霊なんて怖い!

 一体どんな過去があって幽霊になってるのか、どんな悪魔のせいで縛りつけられてるのやら。


 ***


 ?side ―


 「あいつってたまし(幽霊)見えるって噂の奴だろ? 」

 「んだ。気持ちわりえよなー」


 クラスメイトがそう罵れば、他の奴らも一緒になって俺に文句をつけてくる。その光景は中学校の中ではよくある光景だった。お受験で行ける訳ではない普通の公立中学には小学校と同じ面子がかなりの人数いる。それだけで小学校の噂が一瞬で何も知らない他の学校の生徒の耳にまで知れ渡り、結局は小学校の時と同じ扱いを受ける。


 でももう慣れてしまったその陰口に屈する俺じゃない。それに霊感があるっていうのは嘘じゃないから。少しだけ視線を移動させれば、「目があった!」とか言って騒ぎ出す始末。なんだよ、人を化け物扱いして……


 こんな奴らの相手をするだけ無駄ってものだ。俺は今日も陰口を背中に背負い、学校生活を過ごす。


 教室内ではいろんな会話で盛り上がってるが、そんな中、男子達が心霊プロファイルとか言うテレビの事を興奮しながら話している。毎年放送されてるこの時期恒例のホラー番組。興味のない俺にとっては、その番組のせいで好きなバラエティが潰されていい事なんてあったもんじゃない。でも今年は少し事情が違った。


 「今年、あっこ幽霊屋敷が放送されるらしいぜ!」

 「マジか!あっこやっぱ出るんだなー」


 男子達がそう噂するのは、この秋田県の県北に位置する熊代氏では有名な場所だ。そう言えばカメラを持った奴らがその屋敷に向かったって話を聞いたこともある……だけどその屋敷が有名になるのは好ましくない。だってあそこには……


 「譲介」


 考え込んでいた俺の肩を叩いてきたのは、俺に平気で話しかけてくる数少ない人物。友達の加賀谷修也。いつもクラスでつるんでる奴で更に幼馴染だったりする。容赦なく肩をバシバシ叩き、いつもと同じ他愛もない会話をするこいつを少しだけ呆れた視線で眺めた。


 こいつは馬鹿だ、心でそう思ってる。


 明るいこいつには友達がたくさんいる。俺みたいに気味悪がられる要素は一つもない。それなのにこいつは俺に構ってくる。灰色の俺の世界にある数少ない色を放っているこいつ。親同士も仲がいいから親から俺の話を聞いてるのかな?だから親から俺を頼まれてんのかな?


 この数年間で鍛え上げられてしまったこの性格は人を疑う事しか知らない。そんな気持ちを知ってるのか知らないが、こいつはいつも通り他愛ない話を繰り返す。


 俺に構う ― その行為のせいで何人かの奴がお前まで気持ち悪がり出したのを気づかないはずがない。そこまでして一人の俺に無理に構う事なんてないのに。修也の話を軽く聞き流しながらも、俺の意識は完全にその幽霊屋敷に向けられていた。


 学校帰りに立ち寄った幽霊屋敷と呼ばれる廃墟は相変わらず不気味なオーラを漂わせている。その屋敷を一組のカップルが指さして通り過ぎていったが、中に人はいない。門は壊れていてぐしゃぐしゃになっているお陰で入れないので、いつも通り塀をよじ登って入り屋敷の中に入っていく。


 雑草が生い茂った庭を通り過ぎ、壊れて半開きになっている扉に身体をすべり込ませて中に入った。幽霊屋敷の中は廃れた家具が並んでおり、ゴミのように散らばったそれらを必死でかわしながら先に先に進んでいく。


 ここにいる存在に会いに来出してから何カ月が経つっけ?よくわからないけどいつしかは忘れてしまったな。一軒家にしては少し狭い家の中を目的地まで向かって歩く。その先には着物を着た少女が待っていた。自然と口角が上がり、道路に咲いていた適当な花を摘んだ手を少女の前に差し出した。この子は、鼻が好きだ。


 「やる」


 ズイっと花を差し出せば、あの子は嬉しそうに受け取ろうとする。でもその手が花に、俺の手に触れることはなく、花はそのまま地面に落ちた。それを見てあの子は悲しそうな顔をする。


 『なして触れれん……』


 悲しそうに、辛そうに落ちた花に何度も手を伸ばす。

 だけどそれを掴めることはない。俺はそんなあの子の隣に腰を下ろした。


 「ごめん」

 『なして?譲介悪くないべ』


 綺麗な花だと思って摘んできたのに……結局嫌がらせのようにしかならなかった。もう一度だけ謝ると、あの子は首を横に振った。この平穏もテレビで映されてしまったら、面白半分に屋敷を覗く奴が増えるのだろうか。除霊師とか訳わかんない奴が来て、この子をどこかに連れて行ってしまうんだろうか。


 そんなこと許せない、この子は俺の話を聞くのを楽しみにしてるし俺だってこの子に会うことを楽しみにしている。携帯を見て驚いて、お菓子を見て美味しそうだと言って、全てが新しい物だらけで……そんなこの子が純粋に可愛いと思った。


 「今日面白い歌聞いた」


 そう言えば目を輝かせる。だから俺は今日公園で小学生達が遊んでいた歌を歌って聞かせた。子供が良くしている遊びだ。集団で1人ずつ欲しい人間を指名して、じゃんけんや引っ張り合いなどで取り合うゲーム。花一匁。


 何の歌だと聞かれたけれど意味はわからない。ただ小さい時に数回やった事があるだけ。昔からある遊びのため、もしかしたら彼女も知っているのではないかと思って話題に出したのだ。

 俺がそう言えば、そうなのか……と考え込むあの子が可愛くて仕方がない。

 でも最近あの子は元気がない、だから俺はそれを確かめに今日来たんだ。


 「何かあった?」


 そう聞けば、顔が恐怖で歪む。

 俺は何か悪い事を言ったんだろうか……


 『おいにもわからんが……こご、おい以外にも何かがおる』


 少し訛りの激しい方言から出てきた言葉に目を丸くした。

 そして俺達を眺めている「それ」は俺達を見て笑みを浮かべていた。


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