第136話 2秒先の未来へ
ちっちゃい鳥はアルベルトさんに任せて、俺達は目の前に立ちふさがってるアンドレアルフスを睨みつける。相手はこの場所でも戦う気満々なようだけど、こんな狭い部屋じゃお互い身動きなんて取れなさそうだ。さてどうしたもんか……
136 2秒先の未来へ
パイモンが指を僅かに動かして空間を広げようとするが、その光景を見てアンドレアルフスは声をあげて笑い、鳥たちがギャアギャア騒ぎ出す声が聞こえる。
『妙ナ真似ヲシテミヨ。数百、数千ノ野鳥ガ貴様ヲ食イ殺スゾ』
その言葉に慌ててベランダから外を確認すると、マンションの周りをカラスたちが覆っていた。余りの数の多さに吐き気がしそうだ。これが一斉に襲い掛かってくるとか怖くて想像すらもしたくない。
「ここでやり合う気か?」
『私ハナ』
ちくしょー!どうすりゃいいんだよ!どうしたらこいつを倒せるってんだよ!
ジリジリと近づいて来るアンドレアルフスとは正反対にこちらはジリジリと後退する。これは一回、部屋の外に出た方がいいのか?でもアンドレアルフスが出たら大問題だ。悪魔を外に出す訳には……
少しだけパニックになってしまった俺をストラスは小突く。
『落ち着きなさい。心配いりません、アンドレアルフスは戦闘がそれほど得意ではありません。パイモンとヴォラクが必ず突破口を見出してくれます』
そうは言うけど……実際この状況どうすんの?ストラスだって考えることを放棄して他人任せじゃないか。指輪をじっと見つめるけど大した反応は返ってこない。そんな状況にげんなりしつつ、状況を見守る事にした。以前睨み合ったまま膠着状態が続いている。
『サァドウスル?大人シク継承者ヲ渡シテ逃ゲルカ、野鳥共ニ食イ荒ラサレルカ』
そんなのどっちもお断りに決まってる。でも沢山のカラスが睨みつけてるこの状態では、どっちを選ぶこともできない。パイモンが悪魔の姿に変わり、僅かに剣を抜けば野鳥たちが目を光らせる。こんなに見張られたら動けるわけがない。完全に包囲されてしまった状態だ。
向こうはカレンやアルベルトさんも巻き込もうとしているんだ。どう考えたって俺たちの分が悪いことは分かっている。
「ど、どうすんだよ……」
「んな事言われたって」
俺達の後ろではこんな状況に巻き込まれてしまい怯えているアルベルトさんの姿があった。逃げたくても腰が抜けてしまってるのか、身体がガクガク震えているだけだった。その手にはカレンが大事そうに抱えられている。
そんなアルベルトさんを見て、アンドレアルフスは鼻で笑った。何も知らないのかとでも言うように。
『Waarom ik spreek voor je vriendin?(なぜその女を庇う?)Ze is een contract met mij. U zegt dat u wilt wraak.(元をただせば、その女が私と契約したいと言ってきたのだ。貴様を懲らしめたいとな)』
アンドレアルフスの言葉にアルベルトさんが肩を震わせた。意味が分からずストラスに訳をお願いして、その内容に驚いた。カレンがこの人を傷つけようとしていた?なんで?別にアルベルトさんのことを良く知っているわけではないけど、それでも妹を守ろうとしているいいお兄さんじゃないか。
『Why don't you stick voor haar. (貴様がその女を庇う理由はないだろう)Geef haar aan mij.(その女をこちらに寄こせ)』
カレンはアルベルトさんの手の中で「嫌だ!」とでも言う様に首を振るがアルベルトさんは固まったまま。見かねたセーレがアンドレアルフスに問いかけた。
「彼女をどうするつもりだ」
『何。契約者ガイナイ今、魂ガ必要デネ。ソコラ辺ノ人間ノ魂デモ構ワンガ、契約破棄シタ此奴ニハ相応シイ末路ダト思ッテネ』
食うってのかよ!そんなの許せるわけねえじゃねえか!!はいどうぞって渡すと思ってるのなら馬鹿すぎる。
アンドレアルフスがアルベルトさんにカレンを寄越せと再度忠告する。寄越したら今回は撤退してやる、と。アルベルトさんにカレンを連れて逃げろと言おうとした俺をストラスが止めた。
『待ちなさい拓也。彼に任せてみましょう』
「何で!」
『……貴方には詳しいことは話していませんでしたが、情報を集めている際、彼はかなり不遇の待遇を彼女に受けていたと聞いています。元々二人は血の繋がった兄弟ではありません。従妹です』
「従妹?」
でも、一緒に住んでたくらいなんだから仲がいいんじゃないのか?同じことを思ったのは中谷もで、カレンの家に下宿でもしているのかという問いかけにストラスは首を横に振った。
『彼の両親は数年前に事故死しており、カレンの両親がアルベルトを引き取ったようです。ただ、カレンはそのことについて良く思っていなかったようで、アルベルトを邪険にして消えてほしいと常々悪態をついていたと言う話を聞きました。兄弟仲としてはかなり悪かったようです』
消えてほしいって……アルベルトさんの境遇を考えたら、同情してもいいはずなのに、それを受け入れるどころか、否定していたなんて!
話を聞いた途端にアルベルトさんの手の中に守られているカレンが憎たらしく感じ、この少女の我儘によってどれだけの人間が被害に遭ったんだと憤りすら感じてしまう。
『アンドレアルフス、貴方方の契約条件はどういったものだったのですか?』
ストラスの問いかけにアンドレアルフスはオランダ語で答えを言った。アルベルトさんに分かるように話した内容に、彼の目が丸く開かれた。
『(カレンハアルベルトノ自殺ヲ願ッテ我ト契約シタンダヨ。自分ノ理想ノ人生ガアルベルトガ来タコトニヨッテ経済的ニ不可能ニナッタコトノ腹イセダ。私ノ能力デアル精神ヲ崩壊サセル力ヲアルベルトニ使イ、自死スルカ施設ニ閉ジ込メル事ニヨリ、自分ノ前カラ消エルコトヲ願ッテイタノダヨ)』
なんて、女なんだ……こんな、悪魔と契約してまですることじゃないだろ。ふざけるなよ、家族を失ったアルベルトさんがどんな気持ちで生きてきたか、側にいたこいつが一番分かっていたはずなのに、自殺をするまで追い詰めるつもりだったのか!?
アルベルトさんの手の中のカレンは震えて蹲っているのが答えだ。こいつは、助ける価値のない女だったんだ。
話を聞いたストラスが俺に振り返る。
『分かったでしょう。今回の件は彼女自身に責任はある。状況を見守るのもいいかもしれません』
それで、アルベルトさんがカレンをあいつに渡したらどうするんだよ。そうなったら一貫の終わりだぞ。この女自体は最低な奴だと思うけど、それでも見殺しにはできない。
首をブンブン振る俺にストラスは溜め息をついた。
『心配せずともアルベルトがカレンを渡そうとしたら間に入ります。しかし助けられてばかりではカレンの為にもなりません。カレンの為にもアルベルトが自分の事をどう思っているのか知るのにいい機会です。悪魔が関与したことで、アルベルトの中のカレンへの不満や欺瞞はこれから先も続く。解決法を見つけるタイミングなのかもしれません』
それはそうかもしれないけど……ちゃんと助けに入るんだろうな。
ストラスがそう言うもんだから、俺と中谷は頷き合って見守る事にした。
***
カレンside ―
アンドレアルフスが放った言葉によって、アルベルトは私を怯えた目で見つめる。
遂にばれてしまった……私は最低な人間だ。こんな他人まで巻き込んでクラスの皆を病院送りにして、アルベルトまで傷つけて……これ以上最低な事ってあるだろうか。アンドレアルフスは私の魂が必要だって言ってた。その意味は契約する際に説明を受けたから知ってる。
私は殺されるんだ。
そう思って抵抗するのを止めた。いいや、どうせ元の姿に戻ってもアルベルトは私が最低な人間だって知ってるから。あたしがいなくなったら、ママとパパの家に戻れるもんね。アルベルトの言った言葉が思い出される。
“(優しい両親だった。いつまでも側にいてくれると信じて疑わなかった。でも……目が覚めたら俺は一人ぼっちだった)”
ごめんね、そんなアルベルトを更に一人にしてしまって。駄々をこねて、どんな気持ちかも考えもしないで頭ごなしに否定して、家族じゃないのに馴れ馴れしくするなって言っちゃって。そんな私にも笑いかけてくれて、毎日返事をしないのに挨拶してくれて。
“Ik heb slechts rond voor wat je……(なんで俺だけ生き残っちまったんだ……)”
状況が反対だったら、アルベルトは絶対に私を本当の妹のように可愛がってくれたはず。それなのに私は最低な事ばかり。
アルベルトの手に身体をすりつける、言葉に出せないけどごめんなさいの気持ち。
「Karen?(カレン?)」
アルベルトが私の名前を呼ぶ。その目をじっと見て、小さな声でピィと鳴いた。
“Vaarwel broer.(ばいばいお兄ちゃん)”
私が殺されたらアンドレアルフスは手を引いてくれるはず。そしたらアルベルトもあの人たちもきっと助かる……そう思い、アルベルトの手から抜け出そうと立ち上がって床に降りようとする。けどそんな私をアルベルトは再び手の中に閉じ込めた。
「(……知ってたよ、カレンは俺のことを嫌っていた。気づかない振りをしていたけど、傷つかなかったかって言われたら傷ついてたよ)」
『(ナラバオ前ニトッテモ、カレンハ憎イ存在ダロウ。痛メツケテヤル。コチラヘ寄越セ)』
「Iets anders, die je……(誰が……お前なんかに……)」
アルベルトは小さな声で呟いてアンドレアルフスを睨みつける。その目は見開かれて涙が零れそうなくらい瞳は揺れていて、頬は紅潮し唇が震えるほどの力で歯ぎしりをしている。震える手であたしを抱きかかえながら、アルベルトはアンドレアルフスに真っ向から対立した。
「Ik pas haar niet op!(誰がお前なんかにカレンを渡すかよ!)Ze is mijn zus!(それでも、この子は俺の大切な妹なんだ!俺の、家族だ!!)Don't pass je geest!(お前になんか渡すもんか!)」
その言葉に胸が痛んだ。
まだ私の事を妹と言ってくれるのだろうか。私にその権利があるんだろうか。あんなに酷い事して、それでも命を賭けて守ってくれるの?アルベルトの答えを聞いて、剣を持っていた男は満足そうに微笑んだ。男のくせにヤバいくらい美人で……私はその笑みに一瞬見とれてしまった。
『だ、そうだ。どうするんだアンドレアルフス』
『クダラヌ兄弟愛ダ。己ノ選択ヲ悔イルガイイ』
アンドレアルフスが手を挙げた瞬間、野鳥たちが一気に襲いかかった。窓があいたベランダから大量のカラスが部屋の中に入ってきて、襲いかかる。
「うわあぁぁあ!!」
同い年くらいの男の子二人が悲鳴をあげている。どうしよう、彼らも巻き込んでしまった!
でもそう思った瞬間、何かに噛みつかれてアルベルトの手の中から引き離されてしまった。
***
拓也side ―
何これ怖い!
カラスは俺達を一斉につついて来る。とりあえず目だけはガードしないと!そう思って目を押さえてれば、他の所を突かれてヤバいくらいに痛い!
「いてえ!ちんこ突かれた!」
中谷が泣きそうな声で悲鳴をあげる。ちんこ突かれてんのはお前だけじゃない!機能不能になったらどうしてくれるんだ!この鳥共め!!
パイモンがカラスに囲まれながらも剣でカラスを斬り落としていく。でも室内でカラス殺すって……後片付けどうすんだよー!ってかこの状況どうすんの!?体中突かれてメチャクチャ痛いんですけど!
『くっ……ヴォラク!結界を張れ!』
「そ、そっか!ちょっと待って!」
ヴォラクがカラスに突かれて痛がりながらも、悪魔の姿の代わりアルベルトさんのいる場所から結界を広げる。結界の中に慌てて逃げ込んだ俺と中谷は何とか息をついたが、同じく結界に入ったアルベルトさんの悲鳴にも似た声で振り返る。
「Karen……? Karen!(カレン……?カレン!)」
よく見るとアルベルトさんの腕の中にカレンがいない。どこいったんだ!?
『Ze is hier.(ソイツハココダ)』
アンドレアルフスの声が聞こえて顔を上げると、大量のカラスの中の一匹に咥えられてジタバタしてるカレンの姿があった。
「Karen!(カレン!)」
『Oke een oog. (ヨク見テオケ)De persoon die haar vermoord.(コイツが殺サレル様ヲ)』
「やめろっ!」
アンドレアルフスの言葉にカラスたちが一斉にカレンに襲いかかり、カレンの小さな足と手を掴み、引っ張り合いになっていた。痛みに泣き叫ぶカレンの声が響き、どうしていいかもわからずに結界から飛び出そうとしてしまった。
結界から出ようとすれば、カラスたちが襲いかかろうと目を光らせている。パイモンも手が出せなくて舌打ちをした。アルベルトさんがその光景を見て悲鳴をあげた時……
『Ze wisselen. (ナラバ取引ダ)Als je wilt haar helpen, geef mij een erfgenaam.(助ケタケレバ継承者ト引キ換エダ)』
パイモン達が俺に視線を送る。
え、何?思わず目が点になってる俺にセーレが状況を説明してくれた。
「君と引き換えに彼女を助けるって」
俺と引き換え!?
アルベルトさんは茫然とこの光景を眺めているし、目の前にはピィピィ鳴き続けてるカレンの姿。ガタガタ震える俺に中谷が肩を掴む。
「駄目だからな。絶対に行かせない」
わかってるよ、行ったら駄目な事くらい……でも行かなかったら目の前でカレンが殺される。アルベルトさんからしてみれば自分の妹が目の前でカラスに食われてしまうんだ。そんなの絶対に見たくないはず。でも怖い、行きたくない。でも、でも……!
恐る恐る結界から出た俺にパイモン達が声をあげる。中谷が慌てて俺の腕を掴み、再度結界に戻されて尻餅をついてしまう。さらに中谷は頭を叩いて怒鳴ってきた。
「簡単に犠牲になんかなろうとするな!!お前のその選択で俺達やお前の家族だって一生消えない傷を負うんだぞ!!」
「だけど!!」
そんな俺を見てアンドレアルフスはフッと笑った。
『他人ノ為ニ命ヲ捨テルカ……愚カダナ。継承者、地獄ノ門ヲクグロウゾ』
『相変わらず汚い戦いだなアンドレアルフス。人質と交換なんてよぉ』
また声が聞こえた先には一匹のオオカミに跨った少年がベランダにいた。少年は俺より少し幼いくらいの容貌で、頭に鳥の形をかたどった兜みたいなものをつけていた。その少年を見てアンドレアルフスが忌々しげに呟く。
『……アンドラス』
アンドラス……レラジェ達の仲間の!まさかこいつの加勢に来たってのかよ……そんな馬鹿な話って!
思わず後ずさった俺を余所にアンドレアルフスとアンドラスは睨み合う。しかしアンドラスは援軍というわけではなさそうで、アンドレアルフスを睨み付けている。
『貴様、何ノツモリダ』
『出しゃばるなって言いたいんだよ。ルシファー様に命令を受けているのは俺達だ。まだ地獄に連れていく準備はできていない。それをてめえが邪魔すんな』
なんか言い争ってるし。この状況にアンドレアルフスの部下?のカラスたちも状況を見守っている。しかしその瞬間、アンドラスが一瞬でカラスを切り捨てた。カラスは一瞬で木っ端微塵に切り裂かれ、咥えていたカレンが床に落とされた。
「ピィ!」
アンドラスはカレンを拾うと繁々と眺める。
『こんなしょうもない鳥を盾に使うとは……だせえなぁ。なにこいつ、元人間か?はは、おもしれえ。お前の能力は下らねえけどパーティー向けだな』
『貴様、我ガ力ヲ馬鹿ニスルカ!!』
アンドラスが跨っているオオカミがカレンを食べようと口を開けるが、アンドラスはオオカミの頭を殴ってそれを阻止した。
何だ……この状況は……
『やめろ。はしたねえ』
『貴様、何ヲシテイル……自分ガシテイル事ヲ理解シテイルノカ?』
『おう、してるぜ。分かったうえで、お前に警告をしている。俺たちの邪魔をするな。今すぐ俺の視界から消えろ。そうしたら今回の失策、見逃してやらん事もない』
アンドレアルフスは恐怖からか後ずさるが、アンドラスはゆっくり、ゆっくりとアンドレアルフス追い詰めていく。その表情は面白そうに歪み、ケタケタ笑っている。
『アンドレアルフス、最後の警告だ。手ぇ引けよ。こいつは俺とフォカロルが何とかすっからさ』
『フザケルナッ!私ガルシファー様ニ……』
その言葉を放つ前にアンドレアルフスは真っ二つに切られていた。
『ナッ……』
『お前うぜえ。お前みてえなのいなくても七十二柱に何ら支障はねぇ。そのまま消えろ』
アンドラスはそのまま契約石であろう宝石も、その剣で真っ二つに割った。
その途端、アンドレアルフスの体が消えていく。
「仲間割れ?」
『同胞を斬り殺すなんて……どういう事?あいつらって犬猿の仲だっけ?』
思わず呟いた中谷の言葉にヴォラクは顔を顰めた。アンドレアルフスが消えた瞬間、俺達を睨みつけていたカラスたちが一斉に飛んで消えていき、パイモンが切りつけたカラスたちも砂になって消えていった。残された俺達はただただアンドラスを睨みつける。
『ほらよ。お前らのお姫様だ』
「ピィ!」
アンドラスは乱暴にカレンを俺達に投げつけた。セーレが慌ててキャッチし、それをアルベルトさんに渡す。
でもなんで……
「何で助けてくれたんだ?」
もしかしたらこいつはいい悪魔なのかもしれない。俺達を助けてくれるなんて。
そう思って聞いた俺の言葉にアンドラスはクツクツ笑った。
『助けるぅ?何言ってんだ?ただ単に俺のお仕事の邪魔されちゃたまんねえの』
「仕事?」
『くく……やっと見つけたと思ったら絶体絶命のピンチってやつ?アンドレアルフスごときに何やってんだてめえは』
アンドラスは俺を見て、さも愉快そうに笑う。
『お前、本当にザガンとレラジェ倒したの?アンドレアルフスごときに手も足も出てなかったのに。隣にいる悪魔様たちの力?だとしたら俺のテストは不合格だよお前』
だからなんだと言うんだ。お前にテストされるとか意味わかんねえし。でも、こいつは別に俺たちを助けるためにアンドレアルフスを殺したわけではなさそうだった。
眉を顰めた俺にアンドラスは指を指す。
『継承者、俺とサシで勝負しようぜ』
「はあ!?」
『日にちは……そうだなぁ。今のてめえだと相手にならねえからなぁ……まぁ七月中っつーことにしてやるよ。迎えに行くから首洗って待っとくんだな。なあパイモンちゃん』
『お前……』
アンドラスは言いたい事だけ言って、そのまま消えていき、残された俺達に嫌な空気が漂う。一方的に決闘宣言されて、迎えにまで行くとか言われて、どうすればいいの?相手はレラジェたちの親友だよな。レラジェが俺の家を知っていたんだから、あいつも知っていておかしくない。また、父さんたちを危険な目にあわすのか?
『パイモン、もしかしてアンドラスと連絡とってんの?』
『そんな訳あるか。挑発しやがって……』
「そんなことよりどうしよう。決闘申し込まれちゃったよ」
しかも七月中って……今六月十八日でしょ?七月まで二週間程度しかない。それでサシだって?冗談じゃない。青ざめている俺を見てパイモンは溜め息をついた。言いたい事はわかる、特訓って言いたいんだろ?
七月中はマンションで生活するべきなんだろうか?いや、でもそれだと、あいつが家に押しかけてきたときどうすればいいんだよ。父さんたちが危険な目に遭うだけだ。じゃあパイモンに来てもらう?でも結局学校とかで狙われたらおしまいだし、どうすればいいんだよ!
「ピィ!」
考えている俺たちの横で鳥の悲鳴が聞こえて振り返るとカレンの体が光っていた。
「これって!」
『アンドレアルフスの魔法が切れるのですね。元に戻りますよ』
言葉を言い終わる前にカレンの体が光に包まれ、眩しさのあまり目をつぶった。
その後に見えた光景は裸の女の子がアルベルトさんにのしかかって倒れてる所だった。
「……うそーん」
アルベルトさんも目を白黒させている。そして顔を真っ赤にした女の子の悲鳴が室内にこだました。
どうやらあの鳥はカレンだったようだ。
俺達は慌てて後ろを向き、アルベルトさんが慌てて自分の服をかぶせた。
「……女の子の裸なんて初めて見ちゃったよ」
ぽつりと呟けば顔を真っ赤にさせた中谷も首を縦に振る。
「エロ本で騒ぐ事はあるけど……生は衝撃だな」
「うん」
真っ赤になった顔は隠せそうにない。でも動揺してるのは俺達だけで、パイモン達は割とあっさりしており、不思議そうな中谷がパイモンに話しかける。
「動揺しないな。守備範囲外?」
「お前たちと一緒にするな。いちいち女の体に反応してるからお前は童貞なんだ」
「し、失礼なっ」
パイモン、その言葉は俺の心もえぐったよ。日本語が通じないからこそ本人の前で話せる会話。失礼以外の何物でもない。パイモンの答えが不服だった中谷はセーレにも問いかけるが、セーレは苦笑いをして首を横に振った。
「まぁ守備範囲外って事で……」
ヴォラクに聞けば「グラマラスな奴がいい」とか言い出すし。餓鬼のくせに生意気だ。
着替えが終わったのか、アルベルトさんがたどたどしい口調で俺の名前を呼ぶ。カレンは真っ赤になってアルベルトさんの後ろに隠れてしまっていた。そんなカレンにパイモンが近付いた。
「Het probleem met jullie later.(後はお前達の問題だ)」
目を見開いたカレンがせわしなく、あっちを向いたりこっちを向いたりしてる。
でも観念したのか、顔を俯かせポツリと呟いた。
「Bedankt.(ありがとう)」
カレンの言葉に満足したのかパイモンはこっちに振り向いた。
「帰りましょうか主」
「え?いいの?」
「後は当人達の問題ですよ。アンドレアルフスが倒された今、奴の能力に触れた者も回復しているでしょう」
ふーん、まぁパイモンがそう言うならいいけど。俺達はとりあえずカレンとアルベルトさんに軽く礼をしてアパートを出た。喧嘩中だって聞いてたけど、これを機に仲直りしてくれるといいな ― そう思いながら。
***
カレンside ―
言わなきゃいけない事がある。ごめんなさいとか、酷い事言ってしまったとか、とにかく謝る事は沢山ある。でも実際言う時が来ると、胸がぎゅっと締められて喉がせき止められた感覚に陥り声が出ない。そのまま俯いた私を見て、アルベルトはポンと頭に手を乗せた。何も言わずに撫でてくれるその手が暖かくて優しくて泣いてしまった。
***
学校に行く準備もちゃんとしたし、制服もきちっと着た。学校に行くまで時間は十分にある、ゆっくり朝ご飯が食べれそう。精神病患者が多発って嫌なほど流れてたニュースも違う話題に変わってた。そして机の上にはアルベルトがくれた宝石箱。全然気づかなくて結局アルベルトが直接くれた物。私の大切な宝物。その中にしまってあるネックレスをつけて、鞄を持ってそのままリビングに入る。
「Goedemorgen.(おはよう)」
そこには既にご飯を食べていたアルベルトが私に挨拶をする。
「Goedemorgen.」
笑顔でそう返し、アルベルトの隣に腰かけた。そのままご飯を食べると、アルベルトが跳ねている私の髪の毛を直してくれる。その様子をママは不思議そうだけど、嬉しそうに見ている。
「Ja, we houden van je broer.(急にお兄ちゃんっ子になっちゃって)」
ママが笑いながら私にミルクが入ったコップを手渡してくる。それを受け取って朝ご飯を食べるのを再開した。
あれから泣いて謝った私をアルベルトは何の文句も言わないで許してくれた。そして数週間後にまた家に帰ってきた。飛びついて泣き喚いた私の頭を撫でながら、アルベルトはパパとママに「またお世話になります」と言って頭を下げた。もちろんパパとママは大喜びで我が家にまた家族が戻ってきた。
でも変わったのは私がアルベルトにべったりになった事。挨拶もきちんと返すし、暇さえあればアルベルトの部屋に入り浸ってる。受験で大変そうなアルベルトは勉強の合間を縫って私の相手をしてくれる。それがとても嬉しい。
世界で一番優しい私のお兄ちゃん。
今度は私が世界で一番いい妹になろう。
***
アンドラスside ―
『決闘申し込んだんだって?』
どこから情報を仕入れてきたのか、フォカロルがニヤニヤ笑う。おおよそ使い魔を使って俺を嗅ぎまわらせてたんだろう。
『俺は継承者の力が見てみたい。本当にあいつが俺達の主として相応しいのかをな』
『相応しい相応しくないを決めるのはお前じゃないだろ?』
確かにその通りだが、俺達悪魔はひねくれ者の集団だ。
『悪魔は弱い者の下にはつかない。何かしらに秀でてないとな。自分より弱い奴を俺は主とは認めねえ』
『可哀想に。アンドラスの自己満でアンドレアルフスは殺されちゃってねぇ~』
口調ではそう言いつつもフォカロルはおかしそうだ。
あんなしょうもない奴が主だと認めねぇ。だがあともう少し時間が経てば……
『継承者は指輪を手に入れて時間が経つ。もうそろそろ覚醒してもいい頃合いだ』
『ふんっ……それを見極めるのが俺たちの仕事だろ。全部終わらせてやるよ、フォカロル首洗っとけよ。俺の命令はきついぜ』
『はいはい、できたらね。楽しみにしてるよ。ただ、無理はするなよ、危なくなりそうならすぐに逃げろ。ザガンもレラジェもやられてんだ。深入りはするなよ』
お前が俺の心配とは珍しい。こいつでも弱気になることがあるのかね。レラジェの奴、なにしてっかな。怪我は浅いようだけど多分泣きわめいてるだろうな。ザガンも怪我で大変なのに、あいつのお守りまでしないといけないのは可哀想だ。
『どちらにせよ、あいつが指輪を使えなければ、即刻替え玉に指輪を継承させる。時間はあまり残されてはいない』
登場人物
アンドレアルフス…ソロモン72柱序列65位の悪魔。
30の軍団を指揮する強大な侯爵であり、その姿は騒々しい音をたてる孔雀であるが、召喚者が望めば人の姿でも現れる。
アンドレアルフスを召喚した術者には、幾何学、測量技術、天文学のすべての知識を授けてもらう事が可能である。
しかし彼と接触した召喚者は、彼の発する強力な魔力によって、神経を過度に敏感にさせられる。
ほんのささいな出来事にも恐怖心を煽られ、事によってはノイローゼ等の精神症を引き起こす場合もある。
さらに恐ろしい点として、人を鳥に変える能力があげられる。
契約石はマラカイト(クジャク石)の羽飾り。
カレン…オランダのアムステルダムに住む高校1年生。
1人っ子で甘やかされていたせいか少しわがままで他人の痛みに疎い。
両親を事故で亡くした義理の兄のアルベルトを邪険に扱っていた。
アルベルトを懲らしめるためにアンドレアルフスと契約し、精神病患者を巻き起こした事を考えると、後先考えずに行動するタイプ。




