第135話 ごめんね
あの日、なんで雪なんて降ったんだろう。なんでドライブなんか行ったんだろう。あの事故は……たった数秒間の間に俺の大切な者を全て奪っていってしまった。気がついた時には真っ白の天井しか見えなくて、体中は包帯だらけで、目を覚まして一番に見た父さんと母さんはボロボロだった。
目が覚めたら……俺は一人ぼっちになっていた。
135 ごめんね
『おや拓也、中谷、丁度よかった』
シトリーから悪魔が見つかったって連絡が入って、俺と中谷は学校帰りにマンションに向かった。マンションについた俺の肩にストラスが乗っかってきて、ちょうど悪魔の事を話してたのか皆がリビングのソファに腰かけていた。その一角に中谷と共に腰をおろし、パイモンに話を聞く。
「悪魔、見つかったんだって?」
パイモンは一瞬視線をよこし軽く頭を下げた後、パソコンをこちらによこしてきた。パソコンの画面にはどっかの国のニュースらしい。でも見たことのない文字のため全然読めない。どう見てもこれ英語ですらないぞ。こんな外国語で書かれたホームページ見せられても……
「……俺日本語以外わかんないんだけど」
「ああ、そうでしたね。申し訳ありません……翻訳いたします」
俺に見せていたパソコンの画面をパイモンは自分の元に持って行く。
「オランダの首都アムステルダムでこの三カ月間、精神病患者が多発しているようです」
「精神病?」
あまりにも突発的な事件なだけに何も連想する事が出来ない。大体オランダってどこなんだ、チューリップの国だよな。とにかくもう少し詳しい話を聞かないと何もわからないので、パイモンに続きを求めた。
「はい、アムステルダムでここ三カ月で精神病患者が多発。自殺者もここ数カ月の数値に比べ数倍にも上っています。進学校が精神病患者の多発のせいで学級閉鎖になったとか……日照不足の影響による精神疾患の可能性を専門家は追っているようですが、例年と比較しても天候自体に大きな変化はなく、今のところ原因が解明されていません」
何だか少し怖いんだけど自殺とか……また嫌な感じの悪魔が来たもんだ。相手の精神を操るとか、そういった感じの能力なんだろうか。そんな能力の悪魔いたっけな?
「悪魔ってどんなのか何となくわかってる?」
「あくまで仮定ですがアンドレアルフスと契約を交わしたのかと」
「アンドレアルフス?」
ある程度は特定がついてんのかな?俺の質問にパイモンはちゃんと答えてくれた。舌を噛みそうな名前だな。中谷はそいつの名前を言おうとして、舌を噛んだ。
でもなんかネットで調べたとき、そんな名前の悪魔いたような気がする。順番的に後ろの方だったような。
「孔雀の姿を持った悪魔で奴と契約した者、すなわち契約者に接触した者は神経を過度に研ぎ澄まされ、他人に少し触れられただけでも殺されるかのような恐怖心に煽られます。その結果精神病を引き起こす事件が多々起こるのです」
接触しただけって……じゃあ契約者がその辺うろうろしただけでも精神病患者が出ちゃうって事?何それこわい。顔を見合わせた俺と中谷を見て、パイモンはパソコンを閉じた。
「百聞は一見に如かず。見ていただければ分かると思いますよ」
早速行くってことなのかな?でもオランダの時差自体が分からないんですけど。それでも行くのか?
パイモンはセーレに頼んでる辺り、行く気満々だ。澪と光太郎がいないことからついてこないヴアルとシトリーは各々が好き勝手にしている。とりあえずあっちは朝なんだろうな。そう思いながら俺はベランダに召喚されたジェダイトによじ登った。
***
「やっぱ朝だよねぇー」
オランダのアムステルダムは時差の問題で朝なのか、制服、スーツを着た人がいっぱい歩いている。でも百聞は一見に如かずって言ったけど、見るからに全然変な雰囲気は感じない。どこにでもある都会の風景だ。広い大通りにには車やバスが走り、バス停にはたくさんの生徒が並んでいる。そんな中パイモンは無料配布なのだろうか、紙を一枚手に取り、顔を顰めた。
「パイモン?」
「主、これを」
いや、これをっつったって……オランダ語で書かれた紙を俺が読める訳ないじゃんか。俺の突っ込みを聞いて、パイモンはそうだったという顔をした。どうでもいいとこ抜けてたりするんだよな。
「アムステルダムの高校の一学年が精神病患者の多発により学級閉鎖が起こっています。学級崩壊などは起きておらず、進学率も高い高校です。警察や政府は学校ぐるみの体罰や虐待を疑問視していますが、そのような証拠は上がっておらず教員たちも頭を悩ませているみたいですね」
さっきパイモンが言ってた高校か。学級閉鎖って、そんなに精神病患者が出てくるって事は……
思っていた事は皆にも伝わったんだろうか、皆がそれぞれ顔を合わせる。
「じゃあ、この高校の誰かが契約してる可能性が高いって事?」
俺の問いかけにパイモンは「恐らく」と言って頷いた。やっぱそうだよな、契約者に接触した人が精神疾患になるのなら患者が大量発生している場所に契約者がいるってことだもん。でも下手な行動とって、俺や中谷が精神病にかかっちゃったらどうしよう。もんもんと考えてる俺を後目にパイモン達はその高校に向かって歩いていく。
「ちょ、平気なのかよ」
「主達は極力他人に接触するのは伏せてください。触れなければ大丈夫です」
つまり、俺達にも精神疾患になるリスクがあると。その言葉に俺と中谷は顔を見合わせた。マジでどいつが契約してるって言うんだよ。
***
「Zien. Bedankt.(そうですか。有難うございます)」
パイモンが頭を下げて俺達の元に戻ってくる。
「どうだった?」
「彼女は何も知らないようですね。ですが残るはあと一人ですね」
「カレンって子か」
俺達は学級閉鎖になった高校の生徒に聞き込みをしていた。そしたら一番被害が酷いクラスがあるって情報が手に入って、そのクラスの中で精神病にかかってない生徒の家を順々に調べていた。これが恐ろしいことにそのクラスに関してはクラスの八割が精神疾患にかかって自宅療養や病院に入院したりしているらしい。つまり、契約者がいるとしたら、このクラスだろうと目星をつけたんだけどな。
聞いた話によると担任も精神疾患にかかっているらしいから、教員陣が契約者ではなさそうだ。
今までは全て外れ。カマをかけても本当に知らなさそうな感じだったし……これで調べてないのはカレンって子だけだ。
パイモンがさっきの子から聞いたのか、住所が書かれた紙を見て、目的地に向かう。
「今回もすげえ当てずっぽうだよねぇー」
「俺もう足痛いし。メチャクチャ歩きまわったよなぁーしかも暑いし」
中谷とヴォラクがヒソヒソと愚痴を零す中、パイモンは涼しい顔。確かにオランダも夏なだけあって朝と言えど暑い。中谷はオランダで風車見る予定だったと文句をこぼしており、パイモンに頭を叩かれていた。
じんわりと額に滲む汗を拭いながら、カレンって子の家に向かった。
「……Niet?(……いない?)」
カレンの家に向かって、パイモンが聞き込みをしてくれてる間は俺達は少し離れた場所で待機。パイモンはカレンじゃなくて、その母親と話をしてるようだ。でもパイモンの表情が少し険しくなったのが見え、俺とストラスは顔を見合わせた。
「Ja. Ze is een plotselinge Ik was naar het huis eerder.(ええ。さっきまで家にいたんだけど、いつの間にかいなくなっちゃったの)」
「Ze is iets eigenaardig?(そうですか。失礼ですが娘さんに何か変わった点は?)」
「(学級閉鎖が起こってから塞ぎこんでしまって……人との接触をしたがらなくなったのよ。前は明るくてよく外に出てたんだけど)」
「Zien. Bedankt.(そうですか。有難うございます)」
頭を下げてパイモンが少しだけ険しい顔で戻ってきた。
そのパイモンを見て、セーレが不安そうに眉を下げた。
「何かあったのか?」
「もしかしたらカレンと言う女が契約してるのではないか、とな」
やっぱねーと言いながらヴォラクが空を仰いだ。やっと手に入れた手掛かりのようなものに、俺達も一安心だ。これで手に入らなかったら捜査が振りだしだ。
「だって残ってるのそいつしかいないんでしょ?だったらねぇ」
まあ俺もその子かなって思ってたけど。やっぱ言われると、覚悟してても驚いちゃうもんだよなぁー
「だがカレンは急にいなくなってしまったらしい。契約している状態で外を出歩くのは危険だ。急いで見つけなければ。先ほど母親に聞いた所、行きつけのカフェによく行っていると聞いた。そこに行ってみよう」
確かに……触れたら精神病になっちゃうんだよな。そんな子がウロウロしてるのは確かに危険だ。大体罪悪感ないのかよ。よく出歩けるなアホ女か。
俺達は頷いて、急いでカレンを探すためにそのカフェに向かった。
***
カレンside -
憎んでるうちは楽。ただ自分に正直な感情のままでいればいいだけなんだから。でもその憎しみが既に相手に伝わってて、そのせいで相手が私の前から姿を消してしまったら……この罪悪感はどうすればいいんだろう。
主のいなくなった部屋は酷く閑散としていて、その中央でただ佇むしかなかった。
もう無理。耐えられない。全部自分のせいだ、そんなのわかってるよ。だけどもう終わりにしたい。あいつがいた部屋に引きこもる事が増えた。学級閉鎖だった学校ももうすぐ始まる。学校が始まったら、私はまた皆と接触するのかもしれない。そうしたらまた精神病患者を出してしまう。
ガタガタと震える体を押さえつけて何とかしようと考えるけど、いい答えは出てこない。どうすればいい?どうすればあいつと契約を解除する以外で……
あいつの契約石を握りしめて決意する。こうなったら契約を失くしてもらうしかない!大丈夫……話したらきっとわかってくれるはず。大体あいつに力が通じなかった時点で悪魔と契約してる意味なんてなかったんだから。
「Andrealphus!(アンドレアルフス!)」
名前を呼べば、小さい鳥が部屋の中に入ってきた。そしてその鳥は私がよく見る人間の姿に変わった。
「Wat bedoel je met mij?(何か用かい?)」
あくまで軽い口調で問いかけてくるこいつが憎たらしく、契約石であるマラカイトの羽飾りを突き付けると途端にアンドレアルフスの目が細められる。
「Ik wil vernietigen het contract.(契約を失くしたいんだけど)」
「Wat is de straf voorbereid dat?(ペナルティを受ける覚悟はあるのかい?)」
アンドレアルフスの低い声を聞いて肩が跳ねたけど、引き下がったら負けだ。ペナルティペナルティうるせーんだよ悪魔が!お前の能力が役に立たないくせに、見返りとか偉そうなこと言ってんじゃねえよ!!
もうこんな生活嫌だ!普通の生活に戻りたい!!
「(私の願いはアルベルトにその力を使う事でしょう。効かなかったじゃん。無能のくせに見返りとか馬鹿言わないで。アルベルトに効かなかった時点で契約は成り立ってないのよ)」
私はあいつを懲らしめるために契約してただけ。あいつに力が働かなかったから意味がない、契約を解除する正当な理由のはず。しかしアンドレアルフスは顔を顰め、首を振った。
「(それは単なる君の言い訳だ。私は君に恩恵をもたらしたが、上手く扱えなかったのは君の責任だ。そして契約を解除したのは君。ペナルティを受けてもらうよ)」
そんな……
アンドレアルフスの指が私を指す。そしてその指が光を放った瞬間、恐怖で目を瞑った。
***
しくしくしく……めそめそめそ……
目からは涙が零れ落ち続ける。もうどこにも行けない、だって今の私は小さい鳥の姿だから。契約を破ったと言ってアンドレアルフスから鳥の姿に変えられて、私はどこに行けばいいの?飛び方もわからない私は、めそめそと人通りの少ない道をピョコピョコと歩いていた。
言葉も喋れなくなってしまったし、これからどうすればいいの?一生鳥のままで過ごさなきゃいけないの?鳥なんだから勿論靴も履いておらず、歩き続けた足は既にボロボロだ。それなのに距離からしてみれば大して進んでないんだから嫌になる。本当にどうしよう、ママもきっと心配する。私はきっと行方不明のまま見つからないんだ。そう思えば思うほど悲しくて苦しくて、とぼとぼ道を歩いていた。
その時、体中に振動が伝わってくる。誰かがこっちに向かって歩いてきてるみたいだ。
人間が歩くとこんなに感じるんだな。場違いな事を一瞬考えて、すぐに隅に避けようと一生懸命移動した。音はドシドシと大きくなってくるし、雀のように小さい私から見て、その人間は顔が確認できないほど大きく感じた。
あわわわわ……踏まれちゃう!!
足が目の前に迫ってくるのを見て、恐怖で固まってしまったが、その人間が膝をついてきてそのままそっと体を持たれ、恐怖のあまり手の中で暴れた。
「Sorry.」
ん?その声は……なんで鳥相手に謝ってんだよ。恐る恐る顔を上げると、そこにはアルベルトの姿があった。久しぶりなのかな?一週間ぐらい顔を合せなかっただけなのに、すごく懐かしく感じる。
アルベルトは私の足をしげしげ眺めている。怪我してると思ってるのかな?ってか足広げんなよ!あたし服着てないのに!
元が人間だっただけに、やはり裸を見られるのは恥ずかしい。鳥、いや動物はすごいよ。服着ないまま走り回るんだから。アルベルトは足を確認して、立ち上がる。私はそのままアルベルトの手に乗せられたまま、どこかに連れて行かれた。でも拾ってくれたのがアルベルトで良かった、素直にそう思えた。
連れていかれた場所はアパートだった。どうやらアルベルトの新しい住居らしい。中は広いとは言えず、アルベルトの少ない荷物が置かれただけでも少しぎゅうぎゅうしていた。机にそっと置かれ、アルベルトは消毒液と包帯を持ってきた。じくじく痛い個所に消毒液をつけられれば流石に染みて、ジタバタする私をアルベルトは「ごめん」と言いながら手当てをしていく。
最後に細く切った包帯を器用に巻いて、手当ては完了した。そのまま私をタオルの上に乗せた後、アルベルトは何かの本を見だした。表紙には就職案内の文字が書かれており、アルベルトはマーカーでめぼしい物に線を引いていく。大学行かないのかな……ママもパパも行ってほしそうだったし、頭もよかったのに……デルフト工科大目指してるんじゃなかったのかよ。
何かを伝えたくてピィピィ鳴けば、アルベルトはこっちに振り返った。
「Ben je gewond?(まだ痛む?)」
その言葉に慌てて首を振れば、少しびっくりした顔をされた。そうか、今の私は鳥だから、こんなはっきりアルベルトの言葉に反応したら駄目なんだ。アルベルトは優しく私の頭を撫でながら、また本を開いた。何とか本を閉じてほしくて、本を開くたびにピィピィ鳴いて邪魔をする。何度かそれを繰り返せばアルベルトは本を開かなくなった。
頭を撫でられれば気持ち良くて、うっとりしてしまう。アルベルトはそんな私を見て「人懐こいな」と呟いた。何だかアルベルトとこんなに話すのも……話してるのかな?久しぶりかもしれない。
家族になる前……アルベルトの両親が死ぬまでは仲が良かった。優しいお兄ちゃんだと思ってた。会う度に何かしらプレゼントを持ってきてくれた。いつから……こんな風に思うようになったんだろう。
ふと横に視線をずらせば、そこには写真立てが立っていた。写真には嬉しそうに笑うアルベルトと両親の姿。それを見つめているとアルベルトは思い出したように笑った。
「En je zult of een gezin?(お前には家族はいる?)」
もちろん鳥の私は答える事が出来ない。アルベルトは私の頭を撫でながら写真を眺める。
「Ik had. Maar weg.(俺にはいたんだ。亡くなってしまったけど)」
アルベルトの過去……アルベルトの口から初めて聞いた。口調はすごく苦しくて悲しそうだった。私はアルベルトの顔をじっと見つめる。その顔は泣きそうだ。
「(優しい両親だった。いつまでも側にいてくれると信じて疑わなかった。でも……目が覚めたら俺は一人ぼっちだった)」
それはあの事故の事を言ってるんだろう……思わず私まで胸が苦しくなった。
アルベルトの涙が頭にかかる。人間の涙は身体が小さい自分からしてみれば大きな水滴で、頭にぶつかった時少しだけ痛かった。
「Ik heb slechts rond voor wat je……(なんで俺だけ生き残っちまったんだ……)」
その言葉に目が丸くなった。死にたかったの?そう聞きたいけど聞けない。アルベルトはただただ涙を流すだけ。胸が痛い、ごめんなさいごめんなさい。思わずアルベルトにすり寄って何度もピィピィ鳴く。違う、ピィピィ言いたいんじゃない。私は謝りたいの。
ごめんなさい。もうあんなこと言わないから泣かないで。ちゃんと家族するから戻ってきて。
そう言いたいのに言えないのがもどかしい。ピィピィ鳴き続ける私を見てアルベルトは少しだけ嬉しそうに笑った。
「Thanks……(有難う……)」
お礼なんていらない。むしろ怒るのが当たり前。そんな辛い境遇だったのにもかかわらず、自分勝手な理由でずっと傷つけてきたのに、苦しかったのに我慢して、私に笑いかけてて……ごめんなさいごめんなさい。そう思ったらこれは渡曽に丁度いい罰なんじゃないのかな?自業自得だもん。この際ずっとこのままでアルベルトの側にいようかな。
そうだ!私は元人間だから言葉もわかるし、天才鳥として生きていこうかな。動画サイトにあげてくれたら絶対に再生数稼げるし、テレビとかにも多分出れるでしょ。マジで言葉理解できるから。そしたらアルベルトにもお金はいってくるかも!?だとしたら動画サイトに登録して、アルベルトに私の動画を撮らせないといけない。足し算とかどうよ。一+一は?ぴいぴい!みたいな!?
柄にもない事を考えながら、ただ頭を撫でてくれるアルベルトの手が心地よかった。
ピーンポーン……
アルベルトの家のインターホンが鳴った。その音を聞いて撫でる手がとまり、アルベルトは玄関に向かっていく。
誰が来たってのよ……ったく……
後をついて行こうとしたけど、机から地面は中々の高さだ。え、これ無理。でも気になるし……体重軽いから大丈夫のはず!腹をくくって飛び降りると、案の定痛かったけど何とか我慢できる痛さだった。私は急いで玄関までピョコピョコと走って行った。
玄関には見た事ない奴ら。見るからにオランダ人じゃない。誰?高校にあんな奴いたのかな?思わず首をかしげて状況を見守る私を余所に、アルベルト達は何かを話しだした。
「Hallo Alberto.(こんにちはアルベルトさん)」
訪ねてきた奴が声を出せば、アルベルトは警戒した様な眼であいつ達を眺めてくる。
「Wie ben ik?(貴方達は?)」
「Ik ben op zoek naar je zus.(貴方の妹を探しています) Weet u waar bent?(ご存じないですか?)」
妹……私を探してる?でも高校の同級生でもないし、警察官とかでもなさそう。まさかあいつは悪魔?アンドレアルフスの手先!?アルベルトを何かに巻き込もうとしてるの?どうしようどうしよう……床をうろうろしながら何とか逃げ切れる方法を考える。とりあえずあいつをアルベルトから引きはなさなきゃ。でもどうやって?考えて出てきた結論はとにかく大声で鳴くことだった。
ピィピィピィ!
自分で出せる範囲の声を出せば、アルベルトは慌てて私の方に駆け寄ってきた。
「Wat is de val van uw bureau?(お前落ちちゃったのか?)」
アルベルトは私を抱き上げて、またしてもあいつらの元に戻っていく。
ちょっと待ってよ!私はそのまま扉を閉めてほしかったのに……何であいつのとこに戻るのよ――!
ジタバタする私を手で押さえてアルベルトはあいつらの前に再び立った途端、じっと食い入るように突き刺さる視線。その視線から逃れるように私はあいつらに背を向けた。
「……間違いないな」
男が何かを呟くと、私の足を持って持ち上げた。逆さ吊りにされて恐怖で暴れるも、相手にとっては大した力じゃないだろう。
ピィ―――!!助けて!殺される!悪魔の手下に殺されちゃう!!
バタバタもがく私にため息をつきながら、そいつは連れの男に向かって何かを話している。
「主、間違いありません。こいつがカレンです」
「え!!??」
ちょ、今、私の名前呼ばなかった?恐る恐る顔を上げると、好奇の目で私を見ている奴ら。
あぁ……私どうなっちゃうの?
***
拓也side ―
行きつけのカフェにカレンはいなくて、更に行方を追っていたらお兄さんがいるって聞いてここまで来たけど仲が悪いって話も聞いたし、何か情報なんて持ってるのかな?インターホンを鳴らして出てきたのは、いかにも人が好さそうな男の人。そしてそこで飼われてたのか……小さい鳥を掴んでパイモンが言った言葉は俺達にとっては衝撃的なものだった。
「は?」
「ですからこいつがカレンです」
いやいやいや、あり得ないでしょ。だって鳥じゃん。俺ら人間を探してたんだよね?鳥見てカレンって……視力大丈夫?鳥を奪い返そうと手を伸ばすアルベルトさんを軽くあしらって、パイモンは俺に鳥のお腹を見せてくる。
「ここに召喚紋が書かれています。これはアンドレアルフスの物です」
言われたとおりにお腹を見ると、確かに何かの紋様が描かれている。でもこれがカレンって何で断定できるんだ?中谷が鳥をじっと見て、首をかしげる。
「うーん。どう見ても人間には見えないんだけど。まさか、俺達が探していたのは人間ではなくて鳥だった!?し、信じられねえ話だと思うが」
「お前は何を言っている」
お前までそんな間抜けな事を……
パイモンの冷たい一言に中谷は小さくすいませんと謝った。
「アンドレアルフスの最も恐ろしい能力は契約者を鳥に変える事。恐らく契約者が契約破棄を申し出た事でペナルティを受けたのでしょうね」
パイモンは鳥をアルベルトさんに返して振り返った。そんなあっさりと恐ろしい事を……鳥に変えられるとか恐怖以外の何物でもない。知能も鳥になるのか聞けば、パイモンは鳥の反応を見て人間の知能が残っていると言った。人間の記憶があるとか余計に辛い。
アルベルトさんは勝手に話しこんでしまった俺達を見て、慌てて鳥を奪い返し、扉を閉めようとしたがそれをセーレが阻止した。
「Ik heb dingen met je praten, hoeft u niet om in het huis?(少し話したい事があるんだけど上がっていいかい?)」
アルベルトさんは嫌そうに顔を顰めたけど、そんなのお構いなしにヴォラクはドカドカ部屋に上がっていき、中谷も後を追いかけて勝手に部屋に入ってしまった。俺はとりあえず、頭を下げて勝手に部屋にあがらせてもらった。
部屋の中は広くなく、俺達がお邪魔してしまった事からぎゅうぎゅうだ。その部屋の端に腰かけて、俺と中谷はパイモンが話しているのを見ていた。話の途中からアルベルトさんは青ざめて、鳥とパイモンを何度も凝視している。
「Talk onzin……(そんな馬鹿な話……)」
アルベルトさんは首を振って苦笑いを漏らした。妹が鳥になったなんて信じられる訳ないよな。でもストラスは鳥をじっと見つめる。鳥同士お互いの気持ちがわかるのだろうか。
『Bent u Karen?(貴方はカレンですか?)』
ストラスの言葉に鳥はじっと見つめて頷いた。その光景をアルベルトさんは凝視している。
「Zei de uil……(フクロウが喋った……)」
何だか少し怯えたような目でアルベルトさんは俺達を眺めている。鳥はストラスの方に歩いて行き、ストラスをじっと見つめる。何がどうなってんだ?
『まさか継承者自らが来てくださるとは……出向く手間が省けたというものだ』
日本語が聞こえたと思ったら、ベランダに一人の男が立っていた。驚いたアルベルトさんが立ち上がり、どこから入ったのかキョロキョロ確認している。その瞬間、鳥が大きな声で鳴き、ストラスの後ろに隠れこむ。
何がどうなってんの?
「拓也、中谷」
張りつめた空気の中、険しい顔のヴォラクが俺達に近寄ってくる。
「ヴォラク、何これ」
「悪魔アンドレアルフス、向こうから来たみたいだね」
悪魔!?いつの間にここに来たってんだ!
人間の姿だったアンドレアルフスが悪魔の姿に変わる。アンドレアルフスの姿は一言でいえば体中にアクセサリーをつけた豪華な孔雀の姿で、この質素な部屋の中では異様な光景だ。
アンドレアルフスはストラスの後ろに隠れてしまった鳥を見て鼻で笑う。
『私ガ怖イカ?カレン』
その言葉に俺達は目を丸くした。
やっぱりパイモンの言うとおり、この鳥がカレンだったのか!じゃあマジで鳥にされちゃったって事!ってかここでドンパチする訳!?考える事がいっぱいありすぎて頭がショートしそうだ。とりあえず展開に固まってるアルベルトさんを後ろに庇って、俺と中谷はアンドレアルフスを睨みつけた。




