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第134話 受け入れてなんて言わないけど

 ?side ―


 嫌われてるのは知ってたけど、ここまでとは知らなかった。それもそうだろう、中学生だったカレンにとっては今更家族なんていらないだろう。もう疲れてしまった……人の顔色を伺うのに、何も言う事が出来ない自分に。

 整理し終えた部屋はとても綺麗で、三個の段ボールに全ての物が収まった。


 こんな少ない物しか自分が所有できるものがないなんて……



 134 受け入れてなんて言わないけど



 カレンside ―


 大変なことになってしまった。

 

 行きつけになった家の近くのカフェで隅っこの席に座って頭を抱える。遊び半分のつもりで契約しただけなのに、その影響でクラスメイト達が皆精神病になってしまった。中には死にたいと泣き叫ぶ子もいるんだとか。そんなつもりじゃなかった、ただあいつに少し嫌がらせしたかっただけなのに……それなのになぜかあいつには精神病の症状はあらわれない。


 悪魔が言うには、既に神経が敏感な奴には自分の力は聞かないんだとかいってたけど、その理屈でいくとあいつの神経はすっごい研ぎ澄まされてるってことになる。そんな馬鹿な話があるんだろうか。あのいかにもボーっとしてて何も知らなそうなあいつに限って……


 学級閉鎖になってから時々このカフェに行く以外は家に引きこもった。


 ママは何も言わず、むしろ急に元気がなくなった私を心配している。だからカフェに行くと言う時は喜んで外に出してくれる。多分引きこもってる私が外に出るという行為が嬉しいんだろう。でもすれ違う人、顔見知りになってる店員さんに接触しないように心掛けて……こんな気を遣ってたら逆に滅入ってしまうけど家にはいたくない。


 契約条件で家族には被害を出さないようにしてるから家族には何の問題もないけど、こんな事態になるなら、私の知ってる人全員って言っとけば良かった。そしたら私の周りで被害は起こらないのに!


 なんでこんなことになるの!?あいつだけがかかればよかったのに!かかって入院でもさせりゃ消えてくれるし、施設に入ったら縁も切れるって思っただけなのに!


 「Karen.」


 カフェに行ってから一時間以上たったかな?今最も聞きたくない声。

 顔を上げると、そこには大嫌いなあいつの姿。


 「Alberto.(アルベルト)Wat doe je hier en waarom?(何でここにいるの?)」


 ここは私の行きつけのお店。誰にも教えたことなんてないのに。睨みつけた事によって、あいつは気まずそうに顔を逸らす。


 「Ik moet zeggen dat de moeder gaat naar ophalen Karen.(母さんがカレンを迎えに行けってさ)」


 ママの差し金か……ママには言ったもんな、ここがお気に入りだって。舌打ちすると、あいつは更に気まずそうな表情を浮かべ、取り繕ったように会話を振ってくる。お昼は一緒に食べよう。とか、暑くなったね。とか……その全てがむかつく。


 話しかけるな、これ以上イライラさせるな。大体何であんたは精神病にかからない訳?もともとあんたを懲らしめるために悪魔と契約したってのに……友達を精神病にしてしまって、募るのは罪悪感と苛立ちだけ。そんな中、取り繕うように下手糞な笑みを浮かべるこいつが苛立たしくてたまらない。

 

 もう少ししたら帰る、そう言ったのにあいつは引き下がらない。あーうるさいうるさいうるさい。自殺する寸前まで追い詰めてやろうと思ってたのに、へらへらしてんじゃねえよ。


 「Luid! Atashi niet klagen over dat, maar ook een gezin!(うるさい!家族でもないのにあたしにとやかく言うな!)」


 その瞬間、空気が凍った。あいつは何も喋らない。店員も客もこちらを凝視している。


 言った後に我に返って気まずくなったけど、何を気まずくなる必要があるんだ。私は前からこいつが気に入らなくて、こいつのせいでお小遣いは下がるし高校にも行けなくなったし、いい事なんて……でも、なんで思うときや陰口を言う時は強気になれるのに、本人を前に言うと気まずくなるんだろう。相手に嫌われてもいいって思ってるのに、相手からの言葉が怖いとかも同時に感じてる。

 

 目を忙しなく動かして、その場から逃げるように目を合わせない私に、あいつは少しだけ、少しだけ笑って机にお金を置いた。


 「Gelieve thuis te komen voor het avondeten.(昼には帰ってこいよ)Is er genoeg geld in?(金はそれで足りる?)」


 返事が出来ない……そんな私にあいつは「Sorry.」とだけ言って、店を出ていった。時計の針はまだ十一時を指しており昼には時間があるけど、あんな騒ぎを起こして恥ずかしくてこの店にはいられず、逃げるようにその店から出ていった。


 何でこんなにむしゃくしゃするの!?何であんたが悲しそうな顔をするの?逆でしょ!悲しいのは私のはずなのに……私なのに!あんたはおこぼれもらえて幸せな立場でしょうが!!


 誰も人のいない住宅街にただ佇んでると、私の前に一人の男が立っていた。


 「Wat is het probleem?(何を悩んでるんだ?)」


 今最も頭を悩ませている張本人。今までは存在すら考えた事のなかった悪魔と言う者……こいつと契約をしてしまったせいでいいことなんて一つもなかった。嫌いなあいつには力なんて通じないし、友達には被害が出るし、私は思い切って胸にためていた言葉を口に出した。


 「En u wilt verbreken van het contract.(契約なくしたいんだけど)」

 「Ik heb voorbereid voor je straf is dat?(ペナルティを受ける覚悟はあって?)」


 その言葉に悪魔は目を丸くした後、さも愉快そうに笑う。それを言われるとどうしようもない、嫌な切り返しをしてくるな。ペナルティなんて受けたくない。だってペナルティは……


 思わず身震いした私の頭を悪魔は優しく撫でる。友を巻き込んですまないと。でもこの力は自分でも制御できないからどうしようもないと。

 

 そんな言葉で終わらせれるわけがないじゃん!私はどうやって生活すればいいの?怖いし、人には言えないし、触れないし……こんなバカな話ってない。悪魔ってのは本当に役立たずだ。人間様のためになりゃしない。


 結局私はその日はお昼に家に帰らなかった。帰ってからママに怒られたけど話を聞かないようにしていた。


 ***


 夜になってお風呂から上がった私はリビングに移動しようとしていた。見たいドラマがもうすぐ始まるから。でもリビングであいつと話すママとパパの声が聞こえて、足をリビングの前で止めた。三人は真剣な声で会話をしている。そっと中を覗くと泣いてるママを励ましてるパパ、そしてその様子を複雑そうな顔で見ているあいつ。


 あいつはパパとママを泣かせてるの?あんな奴が……居候のくせに!思わず握りこぶしを作る。ぶん殴ってやりたい!今日お昼に罪悪感なんて感じる必要なかった。やっぱりあいつが気に食わない!!

 

 ムシャクシャして急いで自分の部屋に駆け上がった。早く、悪魔の力を借りて目にもの見せてやる。精神ぶっ壊してやる!!


 それから一週間、やけにあいつが出ていくことが多くなった。朝早く出ていって夜遅くに帰ってくる。それは私には好都合。顔合わせなくて済むし。でも一週間後……事態は突然変化する。


 いつものようにカフェに座って、悪魔の事をもんもんと考えているとママから電話が入った。出る気はなかったんだけど、あまりにも電話をしてくるものだから仕方なく電話に出れば怒ったようなママの声が響き、電話の内容を聞いて家に向かって駆け出していた。


 家の前に引越し屋の車が止まっていたのを確認して、慌てて家の中に飛び込んだ。


 何で気付かなかったんだろう……アルベルトは悲しくなるからと言って、ママにこの話題は出さないように、更に悟られないようにって手配してたらしい。私には自分から言うとか言ってて……どうにかして、私に知られないでいようって……何でそんなくだらないこと思ってたわけ?


 急に消えようとしてたわけ?前々から宣言してたら私が謝るとでも思ってたわけ?


 “アルベルトが今日の夕方出ていくから、お昼はみんなで食べるわよ”


 ママの言葉に息が詰まるような感覚がした。願っていた事が現実になったと言うのに、心はバクバクして全く喜びを感じさせようとしない。感じるのは不安と罪悪感、そして自分がしてしまった事に対する恐怖のみだ。


 あいつが出ていく!私は急いであいつの部屋に続く階段を駆け上がり勢いよくドアを開けると、そこには少し大きめのカバンを肩にかけているあいつの姿があった。


 「Wat?(何?)」


 あいつの言葉に返事が出来ない。これでいいのに、いいはずなのに……頭はグルグル錯乱してる。私の悪魔の力が効いた?いや、そんな気配はない。じゃあ、こいつは元から出ていく気だったの?なら、早く言ってくれたら悪魔なんかと契約しなかったのに。

 そんな私を尻目にあいつは荷物を詰め終わって何もなくなった部屋を見て、苦笑いを浮かべた。


 「 (出ていくことは前から決めてたんだ。アパートも黙ってたけど勝手に取った。狭い部屋だけど、かなり家賃が安くてね……これならバイトしたら何とかなりそうだよ)」


 軽く笑いながら荷物を整理していくあいつに返事をすることすらできない、簡単な相槌さえも打つ事ができない。その場にただ佇んでる私をあいつは不思議そうに眺めている。


 「Hoe kijkt u zo pijnlijk waarom? Waarom heb je me helpen?(手伝ってくれに来たんじゃないのか?何でそんな顔してんの?)」


 何でって……そんなの決まってる、決まってるじゃんか。あんたが出ていこうとするから……母さんは必死で止めてたし、私が気まずくなっちゃうじゃん。しどろもどろになりながら必死で説得を試みる。

 ねえ分かってる?あんたはこんな形でいなくなっちゃダメなんだよ。私の言うこと聞いて、私より下の立場ってことを理解して謙虚にここで生きていかなきゃいけないんだよ。


 「Ga naar buiten te snel.(で、出ていくって急すぎない?何で……)」


 その言葉を聞いて、穏やかな笑みを浮かべていたあいつは小さく笑った。


 「Wat u niet tevreden bent?(嬉しいだろ?)」


 その言葉に全身の血液が凍る感覚が体中を駆け巡った。嬉しいだろってどういう事?何でそんなこと聞く訳?私に、なんて答えてほしい?


 「Karen is niet wat ik wilde me verdwijnen? U vertraging wat ik?(カレンは俺に消えてほしかったんじゃないのか?何で引き留めようとするんだ?)」

 「Ik……(私は……)」


 ばれてた……そう思った。いや、あの態度を見てそう思わない方が不思議だ。でもこいつは何も文句も言わないし何も行動を起こさないから、私が好き放題にしてただけなんだ。


 そうだ、私はこの血の繋がっていない兄をストレス発散の道具にしていたんだ。


 本当に出ていけなんて思っていない。彼を虐げることで、自分の優位性を確認して満たされていただけなんだ。こいつのせいで理想の人生が崩れたなんて大義名分のもとで行われた加害はとても心地よかった。完全に私はあいつを憂さ晴らしの道具にしてきた。


 だから、相手が本当にいなくなると思っていなかったのだ。頭の中では施設にいけだの消えろだの想像していたくせに、実際にいなくなると面と向かって言われた今の私の気持ちは、虐めていた子が転校したことがクラスにバレて、自分のせいだと周囲に指をさされているような感覚だった。きっと、あいつらもこんな気持ちだ。


 相手が本気で逃げるなんて思っていなかったんだから。


 固まってしまった私を見て、あいつは立ち上がってドアに近づいていく。出ていくんだ!そう思ってドアの前に慌てて移動した。


 「Karen. Is verontrustend.(出れないよカレン)」


 出なくたっていいじゃん。無理して出てかなくたって……

 そう思ってた私の耳元にあいつは息を飲み込んで、ずっと言いたかったと言葉を告げた。


 “カレン、君との生活は辛い事ばかりで何もかもが嫌になる。同情してほしいと思っているわけじゃないし、受け入れてほしいと思っているわけでもない。けど、俺の存在を否定することは俺を守って死んだ両親を否定することだ。それだけは……しないでほしかった。”


 足がの力が抜けて座り込んだ私を確認したあいつは、その場に私を残して足早に部屋を出ていった。下ではお昼を用意したママに謝ってるあいつの声が聞こえ、その後すぐ玄関を開けて出ていく音が響いた。その音を聞きながらぼんやりと考えてた、前に悪魔が言ってた……神経が敏感な奴には力が通じないって。


 あいつはもしかしたら誰よりも敏感だった?いや、ならざるを得なかった?いい子を演じてなきゃ居候として居づらい。私に文句を言いたくても言えない、家族がいなくなった自分が惨めだ。きっといろんな感情がごっちゃになってしまった結果、他人の自分に対する視線に敏感になってしまったんだ。


 私は自分のことしか考えてなかった。


 あいつがそんなに苦しんでるなんて思わなかった、家に居座ってるあいつが嫌いだった。私があいつの立場だったら……そう思うと身震いがした。主がいなくなった室内、使われなくなった部屋、その部屋のドアの前で茫然と座り込むしかできなかった。


 ***


 アルベルトside -


 最後にカレンに言った言葉は俺がずっとずっと溜め込んできた言葉。せっかく引き取ってくれたおばさんやおじさんには申し訳ない事をした。でもこれ以上カレンに迷惑をかけるのも気が引ける。


 家族じゃない奴が家にいるなんて、きっと居心地が悪いはずだから。


 新しい家に向かって歩きながら頭の中で考える。


 きっと今から忙しい日々が待ってるんだろうな。学校で勉強してバイトして……もう大学には行けないから就職して、高校三年の今に大学進学から就職に変更してしまったけど間に合うかな?


 くだらない事を考えてしまう自分自身をあざ笑う。


 神様は不公平だ。


 俺が何をしたって言うんだ。なんで助かったのが俺だけなんだ。


 こんな事なら俺もあのとき一緒に死んでればよかったのに。俺も、父さんと母さんの元にいきたかった。なんで父さんは俺を抱きしめたんだろうな。俺に覆いかぶさるように体をずらしたんだろうな。そのせいで、俺はこんなにも惨めな人生を送っているのに。


 父さん、母さん、貴方の息子は相手の家族にもなり切れず弱い人間になってしまいました。


 色々グルグル頭の中で考え事をしている中、ある事を思いだした。カレンは気付いてくれただろうか、俺の部屋にあるあの箱に。俺の部屋の整理でもしている時に見つけてくれればそれでいい。


 明後日はカレンの誕生日だ。俺からのプレゼントなんていらないかもしれないけど……カレンが前に可愛いと言っていた宝石入れをこっそり買っておいた。


 本当は少しでも喜ぶ顔が見たかったんだけど……どうせ無理そうだし、この渡し方でもいい気がした。嫌なら捨ててくれればいい。

 

 最後までカレンは俺の事を家族として見てなんてくれなかったから。それでもいいんだ、全てを分かってくれるなんて思ってなかったから。


 でも受け入れてなんて言わないけど、少しくらいは真っ直ぐその目で俺をとらえてほしかった。


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