第132話 小さな会社の夢
中谷side ―
やばいぐらいに気まずい雰囲気が流れ込んでくる。そんな中、おっさんは豪快に笑い、ヴォラクの手から宝石を取り上げた。その姿は動揺しているようには見えず、ヴォラクの勘違いかと一瞬疑ってしまうが流石にそれはないだろう。
「坊主、なに訳の分からない事言ってるんだ?俺は何も……」
「俺の目はごまかせない。あんたは契約してるんだろ」
132 小さな会社の夢
「ヴォラク、それって……」
「レッドベリルのピアス、これは多分ヴァプラの契約石だ。さっきの話も聞いたし結びついたよ」
ヴォラクとおっさんだけがわかってる内容で、俺には何が何だか分からない。ヴァプラってのは流れ的にソロモンの悪魔なんだろう。でもこのおっさんはその悪魔を使って何をしてるんだ?
ちゃんと説明しろと要求した俺にヴォラクは一から説明してくれた。
「悪魔ヴァプラ。グリフォンの翼とライオンの姿を持った悪魔で、手工芸と専門職のあらゆる知識を授ける力を持つ。ヴァプラの加護を受けた契約者は企業や仕事で大成功をおさめるんだ。中世の貴族でヴァプラの力ってのはすごく重宝されてたのさ」
それって……広瀬の言っていた言葉を思い出す。倒産寸前で出した商品が大ヒットして増産しているって。タイミング的にも、そういうことなんだろうか。
「おっさんの会社は倒産寸前からのヒット商品の生み出し……これはヴァプラの加護が働いたからだろうね」
マジかよ。でも話を聞く限り危険な悪魔ってわけには……
いまいち状況が飲み込めない俺にヴォラクはフォローを入れる。
「心配しなくてもヴァプラは戦闘に不向きな悪魔だからね。今回は話し合いで終わらせられるだろうな。おっさん、ヴァプラのとこまで案内してもらおうか」
顔を真っ青にさせたおっさんは首を横に振る。でもその焦った反応から本当に悪魔と契約をしてるんだなと確信できた。でもヴォラクはおっさんをジリジリと追い詰め、逃げられないと感じたのかおっさんがため息をついた。
「お前一体……」
「俺さーマジで不思議なんだけどさ、悪魔と契約してて他の悪魔に関心持たないってすげえと思うよ。俺はソロモン七十二柱の一角、ヴォラク。俺の契約者様は悪魔を全部地獄に返すことをご所望でね。こうやって見つけた悪魔を片っ端から地獄に戻してんの」
おっさんの目が丸くなる。今まで外国の子供だと信じて疑わなかった奴が悪魔だっていうんだから、驚くだろうな。おっさんが携帯を取り出し、何かを調べている。多分ヴォラクのことなんだろうな。こいつの能力次第で逃げられるとか思ってるのなら、調べて絶望すると思うけどな。
「……二つの頭を持つドラゴンに跨った子供。ドラゴンって」
「今は勿論召喚してないよ。でも出してほしけりゃ出してやるよ。その場合のお支払いはかなり痛いの覚悟してね。俺にドラゴン出してくれってのは俺に喧嘩売ってるって受け取るよ」
おっさんが息をのむ。相手にできないと悟ったんだろう、どうしていいか分からないと言う顔をしている。たしかにおっさんからしたらヴァプラの能力はすげえ魅力的なんだろうな。
悪意のない悪魔なら無理に地獄に戻す必要がないって思うのも無理はない。でも俺は最後の審判のことを知っているから、そこを譲ってあげようなんて思わないんだ。
「なぜ、悪魔が悪魔と戦うんだ。お互いに干渉しなければいいだろ」
「そういうわけにはいかねえよ。あんたも、ヴァプラを手放すことできなくなると後が辛いよ。悪魔との契約、今はいいけど、いずれその重さに潰れるときがくる。引き返すなら今だよ」
ヴォラクの言葉がとどめになったのか、おっさんは力なく頷いた。悪魔との契約が重く感じてくる - その一言にビビったみたいだ。悪魔との契約の重さ、か。俺もいつか感じるのかな。そう思ってしまった俺の手をヴォラクが握る。
俺の不安なんかお見通しだと言うように悪戯っぽく笑う子供が何でこうも頼もしく見えるんだろう。
「お前は違うよ。きっと潰れない。お前の望みは私欲ではないから。お前の望みは世界人類すべての望みだよ。声高らかに宣言できないのがもったいないけどね」
そうだ、俺の望みは最後の審判を止めることだ。それは全員が知らないだけで、きっと全員の望みのはずだ。皆、生きられるなら生きたいんだ。幸せになれるなら、なりたいんだから。
握り返した手は小さくて暖かいけど、剣を握って戦っている手だ。少しだけ固い。
「わかった。案内しよう……こっちだ」
おっさんに案内されて、ヴォラクが歩きだしたあとを慌てて追いかけた。見たいテレビの事なんか完全に忘れてた。
***
着いた先は小さな工業だった。変色したトタン屋根に長田製作所と書かれた看板がかかっている。思った以上にくたびれた建物に、こんなとこに本当にいんのかよと疑ってしまう。おっさんは鍵を使って扉を開けて中に入っていき、俺も慌ててその後ろをついて行った。
「すげえ」
工場の中はいろんな機械が並んでいて、狭いなりに壮観だ。でも人のいない暗い空間の中に三人だけと言うのはやはり少し心細い物がある。おっさんは機械を指で撫でて、先に進んでいく。少しくたびれた機械だが大事に使われてるんだろうな。まだちゃんと働けてるみたいだ。
おっさんは先に進んで、奥の扉の鍵を開けた。
「この中だ」
思わず息を飲んだ。
ライオンの見た目とか想像しただけで怖すぎる。そんな俺の手をヴォラクは掴んで扉を開けた。
「うお、おおー……おおお!すげえ!」
とおされた部屋は事務室になっており、中央に机が並んでおり、その奥にお目当ての存在はいた。本当に羽根の生えたライオンだ。そのライオンはすっげー綺麗な金色の毛並みでふわふわしてて、思わず触りたくなった俺は慌てて手をひっこめた。
なんだろう、頭にライオンキングが流れてきた気がする。
『ヴォラクカ』
ライオンの声はなんつーか低くて威圧感のある声だ。少しビビってしまった俺を庇うようにヴォラクが前に出た。
「俺が来た事はわかってんだろうね」
『ソコマデ馬鹿デハナイサ。タダ……残念ダ。オ前ノ話ヲ聞イテイルダケニ、ナ。私ノ時間モココマデナノダロウ』
項垂れるライオンは攻撃してくる気配は全くなく、おっさんはゆっくりライオンの元に近づいて行った。
「ヴァプラ、すまない……」
『案ズル事ハナイ。我コソ長居シスギタノダ』
なんで契約したんだろう……ってやっぱ会社が倒産しかけてたからか。でもここに悪魔が住んでるってことは他の奴も知ってんのか?会社の人たちみんなで飼ってた?
「なんでおっさん悪魔と契約したの?」
ヴォラクの問いかけにおっさんは肩を揺らした。なんでって……会社を立て直すためだろ。俺でもわかる理由だ。そう思っていたが、おっさんの理由はもっと複雑な理由だった。
「仲間の子供たちの養育費に充てたかったんだ」
仲間……どういう事だ?この工場のメンバーの話だろうか。確か十人で作った会社って言ってたよな。
おっさんは悔しそうに握りこぶしを作りながら語る。
「さっき言ったね、会社は十人で創業したと。その一人が数年前に癌で死んだのさ。まだ四十七歳だった……奥さんはパートしかしてないし高校生と中学生の子供も二人いる。どう考えても養えない状況になっちまった」
それと契約が何の関係が……茶々を入れずに黙って話を聞く。ヴァプラもその状況を悲しそうに見ていると思うのは、俺がそう感じるだけなのかな?
「俺達は仲間だった。一生この会社で十人で細々とだがやっていこうと言っていた。だから仲間の家族を俺達九人で養おうと決めた。その為には十人分一生懸命働かなきゃいけなかったんだが、いくら働いても業績は赤字ばかり。終いには工場を売る、倒産しなきゃいけなくなっちまった。もちろん俺達も嫌だったが、それ以上に死んだあいつの家族を助けれなくなるのが嫌だった。何とかして会社を存続させなければと思った」
だから契約したのか……会社を立て直すために。おっさんたちからしたらヴァプラは救世主に見えただろう。悪魔なんてそんなのどうでもいいって思ってしまえるほどには、追い詰められていたのは間違いない。
じゃないと見た目が怖いこいつと契約しようなんて普通思わないもんな。
おっさんは苦笑いを浮かべる。
「そんなのただの言い訳かもしれねぇな。職を失うのが嫌だって気持ちもあったんだ。一概に仲間を助ける為が全てだったわけじゃない」
おっさんが笑って眺めた先には一つの写真立てだった。その中にはかなり古い色あせた写真が置かれており、十人の青年の姿が映っていた。工場の看板もピカピカで、少し古いトタン屋根の建物も汚れはついてない。それを見て、この会社は本当にみんな仲間なんだと感じた。
「でも少しでも助ける気持ちはあったんすよね……」
俺の問いかけにおっさんは目を丸くした。
「おっさんのお陰で、その人たち喜んでたんですよね。だったら悪い事じゃないと思います。あ、いや……悪魔と契約してるのがじゃなくてそのー」
とにかく自分が悪いみたいに言わないでほしい。悪魔と契約したのはいい事じゃないかもしれないけど本当に善意なんだ、そんな人を責める訳にはいかないじゃないか。悪魔はそんな俺を見て、重く閉ざしていた口を開いた。
『オ主ハ指輪ノ継承者デハナイナ。ナゼオ主ハ悪魔ニ逆ラウノダ?継承者ニ任セテオレバ、オ主ハ今マデ通リノ人生ヲ歩メテタヤモシレン』
そんな事……いまさら聞かれたとこで考えた事もなかったよ。なんて答えればいいかわからなくて俺は必死で考える。でも出てきた答えは簡単なものだった。
「知っちゃった以上、無視出来なかったんだ」
『知ッテシマッタ以上?』
繰り返してきたヴァプラの問いかけに俺は頷いた。
「俺はヴォラクと契約してる。最初の考えは容易だったけど……でもそれを助けてくれたのはクラスメイトだった。その時に悪魔の怖さがわかったし、俺を助けてくれた奴が俺の目の前で他の悪魔に狙われてたら動かないわけにはいかないだろ?俺は、最後の審判を防ぎたい。俺が家族も友達も助けるんだ」
『審判ヲ知ッテイルノダナ……』
「うん、話は聞いた。だから俺は頑張るんだ。俺だってまだやりたいこと沢山あるし、お前ら悪魔に好き放題されてたまるかよ!」
言い終わった俺が笑みを浮かべると、ヴァプラはゆっくり立ち上がって俺にすり寄ってきた。思わずビビって硬直してしまった。そりゃそうだろ?でけえライオンが近付いてきたんだ。でも肌に触れたのはふわふわの柔らかい毛で、あまりの気持ちよさに肩の力を抜いた。
『猛キ者ヨ。汝ハ勇気、ソシテ志……汝ハ選バレタ人間トシテ相応シイ。汝ノソノ願イガ成就スル事ヲ祈ッテイルゾ』
選ばれた人間?少し気にかかるけど、ヴァプラは何も答えてくれなさそうだ。まあいいか、よくわかんねえし。しかもこの流れから行くと、こいつを地獄に戻せるパターンだよな?俺はヴォラクと頷き合っておっさんに顔を向けた。おっさんはポケットから携帯を取りだして誰かに連絡を入れる。
「もしもし、俺だ。ああ、全員来てくれ」
全員?全員って誰が来るんだ?
首を傾げた俺におっさんは少し待ってくれと言って、工場を出ていった。
「……何が来るんだ?」
「さぁ」
しばらくすると、おっさんと同じくらいの男性が数人入ってきた。つなぎを全員来てる事から全員がこの会社の社員だってことが分かる。その光景を見て、俺は何でおっさんが皆を呼んだのかが理解できた。
「皆、今日がヴァプラと過ごす最後の日だ」
おっさんの言葉によって全員がヴァプラの前に群がっていく。ヴァプラは皆に触られて、少し嫌そうにしたけど手を振りほどく事はなかった。その光景の隅でヴォラクと一緒に召喚紋を描くのを手伝ったり、呪文を唱える紙を作ったりとこっちは大忙しだ。特に召喚紋、あれはやばいね。1㎝でもずれたら駄目らしい。ヴォラクに怒られながらも頑張って作り、できあがった頃にはおっさんたちの方も落ち着いていた。
ヴォラクが呪文を書いた紙を渡すと、おっさんは少し複雑そうな顔でそれを眺めている。
「ヴァプラを返してしまうのか?いいのかそれで」
「わからない。だがもう十分恩恵は受けたじゃないか」
おっさん達の中にはヴァプラを地獄に戻るのを反対している人も数人いるみたいだ。でもその人たちもおっさんの説得を聞いて、仕方なさそうに頷く。それを見てやっぱり少し罪悪感だ。別に今返さなくても後で返せばいいんじゃないか?そうとすら思えてくるけど、違うんだよな。こういうのって。
描きあがった召喚紋の中にヴァプラは何も言わずに入り、またその周りにおっさんたちが群がる。
「代表者一人手伝いな」
ヴォラクがそう言えば、おっさん達は話しあって結局野球していたおっさんが手伝うことになった。ヴァプラの契約石らしいレッドベリルのピアスを召喚紋の中に居るヴァプラに手渡せば、ヴァプラは満足そうに微笑む。おっさんはヴォラクの後をついて、所々間違えてはヴォラクに指摘されながらも呪文を唱えていく。
『我ノ役目モココデ終ワリカ』
ヴァプラはそう言いながらも少し疲れたと言葉をつづけた。それにおっさんが反応してヴァプラを見つめれば、ヴァプラは冗談めかして少しだけ辛辣な言葉を投げかけた。
『人間ニコキ使ワレルノモ興味深イガイササカ疲レタ。少シ休マセロ』
遠回しに励ましてるのだろうか?だとしたらかなりのツンデレだ。でもおっさんは少し笑いながら「相変わらず辛口だ」と言いながら涙を流す。何だかんだで絆は強いんだろうな……
おっさんが召喚紋の中に手を入れて頭を撫でれば嬉しそうに反応したが、最後の呪文を言えば、ヴァプラは光に包まれて消えていった。
「おっさん……」
「大丈夫さ」
***
キィンッ!
小気味よい音が聞こえてボールが綺麗な放物線を描いて芝生の上に落ちる。瞬間、ワッと選手たちが湧いて、おっさんは一塁に向かって全力疾走。その光景を俺とヴォラクはジュースを飲みながら観戦。今日はおっさんの草野球チームの対戦で、行きたいと愚図ったヴォラクを俺が連れてきた。
池上におっさんの話と悪魔の話をすればビックリして「身体は?どっか怪我したか?」とか真っ青な顔で心配されるもんだから、少し可笑しくて笑ってしまった。そして草野球に行くと言えば広瀬が笑いながら「応援頑張れよ」と言っていた。
おっさん達は楽しそうに野球をしている。練習していたおかげで、おっさんは打撃に大活躍。二点も入れていた。それにヴォラクも大満足。
「中谷、この試合終わったらキャッチボールしよ」
「いいよ」
そう言えばヴォラクは嬉しそうに笑う。
その頭を撫でながら、俺は楽しそうに皆で野球するおっさんを眺めていた。
登場人物
ヴァプラ…ソロモン72柱序列60位の悪魔。
36の悪霊軍団の長であり公爵の称号を持ち、その姿はグリフォンの翼を生やしたライオンとされている。
ヴァプラの能力は一風変わったものであり、手工芸と専門職のあらゆる知識を召喚者に授ける。
その力ゆえ、中世の召喚者達はこぞってヴァプラの加護を得ようと必死であった。
契約石はベリルのピアス。
おっさん…高校の時の友人10人と小さな会社を経営していた。
しかし仲間の1人が病気で死に、会社の倒産の危機に晒される。
それらを逃れるためにヴァプラと契約した。
野球好きで豪快な性格はヴォラクに好感をもたれている。




