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第131話 おっさんとヴォラク

 デンマークの事件は遠い日本では報道されることなく、契約者の少女の事件は現地のニュース番組で扱われるのみだった。シトリーはグレモリーと仲直りできたから良かったんだろうけど、この亡くなった契約者のことを考えると、少しだけ辛くなった。


 名前だけしか知らず会った事もないけれど、彼女はどんな思いで自ら死を選んだんだろう。


 そんな物思いにふける間もなく、あれから二週間、中間テストや模試のお陰で俺はほとんど寝ずにテスト勉強する羽目になった。その癖結果は微妙だから癪に障る。外は太陽がぎらぎら光っており、完全に夏の訪れを物語っていた。



 131 おっさんとヴォラク



 「やっと模試も終わって一休みできるよなー」


 背伸びした俺に中谷はうんうんと頷く。俺と中谷にとって模試は拷問と同じぐらいにきつい、拷問受けた事ないけど……

 学校のテストの問題とレベルが違うし、過去に習った公式を応用しなきゃ解けないものも多い。案の定全くできないうえに試験時間も長く、俺達にとっては地獄の一日だった。光太郎だけは最後まで見直しやらなんやらでガリガリとシャーペンで書き込んでたけど俺は軽く放心状態、中谷なんか爆睡してた。もう結果のこと考えるだけで怖い。


 「今日から部活も再開だし、もうすぐ地区予選も始まっしな!!」


 中谷の弾んだ声に現実に引き戻される。

 あ、そうか。もうすぐ甲子園の地区予選が始まんのか。中谷は明後日抽選会があんだよ!と嬉しそうに語っている。中谷がヴォラクと契約をしてもう少しで一年がたつのか。


 「頑張れよ中谷。また今年も甲子園よろしく」

 「期待しないどいて。じゃあ俺部活行くな!」


 隣のクラスの野球部が中谷を迎えに来て、スポーツバッグを背負って教室を出ていった。その中谷に手を振って、俺もリュックを背負う。お目当ての人物が教室に戻ってきたからだ。タイミング良く入れ替わりに入ってきた人物を確認して席を立ちあがった。


 「たーくや」

 「おー光太郎、帰ろうぜ」


 担任に呼び出されて職員室に行っていた光太郎が帰ってきた。結構長かったけど、何があったのかな。


 「何で呼ばれたんだ?」

 「あーオープンキャンパスだってさ。んなもん行くかよ、たりいなぁ」


 光太郎は大学のチラシを俺に見せて、うへぇという顔をした。東大、京大、阪大、九大、早稲田、慶応、東北……名だたる大学ばかりだ。多分俺は逆立ちした揚句に死ぬ気で勉強しないと入れないだろう。でも光太郎は学年一位だし、全国模試でも上位優秀者の中に常に名前が載る秀才だ。教師陣も期待してんだろうな、うちの学校から全国模試のトップ一覧に名前が載る生徒は二~三人しかいないし。光太郎は肩かけのカバンを持って、大学案内の紙をグシャグシャに丸めて無造作に突っ込んだ。


 「いいのかそんな扱いして」

 「いーよいーよ。どうせ行かねえし。それよりスタバいかね?寄り道したい気分なんだけど」

 「そりゃいいけどさ」


 光太郎は「よし!」と笑顔を浮かべて教室を出ていき、俺もその後を慌てて追いかけた。


 ***


 「期間限定のフラペチーノ飲みたかったんだよなー!うまい!」

 「お前甘いの好きだよね。俺はボスで十分だけどな」

 「缶コーヒーかよ」

 「だってスタバたけーじゃん」

 「間違いない」


 俺と光太郎は学校帰りにスタバによってくつろいでいた。時間も十七時過ぎなので、制服の生徒が多い気がする。しょうもない事、くだらない事、いろんな事をだべり、改めてもう夏になってしまったんだなぁと感じる。太陽が沈むのは遅くなってるし、中谷ももうすぐ地区予選だし、何だかんだであと一カ月ちょいで夏休みだ。


 「早いよなぁ……もうすぐ一年か」


 俺の呟きに光太郎は頷いた。どうやら光太郎もわかったようだ。


 「一年だよな、あいつらと会って」

 「そうそう。そういや初めて悪魔倒したのってヴォラクだったよな」

 「あれはマジで俺心臓止まったからな。ちびりそうになったし」


 それは俺も同じだ、そう返すと光太郎は笑った。今ではストラスのいる生活が当たり前でリビングにトイレに風呂に直哉の部屋にと好き勝手移動して自堕落に過ごしているが、契約当初は俺の部屋で黙って飼ってたんだよな。我ながら思い返したら結構無理してたな。


 「お前もだけど、そういうオカルトなの信じてなかった俺がいきなりあんな現場だぜ」

 「確かにそうだけどさ」


 光太郎にとっては一番最初の悪魔がヴォラクだったからビビるだろうな。ドラゴンのって剣振り回してたんだから。


 「でもなんだかんだで一年近く上手く乗り越えたよなぁ」


 キツイこともあったし、情けないが、ここ一年は半端ねえくらい泣いた。未だに戦いに慣れる事もないし、でも剣の稽古もちゃんと続けてる。そのおかげで確実に少しは強くなったと感じてる。役に立つかは別だけどな。

 くだらない事でも話は尽きる事なく、気づいたら十八時半になっていた。


 「あ、俺そろそろ帰んなきゃ」


 腰を上げたのを見て、光太郎もカバンを肩にかける。俺達はカップをゴミ箱に入れてスタバを出た。


 ***


 「この調子だったら十九時には帰れるな」


 現在の時刻は夜の十八時四十五分。十九時までに帰れば文句は言われないだろう。そう言えば、この場所でヴォラクと会ったんだよな……相変わらず河川敷は人が少なくまちまちだ。音楽を聞こうと鞄から音楽プレイヤーを探していると聞きなれた声が聞こえた。


 「すっげーすっげー!」


 あれ、この声って……

 河川敷に目をやると、そこにはヴォラクが知らないおっさんと立っていた。おっさんはバットとボールを持っているあたり、野球をやってる人のようだ。中谷の親戚?というわけでもなさそうだけど。

 

 「ヴォラク」


 ヴォラクは俺の声に反応し、顔をきょろきょろ動かしていたが、俺を発見すると手を振ってきた。それを見て河川敷に降りてヴォラクに近づく。


 「何やってんのお前。もう暗くなんだから帰れよ」

 「餓鬼扱いすんなよ!」

 「はは、坊主の兄ちゃんかい?」


 おっさんは笑って俺達に話しかける。こんな生意気な弟いらねえよ。そう思いながらおっさんに目をやる。少し薄汚れたつなぎには何かの会社名なのか、“長田製作所”と書かれている。

 横には鞄が置かれていることから会社帰りなのか?おっさんは人のいい笑みを浮かべている。


 「いえ、近所の子供です」

 「まあ、そうだよな。この坊主は外国の子だろ?綺麗な金髪碧眼だ」


 適当な言い訳を述べてヴォラクと兄弟である事を否定した。おっさんは「そうかそうか」と豪快に笑い、ヴォラクの頭を撫でる。

 ヴォラクも嫌がらないあたり、かなりなついてるようにも思えるが。


 「あの、こいつとは……」


 俺の質問に気づいたおっさんがまた笑う。本当にいい人そうだ。


 「おっさんはいつも会社帰りにこの空き地で野球しててな、草野球の試合があるからな。この坊主は一週間くらい前からかな?それを見に来るようになったんだよ」


 なるほど、ヴォラクは中谷の影響もあって野球好きだ。中谷が暇があればヴォラクをバッティングセンターに誘ったり、キャッチボールしたりと一緒に野球をしている光景を何度が目撃した事がある。俺は頷きながら、ヴォラクの手を握った。


 「帰るぞ」

 「えーもう?俺まだ遊びたいのにぃ」

 「ははは!子供は元気が一番だ!またここに来ればいいさ。おっさんは明日もここに居るからな」


 おっさんはそう言うと、また素振りの練習を始めた。おっさんに頭を下げて、ヴォラクを河川敷から引き離した。知らない人といつの間に仲良くなったんだよ。中谷は知ってるのか?このことを。


 「何すんだよー」

 「セーレが心配してんじゃねぇのか?さっさと家に帰れよ」

 「俺より餓鬼のくせに」


 はいはい、年はお前の方が上ですよー。でも精神年齢はお前のが下。心の中でそう呟いて、ヴォラクの腕を引いてマンションまで送った。これは十九時には帰れそうにないな。


 ***


 「あぁ、あのおっさん?知ってる知ってる。俺も紹介された事あるから」


 次の日、学校で中谷に話を聞いてみたら中谷もあのおっさんを知ってるようだった。そこは報告しているようで、中谷も会ったことがあるらしい。


 「やっぱ知ってんのか中谷」

 「長田製作所のおっさんだろ?すっげえ野球好きだよな。高校の時は野球部だったらしいぜ」


 いかにも中谷と気が合いそうだな。中谷は何回か会った事があるようで、練習を見てもらったなどと話している。


 「ヴォラクも異様に気に入ってんだよな。あいつそんなに野球が好きなのか?」

 「やるよりも見る専門らしいけどな。練習試合とかも誘えば来るぜ」


 そうなんだ……ってかやっぱお前ら仲いいな。でもどうでもいいとこだけど長田製作所ってどこなんだ?いかにも小さい会社そうだけど。俺は横の席で宿題を写してる光太郎に聞いてみた。光太郎はおじさんが会社経営をしているので、その影響か本人も会社名や経済に関して詳しいんだよな。


 「光太郎、長田製作所って知ってるか?」

 「はぁ?長田製作所?なんだそりゃ」


 光太郎は写していた手を止めて、こっちに振り返る。やっぱ知らないか、俺らに関係ねえもんな。でも光太郎は何かを考え、ふと何かを思い出したようだった。


 「思い出した。あそこだ、最近すげえ業績の子会社だよ」

 「子会社?」


 光太郎はうんうんと頷く。

 

 「あそこ、赤字で倒産寸前だったらしいけど、最後の商品がヒットして今増産中なんだよ。親父もあそこの企業で商品注文してるぜ」


 なんの商品かはわからないが一発逆転会社なんだなぁ。おっさんはそこの社員なんだな。中谷もへぇーと話を聞いている。


 「池上もまた会ってみろよ。あのおっさんすっげえいい人だからさ」

 「ふーん」


 その後、先生が教室に入ってきたので自分の席に戻る。おっさんのことなんて昼休みには忘れてて、俺は普通の生活を過ごしていた。


 ***


 中谷side ―


 「やっべー遅くなった」


 最近日が落ちるのが遅くなったおかげで、練習の時間が長くなった。それは全然苦ではないんだけど、部活帰りに皆で少し遊んでたら二十時をゆうに過ぎていた。早く帰んねえと好きなテレビを見逃してしまう!慌てて河川敷前を走っていると、見慣れた姿の二人を見つけた。

 あらーあの子まーだ遊んでるのね。セーレが最近ヴォラクの帰りが遅いって怒ってたのに反省してねーし。俺からもお説教だな。


 「まーたあいつは……」


 おっさんとヴォラクがまた河川敷で談笑している。二人の様子は随分と楽しそうで、混ぜてもらおうと俺は河川敷に降りた。


 「あ、中谷だ」

 「うーす。またいんのお前。早く帰れよ。セーレ怒ってたよ。飯抜かれるかも」

 「げえー!!」


 ヴォラクは相当あのおっさんがお気に入りのようで、おっさんは相変わらずニコニコ笑いながら素振りをする。年齢を感じさせない豪快なスイング音が響き、音に反応して動きをまじまじ観察してしまった。


 「すごいっすね。現役バリバリって感じですね!」


 俺が話しかけると、おっさんはとんでもないと言って首を振った。


 「そんなことないさ。君の方が毎日部活で大変じゃないか。おっさんも若い頃はもっと頑張れたんだけどねぇー」


 そうかなあ、毎日練習するのもすげえと思うけど。部活とかじゃなくて自主的に毎日やってんだから本当に野球が好きなんだろうな。俺が来る前に結構練習してたのか、おっさんは地面に腰を下ろした。

 

 「体がなまってしょうがないよ。年には勝てないねぇ」


 隣に腰を下ろした俺とヴォラクにおっさんは笑いかける。おっさんは疲れたと言いながらも楽しそうだ。


 「なんか試合でもあるんすか?そんなに練習して」

 「あぁ、もうすぐ草野球でな。会社の奴らと出るんだよ」


 会社かぁ……あ、そうだ。


 「そう言えばおっさんの会社すげえって友達が言ってたよ。何かヒット商品出したって」

 「ヒットって程じゃないけどねぇ。でもそうなるのか……しかしよくそんなの知ってるな坊主の友達は」


 確かに、広瀬良く知ってるよな。普通に生活していて会社の名前とか覚えないよな。俺とか超有名大企業くらいしか知らねえし。あいつ、やっぱり将来社長になるための勉強をすでにしてんのかな。

 俺の言葉におっさんは?を浮かべていたが、意味が分ると笑って頭を掻いた。


 「俺が勤めてる会社は十人しかいない会社でなぁ、全員高校の時のクラスメイトなんだよ。十人で会社を立ち上げて日本一になってやるって意気込んでたけど、中々難しいもんだ。いつの間にか倒産の危機に晒されちまって途方に暮れてたんだけどよぉ、人生何があるか分かったもんじゃねぇな」


 頑張ったんだな、きつい時期もあったんだろうけど。じゃあ草野球のメンツはその会社の十人なんだろうか。俺がどうでもいい事を考えてる間にも、おっさんは俺達に話しかけてくる。


 「いつの間にか俺ももう五十過ぎだし、娘ももうすぐ大学卒業だ。時の流れははえぇよ」


 少しだけしんみりしてしまった空気をごまかすかのようにおっさんは笑う。


 「坊主達も頑張れよ!人生は何があるのかわかんねえからな」


 時間も時間だ、おっさんは立ち上がろうとほっぽり投げていた鞄を背負う。その瞬間、チャックの空いていたカバンから何かが落ちた。宝石がついた何かが。

 ヴォラクの表情が変わって、一目散にその宝石を手に取る。あまりの素早さに手癖が悪いと思わず拳骨を食らわせたけど、ヴォラクは険しい表情を崩さないまま宝石を握りしめた。


 「お前何してんだよ!返しなさい!」

 「中谷お前だまってろよ。それよりこれ」


 ヴォラクがアクセサリーを見て、顔を顰めた。まさか……


 「この石は契約石……悪魔と契約してんだね」


 おっさんの表情が固まった。そして俺の表情も。

 さっきのまでの和やかな空気が打って変わり、嫌な空気が俺達を一瞬で包み込んだ。



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