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第130話 厄介者達の恋

 シトリーside ―


 「シトリー、グレモリー様と決着付きて来なさいよ」


 一時間ぐらい待ったのかな、俺達が広場の隅っこで待機してると澪ちゃんとヴアルが戻ってきた。

 ヴアルの言葉に息を飲む。きっとこれが最後のはずだから。



 130 厄介者達の恋



 何だかずっと手術を待ってる家族のような気分だった。グレモリーは心の内を澪ちゃん達に打ち明けてくれたんだろうか、少しは心を軽くしてくれたんだろうか。そう思ってた矢先にタイマンで話せとのご指示だ。嬉しさ半分、恐怖半分、また俺のせいで傷つけると思ったら上手く話せる自信なんてない。いつもなら逃げの言葉や口説き文句もポンポン出てくるのに、本当に好きな奴には何も言えない臆病な自分が情けなくて笑うしかない。だけど、さっきもう一人の俺にボロクソ文句を言われてしまったから、もうやってしまうしかない。深呼吸して腹をくくって立ち上がった。


 「シトリー」

 「心配すんなって!これ終わったら飯食いに行こうな」


 光太郎は心配そうな視線をよこしてくる。お前にまで心配かけて悪いって思ってるんだ、本当は俺がお前を支えなきゃいけないのにな。俺のために泣いてくれたお前を励ませないことを許してくれ。大丈夫、グレモリーには振られてしまうけど、俺にはお前がいる。


 光太郎の頭を軽くなでる。いつもは振り払われる手は柔らかい髪に埋もれて頭を行き来する。それに満足して俺はグレモリーが座っているであろうベンチに向かった。アドレナリン大放出でバクバク言ってる心臓を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。あー駄目だ、上手く話せるかも微妙だ。


 何百年ぶりに見ただろう、グレモリーは相変わらずメチャクチャ綺麗で……こんな女が自分に想いを寄せてくれていたなんて嘘みたいだ。そう思いながらグレモリーに近寄っていくと、グレモリーも俺に気づいたのか身体をこわばらせた。


 それを見て適度な距離をとり、グレモリーに話しかけた。


 「まさか話してくれるとは思わなかった」


 なんでこんな時に限ってこんな言葉しか出ないんだろう。

 軽く自己嫌悪に陥っている俺をグレモリーはその綺麗な青い目で俺を捉えた。


 『私は貴方に話はない。澪が貴方と話せと言ったから仕方なくよ。さっさと要件を言って』


 澪ちゃんに感謝だ、一生頭が上がらない。澪ちゃんの説得が無かったら、こんな機会はなかっただろう。

 グレモリーの声は相変わらず耳触りがいい。言ってる事はつれないけど。それ以上なんて話を切り出していいかわからない俺は戸惑いながらもポケットから指輪を取りだした。グレモリーの契約石が入った指輪を。


 「これ、返すわ。ずっと俺が持っててお前も気分悪かったろ」


 指輪をグレモリーは無言で受け取って指にはめる。契約石は完全な形になった事に喜んでいるだろう。俺とグレモリーの共通点はなくなってしまったけど……

 俺はグレモリーのずっとずっと思っていた事を伝えた。


 「俺さ、よく考えればちゃんとした謝罪もできてねえよな。お前をあんだけ苦しめて、なんて言葉にしていいのかわかんねえけどよ……わりい。いやすいません」


 頭を下げた俺をグレモリーがどんな表情で見つめていたかは分からない。

 でもポツリと答えてくれた。


 『何度貴方は私に謝罪するつもり?貴方が謝罪するたびに私は彼らに悪者扱いされるわ』

 「だけどよ」

 『放っといてと言ってるでしょう。さっさと私を地獄に戻せばいい』


 取り付く島もない。こんな状況でどうやって会話を進めればいいんだ。でもここまで来て手ぶらで帰るのだけはナシだ。嫌われるにしろ何にしろ結果がほしい。


 「俺は、ずっとお前に謝りたかった。お前を守れなかったことを。確かにこれは俺の自己満だ。でも、愛してるんだ……先に進めない、お前への罰と罪でこれから先もずっと愛して潰れていく」

 『貴方は自分が救われたいから許しを乞うているの?』


 その言葉に息が詰まった。最低な言い逃れのようなことをしているような気がして、返事ができなかったからだ。こんな時ですら逃げてしまう自分に心から嫌気がさす。

 俺はグレモリーからの許しを得て、どうしたいのか。自分が救われたいだけだ。こんな時にまで、俺は自分のことが可愛いんだ。


 『許しを得て自由になりたいのね』

 「違う、そうじゃない。俺はただ……」


 その先の言葉は出てこなかった。俺の本当の願いなんて、絶対に知られてはいけないのだから。また、許して笑って名前を呼んでほしいなんて。そんなこと、死んでも言えやしない。

 

 黙ってしまった俺をグレモリーは冷えた目で見つめている。なあ、俺のことが憎いんだろ。今までの鬱憤をぶつけてほしい、ボロボロに罵倒してほしい。俺は卑怯者で臆病だから、それで許された気になりたいだけなのかもしれない。お前の気持ちを考えたふりして、どこまでもダメで最低な奴だ。


 『嫌いよ、貴方を一生許さない。そのまま潰れて死んでしまえと思うくらい憎い』


 ああ、やっぱりな……思わず涙が出そうになるのを歯を食いしばって我慢した。でもグレモリーの言葉には続きがあった。


 『貴方はいつもそう。私を置いて新しい世界に行ってしまう。一方的で自己満足な愛情を注いで、手を放してしまう』

 「グレモリー……?」

 『前からそうだったわ。今もそう、貴方の一番は私じゃない』


 ……なんでそうなるんだよ。


 「意味わかんねえ。だって……『私の時はルシファーに楯突かなかったじゃない!今はあの子たちの為に反乱を起こすような事をして!!』


 遮られた言葉にグレモリーは気持ちをぶつけてくる。ずっと我慢していた気持が爆発した様に。


 『あの子が契約者なんでしょう?あの子のために戦うのでしょう?私が助けを求めていた数百年間、助けるどころか一度も会いに来てもくれなかったくせに……愛してると囁いてもくれなかったくせに!!どうして、私のためには戦ってくれなかったのに!!なんで、今更……私はあんたなんて嫌い、大嫌い!少しでも私に希望を見せておいて、そのせいで私は苦痛を味わった!昔のままでいられたら幸せだったのに!!』


 グレモリーの言葉に胸が張り裂けそうなくらいいたんだ。そんなに……辛かったのか?お前に何があったんだ。あの空白の数百年の間に……


 感極まって泣き出したグレモリーを慰めたくても慰めれない。伸ばした手が一瞬でも触れれば、肩が怯えたように反応する。俺はグレモリーを抱きしめようとした腕を戻した。光太郎のために戦っている、か……間違いではないけど、そんな可愛いもんじゃないよ。


 俺は世界の全てが憎かったよ。皆無くなって消えてしまえって思うくらいに恨んで妬んでいた。それでもお前だけは生きててほしいなんてクソみたいなエゴで探し回っていたんだよ。


 お前を探し出すために拓也と契約してバティンがグレモリーの行方を知らないと言っていたからパイモンを探していた。ルシファー様からグレモリーの保護を命じられるとすればこの二人だから。もっとも信頼する部下だから。

 

 でも、何を言っても信じてもらえないだろうな。全て、俺が悪いから。

 

 グレモリー泣き続けている。悲痛な胸の内を訴えてくれた細身の体を抱きしめてあやすことができたらいいのにな。


 「本当に馬鹿だな俺は……会いに行けばよかった。助けられなくても殺されてもお前を返してくれと言えばよかった……そんなに辛かった?助けを求めてた?だとしたら俺は最低な大バカやろーだ」


 グレモリーは泣き続け、何も答えてなんかくれない。困った俺は自分の足元に生えてる適当な花を一つ摘み取りグレモリーに渡す。グレモリーは突然の俺の行動に少し驚いてるみたいだ。よかった、涙引っ込んだ。


 「泣きやんでくれよ。これやるから。見た事ないだろこの花」


 何の変哲もない花。こんなものいらないかもしれない。

 でもグレモリーは花が好きだった、いつも俺が渡した花を喜んでくれたから。


 『……ずるい。そうやってすぐに私の機嫌を取ろうとする』

 「でも花好きだろ。何ならもっとやろうか?」


 広場の隅っこの少し土のある部分に生えてる花を十本程度摘み取った。それにさっきの花を合わせて束ねる。十一本の雑草のような花でも、まとめればそれなりに綺麗だ。俺は改めて花を差し出す。


 「ごめんなグレモリー。俺は最低な奴だよ。結局助けられなくて怖い思いさせて……悪かったな」


 グレモリーは花を受け取ってくれない。でもいいさ、俺は満足した。ちゃんと謝れた。後はグレモリーが俺のことを忘れてくれればそれだけでいい。全部が終わった……俺の数百年溜め込んでた事も全部。謝りたかったんだ最後に……その後はもう二度と会わないつもりだ。これでいいんだよな。前に進もう、こいつが死なない様に ― 誰かを愛して笑顔を向けることができるように。審判を防ごう。最後に本音を言うと、その相手が俺じゃないことが悔しいけど……

 

 でも、もう自暴自棄になるのは流石にやめるよ。


 受け取ってくれない花を下げて、俺は拓也達の元に向かう。グレモリーもさっさと返せって言ってたし、地獄に返して今回の件はお終いだ。


 『それもただの自己満足ね』

 「グレモリー?」


 グレモリーは再び涙を流して、苦しそうに声を絞り出す。


 『貴方はそれで満足よね。でも私はどうすればいいの?この気持ちを一生背負っていくの?この苦しい気持ちを』


 俺は再びグレモリーに近づいて目の前に膝をつく。グレモリーの目は悲しそうに揺れている。俺は泣かせてばっかりだな。そっとグレモリーの金色に輝く髪の毛を手で梳く。グレモリーは今度こそは怯えなかったし、身を引く事もしなかった。何百年ぶりに触れたかな、この髪の毛に……


 「じゃあ……お前は俺に何をしてほしい?」


 その言葉にグレモリーが息をのんだ。


 「何をしたら苦しくなくなるんだ?謝っても駄目なのか?殺せば満足なのか?俺はお前の言うこと全てを叶えてやる。言ってみろ、俺に何をしてほしいんだ」


 グレモリーの視線がせわしなく動いてる。口はパクパク声を出さず動いているし、明らかに動揺してる感じだ。恐らく何も考えてなかったんだろう、ただ単純に俺が嫌いという理由だったんだろう。だから何をしてほしいと聞かれても思い浮かばないんだろうな。


 『わからないわ……』


 グレモリーはポツリと呟いた後、悔しいと更に呟いた。


 「グレモリー」

 『悔しい、いつも敵わない。いつも私が詰まってしまう』


 グレモリーの髪の毛を撫で続ける手をそっと離した。その瞬間、グレモリーが顔を上げる。なあ、グレモリー、お前は本当はまだ俺の事を……

 してはいけない勘違いをしてしまいそうだ。調子のいい自分は本気にしてしまうから。綺麗な青い眼からポロポロと零れていく雫を俺は少しだけ乱暴に服でぬぐった。


 『うっ何するの!?』

 「泣くな。俺が泣かしてるみてえだろ」


 泣きたいのは俺の方なのに……なんだか俺が加害者みたいだ。


 「グレモリー、俺はどうすればいい?どうしたらお前の傷を取り除ける?」


 固まってしまったグレモリーに改めて問いかける。どうすればいいのかと。もうこれ以上俺はどうしようもないんだ、恨むのなら構わない。でも苦しいと泣かれたらどうにかしないといけないだろ。


 『どうすればいいかなんて……』


 その後の言葉を話さないグレモリー。

 だけど俺は根気強く言葉の続きを待つことにした。


 ***


 グレモリーside ―


 私の顔を悲しそうに覗き込むのは最も憎い男。会いたくなんてなかったのに、会わなかったら憎んでいられたのに、この男の悲しそうな顔を見たら心が動かされてしまう。シトリーは私の返事を待ち続けている。何を答えればいいかわからない。


 “グレモリー様の一番幸せだった時期はシトリーと一緒に居た時でしょ”


 ヴアルの言葉が頭の中でリピートされる。止めて、そうじゃない。それ以上言わないで。私がその現実を認めてしまえば……


 “その時点で答えは見えてるじゃない……”


 この答えを導くのが恐ろしい。それはナターリエを裏切る事になる。愛によって命を落としたナターリエ、私が守ってあげたかった可愛らしい女の子。固まっている私の頭をシトリーが再び撫でる。その手の暖かさと懐かしさに涙が出そうになる。流されるな、そう思ってはいるけど身体は言う事を聞かずに涙が浮かんでくる。私はナターリエが大事だった。あの子を守るつもりだった。その私がこの様じゃナターリエは……

 グルグルした頭で必死で考える。その間にも優しい手は私の頭を撫で続けている。


 悔しい、悔しい悔しい悔しい。結局振り回されるのは私だ。

 またこの男の元に戻れば悲しい現実が待っているかもしれない。


 「グレモリー」


 不意にシトリーが名前を呼ぶ。少しつりあがっている目が真っすぐ私を捉えている。この目に何度吸い込まれそうになっただろう。


 「俺はお前を今でも愛してるよ。ずっとずっと愛してる」


 目の前が真っ白になった。涙が頬を伝い、ドレスに染みを作る。

 それと同時に思い出したのはナターリエの最後の記憶。ハンスにひまわりを手渡されて心から嬉しそうに笑うナターリエの姿。ああ私も……


 あの時のナターリエのように心から微笑んでいたい。


 ごめんなさいナターリエ。結局は私も貴方と同じ、愛から抜け出せない。だってヴアルの問いかけの答えがシトリーだった時点で私の負けは決まってたから。


 ***


 シトリーside ―


 『どうすればいいかなんて…………最初から決まってたのに』

 

 グレモリーが手を伸ばして俺に抱きついてきた。思わぬ事態にグレモリーを抱きしめ返せない自分がそこにいた。


 『ヴアルに言われたわ。答えは決まってるでしょう、と』

 「答え?」

 『今までで一番大切な時間はいつだったか、ですって……そんなの決まってるのに』


 その時間が俺と過ごした時間って言うのか?

 恐る恐るグレモリーの体を抱きしめる。ふんわりとしたいい匂いと、力を入れたら今にも折れてしまいそうな華奢な体、久しぶりの感覚に涙が出そうだ。


 『怖い。再び愛に堕ちるのが、でもそれ以上に貴方が遠い存在になるのが怖い』

 「ならないよ、これ以上。もう絶対に離さない。ルシファー様が欲しがっても俺がぶっとばしてやる」

 『できもしないくせに』

 「今度はするよ。勝てなくても殺されてもお前を守る」

 『死なれるのは嫌よ。そうしたら二人で逃げればいいわ。誰もいない所で二人だけで暮らせばいい。死ぬときは一緒に死ねばいいわ』


 離さないと意思表示するようにグレモリーを抱きしめる。グレモリーは少し苦しそうにしていたけど俺の腕を振りほどこうとしなかった。


 「ごめんな……本当にごめん」

 『誰が悪いかわからない。澪が言っていた。もうわからないわ』

 「それでもごめん」


 今さらになって涙は流れて、グレモリーの肩が濡れていくが止めたくても止められなかった。俺はまたこの人を愛せる資格があるのだろうか。涙を流す俺の頬をグレモリーが手で包み込んだ。


 『シトリー、貴方私に渡す物はないの?』

 「渡すもん?」

 『そうよ、貴方いつも手土産を持って会いに来てたでしょう?今日はないの?』


 それが意味するものは一瞬で分かった。

 俺はいつの間にか地面に落ちていた花束を拾って手渡した。


 「こんなのしかねえけど……」

 『……有難う』


 グレモリーは今度こそ、それを受け取ってくれた。笑った顔はやっぱり世界中の誰よりも綺麗で、贔屓なしに見てもグレモリーが世界で一番だと確信した。俺は暫くグレモリーを抱きしめていた。


 ***


 拓也side ―


 「上手くいったんかな」


 シトリーが向かってしまって、多分二時間くらいたった気がする。不思議なことに携帯の時計も止まっており、逆に結界が切れたときにパニックにならないか不安になってしまう。だって、結界内の人は気づいたら三時間以上が経過していることになるんだから浦島太郎状態だろう。

 そこのスーツのおっさんは無断遅刻確定だ。可哀想に。

 それに、いい加減俺達も暇になってきたところだ。


 「話し合いが長引いてるのかもねぇ」


 澪の横に座っていたヴアルが心配そうにシトリーが向かった方向を見つめる。

 その時、ヴアルが「あ」と呟いた。


 「帰ってきた」


 え!?嘘!!

 俺と光太郎は慌ててその方向に振り返った。マジで漫画でいう「バッ!!」って効果音がつきそうなくらいの速度で。そこにはシトリーとグレモリーの姿。どうなったんだろ、仲直りできたんだろうか?ソワソワしている俺らの前に来たのは、いつもの様子のシトリーだ。


 「……何だよきめえな。便所行きてえのか?」


 ちげえよ!!!

 しかし俺達に何も言う事なく、シトリーは淡々と述べた。


 「地獄に返すぞ。召喚紋かけよ」


 え、この雰囲気でそれは失敗したのか?何だか気分がこっちまで下がってくる。俺は「うん」と呟いて、ストラスに手伝ってもらう。出来上がった召喚紋の中にグレモリーは自ら入った。


 『澪、ヴアル、有難う。今度三人でお茶しましょうね』


 グレモリーの声はさっきと違って、冷たい物ではなくなっていた。はにかんだ表情は本当に綺麗という言葉以外で形容できず、見惚れている俺の隣で澪が嬉しそうに頷く。


 「うん!またいつか、またいつか会おうね!」

 「ばいばいグレモリー様!今度会うときはお菓子持ってくね!!」


 二人に笑いかけ、グレモリーは何本かの花を大事そうに抱える。何だあの花は。あんな花持ってたか?


 グレモリーは俺にも近づいてきて光太郎と一緒に背筋が伸びる。綺麗すぎる顔面が目の前に迫ってきて、その手が俺の頬に触れた。


 『酷い物言いをして悪かったわ。澪と仲良くね』

 「は、はい!あの!頑張ります!」

 『ふふっ!今度は動揺しても女の子がいますから!なんて言わないようにね。あの言葉で毒気を抜かれてしまったわ』


 あああああ!俺のやらかしやっぱり思うところあったよなあああ!! 


 「あ、あの、本当にすみません!本当にそういうつもりなくて、ただ……!」

 『大丈夫!わかってるわ!』


 可笑しそうに笑うグレモリーがあまりにも美しすぎて固まって返事ができない。指の先まできれいで爪も整っている。


 固まったままの俺をその場に残して今度はグレモリーは光太郎に振り返る。


 『あの人をよろしくお願いします』

 「ひどいこと言ってすみません。シトリーはいつも俺を守ってくれるから、俺もあいつを守ります」

 『はい。もし、地獄に来ることがあったら会いに来て。お手伝いします』


 優しい美人ってずるいよお。うまく返事もできない!相変わらずモタモタしている俺の横にパイモンが来て、空気が少しピリッとする。


 グレモリーはパイモンを見つめ問いかけた。


 『バティンとは?』

 「最近連絡は取っていませんね。契約者は見つけたそうですが」

 『そう。本気でその子を守るつもりがあるのならあの男には注意しなさい。悪魔を集めている。何かしらの組織を作る予定みたい』

 「助言感謝します」

 『……シトリーを裏切ることだけはやめて。その子達を泣かせるようなことをするのもやめて』

 「参ったな……」


 パイモンは困ったように頭を掻いたあとにこちらに振り返る。


 「主、そろそろ……」

 「あ、うん」


 パイモンがグレモリーに呪文を唱えていき、グレモリーの体は薄くなり澪とヴアルが息を飲むのを感じた。そしてグレモリーの体がかなり薄くなったその時、グレモリーはシトリーに何かを投げつけた。


 「いてっ」


 思い切りそれはシトリーの顔に当たり、地面に落ちた。


 「これ……」

 『それは約束の証よ!次にちゃんと返しなさいよ!』

 

 え、どういう事?この展開って……

 光太郎が覗き込んだ先にはダイヤの欠片が入った指輪だった。


 「シトリーお前……」


 シトリーはそれを握りしめて嬉しそうに笑う。


 「じゃあな!次に会いに行く時はこっちの世界の花と菓子を大量に持ってくぜ!!」


 グレモリーは笑った。その顔はすっごく綺麗で、思わず見惚れてしまった。完全に消えてしまった後に残ったのはグレモリーが張った結界だけ。その結界も解けて一般の人たちが動き出す中、シトリーが嬉しそうに指輪をはめた。


 「シトリー」

 「人生何があるもんか分かったもんじゃねえな。サンキューな!ヴアル、澪ちゃん!」


 上手くいったんだ!!

 その事を悟った俺と光太郎はシトリーに飛び付いた。


 「このやろー!心配させやがって!今日はあれだな!シトリーの奢りだな!!」

 「なんでだよ!俺が主役なんだからお前らが奢れよ!」

 「うっせー!心配掛けさせ料だ!!」


 騒ぐ俺達を通行人の人が「何だ?」と言う目で見ている。それを気にする余裕は今の俺達にはない。俺達は飽きるまでシトリーから離れなかった。


 『やれやれですね』

 「本当だね。でもよかった。留守番してるヴォラクと中谷にいいお土産が出来たよ。パイモンもよかったね、心配してただろ」

 「別に。横で辛気臭くされるのが鬱陶しかっただけだ」

 『これが拓也の言うツンデレという奴なのですね。なんとなく私にもわかった気がします』


 ***


 クリスティーネside ―


 警察の事情聴取が終わって一息つく。理由は簡単。一昨日、ナターリエの死体とハンスの死体がロスキレの郊外で見つかった。三人でいつも遊んだ公園で。そのせいで、うちの家族とハンスの家族は泥沼の言い合いを続けている。


 お前が息子を殺した、とか、原因を作ったのはそっちだ、とか。そんな事どうでもいい、でも私の生活は崩れてしまった。大学にも行けなくなった、好奇の目に晒されるから。別のアパートに引っ越して、人目のない生活を好むようになった。


 ナターリエはいいだろう。


 ハンスを手に入れて一緒に逝ってさぞかし幸せだっただろう。私がどうなるか気にもしないで。窓から見える景色はいつもとかわらないロスキレの景色。でもその景色の中に私は入る事が出来ない。


 「Så jeg hader dig.(だから嫌いなのよ。あんたなんて)」


 ハンスだけじゃない、私の全てを奪ったナターリエが憎くてたまらない。死んでしまった今では復讐すらもできない。一生、私は負けたまま過ごさなきゃいけないんだ。だから私は精いっぱい皮肉をこめて空に逝ったナターリエに向かって最初で最後であろう今の胸の内を声に出した。


 「Kig på idiot. Du er en forbandet.(ざまあみろ。お前なんか地獄に落ちてしまえ)」


 死んだ先で呪われればいい。

 私の愛した人を奪い、生活を奪った張本人。世界で1番愛おしくて、世界で一番憎い……


 私の妹、ナターリエ・カリーナ。



登場人物


グレモリー…ソロモン72柱序列56位の悪魔。

      26の悪霊軍団を支配下に置く公爵であり、腰に公爵夫人の冠を携えた美しい女性である。

      グレモリーは召喚者が望めば、年齢を問わずすべての女性の愛情を召喚者に与えると伝えられている。

      他にも全ての雄と言う生物を魅了する能力を持ち合わせているが男嫌い。

      グレモリーはルシファーの妃という説もあり、召喚する際は十分注意が必要である。

      契約石はダイヤモンドの指輪。 


ナターリエ・カリーナ…コペンハーゲンの大学に通う女性。

           可愛らしい容姿と心優しい性格から異性に好意を寄せられることも多い。

           幼馴染のハンスに想いを抱きながらも暴力をふるわれる毎日に心が壊れていっていた。


*余談ですが、ソロモン72柱で明確に女性と明記されている悪魔は実はグレモリーだけなんです。

悪魔は基本男性として存在しているらしいです。

この小説では女性の悪魔でもグレモリー以外は男性説の方が有力です。人魚の悪魔であるヴェパールも男性説が有力です。

他に女性の悪魔として明確に明記されている悪魔は7つの大罪のレヴィアタン、女性の悪魔として有名なリリスやサキュバスぐらいしかいないらしいです。

小説内では結構女の悪魔に変更してる部分もありますけどね。

ちなみに天使も基本全てが男性説が有力です。どうも聖書などでは女性の天使って言うのは認めたくないっていうのが強いらしいです。

天使の中で唯一女性かもしれないと言われている天使がガブリエルくらいです。

でも男性説も根強くて、最終的には「まぁ天使って両性具有だから」と言うとんでもない結論で落ち着く人もいたようです。


架空の人物の姿かたちの言い争いは終わりないですね……

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