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第13話 大好きな君へ

 セーレside ―


 沙織の様子が変だ。

 いつもとは違う契約者の様子に何かあったのか心配してしまう。他の子どもたちや施設長に話を聞くと、どうやら昨日の少年、拓也がこっちに来て何やら沙織と話をしたらしい。

 拓也たちは俺に用があるといってきたらしいが、結局沙織と話した後、帰ってしまったと言っていた。でも沙織は何があったか教えてくれない。ただ俺の側から離れようとれず、俺が視界に入らない所に移動するのを極端に恐れるようになった。



 13 大好きな君へ



 「セーレはあたしといて楽しい?」


 突然の沙織の問いかけに目が丸くなった。

 どうして今更そんなことを聞くんだろう。答えは決まっているのに。


 「楽しいよ。こんなにのんびり過ごせるなんて久しぶりだからね」

 「本当に?本当にそう思ってる?」


 しかし沙織はそれでも不安そうに問いかけてくる。一体、何が彼女をこんなに不安にさせているのだろう。拓也と言う少年は少ししか話していないけれど、それでも他人を簡単に傷つける言葉を選ぶような子供ではなさそうだったけれど。


 「沙織、何かあったのか?拓也たちが原因なのか?」

 「そんなんじゃない。ただそう思っただけ……」


 沙織は俺と目も合わせないまま少しだけ距離を取る。沙織の今の疑問の原因が分からないから、ただ首を傾げるしかなく、話したくないという相手に無理に問い詰めるわけにもいかず、落ち着かない時間が増えた。


 次の日、拓也は来なかった。


 俺と契約することを諦めたのか?感じたのは少しの安堵感と少しの罪悪感。あんな少年があのマルファスと戦ったのだ、よっぽど怖かったし嫌だっただろう。ストラスが拓也と契約をしろと言ったときの彼は視線を気まずそうに俯かせ、一刻も早くこの場から逃げたいという顔をしていた。それを見たときに思ったんだ。彼は、俺のことも怖いと警戒しているのではないかと。

 

 ストラスのあの口調からはこれからも悪魔と戦うような口ぶりだった。マルファスと戦ったことがトラウマになっていないようで少し安心はしたが、あんな子供がこれから先、耐えられるとは正直思えない。だから、それに関しては力になってあげたいとは思うけど、俺がなんの力になれるんだ?俺は物を持ってくる、人を運ぶことしかできない弱い悪魔で……ストラスのような知性もヴォラクのような攻撃力も俺にはない。


 「俺が仲間になっても、やれることはたかが知れている……」


 少しだけ、ヴォラクが羨ましい。自分の力が何の価値もないとは思わない。でも、それでもきっと拓也が最も欲しい、自分を守る盾の役割は俺には絶対に担えない。俺はきっと、彼にとっては何もできない弱い悪魔、ただの能無し、それを思い知らされるだけの契約になるんだろう。

 ストラスや拓也の言うとおり、俺たち悪魔がこの世界にいることは本来なら許されないし、拓也が悪魔を地獄に戻すために、指輪の継承者として動くのは理解できる。俺がいることは沙織たちにとってもいい影響は与えない。それもわかっている。


 でもこの世界が眩しすぎたから……


 地獄とは比べ物にならないくらいに明るくて優しかったから。こんな安らぎを久しく手に入れていなかったから。


 ― セーレの隣は落ち着く。ここはすごく温かい。地獄全部がこんな世界になればいいのにな。


 そう言って隣で笑った親友を思い出す。彼の隣は楽しかった。できれば、この世界で彼が……キメジェスが隣に居たら、それがきっと俺の中の楽園なんだろうと思う。


 このまま、ずっとこのままいられたなら……


 朝起きて、先生の手伝いをし、由愛たちのご飯を沙織と他の子達と作って、学校まで見送って、小さい子どもたちを公園まで連れて行って、由愛たちが帰ってくればまた皆で遊んで、男の子たちのキャッチボールに付き合って……


 「これ以上は何も望まないのに……」


 このままでいたい、このまま沙織と契約していたい。別に俺はこの世界をかき回そうなんて思っていない。あの子たちと数年でいい、幸せな時間を過ごしたいだけだ。

 そう思っているのに……拓也のことが頭から離れないんだ。


 ***


 拓也side ―


 「もうセーレと契約するのは諦めようと思うんだ」


 光太郎のマンションで俺とストラスと光太郎とヴォラクは皆で集まっていた。

 中谷は当たり前だが練習中で来週には組み合わせ抽選会で部長が大阪に向かうらしく、全員部室で待機だそうだ。

 セーレとの契約をあきらめるといった俺にストラスは納得がいかないようで、首をかしげている。


 『なぜです?拓也』


 なぜですって……お前あんな状況で契約できるのかよ。

 流石に光太郎も昨日の一瞬を見ただけでも、納得してるっていうのに。


 「俺は元々契約したかったわけじゃないし、向こうだって別に俺と契約したい訳じゃないだろ。でもそれを抜きにしても悪魔に見えないんだ。あんなに穏やかに笑って申し訳なさそうに頭下げて、俺には普通の人間にしか思えないんだ……今の生活が幸せなら、巻き込みたくない」


 考えが甘いとストラスはため息をついた。でもさ、お前が勝手に盛り上がってるだけで、俺別に悪魔退治をしようっていうの、別に思ってないんだからな?ヴォラクとの契約だって身の危険が出てきたら守ってもらえれば……くらいの気持ちだったのに、段々話を大きくするから。


 『私とてセーレをあの娘から引き離すのは気が引けます。あれだけセーレを想っているのです。昨日今日現れた私たちに連れて行かれたくないと思うのは当然でしょう。しかしセーレには拓也、貴方や光太郎、中谷や他の契約者を守ってもらいたいのです』

 「俺を?なんで?セーレは戦闘向きじゃないんだろ?」


 高速移動ができる悪魔だって言ってたよな?携帯でソロモンの悪魔を調べている光太郎も自分の名前が挙がったことに携帯から視線を動かす。


 『セーレは確かに戦闘には不向きです。しかし彼のスピードは悪魔の中でも最速なのです。私たちに何かがあった時、彼の力があれば貴方達だけでも逃がすことができるかもしれない』

 「まあ、いざっていう時の保険だよ。俺たちが全滅したらセーレが拓也たちだけでも安全な場所に逃がすことができる。セーレさえいれば、逃げ道を確保できる。それって俺からしてみてもかなり有難いんだよね。思い切り戦えるし」


 あーなるほど。高速移動って確かにそういう使い道があるのか。納得した俺と光太郎を見て、ヴォラクは絆創膏だらけの腕を上げて大きく背伸びをした。まだ四日しか経っていないのに、ヴォラクの傷はもう軽い切り傷程度にまで回復しており、改めて悪魔のすごさを実感する。

 でも正直セーレの能力は何度考えても魅力的だ。別に積極的に仲間になってほしいとかは思っていないけど、居たらめちゃくちゃ心強いのは確かだ。


 「でも気が引けるな……泣かれたらどうしよう」

 『それでも仕方ありません。セーレがいないとこの先色々と不便なのです。そうと決まったのなら今からセーレに会いに行きましょう』

 「いや、今日は無理だ」

 『は?』


 一瞬空気が凍った。ストラスのたった一言の威圧で一瞬肝が冷えるが、ここで負けたら駄目なのは分かっている。


 「今日は澪と一緒に宿題やる予定なんだ。だから無理」

『……拓也ぁあああぁぁぁあ!!!』

 

 ストラスが口ばしで攻撃してきて、地味な痛さに頭を抱えて蹲る。おいなんだよこの絵面!!俺、こんな攻撃されるようなこと言ってねえだろ!!お前普段は偉そうに勉強しろって言うじゃねえか!!


 『貴方という人は……!この状況がどういうことか分かっているのですか!?一刻も早くセーレと契約しなければならないというのにまだそんなことを!!』

 「いいい、痛いって!マジでマジで!!わかったわかったよ!」


 俺は泣きながら澪に電話した。

 ううぅ……澪と二人っきりになれるって昨日からワクワクしてたのに、こんなことで台無しにされるなんて。一生恨んでやる……大体一刻も早く契約しないといけないわけねえじゃん。別に今セーレ以外の悪魔を見つけてるわけでもないし、お前以外の悪魔から攻撃食らってねえのに。


 「ううう~~……もしもし澪?」

 『あ、拓也どしたの?え?泣いてるの?なんで?何かあったの?』

 「今日の予定駄目になっちまったんだよ~。セーレに会いに行けってストラスがうるさくて……ごめんー」


 後ろの方でストラスが当たり前です!と言っているが無視。お前マジで絶対ポテトチップスのコンソメ買ってやらねえからな!!買ってくださいって言っても買ってやんねえから!

 澪は何かを考えているのか十秒ほど返事をせずに黙っていたのか、思い出したように声を出した。


 『そっかー……でもまた今度一緒にやろ。ねえ、この間言ってたあの例の人?』

 「うん、なんかまた今から会いに行くことになってさ……アポもとってないけど」

 『へぇ……あ、あたしも行ってもいい?暇だし。それに』

 「それに?」

 『好青年なんでしょ?見てみたい』


 澪―――!!?

 フリーズしてしまった俺に澪はもう一度ついて行っていいか確認してくる。これ、断ってもいいかな?でもなんだか電話越しの澪の声はテンションが高く、ウキウキしており断れる雰囲気ではない。


 「あ、そうなんだ……うん。じゃあ一緒に行こう……」

 『本当?わぁ楽しみ!ありがとう』

 「あはは、いえいえ……」


 電話を終わらせた後はうなだれる。神様、これって何の罰ゲームなのでしょうか?

 俺なにか悪いことしましたか?


 「残念だったな拓也」

 「ふられてやんの」

 『拓也は情けないですからねぇ』


 澪との会話が聞こえてたのか、それぞれが容赦のない言葉を俺に浴びせてくる。

 しかしショックのデカイ俺はそれに反応することもできなかった。


 ***


 その後、澪と合流して太陽の家に向かった。澪はセーレに会えるのが楽しみなのか少しウキウキしている。どうやらネットでセーレのことを調べた際に“黒い長髪の美青年”というパワーワードに惹かれたらしい。そして俺は澪がセーレに恋してしまったらどうしようと気が気じゃなく、光太郎のフォローも全く耳に入らない。

 そんなこんなしているうちに太陽の家に着いた。あいかわらずそこは子どもたちで賑わっており、でも俺と年齢が近い奴らは部活なのか知らないけど数人姿が見えなかった。


 「あ、拓也君!フクロウさん!」


 門の入り口で立っていた俺達を由愛ちゃんが見つけて嬉しそうに駆け寄ってきて、手招きをする。近くにいた先生も俺たちがすでに数回出入りしているのを知っているようで、中に入っていいと門を開けてくれた。

 由愛ちゃんは俺の目の前に来て、光太郎たちを見て、初めて見る顔ぶれに少しだけ距離を取った。


 「この人たち拓也君のお友達?」

 「おう!今日は友だち連れで来たんだよ」

 「かわいー」


 澪は子どもが好きなのかニコニコと由愛ちゃんを見ていた。孤児院と言うことはきっと由夢ちゃんの両親はいないんだろう。事故や事件、病気などで亡くなったかもしれないし、もしかしたら虐待やネグレクトで預けられた可能性もある。現に由夢ちゃんは澪に少し警戒していることから、母親に何かされていたのだろうと思うのは容易だった。だから年上の女の人が苦手なのかもしれない。

 それを察した澪は少しだけ悲しそうに眉を下げ俺の後ろに下がり由夢ちゃんと距離を取った。澪が距離を取ったのを見て、由愛ちゃんは恐る恐る近づき、ストラスに手を伸ばす。

 俺はさっきの仕返しにストラスに由愛ちゃんのとこに行けと言った。俺を情けないって言った罰だ。


 「ストラス」

 『……ほぉ』


 ストラスは嫌そうに反応したが、ニヤニヤ笑ったまま。それを見て嫌がらせをされていると理解したストラスは恨めしそうに俺を見て由愛ちゃんの腕の中に飛んでいった。けっ!ざまあみろストラスが。

 由愛ちゃんはストラスを抱き抱えた今度はままヴォラクを見つめた。どうやら由愛ちゃんは年の近そうなヴォラクと話したいようだ。


 「ねぇねぇ何歳?由愛はね、六歳なんだよ。小学校一年なんだよ。貴方は何歳?八歳?九歳?」

 「なっ俺が八歳!?ふざけんなよ!俺はこう見えても数千歳はいってんだぞ!」


 ええええぇぇぇええ!?ヴォラク!お前そんなに年いってたの!?なんかちょっとショックなんだけど……

 しかしヴォラクの見た目は子どもだから、もちろん信じてもらえるはずもなく、由愛ちゃんは嘘だぁと笑い飛ばした。


 「嘘じゃねえ!!!」


 別にいいだろ年齢なんて。というか人間が数千歳とかありえないんだから否定したって信じてもらえるわけねえだろ。しかしヴォラクは気に食わないのか何度も訂正するもまた嘘だと言ってあしらわれる。

 その繰り返しにイラついたのか、次第にヴォラクの表情が不機嫌になっていく。


 「焼き殺したろか……」


 ボソッとヴォラクはつぶやいたが、目がマジだ。

 その言葉が聞こえて慌ててヴォラクを止めた。


 「わ――――――!そう言えば由愛ちゃん!今日はセーレいないのかなぁ!?」


 その話題を出した途端に由愛ちゃんは悲しそうな顔をした。


 「セーレね……いるんだけど最近元気ないの……」

 「え?」

 「なんかボーっとしてね?由愛のお話も聞いてくれないし、由愛心配なの」


 これってもしかしなくても俺のせい?俺のせいでセーレは気にしてんのか?

 ストラスも少し深刻そうな顔をしている。とりあえず俺は由愛ちゃんにセーレを呼んでくるように頼んだ。待っている間、光太郎が腕を組んでため息をついた。


 「大丈夫なのかな?昨日の兄ちゃん、ヴォラクが沙織って子泣かすからじゃねーの?」

 「えー俺のせいだって言うのかよー光太郎」


 しばらくすると由愛ちゃんが戻ってきて、こっちにこいと手招きをする。


 「あのね。セーレがね、部屋に来てくれって!案内するね」


 由愛ちゃんは大事にストラスを抱えたまま、家の中に入っていってしまい、俺たちは慌ててその後を着いていった。


 ***


 「セーレ、連れてきたよー」

 「由愛、ありがとう。ごめんな」


 由愛ちゃんがドアの前で声を出すとセーレが顔を出して由愛ちゃんの頭を優しく撫でた。

 ストラスは由愛ちゃんの腕の中から抜け出し、セーレの肩に飛び乗ると、残念そうな顔をして手を伸ばした由夢ちゃんをセーレが止める。


 「あっフクロウさん」

 「はは、フクロウさんも話しに加わりたいみたいだ。由愛、フクロウさん借りるよ?」

 「由愛も一緒にいちゃ駄目?」

 「難しい話だから由愛にはわかんないよ。皆と遊んでおいで」


 セーレが由愛ちゃんの背中を押すと、少し名残惜しそうにセーレを見たが、聞き分け良く頷いて俺たちに手を振って走って外に行ってしまった。


 「ごめん、入ってくれ」


 夢ちゃんがいなくなったことを確認して、セーレは俺たちを部屋に招き入れた。セーレの部屋はそんなに広くなく、人数分の椅子が足りず、ベッドに座ってくれていいと言われ俺と澪と光太郎が腰かけ、ヴォラクは空いている椅子に勢いよく座った。

 整った顔立ちのセーレを見た澪が耳に顔を近づける。


 「本当に優しそうな人だね。あと、超格好いいね。モデルさんみたい」


 澪の表情は心なしか赤くなっており、格好いい好青年を目の前にして恥ずかしくて目を合わせられない乙女状態になっている。澪……そんな顔、俺には一回もしてくれたことないのに!セーレのこと嫌いになりそうだ!!

 でも、由夢ちゃんが言った通り、セーレは確かに少し元気がないような感じだった。


 「久しぶりだなヴォラク。まさかお前まで拓也と契約してるなんてな。暴れん坊のイメージだけど意外だったよ。大丈夫なの?このこと、ブエルは知ってる?指輪の継承者見つけたって」

 「まずブエルどこにいるか知らねえし。そういうセーレだってキメジェスと一緒にいないじゃん」

 「同じ場所に召喚されなかったから……彼のこと知らない?どこにいるかとか、姿を見たとか」

 「知らない。俺だって召喚されたときは一人だったし、正直拓也に会うまで他の悪魔なんか見てないし。あと、俺が拓也と契約したのは飴のためだからな!」

 「飴?」


 セーレは頭に?を浮かべている。不味いヴォラクについた嘘がばれる!!

 慌てて話を遮ろうとしたが、時すでに遅し。ヴォラクは鼻高々に自慢してしまった。


 「ふふん!セーレは食べたことないんだろ!すっげえ甘くて美味しい人間たちが好む高級品さ!拓也は飴をいっぱい買ってくれるんだ!俺は金持ちの貴族と契約したんだぞ!!」


 あああああああああ!!!!恥ずかしいいいいい!!!貴族とか言うの止めて!しかも何も知らない他人に!!セーレ凄い怪訝そうな顔してるよ!!

 なぜヴォラクが俺を貴族と言うのか理由を知っている光太郎は、自分が関係ないからか思い切りふきだし、ストラスも笑いをこらえ頬がハムスターのように膨らんでいる。澪は何のことを言っているのか理解できず目を丸くしていた。


 「あ、ああ……飴、美味しいもんな。ヴォラクの気持ちわかるよ」

 「この貧乏そうな家じゃあ飴は食べれないだろうね!可哀想なセーレ!」

 「うん、俺、可哀想なのかもね……」


 セーレがいい奴すぎて泣けてくる。突っ込むのが面倒なだけかもしれないけど、絶対この反応は飴が何なのか知ってるやつだ。そりゃそうだ、孤児院だもん。子供いっぱいいるんだし、おやつに飴が出てくることだってあるだろう。

 今、セーレはどんな気持ちでヴォラクを見ているんだろう。まさか、俺がだましてると思ってる?

 案の定、セーレは流石に心配になったのか、こちらに契約内容を聞いてきた。答えていいかもわからず、滅茶苦茶気まずくて、視線をそらしながら聞き取りづらい声になったかもしれないが、返事をした。


 「契約内容……助けてくれたら飴あげるって」


 それを聞いたセーレはおかしかったのか声をあげて笑った。それを馬鹿にされたと思ったのか、ヴォラクがセーレにかみつく。


 「なんだよセーレ!笑うことかよ!」

 「ごめんごめん。俺、初めてお前のこと可愛いなって思ったよ。ふふふ!ヴォラク、もう少し警戒して、ちゃんと調べないと。狡猾なのは悪魔だけじゃないんだよ。まあ、彼は大丈夫そうだけど。拓也、君が案外ちゃっかりしてて安心したよ。相手は悪魔だから馬鹿正直に真面目にはならない方がいい」


 ひとしきり笑ったセーレは相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。しかし穏やかな流れを叩き切る話題をストラスが出した途端にセーレの表情が変わった。


 『セーレ、沙織と契約を切るつもりにはなりましたか?』


 冷や水を打ったように静寂が包み、一気に下がった空気に息をのむ。穏やかに笑っていたセーレがため息をついて足を組んだ。顔をあげた目の冷たさと鋭さに、思い知る。いくら温厚だと、優しいと言われていても、こいつは悪魔で……きっと戦えば俺達なんか簡単に殺せてしまう存在であるということを。


 「ストラス、俺もお前に聞きたいことがある」

 『なんでしょう?』

 「お前、沙織に何か言ったか?」


 まずい ― 瞬間にそう思った。

 セーレは気付いている。契約者の沙織が落ち込んでいるのが俺たちのせいだと。もし、彼女を悲しませているのがわかった瞬間、忠義が厚いと言われているこの男はどんな反応をするんだろう。


 「昨日お前たちが帰った後から沙織の元気がないんだ。もしかしたら何かあったのかって思ってな……勘違いだったら悪いんだけど」

 『貴方と契約を切れといいました』


 セーレの目つきが変わる。苛立ちをあらわすように、腕組をしている指をトントンと叩く。それが苛ついている、内容次第では許さない - そう訴えているようで、恐怖から視線を逸らす。

 しかしストラスの声は動揺を一切含まず、淡々としていた。まるで、自分たちがすべて正しいとでも言うように。


 『セーレ、今この事態は何かがおかしい。悪魔が全てこの世界に召喚されるなんて今までになかったことです。そんな人間がいることも聞いたことがないし、未だに召喚者が見つからない。これも明らかにおかしい』

 「それはわかってる」

 『悪魔達は拓也の指輪を狙っているかもしれない。私とヴォラクだけでは太刀打ちできない事態に直面する可能性がある。だからこそ貴方の力が必要なのです』

 「だから?拓也を助けるために沙織を言葉で傷つけたと?自分の目的のためなら沙織に何を言ってもいいと思ってるのか?」


 真っ当すぎる指摘にストラスの言葉が詰まる。それは沙織を傷つけたという自覚があるからだろう。セーレの目つきがますます鋭くなり、俺たちをまるで拒絶するように、壁をつくっているように感じた。


 「沙織は俺の恩人だ。俺にこんな暖かい気持ちをくれたのも、眩しい世界に存在を許してくれるのも、全部沙織のおかげなんだ。何を言ったかは知らないけど、沙織は確実に傷ついている。沙織を傷つけたことは許せない」

 『あの程度のことを言わなければ貴方は拓也と契約しないでしょう?考えてみなさい。悪魔と契約するということはそれ以上に危険に巻き込まれることです。仮にも悪魔は異次元の存在。本来ならばこの世界での存在は許されない。貴方ならまだしも他の危険な悪魔も召喚されているのですよ。もし七つの大罪のアスモデウスや、ルシファー様の腹心中の腹心パイモンやバティンに出会ったらどうするおつもりなのです?彼らは目的のためならば手段を選びません。貴方の力を必要とすれば平気で契約者を傷つけるでしょう』


 それは事実なんだろう、セーレの力はサポート的な意味合いを含めて、とても扱いやすくて便利な力だ。他の悪魔だって利用したいと思うこともあるかもしれない。

 話し合いで解決できない場合、力づくで来られたら?それを聞かれて黙ってしまったセーレにストラスは追い打ちをかける。なんでフクロウのくせにこんな弁がたつんだろう。


 『巻き込みたくないのならば今すぐ契約を切りなさい。そして拓也を守ってください』

 「ストラス、言い過ぎだって」


 ストラスをいさめたが言い足りないとでもいうように首を横に振られる。

 目の前にいるセーレは明らかに肩を落としているけど、これ以上言う必要はないんじゃ……


 「でも俺が君に協力してなんの役に立てる?ヴォラクみたいに戦う事もできない。ストラスのような頭脳も持ち合わせてない。足手まといなだけじゃないか……」

 『まずは世界中の悪魔を探すのに協力してください。そして私たちに何かあった際、拓也たちを安全な場所に逃がしてください。これは貴方にしかできないことです』

 「俺にしかできないこと……」

 「あの、さ」


 あまり話に参加してはいけないのかもしれない。何もわからない俺が首を突っ込むべきではないのかもしれない。でも、セーレには知っていてほしいんだ。俺の気持ちを知ってから、契約を決めてほしい。


 「あんたもすっげー嫌だと思うんだよ。由愛ちゃん達と一緒にいる時さ、すげえ楽しそうだったから。本当に由愛ちゃんたちのこと大好きなんだって伝わってきたし、本当なら俺も巻き込みたくなんかないんだけど……でも俺超チキンだから悪魔と戦うの怖いし、嫌だし……死にたくないし、あんたがいれば安心だってストラスも言うから、自分勝手だってわかってるんだ!でも、怖いんだ……安心できる何かが欲しい。利用してるみたいだってことも分かってる、けど……ごめんなさい。沙織さんと契約を切って俺のところに来てください」


 頭を下げた俺を見て黙っていたセーレは椅子から立ち上がり俺の腕を取った。悲しそうに眉を下げ、労わるように手を握られる。


 「……手のひらが柔らかい。人を傷つける物を、握ったことないんだろうね。こんなに細い腕でマルファスと戦ったなんて怖かっただろう……君みたいな、沙織と同じくらいの子にこんな危険が迫ってるなんて」


 その目が本当に俺のことを心配しているのが分かって、相手が悪魔だっていうのに、俺の気持ちを理解して労わりの言葉をかけられて、思わず涙がこぼれた。


 「怖かったよ。訳が分からないまま、こんな指輪もらって、悪魔に狙われて、なんで俺がこんな目に遭うんだって思って……」


 それ以上言葉にならず、隣に座った澪が慌ててハンカチで俺の目元を拭う。好きな子の前で泣いてしまった情けない俺を誰も笑わず、静まり返った空間の中で、意を決したようにセーレが声をだした。


 「沙織との契約を破棄するよ。正直、わからない。これが正しいかどうかなんて……俺が君の力になれるかも自信がないし、沙織との契約をこんな中途半端に終わらせるのも望んでいない。でもこのままじゃいけない気がするんだ」

 「セーレ……」


 一部始終を黙って見ていたヴォラクはやれやれと頭を掻いた。


 「やっと話はまとまったね。それで、いい加減出てきたらどうなの?」


 その瞬間、ドアの隙間から沙織が顔をのぞかせた。話を聞いていたんだろう、騒ぐことなく沙織は無言で歩いてきて、セーレの前に立ち止まる。


 「契約、破棄するんだね……」

 「沙織ごめん。言い訳なんてしない。俺にはこれしか言えない」

 「それがセーレが望むことならあたしは何にも言わないよ。契約石取ってくる」


 沙織は目に涙を溜めながらもその場から立ち去った。


 「一応、石のことも知ってるんだね」

 「まあ、全部話したからな」


 涙が引っ込んで、少し恥ずかしくなりそっぽを向いた俺を見て、ヴォラクはやれやれと肩をすくめた。なんて言葉をかけていいのかもわからない、本当にこれでよかったのかな。セーレの幸せを奪うような形になっちゃって……

 少し待っていると沙織は手に小さな箱を持って帰ってきた。箱の中には青い石のついたピアスが入っている。


 『サファイアのピアス。間違いありません。セーレの契約石です』


 沙織はピアスを大切そうに持ってセーレに手渡そうと手を伸ばしたが、その手は硬く閉じられてピアスを渡そうとしない。


 「沙織……」

 「あれ?ごめん。渡す、渡すね」


 しかし手は一向に開かれず、目に涙を溜めてうつむく沙織にセーレが手を伸ばした時、小さく、本当に小さく沙織がつぶやいた。


 「契約……無くしたくない」

 「沙織……」


 はじかれたように顔をあげた沙織の瞳は今にも決壊しそうなくらい揺れている。しかしその瞳から一粒、雫が零れ落ちた瞬間、全てが決壊し後続の涙がボロボロとあふれ出した。


 「やっぱヤダ!セーレとの契約を無くしたくない!だって、家族になってくれるって言った!あたしの家族になってくれるって言ったじゃない!!もう、あたしを一人ぼっちにしないよって!!」


 沙織はその場に泣き崩れ、セーレの伸ばした手は宙ぶらりんになったまま、悲しそうに沙織を見つめている。契約を破棄することが、この子にとってどれほどつらい事か、なんとなくわかる気がする。正直俺はストラスとヴォラクとは仲間だとは思っているけど、家族のように思っているか?と聞かれたら今はまだそんな感情はない。それでもストラスやヴォラクが同じように他人に取られたら、きっと面白くない。

 

 俺ですらそうなんだ。心からセーレを信頼していた沙織からしたら辛いだろう。

 俺もこんな状況で上手く話を切り出せるほどできた人間じゃない。何を言ったって結果は同じなんだ。気休めにしかならないし、俺が励ましたところで嫌味にしか聞こえない。

 セーレは泣いている沙織の頭を優しく撫でた。


 「ごめんな沙織……契約者一人満足させられないなんて、本当に駄目だな俺は。でも、彼を守ることがきっと、いつか君を救うことになるんじゃないかなって思うんだ。だから、ごめんね。お詫びと言っては何だけど、沙織はどこか行きたいとことかある?」

 「行きたいとこ?」

 「最後って言いたくなんかないけど、俺の力……沙織の為に使うよ。俺はこんなことしかできないけど……」


 セーレの言葉に沙織は何かを考えるように仕草を見せたが、すぐに顔をあげた。


 「……あそこ。セーレと初めてあった場所に行きたいの」

 「あそこに?」

 「うん」


 沙織が肯定したのを見て、セーレは笑って快くその頼みを承諾した。


 「わかった。じゃあすぐに行こう」


 セーレが口笛を軽く吹くと、すさまじい風が室内に吹き込んできて、次の瞬間、目の前には翼の生えた一頭の馬が立っていた。馬は愛おしそうにセーレに頬を寄せる。


 『久しぶりだな。ジェダイト』


 セーレは服装以外の見た目に変化は全くないが、それでも身に纏う雰囲気が少し違うような気がした。馬はそれに答えるかのように小さく声を上げ、セーレに再度頬ずりした。


 「羽の生えた馬……」

 『あの馬がセーレの武器、最速のスピードを誇る馬、ジェダイト』

 「これがセーレの力……」


 沙織は目の前の現実に息を飲んだ。初めて見る悪魔としてのセーレの力に驚いているようだ。それを見てセーレは苦笑しながら沙織を見つめた。


 『軽蔑した?』

 「ううん……全然」

 『なら良かった』


 セーレは沙織を馬に乗せると自身も馬に乗った。しかしそこでまさかの空気を読まない発言をするフクロウがここにいる。


 『セーレ。我々もお供してもいいですか?これから契約する拓也にも貴方の力を見せておきたいのです』


 ストラス!空気読めよ!しかも俺の為かい!?

 いや、結構ですよ!家族水らず楽しんで!!


 『沙織がいいって言うのなら構わない。拓也とストラスくらいなら乗せれるだろう』


 いやいやいや、沙織めっちゃ睨んでんじゃん!この状況は嫌過ぎる!


 「いやー俺はお邪魔虫かなぁ?なんて……あはは」

 「別に構わない。セーレがいいって言うなら」


 とにかくこの空気をなんとかするために軽く笑って見せたが、その場の空気は全く変わらなかった。沙織もセーレもお互いがいいならいいよと言う結論の押し付け合いになっており、結局沙織は俺を睨みながらも、付いてくることを許可した。

 別にそこまでしていきたい訳じゃないのに。


 『なら乗ってくれ』


 セーレは自分の後ろをポンポンと叩くけど、そんな簡単に言われても馬ってそんなすぐに乗れるもんなの?俺、馬に乗るの初めてなんだよねー。ていうか乗り方わかんないんだよね。

 ジェダイトと呼ばれたセーレの馬は俺が牧場とかで見た一般的な馬よりもはるかに大きく背も高い。頑張って足をあげてみても全く届かず、諦めて馬の前で固まっていると、不思議に思ったのかセーレが尋ねてきた。


 『拓也?君は馬に乗れないのか?』

 「乗れないって言うか、乗り方がわかんないんだ」

 『つまり乗れないんだよな』


 はい、オブラートに包んでみたんですけど、正直に言ったらそうです。乗れません。恥ずかしいけど乗れないと言うと、セーレは軽く笑い、ジェダイトに伏せるように命令した。

 するとジェダイトは俺の前に屈み、ちょうどいい高さまで伏せてくれた。


 「すんません……」


 とりあえず気まずさから謝って、馬に乗り、ストラスが肩に乗って馬が動くのを待った。


 「ストラスー俺たちどうしときゃいいの?」

 『そのままこの部屋で待っていてください。すぐ戻ります』

 「えー……わかったよ。早くしてよ」


 すぐ戻るって……お前が決めることかい。

 ストラスに心の中で突っ込みをいれ、振り落とされないようにセーレにしがみついた。


 「あのーセーレ、ここ室内だけど、壁ぶち抜くの?」

 『あはは、そんなことする訳ないだろ。君って時々面白いこと言うね。人間の世界はユーモアに溢れているね』


 純粋な疑問を馬鹿にされて少し恥ずかしい。でも沙織も不安そうで、こんな馬が壁をぶち破って出てきたら警察沙汰だ。しかし、ジェダイトはまさかの壁をすり抜けて、家の外に出る。へえ、これは便利な力だな。


 『行くぞ!ジェダイト!』


 セーレの掛け声とともに、ジェダイトは高らかに声をあげ、羽根を広げ走り出した。

 急に吹いてきた突風はフォモス達の時とは比べ物にならない。


 「うわ!ななな、なんだよこれ!?」

 『喋ると舌噛むよ』


 セーレに言われて慌てて口を閉じ、目を細めてセーレの背中にしがみつく。セーレの前に座っている沙織も風の強さに目を瞑り、セーレにしがみついている。


 『ジェダイト、そろそろいいな?』

 『ヒヒイイイィィィン!』


 ジェダイトがセーレの問いかけに答えるように声をあげた。今から何が始まるってんだ……あれ?


 「風がなくなった……」


 突然のことに瞬きをする。周りを見てみてもまだ空の上……っていうか雲の上!?ギャ――!こわい!これ高度がフォモスたちに乗った時よりもはるかに高い!!でも寒くもないし、風も全く感じない。それなのに馬は走り続けてる。どうなってんだ?

 沙織も不思議に思ったのかセーレを見上げた。


 『今、音のスピードよりも速い速度でジェダイトは走ってる』


 音の速度!?マッハより速いってのかよ!?

 それなのに風の音は聞こえないし、普通に話しはできるし。寒くもないし、息苦しさとかもない。


 『これは俺の能力の一部なんだけど、俺はジェダイトに乗っている時、その飛行の障害となるものを全てかき消す力があるんだ。走るのに風は邪魔だし、高い所にいればその気温も気圧も邪魔になる。つまり身体に負担がかかるものを全てかき消すことができる。今はこのくらいの速度だけど、風と気圧の抵抗がないから光の速さで走ることもできる』


 なるほど。だからさっきの台風のような風も、耳が壊れるくらいの風の音も寒いほどの温度も何も感じないのか。むしろ今感じているのは、本当に何もない空間のような感じだ。

 風も吹かなく、気温もちょうどいい。その中に座っている感じ。しっかし本当に便利な能力だな。


 『拓也、風が無くなったから俺をつかまなくても落ちることはないよ』


 うん、今の話を聞いてるとそうなるね。でも実際にそんなことが起こっても怖くて手なんか離せるわけがない。もし落ちたら俺はその場で死ぬ。いや、落ちた途端にショック死する。


 「怖いから無理」

 

 セーレは目を丸くしたが、俺が本気でビビッているのがわかるとそれ以上は何も言わなかった。いいね、そういう空気の読める人大好きよ。セーレにしがみつきながら地上を見下ろす。

 雲の上からの地上は本当に飛行機から見た時と同じで、空を飛んでいると言う実感がわいた。


 『そろそろか……急降下するぞ』


 セーレはジェダイトに急降下するように命じ、それを慌てて止める。訳がわからずキョトンとしているセーレに問いかけた。


 「このまま降りたら一般人に見られちゃうだろ?そんなの絶対ダメだって」

 「あーそうか」


 セーレはなるほどと言いながらジェダイトに話しかけた。


 『じゃあ全速力で降りてくれジェダイト』


 おいいいいいいいいいいいいい!?人の話聞いてた!?

 沙織も不安そうにセーレを見上げ、俺と沙織の視線を受けているセーレは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべた。


 『心配いらない。俺の能力の一つ。ジェダイトに乗っている人間以外、つまり他人にはこの姿が見えることはない。』


 いいとこ取りすぎるでしょ。風の抵抗がないから全くわからないが、ジェダイトはものすごい速度で急降下している。多分、飛行機なんかよりもずっと速い。どんどん建物が立体的に見えてきて、車まで肉眼で確認できるほどになった。大丈夫なのかよ!?

 しかし俺が思ってたこととは全く違い、セーレは緑の多い山の方に向かっていた。

 あそこに?街のほうじゃなくて?ていうかここどこ?俺が周りを確認した数秒の内にもう木が目の前に迫り、ジェダイトは森林の中に飛び込んだ。


 「ここどこだ?」


 しゃがんだジェダイトから降りて、辺りを見渡すと、崖の上にガードレールが見えた。ここ山道か?でもハイキングコースと言うわけでもなく、なんでこんなところに沙織は来たかったんだ?

 ストラスは俺の肩に乗ったまま首をかしげた。


 『このような場所に一体何が?』

 「さあ……セーレ、ここどこなんだ?」

 『ごめんな。俺も地球の地理はわかんなくてさ。ここの名前はわからないんだ』


 まあそっか。悪魔がそんな日本のどこかなんてわかるはずないよな。

 ぶっちゃけ東京すら知らなさそうだもん。


 「ここ埼玉だよ。埼玉の山道」

 「さい……たま?」


 ええええええええええぇぇぇええぇえぇえぇぇぇええ!!?

 馬にのってたのってたったの二〜三分だったよな!?それで埼玉の、しかもこんな山の中に着いちゃうのかよ!?


 『どうです拓也、セーレの力は』

 「なんかビックリしすぎてなにがなんだか……」


 この力があったら世界一周も訳ないだろう。なんだかヴォラクみたいな悪魔は正直悪魔らしいけど、こんなサポートに特化しているような悪魔がいるなんて意外過ぎる。

 しかし何をしていいか分からず、突っ立っている俺とは違い、沙織がまっすぐ森の中を歩きだし、セーレも何も言わずにその後を付いていく。この先に何があるかは知らないが、とりあえず二人の後を付いて行った。

 森の中を少し歩いたところに小さな石が積み重ねられていた。


 「お父さん、お母さん」


 沙織の両親の墓……なのか?にしては雑すぎねえか?墓石なんてないぞ。

 自分が想像する墓と違いすぎて、首をかしげているとセーレがこっそり教えてくれた。


 『お墓はちゃんと別の場所にあるよ。ただ沙織はこの場所で両親を失った』

 「え?」


 確かにあそこは孤児院だ。沙織も何らかの形で親を失ったのはわかるが、突然突きつけられた現実にやっぱり戸惑ってしまう。セーレは石の目の前で手を合わせる沙織を悲しそうに見つめていた。


 『沙織は数年前、家族でドライブに行ってたらしい。ここは車の通りも少ないし、ましてや事故なんて滅多に起こらないとこだったらしい。沙織達は普通に楽しく家に帰ろうとしてた。でも突然車が猛スピードで走ってきた。その車は対向車線の線も簡単に越えて沙織達の車に向かってきた。沙織の父親はその車を避けようとしたときに……この崖から落ちてしまったんだ。車はそのまま崖を転落した。沙織は母親に抱き締められてたから軽症ですんだけど、沙織の両親は……その場で即死だったそうだ。沙織はこのことを、場所を絶対に忘れないように、この場所に自分で墓を作った。俺はたまたま沙織がああやってる場に居合わせたってところだ。話を聞くと、孤児院を抜け出して両親の遺品を探しに来たって言うじゃないか。可哀想だから手伝ったときに両親がいないって泣きながら話すから、俺もいないって言ったんだ。嘘はついてないしな。そしたら沙織が太陽の家に行こうって……』


 そんなことが……両親がいることが当たり前の生活だった。でも今、目の前にこうやって両親をなくした子がいる。なんか、すっげー複雑だ。沙織は手を合わせて、何かを一生懸命祈っていたが、それも終わったのか手を放し、立ち上がった。


 『沙織?』

 「もう終わった。気持ちの整理もちゃんとつけれた」


 沙織はセーレの手にサファイアのピアスを渡した。


 「バイバイだねセーレ。あたしセーレに会えてよかった」

 『俺も沙織に会えてよかった。この世界に召喚されてよかった』


 セーレは優しく沙織を抱きしめた。

 沙織は泣くのを必死にこらえながらセーレにしがみつくように抱きしめかえした。


 「ドラマみてえ」

 『ドラマ?昨日拓也が見ていたあの不良共の話ですか?』


 あのなあ、ドラマなんかいろんなのあんだから、あんな青春系のじゃねえよ。こんな純愛と一緒にすんなよ。

 その後、俺たちはジェダイトに乗って太陽の家まで帰りついた。

 ものの十分の間に埼玉と東京を行き来したことにやはり驚きを隠せなかった。


 「拓也、おかえり」


 帰りつくと、光太郎はトランプを床に置いて出迎えてくれた。こいつら寛ぎすぎだろ。

 セーレは俺の手に契約石であるサファイアのピアスを手渡す。


 『新たな主よ。このセーレ、全身全霊をもって主の為に仕えることを誓う。私を、貴方の盾に』

 「相変わらず堅苦しいよねセーレは」


 ヴォラクはあくびをしながら近寄って来た。そうだよな、こいつとか渡してきて受け取れとか言ってきただけだもんな。一連のやり取りを見ていた沙織はやはり寂しいのか……顔を伏せる。


 「拓也、大丈夫だったの?」


 澪も心配そうに話しかけてきて、うなずきながら契約石を握り締めた。


 「もういなくなっちゃうんだね」

 『ごめんな沙織』


 セーレは申し訳なさそうに沙織に頭を下げた。


 「もう、会えないんだね」

 『……うん』


 ん?もう会えない?何言ってんだ?


 「セーレ、俺の家はここから電車で乗り換え入れて五駅離れてるだけだぞ?来ようと思えばいつでも来れると思うけど」

 『え?』


 沙織とセーレは驚きを隠せない顔をしていた。あ、これってさ、もっと詳細を言えば結構すぐに解決した問題なんじゃないか?


 「お前はこれからヴォラクたちが住んでるマンションに住んでもらうけど、そっからここまで電車で行けば大体三十分くらいしかかかんねえよ。多分歩いて行っても一時間かかんないんじゃない?」

 『じゃあ二度と会えなくなるわけじゃなくって……』

 「悪魔の事件が起こってなくて暇な時なら別にいつでもここに来ていいぞ」


 そう言えば俺の住所まだ言ってなかったな。俺、てっきり二人がこんな嫌がるのって、ただ単に契約関係を無くすのが嫌なんだと思ってたけど、二人は俺がすげえ遠いところからセーレを奪いに来たと思ってたのかもしれない。いやーでも俺、都内で募金活動してたんだし、そんな遠い所に住んでると思われるなんて、それこそ思わないし。

 セーレは今までのもめ事は何だったんだと言うように乾いた声を出した。


 『あはは……そう。そんなに近く……はぁ……』

 「あんたねぇ!」


 沙織はまた俺に掴みかかってきた。やめてよ!澪の前なのに!

 澪が案の定、驚いたが、慌てて沙織を俺から引き離そうとしている。


 「ちょ、ちょっと拓也に何するのよ!放してよ!拓也何も悪いことしてないじゃない!!」

 「したじゃん!全部あんたが悪い!紛らわしいのよ!!!」

 「お、おおお!これが修羅場ってやつだろ!昨日の昼にこういうのやってた!」

 「何ヴォラク、お前昼ドラ見てんの?」


 ヴォラク、光太郎!お前らこそ俺を助けろよ!!!


 その後、また軽く一揉め起こったけど無事セーレとは契約できた。

 これからはまず自分の紹介をしよう。そう心に誓いながら殴られた頬を俺はむなしく撫でた。


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