第127話 無い物ねだり
パイモンが調べてきた住所に向かった先に建っていたのはお洒落なデザイナーズマンションだった。あまり建物は大きくなく、学生マンションなのか駐車場には沢山の自転車が駐輪されている。
オートロックなどはついてなく、部屋の前まで問題なく行け、パイモンがインターホンを押すと出てきたのは綺麗な女の人だった。
俺達よりもガタイは良かったけど、でも女の子らしい可愛らしい顔つきだった。この人がナターリエさんのお姉さんのクリスティーネさんなんだろうか?
127 無い物ねだり
出てきた人は俺達を見て怪訝そうな表情を浮かべる。そりゃそうだろう。見ず知らずの、しかも東洋人が家を訪ねてくるなんて思わないはずだ。すぐに閉めようとした扉をパイモンが押さえると、相手はこちらを犯罪者か何かと勘違いしたのか声を出そうとしたが、パイモンが先に問いかけた言葉に悲鳴は発せられずに終わった。
「Du er definitivt på Christines?(貴方はクリスティーネさんで間違いないですね?)Looking for din søster. Kender du opholdssteder?(貴方の妹を探しているのですが、居場所をご存じで?)」
その言葉にクリスティーネさんの目が見開かれる。その反応があまりにも怪しく感じて、光太郎と顔を見合わせた。妹が行方不明なのは姉なら知っているはずだ。姉と同じ大学の人間ですら知っていたのだから、本人が知らないはずがない。
「(……警察?)」
小さな声で呟かれた言葉にパイモンが眉を寄せ、首を横に振ると、相手はあからさまに安心したように肩の力を抜いた。なんだろう、この違和感は。
パイモンが俺達に振り返って頷き日本語で呟いた。
「妹の行方、恐らく知っていますね」
やっぱり、パイモンもそう思うよな。俺たちに妹への質問を一切せずに、警察かどうかを確認するなんて普通じゃない。妹が見つかったのかとか聞きたいことは沢山あると思うのに。
パイモンは相手にナターリエさんの知人だと伝え、大学に来ないことが心配で探していると告げた。それに対してクリスティーネさんは表情を険しくして扉に手をかける。
「(妹ならコペンハーゲンにいるからここにはいないわ)」
「(最近大学に通っていないと言う話、知らないのですか?貴方達の幼馴染と危ないことをしていると言う噂、ご存じないか?随分と広まっているようですが)」
「(ええ、聞いたことあるわ。でも事実無根よ。私には連絡も来ていないし何も知らない。早く帰って)」
クリスティーネさんはそう吐き捨てるように返事をしてこちらの返事も聞かずにドアを閉めてしまい、残された俺達に嫌な空気が漂う。眉を少しだけ動かしてパイモンは舌打ちをする。
「……妹の失踪に関与しているのは間違いないですね。仲のいい姉妹だと聞きました。妹が大学に行かずにあのような噂が流れていることに対する否定や心配を微塵もしなかった」
やっぱり、何かを知ってるのは間違いなさそうだ。問題はどうやって口を割ってもらうかだ。固く閉ざされた扉はもう開くことはないだろう。じゃあシトリーに力を使ってもらうしかないか?それでも、まずは玄関から顔を出してもらわない事には始まらない。
「もう少し情報を集めましょう。妹の情報を探して再度接触を図りましょう。次は私とシトリーの力を使って無理やりでも吐かせます」
「できるだけ穏便にね」
俺達がクリスティーネさんのマンションから立ち去ろうと足を動かしたけど、シトリーだけが動かない。その表情は真剣そのもので、何かを探している。
「シトリー?」
「……近い」
近い?何が?
思わず頭に?を浮かべた俺の横を光太郎が横切った。
「シトリー、それって」
「ああ、指輪が反応してやがる。この近くにグレモリーがいるみたいだな」
シトリーが手に持っていたのはダイヤなのかな?すっげーキラキラ光った宝石がついた指輪だった。でもあれ何だ?ストラスは何か感づいたのか、驚いたような声をあげる。
『シトリーそれは……』
「これはグレモリーの契約石の欠片だ。どうやら主人の元に戻りたいらしいな。グレモリーのエネルギーに反応してやがる」
えぇえ!?契約石の欠片って!そんな契約石って削ったりすることできるのか!?じゃあこれを使ったらグレモリーをすぐに見つけられるじゃないか。なんで今まで使わなかったんだよ。
『しかしそれではあちらにも……』
「俺が感じ取れてんのならグレモリーもこの契約石を感じ取ってんだろうな。向こうから仕掛けてくっかもしんねえな」
シトリーは指輪をポケットにしまい、固く閉じられた扉を睨み付ける。
「やっぱこのアパートに居るんじゃねえか?」
ガンッと扉に一発ケリを入れたシトリーを慌てて引きはがす。何してんだよ!穏便にって頼んだじゃん!万が一違ってたら、俺達犯罪行為してんだからな!?
力づくでも入りたいのは俺も同じだけど、そう言う訳にはいかないんだよ。とりあえず、このアパートは絶対に怪しいという事を結論付けて、俺達はアパートを一度離れた。
***
ナターリエside ―
『これは……契約石の』
「グレモリー?」
グレモリーの表情に緊張が走る。何が起こったか分からない私にはただグレモリーの顔色を伺うしかできない。彼女は何かを考え込んだような素振りを見せ、顔を上げ私に向き直った。その表情はどこか焦りが見える。
『Natarie. Du leder efter, er dem?(ナターリエ、貴方自分を探してる人間を私に探してほしいって言ってたわね?)』
「Ja.(え?うん)」
『Lad mig finde.(私が探してあげるわ)』
思ってもいない展開に自分の表情が華やいでいくのが分かる。そんな私の頬を優しく撫でて、グレモリーは美しい笑みを浮かべて姿を消した。だけどどうしてグレモリーは急に私のお願いを聞いてくれる気になったんだろう。契約石って呟いてたけど、これがどうかしたのかな?
グレモリーと二人きりの時にだけ身につけているダイヤモンドの指輪……宝石の中でもっとも有名で格別に美しい。ブリリアントカットが施されたそれは私の指で美しく光を反射している。こんな物を貰えるなんて思ってなかったから驚いてしまった。かなり大きいダイヤだけど何カラットくらいあるんだろう?
ダイヤモンドの指輪……契約石もグレモリーにピッタリな気がした。華やかで美しい、永遠の愛を誓い合う代名詞の宝石。ただグレモリーは愛を嫌っている。そこだけがダイヤモンドの意味と違うけれど。
グレモリーがいなくなった部屋は私だけになり静かになった。今の時間は何時かな?確か十二時前くらいかな?この部屋には時計もなく、出られない私には時間の感覚がすらなくなってしまう。
ベッドに横になっていると扉が開く音が聞こえて、今の時刻を把握した。銃に時ちょうどに姉さんがお昼ご飯を持ってくるから。私は指輪をポケットにしまい、いつもの通りベッドに横になった。姉さんはいつものように一言も言葉を発さず、ご飯を机の上に置く。いつもならそのまま出ていくのに今日に限って姉さんは出て行かない。
「Cool?(姉さん?)」
「De ting du kan lide Hans?(あんたはハンスの事が好きなの?)」
突然の問いかけに一瞬、息が詰まったのを感じた。姉さんはどうしてそんな事を言うのだろう。なんて答えればいい?姉さんがハンスに好意を抱いているのは知ってる。そしてハンスも姉さんには優しい、きっとハンスも姉さんの事を愛してる。
なら私は邪魔なんじゃないか ― ネガティブな事を考え続けて出た答えは偽りの言葉だった。
「Hade. Jeg vil han dø Nante.(嫌い。あんな奴大嫌い)」
姉さんの目が大きく見開かれる。私はどこかで姉さんを羨ましく思っていたんだろう。姉さんならハンスは優しく接してくれる。それが羨ましくて、姉さんを傷つける言葉を放てたのが嬉しかったのかもしれない。
その表情に少しだけ気をよくした私は言葉を並べ続けた。
「Life skruet på grund af ham. Løbe hurtigt. (あいつのせいで人生が滅茶苦茶なんだよ)Men jeg kan lide min søster.(早くここから逃げ出して自由になりたい。でも姉さんの事は大好きだよ、家族だから)」
これでいいはずだ。私は今まで何も言い返さなかったし抵抗もしなかった。でも逃げたいと口にしたら、きっと姉さんは逃がしてくれる。そうしたら消えよう、二度と二人の前には現れないでおこう。この世界で最も憎くて最も愛しい二人には二度と会わない。心にそう決めて、私は姉さんにさっきの言葉を放った。でも姉さんは私を睨みつけ、顔を歪めた。
「(あんたって本当に嘘が下手ね。好きなくせに)」
その言葉に今度は私が目を丸くする番だった。姉さんは私の嘘なんてとっくに見破っていたのだ。私が横になっているベッドに近づいて姉さんは隣に腰掛けた。
「(あんたはいつもそう。相手が察するのを待って自分からは行動しない臆病者。守ってもらえるのが当たり前で、今だって私が助けてくれるなんて期待をしている)」
「(姉さんは助けてくれないの?)」
「(あんたが、ハンスのことを好きだって認めたら助けてあげる)」
何よそれ……どこまで酷い女なの?自分が優しくされているからって、私に更に辱めでも与えるつもり?冗談じゃない、認めてなるものか。だって、認めた瞬間に貴方は勝ち誇ったように言うんじゃない。彼は私の物だって、彼は私には優しいからって!!
「(こんなことされて好きになるわけないでしょ。馬鹿なこと言わないで。殺したいくらい大嫌いよ)」
「(……そう。じゃあ、あんた一生そのままだね。私はハンスのことを愛してるから逃がすつもりもない。でも、認めるのなら逃がしてもいいって思ったの。あんたは私の大切な妹だったから。でも最後まであんたは認めなかったね。私のことも彼のことも)
何を言っているの?認めたら逃がしてあげる?同情でもするつもり?そんなものいらないのに。
口を固く結んで返事をしない私に姉さんは瞳から涙をこぼした。なぜ、彼女が泣くのか分からずに言葉を出せない私に、あの人は小さくつぶやいた。
「Din søster er en grusom verden. Det er derfor en meget brutal slags.(あんたは世界一残酷な妹よ。優しいゆえに平気で残酷な嘘をつく)」
「Jeg……(私は……)」
ただ姉さんの事も大好きだしハンスの事も大好きなのに……なんで伝わらないのかな。「認めないと責められない」とか、「嘘つき」と繰り返し嘆いている姉さんの姿を見て、心が抉られるように痛い。心に形があるのなら、きっともう私の心には沢山のひびが入ってる。少しつつけば割れてしまいそうなほどの…………そしてその瞬間はあっさりと訪れた。
「Jeg hader dig.(私はあんたが嫌いよ) Jeg hader dig al den kærlighed, der er gået Hans.(ハンスの愛を全て持って行ってしまう、彼の心をあんなに壊したあんたなんか大嫌い)」
何かが壊れたような音が響いた。
姉さんはそのまま静かに泣き続け、私は何も言い返す事が出来なかった。泣きたいのは私の方なのに……だってそうじゃない?私は被害者だよ?ここに閉じ込められて暴力を振るわれて……なんで私が追い詰めたみたいな言い方するの?
涙が頬を伝って零れていく。でも声帯は潰されたように声が出なくて、ただ涙が零れていくだけ。そして湧き上がってくるのは憎しみ。酷いよ姉さん、いっつもそうやって私をのけ者にして。自分はいつもハンスに光を貰ってたくせに、私の苦しい部分なんて知らないくせに。
それなのに私の事を憎んでるなんて!!
姉さんは泣きながら私の部屋を出ていく。自室じゃない、きっと頭を冷やすためにアパートから出て行くんだ。それにハンスは今日の授業は午前までだ、今からここに来るだろう。
そうだ、今からハンスはここに来る。
「(酷い。姉さん……)」
姉さんが私の事を憎んでるなら、私も姉さんの事嫌いになってもいいよね?じゃあハンスは私が独占してもいいよね?私達がいなくなった世界で姉さんなんて永遠に孤独になってしまえ。
壊れた心が復讐に走りだした私を見て、ケタケタ笑う。本当にグレモリーの言ったとおりだった。私の大切な物はとっくの昔に全て壊れてたんだ。でももうどうでもいいよ、今から私は永遠の幸せを手に入れるから。
ハンスと二人っきりの幸せを……
ハンスも復讐したら許してあげる。貴方のせいで辛い思いをしたんだから。可哀そうなハンス、私達ニ人から愛されさえしなければ幸せな人生を歩めたのに。
今から訪れるであろう至福の瞬間を、私は目を細めて待っていた。
***
拓也side ―
「やっぱさぁーあのマンションだよな」
光太郎がぽつりと呟いたのを聞いて、俺も同意見だと頷く。またいろんな人に聞きこみをしてるけど、情報は手に入らない。シトリーも契約石の反応が消えてしまったと言ってたし……となるとやっぱあのアパートが怪しいんだよな。
「じゃあお姉さんもグルになってたってことか?」
「どうだろ、でも怪しいんじゃね?」
光太郎もさっきの少し動揺した様子が頭から離れないんだろう。光太郎はいつも以上に必死な気がする。いや、いつもやる気がないわけじゃないんだけどさ。今回はいつもより気合入ってるって言うか……
「光太郎、今回やけに張り切ってんな」
その言葉に光太郎は目を丸くした。あれ?自覚なかったのか?
気まずそうに頭を掻いた光太郎はシトリーを見つめて呟いた。
「……お前らが買い物行ってるときに、あいつと話したんだ」
それは、グレモリーのことだろうか。そのことを問いかければ光太郎は頷いた。
「あいつ、色んなことを抱えてて、腹の中のどす黒い本音も聞いて、俺の中のあいつが壊れていったんだ。いつもふざけてて、むかつくこと言って、でもなんだかんだ言って一緒にいると居心地が良くて、気楽で……そんなイメージが壊れていって、どうしていいかわからないんだ」
詳しい話の内容は教えてくれなかった。それは俺には言いたくない話なのかもしれない。でも、俺には想像できないけど、シトリーは思った以上に色々抱えこんでて、光太郎に全てを打ち明けたのかもしれない。そのせいで、光太郎は苦しそうにしている。
光太郎は苦虫を噛み潰したような、少し悔しそうな表情を浮かべた。
「俺はグレモリーって奴が気にくわねえ。だってあいつをずっと苦しめてきた奴なんだろ?女だろうとぶん殴ってやりたいよ。でもさ、違うんだよな。シトリーの本当の望みを叶えたいんだ。俺はあいつの契約者だから、あいつのために何かをしたいんだよ」
「光太郎……」
光太郎はシトリーの過去を考えるとやるせないんだろう。少ししか話を聞いていない俺でも同情してしまったから。光太郎からしたらもっと許せない事なのかもしれない。
「俺も、グレモリーって奴と仲直りする必要あるのかなって思うけど、好きならきっと仕方ないんだろうな。何言われても好きなんだから」
「それ、全く同じことをシトリーも言ってた」
そうだろうね。澪に酷いこと言われても、俺は澪をすぐに嫌いになんてなれないだろう。流石に数百年片思いはできないかもだけど、この想いがすぐに消えるとは思えない。
『Fundet.(見つけた)』
頭の中で誰かの声が聞こえて、光太郎に向けていた顔を違う方向に動かす。でも何も変わった様子はない。あれ?聞き間違いか?
「拓也?」
「あ、いや、何でもない」
そう答えた瞬間、思わず固まった。
「何だよこれ……」
「はぁ?って、え?」
俺の言葉に光太郎も視線を俺と同じ方向に向ける。俺たち以外の人間が完全に固まったように動かないのだ。走り回ってた子供も無茶苦茶な体勢で止まったままだし、もはや宙に浮いた状態で止まっている人すらいる。歩いていた人もその状態で固まったように動かない。俺たち以外の全ての人が止まってしまった。
「な、な、な?なぁ――――――!?」
「主!」
パイモン達がこっちに走ってくる。
「パイモン!これどういう事!?」
「結界ですね。恐らく悪魔と契約者以外の人間がこの結界の中に入ると動きが止まってしまうのでしょう」
「じゃあこれ外から見たらどうなんだよ!」
「結界の中です。外から中の様子は恐らく確認できません。しかし向こうから仕掛けてきたようですね。随分と特殊な結界です」
仕掛けてきたってまさか……
ハッとしてシトリーに目をやると、いつになく真剣な表情をしている。セーレもストラスもパイモンも、俺も光太郎も緊張してる。ピリピリした空気が包み込み、全ての動きが止まってしまった空間の中、歩いている人がいる。まさかあの人が?
俺達の目の前に歩いてきたのは本当に絶世の美女と言うに相応しい女の人だった。
髪の毛は肩につくくらいのボブで、頭には豪華な冠。この広場に場違いな細身のドレスに身を包んだこの人は明らかに一般人じゃない。思わず見惚れてしまった俺と光太郎は慌てて頭を振った。
「グレモリー……」
シトリーの言葉に予想が確信に変わった。この人がグレモリー……シトリーがずっとずっと想ってきた人。
パイモンとセーレ、ストラスがその場にひざまずく。それだけでこの人が地獄でいかに地位が高い人かって理解できた。そういえば無理やりとはいえルシファーの妃って言ってたもんな。パイモンに至っては上司の奥さんというポジションなのか。
「お久しぶりです、女帝グレモリー様」
しかしグレモリーは返事をすることなく、その透き通った青い目を細めて俺達に視線を送る。あまりにも綺麗な人がまっすぐ見てくるもんだから、思わず目を反らしてしまう。
『私の居場所を随分と嗅ぎまわっているわよね。ルシファーから話は聞いている。指輪を持っている子供が私達悪魔を敵視していると。どういうつもりで事を起こしている?』
「どういうつもりって……」
答えられない俺にグレモリーはフンと鼻を鳴らした。
『私たちの争いを軽い気持ちで止めようなどと思わない事ね。さっさとこの場から去りなさい。貴方のような醜い人間など視界に入れたくもないわ』
「なあ!!」
なんて酷い事を平然と!俺ら初対面だよね!?他の悪魔にもこんな酷い事言われた事ないんですけど!!
「グレモリー」
シトリーが前に出てグレモリーと対面し、グレモリーの表情が変わっていく。その目は更に冷たいものになり、全てを凍らせるような鋭い視線がシトリーに向けられた。
『私は過去に言ったはずよ。二度と私の前に現れるな、と。私を裏切っただけでなく全てをも敵に回すのね。なんて愚かで馬鹿な男』
「そうだな、自分でもそう思うよ。しつこくて女々しくて救いようのない馬鹿な奴だって……お前は審判を望んでいるのか?争いごとが嫌いなお前のことだ。望んでなんかいないだろ?」
『私のことを知った風に語るのは止めなさい。お前ごときに悟られるほど浅慮ではない』
「……そうかよ。会いたいって思ってたのも俺だけか」
思った以上に傷ついた声に、近寄りたくなるが肩にいるストラスが首を横に振ったため、シトリー達の間に入る事が出来ず、俺達は黙って行方を見守る事にした。
「グレモリー、俺はあの時の事を一日たりとも忘れたこともないし、後悔しなかった事もない。俺があの時、お前を守れたらこんなことにならなかったんだよな」
『ルシファーといい貴方といい、どうして私を放っておいてくれないの?どうして一人にしてくれないの?誰とも関わりたくないの。その平穏を乱してまで貴方が私に伝える物など何もない。わかったならばさっさと消えなさい。貴方の顔など見たくない』
何も言い返せないシトリーを見て、グレモリーは踵を切らして帰っていく。でもシトリーは顔を上げ、大声を上げた。
「あるに決まってんだろ!俺は今でもお前が一番大事だ!世界で一番だ!!そんなお前が苦しんでんのを黙って見ていられるわけねえだろ!!」
グレモリーは進めていた足を止め、絞り出すように呟いた。
『その言葉を……あの時間、一度も聞かせてくれなかった。貴方の言い分は全て嘘偽りよ』
思わず「ひど……」と呟いてしまった。だってそんなバッサリ切り捨てることないだろ。シトリーがどれだけグレモリーの事を想ってたのか分からないのか!?
この言葉に光太郎も怒りを隠しきれなかったのか、声を荒げた。
「黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって……てめえは自分で何かしようとしたのかよ!」
光太郎はそのままグレモリーに近づいていく。
「自分は何もせず黙って助けを待ってたくせに……いい身分だな!助ける事が出来なかったからって全てをシトリーのせいにする気か?ふざけんじゃねぇ!!何のアクションも起こさないでただのうのうと助けだけを待つ。それが出来なかったら責め立てる。傲慢な奴だな!てめえは他人を批判できるほどの何かをしたのかよ!?」
『貴方が契約者……そう。貴方の願いを聞いてルシファーに楯突くことにしたわけね……悪魔と戦うのは結構だけれど、この件に関しては貴方のような外野が口を挟む事ではないわ』
光太郎に対してはシトリーよりは柔らかい物言いだったけど棘を含んだ言い回しは変わることなく、取り付く島もない。グレモリーはパイモンを睨み付けた。
『お前、誰の了承を得て事を荒立てている。バティンは任務を遂行していると言うのに、お前は子供の遊びに付き合っているのか?』
「滅相もありません。私はルシファー様と貴方の忠実な配下のままです」
『……バティンのような狡猾さを感じるわ。忌々しい』
グレモリーはそう言い返して姿を消し、グレモリーがいなくなったことで結界が解除されたのか、固まっていた人たちが動き出した。でも俺達は何だか気分が悪いままだ。
「主」
「何?」
「澪に連絡を入れてもらえますか?グレモリー様は女性には心を許しています。澪にならば少しは対応もまともになるでしょう」
まあグレモリーって人は怖いけど危険な感じじゃないよな。きっと澪もシトリーの事を応援してるはずだから来てくれるだろう。俺は頷いて澪に連絡を入れた。
「ちっくしょ……馬鹿光太郎。てめーのせいだぞ」
「お前は黙ってて良かったのかよ。全否定されたんだぞ?」
「……マジきついわ」
シトリーは光太郎の肩に頭を乗っけた。
肩が小刻みに震えてたのを見て、胸が締め付けられた。
「帰ったら残念会しような」
「てめえマジ殺す」
光太郎は溜め息をついてシトリーに帰ろうと促す。でもシトリーは首を縦に振らない。澪と連絡が取れた俺はパイモンに話しかけた。
「澪、今日用事あるから明日しか無理だって」
「そうですか。明日は確か土曜でしたね……なら私達も一度戻りましょう」
「どうなんのかな?」
『そうですねぇ』
でも事態は急展開を迎える。
そんな事は露も知らず、俺達は光のささない曇り空を見上げた。




