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第125話 その想いの行く先は

 学校についた俺は光太郎を探す。普段は俺よりも早く学校についている光太郎が今日に限ってまだ来ていない。携帯に連絡をすればいいんだけど、こんな大事なことをメッセージだけで終わらせられるかと聞かれたら答えは否だ。

 今日直接報告をしようって思ってたんだけどな。



 125 その想いの行く先は



 「え、グレモリーって確かシトリーの」

 「うん。でだな、できれば今日はお前が来てくれると助かんだけど」


 結局周囲の目もあり、すぐに報告はできず、できたのは学校が終わり、クラスメイト達が続々と教室を出ていった後だった。話を聞いた光太郎は少し眉間にしわを寄せ、考え込んでしまった。中谷も部活に行ってしまい、俺と光太郎、あと数人の生徒たち以外教室には誰もいない。光太郎は少し考えた後、頷いた。


 「仕方ないよな。付き合うよ」


 想像と違う反応が予想外だ。OKって即答してくれると思っていたのに。未だに乗り気ではなさそうな光太郎に問いかけた。


 「何か用事でもあるのか?」

 「……本当にグレモリーに会う必要があるのかって思っただけ」


 光太郎はシトリーとグレモリーを会わせたくないんだろうか。話を聞いているのかと聞けば首を横に振った。知っている内容は俺と同じでパイモンに聞いたあの話だけらしい。しかし光太郎はシトリーの契約者だ、俺よりもシトリーと交流も親交もあるから思うところがあるのかもしれない。それでも来てくれると言う光太郎に感謝しつつ、俺と光太郎はマンションに向かった。


 ***


 「暗いな」


 俺の気持ちを代弁したかのように呟いたのは光太郎。視線の先にいるシトリーのテンションは低く、窓をボーッと眺めている。やっぱ緊張してんだろうな……グレモリーって人に会うのが怖いのかな?


 「なぁんかシトリーやばいよね。そんなにグレモリー様に会いたくないのかな?」


 固まってた俺達のもとにアイスを食べながらヴォラクが近付いてきた。普段なら地獄耳でちょっとした会話にも反応する癖に、今日は聞こえているのかいないのか分からず反応しない。


 「一個くれ」

 「冷凍庫に入ってるから勝手に取ればぁ。それよりシトリー暗いねぇ」


 そうだな、いつもならさっさと行こうだの何だのうるせーくせに今日のシトリーは魂が抜けたみたいにボケーっとしてる。俺はシトリーと同じソファに腰掛けてたストラスに手招きをした。


 「ストラス、どうなんだ?」

 『何とも……行く気はあるみたいですが、乗り気ではないですね』


 そっか……シトリーも辛いんだよな。数百年間、ずっと片思いをしてるってパイモンに聞かされた時は呆然としてた。数百年の時間は半端なく長かっただろう。その間ずっとずっと片思いをしてたなんて不毛すぎる。俺だったらきっと諦めちゃってたと思う、でもシトリーは諦めずに今でも想い続けてるんだもんな。そしてその人にやっと会える、嬉しいんだろうけど怖いんだろうな。だって仲が悪くなったってパイモン言ってたし……


 神妙そうな顔で考え込んでいるシトリーに話しかけることもできず、何とも言えない気まずい空気になってしまっている。


 「拓也、ちょっと……」


 セーレが手招きしたため、ストラスを肩に乗っけてセーレの所まで歩いて行った。


 「何?」

 「ちょっと買い出し付き合ってくんない?」


 ……この非常時に何言ってんだこいつ。思わずポカンとしてしまった俺の腕をセーレは掴んで引っ張っていく。こちらの有無も聞かずに引きずれられ目が丸くなる。


 「パイモン、ヴアル、ヴォラクも。ね」

 「なぜ俺が」

 「ちょっとー何で私がー」

 「冗談じゃないよ。セーレの荷物持ちなんてしないかんね」


 それぞれ好き放題言ってるがセーレは気にせず勝手に話を進めていく。


 「光太郎は留守番よろしく」

 「え!俺!?」


 思わず大声をあげた光太郎にシトリーは軽く視線を向けるが視線はすぐに戻ってしまった。

 それを今まで黙って見ていたパイモンが急に納得したような表情を浮かべた。


 「仕方がない……付き合ってやる。ヴォラク、ヴアル来い」

 「えーやだやだ」

 「俺もやだよ」

 「……ついてきたらケーキを買ってやる」

 「「行く!!」」


 物で釣られてやがる……こいつらケーキ大好きになりやがって。

 ヴォラクとヴアルはウキウキしながら走って玄関を出て行き、それをセーレが慌てて追いかける。俺の腕はセーレが掴んでるわけで、必然的に俺も追いかける羽目になり、俺達は光太郎とシトリーを残してマンションを出ていった。

 俺達の後ろをついてきているパイモンと、その肩に乗っているストラスが何かを話している。


 『彼には話してくれるでしょうかねぇ?どうもシトリーは内にため込む癖がありますから。意外ですけどね』

 「そんな性格でもない癖に。どうでもいい所にだけ気を遣うんだあいつは」


 パイモンとストラスの会話が少しだけ聞こえて、後ろを振り返る。ストラスとパイモンが難しそうな表情をしてシトリーについて話していた。


 「正直意外だった。思った以上にあいつは光太郎に気を許している。俺が知っているあの男は表面では掴みどころのない奴だが、中身は疑心と劣等感の塊と思っていたからな」

 『貴方は、あの時のシトリーを知っているのですか?グレモリー様がルシファー様の妃に決まった際のことを』

 「暴れまわっていたな。だからバティンと奴を半殺しにした。泣きながら連れていかないでほしいと縋ってきたあいつを突き放したことも覚えている」


 わずかに聞こえてきた会話に足が止まり、振り返ろうとした俺の腕をセーレが強く握る。間に入ってはいけないという意味なんだろうけど、原因の一端をパイモンが担っていたことが明らかになったんだ。

 パイモンはルシファーの命令と言って、シトリーからグレモリーを引き離したんだ。


 「そこからは酷く荒んでいたと聞いた。ただ、流石に俺とバティンを討てるとは思わなかったのだろう。挑んでくることはなかったが。あいつが表面上でも立ち直れたのはカイムのお陰だろうな。あいつのことを励ましていたのはカイムだったからな。俺は時折、奴に近況を報告していただけだ」


 カイムって名前、確かソロモンの悪魔の中にあった気がする。そうか、シトリーにも大切な友達みたいな奴いたんだ。


 『貴方が引き離したのに近況報告?彼をそこまで打ちのめしたのですか?』

 「俺なりの罪悪感による行動だ。今思えば無神経なことをしたと自覚はしている。そのたびに泣きそうな顔で歯を食いしばって悔しがっていた。一度カイムが俺たちに直接グレモリー様の開放を懇願しに来たこともあったな。あいつも馬鹿ならカイムも馬鹿だ」


 そう語るパイモンの声は苦しそうだ。パイモンも苦しかったのかもしれない。


 「グレモリー様が結局一度もルシファー様に心を開くことなく、ルシファー様から距離を置かれ自身の城に戻ることになったのを伝えたのも俺だ。あの時はあいつも少しだけだが状況を消化できていたのかもしれない。ただ、俺のあの行動のせいであいつを縛り付けたのかもしれない。再会したグレモリー様を見るのは辛かっただろうな。せめて幸せになっているのならと、それだけを信じて彼女を忘れようとしていたのに、俺のせいであいつはグレモリー様に会いに行き、精神を病んだ彼女を見て罪悪感に潰れそうだっただろう」


 それでも、あいつは俺に礼を言った。そういった瞬間、振り返った俺とパイモンの視線が交わった。

 今まで見たことのない苦しそうで、悲しそうな表情をしていた。


 「グレモリー様を守ってくれてありがとう、と。あの姿を見て、何を勘違いしたのか知らないが、あいつにとっては彼女を城に戻したことは俺の功績になっているらしい。本当に、どこまでもお人好しで馬鹿な奴だ。俺は、あの日からあいつのことが大嫌いだった」


 聞いていて苦しくなって、何を言っていいか分からなくて、結局顔を背けることしかできなくて……でも俺の腕を握っていたセーレの表情も、前を歩いていたヴォラクとヴアルもだれも一言も話さなくて、誰が悪いとか責めることもできなくて。

 ただ、傷ついたのはシトリーだけじゃなくて、グレモリーもパイモンも心に傷を負ったんだ。


 ***


 光太郎side ―


 何でこんな状況で一人にされなくちゃいけないんだ。仕方なく俺はシトリーとは少し離れた椅子に腰かけて携帯をいじって時間を潰すが、シトリーが気になって画面に集中できず確認すれば相変わらずため息をついている。何だよ……いつもならウダウダすんなって自分が言ってるくせに。俺までため息が伝染して携帯をポケットにしまい、シトリーの隣に腰かけた。


 「狭くなんだから座んなよ」

 「あいっかわらず口だけはっ……」


 思わず叩きそうになった拳を沈めてシトリーに話しかける。俺はずっと疑問なんだよ、なんでその女に会う必要があるのか分からないから。


 「別に行きたくねえんなら行かねえでいいじゃん」


 その言葉にシトリーは目を丸くした。だってそうだろ?お前が無理して行かなくたって他の奴らが何とかしてくれんだろ?現にお前が居なくたって今まで何とかなってきた事いっぱいあるじゃねえか。でもシトリーは不満顔だ。


 「行きたくないとか言ってねえだろ」

 「……そんなに会いたいのかよ、グレモリーって奴に」


 何でそんなに強がる必要があんだよ。何で知ってるんだとでも言わんばかりのシトリーの顔に、思わず顔を反らしてしまった。そうか、直接聞いたわけじゃないから俺が誰かから聞いたのがバレちまうな。

 しかしシトリーはリーク元が分かっているようだった。


 「……パイモンか」

 「よくわかったな」

 「この中じゃあいつしか知らないからな。くそっペラペラ喋りやがって」


 悔しがるシトリーを無視して、俺は会話を続ける。


 「無理する必要とかあんのか?パイモンの話を聞いた限りじゃ、お前に悪い部分は見つけられないんだけど。なのになんでお前がそんなにヘコヘコするんだよ」


 だってそうじゃないか、シトリーがグレモリーを迎えに行けなかったのは仕方がなかったことで、それでグレモリーがシトリーを怒るのはお門違いだと思うし、シトリーだけがこんなに悩んでるのもおかしいと思う。


 「あいつは俺に助けを求めてた。それを俺は……」

 「そんなのしょうがないだろ?どうしようもなかったんだ。そんなので恨まれるなんておかしいじゃねえか。ただの逆恨みだろ」

 「簡単には整理できねぇもんなんだよ。気持ちなんてもんは」


 何だよそれ。結局はそう言って自分が全部悪いって言いたいだけじゃないか。お前は何も悪くなんてないのに。

 でもシトリーは小さい声で話してくれた。


 「誰にでも憎むべき対象は必要だ。今のこの状況を抜け出すために、その状況で平常心を保つためには憎む相手を作らなきゃいけない。そしてその大義名分の下で自分が脱したい状況を綺麗事のように飾っていく。グレモリーもそうだ。その対象がルシファー様であり、俺であり、全ての男という生き物だった」

 「だからって……」

 「惚れた弱みってよく言うよなぁー。本当にその通りだ」


 シトリーは笑う。でも少し悲しそうに。


 「結局は惚れたもん負けだ。惚れた奴は一生そいつには敵わない。それだけだよ」


 シトリーは馬鹿だ、そんなんで数百年も時を費やすなんて。もっと他にやるべき事はあったはずだ。なのに何でたった一人の女に全てを賭けるって言うんだ。それで、お前は縛られて幸せになれてないじゃないか。


 「馬鹿は幸せになれないよ。お前がずっと好きでも、馬鹿みたいに一途に想っても報われないんだよ。もう諦めろよ」


 シトリーの目が揺れる。でも俺は目を逸らさなかった。

 何とかして、何とかしてグレモリーの事は忘れてほしい。いや、忘れるべきなんだ。こいつをこんなに悩ませる奴なんて、こんなにいい奴の時間を何百年も浪費させるような女……そんな奴さっさと忘れてしまえばいいんだ。そうしたらきっと幸せになれるはずだから。


 「……お前って意外と冷めてるよな。その持論空しいな」

 「空しいって感じるのはお前が理解できてないからだ。馬鹿に幸せなんてこない」


 何事もそうだ。勉強にしても世渡りにしても、馬鹿は幸せになれない。

 上手く順応していく奴じゃないと……幸せになんてなれないんだ。


 「そんな頭で切り替えできるようなもんなのか?」

 「それは……」


 シトリーの言葉に出て行きかけた言葉が詰まる。そうだ、あくまでも理想でその通りに全てが行くわけではないのくらい分かっているのに。


 「お前だってそれなら馬鹿だろ。幼馴染を庇ってなかったら死にはしなかったのによ。あれこそ馬鹿のやる事だ」


 否定できない。それは紛れもない真実だから、でも言いくるめられたら負けだ。認めたくなくても、こいつをぶん殴りたくても今は我慢するしかない。


 「そうだな、俺は馬鹿だった。だから俺も信司も幸せになれなかった」

 「なら、見捨ててたらお前は幸せだったのか?あのまま信司が死んでお前が生きていたら幸せになってたのか?」


 自分がやってしまったことのせいで、シトリーに言いくるめられ言葉に詰まった。それと同時に段々怒りが湧いてきて、声を荒げてしまった。


 「だったらいつまでもウジウジしてんじゃねぇよ!!何なんだよ!いざ会いに行こうっつったらその態度で、でも行かないでいいっつったら否定して、さっさと気持固めちまえよ!みんな心配してんだぞ!!」

 「お、おい……」

 「そもそも何でお前が謝んだよ!お前は何も悪くねぇじゃねぇか!なのに全部お前のせいみたいになって、その事に対して1つも言い返しもしないで、マジで意味わかんねぇ!」


 顔を真っ赤にして怒る俺にシトリーは目を見開いてる。あまりにも間抜けな面に俺の言ったことの半分も理解していないんじゃないかと感じて、さらにマグマのような怒りがたまっていく。


 「俺はお前みたいないい奴をこんなに悩ませてるグレモリーなんて大嫌いだ!お前もさっさと忘れちまえばいいんだ!!」

 「……ぶはっ」


 ぶはっ?今吹き出したのか?

 シトリーは笑うのを堪えて肩を震わせている。


 「……あのーシトリーさん?」

 「お前、顔真っ赤……あはははは!!やべえ、もう無理だ。笑わせてくれ!ひゃははは!!」

 「ふざけんじゃねー豹男が!!」


 何だよそれ……何だよそれ!人が心配してやってんのにそれかい!?

 俺の本気の蹴りを喰らってシトリーはソファから転落する。いつもならここで文句が来そうだけど今日は来ない。少し心配になって覗き込むと、倒れた姿のまんま真顔の状態で少し怖い。はたから見ると不気味な光景だ。


 「あーなんか前もこんな風に怒られたわ。なんだろうな、お前ってカイムに少し似てんのかなーわかんね」

 「カイム?」

 「俺の親友。怒るって勇気と体力いるだろ。誰だって争いなんざ避けたいもんだ。それでも、あいつもお前みたいに顔真っ赤にして怒ってくれたんだよ」


 俺はカイムって奴じゃないし、誰か分からない奴と重ねられても困る。反応の薄い俺を気にすることなくシトリーは自嘲気味に笑った。


 「……光太郎、ここだけの秘密だよ。俺は何もかもみんな死んで消えちまえって思ってたよ。ルシファー様もパイモン達も、できるだけ残酷な死に方をしろって思ってた」


 その言葉に目が丸くなった。だからシトリーは転機だったと告げる。


 「悪魔が全てこの世界に召喚されたのは俺にとっての転機だったんだよ。最後の審判が起こって何もかもめちゃくちゃになって、全て無くなってしまえば、それでいいんじゃねえかって。俺は召喚者を探しながらも、そんなことを思ってたよ」


 シトリーにとってはそれほどまでに辛い悪夢だったのだろうか。あんなに俺や拓也、中谷のことを気にかけて守ってくれたシトリーのどす黒い本音を聞いて、驚きはしたが軽蔑はしなかった。


 「じゃあ、なんで俺たちを守ってくれたの?」

 「なんでだろうなーわかんねえ。拓也の味方しようなんざ、正直言うと思ってなかったしな。事情をある程度理解できる指輪を持ってるあいつの側にいた方が何かと都合がいい。本当にそうとしか思ってなかったよ」


 思った以上に冷静な反応の俺にシトリーは軽蔑しないのかと聞いてくる。軽蔑してほしいのか逆に問いただせば、シトリーは笑って答えは言わなかった。だから俺も言ってやらない。

 俺とシトリーの関係はお互いに利害関係で成り立つ歪な関係だったのかもしれない。


 「グレモリーとカイムさえいれば、俺の世界は完結するんだ。だから、俺の世界を壊して元に戻そうとしない全てに苛立って、しょうもない復讐心を持ってたんだろうな」

 「今も?」

 「分からねえ。グレモリーをルシファー様に連れていかれた日、こう見えても抵抗したんだぜ。でも駄目だった。パイモンとバティンに半殺しにされたよ。いっそ殺してくれって思うくらいボコボコにされた。とどめを刺そうとしたパイモンを止めたのはバティンだけど、それを恨みさえしたよ」


 ― なんで殺す必要があるの?パイモン、反逆者は苦しめないといけないんだよ?なぜ彼に死という安らぎとリセットを与える必要がある?苦しめよシトリー。お前は大切な存在を誰一人守れない愚かで惨めな存在だと言うことを一生悔みながら生きろ。ルシファー様に刃を向けようとしたお前への罰だ。


 何かを思い出したのか、シトリーは組んでいた手に力を入れた。表情には後悔と悔しさしか滲んでおらず、俺が知らないだけでこいつはどれだけ苦しく辛い思いをしてきたのだろう。


 「死ぬに死にきれなかったぜ。死ねば楽になれるのに、グレモリーが幸せになったことを確認しないと死ねないとか自分に言い訳して、結局あいつを残して死ぬのが怖い臆病者だったくせによ。そんな俺の側にいてくれたのがカイムだよ。毎日俺の様子を見て励ましてくれた。あいつがいなかったら正直どうなってたか分からない」


 シトリーの親友……そいつもソロモンの悪魔だとしたら、この世界に召喚されているんだろうか。


 「パイモンのことは正直複雑なんだよ。恨みたいけど、恨み切れない。あいつがグレモリーが解放されたってことをわざわざ教えてくれたんだからよ。俺に会いに行けって言ってくれた。でも結果はお前の知ってる通りさ。結局俺は何もできなかった」


 シトリーはそう話した後に小さく羨ましいと告げた。それは何に対して?首を傾げた俺にシトリーは顔をあげた。


 「お前らが羨ましい。俺も人間になりたい。永遠の生なんざいらねえ。こんな能力だって捨ててやる。人間になって、グレモリーを迎えに行って、この綺麗な世界を全部見せてあげたい」


 そう話したシトリーの目から涙が零れ落ちた。こいつが泣いている姿を、俺はその時初めて見たんだ。俺は何度もこいつの前で涙を流したことがあるけど、こいつが泣いたのはこれが初めて。

 なんて綺麗なんだろうって思った。こんな風に涙を流す奴が悪魔だなんて信じられなくなるほど。


 「この世界を壊すなんてできねえって思ったんだ。俺たちの勝手で壊していい世界じゃねえって。光太郎、お前たちが幸せになるの見届けるまで死ねねえよ」


 どうして、シトリーが悪魔なんだろう。人間にも悪魔のように残虐で最低な奴は沢山いる。でもそいつらが人間の生を全うして、なぜこいつが人間になれないんだろう。こいつの望みをかなえてあげられないんだろう。

 シトリーは涙を拭って、顔をあげた。


 「分かっただろ?俺がどれだけグレモリーのこと好きか。嫌でも理解しただろ?話それたけどな。グレモリーを初めて見たときに思ったんだ、地獄にもこんな天使のような女が居るんだって。地獄にも美人はいるんだぜ。でもグレモリーは格別だった」

 「……パイモンが言ってた。悪魔の中で最も美しいと言っても過言じゃないって」


 シトリーは嬉しそうに頷いた。本当に好きなんだな……今もグレモリーのこと。


 「マジで命張れると思ったぜ。捨てても惜しくないって……きっとこんなに想える奴は未来永劫こいつしかいないって思った。もうナイトの務めはクビになっちまったけど……でもせめて俺のせいで傷がついたんなら、そこはちゃんと消毒してやんなきゃな。いつかまた大切な奴ができてもいいように」


 そんな悲しそうな顔するくらいなら話さなきゃいいのに……でもこいつにとっては伝えたい事なんだろう。シトリーは俺の頭に手を置く。普段なら振り払うが、相手の表情に体が動かなくなってしまい、大人しく受け入れた。

 

 「大切なものなんて何個も作るもんじゃねえよな。雁字搦めになって動きづれえ。でも、それが人間なんだろうな。俺も少しでいいから真似事をしてーんだよ」


 真似事とか悲しいことを言わないでほしい。でも俺はシトリーの望みをかなえられない。人間にしてあげてほしいなんて、どうしたら叶うのかもわからない。

 だから、何も返事ができずに固まっているのに、シトリーは満足そうに笑った。話を聞いてくれてありがとうなんて普段は言わないようなことまで言って。

 覚悟が決まったんだろうか。シトリーはソファから立ち上がってどこかに行ってしまったと思ったら何か小さな箱を持って戻ってきた。箱の中にはダイヤの指輪が入っていた。


 「これ……」

 「グレモリーの契約石はダイヤだ。俺が欠片をくれってしつこく頼んだらくれたんだ。契約石を削るなんて普通に考えたらあり得ないんだけどな。これも返しに行く」

 「……そっか」

 「ふられたら慰めろよ」

 「皆で残念会開いてやるよ」


 いらねーと言いながらもシトリーは笑ってる。無理に笑っているんだろう、少しだけ口角が引きつっている下手くそな笑みに気づかない振りをして俺も笑った。拓也達が来るまでもう少し、もう少しだけのんびりしよう。敢えて拓也には連絡せずソファに深く身を預ける。

 ただ、これだけは言いたいんだ。上手く言えるか分からないけど、これが今の俺の全ての気持ちだ。


 「俺は、お前と会えて良かったって思ってる。悪魔と契約したこと、お前の契約者になったこと、後悔なんて一つもしてない。できれば、お前には誰よりも幸せになってほしい。だから……たまには俺のことも頼ってよ」


 俺ばかりが甘えて、シトリーの負担になっていたんだ。でもこんな話をしてくれたんだから、少しは俺のことを認めてくれていたのかもしれない。助けられるかなんてわからないけど、自分にできるありったけをしたいとは思う。

 その言葉にシトリーは泣きそうに笑った。


 その笑みは、嘘ではないって思いたいんだ。



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