第124話 愛は幻
「グレモリーって……」
学校が終わってマンションに寄った俺はパイモンのカミングアウトに動揺を隠せなかった。
グレモリー、シトリーがずっとずっと想ってた人。遂にその人と会う時が来たんだ。好きな人と戦わないといけないって、どうすればいいんだろうか。
124 愛は幻
「シトリーあんま嬉しそうじゃないな」
中谷の視線の先にいるシトリーの表情は緊張していて余裕がなさそうだ。雑誌を読みながらも視線は雑誌には行ってないし、ページも全然進んでない。少し思い詰めた感じだ。やっぱりグレモリーって人の事が気になるんだな。何とか仲直りできないかな……色々考えても当事者でもない完全な第三者の俺には想像が全くできない。
もっと詳しい話を知らないと、いい方法も浮かばないよ。今日は俺に付き合ってくれた澪もシトリーを心配そうに眺めている。
「シトリーさん大丈夫かな……」
澪に抱きついていたヴアルも澪の声で察したのか、必死で澪を励ましてる。
ヴアルは明るく話しているが、その声色は少し無理をしている雰囲気があった。皆があいつを心配している。だけど、結局解決できるのは本人だけなんだろう。
「だーいじょうぶよ!あの女たらしの事だもん。キザな台詞決めて格好良く終わらすよ」
「だといいけどな」
溜め息をつきながらパイモンはパソコンを開いた、パイモンとシトリーは何だかんだでお互いの事をよく知ってる。パイモンもシトリーの事を心配しているような感じだった。
『拓也、今日は光太郎は?』
「あいつは塾なんだ」
『なんと!しかし彼がいないとシトリーは行けませんね』
あ、そっか。光太郎がいなきゃシトリー行けないじゃんか。パイモンが言うにはデンマークっつってたし、こっからめちゃくちゃ遠いよな多分。デンマークがどこにあんのか知んないけどさ。
「今日は様子見だけにしましょう」
パソコンをしていたパイモンが俺に向きなおる。光太郎がいなくても調査にはいくと宣言し腰をあげる。
「今から行くの?」
「行きます。情報を集めるだけなので早くしたいですしね。あくまでも今日は契約者探し。グレモリー様を見つけても行動は起こしません。諜報に関しても役立たずがいますから」
それってシトリーのことだろ。でもパイモンの言う通りかも。シトリーはため息ばっかつくし、そわそわしっぱなしだ。今日は一緒に行かないほうがいいかもしれない。
ゆっくり過ごして英気を養ってもらわなければ。別にシトリーがいなくても悪魔を倒すことはできるだろうけど、それをしないのはシトリーがグレモリーと会いたいだろうって思っているからだ。
「わかった」
「では行きましょうか」
パイモンが立ち上がったのを見て、シトリーが眉を潜める。いつもなら俺たちが声をかけなければ行かないと生意気を言うくせに今回に関しては向こうから声をかけてきた。
「行くのか?」
「情報だけ探しにな。お前は光太郎が居ないんだ、ここにいろ。中谷もヴォラクも」
「「えー!」」
二人して見事にハモった不満の声にパイモンは肩をすくませた。
ヴォラクは不満を惜しげもなくパイモンにぶつけてくる。
「何でなんだよー中谷いるのにぃ」
そう言いたい気持ちもわかるけど。俺も何でヴォラクを留守番にさせるのか分からない。でもパイモンはヴォラクに近寄ってそっと耳打ちをした。
「シトリーを見張っててくれ。何だか不安だ」
「……やればいいんだろぉ。ったく!中谷、ゲームしよう」
「えぇー折角のデンマークなのにぃ!!俺、観光サイト見て有名どころチェックしてたのに!!」
ヴォラクに引きずられ中谷はゲームの指定席につかされる。
デンマークに行けなくなった事で、中谷のテンションは一気に急降下だ。まぁ頑張って留守番してくれ。観光地は俺が行って来てやるよ。
「主、向かいましょう」
パイモンのその一言で、俺はソファから立ち上がった。
***
「うわーデンマーク初めて来たな」
初めて来たデンマークはすごく綺麗で中世の街並みを想像していた自分は正反対の先進的な建物ばかりで正直驚いている。多分ここってオフィス街的な感じの場所なんだろうか。すさまじい速度で自転車が突っ込んできてぶつかるかとおもった。平日の朝の時間帯だからか人はまばらだ。
「デンマークって時差何時間だっけ?」
「-8時間だと思いますが」
だとしたら今が日本時間で十八時だから朝の十時か。とにもかくにも早速俺達はまずその契約者の人を探すことにした。パイモンが言うにはナターリエって人が契約してるらしい、ダンダリオンはそれだけしか情報を与えなかったため、そこから先は自力で探すしかないようだ。名前だけでは見つけることも難しそうだし肝心のシトリーが来ていないから聞き込みも難航するかもだけどやるしかない。早速俺達はコペンハーゲンの広場でその人の聞き込みを開始した。
「な、なあ……コペンハーゲンってニューハウンが有名なんだろ?そこには行かないのか?」
「そこは観光名所ですね。主、これからも起こり得る可能性があるので先に言っておきます。観光地に現地の人間はほぼおらず観光客だけです。よって聞き込みを行うには不向きな場所であり、これから先も向かうことはありません」
そんなばっさり言わなくてもいいじゃんか。せっかくここまで来たのに行けるもんなら行きたいと思うのは当然の心理だ。しかしパイモンに逆らえるはずなく頷いた俺を見てさっさと本人は歩いて行ってしまう。おいてかないでくれよお……
仕方なくコペンハーゲンの中心部であるセントラルステーション付近で聞き込みを開始した。
「Ikke kinder Carina NATARIE?(ナターリエ・カリーナを知らないか?)」
パイモンとセーレとヴアルが聞いて回っている間、俺と澪とストラスは後ろで待機。しっかし綺麗なとこだよなデンマークって。どこにあるのかすらも知らなかったし、何もかもがうまく言えないけどすっげー芸術的。デンマークは六月の今は日照時間がすごく長く二十三時頃まで明るいらしい。日本と感覚違いすぎてびっくりしてしまう。日が当たる場所は問題ないが日陰は少し肌寒い。
待つこと数十分。ヴアルが何か女の人と難しそうな顔で話している。どうやら知ってる人を見つけたらしい。
「(私はナターリエを知ってるわ。彼女はロスキレ出身よ。大学で知り合ったんだけど、あの子、数か月前から急に大学に来なくなっちゃったの。連絡しても返事がないし、実家に帰ってるって話だけど……あなたの探している人がその人かはわからないけれど、私の知ってるナターリエはそこに住んでるわ)」
「Tak!(ありがとう!)」
ヴアルは礼を述べて、こっちに走り寄ってきた。何かを見つけてきたのだろうか、褒めてくれとでも言わんばかりに情報を教えてくれる。
「あのねー、なんかロスキレってとこに住んでるんだって!あの子、授業があるからってすぐ行っちゃったから、あんま詳しいこと聞けなかったなぁ」
ロスキレってどこ?ここはコペンハーゲンだよな。そこから結構遠いのかな。マップアプリで調べてみようかな。
セントラルステーションはWi-Fiが繋がるため、マップアプリで調べている俺たちの所にセーレも戻ってきた。
「奇遇だね。俺も今ナターリエって名前の子見つけたよ」
「え?セーレも?」
「うん。この近くに住んでるらしい」
ある程度情報が集まったのか、パイモンも俺達の所に歩いてきてセーレに釘を刺す。
「セーレ、年は確認したのか?ダンダリオンの話だと、契約者は少女らしいぞ」
「え、そうなの?じゃあ違うかも。俺が探したナターリエさんは四十六歳だった」
「……まあ、俺達からしたら少女の年齢だが、人間の世界だと少女ではないな」
「うん、女性だったね」
違い過ぎだろ……パイモンもがっくり項垂れてしまった。セーレって意外と抜けてんだよな。普段はしっかりしてんのに。年齢のことが頭から抜けていたと笑うセーレに、契約者は俺達と年齢の近い女の子ということを知り契約者メモリが一つ埋まる。
「あはは、ごめんごめん。パイモンは見つけたのか?」
パイモンは頷いて、二人見つけたと言った。二人って……ヴアルも見つけたって言ってたから計三人ってことになるのか?数十分程度の聞き込みで三人って結構多いよな。
「えーそんなにいんのかよー」
『どうやらナターリエ・カリーナという名前はこちらでは随分メジャーな名前の様ですね』
確かに。この数十分の聞き込みで三人も見つけられたんじゃたまったもんじゃない。しかもコペンハーゲンだけでの情報だからデンマーク全体だともっといそうだぞ。やっぱりシトリーに頼んで役所の人の力使って個人情報をもらうしかないんじゃないか?
「だが、ヴアルの聞いた話が一番確率が高いんじゃないか?調べるのはヴアルの見つけてきた奴だけでいいでしょう。引き続きナターリエ・カリーナという女性を探します」
パイモンの言葉に俺達は顔を見合わせた。ヴアルの情報だけでいいって。セーレはともかくパイモンも二人見つけたんだろ?
「なんで?パイモンの情報は駄目なの?」
「私が探したナターリエは二人とも恋人がいないらしいです」
「それがどうかしたんですか?」
澪は目をパチクリしながらパイモンに問いかえす。
「グレモリー様の能力は全ての男という生き物からの愛情を得ること。つまり契約するなら恋愛がらみのトラブルを持った奴が多い。俺が調べた二人には恋愛がらみのトラブルが全くなさそうだった。だがヴアルのは数か月前から急に大学に来なくなったと言っている。何かの事件が起きた可能性もある」
「えー恋愛じゃないかもよ」
「ですのでナターリエ・カリーナはまだ探しつつ、その女性も並行で調べます」
まあそうかもしんないけど……違ったら違ったでまた最初からでしょ。何も手伝ってない身でいうのはあれだけど、面倒くさいな。そんな中、ヴアルはピョコピョコ飛び跳ねる。
「やったー!私役に立ったね!」
「ヴアルちゃんスゴイ」
「澪ーもっと褒めて」
甘えんなヴアル。
とりあえずマップでロスキレへの行き方は検索できたので向かう事にした。
***
「こっちは結構田舎なんだな」
結構都会かと思ってたんだけど、なんにもないや。そこで俺達はまたナターリエさんの話を聞いてみることにした。偶々ジェダイトで着地した場所の近くには大学があるらしく、学生らしき人が結構多かった。ナターリエさんって確かヴアルの話だと大学生だよな。じゃあ何か情報集まるかも……
澪はヴアルと、俺はセーレと、パイモンはストラスと、それぞれ三組に分かれてナターリエさんの情報を探すことにした。
「Jeg er ked af. Jeg ved det ikke.(ごめんなさい。わかりません)」
「Tak.(ありがとう)」
セーレは少し困ったように頭を掻いて、俺の所に戻ってきた。あちゃーこれはまた失敗したかな。中々情報ってのは集まらないものだ。年齢近そうな若い人に聞いて回ってるんだけどな。
「セーレ、何だって?」
「わからないってさ。中々集まんないもんだね」
「うーん……じゃあ次あの人に聞いてみてよ。何か知ってそう」
俺が指さした先には一人の学生の姿。
しかしセーレは顔を顰めた。
「それもう六回も外れてるじゃないかー」
そう、さっきから俺が聞いてみてって指さした人にセーレは同じ質問を繰り返している。ちなみに六連敗中だ。そろそろセーレも嫌になってきたらしい、苦い顔をしている。
「いーじゃんか。数撃ちゃ当たるって!」
「もー」
セーレは少し嫌そうにしながらもその人の所に向かう。
「Ked af. Kender du Ms Carina NATARIE?(すみません。ナターリエ・カリーナさんを知ってますか?)」
「Jeg ved, jeg ved det ikke.(知り合いじゃないけど知ってるわ)Jeg er venner med hendes søster.(私はその子の姉と友達なの)」
セーレの顔が少し華やぐ。お、何だ?見つけたのか?
「(貴方、知り合いかもしれないけど、今はあの子の事を話題に出さない方がいいと思うわ)」
「Hvorfor?(なんでですか?)」
「(噂だけどね、あの子、幼馴染とやばい事やってるらしいわよ。そのせいで大学にも行ってないんだとか)」
「……Okay. Tak.(……わかった。ありがとう)」
セーレは手を挙げて、女の人に挨拶してこっちに向かってきた。さっきまで表情が華やいでいたのに、今は苦い顔だ。よくない事を聞いたんだろうか。
「拓也、確かパイモンは恋愛がらみって言ってたな」
「何かあったのか?」
「うーん……そのナターリエって子が幼馴染と何かヤバいことに足を突っ込んでるって噂があるんだって」
「ヤバいこと?」
「さっきの人はナターリエの姉の友人らしい。でも大学に行ってないって言ってたから、ヴアルが探してた子と一致すると思うんだけどな」
何だか話がこんがらがってきたぞ。恋愛がらみじゃなくて幼馴染とヤバいことをしている?あくまで噂の域を脱しないため、どんなことをしているかまでは分からないようだ。
「とりあえず、一度パイモン達と合流しようか」
俺達は待ち合わせ時間に待ち合わせ場所に向かった。
***
「主もそのような話を聞きましたか」
待ち合わせ場所には既に皆が集まっていた。
俺は自分たちが聞いた情報をパイモン達に話すと、パイモンとストラスは顔を見合わせた。どうやら俺たち以外にも同じ話を聞いていたらしい。
「あの、あたしも……」
「澪も?」
「ナターリエって人はコペンハーゲンの大学に通ってて、そのお姉さんはここの大学に通ってるんだけど、幼馴染の男の人と妹が何かしてるって」
その話を聞くと、皆が探してきたナターリエは同一人物みたいだ。
でもこっちの大学まで噂が届いてるってことはよっぽどなんだろう。
「じゃあ急に大学に来なくなったのってやっぱ……」
「わかりません。恋愛がらみではないかもしれませんし……どちらにせよ状況が分からなくなりましたね。この件は一度保留にして、他のナターリエを探してみましょう」
そうだよな、何か恋愛がらみって訳じゃなさそうだし……変なチンピラのような人だったら怖いしな。俺達は再び三手にわかれてナターリエさんを探すことにした。でも結局他のナターリエさんの情報は見つからず、とりあえずそのナターリエさんを調べてみることにした。
***
?side ―
『Men du kender?(まだわからないの?)Han er manden du tror.(あの男は貴方が思っている男じゃない)Men alle mænd er dyr.(男なんてみんな唯の獣同然)』
薄暗い部屋の中、電気すらも取り付けられていないこの部屋では蝋燭の明かりだけが頼り。その中で手を縛られて、彼女はベッドに座り込んでいた。
「Han er ikke sådan en mand.(彼はそんな人じゃない)En dag vil vende tilbage til den oprindelige.(きっといつか元に戻ってくれる)」
まだそんな事を……過去を夢見て、現実を見ようとしない。それに縋りついている、なんて愚かで哀れな子だろう。まるで昔の私みたい……
「Jeg tror dig. Den dag, jeg sender dig nogle gamle.(私は信じてる。いつかきっと昔みたいな日がおくれると)」
一度この少女の記憶を盗み見たことがある。太陽の沈まない夕暮れ、そしてそれに包まれた村。その中を手をつないで歩いている三人の子供達。それが貴方の記憶なのね……
記憶の中の貴方はとても嬉しそうにしている。愛する人と手をつないで、横には誰よりも愛する姉がいて、全てが上手くいくと思ってたのね。なのに、いつから狂ったのかしら。
あの男が向ける愛情は愛情じゃない、あんなもの偽りだ。力で抑えつけて、相手の気持ちも考えないで。
『NATARIE Må de dræber en sådan mand.(ナターリエ、あんな男は殺してしまいなさい)Så vil du blive fri.(そうしたら自由になれる)』
貴方は私が守ってあげる ― そう言うのにナターリエは首を振る。どうして首を横に振るの?だってこんなの愛じゃないでしょう?いや、愛なんてものが本当に存在するのかすら疑わしい。所詮は人間が作り出した言葉、基準も何もなければ完璧な言葉でもない。すぐ壊れていく物……
現に貴方の大切な物も全て壊れてしまったじゃない。奈落の底に突き落とされて何を望むの?また過去に戻れると思ってるの?
それは違う、一度切れた糸は元には戻らない。
つなぎ合わせることはできる。でもそれは戻すとは言わない。僅かな亀裂は永遠に貴方を苦しめる狂気になる。その前に私と共に来ればいいのに……そうしたらこの苦しみからも解放して永遠に、永遠に幸せに暮らしましょう。ナターリエの指に私は口づける。その指には契約の証。
私の契約石、ダイヤモンドの指輪がはめられている。
貴方をこんな鎖で抑えつける愛がどこにあると言うの?目の前でただ泣きじゃくるナターリエに私は何も言うことができない。可哀想な子、この悲しみから救ってあげたい。私みたいにただ待つしかない、この屈辱の日々を終わらせてあげたい。そして教えてあげたい。
愛なんてもの所詮は幻なんだと。




