第122話 別の意味で地獄
「遂に来てしまった。この時が……」
テントの中でぐったりとしてしまってる俺の肩をジャストがポンポンと叩いた。
目の前には応援合戦を繰り広げてる応援団の姿がある。ついに体育祭が来てしまったんだ。
122 別の意味で地獄
「体育祭なんかくそくらえだぁ~~マジで何とかならんかね」
中谷と藤森が気合いを入れて応援をしてる。応援団の掛け声に合わせて俺たちも応援するんだけど、どうにもやる気が出ない。ていうか棒倒しが怖くて仕方がないんですけど。チキンな俺にはきつい試練だろこれ。同じ棒倒しのジャストも同じ気持ちらしく、怪我をしたくない等と呟いている。棒倒しは午前の部の最後から三番目の競技で、その前に全員参加の競技を挟むけど。
それにしてもこうやってみるとうちの学校ってこんなに生徒いたのか……見たことない面子も大勢いるんだけど。応援合戦が終わり、今から競技が始まる。それを俺とジャストは複雑な表情で眺めていた。
澪の前で恥かきたくない!!!
あれから体育祭は大変だった。棒倒しでは足を踏まれるは、ぶつかられるは…騎馬戦では上の人にガツガツ蹴られたし。しかもあんだけ奮闘して結果は最下位。中谷と藤森だけじゃない。クラス全員が「えー」と悲鳴をあげていた。
***
次の日、土曜日で学校が休みだった俺は直哉と遊んでいると、母さんから回覧板を隣に回してくれと頼まれた。それを受け取り、直哉と一緒に隣のおばさんの所に向かう。
「あんた達ほんとに仲がいいわねぇ」
おばさんはそう言って笑い、俺たちに回覧板を回してくれたからと言ってジュースをくれた。昔からあのおばちゃんそうなんだよなぁ。いい人なんだけど……高校生にもなると少し気恥ずかしい。回覧板を回し、家に帰ろうとしていた俺を直哉が呼びとめた。
「兄ちゃん、澪姉ちゃんのとこ行こうよ」
「何で?お前モンハンしたいっつってたじゃんか」
「えー三人でしようよー」
いや澪モンハンできねーし……でもいい考えかもしんねえな、直哉を口実にしたら澪を誘いやすいし。少し邪な考えを頭に浮かべ、直哉と一緒に澪の家に向かった。
「あれ、拓也と直哉君。どうしたの?」
インターホンを押したら澪が出てくれた。相変わらず可愛いなぁ。直哉をダシにして澪に一緒に遊ぼうと誘うと、澪は笑顔で頷いてくれる。
「直哉が一緒に遊びたいってうっさくてさ」
「えー嬉しい!ありがとう!あ、そうだ。その前に拓也に見せたいものがあるんだ。あがって」
澪は俺の手を引いて俺と直哉を部屋に連れていく。リビングに通された俺たちはソファに座らされた先にある机には大量のアルバムが開かれていた。
「これ……」
「レラジェの時に拓也の小さい時に会ったでしょ?懐かしくて探してたらいっぱい見つかって、見だしたら楽しくなってきちゃったの」
アルバムをめくると俺と澪がピースサインをして写っている。直哉が生まれる前の写真で、見たことのない俺の幼いころに直哉は興奮して前のめりになっている。
「兄ちゃんだ!」
「小さい頃の拓也がちょー可愛くてやばいの!面影ないけど。直哉君の赤ちゃんの写真もあったんだよ。もう可愛くって!」
「酷い」
確かにちょっと面白い。幼稚園の時の友達や、赤ん坊だった直哉と一緒に写ってるものもある。他にも澪のおばちゃんと家の母さんの写真や、澪が昔飼ってた犬の写真などが出てきた。
「あら、拓也君と直哉君じゃない。久しぶりね」
え!?澪のおばさん家にいたのか!?俺マジで堂々と居座ってんだけど!慌ててソファから立ち上がり、頭を下げた。
「お久しぶりです!」
「本当に久しぶりね。澪、飲み物ぐらい出しなさいよ」
「ママだしてよー」
「もーすぐママにやらせるんだから」
おばさんはそう言いながらも笑ってジュースをついでくれた。テーブルにジュースを置いたおばさんはごゆっくりと言って去ろうとしたが、澪が開いているアルバムが視界に入ったことで足を止めて、隣に膝をついた。
「有難うございます」
「いいのよ。じゃあごゆっくり。ん?あら、懐かしいもの見てるじゃない。ママの昔可愛いでしょー澪が赤ちゃんの時は私も若かった……」
「昔のママの髪型やばいくらいダサいよ」
「昔はそれが流行りだったのよ。あんたの今の写真だって数十年後には同じように言われんのよ」
「それ嫌!」
澪と澪のおばさんは何だか姉妹みたいにはしゃぎながらアルバムを眺めている。澪のおばさん美人だし見た目も年の離れた姉妹のようだ。そう思いながら写真を見ていると、一枚の古ぼけた写真が出てきた。写真はモノクロで数十年前のものなのか、所々が擦り切れていた。写っている人の顔も鮮明には写ってないけど大体は見えるので、俺はおばさんに質問した。
「これ外人じゃないですか?何でこんなの……」
「ああそれ。澪のひいおじいさんよ」
嘘!?ってことは……
「おばさんハーフですか!?」
「やあねー。私じゃなくて夫のお爺さんが外国人だから違うわよー。澪の父親がクオーターになるわね」
あ、そうなんだ。澪のおじさんって外国人の血をひいてんのか。澪がクオーターとか考えたこともなかった。言われてみれば色素は薄いけど、外人レベルかと言われたら全然だ。肌が白いねーとか、髪の毛が黒くはなくこげ茶だなーくらいだ。でも澪の父さんがクオーターなら、澪はかなり外国人の血は薄くなってんのか。澪も写真をまじまじと覗き込む。
「ひいおじいちゃんってどこの出身だっけ」
「イギリスよ。かなりオカルトな知識があったらしいわよ。長生きしたわねぇ……九十歳越したもの。拓也君も一回会った事あるのかな?確か」
「ええ……俺全然記憶にないっす」
赤ちゃんの頃だから仕方がないと言っておばさんは軽く笑ってアルバムのページをめくる。アルバムには澪ちゃんが二歳になりました!と言うメッセージがポップな字で書かれており、澪と俺が一緒にバースデーケーキの前でピースサインをしている写真だった。
澪のおばさんと俺の母親が産院が一緒で、定期健診か何かの時に知り合って意気投合したんだよな。
んで、子供産まれたら二人暮らしのアパートを引っ越そうと考えていた澪のおばさんが、俺の母さんが近くに住んでるからと言って引っ越してきて、俺と澪は一歳からの付き合いだ。
アルバムには所々に俺が写っており、本当にずっと一緒にいたんだなと改めて思う。
「そう言えば澪に話してなかったかしら。あんたが二歳の時に我が家すごいオカルトブームだったのよ」
「え?家が?意外」
「そうそう」
何だか話についていけない俺と直哉は違うアルバムを見るのに集中する。そのアルバムは産まれたばかりの直哉に構う俺と澪が写されたものだった。そんな俺たちの横で、おばさんは澪に話している。
「ひいおじいさんが死ぬ間際に澪は悪魔に憑かれてるって言いだしたのよ」
「あたしが!?」
その話題に思わず俺と直哉も反応する。悪魔って、あの悪魔?マジかよ。
アルバムから顔をそらし、澪のおばさんの話に俺達も参戦する。
「よく分からないんだけど、ひいおじいさんの家系……澪のお父さんの家系って数百年間、男の子しか産まれなかったらしいのよ。しかもこれが怖い事に全員一人っ子。兄弟がいる所は何かしらの不運で産まれてすぐ亡くなってたそうよ」
「それでなんであたしが!?」
「澪は女の子でしょ?あの人はそれが何だか良くないって言ってたわねぇ」
何だかすごい話になってきた。でも女の子だからよくないって酷い話だな。今まで女の子を間引いていただけじゃないのか?昔の時代なら子供が成人するのって難しいって言われてるし、悪魔関係なさそうなんだけどな。
「それで私達も気になって色々調べたんだけど、よくわかんなかったのよ。あの偏屈爺さんの意見を聞き流せばよかったんだけど、気になっちゃってね。しかも本人言った途端ポックリ逝っちゃったんだから真相は闇の中。もう嫌になるわぁ」
おばさんは笑ってるけど澪は真っ青だ。そりゃそうだろう、俺たちは本物の悪魔を何回も目にしてるわけだし、憑かれてるとか……
「心配しなくていいわよ!そんなのいないんだから。念のためにお祓いもしたんだし」
「ならいいけど……」
大丈夫だよな、澪は悪魔に狙われてるわけじゃないんだし、きっと大丈夫。澪も何だかんだ言ってお祓いをしてもらったという話を聞いた途端、安堵の表情を浮かべた。うー怖い、背筋が冷えたし。
その後、結局澪の家で夜まで遊んだ俺と直哉は、夕飯の時間になり家に帰った。
***
『随分遊んでいましたね』
母さんの手伝いか、台所に居座っていたストラスが俺と直哉に声をかけた。器用に足で皿やら材料やらを掴み母さんに渡す作業を繰り返している。端から見れば調教されているようにも見えるそれに直哉が目を輝かせた。
「そうなんだよ。澪の家に行っててさ」
『そうなのですか。まああなた方がいないお陰で私は唐揚げをいただきましたからね』
「ストラスがお腹減った減ったって言うからつまみぐいさせたのよ。どんどん食べるから可愛くてどんどんあげちゃった!」
母さんがストラスと仲良さそうにしてるのを見ると安心する。もうストラスに対する嫌悪感はなさそうだ。そう思いながら俺と直哉は手を洗い、母さんの手伝いをした。
***
「あー疲れたー」
時間も夜の二十三時を回り、風呂に入ってもう寝るだけの俺はベッドに横になっていた。少し暑くなってきたこの時期に腹の上だけが異様に熱い。
「ストラス熱いー」
『貴方の腹部は弾力がありまして居心地がいいのですよ』
しっ失礼な!確かに最近太ったとは思ったけど!
子どもは残酷と言うが、動物も残酷だ。俺はストラスを結構本気でどつき、ベッドに不貞寝した。悲鳴をあげて恨めしそうにこっちを睨みつけてきたストラスはあえて無視した。ゴロゴロしている内に眠気が襲い、いつしか俺は目を閉じて本気で寝てしまった。
***
“拓也、拓也”
誰だ?誰かが俺を呼んでる。だけど辺りに人はいない。
それなのに俺を呼ぶ声は段々大きくなってくる。
「誰かいんのか?」
夢ってすごいよな。こんな辺り真っ暗なのに夢だってことに気づかないんだから。
夢の中の俺は声の主を本気で探しまわっている。
“拓也、早く来てよ”
「どこにいんの?」
走り回って辺りを探すけど誰もいない。次第にイライラしてきて声を荒げた。
「早く出てこいよ!」
“ここにいるのに何で気付いてくれないの?こんなに待ち望んでるのに”
「会ったことあんのか?」
声の主は黙ってしまう。
なんだ?会ったことないのか?
“一緒に、一緒に……”
何かが俺の肩に触れ、その瞬間金縛りにあったような感覚に陥った。
そして俺は……
思わず飛び起きた俺は腹の上で眠っていたストラスを弾き飛ばした。
『むぐっ!何をするのです』
「わりい……」
ストラスは再び俺の腹によじ登り、ポテンと音を立てて横になった。けど俺はあの声が気になって眠れなかった。またさっきの夢だ、最近何回も見る気がする。一体あの声は誰なんだよ……
***
?side ―
『声に気づいたか』
拓也の状況を満足そうに眺める1人の男。男の後ろには巨大な水晶。
その水晶の中を男は満足そうに見つめた。
『もうすぐ君が目を覚ます時だ。いや、もう覚醒してるのか?』
水晶の中の男は返事をしない。それを気にした様子もなく、男は水晶の中の男に話しかける。
『随分と我らの希望をお気に入りのようだな。好きにすればいい。彼は君のものだ』
男は耽美な笑みを浮かべて、貴金属で装飾された椅子から立ち上がった。
そのまま真っすぐ扉に進んでいく。
『私はこれから会議だ。久しぶりに戦友に会ってくるよ』
その顔は酷く嬉しそうな顔であった。
男は扉を開けて、部屋を出ようとした際、水晶の男に再び振り返る。
『早く私達の前に姿を見せてくれ』
何万年も待ち続けたのだから……男はそう呟いて部屋を出て行った。
残された水晶の中の男は返事をせずに眠り続け、しかし反応するかのように僅かに口から息を吐きだした。




