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第120話 異空間の中で

 シトリーside ―


 「ったく……辿り着くのにずいぶん時間がかかっちまったぜ」

 「やだシトリーじゃない。もう見つかっちゃったの?流石ねぇ」


 俺たちの目の前には分厚い本を開いて呪文を唱えているダンダリオンと、そいつを守るかのように俺たちの前に出てくるハルファスがいた。やっと見つけたぞ張本人を。さっさと退場してもらって拓也たちを助けにいけねえとな。



 120 異空間の中で



 悪魔の姿に変わったパイモンとヴォラク、ヴアルがダンダリオン達を睨みつける。随分と好きかってやってくれやがって。お陰でこんなに時間がかかっちまった。レラジェの毒が即効性っつーのは分かってるから、拓也の父親が今頃どうなっているかは考えたくない。


 拓也が家族の足を切断できるとも思っていないし、そんなことをさせたいわけでもない。だからこそ、さっさとこいつらをボコって助けに行かなきゃいけねーのによ。

 あそこには、光太郎だっているんだ。


 『お前が準備して事を起こしたのは分かったが、早くこの鬱陶しい幻術を解け』

 『それは出来ぬ相談じゃな』


 きっぱりと断ったダンダリオンはにやにやと笑っている。何を考えているのか分からない薄気味悪い爺だ。前からこの何でも知ってますよって態度が気に食わなかったんだよ。でもそれより気になることがあんだよな。

 俺は分厚い本を開いているダンダリオンに問いかけた。


 「いつのまにこんな高度な幻術を俺たちにかけた?」


 こんな大掛かりな幻術を使うには、長期間相手に幻術をかけ続けなければならない。普通の人間ならともかく……俺たちが気付かないのは明らかにおかしい。種明かしをしてもらおうじゃないか。


 『お主らはワシ等が三匹で仕掛けたと思うておるが、サロスも協力してたのだよ』

 「サロスが?」

 『如何にも。奴がお前たちの気を引いてくれてたおかげで、ワシはお主らに幻術をかけることに成功した』


 ……あいつも一枚噛んでやがったのか。あの野郎、自分はさっさと地獄に返されて、面倒事は全部こいつらに押し付けてたって訳か。そういえば戦闘も部下に任せて自分はすぐに白旗を上げたしな。あのクソ野郎が。あいつが最後に準備は整ったって言ってたのはこの事だったのか……ダンダリオンが俺たちに幻術をかけることに成功した ― そう意味してたんだな。


 急いでこいつを何とかしねえと、拓也達だけにレラジェはかなりきついはずだよな。こんな高度な幻術をかけられてるんだ、もはやレラジェの元にたどり着けるのかさえ怪しい所だ。ストラスがいるから無茶な真似はしてないと信じたいが……

 ジリジリと距離を詰めていく俺達を見て、ハルファスが顔をしかめる。


 「嫌だ、私に触れていいのはレラジェだけなのよ」

 「つれない事言うなよ。優しくしてやるぜ」


 大丈夫だ、こいつら二匹だけなら何とかなるはずだ。ダンダリオンは幻術が得意なだけで戦闘は不得意な悪魔だし、ハルファスもパイモンと俺、さらにヴォラクにヴアル、セーレが居れば何てことはない。明らかに勝算は見えてる。

 こいつらは足止めで本陣はレラジェってことなんだろう。問題はどれだけ早く倒せるかだな。一瞬で決めてやる。


 『愚かじゃな。自分自身の立場に未だに気づいてない』

 「何を……いてっ!」

 「シトリー!」


 急に何かに蹴りを入れられて体勢を崩してしまった。セーレが慌てて俺の援護に向かおうとするが、セーレも何者かに阻まれた。

 それは顔がなく真っ暗な平面の物体。これまさか……


 「影?」


 おいおい本当に高度な幻術だな。こんな力、俺も一回つかってみてえわ。自分の影を相手にするなんて、今まで長いこと生きてきたけど一回もねーよ。

 驚いてる俺達を尻目にダンダリオンは笑みを浮かべる。


 『ワシの空間に迷い込んだ時点でお主らに勝機はない。自らの分身によって朽ちるがいい』


 影が一斉に俺達に襲いかかり、慌てて臨戦態勢を取る。

 これは幻術、偽物だ!そう頭では理解しても、実際に攻撃を仕掛けられたら動かないわけにはいかない。偽物だとしても蹴りを入れられたときはダメージ食らったわけだし。


 「さぁ……私も影の援護に行こうかしらぁ」


 ハルファスも剣を持って俺達に近づいてくる。

 くそっ……完全にやられたぜ!


 ***


 拓也side ―


 『拓也!左に避けなさい!』

 「うわっ!」


 レラジェの弓が地面に突き刺さる。弓なのに床を抉りドゴォッ!と言う弓らしからぬ効果音が鳴り響いた。これ普通の弓じゃないだろ絶対に。俺の知ってる弓はこんな音しない。


 「……冗談っしょ」


 柱の陰で見守っていたストラスが顔だけを出して教えてくれる。つーか隠れんなよお前は。


 『拓也、レラジェの矢は特殊なもの。あれは地獄でも硬度の高い石で造られた物です。破壊力も貴方が知っている矢とは大違いですよ』


 でしょうねー。だって弓の効果音自体があり得なかったもん。固まってしまった俺を見て、レラジェは高笑いをした。


 『ギャハハハ!なんだその間抜け面!怖いのか?戦いたくないのか?でも駄目だ、逃がさねぇ。賭けを俺の勝利で終わらせてザガンの仇を取るためには、てめえに逃げ場はねえんだよ!!』


 レラジェは素早く矢をセットし、再び俺に撃ってくる。それを柱の後ろに逃げ込むことで何とか回避したが、柱は砕け、もう壁代わりには使えそうもない。こんなことをいつまでもできる相手ではないってことは分かるけど、あんな矢を避けられる自信もない。

 正確に的として狙ってくる。走り回っても当ててくるだろう。


 「くっそ……あれじゃ近づけねぇよ!」

 『むしろ近づければ私たちにも勝機は見えてきます。彼の能力はサポート的なものなのです。なので彼は普段はサガンと共にフォカロルかアンドラスのサポートに回るのですが、今回は単体です。接近戦に持ち込めば、貴方と光太郎と中谷……行けると思います』


 そっか、相手は弓だ。接近戦に持ち込めば矢をセットできない。じゃあ何とかして接近戦に持ち込むしかない。レラジェは隠れている俺に向かって再び矢をセットする。その服装をマジマジと観察する。足に小型のナイフを持ってるみたいだけど、腕を押さえればどうにかなるか?


 「レラジェって魔法使える?」

 『そのような話は聞いたことがありません。弓と護身用の短剣が武器でしょうね』


 なら、あいつと距離を詰めるしかない。問題はどうやって詰めるかだ。中谷と光太郎も柱に隠れて状況を観察しており、誰も動かずに隠れている状況に痺れを切らせたレラジェは再度矢をセットし、こちらに狙いを定める。


 『隠れんのか?じゃあお前の友達からやってやろうか?俺の矢は少し変わっててな。魔力を込めることで威力と速度が増す。その柱ごと、体を貫通してやるよ』


 レラジェの矢が俺から澪に移動する。

 澪が恐怖で怯えたのをレラジェは愉快そうに眺めている。


 『俺と同じ……大切なもの傷付けられたら理解できるかもね。俺達、オトモダチになれるぜ』

 「い、いや……!」

 『ざぁんねん。あんたに拒否権はないんだよ!』


 レラジェの矢が澪に放たれる。まずい!このままじゃ澪が……!

 とっさに柱から身を乗り出して、澪の元に走るけど間に合わない。矢は澪の胸狙って飛んでいく。待てよ……そんな!!

 しかし矢が弾かれる音がして、思わずつぶってしまった目を恐る恐るあける。そこにはひっくり返っている中谷がいた。中谷は泣きそうな顔で起き上がり手首を抑えている。


 「中谷君!」

 「痛い!骨折れてる!?折れてない、大丈夫だ!良かった!!つか、こわっ!俺すげぇ!!」


 どうやら咄嗟に澪を庇った中谷がバットを盾にして矢を弾いたようだ。その衝撃で矢の進行方向が変わり、バットが吹き飛んで衝撃でひっくり返ったらしい。


 何も考えてなかったのか、やってしまった後に中谷は青ざめて騒いでいるが、澪を守ったのはすごい。俺と光太郎は動けなかったから。しかし中谷のバットはレラジェの矢をもろに食らい、折れてしまった。


 「金属バットが折れてる……」

 『やはり、攻撃力は高いですね』


 俺は慌てて澪に走り寄った。


 「大丈夫か?」

 「う、うん。平気」

「澪はあっちの柱にいろ、な?俺達がやるから」


 澪を柱の後ろに連れて行き、改めてレラジェを睨みつけるが、レラジェは矢を止められたことに、拍手をしていた。その行動が悔しさを感じているよりも本当に感心しているように見えて拍子抜けしてしまう。


 『おー俺の矢を見切るなんて中々見どころあるんじゃねぇのか?お前を殺すのは惜しいなぁ。どうだ?お前俺の部下になる気ない?』

 「だぁれが!このでこっぱちが!」


 中谷は折れてしまったバットの代わりに、澪からもらったクイックルワイパーを振り回す。少しだけ痛みに顔をしかめたが手首は大丈夫そうだ。しかし少し見た目は格好悪くなったけど中谷がいれば勝てるかもしれない。運動神経抜群のこいつがいれば……中谷も自分が矢を防げたことで勝てると思ったのか自信に満ちている。再び構えた中谷と俺たちの元に、光太郎が近寄ってくる。


 「拓也、中谷、三人で頑張って仕留めようぜ。相手は弓だ。接近戦に持ち込めば俺と中谷で仕留められる」


 そうだな、光太郎と中谷は俺よりも遥かに強いはず。じゃあ問題はいかにあいつの気を引くかだ。それをできるのは多分俺しかないだろうな。魔法使えるの俺だけだし……


 「それは俺がやる。魔法であいつの気を引くからな」

 『レラジェの矢を弾こうなどとは思わない事です。拓也と光太郎、貴方達は矢を弾こうなどと考えない方がいい。おそらく衝撃で手首の骨が折れます。中谷は元々手首を鍛えていたこともあってかろうじて何とかなったのだと思いますが、それでも数発受け止めたら中谷でも手首が危ない』


 そうだろうな、あんな矢を受け止めるのは相当な衝撃だろう。普段野球ボールを打っている中谷ですら手首を抑えてすぐには起き上がれなかったんだ。俺と光太郎が弾けると思えない。でも全く矢を撃たれないで接近できる方法なんてないはずだから、俺の魔法で矢を相殺するしかない。

 

 浄化の剣を握りしめる。失敗すればただじゃすまないけど、大丈夫。三人でやればきっと……

準備の整った俺達三人にレラジェは矢をセットしながら笑みを浮かべた。


 『こざかしい作戦会議は終わったのか?まだテストの途中だからね、連続攻撃しない俺って優しいね』

 「そのせいでお前負けるけどな」


 光太郎と中谷がレラジェに向かって走り出す。俺は矢を放とうとしているレラジェに剣を向けた。


 ***


 シトリーside ―


 「くそ……きついな」


 やっぱ影とやり合うっつーのは自分自身っつー訳で、すっげえやりにくい。他の奴らも影とハルファス相手じゃキツイってもんだ。ヴォラクもヴアルもゼェゼェ言ってるし。そんな俺達を見て、ハルファスは大笑い。


 『キャハハハハ!情ケナイ!早ク死ネ!コノ裏切リ者ガ!!』


 悪魔の姿に変わったハルファスはさっきまでの艶やかな美しさは欠片も存在しない。それもそうだろう、ハルファスの本当の姿はカラスなんだから。カラスに変わったハルファスは剣を振りまわり、少しずつ俺達に追い打ちをかけてくる。正直言って、ハルファスを相手にしてる余裕はねえんだっつーの。自分自身を倒すのに精いっぱいなのによ。幻術のくせに攻撃パターンも俺と一緒でやりづらいわ。


 『シトリー、ダンダリオンを攻めるぞ!援護しろ!』


 自分自身を相手にしていたパイモンが一瞬の隙をついて距離をとり、俺の名を叫んだ。この幻覚はダンダリオンから作られた物だからクソジジイさえ倒せばいいんだ。俺も自分の影と距離をとり、ダンダリオンに向かって走り出した。しかし影は俺達を追ってくる。


 「追いかけるのは女の子だけにしやがれ!」

 『ふざけてる場合か!』


 俺のボケにパイモンは見事に突っ込みを入れる。でもこの状況じゃどうしようもないだろ!突っ込みたくもなるってもんよ。その時、大きな爆発が俺とパイモンの影を包み込み吹き飛ばした。

よくやってくれたヴアル!


 『シトリー、パイモン!貴方達の影もあたし達がやってあげるから早くダンダリオンを!』

 「サンキューなヴアル!後でめいっぱい熱いチューをプレゼントするぜぇ!」

 『いらないわよそんなもん!』


 酷い!女の子にそんなもんとか初めて言われたぜ。おもいっくそ激しい物をお見舞いしてやろう!

 そう思いながらダンダリオンを狙って俺達は突進する。

 

 『サセルト思ッテンノォ?』


 思ってないさ。まずはお前からだろ?俺とパイモンならハルファスなんて目じゃねえぜ。まあ相手は空中飛び回ってるけど、斬りかかってくるときに降りてくるからな。そこを狙えば話が早い。


 「大丈夫だ、レディには優しいんだ。可愛がってやるからな」

 『相変ワラズ女タラシネ。イイワ、楽シマセテチョウダイネ!!』


 ハルファスが空中旋回して俺達に向かってくるのを構えて受けて立つ。ハルファスの剣をパイモンが受け止め、隙を見て俺はハルファスに蹴りをかますが簡単に避けられて宙に浮きあがってしまう。


 『シトリー!』

 「どうしても?」

 『……まずはお前から始末してもいいんだぞ』


 パイモンの恐ろしい殺気に背筋が凍りつく。絶対する、こいつ絶対俺を殺すわ。マジで容赦なさすぎだろ。なりたくなんかないんだけどな……そう思いながら俺も悪魔の姿に変わり、空に舞い上がる。急がねえとな、ヴアルとヴォラクとセーレが必死で俺達の分の影も食い止めてくれてるし、俺の見栄を優先している場合じゃねえ。


 『セーレ!平気!?』

 『大丈夫だ!俺が敵を引き寄せるから、その隙を狙うんだ!』


 ジェダイトを駆使し、他の影の相手をしているセーレ、そして影と交戦してるヴォラクを見て、これ以上格好悪い俺を見せるわけにもいかない。ハルファスの攻撃を身体を捩ることでかわし、喉元めがけて牙をむいた。


 『ウソ!』


 喉に思い切り噛みつき地面に叩き落とすと、ハルファスは悲鳴をあげ意識を飛ばした。殺してはないはずだ、肉は少し噛み千切らせてもらったが。少しきつく締めすぎたか?意識を飛ばしたハルファスが動かないことを確認して、ダンダリオンに振り返る。次はお前だ。


 『チェックメイトだな』


 パイモンがダンダリオンに剣を向ける。その光景を見て、ヴォラク達がガッツポーズを取っている姿が見えた。はー、ようやっと人間の姿に戻れるわ。もう悪魔の姿ダサくてあんましたくないんだよな。人間の俺様が一番!イケメンだしな!豹に戻ろうとイケメン度は変わんねーけどよ。


 『ぐぅ……何と嘆かわしい事じゃ。やはり貴様ら二匹相手ではハルファスも分が悪かったかのぉ』


 そりゃそうだろう、大体パイモン相手では大抵の悪魔にとっちゃ分がわりいはずだ。本当にとんでもない奴が味方になってくれたもんだ、敵だと厄介だが味方だとこんなにも頼もしい。でも今回ハルファスを倒したの俺なんだけどな!


 追い詰められたというのにダンダリオンは笑ったまま。なぜ笑ってるんだ?自分が危機的状況に陥っても何で……こいつにはまだ何か秘策でもあるって言うのか?


 「何がおかしいんだ?」

 『おかしいわ……これほどおかしい事があるか?シトリー、貴様の過去を覗き見させてもらったからのぉ』


 俺の過去を?確かにダンダリオンの能力は記憶を覗き見ることで、この幻術もそれから作られたものだ。だけど俺の過去の一体何がこいつをこんなにさせてると言うんだ。動揺してしまった俺をパイモンが庇う。


 『真に受けるな。恐らく張ったりだ』

 「……わかってるけどよ」

 『哀れよのぉ……まさか貴様が我らが女帝“グレモリー様”の事を慕っていたとは思わなんだ』


 “グレモリー”その名に過剰に反応してしまった。あいつを忘れたことなんて一度もなかった。恐らくそこで記憶を盗まれたのかもしれない。だからと言って、こんな奴にこんな形で知られてしまうなんて!

 悔しさのあまり握り締めた拳に爪が食い込む。自分でも情けないくらい余裕のない声が出た。


 「黙れ……」

 『哀れなグレモリー様よ。二百年もの間、城に幽閉され続け終いには……』

 「黙れっつってんだろ!!」


 ダンダリオンの顔を本気で殴りつけた。それでも収まらない、グレモリーをこんなゲスが語るのが許せない。あいつの過去を面白半分に晒すな!お前如きがグレモリーを語るな!!


 『シトリー止めろ!』


 パイモンに腕を掴まれて我にかえる。何度も殴ってしまったダンダリオンの顔は赤くはれ上がっている。

 鼻血を出しながらもダンダリオンは薄気味悪く笑う。


 『教えてやろうか。グレモリー様がどこにおられるか』

 「は……」

 『あの御方はデンマーク王国の“ナターリエ・カリーナ”と言う少女と契約を交わしている。グレモリー様の気持ちを具現化したような女だ』


 グレモリーの居場所、契約者。

 遂に来てしまったんだ。グレモリーを地獄に返す日が……彼女を見つける日が。


 『知っておるかシトリー、相手を最も傷つけるものは破壊ではない。言葉じゃ。言葉は時にナイフのように胸を抉る』

 「何が言いたい……」

 『壊れてしまえ。貴様の最後を我らが女帝に捧げるといい……』


 ダンダリオンは言いたいことだけ言うと大人しくなり、それと同時に影も消えた。完全に降参した形だ。


 『シトリー、召喚紋を描く。手伝え』

 「……ああ」


 召喚紋を描きながらも心は上の空だ。やっと見つけた。いや、手掛かりを掴んだんだ……グレモリーの。今までずっと探していた、彼女の行方をやっとつかんだ。今度こそ逃げるわけにはいかない。


 『クク……アハハ!キャハハハハ!!』


 召喚紋に囲まれたハルファスの高笑いが空間内に響き渡る。

 こいつ、いつの間に目を覚ましたんだよ。


 『呪ワレロ、呪ワレロ呪ワレロ呪ワレロ!!!裏切リ者ハ呪ワレテ死ネ!!』


 ハルファスは高笑いをしていたかと思うと、泣き出してしまい悔しそうにブレスレットを握りしめる。このブレスレットを知っている、確かレラジェがハルファスに贈ったものだ。ハルファスが嬉しそうに自慢していたのを、俺は地獄で見た事がある。


 『レラジェ……ゴメンネ、ゴメンネェ……』


 そうだったな。こいつはレラジェの事……

 ハルファスがレラジェの事を盲目的に追いかけているのは地獄では有名だった。泣きじゃくりなが らレラジェに謝罪し続けるハルファスの頭をそっと撫でる。


 「報われねえなぁ……俺もお前も」


 いや、報われてねえのは俺だけか。レラジェは何だかんだ言ってハルファスの事を大事に思ってるから。いつも追いかけてくるハルファスを呆れはするけど、嫌がりもしないし追い払いもしない。今回も追いかけてきたハルファスを追い返さなかったからこうなったんだろう。


 「ごめんなハルファス……ばいばい」


 ハルファスの体が薄くなっていき、契約石であるルチルクォーツの髪止めがハルファスが泣きじゃくるのと同時に揺れる。胸が痛い、こういう人間臭い悪魔は嫌いだ。一つの事にしか目がいかなくて、そいつが振り向いてくれるなら殺しでも何でも喜んでやる。残忍だけど人間臭い。


 「大嫌いだよ……お前みたいな奴」


 それは昔の俺みたいで……グレモリーを傷つけないために、グレモリーのための行動が結局はグレモリーを傷つけた。お前も……俺たちにブッ飛ばされて地獄に返されたなんてレラジェが知ったら、あいつは激怒すんだろうな。仲間想いな奴だもんな、お前やフォカロルたちと馬鹿やってるあいつはいつだって楽しそうだった。

 

 好奇心旺盛で、状況が変わればきっと拓也たちとも理解しあえるだろうと思っていた奴だったのに、正直残念だ。

 ハルファスが消えたのを確認して、パイモンもダンダリオンに呪文を唱える。ダンダリオンは契約石であるホワイトハウライトの杖を強く握りしめた。


 『やれやれ……ワシの思ったような結末に行かぬものよのぉ。影がお主らを仕留めてくれると思っておったんじゃがなぁ』


 お生憎さま。自分達の影にやられるほど俺達は弱くない。影は影、所詮本体には勝てないさ。

 ダンダリオンが消えて、歪んでいた空間が少しずつ消えていき、マンションの中に変わった。


 『主たちが心配だ。父親が足を射抜かれたと言っていたな。急ごう』


 確かに随分時間がかかっちまったからな。あいつら大丈夫かよ。

 見かねていたヴォラクが即座に歩きだす。


 『俺が行ってくるよ』

 『俺も行こう。レラジェを地獄に返さなければならないからな。セーレ、お前も来い。治癒が必要になるかもしれん』

 『ん、わかった』


 出ていこうとしたヴォラクの後をパイモンが追いかけてマンションを出ていった。残された俺とヴアルの間には嫌な沈黙が漂う。セーレはどうしていいか分からないような顔をして、少し悩んだ後に顔をあげた。


 『シトリー……その、なんて言えばいいか分からないけど、これが最後じゃないと思うんだ。俺たちは無限の生があって、確かに他人をいつくしみ尊重する気持ちを忘れがちだ。でも、お前ならその気持ちを忘れることなくあの人を今度こそ守ってあげられると思うんだ。グレモリー様は、俺達七十二柱の悪魔にとってもとても大切な方だから。彼女を本当に守れるのがルシファー様じゃなくて、君ならいいなって思ってる』


 『グレモリー様の笑顔を私は見たことがないの。いつも悲しそうにしているお顔しか。初めて会ったときはなんて美しい人だろうって思ったけど、瞳を伏せている姿だけだった。だから、今度こそ幸せにしてあげて』


 こいつらとは今回初めてここまで関わったが、こんないい奴とは知らなかったよ。キメジェスがセーレの側を離れなかったのが分かるぜ。こいつの側は不思議と安心するし、守ってやらないといけないという気持ちにさせる。

 ヴアルに関しても交流はなかったけど、話してみたら可愛らしい少女のような存在だ。二人の期待に、応えられたらいいんだけどな……


 ― 俺は、お前があの人について語らなくなったのが、少し寂しい。俺が直談判しに行ってやる!だって、俺達だって幸せを求めたっていいだろ。


 ふと、友人だったカイムのことを思い出した。俺のことをずっと応援してくれていた悪魔。あいつがどこにいるか未だに分からない。こんなに探しているのに、どうして見つけられないんだろう。

 結局この世界は広すぎて、事件を起こさず平穏に暮らしている悪魔を探すことは不可能に等しいんだ。

 なんだろうな、なんだか無性にお前に会いたいよカイム。会って、また俺を元気づけてほしい。


 「平気だ、心配すんな。なあセーレ」

 「何?」

 「決着つけるよ。数百年間の集大成をよ」


 何もできなかった、いや、恐れて動かなかった。あの氷のような冷たい目、あの目が再び俺を映し出すのが嫌だった。でももう逃げられない、どちらにせよグレモリーを地獄に返す時がやっきたんだ。


 とりあえず、少し拓也達に休暇をやるか。


 そう心に決めて俺はソファに埋もれた。

 拓也達に休暇を与えてる間に、自分自身も覚悟を決めなければ。そう思いながら……


登場人物


ダンダリオン…ソロモン72柱序列71位の悪魔。

       36の軍団を統べる力強き公爵であり、その姿は右手に本を抱え、あらゆる男女の表情を浮かべる男とされている。

       ダンタリオンをは、すべての芸術と科学の知識が持ち、また召喚者が望む相手の思考を読み取る事が出来る。

      基本的に争い事を嫌い、自分の手は汚さない。

      レラジェに異様に慕われており、知識を与えたり、世話を焼いている事は地獄でも有名。爺さんと孫と言われる事もしばしば。

      契約石はホワイトハウライトの杖。


ハルファス…ソロモン72柱序列38位の悪魔。

      26の軍団を指揮する伯爵であり、その姿は野鳩とされている。

      しかし人間の姿を取る時は黒髪の美しい女性の姿を取る。

      戦争の専門家であり優れた戦略家の一面を持ち、ハルファスの能力は戦争を構成する総てに渡っている。

      レラジェに一方的に好意を送っており、事あるごとに支援している。

      それに見返りは求めず、ただ役に立てればいいと言う考えを持っている。

      ダンダリオンを盲信的に慕うレラジェにやきもきする場面も多い。

      契約石はルチルクォーツの髪止め。

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