第12話 孤児院の子供たち
「募金に協力お願いしまーす」
「お願いしまーす」
次の日の放課後、俺と光太郎は甲子園の資金獲得のための街頭募金をしていた。素通りする人がほとんどだが、時折立ち止まりお金を入れてくれる人がおり、地道にだが着実に貯まっていっている。
12 孤児院の子供たち
「意外と集まるもんだなぁ。この箱の中何円入ってんだろ?」
光太郎が募金箱をジャラジャラと振り回す。うーん、結構音がしてるぞ。案外入ってるんじゃない?
今俺たちは都内の百貨店の前で六人で街頭募金をしている。流石に人が集まる場所でやっているものだから地味にだが着実にお金は集まって行く。これ他のグループもやってるんだし、トータルで行けば結構行くんじゃないか?
今日は平日だからまだ人は少ないが、これが休日ならきっともっと集まるだろう。光太郎と話しながら募金箱を持っていると、足元から声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん達、野球の大会に出るの?」
声がする方に視線を動かすと、五~六歳くらいの女の子がこっちを見ていた。野球知ってるのかな。
「そうだよ」
光太郎がにこやかに笑みを浮かべながら女の子の質問に答えると、女の子はニコニコと笑い、話を進める。
「由愛もね。野球皆でするよ?」
「あ、そうなの?」
「うん」
由夢ちゃんと名乗った女の子は思い出したように、この間の野球で楽しかったことを教えてくれる。その話に相槌を打ちながらこの子の家族を探す。流石に一人で来てはないはずなんだけどな。はぐれたりとか、ないよな。
「君、お母さんかお父さんは?一人で来てはないでしょ?」
「来てるよー。あのねーサオ姉とセーレと来たの」
セーレ……あれ?どっかで聞いたことのあるような、ないような……由愛ちゃんがそう言った瞬間、由愛ちゃんの体が宙に浮いて、俺の首も上に向いた。
「こーら由愛、勝手に居なくなったら駄目じゃないか」
「あ、セーレ!」
由愛ちゃんは嬉しそうにセーレと言う男性に抱きついた。この人がセーレ?
目の前に現れたのは綺麗な長い黒髪を持った青年だった。あんまり男性の長髪って見ないけど、この人だと不思議なくらい似合っていてなんだか爽やかにも見える。日本人ではないんだろうな。名前もそうだし、見た目も日本人とはかけ離れている。目鼻立ちの整った顔をしており、身長も高いスレンダーな男性だ。
「沙織はもう店の中に入ってるからな。俺たちも早く行こう?」
「うん!」
由愛ちゃんは元気よく頷いて男性に抱きつき、こっちを指さした。
「このお兄ちゃん達ね、野球の大会に出るんだって!だから由夢も皆で野球するんだよってお話したの!」
「あぁ、募金活動ってやつだね。じゃあ俺たちも少しだけど入れようか由愛」
「うん!」
「由愛が入れてあげな」
由愛ちゃんの返事を聞くと、男性はポケットから財布を取り出しその中から出した小銭を由愛ちゃんに渡す。募金箱を由愛ちゃんの前に持って行くとチャリンと硬貨が箱の中に落ちて、その音を聞いた由夢ちゃんは満足そうに笑った。
「ありがとう」
「ううん、どういたしまして!」
由愛ちゃんはニッコリと笑って、またセーレに抱きついた。本当に可愛い女の子だなぁー……はっ!言っておくが俺はロリコンじゃない、断じて違う。なんか誤解を招きそうだから訂正しておく。
このまま離れていくかと思いきや、セーレという男性は俺を凝視している。正確には募金箱だけど。もしかして詐欺かなんかと思われてる?
「あの……?」
痛いほどの視線を感じたので話しかけてみるとセーレは弾かれたように顔を上げた。
「いや……君その指輪どこで?」
「え?」
指輪ってこの指輪、だよな?他にはなにもつけてないし、これのどこが気になったんだろ。
「普通にお店でですけど」
「そうか。いや、うん……格好いいなそれ」
ソロモンの指輪ですと言う訳にもいかず、適当に答えたがセーレは少し気まずそうに視線をそらした。その表情は明らかに俺の答えに納得している気配はなく、見てはいけない物を見てしまったと言う顔だ。
セーレは明らかな作り笑いを浮かべ会釈をして由愛ちゃんを抱いて去って行った。何が何だかわからずぽかんとする俺に光太郎がボソッと耳打ちをしてくる。
「なんだったんだ今の?」
「さぁ。よくわかんねえんだけど、ストラスならなんか知ってるかも……帰って聞いてみる。それにセーレって俺どっかで聞いた事あるんだよな」
「あー日本人の名前じゃないよな。でも悪魔にしては物腰柔らかかったよな。普通の好青年って感じだったし」
「確かに」
とりあえずこれ以上話しあっても進展などなさそうなので俺と光太郎はそのまま募金活動を続けた。
***
「お疲れさん。今日はどうもありがとう。帰っていいぞ」
十九時、募金活動も終わり、俺と光太郎は帰路についた。
全校生徒でやってるからもう俺には回ってこないからな。終わったって感じだなー 。あとは会場に応援しに行くだけだ。お金、たまってればいいんだけどなー今日は思った以上に募金してもらえた気がする。
「ただいまー」
「お帰りー」
玄関を開けるや否やに直哉がドタドタと走ってきた。
直哉……そんなに俺がいないのが寂しかったのか!お兄ちゃんちょっと感動しちゃう!
「もー兄ちゃん遅いよー!俺お腹すいちゃってすいちゃって。早く着替えろよー」
あ、そう……愛の一方通行だなぁ。文句をつけた直哉は振り返ることなく、リビングに歩いて行き、置いて行かれた俺は少しだけ肩を落として自室に向かい、ストラスにポテトチップスを与え、着替えを済ませリビングに向かった。
リビングには母さんと父さんと直哉の三人だけで、その中に澪がいない。
「あれ?澪は?今日いないの?」
「うん。今日はお母さんが早く帰ったからってね」
少し残念。夏休みになったら、澪と普段よりも会う機会が減るから、来てくれてたら嬉しかったんだけどな。そんなこと家族に言えるわけもなく、何食わぬ顔をして夕飯を食べた。しかし飯を食いながらもセーレと言う男が気になって仕方がない。昨日やっとマルファスを倒したばっかなのに、また新しい悪魔が来たのか。そう考えると幾分か気分がげんなりしてしまった。
夕飯も食べ終わり、片付けも済ませ、自分の部屋に急ぎ足で向かおうとした俺を直哉が足止めしてきた。
「なー兄ちゃん遊ぼうよー」
直哉は俺に纏わりついてくる。普段は俺が構ってもウザいからあっち行けっていうのに、なんで今日に限って甘えてくるんだよ。一刻も早くセーレのことを聞きたいのに、直哉の遊びに付き合ったら下手したらストラスは寝てしまう。フクロウは夜行性かと思いきや、あいつは結構グースカ夜も眠っているし、下手したら昼も一日中ポテト食って昼寝していたりする。
やんわりと断って直哉の腕を放すと、それを見ていた母さんが横から口を出してきた。
しかも母さんまでもが直哉の味方。
「拓也、遊んであげなさいよ。あんた最近すぐ自分の部屋に行っちゃうでしょ?」
それは仕方ないじゃん。ストラスがいるんだから。
でも勿論、母さんにそれは言えない。何も知らない母さんは弟を放っといて自室にこもる奴と思っているみたいだ。
「今日は本当に無理。埋め合わせ絶対するから。直哉、兄ちゃん忙しいからまた今度な」
直哉が頬を膨らまし、頭を軽く叩いて背中を向ける。その場にいたら文句を言われそうなので言った瞬間、すぐに自分の部屋へと走って逃げた。直哉の文句が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
***
『おや拓也。血相を変えてどうしたのです?』
ストラスは相変わらずポテトを食べていた。
ベッドに腰掛け、ストラスに気になったことを聞いてみた。
「ストラス、お前セーレって知ってるか?」
ストラスはポテトを食べるのをやめる。この反応は、多分そういうことなんだろう。
『セーレに会ったのですか?』
「え?会ったっていうか……うん、会った」
曖昧な返事にストラスは眉を寄せる。
『どちらですか。そうですかセーレと……』
「セーレって悪魔なんだよな?なんか口調とか物腰とかかなり穏やかだったし、どう見ても普通の人間って感じだったぞ?同姓同名の人違い的な奴だったのかな……でも、俺の指輪を見て、どこで手に入れたんだって聞かれたんだ。見てはいけない物を見てしまったみたいな反応してた」
そうだと自分に言い聞かせたいけど、あの反応……明らかに指輪に気づいていた気がする。今までこのゴツいデザインを友人に揶揄されたことはあるけど、あんな反応をされたことはなかった。
『……恐らく悪魔セーレだと思います。その反応、よほどのオカルト好きか悪魔学者でもない限り、ソロモンの指輪だと誰も思わないでしょうし。セーレの説明からしましょうかね。セーレはソロモン72柱の一匹で、地獄では神速セーレで名が知られています。彼は異名通り、高速移動を得意とし、人や物を望んだ場所に一瞬で移動させます。また彼は地獄でも非常に温厚な性格だと言うことでも知られていて、人間の悪魔学者たちにも“召喚に失敗してもリスクのない悪魔”と言われるほどです。契約者に忠実で殺戮を嫌う、そこら辺の人間よりも遥かに聖人ですよ』
驚いた。地獄にそんな悪魔がいるのか。能力だって高速移動だったら、すげえ便利だし、その上優しいとか……そりゃ悪魔学者だって呼び出したいよな。俺だって呼び出したい。
「じゃあいい悪魔ってことか?」
『まぁそうですね。人間に危害を加えるような悪魔ではありません』
「ならいいか」
安心してベッドに横になった。人間に危害を加えないなら、俺があえて会いに行って戦う必要だってないんだし。
しかしストラスはポテトを食べるのをやめて、横になっている俺の腹によじ登った。
『拓也、セーレと契約をする気はありませんか?』
「俺が?」
ストラスは首を縦に振った。
『セーレと契約できれば、貴方はどんな所にでも行けるようになる。指輪の力に引き寄せられ、日本に召喚された悪魔は比較的多いとは思いますが、それでも悪魔は世界中に身を潜めているでしょう。セーレさえいればすぐにでも飛んでいける。悪魔を見つけるのも断然に楽になりますよ』
また俺に悪魔と契約させようってのか?お前とヴォラクだけでもう十分だっつーの。危険な悪魔じゃないのなら無理して契約してもらおうって考えないわ。それになんで俺が世界飛び回って戦わなきゃならんのだ。
「そうは言ってもさぁ……また探さなきゃいけないんだろ?俺、百貨店ですれ違っただけなんだよ」
『それはそうですが、契約しておくにこしたことはないですよ……ただ、セーレは契約者に忠実なので契約者が破棄を望まない限り、契約を解除しないので説得は難航するかもしれませんが』
なんだ、じゃあ無理だな。由夢ちゃんのあの様子じゃかなりなつかれてる感じだったし、いきなりセーレを俺に下さいって言っても渡してくれなさそうだ。説明を聞く限り魅力的な能力だ。世界中どんな所にも一瞬で行けるなんてドラえもんのどこでもドアみたいなもんだろ。契約者だって手放したくないだろう。
契約するなんて一言も言っていない俺を横にストラスは話を勝手に切り上げて再びポテトを食べる。
『とりあえずセーレは私が探してみましょう。貴方は今のうちに英気を養っておきなさい』
俺に拒否権はねーのかよ!!えっらそーに。ま、今回は危険なことじゃなさそうだな。
取りあえずそれに安心したのでそのままベッドに横になり漫画を読んだ。
***
夏休み二日目、相変わらず部屋でダラダラしていた。部屋にエアコンはあるけど、あまり使うと電気代がとかで母さんに怒られるし、リビングのエアコンをつけているからリビングに来いと言われるのだ。
ストラスも熱いのは嫌いなのか少しグッタリしている様子だった。大丈夫かなこいつ。毛むくじゃらだから俺より体感温度やばいんじゃないだろうか。なんだか少し心配になり、冷凍庫からとってきたアイスを半分やると、ものすごい勢いで食べて、まだ半分も食べ終わっていない俺の分まで物欲しそうに見るものだから、結局全部ストラスにやり、さらにカチカチに凍らせた保冷剤を二つ包帯で包み首に巻いてやると、やっと息を吹き返した。
『拓也、日本の夏は暑いですね』
「だろ?まじでやばいし。夏を馬鹿にすんなよ」
ストラスはヨロヨロと起き上がりながらも網戸を開ける。もしかして外に出る気か?
「ストラス、どっか行くのか?」
『セーレを探してくるんですよ。もしかしたら近くに見つかるかもしれない』
ストラスだけで探しても見つからないだろ。むしろ熱中症にならないかの方が心配だ。
「手伝おっか?」
『頼みます』
特にすることもなかったので、ストラスを窓から出し、外に出る準備をした。
母さんに出かけてくると伝え外に出ると、じんわりした暑さが襲いすぐに背中に汗が出てきた。帽子をかぶって肩にとまったストラスの頭にもタオルをかぶせてやる。
『拓也、昨日はどこでセーレを見かけたのですか?』
「んー百貨店っていうデケー店で見つけたんだ。小さい女の子と一緒にいたよ」
『ふむ……そこはここから近いですか?』
「近いっちゃあ近いけどお前は行けないぞ」
『なぜです?』
「だって都心だもん。フクロウ連れてくる奴なんかいねえよ」
『ではどうやって探すのですか?私がいなくては探せないでしょう?拓也はトロイから』
あん、なんだと?それ言う必要ねーだろ。ストラスに軽くチョップをすると、軽くしただけなのにムギャ!と間抜けな声を出して睨んでくる。やばい、笑わせないでくれ。一応周辺に人いるんだから。ただでさえフクロウ肩に乗せてる人間なんて大道芸人みたいなもんなんだから、目立つような事させないでくれよ。
ストラスを連れていては街には出られないので、少し離れたデカイ公園まで足を運ばせた。この公園は噴水と水遊びができるスペースがあるため、夏なのに子供たちで賑わっていた。母親達が近くのベンチを陣取っているため木陰を見つけ、ズボンが汚れることも気にせず腰を下ろす。今日は湿度が高くないから、木陰に居ればある程度暑さがしのげた。
「暑いのに子供は元気だなー」
『なぜこのような場所に?』
ストラスは子供たちに声が聞こえないようにヒソヒソと語りかけてくる。既に数名の子供たちがフクロウ連れた高校生を物珍しそうに見ているが、反応したら負けだ。
「当てがないんだろ?だからどっかのデカイ公園に行けばもしかしたら昨日の女の子に会えるかもって思ってさ」
『なるほど。しかし確率はかなり低いですね』
セーレだって都心の百貨店が立ち並ぶ超高級エリアに住んでなんてないだろうし、子供を連れているのなら、公園に行った方が見つかるんじゃねえの?知らんけど。しかし、当たり前と言っていいほど由愛ちゃんは見つからない。
分かってはいたけど、そうだよなあ……適当に公園に来ただけだし、この近辺に住んでる子しか利用しないよなあ。
「なあ指輪。何とかしてくれよ」
遊び半分で指輪に問いかけてみる。ストラスは暑さで頭がおかしくなったのかと憐みの視線を向けてきたけど、別におかしくなったわけじゃないから、そんな同情の眼差しで見んなよ。
しかしまさかの俺の遊び半分で言った言葉に指輪が反応したのか薄く輝きだした。
「うえ!?」
『これは?』
何が起こるって言うんだ?
『貴方達、誰を探しているの?』
ん、今の声はどこから聞こえた?
ストラスにも聞こえたようで首をキョロキョロと動かしている。
『ここよここ。貴方の足の下』
俺とストラスは言われたとおりに足の下を見るが、そこには小さな花が咲いているのみで、もちろん人なんていやしない。え、まさか……
「この花?」
『そうよ。ところで貴方一体誰を探しているの?』
思わず叫びそうになったがここは公園、注目は浴びたくない。
必死で声を押し殺しストラスに目で訴えると、なるほど。と勝手に納得している。
『そういえば指輪は天使と悪魔を使役するだけでなくあらゆる動植物の声も聞けると言う話を昔聞いたことがあります。まさか本当だったとは』
そう言うことは早めに言おうね?マジでびっくりして心臓が飛び出そうになっちゃったよ?
とりあえず独り言と思われたらハズイから、花に小声で話しかけた。
「なぁ由愛ちゃんって子、知らないか?」
『由愛ちゃん……さぁ、知らないわね。ねぇ!貴方何か知ってる!?』
花が急に大声を出したので、慌てて周囲を確認するも、子どもたちは全くこっちに気づいていない。
『どうやら私たちにしか聞こえないようですね』
「そうか。そりゃよかった」
『僕知ってるよ。この間由愛ちゃんに食べ物貰ったもの』
声がするほうを見てみると今度はスズメがこちらに向かってきた。
やべえ、花とスズメと会話なんて俺めっちゃメルヘンチックじゃん。てか何だこの状況は。人間が知らないだけで花と動物って普段から会話してんのかな……
『あの子、いっつもここのもう一つの大きな公園によく来てるよ。僕さっき見たもの』
「それ本当か?」
『本当だよ。なんなら案内してあげようか?』
「お、おう、頼む」
スズメは俺の右肩に乗っかり、道案内してくれると言う。ストラスは左に乗っている。俺どんだけ鳥に囲まれてんだよ。鳥使いにジョブチェンジできるんじゃないかこれ。
「じゃあ俺行くな。サンキューな花」
『どういたしまして』
一応言った方がいいのか?花と別れをかわし、スズメと一緒にその公園に向かった。
***
『ここにいっつも由愛ちゃんは来てるよ』
徒歩二十五分、汗だらだらだけど目的の公園にやっとたどり着いた。
こちらもかなりでかい公園で真昼間だと言うのに多くの子供が遊んでいる。
『じゃあ僕はもう行くね。ばいばい』
「あ、おう」
スズメは飛んでいって俺とストラスはその場に取り残された。それと同時に薄く光っていた指輪の光が消えた。多分これでもう鳥とは会話できないってころなんだろう。しっかし何でもありだなこの指輪……
二十五分も歩いた俺とストラスはのどが渇いたので自販機に行って飲み物を買い、それを飲みながら木陰のベンチに座って由愛ちゃんが来るのを待つ。その状態で一時間程度待っていると由夢ちゃんの姿を見つけた。
「あれだ!!」
『どの子ですか?』
「あのピンクのスカートはいた肩くらいまでの髪の子だよ」
指をさしながら教えるとストラスはわかったのか軽く頷いた。一緒にいる子供たちは年齢性別ばらばらだ。上は小学校中学年くらいまでいるか?下は保育園くらいの子供までいる。託児所的な奴なんだろうか?
明らかに先生的な人が子供の相手をしながら一緒に遊んでいる。
『しかしセーレの姿は見つかりませんね』
「とりあえず俺、話しかけてみるわ」
ベンチから立ち上がって由愛ちゃんの所に向かう。昨日会ったこと覚えてくれていたなら、多分話しかけても大丈夫なはずだ。
「あ、昨日のお兄ちゃんだ!こんにちは」
由愛ちゃんは俺のことを覚えていたのか向こうから笑顔で接してきた。それを見て少しだけ心配になる。警戒心ないなー俺が危ない奴だったら誘拐されてんぞ。
あくまで自然を装い挨拶をして由愛ちゃんの隣に腰をおろして話しかけた。
「偶然だねー由愛ちゃん、昨日一緒にいたお兄さんとは今日は一緒にいないの?」
「いるよーちょっと用事があって家に帰ってるの。でもすぐに来るよ」
由愛ちゃんは俺の質問に答えながらも視線はストラスに釘付けだ。
「可愛いね―その鳥さん」
「こいつ?ストラスっていうんだ。フクロウなんだよ。触ってみる?」
「いいのー!?」
「どうぞ」
「ふわふわしてて気持ちいいねー」
ストラスは嫌だったのか俺を睨んできたが、それを無視してストラスを由愛ちゃんに渡した。
フクロウなんて触るの初めてだろう由愛ちゃんはストラスを抱きしめ、フワフワの毛並みに顔を埋める。明らかにストラスは嫌そうだが、相手を振り払えないことは分かっており、されるがままだ。
しかしフクロウを抱きしめていることを他の子どもたちが気付き、視線がこちらに集中する。釣りすぎたかこれ。
「由愛!」
「セーレ!」
その時、由愛ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。
由愛ちゃんはセーレを見つけると嬉しそうに駆け寄った。
「昨日の男だ」
『間違いありません。悪魔セーレです』
「ごめんな遅くなって。予定より長引いちゃって」
「全然いいよ!昨日のお兄ちゃんが遊んでくれてたから」
由愛ちゃんの言葉を聞いてセーレは俺に振り返った。その表情は昨日の姿とは違い、警戒心をにじませ、由夢ちゃんをこちらに近づけさせない様にしているのがわかる。
「昨日の募金活動してた子、だよね……君とは正直会いたくなかった」
セーレは嫌がる由夢ちゃんを他の子供たちの元に連れて行った後に、公園内の隅に俺とストラスを連れていく。
「その指輪、本物だったんだな。こんなところに召喚者がいるなんて思ってなかった……」
「いや、俺はその件については関係なくて……今日は折り入って話があってきました」
この先ずっと俺は悪魔を召喚した奴と勘違いされ続けるのだろうか。とりあえず話があることを告げた俺に、セーレは少し考えたが頷いてくれた。これは聞いてくれるってことでいいんだよな?
引率の先生がそろそろ戻ります。と言う声が聞こえ、ついてきてくれと言って、セーレは迎えに来た由愛ちゃんの手を引いて歩きだす。その後ろ姿を見て不安になる。
「まさか誘い込んで袋叩き……?」
『そのような姑息な事をする悪魔ではありませんよ。セーレは』
どうだか。いい奴って言ってもあくまでしょ。でもここはストラスのその言葉を信じてセーレの後を付いていこう。
俺たちが着いたのは子どもたちが集まっている孤児院だった。俺、部外者だけど入っていいのかな?
「さ、由愛。皆のとこに行っておいで」
「うん!」
由愛ちゃんは孤児院の友達の所に走って行き、遊びだしたのを確認してセーレは俺に再びついてきてと告げ園の中に入る。
セーレとは少ししか話していないけど、この園の子供たちに慕われていることがすぐにわかった。
「あ、セーレ!今日の夜にまた就職試験の練習付き合ってよ」
「セーレー!英語あとで教えて!」
「セーレ!一緒に遊ぼ!みんないるよ!」
「セーレーお腹減ったよー今日のご飯何?おやつあるかなー」
すれ違う子供たちが皆セーレを見ると嬉しそうに笑い、声をかけてくる。その一つ一つを丁寧に返事をしているセーレは間違いなくいい奴なんだろうと分かる。でも、この子たちは知っているんだろうか。セーレが悪魔だと言うことを。
連れてこられたのはセーレに与えられている部屋なんだろう、個室に通されて扉が閉まる。振り返ったセーレは今までにこやかに対応していた表情とは打って変わって、眉を下げ困った顔をしていた。
「君がストラスと契約をしているのか。ストラスはよく継承者を見つけたね」
『たまたま拓也のいる場所に召喚されただけですよ。ただ、召喚者は彼ではないらしく最初は意味のわからない奇声をあげて騒いでいましたけどね』
「誰が奇声をあげたんだよ!おめーのせいだろ!!あと、ヴォラクもいる」
「ヴォラクも?そうか。なら本当に俺たち悪魔全員が召喚されたわけだな」
『セーレ、貴方も召喚者を知らないのですね』
セーレは首を横に振った。
「指輪をしてるから君だと思ってたんだけど、違うなら見当がつかない。最初は探していたんだが手掛かり一つ見つからないんだ。もう諦めたよ」
「えっと、あんたは誰と契約してるんだ?」
俺の質問にセーレは窓の外を指さした。その方向を覗き込むと、俺と同い年か少し年下であろう女の子が友人と楽しそうに会話に花を咲かせていた。しかし少女はセーレに気づくと嬉しそうに笑い手を振っている。
「俺は彼女……沙織と契約してる。経緯はヒョンなことだけどな」
「それについて、折り入ってお話が……」
「契約を切って地獄に返れって言いたいんだろ。君が俺に用があるって、それくらいだもんな」
『セーレ、拓也と契約する気はありませんか?』
ストラスの唐突な要求にセーレは目を丸くした。向こうもこの展開は予想していなかったんだろう。すぐに返事をせずに時間をたっぷり使い考えてこんでいた顔をあげた。
「拓也?君のことか?」
「……はい。俺です」
『貴方もマルファスの件は知っているでしょう?』
その話題を出した途端、セーレの顔が変わる。やっぱり、気づいてたんだろう。あの事件は悪魔が起こしたことだと。
「上尾の一年の殺害事件か。血に染まった黒い羽根が見えた時、まさかとは思ったが……」
『ええ、恐らく全世界で悪魔は契約者の力を借りて活動しています。貴方がいれば世界中の移動が可能になる……悪魔を見つけやすくなるのです』
「人間の世界に危害を加えないためと言うのなら、協力したいのはやまやまなんだが……」
セーレは子どもたちを見つめる。
「俺の契約者は沙織なんだ。彼女の意思を無視して、俺が君の下につくことはできない」
苦虫をかみつぶしたような表情でセーレが告げた瞬間、一人の少女がセーレを呼んだ。それはセーレが沙織と呼んでいた少女で、沙織は笑いながらセーレに近づいてくる。
「先生が呼んでるよ。行こう。この人たち誰?誰かの親戚?」
あ、いや、そういうわけじゃないんだけど。どうしよう、いきなり俺も契約者ですって言ったほうがいいのかな?それとも誤魔化したほうがいい?助けを求めるようにストラスに視線を送ってしまい、目が合った瞬間、ストラスは平気でしゃべりだした。
『拓也、どうしましょう?』
「馬鹿!ストラスしゃべんなよ!俺がそれ聞きたくてアイコンタクト送ったのに!!」
『はて?』
「はて?じゃねえよ!!」
「今、そのフクロウしゃべ……インコ?」
ああ、そういう解釈もあるのか。ストラスインコ説。まあインコってこんなでかくなくて、もっと可愛いけどな。驚く沙織にセーレが解説を入れると、納得したように頷いた。
「沙織、彼は俺と一緒だ。あのフクロウは悪魔で彼は契約してるんだ」
「契約者なの?あなたも……」
どうやら沙織はある程度のことは知っているようだった。話がスムーズにいっていいかもしれない。それは俺だけじゃなく、ストラスも同じことを思ったのだろう、早速本題に入った。
『どうやら話がわかりそうですね。沙織、貴方に頼みがあります。セーレとの契約を破棄してください』
その言葉に沙織は目を丸くした。
『今、私やセーレを含む全ての悪魔がこの世界に召喚されています。セーレは安全でしょうが、人間を殺すことを目的とした悪魔も多い。悪魔による悪災を防ぐためにはセーレの力が必要なのです』
ストラスの言ってることは嘘じゃないけど、いきなり現れた俺たちにセーレを奪われるのは嫌なんだろう。沙織はストラスを睨みつけた。
「嫌、セーレはあたし達の家族なんだから!もう帰って!!あんたもあたしと同じ立場なら、あたしの気持ちわかるでしょ!?その変な悪魔で何とかしなさいよ!」
沙織はセーレの手を引っ張り部屋を出ようとし、セーレは困ったように俺たちに頭を下げ、帰っていいとだけ告げて、沙織に引っ張られ建物の中に入って行った。残された俺たちはポカンとしてしまう。
「なんだあの女」
『私のことを変な悪魔と言いましたよ。許しがたい。変な服着ていたくせに偉そうに』
「いや張り合うなよ」
お前、普段はジジイみてーなのに、妙な所で大人げねえなあ。
『しかし困った。このままじゃセーレは契約をしてはくれませんね』
「悪魔が二人と契約することはできないのか?俺は現にお前とヴォラクと契約してるぞ」
『主は可能ですが我ら悪魔は不可能です。なんせ契約石を一つしか持っていませんからね』
「あ、そっか」
『とりあえず今日のところは引き上げますか。帰って作戦でも練りましょう』
「そうだな」
セーレもいない部屋で居座ることもできず、俺とストラスは挨拶だけして、その日はいったん切り上げることにした。
***
「拓也、お帰り」
澪!!今日は来てくれてる!!
帰ってきて玄関を開けたら澪が出迎えてくれた。え、なに!?この出だしどっきり!ていうか澪、相変わらず可愛いなぁ。夏休みに澪に会えるのすげえ嬉しい!!
「た、ただいま!」
「ストラスもお帰りなさい。早く拓也の部屋に行かないと見つかっちゃうよ」
『ただいま帰りました。ふむ、そうですね。では私は拓也の部屋に向かいましょう』
母さんたちが玄関に居ないのをいいことに、ストラスは翼を広げ俺の部屋に飛んでいく。それを見届けた澪が振り返り、何をしていたのか聞いてきた。
「二人で出かけてなにかあったの?」
少し心配そうに尋ねてきた澪に、嘘は付かずに正直に今日のことを話した。
「悪魔見つけたんだけどさ。これが思った以上にいい奴で、契約者が契約破棄したがらねぇんだよ。いくら危害を加えない悪魔だからってあんま契約するのはお勧めできないんだけど」
「そうなの?でも今回は一昨日みたいに危なくはないんでしょ?」
「え?うん多分。ストラスもいい奴っつってたし」
「なら安心」
澪は安心したようで軽く笑い、俺はつられて嬉しくなる。心配してくれているのがわかってニヤける頬が元に戻らん。
「拓也、御飯たべよ。手洗ってね」
「おう」
流石に今日は昨日遊んでやらなかったことにブツブツ文句を言う直哉と遊んでやった。直哉は最近買ってもらったゲームがお気に入りで、マリオカートをやろうと言いだしたので、最初は付き合ってやるかぐらいで始めたゲームに次第に夢中になり、直哉と二人でギャーギャー騒いでいた。
直哉は澪も呼んできて三人でマリオカートをした。澪が笑えるくらい下手なんだコレが。でもそのくせ負けず嫌いなのか、めちゃくちゃ赤甲羅とかで狙ってくるから結構怖い。
なんかこんなに安心したのって久しぶりだなー。ストラスが現れてまだ一週間とちょっとしか経ってないのに、もう一か月くらいたった気がする。いろんなことが起こりすぎて頭がおかしくなったような感覚もあった。
こんな普通のことに幸せ感じるなんて俺ちょっと末期かも。
***
次の日、ストラスがまたセーレに会いに行くと言うもんだから仕方なく俺も付いていくことにした。
実際はフクロウ一匹であんま外をウロウロされたくないから、お目付け役って感じでついてきたんだけど。
「ちょっと出かけてくるー」
相変わらず窓からストラスを出し、俺自身は玄関から出ようとすると携帯がなり確認すると、光太郎だった。遊びのお誘いか?
『拓也ー?今さぁヴォラクのとこにいんだけどさ、お前も来いよ。遊ぼうぜ』
『拓也―――!遊びにおいで―――!!』
そうか、光太郎けっこうあのマンションにゲーム機やらなんやら置いてるもんな。
行きたいのは山々だがストラスがうるさいので泣く泣く断る。
「悪い。今からストラスと行かなきゃいけねーとこがあるんだ。新しい悪魔が見つかってさ、会いに行くんだ」
『えぇ!?そんな軽いノリでか!?』
『拓也そんなキャラだっけ?』
なんかヴォラク失礼なこと言わなかったか?
「やっぱりあの募金の時の男、悪魔だったんだ。でもいい奴でさ、全然危害も加えないし、一回会ってみることにしたんだ。場所もわかるしさ」
『えー?昨日のあの男か?俺も行く!ちょうど暇だしさ』
「えぇ?来んのかよ?」
『危ない奴じゃないならいいだろ?場所教えろよ』
「太陽の家だよ。孤児院。ナビかなんか使って来いよ」
『りょうかーい。ヴォラクも連れてく』
それだけ言い残して一方的に電話は切られてしまった。
「切りやがった……」
『拓也、早く向かいましょう。いつまで待たせる気なのですか?』
「へいへい」
ストラスに急かされて玄関を開けて移動する。今日は自転車に乗っていくから、昨日よりは楽になるはずだ。前の籠にカバンとストラスが入り、ペダルを漕ぐと、生ぬるい風が頬を撫でる。
家からは自転車で二十分程度の道のりだろう。足を止めると汗が噴き出るので、できるだけ信号にかからないように自転車を漕いだ。
***
到着した孤児院の前に自転車を止めて、門から中を覗き込むと昨日の子どもたちが嘘のようにいなかった。
「げ、散歩中か?」
「おや、お客さんかね?」
声がするほうを振り返ると、そこには杖を突いたおばあさんがにこやかに笑っていた。
「あ、こんにちは!俺たちセーレに会いに来たんですけど」
「おや、セーレに?残念だけどあの子は子どもたちを連れて公園に行ったよ。もう一時間くらいしたら帰ってくると思うんだけど、お茶でも飲んでいきなさい」
「え、いいんですか?」
「構わないよ。可愛いフクロウさんもどうぞ」
『ほぉ』
「おやおや、返事をしてくれて……人間の言葉が分かるのかい?賢いねぇ」
おばあさんはにこにこと笑いながら家の中に入っていき、小さな声で珍しく上手くやったストラスをほめる。
「ストラス。お前ちゃんと空気読んだな。えらいぞ」
『こういうのを人間界では媚を売ると言うのですね』
「……可愛くねー」
とりあえず、俺とストラスは光太郎たちを待ちながらもセーレが来るまで待つことにした。
そこで一時間ほどお茶菓子をもらい時間をつぶしていると、子供たちの笑い声が聞こえ帰ってきたんだと分かる。でも最悪というべきか、一番初めに鉢合わせたのはセーレの契約者だった。
「あんた……また来たの!?」
「えーっと沙織さん……だっけ?」
「気安く呼ばないで!なんでまた来たのよ!」
沙織は俺に詰め寄ってくる。じゃあなんて呼べばいいんだよ!お前の苗字知らねえっつの!あんたとかお前とか言ったら、それはそれで切れるだろ!!そこの女子って言えばいいんか!?
あまりにも喧嘩腰なのにこっちは腰が引けてしまう。
「こら沙織、この人たちはセーレのお客さんだよ。失礼なことを言うもんじゃないよ」
「だって先生!こいつらは!」
こいつとか言うんじゃねえ!しかし沙織はその次の言葉を言わず、悔しそうに唇をかみ締めた。大声で悪魔を連れているなんて言えないんだろう。
「ちょっと話があるの。こっちに来て」
「えっ!?」
沙織は有無を言わさず俺の手を引っ張る。
「沙織止めなさい」
「すぐ終わるから。心配しないで」
本当にすぐに終わんのかよ……明らかに俺に詰め寄る目してんじゃねーかよ。
沙織は自分の部屋だろう、そこに俺を連れて入り、にらむように振り返った。
「なんでまた来たのよ!何度言われてもあたしはセーレとの契約を破棄なんてしない!」
『その様な強情が通ると思っているのですか?こちらは一刻を争うのです。貴方の個人的な意見に付き合ってる暇などないのですよ』
言うなぁストラス……あんま強く言うなよ。泣かれたら困るんだから。
「あんたたちの事情なんか知らない!あたしはセーレとずっと一緒にいる!」
『貴方のちっぽけな願望で私たちの足を引っ張らないでいただきたい。ただ貴方はセーレの力が欲しいだけなのでしょう?家族ごっこまでして……とんだ茶番ですね』
ストラス、それは言い過ぎだって。明らかに沙織、目が泣いてんじゃん。
「違う!そんなんじゃない!あたしはセーレのこと!」
そう言いかけた時、沙織は言葉を飲み込んだ。
「もう二度とセーレの前には現れないで」
『そういう訳にはいきません』
「現れないでって言ってるでしょ!」
沙織はストラスに文句を言っているはずなのに、なぜか俺に掴みかかってきた。じょ、女子に掴みかかられた……
ショックのあまり軽く放心していたがストラスと沙織の言い争いはとまらず、それどころか、どんどんヒートアップしていく。頼むからもう終わってくれ!ステレオで大声が響いてくるよ。
『貴方も薄々気付いているのではないのですか?セーレといるのは危険だと……』
その言葉に沙織は急に俺をつかんでいた手の力を緩めた。なんか思い当たる節があんのか?
『上尾の一年が次々に殺害された事件……貴方も知っているでしょう?あれは我々……つまりセーレと同じ悪魔が起こした事件です』
「上尾の……」
沙織は真っ青になって手を離した。
『貴方も仮にも悪魔と契約している者。この状況が普通でないことくらいは分かっていたはずだ。違いますか?』
「セーレの様子が変だったの……あのニュースを見た時、顔が強張った。なんでかわかんなくて……そこまで深く考えもしなかった……」
『わかりますか?こちらは人命がかかっているのです。私たちはああいった悪魔の暴走を止めたい。そのためには高速移動を使えるセーレの力がどうしても必要なのです。貴方が何を考えていようとも、私たちも譲るつもりはありません」
いや、俺は譲ってもいいんだけどね!しかも私たちとか言っちゃうし!
沙織は膝をガクッとついて顔を手で覆い、涙を流しはじめた。
「嫌……セーレと離れたくない。やっと、あたしにも特別な家族ができたと思ったのに……」
「沙織さん……」
沙織の気持ちが痛いほど伝わってきた。確かにセーレがいい奴だってことは少ししか会ってない俺にもわかることだった。目の前で泣きじゃくる沙織を俺はどうしていいかわからずただ見つめるしかなかった。
「えー?この女がセーレの契約者?よっわそー」
声のするほうに顔を上げるとヴォラクと光太郎がドアの前に立っていた。
「ヴォラク!?光太郎!なんで!?」
確かにここに来いって言ったけど、どうやって部屋まで来たんだ!?
偉そうなヴォラクとは対照的に、光太郎はかなり気まずそう。
「あのおばあさんが拓也の知り合いって言ったら多分ここだろうって……そしたら話が聞こえちゃってさ、なんか出るにも出られなくてこの状態」
なるほど。
光太郎は笑って誤魔化そうとしているがヴォラクは険しそうな目で沙織を見ている。
「あんたさーセーレのお荷物だよね」
ヴォラクは沙織の前にしゃがんでハッキリとそう言ってのけた。
あまりの言い草に慌ててヴォラクにげん骨を一発食らわすと、目を吊り上げて切れてくる。
「いって!何すんだよ!?だってそうじゃん!セーレの優しさに付け入ってセーレを縛ってるだけじゃん!セーレだってこんな奴より絶対拓也のとこに行きたいはずなのに!」
沙織は驚きのあまり、目を丸くし、フラフラと立ち上がった。
「えっと……沙織さん?」
「平気。別に一人で歩けるし……もう話はいいから、出てって」
俺の手を沙織はピシャンとはねのけ、部屋を出ろと促してくる。話はまだ終わっていないと言うヴォラクとストラスを光太郎と諫め、沙織の部屋を出る。勢い良く閉じられた扉は開く気配はなく、仕方なく出口に向かって足を進める。
「ヴォラクのせいだぞ」
「えぇ?俺のせい?なんでー」
ヴォラクは不満なのかブーブー文句を言っている。
しかしこの状況でセーレと契約を解消してくれるのか。
「なんかますます面倒なことになっちゃったなぁ……」
登場人物
セーレ…ソロモン72柱70番目の悪魔。
26の悪霊軍団を統括する王子。
翼の生えた馬にまたがった、長い黒髪の美青年の姿で現れる。
一瞬で物を運ぶ、人を連れていくという能力を持っている。
温和で契約者に忠実ということでも有名。
契約石はサファイアのピアス
沙織…孤児院で暮らしているセーレの契約者。セーレに家族同然の愛情を持っている。気が強い。
由愛…孤児院で暮らしている女の子。セーレになついている。