第114話 その力の行く先は
男性によって連れていかれたのはバーだった。まだ昼間だからだろうな、店内に客はあまりいない。それでも海外のバーは敷居が高く、俺達三人はお互いに身を寄せ合って恐縮するしかない。オーストリアでも行ったけど、あの時はセーレやパイモン達がいてくれた。だけど今回は俺達とストラス、ヴォラクしかいないんだ。不安に思うのも仕方がない。
男性は常連のようで軽い会釈程度をマスターに行ったあと隅の席に座り、こちらに手招きをした。
114 その力の行く先は
「何なんだよ、ヴォラク大丈夫なのかよ」
「まあね。いざとなったら何とかしてあげるよ」
それは頼もしい。男は店員に何か物を頼み、暫くするとジュースが持ってこられた。これを頼んでくれてたのか……これって奢りだよな?どうやら悪い人じゃない感じだ。ヴォラクはジュースを飲みながら男が話してくれるのを待っている。しかし出てきた言葉は俺たちが期待していた言葉とは違うものだった。
「Tornare a casa subito dopo l'assunzione di esso.(これを飲んだら早く帰れ)Asiatici che deciderà?(君たちは観光客だろう?)」
男の言葉にヴォラクが顔を顰める。話しについて行けない俺達は会話に入ることができないけど。でも男性の表情は険しく、いい話をしてはいないんだろうってことくらいは容易に推察できた。
「(俺達は観光じゃない。それに今回の件は俺たちじゃなきゃ解決できない)」
「(訳の分からないことを……とにかくこれ以上話してる暇はない。それを飲んだら帰るんだ)」
男が急に席を立ちあがった。会話を打ち切られたような雰囲気にヴォラクが男の腕を掴み、動けないようにする。その力の強さに男性が目を丸くしてこちらを凝視していると、乱暴に扉が開き、バーのマスターが眉間にしわを寄せた。
「enriko」
そこには先ほど、俺達を捕まえようとしていたハゲ親父が立っていた。
おっさんは耳に大量に付けたピアスをチャラチャラと音を立てていじりながら俺たちの前に来る。
「kuraudeio potendo disporrsi di.(クラウディオ、始末できてねぇじゃねぇか)」
「(……子供を殺す趣味はありませんので)」
「(サロスが言ってた通りだ。てめえは血の約束を破るのか?)」
おっさんの言葉にストラスとヴォラクの表情が変わる。
「ストラス…?」
『今、あの男はサロスと口にしました。やはり彼はこのマフィアと何らかの関係があるようですね』
マジかよ!?固まってるのは俺たちだけじゃない。お店の店員、客、皆が息をのんで俺達を眺めていたがバーのマスターが俺たちを庇うように前に出てきた。
「(エンリコ、人の店で騒ぐのはやめてくれ。この子供たちは観光客だぞ。お前たちが観光客に粗相をするまで落ちぶれるからこんなことになるんだ)」
「(外野はすっこんでろ。逆らうとただじゃ置かねえぞ)」
え、嘘……
入れ墨だらけの腕に持っているのは拳銃だった。それを見た店員は悲鳴をあげて一斉に逃げて行く。ちょっと待てよ。おっさんは俺を、俺達を狙ってんのか!?イタリアって銃の携帯は法律上どうなんですか!?
「enriko! Prego arresto!!(エンリコさん!止めてください!!)」
男が必死になって止めるけど、おっさんは男を突き飛ばしてこちらに銃を向けてきた。中谷と光太郎も、もちろん俺も逃げ腰になっている。いや、なったところでどうしようもない。
『拓也、壁です!指輪にイメージを吹き込みなさい!!』
ストラスの声だけが頭に聞こえて、何も考えずに指輪に頼む。剣を出す暇なんてない!そんな冷静に考えられない!銃弾が放たれる音が聞こえて恐怖で目をつぶる。その瞬間、俺達は透明な壁のようなものに包まれた。
「Quando è che cosa?Questa alimentazione lo stessi di Saros!(何だと?この力、サロスと同じ!)Siete l'appaltatore o!?(てめえも契約者か!?)」
え、えぇ?そんなイタリア語で話されても分かんないんですけど。
でもとりあえず難は免れたみたいだ。助かったことに中谷が息を吐き、光太郎がバリケードのつもりか椅子を手にもって突き出す。
再び銃を撃とうとしたおっさんの腕をヴォラクが捻り上げ、ドスの利いた声を聞かせた。
「(こいつはお前のような人間が傷をつけていい奴じゃない。サロスに伝えときな、無駄なあがきはせずに地獄に戻れってな)」
ヴォラクの言葉に目を丸くしたおっさんは男を置いてさっさと逃げてしまい、残された店内には嫌な空気が漂う。客はほとんどいなくなっているがバーのマスターとクラウディオは残っている。
「拓也、早くここを出よう。騒がれるのは面倒だしね」
ヴォラクに腕をひかれるがまま、俺達は店を出た。
「È il bambino del dio……(神の子だ……)」
***
『何とか戻ってこれましたね』
俺達は結局もといた広場になんとか戻り、階段に座り込んだ俺にストラスがやれやれとため息をつく。でもどうしよう。何か俺狙われちゃった?マフィアに……どうしよう!!
頭がぐるぐる回る。指輪の力をつかわなきゃ死んでたかもしれないけど、なんで使ってしまったんだとも思う。
「Voi!(君たち!)」
急に大声が聞こえてビックリする。振り向いた先にはさっきの男が俺たちに向かって走っていた。その表情は先ほどとは違い、目が輝いている。
「venire non è stato completato.(さっきは済まなかった)Entrare di schiocco, là è richiesta.(折り入って頼みがある)」
ヴォラクに通訳されてとりあえず頷く。まあ、聞くだけなら……
すると男はガバッと頭を下げて言った。
「Il collega non è spinto o!?(俺と一緒にあいつを、マウロを倒してくれないか!?)」
***
「いや無理っしょ」
あれから男は俺たちに一から全てを話してくれた。クラウディオと言う名前でマフィアにはスパイ目的で入っているという事。そのマフィアのせいで自分の街の治安が悪くなっている事、それに反発した父親が殺されてしまった事、マフィアに目を付けられたせいで自分のお店が潰されてしまった事。
そして住民が作った反マフィア組織が出来て、その中に入っている事。
余りの展開に思わず頷くしかなかった。でも手伝えというのだけは頷けない。いやいや無理だろマフィア相手とか。
「Certamente siete il bambino del dio.(君はきっと神の子だ)Se siete, l'aria che può spingere mauro.(君がいればマウロを倒せる気がするよ)」
どうやったらそう言う考えになるんだよ。指輪の力見てってこと?
「(ずはエンリコを倒すべきなんだが、あいつは不思議な男を連れている。そいつのおかげで無能なエンリコは力をつけ始めた。まるで魔法だ、あいつも君のような不思議なことをするんだ)」
それが悪魔サロスって奴なのか?ヴォラクに訳してもらってやっと会話が結びあった気がする。じゃあ俺はマフィアのボスって言うか、エンリコ。さっきの禿げ頭のオヤジを倒せばいいってことだな!
***
サロスside ‐
誰も居ない部屋、それを確認しソファに体を埋める。勿論鍵は掛けて入れないようにして。
「……言われた通りにしたが、これで良かったのか?」
『ふふ……構わぬよサロス。我が術に少しずつ、少しずつだが嵌ってきている』
部屋の中の空間が歪み、出てきたのは顔をいくつも持つ老人。ローブを羽織り、ローブの中に体は一切ない。ローブの中は異空間のように歪んでおり、そこから伸びている痩せ細った手が大きな書物を抱えている。
「あんたの術はそんなに時間のかかるものなのか?」
『我が術は高度な物は大掛かりになる。感のいい奴がいると気づかれてしまうのだ。だから少しずつかけていく必要がある』
「さっすがダンダリオン様!もう俺超尊敬しちゃう!!」
うるさいのが来たな。ダンダリオンの後ろには一人の少年と黒髪の女性が立っていた。騒ぐ奴に苛ついて、睨みつけても何食わぬ顔だ。
「レラジェ、静かにしろ。ばれたら大事だ」
「わりーわりー。でもやっぱダンダリオン様はすげえよ。考えもしなかったことやってのけちゃうんだもんなー」
「ふん……ダンダリオンが何よ。あたしの方が魅力的なのに、なんでそんなジジイを……」
また妙な三人が揃ったな。ダンダリオンはいいとして、地獄でも有名なダンダリオン崇拝者のレラジェとレラジェに一方的な好意を送り続けるハルファス。この三人が揃っていい事なんてない気がする。さっさと追い出したい気持ちを抑えて俺はダンダリオンに話しかける。
「だが俺を踏み台にするんだ。失敗だけはするな」
『わかっておる。お主はただ継承者に地獄に返されておればいい』
「それも癪に障るけどな」
「そーそー」
急に話に入ってきたレラジェはさきほどまでの機嫌の良さはどこへやら、顔つきが変わり弓を音がなるほど強く握りしめる。さきほどまで輝いていた瞳はなりを潜め、怒りと復讐に燃えている。
「ザガンをボコった継承者をこの目で見てみねえとなぁ」
あいつが負けたと聞いたときは驚いた。パイモンが相手とはいえ、向こう側の悪魔を一人も殺せなかったと聞いたから。随分と統制がとれているようだ。
「ザガンの容体はどうなんだ?」
「ひでえらしいよ。可哀想なザガン……きっと油断しちまったんだ。でもそのおかげで賭けは俺が勝てるんだけどね」
「レラジェが勝てるように私も全力を尽くしてあげる」
「さんきゅーハルファス」
この三人に攻められたら継承者もタダでは済まないかもな。はぁ……こいつら賭けなんてやってないで四人で攻め込めば最初から地獄に継承者を送れただろうに。
『時間は残り少ない。早くあの御方の御姿を拝みたいものだ』
「そうねぇ……もう少なくとも数十万年は見てないわ。あの御姿を私も見たいわぁ」
「全てを服従させる力を持った御方だからな」
俺達は力のある者に惹かれていく、そしてあの御方の力は絶対なのだ。ルシファー様とは違う。全てを壊し全てを創造する力……
「俺もあの御方の御姿をこの目で確かめるまでは死ねないな」
急に扉が激しくたたかれる音が聞こえる。うるさいな、誰が来てるんだ?ドアの音が聞こえてダンダリオン達が姿を消し、残された俺がドアを開けると、そこにはエンリコの姿があった。
「enriko」
「È serio il Saros… whichThe lo stesso appaltatore dei noi voi dove viene ad interferire!(大変だサロス、俺と同じ契約者がお前を捕まえに来た!)」
何だそんな事、とっくに俺は知ってたよ。しかしそんな事は言わずにあたかも今知ったように俺は驚いて見せる。
「Così essendo? È sgradevole……(そうなのか?まずいな……)」
「come dovrebbe fare? Quando smettete di essere per noi anche, per quanto riguarda la famiglia l'estremità è ed è(どうすればいい?お前がいなくなったら俺は、いやファミリーはお終いだ)」
そう、ボッジョリーノファミリーは危機に曝されていた。マウロもあの様に大きく構えることができないほど、だから俺の力を使って他のファミリーと友好関係を築いた。しかし俺がいなくなれば力は途切れ、ファミリー同士の抗争が始まるだろう。
エンリコはそれを恐れている。いや、それによって幹部であるこいつは戦いに行かなければならない。そして死ぬ事を恐れている。なんて間抜けな奴だ、お前のような奴は死すらおこがましいというのに。
「enriko esso va.(行くぞエンリコ)」
「È in qualche luogo.(どこに?)」
「Accompagnando in origine.(そいつの元に)」
エンリコは慌てて頷いて部屋を出ていく。
そして誰もいない部屋で俺は呟いた。
「見ていろダンダリオン。俺が時間を稼いでやる。後は好きにしろ」
『承知した。できれば戦う際に結界を張っていただけると尚助かるのだがな……』
「……考慮しよう」
どこからか声が聞こえたのを確認して、拳銃を持って足を踏み出す。監視にやっていたアレッシアにも戦ってもらうか。彼女には酷かもしれんがな。




