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第11話 封印

 『拓也、その体は?』

 「俺にもよく分んねえんだ」


 ウリエルって奴と言い争いをしている俺の前に飛んできたストラスは首を傾げしげしげと眺めている。どうやったらこれ戻るんだろう、まさか一生このままとか考えただけでもぞっとする。



 11 封印



 『わからないとは?その指輪の力ではないのですか?』


 うん、多分指輪で間違いはないと思うんだけど、うまく説明できそうもない。


 「そうなんだけど……そうじゃないのかなぁ?」

 『はぁ?』


 なんて言えばいいのかな。頭の中で次にいう言葉を考えていると、何かに意識を乗っ取られるかのように急激に意識を失うような、視界が遠くなるような感覚が包み込んだ。

 次の瞬間、勝手に誰かが俺の口を借りてしゃべり、俺は第三者のようにその光景を眺めているという奇妙な図が出来上がっていた。


 「へぇ、お前ストラスか。ヴォラクと言い……指輪の継承者が二匹もの悪魔と契約してるなんてな」

 『急にどうしたのです?』

 「俺の名前はウリエル。栄光の七天使が一角を担う者。よく覚えておくがいい」


 ウリエルと言う名前にストラスは毛を逆立て威嚇する。もしかしてこいつやばい奴なのか?そういえば天使とか言ってたっけ?じゃあストラスの天敵なのか。


 『ウリエル!?まさか拓也の体を……!』

 「乗っ取ったなんて人聞き悪い言い方はやめてくれよな。主が助けてくれって俺に命じたから一時体を拝借しただけだ」


 いやいや乗っ取っただろ!誰がお前に体を貸すとか言ったんだよ!早く俺から出て行けよ!

 くっそー!こういうのってどうすればいいんだ!?指輪に念じるみたいにウリエル出て行けって願えばいいのか!?


 「ふん、お前に言っても通用はしないか。心配しなくても今はお前たちに危害を加える気はねえよ。こいつを守ってもらわないといけないからな」

 『ならもういいでしょう。早く拓也を開放しなさい』

 「悪魔の分際で人間の心配か。言われなくても出ていってやるよ。こいつうっせーんだよさっきから」

 『ストラス』


 体を傷だらけにしたフォモスとディモスが降りてくる。それに駆け寄りたいのに体が言うことをきかないのがすごく歯がゆい。ストラスは絶句し、まじまじとフォモスたちを見上げる。


 『随分手ひどくやられましたね』

 『奴がなかなかすばしっこくてな。それより拓也殿と主は……』

 『ヴォラクならあそこに。どうやらあの炎に守られていたようです。ここは私に任せて貴方はヴォラクを連れてマルファスを見張っててください。心配は要らないと思いますが光太郎達が心配です』

 『心得た』


フォモスとディモスはヴォラクを大事に抱え、体を翻して地上へ降りて行った。


 「さて俺もそろそろ帰るとするかな。さっきから出て行けって雑念がすげえし」

 『待ちなさいウリエル、あなたなら何か知っているのではありませんか?我らを召喚したもの達を』

 「さあな、俺が知ってたらもう既に事は終わってる」


 確かにそれは一理ある。結局こいつらも何もわかんねえってことだよな。偉そうなわりに使えねえ。

 一瞬意識が浮上し、やっと元に戻れると思った矢先、また意識が奥に引きずられる。今度は何だよ!俺の体を乗っ取ったウリエルはストラスに何か瓶を投げつけた。


 「そうそう、これお前にやるよ」

 『これは……聖水』

 「なにかと入用だろ?だからやるよ。じゃあな」


 今度こそはっきりと意識が浮上したのがわかる。目の前が開けストラスが視界いっぱいに入って安堵したのもつかの間。何の感触も感じない足の裏を思い出して下を見て絶叫した。


 「ぎゃあああああああああああ!まだ浮いてる!!」


 目からぶわっと涙があふれ、大声をあげて泣く俺にストラスはあきれ顔だ。助けてストラス!ヴォラクくわえて空飛べるなら俺だってくわえて空飛べるだろ!?どうやって地上に戻ればいいか分かんないんだよお!もうこれ足を動かしたら落ちるんじゃないか?カウントダウン始まってるんじゃないか!?


 「すすす、ストラス助けて……」

 『はいはい』


 ストラスがくちばしで俺をくわえて地上へ引っ張っていく。中谷と光太郎、フォモスたちを視界にとらえて本当の意味でやっと安心できた。


 「拓也!よかったー無事だ!」


 地上に降りた途端、光太郎と中谷は泣きそうな顔で安堵の表情を浮かべた。二人に揉みくちゃにされて有り難いが、まず先に無事を確認しなければならない奴がいる。


 「ヴォラクは?」

 『ヴォラクなら無事です。フォモスの傍にいます。もうじき目覚めるのではないでしょうか』


 ストラスに言われたとおりにフォモスたちを見てみると、横になったフォモスたちに寄りかかるようにヴォラクは気を失っており、近くに走りよると気づいたフォモスたちが頭をあげた。


 『拓也殿、無事で何よりだ。主のことなら心配はいらん』


 傷だらけになった二匹を見て、情けなさと悔しさで思わず涙が零れる。そんな俺を気遣うようにフォモスとディモスが頬を寄せてきた。二頭のドラゴンに体を挟まれながら力いっぱいに二匹を抱きしめた。二匹は俺を怒ることはなかった。


 「ごめんな。こんなに傷だらけになって……」

 『拓也殿のせいではない。それに貴殿はちゃんと務めを果たしたのだ。謝るべきところは一つもない』


 フォモスとディモスを抱きしめながらヴォラクを見つめる。全身血だらけになりながらも薄く呼吸をしている姿は痛々しい。


 「ヴォラク……」


 フォモスとディモスを抱きしめていた手を下におろしヴォラクの方に向かった。

 いまだに気を失っており、目は固く閉じられているヴォラクの頭を優しく撫でた。サラサラの金色の髪が指を通り抜けて気持ちいい。


 「ごめんな、俺のせいで……」


 全部俺のせいだった。怖くて逃げ回っていた俺を守るためについた傷。血は止まったがパックリと切られてしまった腹は、俺にとどめを刺そうとしたマルファスに体当たりした時についたものだ。俺のせいでこんな傷を負わせてしまった。戦わせてしまった。

 罪悪感がどんどん膨らんでいく。

 俺を守るために契約したのだから、それによって怪我するのは当たり前なのに胸が苦しい。自分のせいでこうなったと言う事実が悲しくて仕方がない。


 『拓也、何泣いてんの。情けないなぁもお……』

 「ヴォラク!」


 目を覚ましたヴォラクを見てまた涙が出た。そんな俺にヴォラクはあきれ顔だ。


 『弱虫、いつまで泣いてんのさ。俺疲れてんだから、ちょっとは静かにしてよ』

 「ごめん」

 『それに俺はこう見えても拓也より年上なんだから馬鹿にすんな』

 「そうだったな。お前は悪魔だもんな……」


 もう一度頭を撫でるとヴォラクは満更でもないのか少し笑って、そのまま目を閉じた。


 「ヴォラク?」

 『拓也殿、心配はいらぬ。寝ることによって悪魔は治癒力が大幅に上がるのだ。主は今この傷を治そうとしているだけだ』


 ディモスの言葉に安心して頷いた。

 感傷に浸っていたところをストラスに呼ばれて名残惜しいがヴォラクから離れて移動する。


 『マルファスを元の世界に返します。貴方には見届ける義務がある』


 地面を見ると、ヴォラクの剣が突き刺さったマルファスが魔法陣の中に入っていた。こいつのせいでヴォラクは……早くこんな奴地獄に返そう。顔も見たくない。


 『この悪魔を地獄に戻しましょう。彼を野放しにするわけにはいきませんからね』


 それは大賛成だけど……森岡にあの変な儀式手伝ってもらう気か?森岡は目を覚ましており、顔を青くして黙り込んでいる。


 『森岡、貴方は家からマルファスに貰ったと言っていたサーペンティンの指輪を持ってきなさい』

 「指輪を?」

 『契約石を返さなければ悪魔は石の力を使い、比較的容易に現世に戻ることができます。ですから悪魔との契約を完全に断ち切るには石を返すしかないのです』

 「わ、わかった」

 「森岡、俺も一緒に行ってやるから。な?」


 森岡は未だにこの状況が理解できないのか足を震わせ、そんな森岡に光太郎が肩を貸し二人は歩きだした。


 「あ、そう言えばストラス!ヴォラクの結界が張られてる。どうやって外に出ればいい?」

 『ふむ……そう言われてみればそうですね。しかしヴォラクを起こすのは……』

 『おそらくルビーのネックレスを持っていれば通り抜けられるはず』


 ルビーのネックレスってヴォラクの契約石だよな。ポケットから取り出したネックレスを光太郎に渡す。


 「これって光太郎に渡しても使えるかな?」

 『契約者は拓也ですからどうかはわかりませんが、やってみてはいかがです?』

 「さんきゅ。んじゃあ行ってくるわ」


 ルビーのネックレスをもって光太郎は森岡と結界に向かった。二人が結界の外に出ていくのを確認し、あとは任せることにした。


 「あ、通り抜けられた」

 『これでひとまず指輪のことは何とかなりますね。このまま待ちましょう』

 「マルファス、動きだしたりしないよな?」

 『魔法陣の中です。動けたところで何もできやしません』

 「そっか、ならいいんだけどよ」


 中谷はまだ安心してないのか少し離れたところから様子をうかがっていたと思いきや、適当な棒を拾い安全な魔法陣の外からマルファスをつつきだした。おいやめろ!ぐったりしてるからいいけど、動き出したらどうするんだ!

 鼻の穴に木の棒を突っ込もうとする中谷を引き離しストラスと魔法陣に閉じ込められたマルファスを見下ろした。


 「なぁ、ヴォラクの剣抜いていいか?」


 マルファスを返す時に剣も一緒に地獄に返っちゃわないかな?しかしストラスは首を横に振った。


 『何をするかわかりません。マルファスを地獄に戻してからでいいでしょう』

 「そうだな」


 ***


 光太郎side ―


 「啓太!遅かったじゃない」


 森岡の家に辿り着いた俺たちを迎えたのは森岡の母親だった。家に入った途端にバタバタと小走りで駆け寄ってきた母親の瞳は心配そうに揺れている。息子が通う高校があんなことになって、ただでさえ虐められて不登校になってたことに心を痛めていただろうに、この追い打ちだからな。心配で仕方ないんだろう。


 「遅くなるなら遅くなるって言いなさいよ。最近、一年生が無差別に狙われてるじゃない?連絡くらい入れなさいよ」

 「ごめん母さん、でもまた出るから」

 「またって……あら?隣の子はお友達かしら?」


 森岡は俺をチラッと見て頷いた。友達じゃないって言うには微妙な空気になりそうで、俺もお世話になりますと頭を下げた。


 「うん、塾の友達」

 「そうなの?じゃあお茶出すからゆっくりして行きなさい」

 「忘れ物取りに帰っただけだから、すぐまた出るし」

 「そうなの?でも……」

 「取ってくる。此処で待ってて」


 森岡はそう告げて階段を上がって自分の部屋に向かって行き、残された俺は森岡の母親と会話することもなく、玄関に置かれてあるインテリアや小物を眺めていた。

 しかし声が聞こえないと確認したのか、森岡のお母さんが遠慮気味に話しかけてきて、視線がそちらに移る。


 「あの……」

 「え!?な、なんですか!?」

 「あの子、塾で上手くやってる?」


 その質問に目が丸くなった俺を見て、森岡のお母さんは少し困ったように笑った。


 「あの子、少し大人しいでしょ?学校でもいじめられてるみたいだし……何も相談してくれないし、あの子が安心してくつろげる場所があるのかなって」


 お母さんは苦笑いしながら森岡の部屋がある二階に視線を送った後、俺に振り向いた。


 「あの子にはエマがいるから少しはそれで気を紛らわせてるみたいだけど」

 「エマ……」

 「カラスなのよ。珍しいでしょ?カラスを家で飼うなんて……前、道端で倒れててね、啓太が隠れて連れて帰って看病してたのよ。カラスって頭いいでしょ?啓太のこと敵じゃないって判断したみたいですごく懐いちゃって。仕方がないから家で飼ってるんだけど」

 「そう、なんですか……」

 「ごめんなさいね。こんなこと言って……これからも啓太と仲良くしてあげてね」

 「……はい」


 森岡が戻ってきたところで話は中断され、母親は一歩後ろに下がって何言うことなく見守っている。


 「ごめん取ってきた。行こう」

 「あ、うん」


 森岡は手に指輪を握り締めて俺の所に戻ってきた。これがサーペンティンの指輪なのか。


 「あら啓太、その指輪は?」

 「エマが前拾ってきたんだ。持ち主が見つかったから返しに行く」

 「そうなの?じゃあ気をつけてね?今日はお父さんも早いから皆でご飯食べましょう」

 「……うん」


 森岡の母親に頭を下げて家を出た。

 最初は何も会話がなかったけど、森岡はチラチラとこちらに視線をよこしており、何か聞きたいことがありそうだった。俺から聞くのも憚られ黙っていると、意を決したように小さな声で話しかけてきた。


 「……母さん、何か言ってた?」

 「え?いや特に何も」

 「そっか」


 流石にあの会話を本人に伝えるのは母親に申し訳なく、適当にごまかした俺に森岡はそのまま顔を伏せてしまった。しかし母親が余計なことを言っていないと思ったのか、どことなく安心しているように見える。

 だから森岡に遠まわしに質問してみることにした。


 「森岡のお母さんって優しい人だよなー……美人だし羨ましいよ」

 「そう、かな」

 「うん、マジで。優しいだろ?」

 「優しい、よ。すごく」

 「そっか。なんか悩みとか熱心に聞いてくれそうだよなー」


 お前の母親は悩みを打ち明けてほしいって思ってるよ。それに気づいてくれるかな?その願いを込めて伝えた言葉に森岡は黙り込んでしまった。

 もしかして禁句だったのかな?しかし少々気まずくなってしまった空気を打破したのは森岡の方だった。


 「優しいから迷惑掛けたくないんだ。心配させたくないから」


 気持ちは分かる。俺が森岡の立場でも、家族には相談したくないだろう。家族だからこそ、自分がクラスメイトに何をされたかなんて言いたくない。親父もおふくろも悲しんでしまうし、兄貴だって普段は俺のこと相手にもしないけど、絶対に顔を真っ赤にして高校に殴り込みに行くだろう。

 だから、森岡が言いたくない気持ちはわかるよ。でも、母親はそれでも頼ってほしいって思ってる。森岡が家族にも言えない後ろめたさを持ったまま、過ごしてほしくないって思ってるんだよ。


 「そっか。でも少しは自分の事、打ち明けてもいいと思うぞ?」


 それ以上は何も言えず、森岡が小さくうなずいたのが見え、それ以上の会話をせず拓也の所に向かった。


 ***


 拓也side ―

 

 一緒に戻ってきた光太郎と森岡からヴォラクの契約石を返され、それを大事に小物入れにしまい、再びマルファスに向き合う。


 『森岡、指輪は見つかりましたか?』

 「一応……これでいいの?」


 ストラスは森岡から指輪を受け取りマジマジと見つめた。黒い石がついた指輪は不気味な光を放ち、輝いている。


 『間違いありません、サーペンティンの指輪。マルファスの契約石。これで儀式が行える。さぁ始めましょう。森岡、来なさい』


 ストラスは魔法陣の中に指輪を投げ入れた。あ、こんなダイレクトな感じでいいんだ。


 「え?お、俺?」

 『契約者は貴方でしょう。グズグズしない』

 「う、うぅ……」


 森岡はかなりビクビクしながらストラスについて行き、マルファスの前に立つ。

 既に完成している魔法陣の中でぐったりとしているマルファスを見て森岡が小さくつぶやいた。


 「こいつがエマを……皆を……」


 憎しみの宿った眼でマルファスを睨みつけると、それに反応するかのように先ほどまで動かなかったマルファスが顔を上げて高笑いを始めた。


 『イイ、ソノ目ダ!ソノ憎シミノ目コソ私ガ求メテイタモノ!!』

 「こいつまだ喋れんのかよ!」

 『拓也、喋れたところで魔法陣の中です。何もできはしません。森岡も気にしないように』


 これ以上はマルファスに構うことなく、ストラスは森岡に近づき、ビンの水を一杯すくって森岡にかけた。あ、それってさっきウリエルにもらったやつ。


 「わ!なにすんだよ……」

 『聖水です。貴方はかなりの間マルファスの側にいました。悪魔の呪いを完全に断ち切るためですよ』


 そう言い、ストラスは森岡に例のクソ長い呪文を唱えた。


 『いいですか?私の言葉を一言も間違えずに言うのです。ああ、我が霊マルファスよ、汝わが求めに答えたれば、われはここに人や獣を傷つける事無く 、立ち去る許可を与えよう。行け、しかし神聖なる魔術の儀式によって呼び出された時は、いつでも時を移さず現われるよう用意を調えておけ。われは汝が平穏に立ち去ることを願う。神の平和が汝とわれの間に永久にあらん事を、アーメン』


 メモ用意してあげた方がよかったよなあ。あれを一発で聞き取れる人がいるのかどうかをこれから先、俺は検証してみよう。つか森岡固まっちゃってるし。


 「ストラスーそんな長いの普通は覚えきんねえから」

 『なんと!覚えきらぬのは拓也だけではないのですか!?』

 「はぁ!?普通の人間はよっぽどの天才じゃない限りそんなん無理だよ!」

 「ごめん……」


 森岡はビクビクしながらストラスの頭を下げた。

 そんな謝ることじゃないと思うけどな~


 『では仕方がありませんね。拓也、私が今からもう一度言うので一言も間違わずにその土に書きなさい』

 「いや、携帯のメモに書くからいいわ」


 携帯の画面を開き、ストラスに言われたとおりに文字を打っていく。


 『違います!本当に頭が悪いですね!』

 「うっせえな!お前の滑舌が悪いんだよ!」


 横でいちゃもんをつけてくるストラスと喧嘩をしながら十分後、なんとかメモし終わった携帯を森岡に渡す。


 『さあ森岡、この呪文を読み上げなさい』

 『ヨセ!今スグヤメロ!!』


 マルファスは今から自分に起こることが分かっているようで声を荒げた。でももう年貢の納め時って奴だ。大人しく地獄にかえりな。


 「ざまあマルファス。やっちまえ森岡」

 「え、うん。えっとあぁ、我が霊マルファスよ、汝わが求めに答えたれば、われはここに人や獣を傷つける事無く 、立ち去る許可を与えよう。えーっと……行け、しかし神聖なる魔術の儀式によって呼び出された時は、いつでも時を移さず現われるよう用意を調えておけ。われは汝が平穏に立ち去ることを願う。神の平和が汝とわれの間に永久にあらん事を、あ、アーメン」

 『ヤ、ヤメロ!!コンナ所デ……!グ、ウゥ……アアアアアアアアアァァァアア!!!』


 光がマルファスを包み込んで、その眩しさに俺たちも目を瞑った。

 でも光がだんだんと弱くなり、目を開けた先にはマルファスはすでにそこにはいなかった。これって、成功したんだよな?


 「き、消えた……」

 『マルファスは地獄に戻りました。とりあえず今回はこれで終わりですね』


 そこにはヴォラクの剣だけが残されており、ストラスは安心したのか溜め息をついた。それを見てすべてが終わったことを確認して、俺も力が抜けていく。


 『では我らも一度傷を癒すため、姿を消すとしよう。主を頼む』


 フォモスとディモスはそう言い姿を消し、中谷は未だに眠るヴォラクをおんぶした。


 「さぁ一件落着だ!今日は食うぞ―――!寝るぞ―――!」


 まずは澪に報告しなきゃな!心配してたし!!

 俺たちはやっと恐怖から解放されたため各々テンションが上がっていたが、森岡だけは浮かない顔をしている。


 「森岡?」


 光太郎が心配したのか森岡に話しかけると、泣きそうな顔で服を裾を握っている。


 「俺、これからどうすればいい?」

 「どうすればって?」

 「だってエマのことも!クラスメイトのことも塾のことも全部、俺のせい……」


 そうだ、まだこの問題が残っていた。それは森岡がこれからどうするかだ。森岡は人を殺したわけじゃない。でも確かに原因を作ったのは森岡だ。犯人が悪魔だったなんて警察に言っても信じてもらえるわけがない。だけど嫌いな奴がいるのなんか当たり前で、俺だって嫌いな奴くらいいた。そいつは澪のことを好き好き言ってたクラスメイトだったんだけど……

 でも嫌いな奴がいたって気持ちだけで森岡が背負っていくにはあまりにも重い罪だ。


 「俺、自首した方がいいのかな」

 「森岡!」


 光太郎が森岡を止めた。


 「だってお前がやったわけじゃないじゃん!それにお前はアリバイだってちゃんとしてるし、警察だって信じてなんかくれないよ!」

 「でもこのままだったら犯人なんか一生見つかんないし……」


 確かに犯人は見つからずにいずれ時効になるだろうな。森岡はこの事件がニュースになるたびに心臓がえぐられるくらい辛い思いをしなければならない。でも森岡がすべて悪いわけではないのに、事件の犯人をかって出る必要だってないと思う。じゃあ、どうすればいいんだろう。

 二人のやり取りを黙ってみていたストラスが静かに声を出す。


 『森岡、貴方は死んだ者達の生を受け継ぐ覚悟はあるのですか?』

 「え?」

 『貴方にそれを受け継ぐ覚悟がないのなら大人しく自主でもすればいい。しかし今回の件を受け入れる覚悟があったのなら、この件を肝に銘じておきなさい』

 「でもそれじゃあ……」

 『今回は弱っている心に悪魔が付け込んだ故に起きた出来事。貴方は無関係ではないが、人殺しをしたわけではない。そしてそれを本気で望んだわけでもない、なら生きなさい。暫くは貴方にとって辛いことかもしれませんが、ちゃんと学校にも塾にも……これからは逃げずに立ち向かいなさい。心を強く持ちなさい』

 「生き、たい」


 森岡は涙を零し、膝をついた。


 「普通の生活に戻り、たい。戻りたい~……」

 『戻ればいい。誰も貴方を責めはしません』


 ストラスは優しく森岡に話しかけた。

 これが正解かなんて、わかんないけど……これでいいと俺は思った。


 「森岡、連絡先交換しない?」


 ポケットから携帯を取り出して画面を見せる。


 「連絡先、交換しようぜ。きついときはいつでも連絡してくれていいから」

 「本当、に?」

 「おう」


 森岡は真っ赤になった目で俺を見上げた。


 「ついでに中谷と光太郎の分も送っとくからな」

 「あ、りがとう」


 一人じゃない、この事件の真実を知っている人間が近くにいることは絶対に救いになると思うんだ。辛かったら頼ってくれたらいい。何もできないけど、話くらいは聞いてあげられる。連絡先を交換した森岡はやっと少しだけ笑顔を見せてくれ、大切そうに携帯を握りしめる。


 『拓也ってばお人好し……』

 「ヴォラク起きてたのか?」

 『結界解かなきゃいけないからね。結界といたら光太郎のマンションに着くまで、俺また人間になんなきゃいけないなぁ。傷の治りも滅茶苦茶遅くなるし嫌だなぁ。もう』


 ヴォラクは結界に手を伸ばし、結界を解いた。

 そしてそのまま人間の姿になり、再び中谷の背中にグッタリともたれかかった。中谷の制服を羽織って傷を隠しているとはいえ、一般の人がヴォラクを見たらびっくりするだろう。


 「中谷、制服に血がつくくね?平気か?」

 「マンションで洗えばとれるっしょ。早く、こいつを横にしてやらなきゃな」


 やっと悪魔を三匹、まぁ二匹は味方だけど封印することができた。

 でもこんな悪魔があと六十九匹もいるとなると、血の止まった頬をさすりながらげんなりと項垂れた。ヴォラクの言っていたマルファスよりも凶悪な悪魔、そんなのが出てきたら俺一体どうなっちゃうんだろ。



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