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第109話 愛情のなれの果て

 ?side ―


 今日もやってしまったと、いつも後悔する。歯止めがきかず、反抗する娘を憎らしく感じてしまう。自分はこんなに頑張っているのに言うことを聞かない娘に手をあげて、のちに訪れる罪悪感でつぶれそうになる。なぜ、分かっていても、治らないのか……その原因は分かっている。

 分かっているから、止めることができないのだ。



 109 愛情のなれの果て



 「私はなんて酷い事を……なんて駄目な母親なのかしら」


 私がそう呟いた瞬間、空間が歪み、奴が姿を現した。またやってしまった。カッとなって罵声を浴びせ、手を上げてしまった。朝、優里がぶつかった子たちはこの光景を呆然と見ていた。そして私の事も……

 常識がない事をしていることは理解している。力づくでいうことを聞かせることが躾かと聞かれたら、百人が皆違うと言うだろう。もっと話し合え、子供の意思を尊重しろと説教じみたことを言ってくるのだ。そんなことは分かっている、でも時間がないんだ。


 『貴様は何も悪くない。これも全てあの娘のためだ』

 「でも今だに部屋に戻ってこないなんて……やっぱり探しに行かなきゃ」

 『それでまたあの娘が付け上がっていいのならな』


 この悪魔と出会ったのは偶然なのか必然なのか分からない。しかしどうしていいか分からずに頭を抱えていた時に、化け物からの甘言を受けたのだ。現にこの悪魔の予言は百発百中しており、信じるに値するものだった。


 何度も悪魔のことを調べ、他人に口外することを禁じられているため、独学で調べつくした。そして、この世界に最低でも七十二人の契約者がいると言うことを知った。それを知って体を駆け巡ったのは高揚感だった。


 恐怖がないとは言わない、しかしこの人智を超えた力を手に入れることができる一部の人間になれるのだと、そう思ってしまったのだ。彼の予言を使えば、幸せになれるのだと錯覚すらしていたのかもしれない。

 

 しかし、順調に予言の生活をしていたのに、この悪魔から出された予言の一つが娘の優里のことだった。

 優里の性格を直さなければ優里は近い将来、優里を疎ましく思う者に殺される。優里が傷つけた者から復讐され、その結果事故死する ― そう予言された。確かに甘やかしていたせいか優里は内弁慶なところがあるが、バラムの予言を聞いて背筋が凍った。なんとか優里を助けなければ!そう思い、優里の性格の矯正に乗り出したのだ。


 逃げていた現実にぶち当たり、バラムからの予言までの期間を聞いて、真っ青になっていく。その間、家から一歩も外に出さなければ……とも考えたが、その予言はそんなことでは避けられないらしい。だから、是が否にでも何とかしなければならなかったのだ。


 本当にそれだけだった。なのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。やはり忠告なんて無視するべきだったのかもしれない。


 契約内容はとても不利なものだったけど……それはバラムの意見には絶対に逆らわないこと。


 いくら理不尽なことを要求されても、それを拒めない事。いや、悪魔のせいにしてるだけだ。確かに私は力で優里を抑え込もうとしているのだ。それは悪魔のせいにするでは済まされない行為。わかっているのに…………こうでもしなければ言う事を聞かない。そう思い込めば思い込むほど、仕方がないと納得している自分がいる。なんて最低な母親なのかしら……


 頭を抱えている私の後ろでインターホンが鳴る。優里?優里が戻ってきたの!?

 私は慌ててバラムに姿を消すように命じ、ドアを開けた。しかしそこに居たのは、今朝優里とぶつかった男の子だった。


 ***


 拓也side ―


 優里ちゃんの母親はビックリして俺達を見つめている。慌ててドアを開けてきたから多分優里ちゃんが帰ってきたと思ったんだろうな。表情はあからさまな落胆と疑問を宿している。それが気まずくて、とりあえず何か言おうと頭を下げる。


 「あの、すいません。こんな時間に……」

 「あ、いえ……何かしら」


 急に訪ねてきたにもかかわらず、優しい笑みを向けてくれた事に少し驚いた。てっきり金切り声で罵倒されると思っていたから。こんな優しそうな人があんなに表情を変えるんだ……そう思ってしまった。

 でもどう話を切り出したらいいんだ?そのままなんて言っていいかわからない俺を見て、シトリーは母親に話しかけた。


 「あんたと少し話したいことがあるんだ。誰も居ないところで話したい」

 「この部屋には私一人しか居ないわ。それよりも私は部屋を出たいの。話はまたに……」

 「あんたの娘は俺達の部屋に居るよ。心配すんな。それよりこの部屋、本当に誰も居ないんだろうな?」

「優里がいるの?どうして?」

 「それは後で話す。俺の質問に答えろ。誰も居ないんだろうな?」


 何度も確認するシトリーは多分何かに感づいている。これはカマかけだ、母親が悪魔と契約しているかどうかの。でも母親の表情は怪訝そうに歪み、動揺している節は見られない。このカマかけの意味に気づいていないのか?それとも……


 「居ないと言ってるでしょう。何が言いたいの?」

 「そうだな。例えば、透明人間とか居たりしないよな?」


 透明人間?何言ってんだ?


 「ヴォラク、透明人間って……」

 「バラムの能力の一部さ。自分、あるいは契約者の体を透明にすることができるんだよ」


 何だよそれ。透明人間ってありえねーだろ……じゃあ、どこにいるか分からないじゃないか。戦う時とかどうすればいいんだよ。


 「あんたは……何者なの?」


 声のトーンが低くなり、優里ちゃんの母親の目つきが鋭くなるが、シトリーは動じずに話を進めた。しかし透明人間というワードに反応する辺り、悪魔と契約しているのはほぼ確定と見ていいのかもしれない。

しかしあくまでもシラを見る母親にシトリーは苛立ちを含ませてため息をついた。


 「だからそれは誰も居ない場所で話すっつってんだろ。お前が言わないなら俺が言うぜ。バラム、出て行け」


え?ここに居るのか!?シトリーは壁をジッと睨み付ける。そこには誰もいないけど、シトリーにはわかるんだろうか。


「人間は騙せても、俺とヴォラクは騙せねーぜ」

 『ふん。こざかしい……』


 何だよこれ……壁から声が聞こえたと思った瞬間に壁から悪魔が現れやがった!シトリーの言ってた通りだ。雄牛と尾羊の頭が肩から生えたひげ面の親父が出て来た。見た目の怖さも相まって、思わずヴォラクの後ろに後ずさる俺を見て、バラムは鼻を鳴らす。


 『貴殿の話は耳に届いている。サブナックやザガンと相まみえたとな。どれほどの者かと思っていたが、かような弱き者が継承者とな……サブナックといいザガンといい、なぜ貴様なぞに手傷を負ったというのだ』


声はしわがれており、何より低い。ドスの聞いた声に怖くて返事ができない。俺がビビっているのが分かってバラムは愉快そうに口元に笑みを浮かべた。


 『ふん。声も出せぬか』

 「あんたの声にびびってんだよ。威圧感丸出しで何言ってんの?声だけで大したことないくせに」


 煽るな煽るな。

 ヴォラクがバラムの前に出て睨み付け、一触即発の状況にオロオロするしかない。そんな中、黙ってた優里ちゃんの母親がバラムを睨むように視線を向け、そのまま強い口調で命令する。


 「わかったわ。バラム、出て行きなさい」

 『我に歯向かうか?』

 「歯向かってないわ。でも聞きなさい」


 バラムは何も言わず、不満そうな表情を浮かべて部屋から出て行った。しかし悪魔が廊下にいるってだけで怖いんだけど……このホテル壊されやしないだろうか?ヒヤヒヤしてしまい、とても会話になんて集中できない。でも確かめてみなければと思い、俺はヴォラクに問いかける。


 「何かしでかしたりしないよな……」

 「大丈夫とは思うけどね。怖いなら俺が見張っててやろうか?」

 「いや、いい。お前居なくなるのも怖いし……光太郎のとこもちゃんと鍵掛かってるしな。あいつは透明になるだけで、部屋をすり抜けたりはできないんだよな」

 「まあね。見えなくなるだけだから」


 なら大丈夫だよな、大丈夫……?本当に大丈夫か?ヴォラクの肩を掴んで、俺はシトリーと優里ちゃんの母親の会話を眺めた。シトリーはふてぶてしくベッドに腰掛けて、問いかける体制に入り、母親もテーブルの椅子に腰掛けて、話を聞く体勢を取った。


 「さ、俺の質問に答えてもらおうか」

 「それよりあんた何者なの?何でバラムの存在を……」


 あ、そうか。それから言わなきゃいけないんだよな。


 「俺はシトリー。ソロモン七十二柱の一柱だ。あっちの子供がヴォラク、あいつもそうだ。そんでその隣の奴が俺達の契約者様ってわけだ」

 「指輪……そう。君が探してた子ね」


 探してた?俺を?

 シトリーが突っ込めば、母親は首を横に振る。


 「どう言う事だ?」

 「知らないわよ。バラムが探してるって言っていた。私には何のことか分からない」

 「まーた手掛かり無しか……まあいいか。じゃあ話しすっかな。娘から話し聞いたぜ、あんたが虐待してるって」

 「そうね、そうかもしれない」


 え、あっさり。てか自覚あるのに虐待してんのかよ。あっさり白状した母親にヴォラクも俺もシトリーも、驚きを隠せない。こういうのって認めないものと思っていたけど、意外だ。


 「おいおい、正直か。あいつのこと嫌いなのか?確かに生意気な餓鬼だけど、お前の子供だろ?」

 「……あんたがあの子を馬鹿にしないで。これはあの子の為なの」

 「殴るのがか……」

 「好きで殴ってると思ってるの!?」


 突然声を荒げた母親にシトリーは顔をしかめた。


 「でもあんた、必要以上にやってると思うけど」

 「それは……こうでもしないとあの子は聞かないのよ!」

 「だとしてもやりすぎだろ」


 シトリーがそう言えば、母親の動きが止まった。

 そのまま固まってしまった母親に問い詰めるように次の言葉を口にする。


 「あんたにとって優里は何なんだ?それと何のためにバラムと契約したんだ?」


 その瞬間、母親の目から涙が零れた。いきなり涙を流しだしたことにギョッとして思わずシトリーの背中を叩いてしまった。


 「シトリー言い過ぎだって!」

 「え!言いすぎ?寧ろかなり優しく聞いたんですけど!」


 確かにシトリーの問いかけは優しい口調とまではいかないけど、そんな責める口調じゃなかったはず……なんで急に泣き出したんだ!?

 母親はポツポツ話し出した。


 「あの子の……あの子の未来を変えたいの。こうでもしなきゃ変えられない」

 「未来を?」

 「私の夫はとある企業の代表取締なの。だから生活もそれなりに裕福よ」


 そうだろうな、こんなホテルに泊まるくらいだから。でもそれが何の関係が?


 「あの人はプライドが高く出世するにつれて、人に頭を下げることをしなくなった。まるで自分が世界の中心かのように……それは当然、子供達にも影響を与えたわ。特に優里に……優里の兄は年が離れてて今は十七歳なんだけど、あの子は昔の夫を見ていたから何の影響も受けなかった。素直でいい子に育ってる。でも優里は違う。あの子は五歳くらい、物心ついた時からずっとあの夫の背中を見続けてきた」


 なんとなく話がかみ合ってきたかも。あの少しずうずうしい態度にも納得だ。俺にぶつかったときも謝るとか考えてなかったもんな。


 「そのせいで優里の我が侭は酷いものになった。欲しい玩具があれば泣き喚き、暴れまわって……それは学校でも同じ。そのせいで友達もできなくて、苛められて……そのショックが爆発して暴力事件を起こして学校を転校した。友達に椅子を投げつけたのよ。そんな簡単な見境もつかないの」


 それって我がままとかそういう次元じゃない気もするんだけど。育て方でそうなってしまったのなら可哀想でもある。母親は悲しそうに顔を歪ませる。


 「そんな時にバラムが現れた。そして彼に言われたの。このままだと娘は不幸になるって……だから……」

 「なーんか契約理由としては微妙だけどな」

 「そうね、元々私もビジネスをしているの。それが行き詰っていてね……バラムの予知能力や予言を参考にビジネス展開をしようと考えたのが契約理由よ。でも今は、あの子の性格矯正でビジネスで使ってはないけどね」

 「ふーん。あんたはあの娘の性格を矯正しようとしてたって訳か」


 どうやって出会ったかは知らないが、元々自分のビジネスに悪魔の能力を活用しようって思って契約してたのか。それで、優里ちゃんの話を聞いて、今はそっちに悪魔の能力の使用をシフトしていると。

 母親は小さく頷く。そう言う訳だったのか……話を聞いただけで教育方針を変えてれば問題なかったんじゃないのか?そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、シトリーも同じことを突っ込んだ。


 「何であいつと契約する必要があるんだ?躾なら自分一人でできるはずなのに」

 「いくら性格を直させても、未来が変えれないんじゃ意味がない。未来が変わったとバラムから言われるまでは契約していないとと思って……」


 そういう事か。じゃあやっぱこの人、悪い人じゃないんだ。ただちょっと行きすぎてるだけ?いや、それもどうなんだ?考えれば考えるほど、複雑で難しい問題だ。

 会話がなくなって沈黙が室内を包む中、ドアがノックされる。あれ、優里ちゃんが帰ってきたのかな?ヴォラクが勝手にドアを開けると、そこにいたのは光太郎だった。


 「光太郎、どうしたの?」

 「いや、一人で居るとやっぱ気になってさ。俺も話しに混ぜてもらおうと」


 一人?どう言う事だ?


 「光太郎。優里ちゃんは?」

 「さっき部屋に戻るって言って出て行ったけど……」


 部屋から出てった?まずい!バラムも部屋の外に!母親が真っ青な表情で、部屋から出て行く。慌てて止めようとしたけどもう遅い。母親は廊下を走って行ってしまった。


 「あ、ちょっ……!」

「拓也、こりゃ急いだほうがいいかもしんねーぞ。自分から部屋出るのかよ。ちゃんと見張ってろよお前」


 シトリーが部屋の鍵を持って後を追いかけていき、その後をヴォラクが続く。取り残された俺に、光太郎が首をかしげている。タイミングが悪すぎた。

 光太郎曰く、喉が渇いたと言った優里ちゃんにホテル内の自販機でジュースを買いに行って、部屋に戻ったら優里ちゃんが母親の元に帰ると言い出したから帰したんだそうだ。ホテル内だから何も起こらないと思ったんだろう。悪魔が透明人間になってウロウロしているなんて、想像しないもんな。


 「悪魔が優里ちゃんを攫ったんじゃないかって…………優里ちゃん?」

 「え?どこに!?」


 俺と光太郎は窓から顔をのぞかせた。窓からは中庭が見えて、そこに優里ちゃんらしき小さな女の子の姿が見えた。暗くてよく見えないから、本人かはわからないけど……とにかく俺達は急いで中庭に向かった。


 ***


 「優里ちゃん!」


 中庭に立っている女の子に光太郎が大声で呼びかける。やっぱり!振り向いた女の子は優里ちゃんだった。俺達は走って優里ちゃんの前に行く。優里ちゃんは小さな鞄を持って一人で歩いており、こんなくらい中、いくらホテル内とはいっても歩くのは怖いだろうに平然としている。


 「何であんな嘘なんかを……お母さん心配してたよ。帰ろう」


 優里ちゃんは光太郎の手を取らず、それどころか不機嫌そうに光太郎を睨み付けている。


 「優里ちゃん?」

 「ままのとこになんか帰らない。ままは優里のことが嫌いだから」

 「どうしてそんな……」

 「ままは優里のことが嫌い。だから優里もままのことが嫌い。それだけだよ」


 それだけって……そんな。確かに暴力振るわれたら嫌いになるのも分からない話ではないけど、お互いに一度話し合った方がいいと思うのは、俺が両方の言い分を聞いているからだろう。

 でもまだ幼い優里ちゃんがどこまで聞く耳を持ってくれるか分からない。直哉だって喧嘩したらしばらくは何を言っても話を聞かないんだから、直哉よりも頑固そうな優里ちゃんはこの状況では絶対に他人である俺たちの説得に耳を貸さないだろう。


 「拓也!光太郎!」

 

 声が聞こえて振り返ると、シトリーたちがこっちに走って向かっていた。後ろには母親もいる。

 母親が優里ちゃんを見つけると安堵の表情を浮かべ、優里ちゃんの元に走っていこうとしたが、優里ちゃんの大声で足が縫い付けられたように止まった。


 「来ないで!」

 「優里?」

 「今さらままぶって……優里、ままが嫌い」


 母親は首を横に振って優里ちゃんに近づこうとするも、その度に優里ちゃんも一歩ずつ下がっていく。体が震えており、顔は真っ青だ。優里ちゃんからしたら、また暴力を振るわれると思っているのかもしれない。


 「ままは優里の事嫌いなんでしょ?」

 「そんなことあるはずがないじゃない!」

 「じゃあなんで優里だけあんなに叩くの?なんで優里だけいっつも怒るの!?」


 母親が息を飲む。優里ちゃんの表情は険しく、その瞳には涙と共に憎悪が宿っている。


 「まま知ってる?ままのせいで家の中めちゃくちゃなんだよ」

 「めちゃくちゃ……?」


 優里ちゃんは険しい表情のまま母親を言葉で追い詰めていく。何かが吹っ切れたかのように。今までの我慢が爆発したんだろうか。それなら原因は母親なのか優里ちゃんなのか分からない。

 どっちが悪いかも、もう分からない状態になってる。


 「お兄ちゃん、ままのこと恐いって!嫌いだって言ってたよ!ぱぱもね、ままに会いたくないから毎日遅くまで仕事してるんだよ!全部ままが変わってから家の中めちゃくちゃになったんだよ!」

 「そんな……」


 優里ちゃんは傷ついて膝をついた母親に一歩一歩近づいていくが、今度は母親が動けない。さらに言葉で追い詰めようとした優里ちゃんの前に光太郎が立ちふさがるように道を塞ぐ。


 「優里ちゃん、もう止めろよ」

 「邪魔しないで。優里は教えてあげてるんだよ。ままが悪いことばっかりするから。優里、ままが嫌い。大嫌い。ままなんていらないよ」


 お母さんの目が見開かれて、手で顔を覆い大声をあげて泣き出した。言ってはいけない一言を放ってしまったことで、母親の精神は耐えられなかったんだろう。でも、あんたも優里ちゃんに言ってたけどな。大嫌いって……どっちもどっちだ。自分が言われて泣くのはずるいだろ、とも思う。


 「優里ちゃん!」


 光太郎が優里ちゃんの肩を掴もうと近寄って手を伸ばした瞬間、優里ちゃんの体が宙に浮いた。優里ちゃんを抱えている奴の姿が現れていき、反応したシトリーがヴォラクに声をかけた。


 「バラムか……ヴォラク、結界を」

 「りょーかい」


 ヴォラクが結界で俺たちを包んでいくと、ゆっくりと悪魔が姿を現した。そこには巨大な熊に乗っている優里ちゃんと悪魔の姿。優里ちゃんが宙に浮いたと思ったのは、熊に乗ったからだったんだ。


 『人間の絆とはすぐに壊れていく。かように脆いものとはな』


 こいつが、優里ちゃんに何かをしたのか!?だってあんなに怯えていた優里ちゃんがバラムに懐いているなんて可笑しい。こいつは何かしらの機会に優里ちゃんと接触したのか?でもいつ?俺たちと話をしている時は怯えていたから、俺達が母親と話をしている間になるけど、その間だって光太郎と一緒に……

 

 あ、光太郎がジュースを買いに行ったとき、優里ちゃんは一人だったはずだ。その後に部屋に戻りたいと嘘をついて俺たちの部屋から出たってことは……その間、なのか!?

バラムは愉快そうに泣き崩れている母親を見て笑い、優里ちゃんも同調するように笑っている。


 「優里はね、優里の好きにしていいんだって!バラムが優里をお姫様にしてくれるんだって!」

 「お姫様?何言ってんだよ……」

 「バラム、優里を返して!!あんたが優里を殺すの!?だとしたら許さないから!!」


 母親の悲痛な訴えを聞いたバラムは耐えきれずに吹き出し、声をあげて笑った。


 『何を言っているんだ貴様は。私が優里を殺す?馬鹿も休み休み言ってほしい。優里を殺すのはお前だよ』

 「え?」


 その言葉に空気が凍る。優里ちゃんを殺すのが母親?そんなバカな話あるか。適当なことばっかりでっち上げやがって。


 『教えてやろう、私の未来の予言をな。優里を殺害される予言……優里を殺す人間とは貴様だったのよ。お前が虐待の末に優里を殺す結末を私は見ていた。愉快だったよ、必死になって娘の教育をしているお前が。この娘は他人ではなく、母親であるお前に殺される未来だったのだ』


 優里ちゃんは、母親に殺される……?

 振り返った先にいる母親は目を見開いている。娘を守るために性格矯正をして未来を変えるんだと意気込んでいた母親が結果、自分の娘を殺すのか?


 『お前の躾はエスカレートしていき、飯を与えず、風呂にも入れず、凍える冬の夜にこいつをシャツ一枚でベランダに放り出すんだよ。謝るまで許さないと言ってな。分かるか?優里はその結果、栄養失調で動けないまま凍死したんだ。これが、九か月後の未来だ』


 殺人犯の素質としては十分だ - そう煽りまで入れて、ネタばらしをするバラムに母親は泣き叫んだ。


 「嘘よ!!あんたが嘘言ってるのよ!!そんな訳ない、私は優里を愛しているもの!!」

 『そう言って優里を殺すんだぞ?私は貴方を愛しているのに私の期待にいつまでも応えてくれない、そんな子は頭を冷やして反省しろと言って外に放り出すんだよ』


 優里ちゃんはバラムと母親の会話を黙って聞いている。驚いたり悲しんだりするわけでもなく、暗く濁った瞳は何の感情も映していないように。おそらく、この内容をバラムから聞かされていたんだ。だから優里ちゃんは母親を嫌いになってしまったんだ。


 「あんなの嘘に決まってるよな。だよな、シトリー達からも言ってよ!お母さん信じてるし!」

 「……言ってやりてえけどよ。その予言は多分本当の未来だ。バラムは予言内容に関しては嘘つかねえからな。まあ、言い方変えてオブラートに包んでたんだろ。性格矯正は優里じゃなくて母親がしないといけなかったって奴だな」


 そんな……じゃあ、この悪魔を倒しても二人の確執はきっと治らないじゃないか。母親は泣き叫んでおり、もう会話をできる様子はない。

 その姿に満足したバラムがこちらに顔を向けた。まずい、俺に狙い定めてる?自分に指を指されて、少し後ずさってしまう。固まっている光太郎の腕を引いて、シトリーが俺のところまで引っ張ってくる。


 『かの御方の復活の為に地獄に送らせてもらう』

 「復活?」


 それは誰のことだ?こいつが尊敬語を使ってるもんだから、きっと偉い奴だ。でも地獄で一番偉い奴ってルシファーなんだろ?ストラスの話を聞いてる限りではルシファーって奴は普通に行動できてて……誰のことを言ってるんだよ。でもそんなことをこれ以上考えてる余裕なんてない、この状態は優里ちゃんを人質に取られたようなもんだ。しかも優里ちゃんは逃げる気なんて全然ないし……


 『優里、ここで待っておれ。すぐに終わらせる』

 「……何するの?」

 『かの者たちに罰を与えるのだ。無論、お前の母にもな』

 「ままにも?」

 『ああ。母親の魂を献上すれば、お前は地獄で姫として扱われるだろう』


 優里ちゃんを熊から降ろして、今度はバラムが熊にまたがる。

 そして斧を持ってゆっくりとこっちに近づいてくる。


 「光太郎、母親はおめーに任せたぞ」

 「シトリー?」

 「……いけるかヴォラク」

 「いってやるさ」


 せっかくの旅行を楽しんでたのにマジでもう何がどうなってんだよ……


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