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第106話 目覚めを待つは大切な…

 「お姉ちゃん」


 白で統一された病室の中で真っ赤にはらした目から涙をこぼしている少女がポツリと呟く。その視線は眠り続けている相手に向けられていた。ピクリとも動かず、無機質な機械音だけが部屋の音の全てだ。生きているか死んでいるすら分からなくなりそうなこの状態が、いつまで続くんだろうか。


 「今日こそは目を覚ましてね……」



 106 目覚めを待つは大切な…



 「遂にきました!GW!!」


 学校が終わった放課後、上野が大声で叫んだ。そっか、もうそんな時期になったんだっけ。二年になって一ヶ月が過ぎたと言うことだ。最近呆けてしまって日にちの感覚すらわからなくなってしまった。


 「あーそういや明日からだったっけ?」

 「何だよ拓也ーお前こんな素晴らしい日を忘れたって言うのかよ!そんなに学校好きなのかよ!?」

 「馬鹿!嬉しいに決まってんだろ!」


 嬉しいよ勿論。でも素直に喜べない状況だから……フルフルから襲撃を受けた絵里子さんはあの後、救急車で病院に運ばれたけど、ショックによる昏睡状態でまだ目を覚ましていない。ニュースでも大々的に報じられ、世間でもかなりの話題をさらっていた。一度だけ病院に見舞いに行ったけど、眠り続ける絵里子さんと泣き続ける両親や真理子さんと友人たちで酷い状況だったため、あまり長居できなかった。今日、病院行ってみようかな……


「じゃあな上野」

 「え?帰んの?じゃーな」


 上野に軽く手を振って、教室を出ようとした俺を見た光太郎が走りよってくる。


 「拓也!シトリーから話聞いた。マンション行くのか?」

 「いや、絵里子さんが入院してる病院に」


 俺の返事に光太郎は少し眉を下げた。今回の件に関しては関わっていない光太郎がついて行くと言うのは気が引けるようで、労わるように肩を叩かれる。


 「そっか……元気出せよ。お前のせいじゃないからな」


 その言葉に笑って大丈夫だと答えて、教室を出た。

 病院までの道のりはそこまで遠くなく、乗り換え含めて三十分程度の道のりだ。バクバク鳴る心臓に気を取られないようにイヤホンを耳につけ、音楽をかける。お気に入りの曲を聴いている時は心臓の音に気を取られずに済んだ。

 三十分弱で目的の病院の最寄り駅に辿り着いて深呼吸する。駅から直結で病院につながっており、広い駐車場を抜けると都内でも有数の大病院に辿り着いた。その病院の入口で見慣れた姿を見つけて足が止まった。


 「セーレ」


 何でここに?俺に気づいたセーレが手を振った。


 「あ、拓也。ストラスが拓也が絶対に病院に行くだろうってね。彼、心配してるんだよ」


 苦笑いで答えるセーレ。それでわざわざここに来てくれたのか?俺の行動を先読みして?お前もストラスもどんだけいい奴なんだよ。この中にパイモンがいないのはストラスが声をかけていないのか、面倒だから断ったのか……できれば前者であってほしい。


 「ストラスは病院には入れないから俺が付き添いって形で来たんだ。一人では心細いだろ?ちなみにパイモンは来ないって。絵里子は自業自得だってさ……拓也も、何も悪くないから心を痛めるなって言ってたよ」

 「それ、直接伝えてほしかったよ」


 パイモンはこういう時ドライだ。でも励ましの言葉をくれるんだ、少しは気にかけてくれてはいるみたいだけど……でもセーレが来てくれて安心した。本当は心細かった、絵里子さんになんて顔をして会っていいかわからなかった。そして真理子ちゃんにも。

 セーレが見てくれと指をさした先には木にとまっているストラスもいる。病院には入れないから、見守っているつもりなのか?


 「彼、どうしても気になるみたいだから病室が見える木にとまっとくって言ってたよ。心配性だよな」


 ストラスと目が合った瞬間、途端にぎこちないフクロウの真似をしだしてふきだしてしまった。お前はフクロウなのに、なんでフクロウの物まねみたいなことしてんだよ。

 俺が笑ったことに安心したようにセーレも笑った後、少しだけ気まずそうに俺に問いかけた。


 「俺はあの時ついていかなかったからわからないけど……結構酷かったのか?」

 「最悪だよ」

 「そうか……」


 セーレは俺を見て、心配そうに眉を下げた。大丈夫だよ、お前がいてくれるから。そう言ってごまかして無理に笑う。再び忙しなく鼓動を続ける心臓の音に耳を傾けずに、病院の中に入った。医療事務の人に病室を教えてもらって向かう間、俺とセーレは一言も話さなかった。


 「ここか」


 プレートを確認すると、そこには木下絵里子の名前。深呼吸を数回繰り返し、病室のドアをノックした。


 「貴方は……」


 出てきたのは絵里子さんのおばさんだった。おばさんは寝ていないのか、目の下には隈ができていて、顔もやつれている。


 「こんにちは。池上拓也と言います」

 「俺は裕輔と言います。絵里子さんのお見舞いに……」

 「ああ、そうなの。ごめんなさいね。入って。あなた以前も来てくれたわね、ありがとう」


 おばさんに通されて、病室の中に入る。


 「絵里子さん……」


 絵里子さんは前回と変わらずベッドで眠っていた。その目は硬く閉ざされており、体中には痛々しい傷跡と包帯、点滴やらなんやらを複数つけられている腕は少しだけ浮腫んでいるように見えた。俺とセーレはベッドの横に置いてある椅子に腰掛けるよう言われ、腰掛けて絵里子さんに視線を向ける。


 「絵里子さん……ごめんな」


 かすれた声で出た言葉は酷くありきたりな謝罪の言葉だった。他に、どんな言葉を掻ければいいのか分からない。助けることができなかった……あの時、体が動かずに目を瞑ってしまった。その瞬間に、俺は絵里子さんも真理子ちゃんも助けることを諦めてしまったんだ。


 「いいのよ。貴方が倒れている絵里子を見つけてくれたんでしょう?」


 真理子ちゃんがおばさんにそう言ってたのか、それに合わせるように俺たちは頷く。おばさんは絵里子さんの髪の毛を優しく梳いている。


 「こんな事になるなんて微塵も思わなかったわ。どうして私はもっと絵里子の事を……」


 おばさんはそう呟くと感極まって泣き出してしまった。その光景に罪悪感を覚えるのは当然で、ごめんなさい。と何回も心の中で呟く。でも真実を告げることはできずに、家族の無念は果たすことはできずに終わってしまうんだ。

 絵里子さんは本当は悪魔にやられたんです。俺たちは助けられなかったんです。そう言いたいのに、それを言うことはできない。おばさんは絵里子さんの名前を呼び続けて、絵里子さんを抱きしめる。その時、扉が開く音がして振り返った先には真理子ちゃんが立っていた。


 「お母さん、まだ居たの?いい加減家に帰らないと……池上君」

 「真理子ちゃん」


 真理子ちゃんは酷く不愉快そうな顔をして、おばさんに近寄っていく。


 「お母さん。一回帰って寝たほうがいいよ。このままじゃ倒れちゃう」

 「でも……」

 「お姉ちゃんはあたしが見てるから。少し寝たらまた来ればいい」

 「そうね、そうするわ……ごめんなさいね。せっかくお見舞いに来てくれたのに、何だかみっともないところを見せちゃって」


 俺とセーレはおばさんに頭を下げた。それを見て、頭を軽く下げて、おばさんは荷物をまとめて部屋を出ていくのを待つ。扉が閉まり、おばさんが行ってしまい、残された俺たちの間で嫌な空気が流れる。何か話をしないと……しかしその考えも一瞬で沈黙を破ったのは真理子ちゃんだった。


 「何で来たの?」


 目が丸くなった。何で来たって……そんなの見舞いで……

 そう言いたいのに、突然の質問でうまく返事ができない。


 「よく来れたね。お姉ちゃんをこんな目に遭わせて。証拠さえあったら池上君を訴えてるのに。あんな悪魔とか訳わかんないことでこんなになって、お母さんに言っても流石に信じてくれなかったよ。だから、言うのは諦めたの。でも、どの面下げてきたの?」

 「君は拓也がどれだけ頑張ってたのか見てなかったのか?近くに居たんだろう?」


 真理子ちゃんの言葉が頭に来たのか、セーレが反論した。


 「未だに信じられないけど、悪魔に襲われたんでしょう?頑張ってたなら何で助けてくれなかったの?そもそも池上君さえ現れなかったらお姉ちゃんは悪魔に攻撃されることなんてなかったんじゃないの?一から説明してくれたけど、ありえない話ばっかりで嫌になる……」

 「そんな事はない。遅かれ早かれあいつは裏切って彼女を殺していただろう。死は免れた、不幸中の幸いと取るべきだ」


 セーレの言葉を聞いて、真理子ちゃんが声を荒げた。


 「何が不幸中の幸いだ!こんな、こんないつ目覚めるかもわからない状態にして!!こんなの植物人間と同じじゃない!!毎日毎日目覚めることを期待して、それが叶わない事に絶望して!これのどこが幸いだって言うの!?」


捲くし立てて怒鳴る真理子ちゃんに返す言葉が見つからない。

 黙っている俺を見て、セーレが軽く肩を叩く。気にするな、相手にするなとでもいうように。だから逃げてしまい、セーレにすべてを任せてしまった。真理子ちゃんからしたら、現場に居なかったセーレが俺の援護をするのは面白くないだろう。


 「だが拓也達が何もしていなかったら、殺されて魂を食われていただろう。もしかしたら記憶も奪われていたかもしれない。そうなったら君はお姉さんの存在を忘れてこれから生きていく事になったかもしれないんだぞ」


 「何訳のわかんないこと言ってんのよ!?あんたたち一体何なのよ!気持ち悪い!!それにね、そっちの方がきっとよかったんだよ……誰も傷つかずに済むんだから!お父さんもお母さんもあたしも!!誰も誰も!!今、家がどういう状況か、あんた達はわからないから言えるんだ!母さんはやつれて家の事なんかしなくなった!父さんも酒に溺れる毎日!こんな現実知らなかったら……今までどおりの生活ができたのに!」


 どういう事だよ……俺、役に立たないなりに頑張ったんだよ。殺されるかもしれない状況で頑張ったんだよ。なのにそれを無駄だったって言うのか?絵里子さんを見殺しにすればよかったって言うのか?

 別に感謝をしてほしいわけじゃない、救えなかったから憎まれて当然だ。でも、俺達の頑張りや苦しみをなかったことにしてほしくない。誰が、悪魔と戦いたいなんて思うんだよ。あんな雷まき散らす奴を相手にしたいって思うんだよ!

 絵里子さんは俺からしたら他人だ。そんな他人に、命かけて戦っていたパイモンやヴォラクたちの痛みや怪我を余計なことをしたなんて言われる筋合いはない!!


 『真理子、貴方は結局は全て自分の為に姉が居なくなれば良かったと言いたいのですか?』


 どうやら病室の窓が開いてたようで、ストラスが窓から病室に入ってきた。おばさんが居ない今、ストラスが入ってきて驚く人間はここには居ない。


 『家族のためと大層な建前を並べていますが、全て自分の為でしょう。今の家の状況が嫌だ、目覚めない姉を見続けるのが辛い、それなら姉の存在を最初から無いものにして幸せに暮らしたい、そう言いたいのでしょう?なんと身勝手な……』

 「自分が同じ状況になっても同じ事言える?」


 真理子ちゃんは歯を食いしばりながらストラスに食って掛かる。


 「大事な人間がいつ目覚めるかもわからない状況で家の中は無茶苦茶になって、学校にも行きづらくって……その現実を何年間受け入れればいい?それなりに幸せだった生活を一気にぶち壊した人が目の前に居るのに、ただ黙って見てるしかできない、このもどかしさをどうすればいい?」

 『真理子……貴方と言う人は!』

 「……最低だな。君は」


 セーレとストラスが真理子ちゃんを睨み付ける。頭が妙にクリアになった気分だ、真理子ちゃんの言葉だけが俺の頭の中を侵食していく。どうして?俺達は何か悪いことをしてしまったのか?

 ストラスたちの言い合いはヒートアップしていく。何でこんな事に?俺は絵里子さんを助けようとして、でも助けられなくて、それが心苦しくて謝りたくてここに来て……なんでなんで?何で見てただけのお前に責められなきゃなんないんだ?


 「……ざけんなよ」


 俺の一言でストラスたちの動きが止まる。


 『拓也?』


イラつくイラつくイラつくイラつく!!

 立ち上がって真理子ちゃんに近づいていく。


 「なんで、お前にそんなこと言われないといけないんだよ。お前の姉貴のせいで、パイモンやヴォラクはあんなに怪我をしながら戦ったのに……謝れよ、今の発言、撤回しろ!」

「なんであたしが謝らなくちゃいけないのよ!助けられなかったくせに!!」

 「お前の姉貴を助ける義理も義務も俺達にはねえんだよ!!」


 今まで黙っていた俺が怒声を響かせたことに真理子ちゃんの肩が揺れる。ストラスもセーレも俺がこんなに怒ることは想像していなかったようで、目を丸くして固まっており、ストッパーがいない事で、俺の口からはスルスルと暴言が飛び出てきた。


 「ああ、どうだっていいよ。俺には絵里子さんを助ける理由も義理もないんだから。悪魔を地獄に返せりゃどうでもいいよ。でも、できるなら助けたいって思うだろ。無事に家に帰してあげたいって思うだろ。それを、お前はしない方が良かったって言った。お前の姉貴のために俺の大切な人たちが怪我をしながら戦ったのに、何も見てなくて知らなかったお前が、俺達の行動を否定しやがって……!誰が生活をぶち壊した犯人だ、何が記憶を失ったらいいだ」

 「そう思うことはそんなに悪いこと?この状況が続いたら滅入るのも当然。あんたのせいでね」

 「真理子!」


 セーレが真理子ちゃんを諌める前に真理子ちゃんが左によろめいた。理由は簡単、俺が手を出してしまったから。


 「何する……!」

 「ならお前は何なんだよ」


 真理子ちゃんの瞳が揺れる。そうだ、傷付け、お前が悪いんだよ。お前たちが絵里子さんを追い詰めたんだ。絵里子さんの境遇は絵里子さんを救急車で運んだ後にお前が話してくれたもんな。高校受験失敗しただけで絵里子さんのことを見捨ててたそうじゃないか。

 絵里子さんは寂しさから悪魔と契約した。その原因を作ったのはお前らじゃねえのかよ。


「お前さえ来なかったら絵里子さんはフルフルの雷喰らうことなかったんだよ。フルフルの契約条件を満たしてない状態だったから……お前がいなかったらこんな状況にならなかった」


 黙ってないで何とか言ったらどうなんだよ、さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだ?もう一度言ってみろよ。俺のせいだって、俺が絵里子さんをこんな目に遭わせたって。そしたら俺はあんたにその二倍の言葉を浴びせてやる。


 「お前みたいな足手まといが来たから、こんな状況になったんじゃねーの?」


 真理子ちゃんの肩がカタカタと震える。

それに少し気分が良くなってくる。もっと苦しめと望んでいる。泣いて謝れって。俺たちに放った言葉のツケを清算させてやるって。


 「純粋にすげえと思うわ。自分らがした仕打ちは無視して俺を責めんの?絵里子さんを無視して、尊厳を傷つけて、落ちこぼれ扱いしていたくせに。絵里子さんはその寂しさから悪魔に逃げたんじゃねえの?普通の感覚なら悪魔なんか信じないし、契約なんかしねえよ。絵里子さんは家族にも誰にも言えない寂しさがあったから、フルフルに逃げちまったんだ。原因作ったのはお前らなんだよ!お前らが絵里子さんをこんな目に遭わせた!俺のせいじゃない、お前のせいなんだよ!」


 真理子ちゃんの目に溜まっていた涙が零れ落ちていく。

 それを見てイラついている俺がいた。こいつの言っていることは全部八つ当たりだ。そして、俺はそれを全て受け止められるほど聖人でもなんでもない。


 「泣いて済むと思ってんのかよ」


 そんなんで許す訳ねえだろ。もういっぺん、殴ってやろうか。

 返事もせずに泣き続ける真理子ちゃんに苛立って思いきり肩を掴む。悲鳴のような怯えた声が室内に響いた。


「何とか言えよ!!」

 『拓也、もう止めなさい!』


ストラスの声にハッとして目の前の状況を確認する。どうしよう。俺、なんて事を言っちゃったんだ。カッとなってなんて酷いことを……

 目の前で泣きじゃくる真理子ちゃんを見て、血の気が引いて真っ青になっていく。どうしよう。何か言わなきゃ、俺はなんて酷い事を言ってしまったんだ!謝らなきゃ!そう思っているのに声が出てこない。そしてその反面、本当のことを言っただけだと思う自分がいる。お前が何も知らなかっただけだろ?何で俺が責められるんだよ。そう思ってる自分も確かに居るんだ。


 「拓也、今は刺激しないほうがいい。病室を出よう」


 固まっている俺の腕をセーレが引っ張って病室を出て行く。


 「真理子、君にとっては辛い現実かもしれないけど……これ以上どうしようもなかった。拓也を責めるのは間違いだ。それだけはわかってほしい」


 泣いている真理子ちゃんは何も言葉を返さない。その光景が俺の胸に突き刺さった。


 日もすっかり暮れて薄暗い中、俺たちはゆっくりと岐路につく。何も話さない俺を心配したのか、セーレが俺の名前を呼ぶ。


 「拓也……」

 「大丈夫だよ。ちょっとショックだけど……」


恨まれてたんだな、真理子ちゃんに。そりゃそうだ。自分だって直哉があんな目に遭ったら責める相手を探してしまう。そうしたら必然的にその相手は俺になってしまうのもわかってる、わかってるんだ。だけど実際に言われるのは想像していたよりも辛くて苦しい。それに我慢ができなくて、声を荒げて、手を上げてしまった。


 「俺、最低だ」

 『貴方は悪くありません。貴方は自分ができる最善の手を尽くしたのです。その結果がこれでした。それを責める事は誰にもできません』


 ストラスはそう言ってくれるけど、俺にはよくわからないよ。もっといい方法があったんじゃないか、何で結界の中に絵里子さんを閉じ込めちゃったんだ。どうしてあの時、真理子ちゃんを庇ったのが俺じゃなくて絵里子さんだったのか。もしものことばかり考えて、その度に悔しくなる。


 「やっぱり俺はヒーローにはなれないよ」


 中谷と前にもその話をした、でも今回は本当にそれを感じたよ。だってヒーローはさ、絶対に相手を助けれるんだ。傷1つなく。でも俺は傷一つどころか目覚めるかもわからないほどの重体を負わせてしまった。


 「俺……本当に七十二柱全員倒せるのかな……」

 『拓也、貴方一人ではありません。だからこそ私たちがいるのです』


 まあ私は戦いでは奴に立ちませんけどね。ストラスはそう言って悲しそうに笑う。


 『皆で力を合わせれば必ず、必ずや審判を退けることができると私は思います』

 「そう、なのかな……」

 『ええ。私はそう信じています』


 ストラスが言うと何だか無駄に説得力がある。それに頷き、携帯をポケットから取り出す。


 「拓也?」

 「真理子ちゃんに謝る。今は病院だから出れないけど一応メッセージだけでも……」


 大丈夫だ、きっとわかってくれる。ゆっくり、ゆっくり言葉を考えながら文章を打っていく。返事が返ってこなくてもいい、嫌われてもいい。ただ自分の自己満足だから。謝る事で救われる気がする、それだけだから。


 “ごめんなさい。さっきは言い過ぎてしまって。絵里子さんのことも何もかも本当にごめんなさい。”


 簡潔な連絡を送信して返事を待ちながらゆっくりと岐路につく。帰ったら直哉が待ってんだろうな、もしかしたら今日は澪もいるかな?そしたらまたいつもみたいに家族で飯食って風呂入って寝て、明日からは休みだもんな。中谷は野球の合宿があるから無理だけど、光太郎とは一度くらい遊べたらいいな。


 連絡が帰ってきたのは深夜だった。


 “あたしのほうこそごめんなさい。自分の事しか考えてなかった。最善を尽くしてくれて本当にありがとうございます。姉が目覚めることを信じて、待ち続けます。できれば、池上君も姉のことを忘れずに目を覚ますのを待っていてあげてください。本当にすみませんでした”


 簡潔な連絡ながらも、その内容で俺は泣いてしまった。目が腫れるだろうなとか、皆が寝静まった中で泣くとか恥ずかしいなとか、ストラスを起こして悪いなとか、そう思いながらも涙は止まらなかった。

 

 それほど真理子ちゃんのメールの内容は嬉しくて悲しかった。


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