第103話 孤独が生む物
絵里子side ―
小さい頃はどうだったっけ?幼い自分の事を思い出そうと頑張っても、勉強していた事しか思い出せないな。やりたいこともなかったから、親の期待に応えられるのが一番嬉しかったのは覚えている。
でもそれが間違いだったのかもしれないな。
103 孤独が生む物
「あー終わった終わった」
親父との行為の後に受け取った三万円を財布に入れて、ホテルを出た。女子高生というだけで成り立つぼろい商売。それほどまでにこの三年間の価値は高い。どうして私は中学の三年間を親の言うがまま意志もなく過ごしていたんだろうな。
まだ帰りたくないな、帰ったところでうるせーだけだし。いや、帰った事にも気付かれないかもなぁ、居ないように扱われるかも。今更どうでもいいことだ。
「絵里子ー」
ホテルから少し離れた所で私を待ってた子供が手を振っていた。二十二時に歓楽街に一人でいる子供はもちろん目立つ。でもそれを咎める奴も手を差し伸べる奴もいない。世の中はそんなものなんだ。
子供に軽く振り返して、そこに向かった。
「絵里子ーお腹減った!」
「わかったよ。何か奢ったげる」
そう言うと子供は手を挙げて万歳をする。それをマジマジと見ていると本当にこの子が悪魔だなんて思えない。でも初めて出会ったときは人間ではなかったもんな。宙に浮いてたし……この世界って私が知らないだけでこういった未知の生物が人間の姿をとって生活しているのかもしれない。どちらにせよ考えたって仕方のないことだ。
自分もおなかが減ってたので一緒に飲食店に向かう。その途中でずっと気になっていた事を子供に聞いてみた。
「ねえ、そういえばあんたの力ってどんななの?」
「絵里子に言ってなかったっけー?」
「言ってない」
「俺はねー雷を好きなとこに落とせるんだよ。それが俺の能力」
こわ……なんか魔法みたい。いや、魔法なのか?雷とか落とされたら一発で死んじゃうじゃん。そんな危険な力を持ってたのかこいつは。うーん、私がその力を使う機会ってなさそう。もっとお金がもらえるとか、いろんなところに行けるとかちょっとした悪いことくらいに使える力ではないことは分かる。どこでも充電はできるようになるのかな?
私が少し固まっていると、子供も問いかけてくる。
「まだ刺激ある日常は送れてないね」
「あんたと一緒にいるのも十分刺激的なはずなんだけど、確かに大きな変化はないかもね」
刺激がほしかった、こんな窮屈な日常を忘れるほどの刺激がほしかった。現実逃避をしてみたかったから。自分自身が楽しいと思う事を見出したかったから。
私はきっと、今の自分の人生に満足しておらず不満だらけだ。だから自分だけの秘密の存在である悪魔って奴と契約した時、なんだか特別な人間になれたんじゃないかって言う幻覚を抱いて嬉しかったのだ。世界に最低七十二人いるって言う契約者。話を聞くだけでは七十二人もいるのかと思うかもしれない。でも世界には沢山の人がいて、その中の七十二人に選ばれたと言う事実が、とてつもない優越感をもたらしたんだ。
「ふーん」
「でもあんたと契約しても何も変わることなんてなかった」
そう、優越感があったのは最初だけ。別に今の生活が変わるわけでもなく、殺人とかの犯罪に手を染めることなく、自称悪魔とこうやってくだらない事をして過ごす日々。多分、こいつにとっても私はつまらない契約者だろう。悪魔って言うのはきっともっと悪いことをする人間と契約したいはずだから。
この温い生活を、こいつはどう思っているんだろうな。
パッと見、目の前の子供は悪魔だなんて思えないし、私の生活も何にも変わらない。学校行って、友達と遊んで、小遣い稼ぎに売りやって……今まで通りの日常だ。
「絵里子が望むなら刺激ある生活を約束してあげてもいいけど?」
「え?」
「世界観が180度変わるって言ったら、やっぱ殺人だよねえ。癖になると沼らしいよ。加害者の気持ちって奴は麻薬のように心地よくて抜け出せないんだってさ。そりゃそうだよね、他人の命や人生を握れるんだもん。分かりやすい上下関係は癖になる」
***
拓也side ―
「昨日の合コンは災難だったよ」
次の日、俺は光太郎と中谷に昨日のことを愚痴っていた。今思い出しても中々に最悪な終わりだったと思う。結局あのあと、澪に連絡しても一言「そっか」という返事しか返ってこず、これ以上送ってくるなと遠回しに言っているのを察して、澪との仲もぎくしゃくしてしまったのだ。
本当に行くんじゃなかった!!
「そんな覗き込む奴とかいんだなー。まじこえー」
中谷は笑いながらポッキーを食べていく中から一本くすねて俺もそれを食べる。そういえばこいつにはもう一つ言いたいことあったんだった。諸悪の根源はこいつだ。
「お前、澪に言ったろ」
「あ、言った言った。池上に付き合ってほしいところあったらしくて、たまたま会った時に言ってたから合コン行くって言ったんだよ」
こいつ悪びれもなくなんてことを!!?澪とデートできるんだったら合コンなんか行かなかったよ!お前がすべきことは御膳立てすることだろうが!!
「ぜってーお前許さん。一生恨むわ」
「なんでだよ!!?でもいーじゃん結構可愛い子いたんだろ?大草言ってたけど」
「可愛いっちゃ可愛いけどー……澪とどっちをとるかと言われたら答えは決まってんだろうが」
「知らねえよー俺お前がそんなに松本さん好きなの知んなかったし」
あ、俺今うっかり漏らした?
光太郎が呆れた視線を向けている中、中谷にカミングアウトしてしまいあたふたする。なんとか話をそらすために再び合コンに話題を戻し深呼吸。可愛い子は確かにいたけど、付き合うかとか澪より好きになるかって聞かれると答えはNOだ。てかその前に連絡先一人しか聞いてないし、昨日俺うっかり寝ちゃって相手からの連絡無視っちゃったし。朝、慌てて返したけど返信来ないし、もう終わったな。
あーあ、こんなことになるなら行かなきゃよかった。そしたら澪にもあんな冷たい事言われなかったのにぃ……
「池上」
「ん?大草。何?」
大草が俺の名前を呼んで、席の前まで来た。大草は「少し面白い事を聞いたんだ」と今にも話したくて仕方がないとでも言うように、机に腕を乗っけてしゃがんだ。話の内容は昨日の合コンの話だったらしく、話題についていけない光太郎と中谷は二人で違う話題で盛り上がり始める。
「昨日さー覗き込んでた奴いたじゃん。あれ、真理子ちゃんのお姉さんらしーぜ」
「え、身内じゃん。マジ?」
「まじまじ。昨日連絡先交換した子に聞いたらそうなんだってさ。真理子ちゃんのお姉さん、家に帰らなかったり、変なのとツルんだり、けっこー危ないらしーよ。真理子ちゃんのあの過剰反応はそういうことだったらしい。クッソ姉妹仲悪いらしいぜ」
「へぇ……何か意外」
だってあの人の制服って結構有名な進学校なのに。似てたか?って言われてもわかんないな。顔をそんなに覚えてないし、でもパッと見てわかんなかったんだから真理子ちゃんとは似てなかったんだろうな。しかしあれがお姉さんとか……真理子ちゃんと正反対じゃないか?かなりガラが悪そうだったけど。
「いや、そんだけなんだけどよ。まぁちょっと面白かったからさ、お前に話さなきゃなーって思って」
「あはは。マジか」
「おう、それだけ。あとオガがまた日を改めて続きしようってさ」
「へーい」
大草は手を振って、仲のいい鈴木たちの元に向かう。日を改めてするとか、今度こそ澪と縁切られそう。次は俺は不参加にして中谷を参加させてやろう。
話し終わった俺たちを見て、二人で話していた光太郎と中谷が大草に視線を送る。
「大草っていい奴だけど口が軽いのがもったいねえなぁ」
光太郎がジュースを飲みながらポツリと呟いた。
「え?そうなん?」
「あぁ、あいつはけっこーねー人をネタにした話が大好きだからさ。歩く拡張機だぜ」
「酷いあだ名すぎるだろ」
「いや本人が言ってたんだよ。話してて面白いけど、あんまり込み入った話は怖くてできねーわ」
まぁ今もそこまで仲いいわけじゃないんだけどね。でも意外だな、真理子ちゃんのお姉さんがあの人なんて……なんつーか恐そうだったし、つかギャル?ギャルなのかあれは?とにかく関わりたくない部類の人間だよなぁ。まあもう会う事もないんだけどさ。
***
「主、悪魔の情報を見つけました」
学校帰り、今日は部活のない中谷と一緒に俺達はマンションに寄っていた。リビングに入ったと同時にパイモンがパソコンを閉じて俺たちに向き合う。
「悪魔?見つけたの?」
「はい。目撃したというのが正しいですね」
「ふーん、最近ペース早いね」
もう既に今月だけで何匹地獄に返したっけ?三匹は返してない?四月ももう終わるけど、それでも一か月に四匹ってすげーペース早くない?しかし目撃したってことは、都内にいるってことなんだろうか。前にストラスに言われたけど、指輪の力に吸い寄せられて近い範囲に召喚されている悪魔が多いだろうって言うのはマジくさいな。
「そうですね。少し急ぐ必要もありますから」
「何に?」
黙っていた中谷が恐る恐るパイモンに話しかける。
「審判までの時間が思ったよりも短いだろう」
「え!?」
「正確な日時は分からんが、数百年や数千年先の話ではないだろうな。ルシファー様が直接に主を狙う様に数匹の悪魔を仕向けていることから、恐らく主を地獄に連れていけば準備は完了するのだろう」
脅すなよ。怖くなったじゃんか。でも近い未来って言われてたから俺としては数年くらいの感覚だったんだけど、パイモン達からしたら数千年先の可能性もあったってこと?なんだか逆に力抜けてたわ。数千年先なら後の人に任す。って開き直りそう。
「まー連れてかれなきゃ大丈夫。心配なしなし」
話しを聞いてたのか、ヴォラクが飴を食べながらキッチンから顔をのぞかせた。
「拓也は構えときゃいい。絶対に守るから。ね、パイモン」
「できる限りはな。しかし俺とお前だけでは役者不足の相手も出てくるはずだ。全てが上手くいくとは思っていない」
「ちょ、やめろよ!こえーこと言うなよ!!」
「主、脅しではありません。だからこそ貴方自身も経験を積まなければなりません」
なんだかどんどん怖くなってくる。真っ青になった俺を見て、中谷も気まずそうにキョロキョロしている。
「結果脅すようなことを申したのは申し訳なく思いますが、状況は思った以上に悪いと思います」
結構スムーズに行ってたと思ってたんだけど、実際はそうじゃないみたいだ。もしかしたら向こうの思う通りに事が運んでたのかもしれない。そう言えば最近ウリエルと話してない。話しかけても助けてくれるのは違う奴だし、あいつが出てこないってことは状況が不利で忙しいからなのかな?ウダウダ悩んで出てきた答えは結局いつものと同じ物。
「とりあえず特訓をすればいいってことだろ?」
「そんなところです」
やっぱそうか、わかってますよ。ってか話が最初から逸れてないか?
「それはわかったとして、悪魔なんで見つけたのか?」
「そうでしたね。シトリーが歓楽街でフルフルという悪魔を見つけたそうです。少女と歩いていたと言っていましたが」
「歓楽街とか……あれ?ホテル街的な?なんでシトリーそんな場所にいたんだよ」
「あいつのバイト先が比較的場所が近いのではないですか?居酒屋もバーも繁華街にありますから。とりあえず、探すのはシトリーに任せましょう。私とヴォラクは主と中谷を鍛えなくてはなりませんからね」
立ち上がったパイモンの後を俺はついて行く。このまま今日は稽古をする流れになったから。後ろにいる中谷はついてこずに立ち止まっている。やっぱりまだ、怖いのかな。
「中谷」
「ん?」
ヴォラクが気まずそうに中谷に近寄る。
「無理しなくていいんだよ」
「してねーよ。いこ」
「うん……」
***
絵里子side ―
「……死んだ」
私の前には倒れているおっさんの姿。さっきまで偉そうに人を罵倒して汚いブツを出そうとしていたのに、今では目を見開き、口はだらしなく開いたまま倒れている。開かれた口からは呼吸をしている気配はない。
「嘘……ひっ」
マジで死んでる!死んでる!!
思わずその場を後ずさってしまう。これ、あたしのせいになるわけ?ばれたら捕まるとかある?マズい、この状況はマズすぎる。こんな時って何かしないといけないんだっけ?心肺蘇生法とか?近くにAEDなんていないし、助けを呼ぶ?嫌だ、呼びたくない。
事の発端は数分前……
「君かわいいね。いくらで行ける?」
いつもの通り相手を探していると、おっさんが私に話しかけてきた。なんとなくタイプじゃなかったから相手をするつもりもなかった。せめて清潔感ある奴じゃないとマジ無理だから。
「嫌」
「そう言わずに二万、いや三万払うよ」
「嫌って言ってんじゃん。他当たってよ」
私の態度に気分を悪くしたのか、おっさんは顔を歪めた。さっきまでのニヤニヤした気味の悪い笑みが消え、その代わりに出てきたものは本性とも言うべきか、怒りに身を任せた素顔。
「なんだよ……人が下手にでてりゃ調子に乗りやがって……売ってる奴は買う奴選ぶ資格なんてないんだよ」
「いやいや、供給側が相手を選ぶんだよ。お前じゃなくても他に声かけてくれる奴いるし」
「こんなとこで体売る奴にロクな奴はいないんだよ。どうせ誰の役にも立ってないんだろ?なら俺の役に立てよ。ほら、服脱いで奉仕すりゃいいんだからさ」
キモいうえに殺したくなった。それは自分が一番痛感してることだから……こういうことしている奴に碌な奴がいないことも、普通の奴がしないってことも、でもこんな親父に言われたくない。
役に立たない ― その単語と同時に今までの自分への発言がフラッシュバックされるように浮かんでくる。
『真理子は頭いいわね。絵里子も見習いなさい』
『絵里子ちゃん。西舘に受かったの?お姉ちゃんは違うとこなのに。すごい』
うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!
「……いいのに」
「ああ?」
おっさんが私の肩を乱暴に掴み、その手は下がり乱暴に胸を掴む。あー気持ち悪い、揉むなよ変態。
「……死ねばいいのに」
「そういう事を言う奴にはお仕置きが必要だなぁ。ちょっとついてこいや」
おっさんに腕をひかれ、引きずられて行く。どんどん人通りの少ない道に通され、これから起こるであろうことが想像できて恐怖が全身を支配した。
「……るふる」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
「助けてよフルフル!悪魔なんでしょ!?私を助けてよ!!」
突然叫んだ私におっさんは大笑いだ。
「はは!頭いかれてんな!悪魔とか馬鹿じゃねぇのか!?」
「でも後悔するのはお前」
今までどこにいるのかすらわからなかったフルフルが突如現れ、おっさんの首元に手を持っていく。その手からはパチパチと音を鳴らして光が漏れている。これ、電気?こいつが電撃操る奴って言うのは本当だったんだ。
悪魔の姿になったフルフルの背中には羽が生えており、宙に浮いている。おっさんはその姿を見て、相手が本物の悪魔だと言うことを理解したようだった。
「ちょ、ま、は?なんだ、お前……何の冗談だ?おい、静電気、だよな?なんなんだてめえは!?」
『きししし!いい反応!絵里子、見とけよ。これが加害者になる気分って奴。最高だよね。真っ青だよこいつ。悪魔なんて信じてないんでしょ?ならなんでそんな震えてんだよ。ほら、俺が悪魔じゃないってこと証明しなって』
「だ、誰か……助けっ……!!うが、ぐ、ぐげ、がっ!!」
聞くに堪えないうめき声をあげ、おっさんが地面に崩れ落ちる。フルフルが首元に手を当てた瞬間に、金縛りのように直立して地面に倒れたおっさんは、泡をふきながら痙攣をおこしていた。
『俺の能力って人間には威力強すぎてさーなぶるってのができないんだよな。でも絵里子、こいつの命はお前に決定権があるんだよ。最高だよね、生かすも殺すも絵里子次第』
こいつの命を、私が……おっさんはまだ死んではいないようで、涙を流しながら水槽から掬いあげられた金魚のように痙攣をしている。こいつをどうするか、私が決めるの?こいつを生かしていたら、私のことを絶対に誰かにリークされる。悪魔と契約しているなんて、バレたら生活ができない。
なら、ここで、殺す……?
分からない、どうすればいいのか。じんわりと汗がにじみ、決めあぐねている私を見て、フルフルが目を細めた。
『決められないなら俺が決めてあげる。絵里子、こういうのはさ……こうやって選択肢を与えて若干の希望を見せてあげた後に殺すんだよ。さて、痛いけど、我慢しようね!』
フルフルが倒れているおっさんの背中に両手をついたとたん、激しい破裂音のようなものが響き渡り、おっさんが悲鳴もあげられず苦しみのたうち回る。
『きししし!痙攣したから舌が喉に詰まったかなー?苦しそうだねー。なんか、感電死より、呼吸困難で死ぬ方が苦しそうだね。俺、あんまり楽に死なせるの好きじゃないんだ。だってむかつくだろ?死に救い求められたら意味ねえもん。死はあくまでも恐怖でなきゃ……こんなに苦しいなら早く殺してほしいなんて思われたら、俺の力がもったいないじゃん』
涙を流して痙攣しているおっさんを蹴り飛ばしあおむけにさせた状態でフルフルは隣にしゃがみ込み、笑ってその光景を見ている。かくいう私は何が起こったかすら理解できず、目の前の光景を黙って見ているしかなかった。
仰向けにされたことで詰まった舌は元にはもどらず、涙も鼻水も泡も吹いて、顔を真っ青にしてビクビクと痙攣しているおっさんはあまりにも惨めだった。
本当にフルフルはそれ以上の電撃を与えず、三十秒後、おっさんは目を見開いたまま動かなくなった。
これが先ほど、起こった出来事のすべてた。電撃を食らったせいで背中は焼け焦げ、見るも無残な姿にされた男はもう動くことはない。さすがにここまでされると思っておらず、上手く思考が回らない。
「フルフル、何もここまで……本気でやってんの!?」
「だってこのままじゃ絵里子が犯られてたかもよ。いいんじゃなーい?」
フルフルに悪びれた様子はなく、楽しかったとまで言っている。今まで考えたことのない悪魔という存在を直で感じて、逆らえる空気ではなくなってしまう。この時点で私とフルフルの上下関係は完全に入れ替わってしまったのだ。
「命令したの絵里子だろ。なら、責任は持たなくちゃ。殺すの、最後まで止めなかったのに俺が全部悪いって言うのはおかしいよね」
立ち尽くしてる私を見て、フルフルが腕を引っ張る。
「ね、いこ絵里子ー。こんなとこに長くいる必要ないよ。心配しなくても絵里子のせいにはならないよ、未解決で終わり」
だって、感電死なんて人間が意図的に起こせるもんじゃないし。
そういってフルフルは笑い、腕をひかれるがまま、私はその場を立ち去った。心臓がバクバク音をたてているけど大丈夫、私が手を出したわけじゃない。私は捕まらない、捕まるのはフルフルの方だ……その時初めてフルフルの恐ろしさが身に染みた。あんな雷を他人にぶつけることができるやつが、私の手を握っている。こいつは本当に最後まで私に危害を加えないのか?っていうか最後っていつ?ずっとこいつが隣に居続けんの?
「絵里子ーそんな怖がんないでよー」
フルフルは私が何を考えているのかがわかったようだ。
「だって人殺すとか……マジであり得ない」
「それは絵里子をかばって……」
「殺してなんて言ってない!!」
あたしの怒鳴り声にフルフルは不機嫌そうな顔になる。怒らせたことに瞬間的に不味いと感じ、汗がにじみ出てきた。
「絵里子はなんのために俺と契約したの?絵里子はもう少し俺の期待に応えられる子だと思ってたのにな」
「そうじゃないけど……こんなっ」
「お姉ちゃん?」
聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、そこには塾帰りの真理子が立っていた。
「何してんの?」
「そっちこそ。そんな小さい子連れ回して何してんの?」
真理子は嫌そうに顔をしかめて、こちらに足を進める。そうか、フルフルの存在を知らない真理子からしたら私は気味の悪いロリコン野郎か。そう思われても仕方がない、誰だってこんな小さな子供を連れまわしてる奴を身持ち悪いと思うのは当たり前だ。顔を歪めている私とは違い、真理子を見てフルフルは軽く笑う。
「絵里子の妹似てないね。つまらなさそうな奴」
失礼な子……真理子はそう呟いて私に向きなおる。その目はただの怒りの感情だけではなく、色んな物が混ざっているせいで全てを見透かす事が出来ない。ただわかるのは怒ってる事。それだけ。
「昨日も家に帰んなかったでしょ。何してたの?母さん機嫌悪いんだよ」
「いいからほっといて。あんたには関係ない」
「関係ないわけないでしょ。あたしが姉さんのせいでなんてからかわれてるか分かんないの?少しはまともにしてよ。いい加減にして」
うるさい。お前に何がわかるんだよ。ちょっと私より勉強ができるだけ。それだけなのに私から全てを奪ったくせに。
「うるさいな」
「うるさいって何?本当のこと言っただけ……」
「真理子、いい加減にしろよ」
真理子の胸倉を掴んで睨み上げる。
それだけで真理子は少しおびえた顔をした。
「ちょっと勉強できるからって態度でかくして……何なんだよお前。高校がそんなに大事か?西舘に受かんなきゃなんないのか?落ちた私は落ちこぼれ扱いか?そんでお前が受かったからチヤホヤされ続けんのか?」
真理子が私の言葉を聞いて、身を強張らせる。それが少し気分がいい。もしかしたら私は真理子を屈服させたかったのかもしれない。私よりも家族に贔屓されている真理子を……
「まともに生きろって言ったよな?お前がいる限り無理だよ」
真理子が息を飲むのがわかる。でも私の言葉は止まらない。
「全部お前のせいだ。なんでお前なんかが生まれて来たんだよ。あたしだけでよかったのに……」
真理子の目が見開かれて、口がパクパクと震えている。そんな真理子を突き飛ばして、私は公園を出て行った。その後をフルフルが付いてくる。
「いーのー?真理子泣くんじゃない?」
「もうどうにでもなれ。どうしようもないのに」
「変な子ー」
変で結構。一度生まれてしまった嫉妬心や劣等感は簡単に消えるもんじゃない。それが今日爆発してしまっただけ、それだけだ。いすれは言ってたんだ、何にも問題ない。
そう何にも……
「なのに何で泣くの?」
いいじゃん少しくらい泣いたって。今までいっぱい我慢して来たんだ。やりたいことも、遊びたいことも何もかも。全部親の言われた通りに生きてきた。なのに一度だけ真理子に負けただけで、何でこんなに惨めな思いをしなきゃいけないんだ。
そうだ、本当はいつだって悔しかった。妹に全ての位置を奪われて、一度の失敗で家族に見放されたことが悔しくて惨めだった。家族の中心は真理子になって、私は親の期待にこたえられなかった失敗作。そんな風な扱いを受ける日々にストレスを抱えていたんだ。
「うっさいなぁ……ほっといて」
乱暴に拭ったら化粧が落ちる。それを知っているから涙を拭わなかった。
別にいいや、どうせもうすぐ泣きやむから。泣いたところで昔は戻ってこない。