第102話 冷めた姉妹愛
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日々は少しずつ変化をしていくと言う。毎日と同じ日常と思っていても何かが変化しているらしい。でもそれは世界規模で考えたらの話で、個人では何一つ変わらない一日が繰り返されている。私はその日常を詰まらないと思っている。
だから、そのつまらない世界の中で楽しみを見出すために憂さ晴らしをするんだ。じゃなきゃこっちがストレスでどうにかなってしまいそうだから。
102 冷めた姉妹愛
「絵里子ー早くしないと電車、乗り遅れちゃうわよー」
母親の声が自室に聞こえてきて、その言葉が早く準備をして学校に行けと言う意味を含んでいて、毎度ながらのやり取りに苛つきつつ返事をする。
うっさいなぁ……なんで私がそんなこと言われなきゃなんないのよ。そう思いながら、ノロノロと化粧を済ませてリビングに向かう。リビングでは妹の真理子が支度を終えて、朝ごはんを食べていた。母さんは私が来たのを見て、またうるさくガミガミ怒鳴ってくるがまともに相手になどしていたら、それこそ遅刻する。
「あんたはもー何やってんの!早くしないと電車乗り遅れちゃうわよ」
「私は次の電車でもその後の電車でも間に合うんだよ」
「真理子は電車通学始めたばっかなんだから合わせてあげなさい!」
またその返し。これもいつものこと。ここ数週間、毎日同じやり取りの繰り返し。お互い折れないから話は平行線なのに、いつまで私を説得しようって思っているんだろうか。真理子真理子って……ちょっと頭いいからって甘やかされ過ぎなんだよ。案の定、それが当たり前のようになっている真理子は何食わぬ顔で朝食を食べ終わり、鞄を持って立ち上がる。
「別にもう電車通学して三週間もたったし一人で行ける。お姉ちゃんと一緒に行くの恥ずかしい」
「はあ?」
売られた喧嘩は絶対に買う。真理子が文句をつけてきたのに対して、私は応戦体制をとった。でも真理子は私の服装やメイクを見て眉をしかめる。
「そんな制服着崩して化粧バッチリして、おかしいんじゃない?」
「あんたみたいなブスこそもっと化粧した方がいいんじゃない?周りの目考えろよ。あーあー嫌だねえ貴重な女子高生時代を地味ブスで過ごすって」
その言葉を聞いて真理子はフンッと鼻をならし家を出ていく。真理子が出て行った方を眺めて母さんがため息をついたと同時に、眉を吊り上げてこっちに振り返る。母さんはいつも真理子の味方。今日も私が怒られる。何さ、喧嘩売ってきたのはあっちでしょーよ。私だって失礼なこと言われてんだけど。
「絵里子……あんた少しは大人になりなさいよ」
「なってるよ。大体真理子はもう高一だよ。電車通学ぐらい一人でできんでしょ。私はできてたけどね」
「全く、あんたは早く行かなくていいの?今年受験でしょ。朝学習あるんじゃないの?」
「はいはい間に合いますんで大きなお世話」
馬鹿妹が先に出て行って時間が余ってしまったので、私は席について朝食を食べる。こんなことならもう少し寝とけばよかった。化粧だってもっと上手くできたはずなのに、クソ真理子。ばーか。
***
拓也side ―
「おはよ」
ザガンを倒して次の日、いつも通り学校に着いた俺は窓からグラウンドを覗き込む。グラウンドでは野球部が朝連しており、その中に中谷の姿も確認できた。それを見て安心した。よかった……中谷学校来てる。あんなことがあった後だ、中谷は全てが終わった後も泣きはらした顔で大丈夫と言っていたけど、それが無理をしていることなんて皆がお見通しだ。
だから、今日学校に来れるか心配していたんだ。連絡をするのも脅迫しているように感じてできず、こうやって中谷がいることを確認して安心していた。中谷は先輩や同級生と混じって野球をしており、確認した俺は席に着く。
「イケメン」
「ん?おージャストどしたー」
オガちゃんと話していたジャストが俺が席に着いたのを見て話しかけてきた。
「なーイケメン今日合コンしね?」
「え!?」
何?合コン!?しかも今日って急だな!!
思わず声がひっくり返った俺を見て、ジャストが面倒そうに頭を掻く。
「いやー中学同じだった奴が女子高に行ってさ。合コンしてーって言ってんだよ。私立西舘って知ってる?」
西舘って確か聞いたことがある。結構有名な学校のはずだ、偏差値が高いってこともあるが、なにより……
「知ってる!お嬢様学校だろ!?制服が可愛い!!待ってよ!えぇ!?」
「イケメン緊張すんなよ。とりあえず今日行ける奴集めてんだよ。ほんっと面倒だけどよー、幹事の女には中学時代に借りがあってよー断れなかったんだよ」
ちょっと待ってよ!マジで!?俺合コンなんて初めてなんだけど!というか、借りってなんだ。
完璧にテンパってる俺を見て、ジャストが肩を叩く。それに少しだけ落ち着いた俺は改めてジャストに質問する。
「他には誰が行くんだ?」
「いや、オガとお前以外全滅だ。本音言うと女受けしそーな桜井と広瀬が欲しかったんだけど。広瀬には断られ、桜井と上野と立川は彼女持ち、藤森と中谷は部活だってよ」
「……おい、俺はあまり物かよ」
何それ。一番最後って酷くない?少しだけ悲しくなってくるんですけど。俺ってそんなに女子にもてるイメージない系?そりゃ確かにもてないよ、顔だって格好良くないし……でも不細工じゃないって信じたい!それに生まれて今まで一回くらいは女子から告白されたことだってあるのに!少しだけ影が出てきた俺を見て、ジャストは慌ててフォローした。
「いやいや、お前松本さんとデキてるって噂聞いたことあったから敢えて聞かなかったんだよ。そしたら桜井が違うって言うから。心配すんなって、俺が女ならお前が合コン来たら当たりって思うぜ」
微妙なフォローどうもー。てかそんな噂流れてたの!?嬉しいんですけど!でも澪がいるのにこんなの行っていいのかな。ジャストは完全に俺が行けると思ってるみたいだ。勝手にメンバーに入れられてる。
「イケメン行けるんだろ?オガは行けるっつってたからさ、イケメン行けたら後は大草誘ってんだよ」
大草って確か俺みたいなあだ名じゃなくて真の意味でイケメンって有名な奴だよな。身長も高くて格好いいもんなあいつ。大草を見てみると、仲のいい三浦と鈴木と話していた。えー大草来たら絶対にあいつの一人勝ちじゃん。いや、ジャストも格好いいし、オガちゃんも男前だし、むしろ一人負けするんじゃなかろうか……惨めになりたくないから、やっぱり辞退しようかな。
「イケメン行けるか?」
「え?あ、うん。行ける」
「よっし!メンツそろったな!じゃあ今日放課後な!」
ジャストはにっこりと笑ってオガちゃんの所に戻っていく。合コンかぁ……マジで初めてだ。しかも相手はお嬢様学校の西舘高校。めちゃくちゃ楽しみだ!!
***
「イケメンー行こうぜー」
「おーじゃあな上野」
「おつかれー」
上野に手を振って俺は鞄を持って席を立ち上がる。光太郎は学校が終わったらすぐに俺たちに挨拶して塾の自習室に向かった。どうやら塾内の全国模試が今週らしく遊べないらしい。秀才ってのは努力で作られるんだな。天才は知らん。元から頭いいから勉強しなくてもできるって思ってたし、普段ちゃらんぽらんしてっからあんま感じないけど、あんな風に塾ない日に合コン断って自習室行くし、塾が十九時からだったら十七時くらいから塾が始まるまでずっと塾にいるもんな。やっぱ頭いい奴って努力を表に見せないのかな?
光太郎曰く、自由を勝ち得るためには相応の見返りが必要なんだそうだ。要は高校受験を両親が希望していた有名私立を蹴って、勝手に俺みたいな凡人がいく都立を受験したことが尾を引いているんだろう。好成績をキープしないといけないとか、そういうのがあるんだとおもう。
そんな事を考えながらジャストとオガちゃんと大草と四人で教室を出る。ぶっちゃけ気持ちはかなり弾んでる。どんな子が来るんだろ?ちょー楽しみなんですけど!!
「あ、澪」
四人で階段を下りるために廊下を歩いていたら澪の姿を発見した。澪は橘さんじゃない子と一緒に帰っている。
「みーおー」
「あ、拓也。何?」
振り返った澪は最低限の返事しかせずに会話を続けさせようとする雰囲気がない……あれ?なんか反応冷たくない?
思わず固まった俺に澪はにっこり笑いかける。やばい、なんか目が笑ってない!
「合コン行くんだって?楽しんできてね」
「なぜそれを!」
「中谷君に聞いたの。いーねー」
「中谷の奴っ!ち、違うんだよ澪……これは」
「何が?弁解しなくてもいいじゃん。あたしと拓也は付き合ってなんかないんだから。可愛い子ゲットしてきてね」
がーん。
澪はショックを受けてる俺の横を通り抜け、階段を下りて行った。一緒にいた子がいいの?と言っているが、それすらも受け流して。
「おいイケメン。俺お前誘ってよかったんだよな?」
ジャストの気まずそうな言葉に俺は軽く頷いた。そうですよねー付き合ってないんだもんねー……辛い、そんなハッキリ言わなくていいじゃん。バレンタインにチョコくれたじゃん。俺、お返しもすごい悩んで母さんに相談して返したのに。澪――!嫌いにならないで!!
俺達は少し気まずい空気のまま待ち合わせ場所に向かった。
***
「え?ここ?」
俺達がついた場所はチェーン店のカフェだった。店内は人が多く、八人も座れる席があるのか疑問だったが、中央の席を見つけ腰を下ろす。
「まあな。安いし無難だろ?お、おーい美穂ー!」
「きゃー亮ー!(ジャストの下の名前)久し振り!」
うお!可愛い子!
ジャストに手を振りながら女の子が四人俺たちに近寄って来た。どうやらあの子が幹事のようだ。ジャストの肩をバシバシ叩いてる様子を見ると、かなりテンションが高い子っぽそう。
「約束通り連れて来てやったぞ」
「あんがとー♪あ、じゃあ何か頼もうか。話はそれから!」
なんか明るい子だな。美穂という女子はジャストと話しながら、何を飲みたいかを聞いて回り、二人で注文をしに行ってくれた。待っている間、緊張してるせいか会話はなく、ジャストと美穂って子が戻ってくるまでは無難な話しかできなかった。少し気まずい雰囲気が流れる中、大草が小声で話しかけてきた。
「けっこーレベル高い子連れてない?」
「確かに」
「期待できそうだな!」
大草は嬉しそうに笑い、女の子達を眺めている。確かに皆可愛い子だもんなーまあ澪が一番だけど。
やはり四対四で合コンとなると、男の隣は女になるわけで……やばい、隣両方女の子だよ!めっちゃ緊張するんだけど!!
「じゃあ自己紹介から行こうや!」
ジャストがその場をしきって話を進めていく。よかった。ジャストがいるから何とかなるかな。
一時間ほど経過し、だんだん皆慣れてきたせいか会話に花が咲きだしたころ、一人の女子が何かに気づき俺の服の袖を引っ張る。
「拓也君、誰か見てない?」
一人の女の子が階段付近に目をやって怖そうに身を小さくする。確かにドアの前には二人組の女子高生の姿があった。あの制服ってどこだ?隣の子に確認すると、多分青山東という返事が返ってきた。よく知らないけど、聞いたことあるから結構頭のいい進学校だよな。その二人がこっちを覗き込んでいる。え、なに?なんか怖いんですけど。
なんだか居心地悪くてジャストにも伝えると、その横にいた真理子ちゃんが身を強張らせた。もしかして知り合いか?真理子ちゃんを見て、女子高生達はこっちに手を振ってくる。正確には真理子ちゃんに。
「真理子ちゃん。あの子誰?」
オガちゃんの質問に愛想笑いを浮かべて真理子ちゃんは首を振る。
「知らない」
「知らないって……明らかに真理子ちゃん見てない?」
「知らないったら知らない!」
そんな力強く否定しなくても……でも知らないんなら知らないんだろうなぁ。女子高生の二人組はそのまましばらくこっちを見ていたけど、見飽きたのか居なくなった。でも俺たちの空気は重く、はっきり言って気分いいもんじゃない。
なんとなくそれきり会話が弾まず、俺達はその場で今日は解散した。
***
「ってことがあったんだよねー」
『ほう……それは災難でしたねぇ。しかしモラルのない人間ですね』
家に帰った俺は事の一部始終をストラスに愚痴った。ストラスは少し呆れながらも相槌を打ってくれている。
「あーあ、初めての合コンだったのにぃ」
『私不思議だったんですが、貴方は澪が好きですよね。合コンとやらの話を聞く限り異性のパートナーを見つける場所だと言う認識でいいのですか?なぜ行ったのです?』
いたい所突いてくるなよ!!俺だってそこは未だに引っ掛かりがあるんだよ!
「つ、付き合いだよ。可愛い子いるって聞いたら、行きたくなっても仕方ないじゃん」
『貴方は貴族ではないのですから、あまり自由に女性を侍らせると言うのもねえ……』
なんだその例えは!侍らせるつもりなんてないわい!でも、合コンしたことないんだから行ってみたいって思っただけじゃん!別に恋人ができるわけでもないし!
「分かってるよ~澪もなんだか機嫌悪かったし、もう行かないよ。俺には澪だけだもん……あー澪が俺のこと好きになってくれないかなー!!手を繋いだり、ぎゅってしたり、したいなあああ!!」
ストラスは呆れた顔で俺を見ていたけど、突っ込むのも面倒なのか黙ったままだ。一人でベッドの上でわめいていたけど、ふと思い出したことがあり、ストラスに聞くために体を向けた。
「ストラス、話は変わるんだけどさ、昨日ザガンが言ってたじゃん。自分達が命令を受けてるって……達って誰だと思う?」
『恐らくフォカロル、レラジェ、アンドラスの事でしょう』
へぇ、目星ついてたんだ。全然そいつらの事わかんねえけど。まずは携帯で検索かけないとな。
自分から振ったくせに話についていけず、検索をしている俺にストラスは一から説明してくれた。
『彼らは地獄でも四人でいつも行動している事で有名でしてね。悪友といった関係でしょうか。しかし彼らの力の強大さから表立って逆らうものは皆無でしたが』
やっぱりザガンは滅茶苦茶つえー奴だったんだ。サブナックのように不気味な強さはなかったけど、その代わり絶対的な強さみたいなのがあった。他の悪魔もネットで調べていると結構強そうだった。アンドラスとか言うの一番やばい。オオカミに乗って鋭利な剣を振り回すって書いてる怖い。
『しかし気を付けるべきはこれからです』
「わかってるよ。まだ後三匹いるもんな。特にやばいやつってどれ?なんかパッと見、アンドラスやばそうだな」
『勿論彼もですが……フォカロルが襲撃してきた場合が最悪のケースです』
他にも悪魔は二匹いるのにストラスが指定してきたのはフォカロルって奴だけ。そんなに言うってことはザガンよりももっと強いってことなんだろうか?正直ザガンもかなりの強さだと思った。俺の失態のせいだとは言えど、パイモンとヴォラクを完封していたんだから。あんなことできる悪魔はサブナックだけだと思っていたのに。
「フォカロルって強いのか?」
『ええ。元々強いですが条件がそろえばパイモンレベルが束になっても敵わないでしょうね』
そんな馬鹿な。パイモンより強いなんて言われたら歯が立たないじゃんか。でも条件が揃えばってことは、揃わなければ何とかなるってことだよな。
ずっとパイモンに頼りっきりだったっつーのに、そのパイモンより強いって……
『それに彼はソロモン七十二柱の六大公の次に来る実力者とも言われています』
「六、大公?」
七つの大罪みたいにソロモンの悪魔にもそんな代名詞みたいなのがあるんだろうか。しかも六ってことは六匹だよな?それの次ってことは七番目?七十二柱の中で七番目に強いってことなのか!?その六大公の中にパイモンは入ってないのか?もしそうだとしたら六大公と戦うのはあまりにも無謀すぎる。だってパイモンよりフォカロルの方が強いんだろ?それより上の悪魔なんて!
焦った俺は慌ててストラスに問いかける。
「その六大公って奴にパイモンは入ってないのか?」
『残念ながら……パイモンも実力で言えば上位の悪魔の部類に入りますがね。ただ七十二柱は自分で言うのもなんですが、地獄ではそれなりに名の知れた悪魔がほとんどです。戦闘に不向きな悪魔以外は大体実力が拮抗しているのです。その中でもフォカロルや貴方と対峙したサブナック等は抜きんでた存在ですが』
「じゃあ六大公ってもっと強いんだろ?」
『それはもう。なんせ彼らの中には悪魔の王サタネルの称号を持つ悪魔も揃っているのです。今は彼らよりもフォカロルの方が重大ですがね』
そんなに色んな悪魔がいるんだな。でもサタネルの称号って言われてもいまいちピンとこない。何だよそれ、みたいな。思わずふんふん他人事のように頷いていると、ストラスの話はまたフォカロルの物に戻った。とにかくストラスにとっては六大公よりもまずはフォカロルが先のようだ。
それもそうか、俺たちを狙ってるって言うんだから。フォカロルの能力を聞きながら、フォカロルの姿を想像する。ザガンの友達ってことは俺と同い年くらいの見た目なのかな。関わらないに越したことはない。
「とにかくフォカロルは水を操るんだろ?じゃあ今年は海に行かないよ」
『安直ですが、そうした方がいいでしょうね』
疑問を解決したのに満足して俺はベッドに横になる。
嫌だな。狙われてるって……名前ちゃんと覚えとこう。
フォカロルか……
***
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『フォカロル様』
『何だ?』
海の中から一匹の悪魔が姿を現し、フォカロルに近づく。その悪魔はルシファーからの伝言があると伝えれば、フォカロルは少し面倒そうな顔を浮かべた。しかしルシファーは自分たちの主であり王である。彼の命令は絶対。それを理解しているフォカロルは部下の悪魔にルシファーの言伝を言うように促した。
『はあ……用件は?面倒ごとなら引き受けませんって返しといて』
『またそのような……継承者は自らの肉体に天使の力を宿しているとの事。栄光の七天使との戦闘になる可能性があると』
『ふん、面倒くさいな指輪の力ってのは。そんな事よりザガンの容体はどうなんだ?』
『かなり酷い傷を負っています。暫くは動くことすらままならないでしょう』
『……馬鹿かよ。心配かけさせやがって……油断するからだ』
舌打ちをして不快を露わにしたフォカロルに部下は少しだけ微笑ましくなる。この自分よりの何倍、何十倍もの力を持つ悪魔は口では何だかんだ言っても友である悪魔の事が心配で仕方ないのだ。素直ではないが、本当は生きていることに安堵しているのだろう。
彼は同じ海を操るヴェパールとも親交があっただけに彼女が死んだと知った時、表面では何も言わなかったが酷く傷ついていたはずだ。だから自分の友が大怪我を負っていたとしても生きていてくれたことがうれしいのだろう。
可愛らしい主の文句に少し笑えば不機嫌そうに睨まれる。主に盾突くつもりはない、部下は口をつぐみフォカロルの一歩後ろに下がる。しかしフォカロルはザガンの容体を聞いたら満足したのか、海の上に降り立ち辺りを見渡す。
『フォカロル様?』
『わかってるよ。けど暫く俺はこのままで行くぜ。アンドラスとレラジェがやってくれるだろうしな』
『御意』
悪魔がフォカロルの返事に頷いて海の中に消えていく。
『このまま逃げ切れると思うなよ継承者……』
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?side ―
日が落ちて夜になっていき、それと同時にネオン街に人が溢れかえって行く。その中に私はいた。
「さーて今日はどいつから巻き上げっよかなぁー」
「くすくす……相変わらず絵里子こわーい」
隣には一人の少年の姿。後ろをトコトコついてくる子供を追い払う事なく、人間を物色していく。周りにはおっさんや若いカップル。売りをしてる女。色んな人間がこの薄汚れた世界を闊歩していく。
「中々いいのいないな」
「何円でやらせるの?」
「そうだな……三万ってとこか?」
「ふーん」
「稼いだら何か奢ったげる」
「えっへへー。嬉しいなー」
可愛らしい外見の子供が笑うとこっちも笑ってしまう物で、子供の頭を撫でて、また前を向いた。お金が欲しい、遊びたい、ストレスを発散したい。勉強したくない、親のいいなりになりたくない、落ちこぼれだと言われたくない。家が窮屈だ、誰も私のことを見てくれない。
このくだらない日常から解放されたい。
「ねぇフルフル」
「なぁに?」
「……どうしたら私は今の自分に満足できると思う?」
「さぁねー。それは自分で考える物じゃないの?」
確かに納得だ。
「……いつからこうなったっけ?」
私の呟きは暗闇の中に溶けて行った。