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第100話 錬金術師

 「ここ……スイスだよな?」


 ジェダイトから降りた俺はあたりを見渡した。自分が想像しているよりも違う景色に本当にスイスか分からなくなってきた。まあ俺の知ってるスイスって山とか自然しかないんだけど。今回ついたチューリッヒという場所はかなり都会で、近代的な街だった。

 やはり八時は早い時間なのか、人で賑わっているという気配はない。そんな中、俺たちに近づいてくる奴がいる。俺たちがここに来ることを理解していたのか、目の前に立ち止まった男は見慣れた姿をしていた。


 『継承者』

 「偽セーレ……」



 100  錬金術師



 偽セーレは表情を全く変えずに俺の元に歩いてきた。その表情からは何も読みとれない。セーレであってセーレじゃない。むかつく……こんなことして何が楽しいんだ。セーレにこんなことして、絶対に許さねえ。


 『主がお待ちだ。ついて来い』


 簡単にそう言うけど、本当についていって大丈夫なんだろうか。

 動こうとしない俺の前にパイモンとセーレが立ち塞がった。特にセーレはかなり苛立ってるようだった。


 「よくもまぁ俺の姿で好き勝手してくれたね。君の契約者は誰なんだ?」

 『それはこれから会えるだろう。今知る必要はない』


 偽セーレは勝手について来いとでも言う様に踵を切らして歩きだし、思わず伸ばした手は空を切った。こんなむごいことを容認する契約者はどんな奴なんだろう。倫理観のかけらもない奴め。


 「あ……」

 『どうやら付いて行くしかないみたいですね』


 ストラスのその言葉に後ろにいた中谷が息を飲み、そんな中谷の背中をヴォラクが少し乱暴にバシバシ叩いた。


 「大丈夫だよ中谷。俺がいるでしょ」

 「そうだよな。今回も大丈夫だよな」

 「当然でしょ」


 うん、きっと大丈夫。悪魔を返してまた戻ってこれる。ザガンって悪魔じゃないかとこっちでは目星を立てているし、そいつがどんな悪魔かってことも調べてきた。俺は何もできないだろうけど、パイモン達は勝てると思っているから受けて立ったと思うから、だから大丈夫。

 俺たちはお互いに頷きあって偽セーレの後を追う。

 歩くこと数十分で人里離れた丘の上に大きな建物が建っており、偽セーレが連れて来た場所はどこかの研究施設だった。


 「え、入んの?」


 あいつはその中をズンズンと入って行く。こんな研究施設の中に勝手に俺らが入って大丈夫なのか?でも辺りを見回渡すけど人がいないのは好都合だ。俺達はまた後を付いて行った。


 ***


 おそらく研究所の職員が契約者なんだろう、カードリーダーを使い先に進む偽セーレについて行き、俺達は広い部屋に通された。周りには物が何もなく、天井近くにガラスが張られており、そこからここを覗き込めるようになっている。


 『ここは恐らく実験を行う部屋ですね』

 「実験に使う部屋?」


 ストラスの聞きなれない言葉に俺は聞き返すしかない。


 『実験対象である動物等に薬や目的の物を投与し、あのガラス越しのモニターで観察するのですよ』


 言われてみればマンガとかで見たことあるような……でも何でこんなとこに……

 上にばかり注目していたが、目の前の小さな扉が開き人が入ってくる。


 『セーレ、お勤め御苦労様』


 今度はパイモンにそっくりの奴が来た!

 驚いている俺を無視して偽物のパイモンは偽物のセーレに近づいていく。そしてパイモンの後に偽物のヴアルまでも入ってきた。好き勝手やりすぎだろ……ふざけんなよ!


 「既に俺達も錬成されてたようだな」


 ヴアルがいたらなんて言うかな。この状況を偽パイモンと偽ヴアルは軽い笑みを浮かべる。パイモンは偽物をまじまじと観察して、よくできていると感心している。そんなこと観察している場合じゃないのに。

 こっちは偽セーレよりもずっと表情も変わるし、人間っぽい。


 『お前の仕事は終わりだセーレ』


 何かよくわからない、何が終わりだって言うんだ。偽セーレはナイフを抜いて俺の元にゆっくりと近寄ってくる。後ずさる俺を庇うようにパイモンとヴォラクが前に出てくれたけど、偽セーレは表情を全く変えずにナイフを構えた。


 『死ね、継承者』


 襲いかかってきた偽セーレを見て、二人が悪魔の姿に変わり、互いに剣を抜いた。

 目の前で始まった事態に目が追い付かない。その光景を手伝いもせずただ眺めている偽物のパイモンとヴアル。でもやっぱり偽セーレは戦闘には向いてないのか、パイモンとヴォラク相手ではすぐに追い詰められていく。所々に傷を負った偽セーレを見て、嫌な予感がする。

 あれ?このままいったら殺されちゃうんじゃ……駄目だ、そんなの駄目だ。確かにこいつはセーレのクローンで……セーレじゃないけど……


 「駄目だ殺すなっ!」


 見た目はセーレと全く同じなんだ、そんなのを殺せる訳がない。全身から血の気が引いて、顔が真っ青になっていくのが分かる。それは俺だけじゃない中谷も同じで、偽のセーレが傷を負うたびに顔を辛そうに歪ませている。


 『主、仕方がありません。中谷と目を閉じていてください。一瞬で終わります』

 「パ、パイモン駄目だよ……だってあいつはセーレなんだよ。セーレじゃなくても、セーレから作られたんだ。それを……!」


 何とか剣を収めてほしくて必死で説得する。もしかしたら他にいい案があるかもしれない。こんなむごいこと許されるわけがない。パイモンとヴォラクは俺の声に反応して顔を見合わせて、攻撃の手を一旦止めた。しかし攻撃が止んで何を思ったのか偽のパイモンが偽セーレにゆっくりと近づいてくる。

 援護でもする気なのか?そう思った矢先に偽のパイモンは剣を抜いた。


 『ぎゃああぁああぁぁぁああ!!!』


 何が起こった?何が起こってるんだ?偽パイモンは偽セーレの体を一気に切り裂いた。

 血が噴き出すその光景に俺も中谷も目を閉じれない。それほど衝撃的だった。倒れ込んだ偽セーレを見て、偽パイモンは笑う、笑う。狂ったように笑う。


 『くくく!』


 そして切り裂いたセーレの腕、腹、足、胸、のど、顔、頭に更に剣を突き刺していく。その度に偽セーレの悲鳴が部屋の中に響き渡り、血の吹き出る音や鉄の匂いで室内が満たされていく。死んでからも偽パイモンの暴行は止まらない。手足を切り裂いて喉を潰して、目をえぐり取って……


 「ひ、ひ……あぁ……」


 この光景を見ていた中谷はあまりの衝撃に目から涙を流し、その場に座り込んで必死に呼吸をする。しかし呼吸をしても血の匂いが鼻につくのか、呼吸をするのも辛そうだ。ヴォラクが慌てて中谷の元に走り寄って肩をつかむ。

 

 「中谷!」

 「ひっ……うえぇ!がはっ」


 中谷は涙を流しながらその場で吐いてしまった。

 ヴォラクが必死に中谷に声をかけるけど、中谷にまともな返事はできない。


 「中谷、落ち着け。ゆっくり息をして!あいつがセーレじゃないの、分かってるだろ!」

 「ひ……はぁはぁ……」


 そんな中谷を慰める余裕は俺にもない。俺はその光景を呆然と眺めていたから。あまりの恐ろしさに制御できなかった涙が重力に従い自然と流れ落ちる。でも悲鳴もあげられない。喉が潰されたような感覚に陥り、意識しなければ呼吸もままならない。


 『なんと惨いことを……』

 『主と中谷に精神的なショックを与えるためだろう。しかしなぜここまで……下衆が!』


 ガクガク震える体を必死で押さえてセーレにしがみつき顔を背ける事で、必死で呼吸を繰り返す。大丈夫、腕があるし、セーレは俺の肩を掴んでくれている。心臓だって、動いているし温かい。ちゃんと、生きている。

 でも……見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない!あっちには殺されたセーレがいる!血まみれになったセーレがいるんだ!

 偽セーレは完全に跡形もない無残な姿になってしまった。ひとしきりやって満足したのか偽パイモンは笑いながら立ち上がった。


 『可哀想に。君が殺してやらないから苦しんで死ぬ羽目になった。こいつも楽に死にたかっただろうに』


 俺のせいって言いたいのかよ……!こんな酷いを事を、誰が望むっていうんだ!?

 そう反論したいのに、振り向きたくても振り向けない。だって振り向いたら偽セーレが絶対に視界に入る。セーレと瓜二つのあの姿があんな無残な事に……


 「拓也、あれは俺じゃない。だから大丈夫。ごめんね、こんなことになってしまって……」


 わかってる、わかってるよ。頭では理解出来てる。あれはセーレじゃない。本当のセーレは今俺の目の前にいる。ちゃんと存在してる。でもあいつはセーレの姿なんだ、セーレの姿があんな無残なことになってるんだ。目を逸らしたくなるのは当然のことだ。


 『その殺し方はお前の趣味か?随分と悪趣味だな。まあ、いいだろう。今の光景を見て楽に死なせてやるという情けは俺の中でなくなった。苦しめて殺してやる』

 「そうだ!お前の相手は俺たちだろ!中谷と拓也にこんなもん見せやがって!!」


 憤りを隠せないパイモンとヴォラクを相手にしても偽パイモンと偽ヴアルは笑ったまま。


 『この程度の光景に耐えれない奴に指輪の継承者たる権利はないな。お前もすぐにこのように肉の塊になる』


 その言葉にストラスが怪訝そうに顔をしかめ声を出した。


 『何を言っているのです?拓也を殺しては元も子もないでしょう!貴方は何がしたいのです!?』

 『ルシファー様からのご命令だ。こいつは地獄に連れて行かせてもらう』


 頭上から新たな声が聞こえ、恐る恐る顔を上にあげた。そこには牡牛の耳と手足を持ち、羽の生えた少年が宙に浮かんでいた。手には宝石がちりばめられたロッドのようなものを持っている。これが今回の悪魔なんだろうか?思わず呆けていた俺を見て、悪魔は鼻で笑って再びストラスに視線を戻す。


 『やはり貴方でしたかザガン……確かにこの様に狡猾で姑息な方法を同じ錬金術師であるハアゲンティは取りませんからね』


 ザガン……それがこの悪魔の名前……


 『はあ?人聞き悪すぎだろ。ハアゲンティはお前のお友達だからそう思うだけで、中身なんて俺と大差ねえっつーの。勝つ為には手段を選ばない。結果が重要であり、過程に問題はないんだよ』

 『なぜ拓也を殺そうとするのです。貴方は指輪が必要なのでしょう?』

 『殺したって何の問題もないさ。俺は錬金術師だからね。そんな人間すぐに錬成できる。俺の奴隷として錬成して地獄に連れてきゃ早いからな。それに……ストックは既に用意されてるんだからな』

 『なにを……』


 ふざけるな……ふざけるなふざけるな!

 なんだその言い方は……死んだ奴を練成する?奴隷にする?ふざけるにも程がある!!


 「ふざけんなよ!その為にセーレを!」


 いくらなんでもこんなこと、許されるわけがない。こんな好き勝手に命を弄んで、お前にそんな権限があるわけがない!

 しかし俺たちの怒りを受けても相手は涼しい顔をしており、その表情に反省はない。


 『何か勘違いしてない?こいつはセーレの血から作ったクローンだよ。セーレじゃない。お前仲間のくせに区別つかないのか?』


 屁理屈を言い返してきた事に頭に血がのぼる。


 「そんな問題じゃない!!」

 『どちらにせよさ、俺の作ったクローンを他にどう処理するつもりだったんだ?持って帰って保護でもする気か?できもしねえこと言うなよ。最終的にはこいつら殺処分だろうが。綺麗事ばっか言ってどうしようもなくなりゃ殺すんだろ?なら、俺に偉そうに説教垂れんじゃねえよ』

 

 そんな、そんなこと……

 言い返せなくなって口をつぐむ。確かにクローンたちをどうすればいいかなんてわからない。最終的には殺害しなければいけないのかもしれない。でも、そうだとしても……こんな方法で殺す必要なんてなかったはずだ。苦しめて殺す必要なんて、どこにもないはずだ!


 「最低だよお前……こんな事して……人の命弄んで」

 『それが悪魔ですから』

 「ふざけんじゃねえ!俺らは玩具でも何でもないんだ!」

 『くくく……ははははは!何綺麗ごと言ってんのお前。クローン技術なんて開発している人間がそれ言うの?自然の摂理に逆らって神の領域に近づこうとしている人間が、玩具にしないでくださいって?お前ら他者や他種を玩具のように実験台にして繁栄してきた種族だろうが。てめえの言葉なんかに何の説得力もねえんだよ』


 狂ってる……こいつは狂ってるよ……

 ザガンはひとしきり愉快そうに笑った後、パイモンに視線を向ける。


 『パイモン、俺は本当に命令を受けてる。だって俺はバティンから言伝をもらったからな。お前にも連絡がきてるはずだ。ルシファー様の命令の邪魔をするな、今すぐそいつをこっちに寄越せ』


 息を飲む。こいつの言うことが本当なら、ルシファーが俺を地獄に連れて来いって言っているんだ。前パイモンが言っていた、そうなったときは地獄に連れて行くって。今が、その時なんだろうか。全員の視線がパイモンに集中し、心臓が嫌な音をたてる。

 パイモンは無言で剣を抜く。その矛先はどっちに向かうんだ?


 『俺に助けを求めるのは間違っている。命令だとしてもこのようなやり方に賛同はできない。罰を受けろ愚図が』

 『……まあ、お前を説得できるとは思ってねえけど気に食わねえよなあ。殺し合いしようぜ。ダニエル出てこい』


 俺を、助けてくれるってことなんだよな。パイモンは一言下がれとだけ言って一歩前に出る。そんなパイモンに不敵な笑みを浮かべ、ザガンが誰かの名前を呼び掛けると向こう側のドアが開いた。そこには包丁を持った男の姿。こいつが契約者?

 男性はセーレの死体を見て、体中を震わしながらもザガンの元に歩いていく。


 『Eine Drehung kommt.(ダニエル。出番だ)』


 男は何も言わずにこちらに包丁を向ける。その手は可哀想なくらい震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうな体を必死で踏ん張って立っているように見えた。


 「Mir tut es leid……Würfel.(すまない……死んでくれ)」

 『ラスティ、ミッシェル、お前達も一斉に行け』

 「御意」


 偽パイモンと偽ヴアルが構えてくる。まさか……二人も戦う気なのかよ。


 『……セーレ、ストラス、主と中谷を頼む。ヴォラク行けるか?』

 『中谷大丈夫?俺行くよ?』

 「ならないよな……お前はあんな風にならないよな?」


 涙を流しながら中谷はヴォラクに縋りつく。先ほどのショッキングな光景が耐えられない中谷はヴォラクがそばを離れることに抵抗を示すも、そんな中谷にヴォラクは優しく笑いかけた。


 『なるわけないじゃん。心配し過ぎなんだよ。お前のために戦ってくる。だから、待ってて』


 ヴォラクはゆっくり立ち上がり、悪魔に目を向ける。

 その表情は怒りに染まり、目が血走っていた。


 『あいつら……ぶっ殺してやる!』

 『気持ちは同じだがはやるな。だが思う存分に暴れろ』

 『言われなくても』


 ザガンは薄気味悪い笑みを浮かべながら、この光景を眺めていたが、ふと俺に視線を送り質問を投げかけてきた。


 『なあ継承者、逃げられはしないんだ。俺達からは逃げられない。お前も薄々感づいてるんじゃないのか?悪魔を倒していくにつれて知りたくもない事実ばかり否応なしに知らされて……本当は心のどこかで諦めてるんじゃないのか?』


 何を急に……動揺している俺を見て、ザガンは笑みを濃くする。

 確かにそうかもしれない。最初の頃は何も考えてなかった。戦うのが怖い、嫌だ。それだけだった。でも今は違う。人を殺すことの恐怖、大切なものが巻き込まれることの罪悪感、最後の審判への絶望……どんどん掛ってくる重圧は初めの頃よりも遥かに重いものになっていた。


 『お前が予想外にあがくからよぉ、そのせいでこっちの動きも本格的になってんだぜ。ルシファー様が悪魔に直々に命を出したんだ。任務を後回しにしてでも継承者を地獄に送れって』


 ザガンの思いもよらない言葉に目が丸くなる。


 『それが俺な訳。他にもあと数匹いるかな。命令を受けてるのは』

 『上位の悪魔と言いたいのですね。確かに貴方の力は地獄でも一目置かれている。貴方はルシファー様のお気に入りですからね』

 『ストラス褒めすぎ。ルシファー様は痺れを切らしてるんだよ。早くお前に会いたいんだ』


 気持ち悪い。なんでそんなに俺を狙うんだよ……あいつらが欲しいのは指輪のはずだろ?なんで執拗に俺を狙うんだよ!指だけ斬り落として指輪だけ持っていかれた方がましなのに!!


 『主、奴の言葉を真に受けてはいけません』

 「パイモン……」

 『貴方を地獄には行かせません。こいつはここで倒します』


 会話を邪魔された事に少し不機嫌になったザガンが投げつけるようにパイモンに言葉を浴びせる。


 『相変わらず格好いいねぇ。その前にお前自身との戦いに勝利してからじゃないのか?継承者の前で殺してみろよ』

 『……下衆が』


 パイモンは今まで聞いたこともないような低い声で呟いた後に走りだし、ヴォラクも後に続く。

 どうしよう、また役に立てない。セーレにしがみついて、前すらまっすぐ見ることもできず、横からは中谷の泣き声が聞こえる。その中谷にストラスが近づき、膝に頬を擦りつけている。初めてこんな鮮烈な場面を見たんだ。中谷がショックを受けるのも無理はない。俺もシャックスが一般人を殺していった時、ショックで吐いて泣いてしまったから……でも中谷はそれがセーレの姿だったんだ。あんなグチャグチャになったセーレを見て……平気でいられる方がおかしい。

 後ろからはパイモン達が剣を合わせている音が聞こえる。その音に申し訳なさと荷物になっていることの罪悪感、そして抑えきれない苛立ちが押し寄せてくる。


 「俺、行かなきゃ……」


 そう行って前を向こうとする俺をセーレは強い力で抱きしめた。


 「無理することなんてないんだ。行く必要なんてない」

 「駄目だ、行かなきゃ駄目なんだ。どうしても……あいつを許せない。セーレをあんな目に遭わせたあいつを、殺してやりたい」


 歯を食いしばって言葉をはっきりと憎悪をあらわにした俺にセーレが目を丸くする。そうだ、俺はあいつを殺したいくらい憎んでいる。俺の大切な奴を玩具のように扱って殺したことを。クローンだから本人でないにせよ、面白半分でセーレの分身を殺したことが許せない。

 ザガンもその契約者も黙って見ているだけで終わらせたくなんかない!


 「……俺のために怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、それで君が傷つくことを俺は望まない。それでも……行くの?」

 「セーレは悔しくないのかよ!自分の分身があんな目に遭って、やり返したくないのかよ!俺はやり返したい。ぶっ飛ばして土下座させたいよ!!見ているだけなんて嫌だ、あいつに謝罪をさせてやる。絶対に……許さないッ!!」


 半ば強引にセーレの腕を振り払い、震える脚で何とか立ち上がり、ザガンを睨みつけた。


 『お前やる気なのか?』

 「……お前も、お前の契約者も絶対に許さない」

 『ふぅん……Daniel.Gehen.(ダニエル行け)』


 契約者の男が包丁を持ってゆっくり俺に近づいてくる。

 また契約者と一騎打ちか……今度は絶対に殺さずに、こいつに罪を償わせる。


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