第1話 ソロモンの指輪
いままでずっと普通の生活をしていた。そしてこれからもしていくんだと思ってた。この生活はあまりにも当たり前で普通の日常に何の疑いもなく、この毎日が世界のスタンダードとすら思っていたかもしれない。
その認識を持ったまま大学に進学して、就職して働いて結婚して老後をのんびり暮らして……って計画立てすぎか。
とにかく、こんなことになるなんて思っても無かった。
1 ソロモンの指輪
「終った〜!終った終った終ったー!!」
最後のテスト用紙を回収され、教師が教室から出ていったことを確認したクラスは静寂から打って変わり活気に満ちていた。かくいう自分も期末テストが終ったことに両手を上げて背伸びをする。
高校生になり初めての期末テスト。それが終わった後は待ちに待った夏休み!これでようやく遊べる。いや、まず寝る。とにかく寝る。テスト前で寝てなかったもんな。その後の計画はまた立てよう。
皆が盛り上がっている教室の隅の席で、意気揚々と家に帰るために鞄に荷物をつめた。周りの奴らはテストが終ったもんだから遊びに行こうだのカラオケに行こうだの話してる。その中に混ざりたいところだけど、今の俺には睡眠のほうが大事!
というわけでサヨナラ教室!
「拓也!」
「……なんだよ光太郎」
というわけにはいかなかった。
目の前には友人の光太郎が立っていた。テストが終わったことでニコニコしている友人はこれから家に帰るといった雰囲気ではなく、遊びに誘われることを察して眉間にしわが寄る。
「おいおい、そんな顔すんなよ~。今日レベッカによってかねえか?今日からオール30%OFFだってよ」
レベッカというのは個人で経営しているアクセサリー屋で、小さい店にもかかわらず種類も豊富で、なかなかイカした形の物も安くそろっており俺たち地元の高校生、主に男子の聖地だ。
「え〜俺眠いよ。明日でいいじゃん」
「駄目だって。明日にはいいの売り切れちゃうかもしんねーだろ?どうせ明日休みなんだし、休みの日にまでお前に会いたくねーわ」
お前、何が会いたくねーだ!!俺だってお断りだわ!!
でも確かに言われて見ればそうだ。レベッカは大きい店じゃないから一点物が多い。そろそろ新しいのも欲しくなってきたし……仕方ない。レベッカ寄ったくらいで大した時間にはならんだろ。
そう思った俺は光太郎と一緒にレベッカによっていくことにした。
***
生徒で賑わう学校の昇降口を降りている時、下駄箱に向かっている幼馴染の澪を見つけ声をかけた。
「澪」
「あ、拓也。テストお疲れ様。どうだった?」
「んーまあぼちぼち。数学はできた気がする!!今日母さんが飯食ってけって」
「ほんと?うれしいなぁ!じゃあお呼ばれにいくね」
嬉しそうに笑う少女は俺の幼馴染の澪。めちゃくちゃ可愛くて、優しい幼馴染に俺はずっと絶賛片思い中だ。澪の父さんは地方に単身赴任中で家にはおらず、母さんは女医をやっており、夜勤のこともあり、一人っ子の澪は一人で家にいることが多い。
俺ん家は親同士の仲がいいので、澪が一人の時などは基本的に家で飯を食っていく。最近は物騒だから女の子一人は危ないからだそうだ。それに関しては完全同意で、澪と一緒にいる時間が増えることは喜ばしい事だった。
澪は友人の女子とカフェに行くらしく、俺はそのまま光太郎と靴箱まで降り、靴を履き替え学校を後にした。
「まだあんま人いねえな」
「他の学校は普通に授業だし上級生は明日までテストだからな」
レベッカは思った以上に人が混んでおらず、これならゆっくり見れるだろうと俺と光太郎は意気揚々と店内に入った。他校生とテストの日時が同じだったのか、狭い店内はそこそこ客が入っていたが、歩けないほどぎゅうぎゅうなわけではない。
光太郎の言ったとおり店内のアクセサリーは全て30%OFFになっており、俺と光太郎はいくつかの候補を立て、店内の品物を見ていった。
そんな中、目にとまったのは処分するからということで50円とかかれた指輪を入れた箱だった。普段指輪なんて全くしないんだけど、こういう物の中に意外と掘り出し物があるかもな。その箱の中の指輪をくまなく見ていった。
「なんだこれ」
しばらくその箱を見ていて、目に飛び込んできたのは一つの指輪だった。
これ本物か?なんかすっげえ凝ってんな。
その指輪は禍々しく象られた模様と小さな宝石がはめられたていた。普段ミサンガとか、良くてネックレスくらいしかつけてないけど、指輪かあ……でも、さすがにこんなゴツいのをつけるのもどうなんだろうか。
しかし本当にこの値段なのか?メチャクチャ高そうだけど、確認のためにもう一度値段を見てみた。やっぱり50円か。この宝石みたいなの……本物っぽいけど偽物なんだよな?
まぁ普通、本当の宝石なんかこんな店に置いてるはずないか。失礼だけどさ。
安かったってのが一番大きな理由なんだけど、なんとなくその指輪が気に入り、その指輪とあと適当なのを一つ選んで買った。光太郎はピアスと指輪を買っていた。俺はレジに指輪を出したときに店のレジ兼店長に聞いてみた。
「この指輪ほんとに50円?」
「そうだよ。高そうに見えるだろ?なんたってその指輪には不思議な力が宿ってるんだよ」
「不思議な力?」
店長は仕入れたときのことを思い出し、笑いながら教えてくれた。
「俺も仕入れた時に聞いたんだが、古の国の王が72匹の悪魔を使役する際に用いたものだなんだとか。実際は御伽話をモチーフにして作られた物だろう。でも装飾が気に入ってねぇ。思わず仕入れちゃったんだよ」
確かに装飾はかなり凝っている。
これが50円だなんて割にあわないだろう。
「採算とれんの?」
「その指輪、よく見てごらん」
店長のおじさんはおかしそうに笑った。
俺は言われたとおりに指輪をまじまじと見つめると、あることに気づいてしまった。
「気づいただろ?所々に傷が入ってんだよ。これじゃ売り物にならないからねぇ。だから50円ってわけ」
なんだか知らないほうがよかったな……不良品を買ってしまった気分だ。今更いらないとも言いづらく、値段も安いからと自分に言い聞かせると、そこまで悔しくもなく、俺と光太郎は満足して店を出た。
その後は寝ようしていたことをすっかり忘れ、光太郎とカラオケやゲーセンで遊びまくって、気づいたら十九時になっていて慌てて家に帰った。
***
「ただいまー」
「お帰り拓也。お邪魔してまーす」
家には既に澪が来ており俺を出迎えた。夕飯はもうできているらしく、澪が手伝って、俺は帰ってすぐに飯食うっていうのに若干罪悪感があるけど、澪も怒ってなさそうだし、まあいっか。
「随分遊んでたんだね、早く着替えてきなよ」
「おう」
澪に言われるがまま服を着替えるために自分の部屋に向かう。制服をそのままベッドに投げて、スウェットに着替えリビングに向かう。夕飯はもうできており家族が俺を待っている状態だった。
軽く母さんに怒られながらそのまま飯を食った。
飯も食い終わり、澪は母さんの食器洗いの手伝いをしている。弟はアニメを真面目な顔で見ているけど、子供向けのアニメだし、一緒にアニメを見ることなく、そのまま自分の部屋に向かう。ベッドに横になろうと思っていたがベッドには先ほど脱ぎ散らかした制服がかかっており、横になれる状態ではなかった。
「かたしとくんだった……」
一時間前の自分を呪いながら一人でブツブツ文句を言って制服をハンガーにかけている途中で今日買った指輪のことをふと思い出した。買ったことに満足してそのまま放置してたから。
そういえば指輪、まだ制服のポケットに入れたまんまだったな……ちょっとつけてみるか。
ポケットから指輪を取り出し、まずは少し高かったやつを指にはめた。
おお、人差し指にぴったりだ。シンプルだからこれは使い物になりそう。一つを装着し、次に50円の見た目はすごい指輪を中指にはめてみた。指輪は中指にぴったりとフィットし、ぱっと見かなり恰好よかった。
「お〜この指輪50円のクセにいかしてんじゃん」
ベッドに横になりながら指輪を眺めていたら俺はいつしか眠くなってそのまま寝てしまった。
***
「拓也、拓也ーおきてー」
「んん?」
目の前には澪が呆れた目でこっちを見ていた。いきなり視界に澪が飛び込んでくるのは正直幸せすぎる。
視線をそらさず、ジッと見つめ返すと、居心地悪そうに澪が俺の鼻をつまんだ。
「拓也、お皿も片付けないでベッドで横になってー。もー」
「悪い悪い」
多分帰るから俺に挨拶しに来たんだろう澪は指についている指輪を見つけた。
「珍しいね拓也が指輪してるなんて」
澪は50円で買った指輪をまじまじと見つめた。俺が指輪をつけているなんて珍しいからだろうけど、正直こんなゴツいの趣味なのかと思われるのもなんか嫌で、なぜか言い訳をしてしまった。
「いや、これは安かったから買っただけで、別に俺の趣味ってわけじゃないからね!?」
「別に何も言ってないでしょ。でもなんかすごいねこれ……すっごい彫られてる」
「なんならつけてみたら?気に入ったならやるよ」
「男物でしょーこれ。いらないよ」
いいじゃん、マーキングってことで。そう笑って言う俺に澪は苦笑いして、じゃあ一度だけつけてみると細く小さな手を差し出した。なんだか結婚式で指輪をはめるってこんな気持ちなのかなと思いながら澪につけさせようと指輪をはずそうとした。が、
「へ?抜けない」
「拓也どんだけ無理して入れたのー?」
いくら引っ張っても指輪はまったく外れない。あんだけスッポリ入ったのに!?いや、そんな無理やりねじ込んで入れたわけじゃないんだけど!?
澪が笑いながらこっちを見ている。最初はそれに笑って答えていたんだが、五分ほど経過すると段々楽観的な状況じゃなくなってきて、冷や汗が伝うのを感じた。
「本当に取れない……」
今度は流石に状況が伝わったのか澪も顔を真っ青にした。
「た、拓也!とりあえずハンドソープつけてみなよ!滑ったら外れるかも!」
澪に言われるがままハンドソープをつけてみた。しかしまったく取れない。石鹸ならどうだ!?変わらない。
その後も色々試してみた。タオルで指輪を引っ張ったりとか指輪を回しながら引っ張ったりとかしたけど取れなかった。て言うか指が痛いだけだった。
え、なにこれ本当に抜けないの?俺一生このまま?
自分の部屋で呆然となり、澪も真っ青になって俺を見つめていた。え、これってもしかして病院案件?チェーンソーとかで削られる奴??やばい怖い。
こんなことなら買わなきゃよかった。たかが50円でこんな、こんな……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!
どこに怒りをぶつけていいかもわからずとりあえずクッションをボコボコ殴った。
『おや、これは持ち主がこんな所に』
え、なんだ?今声がした?
「澪、なんか言った?」
「え?あたしは何も……」
澪はきょとんとして首を横にふった。気のせい、だよな?
『しかし魔法陣らしきものも魔術の道具もなさそうですが……ここはどこでしょう』
気のせいじゃない!!絶対なんか話してるこれ!絶対に心霊現象じゃん!この指輪呪いの奴なんじゃない!?
この謎の声は澪にも聞こえていたらしい、顔を真っ青にしていた。
「拓也……なにこれ?」
『継承者、ソロモンの力……示してもらいましょうか』
急に指輪が光り、俺と澪は思わず目をつぶった。
『なんと。魔法陣もなく召喚されてしまうとは』
へ?なにこの声。
恐る恐る目を開けると、そこには王冠をつけた一羽のフクロウがいた。可愛らしい見た目だが、もちろん我が家は動物を飼っている訳ではなく、話すフクロウなんて見たこともない。どこから迷い込んだかも分からないそれは目の前をパタパタ浮上している。
「は?」
『どうやら貴方が指輪の継承者のようですな?これはお初にお目にかかります。わたくしソロモン72柱が一角"ストラス"でございます。以後お見知りおきを』
なんだって?って言うかフクロウがしゃべった。これは夢だ。うん、さぁ寝よう寝よう。
『人の話は最後まで聞きなさい。貴方が私を召喚したんですよ』
グサッ!
「いってええええぇええぇぇぇ―――!」
つついた!くちばしで突いた!っていうか夢じゃない!え、夢じゃ、ない?
澪は完全に放心してしまっている。
『全く……自己紹介を遮るなどしてはならぬ行為ですよ。いいですか?私は……「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ――――!」
再度遮られた俺の悲鳴に母さんがどたどたとやってくる音が聞こえ、どうしていいか分からず慌ててストラスと名乗ったフクロウをベッドに隠し、勢いよく扉を開けた母さんは俺と澪を交互に見ている。
「なによ拓也うるさいわよ!澪ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね!」
「ち、違う!ベッドから落ちたの!寝てたのいきなり起こされて起き上がろうとしたら転んだんだよ!」
「あ、そうです。本当に!拓也が転んだの巻き込まれて私も尻餅ついちゃって!」
しどろもどろに話を合わせてくれた澪のおかげで母さんは「夜だから大きな声を出すな」と注意してリビングに戻っていく。それを確認してベッドの布団を捲ると、不機嫌な顔をしたフクロウがジト目でこちらを睨み付けていた。
『なんなんですか全く。協力者じゃないのですか?』
「協力者って……俺何も悪いことしてねえわ!!」
『まあいいでしょう。まず、私の召喚お見事です。魔法陣もなく召喚などよほどの術者とお見受けします。さあ望みを言いなさい。等価交換の元、貴方の望み、このストラスが叶えて差し上げましょう』
澪と顔を見合わせる。これ、絶対この変な指輪のせいだよな。
この指輪が何なのか分からないまま、目の前で話すフクロウはふんぞり返っている。母さんにもこんなこと言えず、どうしていいか分からない。
そして少しずつ始まっていく。
自分の人生が全てひっくり返る非日常が起こっていくのだ。
登場人物
池上拓也…主人公。どこにでもいる普通の高校生。
松本澪…拓也の幼馴染。両親が共働きで家にいないので、拓也の家でよく夕飯を食べている。
広瀬光太郎…拓也の親友。父親は会社経営、母親は弁護士だったが今は専業主婦。
兄は東大医学部とエリート一家。本人も頭がいい。