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黒の魔導士  作者: ヒカル
9/12

塔の上の戦い

塔の頂上へと続く階段は壁沿いにらせん状に作られており、すべて石でできていた。階段どころか、この数十メートルも塔すべてが長方形に切り取られた石を積み上げて建てられていた。

ウォルトは隙間なく敷き詰め、積み上げられている石を見て感心した。魔法を使ったに違いないが、自分の家も建てることはできないだろうかと考えた。いま父と住んでいる家はすき間風が多くてけっこう年数も経っているボロ家だった。こんなきれいに積み上げれば冬も暖かく過ごせるに違いない。


ウォルトとリナは、いま階段を上がっていた。メアリおばさんたちは塔の上部も制圧するため先に階段を駆け上がっていった。敵がいなければいいのだが、もしいた場合この狭い階段の上で激しい戦いになるのは間違いないだろう。


ウォルトとリナもできるだけ早く階段を上がろうとは思っていたが、なかなか速度は上がらなかった。ウォルトはさっきも痛み止めは飲んだものの、一歩踏み出すたびに全身に痛みがはしり額にはあぶら汗をかいていた。リナもふらつくウォルトをけんめいに支え、二人で少しづつ進んでいった。


「傷がいたむ?」


リナがきいた。ウォルトはみえみえのウソをついた。


「は?ぜんぜん」


強がりを聞いたリナが不思議そうにウォルトの顔をのぞきこんできた。そして、ふっと笑った。しかし悪意のある笑いかたではなかった。


「あっそ、ならいいのよ」リナがいった。


どうやらウォルトのウソに付き合ってくれるようだ。


「なあ、リナ」


ウォルトにしてはめずらしく真剣な声でいった。


「うまくいくと思うか?」


ここにきての弱気な発言にリナもあきれ顔になった。


「たったいま見直したところなのに。なに弱気になっているのよ。あんたさっきキメ顔で、やってみせますって言ってたじゃない」

「でもよ、一回も使ったことないんだぜ」


ウォルトは内心不安だった。みんなの命が自分の肩にかかっているかと思うと、胃がキリキリと痛んで吐きそうになる。


「あんたなら大丈夫でしょ」


リナはさも当然のようにいった。


ウォルトは驚いた。てっきり不甲斐なさに罵られ、怒られるものと思っていたからだ。


「信じてくれているのか?」

「ええ」


ウォルトは横目でリナの横顔をみた。沈みかけた真っ赤な太陽のような髪がかかり、すっとした切れ目に長いまつげ、高い鼻筋に、小さい唇、ウォルトは目が離せなくなった。いつも思っていることだが、あらためてきれいだと思った。

リナは頭をすこし傾けて、なんでも見通してしまいそうなグレーの瞳を、ウォルトの視線とあわせた。


「期待しているわよ」


ウォルトは心臓が止まるかと思った。何かの魔法でもかけられたのだろうか?さっきまでの不安は消え去り、挑発するかのように見つめてくるリナの期待に、なにがなんでも応えたくなってしまった。



戦いは塔の頂上で起こった。塔の中には敵が四人残っており、頂上に陣取っていた。


激しい戦いになった。相手にとっては寝耳に水の出来事だったに違いないが、そくざに反応し、必死の抵抗を続けていた。



ウォルトは危険だからと階段の途中の離れた位置で待たされていたが、それでも戦いの激しさは伝わってきた。目もくらむような閃光がきらめき、耳を塞ぎたくなるようなごう音が響き、振動で塔が震えた。

リナはウォルトの前に立ち、魔法で障壁をはっていた。ただ、あきらかに不満そうだった。おそらく自分も前にでて戦いたいのだろう。しかし、黒の英雄のお守りも大切な仕事だった。


しばらくすると音が止んだ。戦いが終わったのだろう。後には不気味な静寂が残った。


「ウォルト、リナ、二人とも上がってこい」


静寂を破り、メアリおばさんの声が上から聞こえてきた。リナは母親の無事がわかると、ほっとした表情になった。

あがっていくと、快晴の青空とまぶしい太陽が目に飛び込んできた。ウォルトは太陽を見るのは久しぶりのような気がした。しばらく陰気な地下にいたせいだろう。


頂上は激しい戦いのあとも見て取れた。壁や床には無数の傷がつけられ、ところどころ穴があき、焦げた臭いが充満していた。そして、五人の死体が床に並べられていた。どの死体も傷つき、あるものは血で真っ赤にそまり、またあるものは真っ黒に焼け焦げていた。


その焦げた臭いをかいだ瞬間、ウォルトは吐き気がこみあげてきた。ただ、ここ何日か食べていないおかげで、実際に吐くことだけはまぬがれた。いや、吐くことができていれば気分は良くなかったかもしれない。


こちらの魔導士もひとりやられていた。左のわき腹から腰にかけて服が真っ赤になっていた。本来なら手厚く扱ってやりたいが、いまは余裕がない。この魔導士も敵の死体と同じところに並べられていた。


「ウォルト、気をしっかりもて」


メアリおばさんに声をかけられて、ウォルトは視線をあげた。いつのまにか、五人の死体を食い入るように見つめ、茫然としていたらしい。メアリおばさんは心配そうな顔をしていた。


「大丈夫か?」

「・・・・はい」


死体をこんなに間近で見たのは初めてだった。今までは意識的に見ないようにしていたが、今回は目をそらすことはできなかった。


いつのまにか味方の魔導士たちがウォルトを中心に集まっていた。みな期待のこもった目つきでこちらを見ている。肩をかしてくれているリナも同じだった。


「ウォルト、時間もあまりない、やってくれるか」

「わかりました」


ウォルトは塔のふちまで足を進めた。リナは何も言わず、ついてきてくれウォルトを支えてくれた。

ふちまでくると視界が開けた。ウォルトは眼下を見渡した。そこには敵の軍勢が、味方の立てこもっている最後の砦を包囲し攻撃を仕掛けていた。すでにどこもかしこも壊れ、今にも攻め込まれそうだ。


ウォルトは自身の魔法の狙いをさだめるため、空を見上げた。本来なら美しい青空があるだけのはずだが、そうではないものが目に映った。


人が浮かんでいたのだ。


ウォルトはポカンとした顔で、十メートル先ほどにふわふわと浮かんでいる男をみた。男も不思議そうにこちらを見返してきている。

男が口をひらいた。


「疑問なんだが、お前たちはいったい何がしたいんだ?」


ウォルトはその問いに答えられなかった。というより思考がおいついていなかった。隣にいるリナも答えられなかったがウォルトを支える手に力がはいった。


状況に気づいたメアリおばさんが叫ぶようにいった。


「ウォルト、リナ、そいつから離れろ!」


ウォルトはとっさに動くことはできなかったが、リナはすぐに反応した。ウォルトを引きずるようにして、塔のふちから、メアリおばさんたちがいるところまで引っ張っていった。合流するとウォルトを囲むように陣形をとった。


「あれが風の魔導士だ」メアリおばさんがいった。


ウォルトは地下の牢屋でメアリおばさんが話していたことを思い出した。目の前の男が、一人で障壁を突破し、大勢の魔導士と互角にわたり合い、城門をこじ開けた男。風の魔導士。


風の魔導士はすぐに攻撃を仕掛けてこようとはせず、ニヤニヤとあざけるような笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。何がそんなにおもしろいのだろうか?


気味がわるいやつだ、ウォルトは思った。


「障壁を最大にして張れ!」


メアリおばさんの声は張りつめていた。ウォルトを囲む魔導士たちはウォルトを中心に円になり、杖を取り出し口々に呪文をとなえた。障壁が張られたらしかった。


「ウォルト、もう時間がない、私たちが守るからやってくれ!」メアリおばさんがいった。


ウォルトはうなずくと、お姫様みたいに守られている居心地の悪さを感じながらも体に魔力を込めはじめた。


周りの魔導士たちは驚きの表情を浮かべた。まるで珍獣でも見たかのような顔をこちらに向けている。それは風の魔導士も例外ではなかった。

前にリナが自分の魔力は普通ではないと言っていたことをウォルトは思い出した。


ウォルトは自分の魔法に集中しながらも、ちらっと風の魔導士を見た。

見なければよかったと、ウォルトは思った。風の魔導士はさっきまでの笑みは消え、恐ろしい表情でこちらを睨みつけてきていた。


「お前が黒の魔導士か?」


風の魔導士が怒った声でで、責めたてるように聞いてきた。なんでこんなに敵意を向けられているのだろうか?嫌いなやつにでも似ているのか?


ウォルトはこたえなかった。わざわざ自分から正体を言う必要はない。まあ、言わなくてもバレていそうではあるが。ウォルトはもう風の魔導士を気にしないことにした、そんな余裕はない。


ウォルトは体中に魔力がいきわたるのを感じると、空を見上げた。風の魔導士よりももっと高く、真上の蒼穹を見つめた。いつもなら、すがすがしい気分になるのだが、このときだけは不安しかなかった。

ウォルトは蒼穹に向かって手を突き出した。手の先から黒の魔導士独特の魔力が空に向かって流れていった。


そのとき凄まじい轟音とともに障壁が軋んだ。風の魔導士が攻撃を仕掛けてきたのだ。

ウォルトには見ることができなかったが、何かが障壁にぶつかり、そのたびに空気が震えた。守ってくれている魔導士たちは攻撃が障壁にあたるたびに苦しそうな声をだしていた。


しかし、ウォルトはひるまなかった。集中を切らすことなく魔力を空に向けて放った。


味方の魔導士たちはスキをみて攻撃をしかけてみてはいるのだが、空中を自由自在に飛びまわる敵に当てるのは難しく、かりにうまく狙ったとしても風の魔導士のまわりに渦巻く風によって、そらされ弱められ一撃も当てることができなかった。それとは対照的に風の魔導士は一か所にかたまっているこちらに対していくらでも攻撃をあてることができた。

しかし、六人の魔導士によって張られている障壁はなかなか破ることができなかった。


ふいに攻撃がやんだ。

諦めてくれたのだろうかと、すこし期待したがそうではなかった。風の魔導士はさっきよりも鬼気迫る顔つきで睨みつけてきていた。

ウォルトは空中を飛び回る魔導士から強い魔力を感じた。魔力は大気中に放たれ、それに風がまとわりついていた。


障壁を張っている魔導士たちのまわりで空気が渦を巻きはじめた。それに気づいたメアリおばさんが攻撃の手を休め叫んだ。


「全員防御に集中しろ!強力な魔法がくるぞ」


よく訓練された魔導士たちは命令に従順だった。すぐに攻撃をやめ、守りに集中した。ウォルトは障壁がより一層強くなったのを感じた。


空気の渦はみるみる大きくなり、あっという間に巨大な竜巻へと変わった。竜巻は塔全体をおおってしまうほど大きくなり巻き上げられたほこりで視界が遮られた。

凄まじい風圧によって、障壁だけでなく塔までもがきしみ、足元が揺れ始めた。それに加え、さっきまでの戦いで崩れたいくつもの塔の破片が竜巻にのって勢いよくぶつかってきた。

破片が障壁にぶつかるたびに、ガンっと大きな音が響き不安をあおってくる。


魔導士たちの限界はとっくにきていた。リナが叫んだ。


「ウォルト、まだなの!」


ウォルトはこたえなかった、というよりもできなかった。ウォルトの意識ははるか天空に向いていた。集中しすぎて、すぐ目の前で起こっていることがどこか他人ごとに思えてしまうほどだった。

ウォルトの視界は竜巻によって遮られているはずだが、はじめに狙いをつけたところは見えなくてもはっきり感じることができた。その一点にすべての魔力を集中させた。


ルーニー様は黒の魔導士は世界に干渉できると言った。世界に穴をあけることができるのだと。

なるほど、とウォルトは思った。ウォルトの魔力は世界のすき間に入り込み、少しずつ広げていった。ただ、それは簡単なことではなく、ウォルトは咆哮をあげ全身から魔力をふり絞った。


そしてついに、わずか人のこぶしくらいの小さな穴をあけることができた。


ウォルトは安堵したとたん、意識を失いそのまま倒れてしまった。
















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