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黒の魔導士  作者: ヒカル
8/12

風の魔導士

ビリー・ゲイルはふわふわと空中をただよいながら、つまらなそうに戦場を見下ろしていした。

眼下では、いま味方が城中に立て籠もっているいる敵に対して攻撃をしていたが、まるで亀のように引っ込んでいる敵に攻めあぐねているようだった。

場内に攻め込むのも時間の問題だろうが、もう自分には関係のないことなのでどうでもよかった。ビリーは、自分の役目は果たした、あとは他の者がやればいいと思っていた。



今年二十三歳になる若き天才は、ずっと自分の力を示したくてウズウズしていた。


特殊な魔法を持って生まれたビリーは、その才能を見込まれ、幼いころからずっと訓練に明け暮れていた。そして見込まれたとおり、魔法の腕前はみるみる上達し、いつからか自分より優れた魔導士などいないのではないか、と思うほどになった。

だが、その力をふるう機会がなかなかなかった。今日、その機会がやっとめぐってきた。



ビリーは城門を奇襲したときのことを何度も思い出した。


魔法によって強化された城門や城壁を破るのはなかなか難しい。ビリーもまともに正面から城門を破ることは不可能だった。しかし、守りが薄いところもある、上空だ。

城を守る魔法障壁はドーム状に、城全体を包み込んでいる。地上に近いほど強固だが、攻撃が届きにくい上空いけばいくほど、障壁も弱くなっている。空を飛べるビリーにとって高さは関係ない。最も高く、最も弱くなっているところならば、ビリーだけでも突破することができた。


ビリーの得意とする魔法は空気を圧縮させ、凄まじい勢いでぶつけることだ。本気をだせば大きな岩でも粉々にすることができた。

ビリーは障壁の薄くなっているところを狙って最大出力の魔法を放った。大きな音とともに、障壁が壊れ人が二、三人ほど通れるくらいの穴をあけることができた。


ビリーは障壁のなかに入ると、城門めがけて急降下した。ごうごうと風を切る音が大きくなるなか、ビリーはかつてないほど気分が高揚していた。まるで初めて人を殺したときのようだった。ビリーが人を初めて殺したとき、罪悪感などまったく感じなかった。あったのは高揚感と自分がまた一つ戦士として成長できたという喜びだった。そしてそれを周りも喜んだ。


地上が近くなると米粒のようだった人間もはっきり見ることができた。こちらに気付くこともなく無防備に後頭部をさらしている姿はマヌケに見えた。ビリーは容赦など一切せず、次々と魔法を放った。

圧縮した空気を凄まじい勢いで放ち、ぶつけていった。ぶつけられた相手はぺしゃんこになり、血の斑点が城内の地面につけられていった。


すぐさま相手も反応し、反撃を仕掛けてきた。しかし、ビリーには一つも当てることができなかった。

ビリーは空中を自由自在に飛びまわり、かりにうまく狙いをつけたとしても、風によって軌道をそらされた。ビリーにはかすり傷一つつけることができなかった。


城内は大混乱に陥った。ビリーは楽しくて楽しくて仕方がなかった。いつの間にか大笑いしながら人を殺していった。相手からは、とんだイカれた魔導士と思われたことだろう。

ただ、ビリーは狂喜の波にのまれながらも、頭のすみのほうでは冷静さを保っていた。ビリーの仕事はただ単に奇襲をかけることではない。ビリーが敵を引き付けている間に、混乱に乗じて潜り込ませていたスパイが城門を開くという作戦なのだ。

ビリーは切れ目のない攻撃をしかけながらも味方のスパイを探した。


スパイの顔は知らなかった。顔の特徴と服装は教えられていたので、あとは動きで判断するしかない。

すでに何人も殺しているので、そのスパイも間違って殺してしまっているかもしれないが。その時は自分でやればいいだけだ。


ビリーは目の端でコソコソと城門に向かっている人影をとらえた。よく確認すると教えられていた人物像によく似た男だった。目はくぼんで、顔はしわだらけ、無精ひげも伸び放題だ。しかし眼光は鋭く、飢えた狼のような男だった。


ビリーは猛攻を続けながらも援護だとさとられないように、うまくこの狼のような男のまわりの敵を潰していった。男が城門のすぐそばまで近づいたのを見ると、ビリーはそれまで以上の魔力を込め、魔法を放った。

ビリーの目の前で、大気が渦巻き始めた。はじめはそよ風ていどだったが、次第に強くなり、あっという間に巨大な竜巻になった。高さは物見の塔ほどもあり、近くにあるものをすべて吹き飛ばしてしまうほど強力だった。

ブルク城の魔導士の何人かは竜巻に巻き込まれ空高くまい上がり、吹き飛ばされていった。巻き込まれなかった者も後退せざるを得なかった。


竜巻は城門の前に立ちはだかり、敵の魔導士たちを近づけさせなかった。


ビリーは敵の攻撃が届かないところまで高く上昇し、竜巻をあやつった。ビリーは城門に注意を向けた。この大技は長くは続かない、あの狼のような男が手早く仕事をこなしてくれればいいと思った。城門には門番もいるので門番に返り討ちにあってしまう可能性もあるが、ビリーはあまり心配していなかった。


ビリーは男の鋭い眼光を思い出した。そこには恐れも不安もなかった。


城門に気を取られていた一瞬のことだった。目の前に炎の塊が迫ってきているのに気づき、とっさに避けた。あたりはしなかったが髪の先が焦げてしまうほどきわどかった。通り過ぎた炎とは反対にビリーの肝は冷えた。

続けて炎の塊はビリーに襲いかかってきた。ビリーは真剣になって避けた。襲いかかってくる攻撃は速くて強力だった。

しかもこの高さまで正確に狙いを定めてくるとは、かなりの手練れだ。


ビリーは興味をそそられ、この攻撃を仕掛けてきている敵を探した。魔法が飛んでくる軌道をさかのぼってみると、赤い髪の中年の女がいた。赤い髪の女は鬼の形相でこちらを睨みつけてきた。激しい怒りと憎しみが、そこにはあった。

ビリーは女のそんな態度に苛立ちを覚えた。


図に乗るな。あの女は殺す、ビリーは心に誓った。


殺意を胸いっぱいにふくらませ、女めがけて急降下しようとしたとき、城門のほうから雄たけびが聞こえた。やっと城門が開き、こちらの軍がなだれ込んできたのだ。

ビリーは女を殺すのは断念せざるをえなかった。なだれ込んできた味方の前にはビリーの巨大な竜巻が立ちはだかっている。まずはそちらをどうにかせなばならない。


ビリーは竜巻に集中した。ただ、そのまま消してしまうのはもったいない。ビリーは凶悪に渦巻く大気に命令した。


敵をなぎ払え!


竜巻はさらに大きくなり、凄まじい轟音をたてながら敵に突進していった。敵の魔導士たちは大混乱に陥った。

対抗するすべも、止めるすべもない。多くの魔導士が吹き飛ばされ、壁や地面にたたきつけられて死んでいった。巻き込まれなかったものも、ただ無様に逃げ回っていた。


ビリーは自分の思うとおりに物事が進み、まるで石ころみたいに吹っ飛んでいく人間たちをみて、おもしろくてしょうがなかった。大声をあげて無邪気な子供のように笑った。


このまま永遠に続けていたいが、さすがのビリーにも限界が近づいてきていた。竜巻は次第に勢力を弱め、最後にはほほをなでるような余韻を残して消え去っていった。消え去ったあとには、さっきまでの大混乱がウソだったかのような静けさが訪れた。敵も味方も身動き一つせず、小さな声も発なかった。そこにいたすべての者ががひきつった顔をしており、得体のしれないものを見るかのように、上空を見上げていた。


視線の先ではビリーがいつまでも、子供のように笑っていた。



ビリーははっと我に返った。いつのまにか回想にふけっていたらしい。無意識のうちに口元もニヤついていた。

もう何回目だろうか?ただ、何回思い返してもあきることはない、あのときの興奮を忘れることはできないのだ。

この戦争が終わるころにはビリー・ゲイルの名が世界中に知れ渡ることになるだろう。


しかし、ビリーには一つだけ気にかかることがあった。黒の魔導士だ。

敵のあいだでは英雄と呼ばれているらしいが、その魔法は一度に万の魔導士を葬ることができるという。本当にそんな魔法が存在するのか、にわかには信じられなかった。ただ、上官たちは異常におびえ警戒していた。軍をいくつもの部隊に分散し、多くの偵察隊をだし、スパイも潜り込ませた。ビリーにも見つけしだい、すぐに殺せと命令がきていた。


ビリーは気に食わなかった。黒の魔導士のせいで自分の存在がかすんでいるように思えるからだ。もし戦いの最中にみつけたら、まっさきに殺してやろうと心に決めていた。


だが、その機会はおとずれなかった。敵のなかに潜り込ませていたスパイが黒の魔導士らしき人物を何人か捕まえ、今も城中に監禁しているらしい。それが本物かどうかはわからないが、城を完全に落としてしまえば、もしかしたら黒の魔導士が手に入るかもしれないのだ。


上官たちのうれしそうな顔が目に浮かんだ。ビリーはチッっと舌打ちした。


そのとき、物見の塔のほうで叫び声があがった。ビリーがそちらに目を向けると、入り口の近くで何人か倒れていた。

隠れていた敵でもいたのか?とくに興味もなかったが、暇だったこともあり敵がいたら殺してやろうと塔のほうに飛んでいった。





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