戦いへ
「それにしても」
ウォルトはあきれながらいった。
「この城はどううなっているんだ。隠し部屋や隠し通路、そんなのばっかりなのか?」
「まあ、あんたの頭のなかよりは複雑かもね」
リナが満身創痍のウォルトに肩をかしながら冷たく言い放った。
二人はいま暗くて狭い隠し通路を二十人ほどの魔導士に前と後ろをはさまれ歩いていた。先頭にはルーシー様がいて皆を先導していた。メアリおばさんも後ろにいるはずだ。
この一言もしゃべらない重苦しい雰囲気の集団はいま、城の地下を通る隠し通路を使って物見の塔に向かっていた。
こんなモグラみたいにコソコソ移動するには理由がある。
敵はいま味方の軍勢が立てこもっている建物のまわりに、まるで蟻みたいに群がっている。
本来なら、わざわざこんな隠し通路なんか通らず、勇敢に外へ飛び出し攻撃を仕掛けたいが、わずかでも姿を見せればかっこうの標的になるのは間違いなかった。
というよりも、それ以前に建物に張り巡らしている防御魔法をわずかでも緩めるこさえできなかった。防御魔法が弱くなった瞬間、敵が突破してきて、こちらはなすすべもなく皆殺しにされてしまうだろう。
今も何とか持ちこたえてはいるが、それも時間の問題であることは誰もがわかっていた。
そんなどうしようもない状況を打破するために、考えだされた作戦はこうだ。
いまウォルトたちが向かっている物見の塔は、味方が立てこもっている建物から少し離れたところにある。ルーシー様の予想では敵は少ないであろうとのことだった。
そこに、こちらの精鋭部隊で奇襲をかけ一気に塔を占拠、ウォルトは塔の一番上まで駆け上がり、そこから空中に向けて黒の魔法を放つというものだった。ブルク城も含め、この辺一帯さら地になるだろうが、敵にあけ渡すくらいなら、という考えであった。
味方はどうするかというと、さらに地下に逃げ込み、魔法で結界をはってことが終わるまで耐えることになっている。
ちょうど巨大な竜巻が上空を通過するような感じになるらしい。なんとも無茶な作戦である。
そしてウォルトにはこの作戦に大きな不満があった。ウォルトの記憶によれば物見の塔はけっこうな高さがあったはずだ。それを一番上まで登らなければならないという。べつに元気なときならどうってことないのだが、こんな状態で登らないといけないと考えただけで憂鬱になった。
突然、真上から大きな爆発音がして、振動とともにホコリがぱらぱらと落ちてきた。皆立ち止まり息をひそめながら不安そうに上を見上げた。全員が緊張し空気まで張りつめているかのようだ。
しばらくの間石のように固まったままであったが、ほかに何の動きがないのがわかると、さらに重苦しい雰囲気になった集団はまた歩き出した。
まわりがまるで猫のように音を立てず忍び足で歩いているので、ウォルトも何となく同じようにしなければいけないような気がしたので努力はしてみたが、怪我もしてリナに支えてもらっているからか、あまりうまくはいかなかった。
そしてウォルトが自分の足取りに気をられていると、不意にリナが耳元でささやくようにいった。
「そういえば、おじさんもエクセ村のみんなも無事よ。さっきおじさんに、あんたは生きていたって伝えてきたわ。見ていられないほど落ち込んでいたから」
ウォルトはその姿が容易に想像できた。父はもし自分がいなくなったら生きていけないかもしれない。
「そうか、よかった。ったく親父もいい加減子離れしてくれないと、おちおち死ぬこともできないぜ」
ウォルトも声をひそめていった。
「おじさんらしいわ。でも確かに過保護かもね。この作戦のことを説明したら自分もついていくって聞かなかったんだから。説得するのに苦労したわ」
「たまにはガツンと言ってやればいいんだよ。足手まといです!ってな」
「あら、おじさんにそんな無礼なこと言えないわ」
「差別だ。なんでいつもおれだけキツイ言いかたされてるわけ?」
「あんたにはいいでしょ」
ま、いいけど。
ウォルトはもう話せるなら何でもいいやと思いはじめていた。
「おい、無駄話をするな」
不意にすぐ後ろにいる中年の魔導士に注意されてしまった。しかし、こんな状況のなかあまりに正論すぎて何も言い返すこともできずに、ウォルトとリナは気まずそうに顔を見合わせ、声を出さないように笑いあった。まるで一瞬幼いころに戻ったかのようだった。一緒に野原をかけまわり、いたずらをしてメアリおばさんにこっぴどく叱られ、同じように顔を見合わせていたっけ。
それからは二人とも無言になり、ほかにやることもないので黙々と歩いていると、いつの間にか塔の真下に着いたらしい、この静かな行進は止まった。
地下通路の行き止まりは上へと続く階段になっていた。しかし階段のさきは天井で塞がれており、一見これ以上進むことができないように思えた。しかしウォルトも、もういい加減わかっていた。あの天井は通り抜けられるに違いない。
先頭にいるルーニー様がみんなのほうに振り向いて言った。
「みなさん覚悟はできていますか?いきますよ!」
ルーニー様の言葉に皆無言で頷いたが、ウォルトだけは首を横にふった。
ルーニー様は杖を取り出すと、階段を塞いでいる天井に向け呪文を唱え始めた。唱え終わった瞬間、天井は煙となって消え失せ、普段ウォルトにも馴染みがあるような普通の階段になった。どうやら今回は、もしかしたらぶつかるかもしれないという心配はしなくてよさそうだ。
「突撃!」
ルーニー様が力強く言うと、二十人の魔導士たちは呪文を唱えながら次々と階段を駆け上がっていった。
まわりを取り囲んでいた魔導士たちが階段を登りきってしまうと、ウォルトとリナだけが取り残された。そしてリナもウォルトの腕を肩から外して杖をかまえた。ウォルトは支えを失って少しよろめいた。
「あんたはここにいなさい。顔をだすんじゃないわよ」
リナはそう言うと、階段を二段飛ばしでさっそうと駆け上がっていった。ウォルトは置いて行かれた子供みたいな表情で一人ぽつんと残された。
いつもこうだ。リナはいつも自分を置いて先にいっていまう。
ウォルトはつねづね、リナの横に並んで、リナを守ってやりたいと思ってはいるのだが、まったくその必要はないし足手まといになるだけだとわかっているので、もどかしく寂しい気持ちになるのだった。
階段の先からは雷が落ちたときのような轟音や振動、人の叫び声が聞こえてきた。
それが数分続いただろうか、音が鳴り止むとつかの間の静寂が訪れた。ウォルトがどうなったのだろうと心配していると、階段の先からリナがひょっこり顔をだした。
「もう上がっても大丈夫よ」
リナはそう言うと、一度ウォルトのところまで降りてきてくれ肩をかしてくれた。リナに支えてもらいながら階段をあがった。階段を登ったさきは思ったよりも広い空間が広がっていた。二、三十人なら余裕で入る広さだ。真四角に切り取られた石が隙間なく敷き詰められ、壁はレンガで積み上げてあり、はるか頂上まで続いいるのだろう。
奇襲は成功したようだった。塔の中には敵の魔導士が十人ほどいたが、突如あらわれた鬼の形相をした集団にはまったく対応できなかったのだろう、あっという間に制圧できた。しかし、安堵している暇はなかった。
「急いで入口を結界で塞ぎなさい。私はこの塔の防御魔法を発動させます!」
ルーニー様が叫ぶようにいった。外には敵が大勢いるのだ。この騒ぎに気付いてすぐに向かってくるだろう。
「メアリ、上にもまだ敵が残っているかもしれないわ。五人連れて行っていいから、片づけてきて」
ルーニー様がメアリおばさんにいった。メアリおばさんは大きくうなずいた。
「わかった」
メアリおばさんは五人指名すると上へと続く階段に向かった。そして、メアリおばさんが階段を二、三段上ったところで、ルーニー様が、あわてて声をかけた。
「あとメアリ、風の魔導士には気を付けて!」
メアリおばさんは立ち止まると、ルーニー様に不敵な笑みをみせた。
「わかってる。あのくそ野郎を見つけたら今度こそ仕留めてやる」
「期待してるわ」
ルーニー様は今度はウォルトとリナに近づいていった。
「あなたたちは、メアリのあとについて行きなさい」
「わかりました」
ウォルトとリナは同時にこたえた。ウォルトは階段を登るのがツラいですとは、とても言えなかった。
「ウォルト、私たちの命運はあなたにかかっています。頼みましたよ」
責任の大きさにウォルトは胃が痛くなってきた。だが、それをいま表にだすわけにはいかなかった。
「やってみせます」
ウォルトははきはきと自信があるかのようにいった。ウォルトの言葉にルーニー様も満足したようで、にっこり笑みを浮かべた。
「さあ、急ぎなさい。長くは持ちませんよ」
ウォルトとリナは頷くと、階段のほうに向かった。