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黒の魔導士  作者: ヒカル
5/12

密会

ウォルトは毛布にくるまって、グッスリ寝ていた。今日一日いろんなことがあって疲れていたのか、ちょっとやそっとじゃ目を覚ましそうになかった。

結局あの後、リナは夕食を取りに現れず、就寝の時間がきてしまい明かりも消されてしまったので、ウォルトも寝ることにした。ただ、リナが来てもすぐにわかるように、部屋の入口近くの場所を陣取った。


そして夜もふけたころ、ウォルトは口をあけ、だらしのない顔で寝ていたが、夢の中でふとリナに呼ばれたような気がした。自分を呼ぶ声は、初めはささやき声だったが、次第に大きくなり、しまいには怒気を含むようになっていった。夢の中でくらい怒らないでもいいのにと、げんなりしそうになったとき、胸のあたりで何かが、ぶるぶると震え、驚いて目が覚めた。ネズミでも潜り込んだのかと思い、震えているものを手に取ってみると、それは青白く光る魔法石だった。


「ウォルト、目が覚めた?」


魔法石からリナの声が聞こえ、それと同時にブルブルと手の中で震えた。寝起きで完全に思考停止していたウォルトは一瞬なにが起こっているのかわからなかった。


「ウォルト?」


リナの声がもう一度聞こえ、ウォルトはやっと状況が理解できてきた。


「リナ・・・うん・・・どうした?」


ウォルトはかすれた声で返事をした。


「やっと起きたのね。何度も呼んだのよ」

「ごめん」


ウォルトは一応謝ったが、こんな夜中に呼びかけてくるリナも悪いと、心の中で思った。


「ウォルト、今から外に来られる?」リナがいった。

「晩飯か?・・・・・・もうちょっと早く来いよ」


ウォルトは一言小言を言わずにはおれなかった。


「それもあるけど、それだけじゃないわ」

「どゆこと?」

「詳しくは会ってから話すわ。とにかく外にでてきなさい」


どうやら拒否権はないらしい。ウォルトは重い体を起こした。体の節々が痛い。やはり昨日コキ使われたのがこたえているようだ。

今のリナとの会話で、誰か目をさましたかもしれないと耳を澄ませてみた。

真っ暗なので周りは見えないが、聞こえてくるのは規則正しい寝息といびきだけだった。誰も起こさなかったようだ。

ウォルトは寝床からはい出ると、そばに置いていたリナの夕食を手に取り、手探りで入口を探した。入口はすぐに見つかった。近くに寝ていたのは正解だったようだ。

ドアの取手に手をかけると、できるだけ音をたてないように、そっと木製のドアを押した。気をつけたつもりだが、それでもギギギときしんだ音が鳴った。ウォルトは部屋の外にでると、ゆっくりとドアを閉め、ホッと息をついた。

ウォルトは顔を上げ、廊下を見渡した。真っ暗かと思っていたが、薄明かりが廊下を照らし出していた。

この建物に入ったとき驚いたのだが、廊下の天井に手の平くらいの魔法陣が書かれており、そこから弱い光が発せられていた。便利なものだ、ウォルトは家に三つほど欲しくなった。

ウォルトは道順を思い出しながら、うっすらと見える不気味な廊下を、ゆっくりと歩いていった。


宿舎の外までたどり着くと、そこにはリナの姿はなかった。月が天高くのぼり、周りはよく見えるので、暗くて見えないということはない。まだ来てないのだろうとウォルトは思った。

そのとき、いきなり肘のあたりを掴まれたので、思わず声をあげそうになった。掴まれたほうに顔を向けたが、そこには誰もおらず、何もない空間が広がっていた。だが、確かに掴まれている感覚はある。

ウォルトは恐怖で声もだせなかった。この城で戦って死んだ魔導士の亡霊かもしれない。この城の長い戦いの歴史にのなかで、死んでいった者も大勢いる。

ウォルトがパニックに陥っていると、目の前からクスクスと笑い声が聞こえた。しかも、どこかで聞き覚えがある声だった。


「ちょっと落ち着きなさいよ、ウォルト」


面白がるように聞こえてきた声は、間違いない、リナだ。リナの笑い声を聞いているうちに、ウォルトもだんだん冷静になってきた。


「リナなのか?」


ウォルトは見えないが、声のするほうにいった。


「そうよ」リナが応えた。

「そんな魔法もあるのか」


ウォルトは驚いたと同時にあきれてしまった。


「タチが悪いんじゃないのか」

「あら、この魔法はとても難しいのよ。本当に才能のある魔導士にしかできないんだから」

「人を驚かすことに使うのは才能のムダ使いと思うけど」


ウォルトは冷状況がわかってくると、腹が立ってきた。


「怒らないでよ。別にあんたを驚かせるためだけに使っているわけじゃないわ。とりあえず移動するわよ」

「どこに?メシならここで渡すけど?」

「他にも用事があるって言ったでしょ。いいから、ついてきなさい」


リナはそう言って、ウォルトの腕を引っ張って歩きだした。ウォルトは見えない手に引っ張られることに、何か不思議な感じがした。

面倒なことにならなければいいなあと、ウォルトは思った。


二人は建物と建物の、通路というよりは隙間を息を潜めて歩いていた。

こんな暗い所を何も喋らずに歩くのは、気が重くなるのでウォルトの本心ではなかったが、リナに声を出すなと言われていたので黙って歩いていた。暗闇のなか、二人の足音だけががひかえめに響いていった。

そして、ウォルトがどこをどう通ったか、さっぱり解らなくなったころ、リナがようやく立ち止まった。しかし、そこは袋小路になっており、これ以上進めなかった。道を間違えたのだろうか?


ちょうど月明かりが差し込んでいて、うっすら目の前の石壁を照らしていた。リナは、もうその姿が見えるようになっており、ウォルトの腕をつかんでいる手も見えた。ウォルトはホッとした。やはり見えない手に引っ張られるのは良い気がしない。

かすかな虫の鳴く音しかしない静けさのなか、リナが小声で呪文を唱えるのをウォルトは聞いた。あいかわらず、さっぱり意味がわからなかったが。

リナは呪文を言い終わると、再びウォルトの腕を引っ張り、目の前の壁に向かって歩きだした。ウォルトは驚いて、とっさに止まろうとしたが、リナはそれ以上の力で引っ張ったので、引きずられるように前に進んだ。リナの予想外の力と、パランスを崩した体制のせいで、歩みを止めることができずに、ウォルトはすぐ目の前にせまった石壁を見て、空いている手を上げ頭部を守った。しかし、上げた手は壁にぶつからずに石壁に吸い込まれ、そのままウォルトの体も壁の中に消えてしまった。

次の瞬間、ウォルトの目に飛び込んできたものは、ロウソクの淡い光だった。ロウソクは三本、テーブルの上に置かれており、辺りをうっすら照らしだしていた。どうやらウォルト達がいるのは小さい倉庫のような部屋らしい。窓一つないし、どこかホコリっぽく、じめじめしていた。ごつごつした床や壁も、ロウソクの光のせいかもしれないが、どこか薄汚れて見えた。日ごろ人が住んでいるような感じではない。


テーブルの傍には二人の女性が立っていた。一人はウォルトもよく知っている人だった。リナの母親、メアリおばさんだ。

もう一人は、年齢はメアリおばさんと同じくらいだろうか、黒髪で顔のほりが深い、よく日に焼けた女性だった。グレーの鋭い眼差しがウォルトをじっと見据えていた。


「ルーニー様、ウォルト・ベイカーを連れてきました」リナがいった。


どうやら、グレーの瞳の女性はルーニー様という名前らしい。


「ご苦労様でした」ルーニー様がいった。


ウォルトはまったく状況が飲み込めず、今自分が通り抜けた壁や、部屋の中を不思議そうに見渡していた。

いつまでも落ち着かないウォルトを見かねて、メアリおばさんが口をひらいた。


「ここは隠し部屋なんだ。ウォルト、お前がいま通り抜けてきた壁は魔法で造られているんだよ。魔力を込めた合言葉を言わないと通れないようになっている」

「・・・はあ」


ウォルトは気の抜けた返事をした。やはりイマイチ状況が飲み込めない。


「顔をよく見たいわ。もっとこっちへ来なさい」ルーニー様がいった。


ウォルトとリナはテーブルの近くに寄った。ウォルトの顔がロウソクの明かりで照らされると、ルーニー様は、かすかに微笑んだ。


「なるほど、エミリーの面影があるわね」ルーニー様がいった。


ウォルトは母親の名前がでてきたことに驚いた。


「あなたは、どなたですか?」

「わたしは、スザンナ・ルーニー。この城の城主であり、戦いの総指揮を任されています。よろしくね、ウォルト・ベイカー、黒の英雄さん」


城主といえば大柄でヒゲの生えた屈強な男とばかり想像していたので、目の前の女性が、この城の全ての魔導士を従えているのかと思うと、母の名前がでてきたときよりも驚いた。


「お前に会っておきたいと言うのでな、寝ていたところ悪いが、急遽来てもらった」メアリおばさんがいった。

「いえ、大丈夫です。そのぶん、明日遅くまで寝てていい、と許可がいただけるなら」


ウォルトがそう言った瞬間、隣にいたリナが足を踏んずけてきたので、ウォルトは思わずうずくまって悶絶した。

ウォルトは夕食のときの父親の忠告を思い出した。少し言葉には気をつけることにしよう。


ウォルトはやっと起き上がると、涙目になりながらいった。


「おれに何か用ですか」


ルーニー様は、その様子を見て、ハハハと笑った。


「なるほど、メアリの言っていたとおりね。戦いの前に冗談が言える余裕があるのはいいことだわ」

「わたしは逆にそこが心配なんだけどね」メアリおばさんがこたえた。


ルーニー様は、しばらく笑っていたが、笑いを止めるとウォルトに向かっていった。


「さて、あなたに来てもらったのは、ただ単に会っておきたいというだけではありません。あなたの魔法と、もうすぐ始まる戦いについて話しておきたいと思ったからです」


それはずばりウォルトも知りたかったことなので文句はないのだが、それにしても時間を考えてほしい。


「まず、あなたの魔法のことなのですが、あなた自身は自分の魔法について、どれだけ理解していますか?」

「はい、ええと・・・たしか吸い込まれて危ない・・・だったような」


ウォルトは何年も前にメアリおばさんから教えてもらったことを思い出しながらいった。要点はおさえているかと思ったが、ウォルトの答えを聞いて、メアリおばさんは、あきれた顔をしていた。あいた口がふさがらないとは、こういう顔のことを言うのだろうか?


「前にちゃんと教えたと思うが」


メアリおばさんは、怒気を含んだ声でいった。

ウォルトはたじろいだ。メアリおばさんを本気で怒らせるのはマズイ。ウォルトが必死に言い訳を考えていると、ルーニー様が助け舟をだしてくれた。


「まあまあ、いいじゃないメアリ。また一から教えてあげましょう」


それでメアリおばさんも怒りを静めたのか、それ以上は何も言ってこなかった。


「ウォルト、あなたの魔法は、私達の使う魔法とはまったくの別物です。あなたの魔法は世界の根幹に干渉することができるのです」ルーニー様がいった。


ウォルトは、なんとなく以前メアリおばさんから聞いたような気がした。もう何年も前のことなので、ハッキリとは思い出せないが。


「その・・・つまり、おれがこの魔法を使うと、どうなるのですか?」ウォルトは尋ねた。

「あなたが魔法を使うと、半径数百メートルが消滅し、周囲数キロに壊滅的な被害がでます」


ルーニー様は淡々といった。今回ばかりはウォルトも冗談で返せなかった。今の説明のほうが冗談に聞こえる。


「おれの魔法に、なぜそんな力があるのですか?」

「あなたの魔法は・・・仮説にすぎませんが、世界に穴を空けることができると言われています」

「穴・・ですか?」

「ええ。水を一杯に溜めた器の底に、穴をあけるような想像をしてみて、水が流れ出るでしょう?それと同じように、世界に空いた穴から、こちらのモノが外へ流れ出るのだと考えられているわ」


ウォルトは自分でも頭は良いほうだとは思っていないので、今の説明がよくわからなくても、しょうがないと思った。

ただ、気になったことはあった。


「その、この世界の外に流れていったものは、どうなるんですか?」

「さあ?帰ってきたものはいないわ」


ルーニー様は感情を感じさせない声でいった。

ここでメアリおばさんが口をはさんだ。


「気をつけなければいけないことは、お前の魔法は、お前自身や、味方までも巻き込んでしまう危険があるということだ。黒の魔法は発動してしまうと、使った本人でさえも止めることはできない。いったん動き出した流れは周りを呑み込んでしまうまで収まらない。そして・・・」


メアリおばさんは途中で言葉を切り、どこか言いずらそうにしていた。


「何です?」ウォルトはきいた。

「・・・お前の母親も、自身が使った黒の魔法に巻き込まれ、消えてしまった」


ウォルトは驚いて、メアリおばさんのほうを見た。その表情は平静を保とうとしているが、どこか悲しげに見えた。

ウォルトは母親の死を、戦争によって命を落とした、としか聞いていなかった。


ウォルトは母の最後の姿を思いだした。戸口に立ちつくし、冷たい雨の降っている空を見上げ、小さく震えていた母の姿を。


「でも、黒の魔法って変わっていますね。使った本人が巻き込まれるなんて」ウォルトがいった。

「そうでもないわ」リナがこたえた。

「普通の魔法であっても、使い方を間違えれば、使い手にも危険が及ぶことがあるわ」

「じゃあ、おれの魔法も普通ってことか」

「ま、少し変わってはいるわね」


やれやれ、普通だったら、こんなやっかいなことに巻き込まれなかったのに、とウォルトは思った。自分は平穏を愛する男だと思っている、断じてめんどくさがりなのではない。


「まあ、そんなに心配することはありません。使い方さえ間違えなければいいのですから」ルーニー様がいった。

「何をどうすれば正しい使い方になるのですか?おれはまだ自分の魔法を一度も使ったことがないのですが」ウォルトは尋ねた。

「単純です。黒の魔法をできるだけ遠くで発動させること、そしてすぐに逃げること」

「・・・なるほど」


逃げるのは得意なので問題はないが、できるだけ遠くで発動させることができるのだろうかと、ウォルトは心配になった。

めずらしく考え込むウォルトを見て、メアリおばさんがいった。


「大丈夫だ、お前ならやれる。お前の母親だって一回目でできたんだ」

「はあ、一応がんばってみます」


ウォルトは自信のない、気の抜けた返事をした。


「でも、十年前の戦いで、母は自身の魔法に巻き込まれたんですよね?うまくいかなかった理由でもあるのですか?」

「あのときは裏切り者がいたのです」ルーニー様がいった。


「十年前の戦いのとき、エミリーと護衛たちは予定の位置に向かっていました。相手に奇襲をかけるため隠密に行動していたのですが、途中で敵に待ち伏せされていたのです。護衛の一人が敵とつながっていたようです。知らせを受けた私達はすぐに助けに向かいましたが、間に合いませんでした。エミリーは助からないと悟ったのでしょう、黒の魔法を発動させ、近づくことさえできませんでした。それでも、敵軍は大幅に減らすことができ、私達は勝つことができました。でも、エミリーは帰ってきませんでした」


ウォルトは、今まで知らなかった母親のことを次々と聞かされ、頭はついていくのに必死だったが、胸があつくなってくるのを感じた。母は命を賭して、この国と自分たちを守ってくれたのだ。


「あなたの母親は、とても優しく、強い人でした。守ることができなくて、ごめんなさい」ルーニー様がいった。


ウォルトは首を横に振った。


「謝らないでください、大丈夫ですから。それよりも母のことを、よくご存知だったのですね」


ルーニー様は何かを懐かしむように微笑んだ。


「ええ、エミリーと私、メアリは親友だったのですよ」


メアリおばさんも頷いた。

この二人に母も加われば、一国でも相手にできそうだな、とウォルトは思った。


「あなたの母親のことも、もっと詳しく話してあげたいのだけど、今はあまり時間がありません。この戦いが終わったら、ゆっくり話してあげるわね。今から作戦のことについて説明するわ」


ルーニー様は、母のことを話しているときは穏和な表情をしていたが、戦いの話になったとたん険しい表情になった。

さすがのウォルトも冗談を言えるような雰囲気ではなかった。


「どうぞ」ウォルトがいった。


「まずウォルト、あなたにはメアリと二人で密かに城をでて、敵に近づいてもらいます」

「二人でですか?」


ウォルトは驚いて、つい口をだしてしまった。


「なんだ?不満か?」


メアリおばさんが、軽く睨みながらいった。


「いえ、まったくそんなことはありません。ただ、危険ではないですか?」


ウォルトは引きつった笑を浮かべながらいった。


「確かに危険ではあります」ルーニー様も同意した。

「しかし、メアリは隠密魔法のエキスパートです。よほどのことがないかぎり敵に見つかることはないでしょう。むしろ大人数のほうが敵に発見されやすくなります。そして・・・」


ルーニー様はリナのほうを見た。


「リナには、さっき話したとおり、おとりになってもらいます」

「わかっています」


リナは冷静にこたえた。

しかし、ウォルトは、おとりという言葉に動揺した。


「おとりって、どういうことですか?」ウォルトはいった。

「十年前の裏切りのこともあります。今度もどこから情報がもれているかわかりません。リナには十人ほどの護衛をつけて敵に近づいてもらいます。いかにも黒の魔導士らしく装ってね」

「そんな!それこそ危険だ!」


ウォルトは、いつものウォルトらしくない強い口調で抗議した。


「ちょっとウォルト、あんた今何言っているのか、わかってるの?」


リナがいった。その声は落ち着いていたが、静かな怒りが込められていることにウォルトは気づいた。なぜ怒っているのかも何となくわかったが、ウォルトはなおも抗議した。


「おとりなんて、そんな危険なこと本当に必要なんですか?」

「だからウォルト!それは、わたしに対する侮辱よね!」


今度はリナも怒りを隠さず、声を荒らげていった。


「あんたは、私が敵を目の前にしてコソコソ逃げ隠れしていたほうがいいって言っているのね!」

「そうじゃない!・・・おれはただ・・・」


ウォルトにしては珍しく、今回はリナと口論になっても一歩もひかなかった。


「二人とも落ち着きなさい!」


ルーニー様が、子供を叱りつけるようにいった。二人は言い合いをやめたが、その顔にはまだ抗議の色が浮かんでいた。ルーニー様はその様子をみて、ため息をついた。


「ウォルト、おとり役は必要なのです」

「でも・・・」

「まあ聞きなさい。敵は索敵魔法でこちらの動きを探ってきます。敵の斥候や、待ち構えている敵の目をそらすことで、作戦が成功する確率は高くなります」


「もう十年前のように黒の魔導士を失うわけにはいかない。多少危険だろうが、考えつくことは全てやらなければならない」メアリおばさんがいった。


それを、自分の娘にやらせるのか!ウォルトは少しも納得はできなかった。

ただ、自分の娘を最も危険なところへ送り出す母親の気持ちを察せないわけではなかった。


ルーニー様がいった。

「ウォルト、リナは若いけれど大勢いる魔導士のなかで、本当に才能ある者にしかなれない上級魔導士なのです。この役目も十分に任せることができます。それに、あなたのほうが危険なのですよ。もし、あなたとメアリ、二人のところを敵に見つかったら確実に命はないでしょう」

「それはそうですが・・・」

「とにかく、この話は終わりにしましょう。作戦に変更はありません。あなたも自分の役割を果たすことだけを考えていなさい」


ウォルトは言い返したいことが山ほどあったが、これ以上自分が何を言っても変わらないことを悟り、しぶしぶ頷いた。



それから、作戦の決行は明日の早朝からと決まり、話し合いも終わった。


ウォルトはまたリナに手を引かれ、隠し部屋の壁を通り抜け、外にでた。夜の空気は冷えてはいたが、今までカビ臭い部屋にいたので、すがすがしく感じられて、ウォルトは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。そして、ふと気になって後ろを振り返り、いま自分が通り抜けてきた壁を触ってみた。ざらざらした石の感触は、まるで本物の壁に思えた。魔法っていうのは、いろんなことが出来るんだなあ、と改めて感心した。


「何しているのウォルト、さっさと戻るわよ」リナがいった。


まだ怒っているらしく、その声は夜の空気よりも冷たかった。今となっては、さっきの発言はリナに対して失礼だったと反省していた。これまでリナがどれだけ努力してきたか、わかってはいたのだが。ウォルトがリナのほうに向きなおると、また腕をつかまれた。なんとなく、来るときよりも力がこもっている気がする。


「そんな嫌そうに腕をつかまなくてもいいんじゃないか?小さい子供じゃあるまいし、ちゃんと後ろからついて行くよ」ウォルトがいった。


まあ、腕をつかまれること自体は悪い気はしないのだが、もっとこう雰囲気はだせないだろうか?腕を組んで歩くとか。


「はあ?わたしが好き好んで、あんたの腕をつかんでいると思ってるの?姿を消す魔法を、あんたにもかけるために仕方なくやってんのよ!」


すごい剣幕でリナがいった。どうやら、まだ相当頭にきているらしい。ウォルトは冷や汗をかきながら、一応謝っておくことにした。


「あ・・・そうなんだ、ごめん」


しかし、事前に説明してくれてもいいのではないだろうか?



宿舎への帰り道、リナはウォルトがときどき、つまずきそうになるくらい強く引っ張りながら自身の怒りを表現していた。ウォルトは引っ張られながら苦笑いを浮かべ、どうしたらリナの機嫌がなおるか考えていたが、結局宿舎にたどり着くまでに思い浮かばなかった。


二人は宿舎の中に入り、うっすらと照らし出された、相変わらず不気味な廊下を歩いていった。


「部屋はどこ?」リナがいった。


どうやら、部屋の前までつき合ってくれるらしい。


「たしか、七番目の部屋だった」

「たしかってなによ。自分の部屋も覚えてないの?」


いちいち突っかかってくるなあ、とウォルトはおもった。


「扉にカラスの絵が描かれていたよ」

「そう、じゃあすぐそこね」


目的の部屋には、すぐに着いた。カラスの扉の前で止まると、リナが手を腕を離した。


「明日はキツイだろうから、よく休んでおくのよ」リナがいった。


ウォルトは声のしたほうに目をこらしたが、姿を消す魔法を使っているらしく見えなかった。


「リナ、さっきはゴメン」


ウォルトはリナがいるであろう方向に向かっていった。

返事はすぐには返ってこなかった。近くにいるとは思うのだが。


「あんたは私の心配なんてしなくていいのよ」


すぐ横で声がした。


「少しくらい誰かに心配されたほうが嬉しいだろ?」

「それは、人によるわね」

「・・・ですよねー」


自分が心配しても、リナを怒らせただけだったことに、ウォルトは悲しくなった。


「そのことはもういいわ。とにかく、明日は十分気をつけることね、死んだら許さないから」

「死んでからもビクビクするのはゴメンだな。ま、死なないように頑張るよ」

「そうしなさい」

「ああ」

「もう行くわ」

「わかった」


ウォルトは声にだすと、また怒られそうだったので、心の中でつぶやいた。・・・どうか無事で。


耳をすませると、小さな足音が出口に向かっていくのが聞こえた。足音が完全に聞こえなくなるのを待ってから、ウォルトは扉に手をかけた。

やれやれ、やっと寝れる。まだ真夜中だったことを思い出すと、急に眠気が襲ってきて大きなあくびをした。

ウォルトは扉を開いた。木製の扉は相変わらず、ギギギと不愉快な音をたてた。


「やっと戻ってきたか。こんな夜中に城の探検でもしてきたのか」


突然声をかけられ、ウォルトはびくっとした。部屋の中からだったが、真っ暗なので誰が言ったかはわからない。しかし、こんな声のやつがエクセ村の中にいただろうか?どこか人を馬鹿にしているような言い方だった。


ウォルトは目をこらした。見えるとは思わなかったが、うっすら目の前に人が立っているのがわかった。ウォルトは驚いて、光のある廊下の中程まで後ずさった。すると、目の前の人影も光のあるところまで出てきた。

背が高く痩せた男だ。色白で、眉が薄く、鼻も低くて、あまり印象に残らない顔をしていたが、ウォルトは何故かどこかで見たような気がした。


「なあ、どこへ行っていた?」男が聞いてきた。


「便所ですよ。小ではなく大のほうだったので時間がかかってしまいました」


なんとなくだが、この男は危険だと、ウォルトは感じていた。


「それにしても長かったな」

「おれは便秘気味なので長いんですよ。いやースッキリしました。数日分たまっていたので」

「それはよかったな」

「ええ。ところで何か用ですか?できれば明日にしてほしいのですが。もう寝たいので」

「それはできない。今すぐ一緒にきてもらおうか」


男はそう言うと、ボソボソと短い呪文を唱えた。

ウォルトは危険を感じ、とっさに逃げようとしたが男が呪文を唱え終わったとたん、意識が遠のいて石の床に倒れ込んでしまった。薄れゆく意識の中で、男が自分の顔をのぞき込んでいるのがわかった。そこでやっと思い出した。こいつはブルク城に向かう途中で出くわした、盗賊たちを率いていたフードの魔導士だ。






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