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黒の魔導士  作者: ヒカル
4/12

ブルク城

太陽が傾いてきたころ、ようやくブルク城が見えてきた。昼間はさんざんな目にあったが、日暮れ前には着くことができそうなので、一行はほっとした。


ブルク城は、まだ遠くにあるが、その大きさは感じることはできた。城は小高い山の山頂に構え、周りを高い城壁で囲み、ひときわ目立つ塔の高さは何十メートルもありそうだった。その全てが石でできており、いかにも頑丈そうだ。


ウォルトは感心して、城のほうを見ながら歩いていたので何度か転びそうになってしまった。


ふいに馬のかける蹄の音が聞こえてきたので、ウォルトは道のほうに視線を戻した。どうやら、道の先から、五、六人ほどが馬に乗って、こちらに近づいてきているようだ。

魔導士だろうか?


エクセ村一行は、自然と進むのを止め、馬に乗って近づいて来る者たちを待った。みんな少し不安なっているのだろう、お互いに顔を見合わせて、どうしたらいいのかわからないようだった。

そんななか、リナだけは荷台から軽々と飛び降り、みんなから十歩ほど前にでて、近づいて来るものたちに向き合った。


六頭の馬は、砂ぼこりをあげながらリナの前で止まり、威かくするかのように、いなないた。

馬に乗っている者たちは、深い緑の長袖に、黒いズボン、皮の胸当てを付けていた。その胸当てのドラゴンの刻印と、腰に差してある杖を見れば、魔導士であることは一目瞭然であった。

男四人に、女性も二人いた。


「お前たちは何者だ」


一番前の立派なヒゲを生やした男がいった。おそらく、この中で一番偉いのだろう、態度がでかい。


「エクセ村の者です。食料と備品を持ってきました。わたしは、この一行の護衛を任されたリナ・キャンベルです。命令書もあります」


リナは、よく響く凛とした声で言うと命令書を取り出し魔導士たちに見えるように掲げた。


ヒゲの魔導士は目を細めて命令書を見ると馬から降り、命令書を受け取った。そして、読み終えるとリナに命令書を返し、姿勢を正した。


「上級魔導士のかたでしたか、失礼しました。命令書も本物です。しかし規則ですので、荷物の確認と、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


態度がガラッと変わったヒゲの魔導士がいった。


「もちろんです。お願いします」


リナも声を柔らかくしていった。


ヒゲの魔導士は、ほかの魔導士たちに手を振って合図すると、魔導士たちは馬から降りて、こっちに近づき荷物を調べ始めた。

魔導士たちは念入りに荷物を調べ、ウォルトたちにも、いくつか質問をしてきた。


ウォルトがリナのほうを見ると、リナは、そのまま隊長であろうヒゲの魔導士と話を続けていた。


「リナさん、堂々としているよな」


いつの間にか横に来ていた、イーモンがいった。ダスティもいる。


「うん、かっこいい」


ダスティが感心したようにいった。


ウォルトも、それは認めざるをえなかった。背筋を真っ直ぐにして立ち、赤い髪なびかせ、いつもより凛々しく見える横顔は、もう大人の女性に思えた。


なぜだろう、ウォルトには、リナが急に遠い存在に思えてしまった。



魔導士たちによる調べが終わると、エクセ村一行は再びブルク城に向かって歩き始めた。

魔導士たちも後ろからついてきた。彼らも城の戻るようだ。


ウォルトは無事に城に着けそうだと思うと、気が抜けてしまったのか、なんだかお腹が減ってきてしまった。しばらくは夕食のことしか考えられなくなってしまった。


早く、お腹いっぱいに食べて休みたいなどと真剣に考えていると、突然、肩をつかまれ強引に振り向かされた。

リナだった。


「ウォルト、なに無視してるのよ」


どうやら何回も呼んでいたらしい。


「ごめん、ちょっと考えごとしてた」


うそではない。真剣に夕食のことを考えていた。

食べることは大切だと思う。


「ふん、どうせ食べることでも考えてたんでしょ」


リナがいった。

なんて鋭い女だ。


「まあいいわ、さっき、そこにいるヒゲを生やした魔導士と話をしてたのだけど」

「見てたよ、愛の告白でもされた?」

「あとで、ぶっとばすわね。ヒゲの魔導士の話だと、敵の進軍が予想よりも早いらしいわ」


ウォルトは、最初の言葉がインパクトがありすぎて続く言葉の意味が、よく理解できなかった。


「どういうこと?」

「明日か明後日には戦うことになるかもしれないって言っているのよ、お馬鹿さん」


リナが、おちょくるようにいった。


「明日だって?」


ウォルトは焦った。まだ数日あると思っていたのに。


「距離から考えると明後日になる可能性が高いとは思うけど、覚悟だけはしときなさい」


ウォルトは、それを聞くと腹が減っていることなど気にならなくなった。かわりに胃が痛くなってきた。


「はあ、夢なら覚めてくれ」


ウォルトは、あきらめたようにいった。


「あら、じゃあ目が覚めるように、今ぶんなぐってあげましょうか?」


リナは笑顔でいったが、目は笑っていなかった。



ブルク城までは、最後に山道を登らなければならず、それが思いのほか時間がかかってしまった。全員で荷車を押し、魔導士たちも手伝ってくれたが、城門の前に着くころには、あたりは薄暗くなっていた。


それにしても、魔導士たちの力の強さには驚かされた。魔法で強化しているらしいが、普通の人の何倍も力がありそうだった。リナも手伝ってくれたのだが、リナが荷車を押したとたん、ぐんと軽くなったのがわかり、ウォルトは怖くなった。こんなのに殴られたら、ひとたまりもない。


ウォルトは自分の何倍もある城門を見上げた。大きい石と、太い木で造られている城門は威圧的だった。ただ、ところどころに装飾が施されており、優雅さもかね備えられていた。魔導士はインテリが多いときくが、こんな細かいところにも、それは表れているのだろう。


とくに気になったのが、ウォルトには読めない文字と、入り組んだ線で描かれた、円形の文様だった。

積み上げられた石や、組まれている柱の一つ一つに念入りに描かれている。

そして、ウォルトには、その文様がうっすら光っているように見えた。


ウォルトは隣にいるリナに聞いた。


「なあ、あれって何か意味あるのか?」

「あれって何よ?」

「あの変な文様だよ」


ウォルトは近くにある城壁の石に描かれている文様を指さした。


「ああ、魔法防壁の魔方陣よ。あれが描かれた城壁や柱は、魔力を流すことによって、魔法による攻撃に耐性を持つことができるの」

「へえ」

「だから、そんなに簡単に攻め込まれたりはしないわ」

「昼間の炎の大蛇でも無理?」

「あんなのじゃ、びくともしないわね」

「それは頼もしいね」


一行は、城門が閉められているので、それ以上先に進めず城門の前で止まっていると、上のほうから声が聞こえてきた。


「お前たちは何者だ?」


声のほうを見ると、城門の上のほうに四角い小さな窓があり、そこからのっぺりした顔がのぞいていた。

どうやら門番らしい。


ヒゲの魔導士は前に進みでると、顔を門番のほうに向けた。


「おれだ」


門番はヒゲの魔導士の顔を見ると、うれしそうにいった。


「アトラス!盗賊にでもなったのか?ずいぶんな大荷物じゃないか。どこの村を襲ってきた?」


どうやら、ヒゲの魔導士はアトラスという名前らしい。


「エクセ村だ。お前にも分け前をやるから開けてくれないか」


アトラスは笑いながらいった。


「ワインはあるんだろうな?」

「上物がある」

「よし、待ってろ」


門番はそう言うと、窓から顔をひっこませた。

しばらく待っていると、鉄の重そうな扉が、鈍い音をたてて開かれた。

中からは、さっきの門番と、数人の兵士が現れた。


「悪いが、入れる前にあらためさせてもらう。きまりなんでな。ワインの味も確かめてやろう」


門番の男がいった。


「わかっている。全部飲み干してしまうなよ」


アトラスがいった。


それからウォルトたちは、さっきと同じような質問を受け、荷物も調べられた。そして、エクセ村の者だとわかると、やっと城内に入れてもらえた。

しかし、高い城壁の外からはわからなかったが、城内にはまだ坂道が続いており、もう一度荷車を押さなければならなかった。


ウォルトは気が重くなった。ぬか喜びさせられた気分だ。

そう思いながら、また力いっぱい荷車を押した。


押していた荷車が軽くなったとき、ウォルトは平らな地面があることを願った。願いは叶えられた。

現れたのは、石畳の滑らかな地面だった。


ウォルトはホッとして顔をあげた。

そこには、大きな建物がいくつもあり、特に目をひいたのは高さが何十メートルもある物見の塔だった。

さっきも城壁を見て思ったことだが、よくもまあ、これだけの石を積み上げたものだ。


「おい、食料は食料庫に運んでくれ。そのあとに馬は厩舎に連れていく。エサもあたえよう」


アトラスがいった。


異議あり!馬にやる前に、おれたちにエサを与えてくれ!そうウォルトは抗議したかったが、声にはださずにおいた。


「それらが終わったら食事にしよう。いまから準備させておく」


ウォルトはその言葉で気合を入れなおした。



もう完全に暗くなってしまったので、荷物を運ぶのは松明の光で照らしながらやらなければならなかった。

荷台の上にはイーモンが乗り、下の人間に荷物を渡していた。ウォルトもイーモンから荷物を受け取った。


「なあ、ウォルト」


荷物を渡しながらイーモンがいった。


「なに?」

「文句の一つでも言いたくならないか?」

「その気持ちはよくわかる」

「こき使いやがって。これでメシが不味かったら、おれは暴れるかもしれないぜ」

「そうなったら魔法で取り押さえてもらえるよ」

「あー、そりゃゴメンだぜ。炎の大蛇なんてだされたら、腰抜かしちまう」

「だろ?マジでやめとけ」


ウォルトは、昔リナに魔法をくらったことを思い出した。

あのときは、まだウォルトの母親もいたので、十年以上も前のことになる。


その日はリナと一緒に森で遊んでいた。昔は仲も良く、よく一緒に遊んでいたらしい。

ただ、そのときは大ゲンカをしてしまい、とっさにリナが覚えたての魔法をウォルトに使ってしまった。ケンカの理由は忘れてしまった。おそらく、ささいなことだったのだろう。

しかし、ウォルトはリナの魔法で丸一日目を覚まさなかったらしい。

リナはそのことで、自分の母親にこっぴどくしかられた。


子供のときで、それなのだから今魔法をくらったら死んでしまうのではないだろうか?魔導士を怒らせるのだけは、やめたほうがいい。



やっと荷物を運び終わると、みんなは憔悴しきった顔で、さっさと食堂に向かったが、ウォルトは愛馬レゴラスの世話をするために厩舎に行かなければならなかった。

一足先にリナが自分の馬と一緒にレゴラスも連れていってくれていた。もしかしたらエサもあげてくれているかもしれないが、一度確認しなければならなかった。


厩舎に着くと、馬がたくさんいたが自分の馬がどこにいるかは、すぐにわかった。近くに目立つ赤い髪のリナがいたからだ。

馬どもはエサと水をたっぷり与えられたのだろう。何一つ不満のない顔で突っ立っている。

リナは自分の馬に熱心にブラシをかけていた。ブラシをかけているリナの横顔が見えたが、最近では見たことない、穏やかな、やさしい表情をしていた。


馬に負けたか・・・

ウォルトはちょっと複雑な気持ちになった。しかし、別に悔しくなどない、もともとつり合っていないのだ。


ウォルトは悩んだ。このままリナと一緒に馬にブラシをかけるか、それとも食堂に向かうか。

レゴラスにエサを与えられていることは確認した。

リナに話しかけると、なんとなく長くなりそうだと思ったウォルトは自分の胃袋にエサを与えるべく、食堂に向かうことに決めた。そして息をひそめ回れ右をしたウォルトは、猫が歩くように足を忍ばせながら一歩踏み出そうとした。


そのとき耳元で声がした。


「ウォルト、どこへ行くの?」


リナの声だ。

ウォルトは思わずとび上がってしまった。言投という魔法だ。遠くに声を飛ばすことができる。

そういえば、リナは自分を中心に広い範囲を感知できる魔法も使えることを思い出した。

昼間の盗賊たちも、それで早くに発見できたのだ。


ウォルトは冷や汗をかいた。今の声の感じは相当怒っている。長い付き合いなので、なんとなくわかる。


「あんたの馬にもエサをあげてあげたのに、お礼の言葉もないわけ?」


リナが続けて声を送ってきた。

ウォルトはリナのほうを見た。リナは、さっきと変わらず馬にブラシをかけている。今は背を向けているので表情はわからないが、それが逆にこわい。


「いや、ブラシを探しに行こうかと思ってたんだよ」


ウォルトは苦しまぎれの言い訳をした。


「ブラシなら、ここにあるわよ。とっとと来なさい」


いまのウォルトとリナの距離では会話はできないはずだが、リナにはちゃんとウォルトの声が聞こえているらしい。これも魔法なのだろうか?


ウォルトは重罪を犯した罪人のような心境でリナに近づいていった。そして、普通に会話ができる距離まで近づくと、すかさずいった。


「あの、リナさん、ありがとうございます。レゴラスにエサをやっていただいて」


ウォルトは下手にでる作戦にでた。リナは、あきれた顔でこちらを見た。


「何で敬語なのよ?気持ちわるい」

「いえ、感謝の表れでございます」


ウォルトは猫なで声でいった。

しかし、どうやら逆効果だったらしい。


「あんた、バカにしてるでしょ。機嫌をとろうとしてるのが、みえみえなのよ。よけいイライラするから、やめてもらえる」


リナがもっと怒った声でいった。


「すまん」ウォルトは観念した。


「まったく、ブラシはそこにあるわよ」


リナが指さした方向にブラシはあり、ウォルトはそれを手に取った。そして、レゴラスにブラシをかけはじめた。


「主人にほっとかれるなんてレゴラスがかわいそうよ」


リナがいった。


いや、レゴラス、お前はうらやましいやつだよ。

ウォルトは思った。リナに心配してもらえるんだから。おれなんか怒らせたことしかないぞ。

ただまあ、よく働いてくれたのでウォルトは念入りにブラシをかけてやることにした。


それからは、この二人にしては珍しく世間話をした。

リナは自分がいなかった間の村のことを聞きたがった。特に母親のことを。


「母はどんな様子だった?」


リナは少し心配しているような声でいった。

さて、どうだっただろう?ウォルトは考えた。

リナの母親、メアリおばさんは心の強い人で弱みなど一切見せなかった。

メアリおばさんは、村では魔法医をしていて、みんなのケガや病気を治していた。いつも忙しそうで病人がいないときでも山に薬草を取りに行ったり、薬の調合をずっとやっていた。そういう性格なのだろう。

ただ、ときどきリナと同じ年頃の女の子を見ているときは、気のせいかもしれないが、どこか寂しそうにしていた。

本当はメアリおばさんもリナと都に行き、一緒に暮らしたかったのだろうが、それはできなかった。

おそらく、軍人としてかなり高い地位にいるはずだが、エクセ村のようなド田舎にいなければならない理由があった。


それは、黒の魔導士の監視と護衛である。


メアリおばさんはウォルトの見張り役なのである。

何があってもウォルトを第一に考えて行動する。

ただ、それも度がすぎることがあり、あるとき村が流行り病にかかったときに、おばさんは自分の娘であるリナはそっちのけで、ウォルトに付きっきりで看病したのだ。


そのことをリナが今でも恨んでいることをウォルトは知っている。


そんなこともあって、リナから嫌われているのだろうと、ウォルトは思っている。


「うーん、どんな様子だったかな?」


何を言えば正解なのだろうか?


「あんたね、少しは考えなさいよ」リナがいった。

「そうだなあ、おばさんは頭もいいし、行動力もあるし、ケガも治してくれるし、何といっても魔導士だから、村中の信奉をあつめちゃって、裏の村長って呼ばれてたなあ。困ったことがあると、みんな、おばさんに相談してたしな。しまいには本当の村長も、おばさんには逆らえなくなってたよ。あれはウケたね。村長が訳わかんないことを言いだしても・・・」


「そんなこと聞いてるんじゃないわよ」


リナに途中で話をさえぎられた。どうやら、この話は不正解だったらしい。

ここから、おもしろくなってくるのだが。

今度は、リナにも関係のある話をしてみよう。


ウォルトは柱を背にしてもたれかかった。

松明も二人がいるところだけついていて、二人と多くの馬たちの顔を照らしている。

そういえば、エクセ村の荷車を引いてきた他の馬たちはどうしたのだろう?おそらく、エサだけ与えられ、村の連中はさっさと食堂に向かったに違いない。

なんて羨ましい。


「たまに寂しそうだったよ」ウォルトがいった。


その言葉でリナノ顔色がかわった。


「なんで、そんなふうに思ったの?母は、そんなところ見せないと思うけど」

「いつのことだったかなあ、おれは畑で仕事をしてたんだけど、道の向こうから、おばさんが歩いてきてるのが見えたんだ。そのとき、おばさんはアビーとすれ違ったんだよ」

「それがどうかしたの?」

「村でアビーに会わなかったか?アビーは、おれの四歳年下なんだけど、最近は背も伸びてきて、赤い髪も腰までとどくようになってな。顔は全然似てないけど、後ろ姿だけならリナにそっくりなんだ」

「そう、あのオチビちゃんがね」


リナが懐かしむようにいった。


「で、アビーとすれ違ってから、おばさんは、ずっとその後ろ姿を見つめてた。その様子がちょっと寂しそうだったなあ」


あんな、迷子になった子供みたいな表情をしたおばさんを見たのは初めてだった。


「そう」


リナの言葉は短かったが、ウォルトには、この話は正解だったと感じた。リナはどこか嬉しそうだった。


メアリおばさんは、愛情表現がヘタクソだからなあ、とウォルトは思った。



レゴラスの世話も、そろそろ終わりに近づき、ウォルトの思考はふたたび夕食のことに向いた。

はたして、自分の分がちゃんと残してあるのだろうか?心配なったが、まずは、ここをどう切り抜けるかだ。


ウォルトは使い終わったブラシをもとの位置にもどすと、リナにではなく、馬に話しかけた。


「レゴラス、今日はよく頑張ってくれた。帰りも頼むぞ。明日の朝、またエサをやりに来てやるからな」


そして、リナのほうにサッと振り向いた。


「じゃあ、終わったから行くよ」


早口に言うと、さっさと歩き出そうとした。リナと、できるだけ会話をしないようにする作戦にでたのだ。


「まちなさい、ウォルト」


作戦は失敗に終わった。


「渡しておくものがあるわ」


リナはそう言うと、ポケットの中から青白く光る小石を取り出した。


魔法石だ。


かなり希少なもので、魔力をある程度ためておくことができる。


「わたしの魔法を込めてある。これを使うと遠くにいても会話ができるわ」

「へえ」


ウォルトは興味をそそられた。


「どんなに離れていても会話ができるのか?」

「いいえ。せいぜい、この城の中くらいでしょうね。それと、長い時間は使えないわ。この魔法石に込めた、わたしの魔力が無くなるまで、およそ二十分くらいね」


なるほど、それだけあれば怒られるには十分だ。


「何のために?」ウォルトはきいた。

「あんたが私の呼び出しにすぐ応じられるようによ。城のなかでは一緒にはいられないし、この城は広いもの、探すのが面倒でしょ。私が呼んだら、すぐに来なさいよ」


ウォルトは主人に忠実な犬の気分になった。ただ、しっぽは下に垂れたままだ。


「それと」リナが続けた。

「何かあったら、私を呼びなさい。この石に私の名前をささやくと、会話ができるようになってるわ」


ウォルトは昨日の夜、リナがスパイがいるかもしれないと言っていたことを思い出した。


「そうならないことを祈るよ」ウォルトがいった。


ウォルトはクルミほどの大きさの魔法石をリナから受け取った。ほのかに青白く光る石は、まるで宝石のようだ。

ウォルトは、それを上着の胸ポケットにいれた。


「他に何かある?」ウォルトはきいた。

「特にないわ。もう行っていいわよ。夕食を食べたら、今日は早く寝るのよ」


誰のせいで遅くなっているのか。


「リナはメシ食いに行かないのか?」ウォルトは、ふと気になってきいた。

「私は、この後やることもあるから、それが終わったら行くわ」

「ふーん」


さすが、上級魔導士ともなると忙しいもんだな、とウォルトは思った。


そうして、やっと解放されたウォルトは急いで食堂へ向かった。城は広いが、そんなに複雑な構造ではないので、迷わず着くことができた。ただ、足元が暗かったので、何度か転びそうになった。


食堂の前に来ると、今ごろ中では、食べて飲んでの大騒ぎをしているに違いない、と思った。

しかし、木製の扉を開け中に入ると、予想とは裏腹に、しんとしていた。

食堂の中は、大人数が入れるように広く作られており、そこにテーブルとイスが規則正しく並べられていた。


しかし、そんな広い食堂の中には、わずか数人しか残っておらず、食器を片付けている、おばちゃんと、奥の方に父が座っていた。父の前には手つかずの夕食が三人分用意されてある。


父もこちらに気づいたらしい、手を振ってきた。


「ウォルト、こっちだ」


ウォルトは父に歩み寄った。


「先に食べててよかったのに」


そうウォルトは言ったが、その実、父が待っていてくれたことが嬉しかった。


「一人で食べるのは寂しかろうと思ってな。本当はイーモンとダスティも待っていてくれたんだが、エサを目の前に待てをされた子犬みたいだったから、先に食べさせたよ」


ウォルトは、その場面を想像した。おそらく、その様子は子犬というよりも、飢えたオオカミのようだったに違いない。


「リナちゃんも来ていないんだが、何か知っているか?」父がいった。

「リナなら、まだ仕事があるから、そのあとに来るってさ」


ウォルトは、そう言うとイスに座った。

目の前に用意されている食事は、パン、かぼちゃのスープ、ポテト、ソーセージ、卵、それにワインまであった。


ウォルトは喜んだ。ご馳走じゃないか。


これで冷めてなかったらなあ。遅れてきたことが悔やまれた。


「リナちゃんは遅くなりそうか?」父がいった


どうやら待つ気でいるようだ。

しかし、ウォルトは一刻も早く食べたかったので、父を説得することにした。


「すぐには来れそうな感じじゃなかったよ。先に食べていいんじゃないかな」

「そうか、じゃあ、いただくとするか。正直おれも我慢の限界だ」父がいった。


意外と簡単に説得できて、ウォルトはほっとした。


そして、二人は夕食を食べ始めた。

その食べる様子は作法もあったものではなく、目をそむけたくなるようなものだったが、男の二人暮らしをずっとしていたら、こうなるのもしかたがないのだろう。


二人とも終始無言で食べ続け、最後のパンのひとカケラを口に放り込むと、やっと落ち着いたのか、父が話し始めた。


「ウォルト、明日からのおれたちの仕事だが、さっきアトラスさんが説明してくれたよ」

「へえ、なに?」


ウォルトはまだ食べ終わっておらず、もぐもぐさせながら応えた。


「主に食事の準備、片付け、馬の世話、各雑用だそうだ」


ま、そんなところだろう、ウォルトは思った。


「魔法の練習台とか、おとり役とかじゃなくてよかったよ」ウォルトはいった。


それを聞いた父は、あきれた顔になった。


「お前は冗談ばかり言うのが悪いところだ。あんまり兵士の前で言うんじゃないぞ。本当に練習台にされてしまうぞ」


確かに。これでたまに痛い目にあっている。魔導士の前では気をつけることにしよう。


「それで、おれは?」ウォルトがいった。


父は初め意味がわからなかったようだ。


「何がだ?」

「おれは何をしたらいい?」


二度目で父も理解したようだ。顔つきがかわる。


「おれにもわからん。リナちゃんか、キャンベルさんなら知っていると思うが」


そりゃそうか。リナが来たら聞いてみよう。


しかし、リナはいつになったら来るのだろうか?ウォルトは手つかずの食事が置かれている隣の席をみた。

なんとなくだが、リナはもう食事には来ないのではないだろうか、とウォルトは思った。


「あのう・・・」


不意に声をかけられて、ウォルトは少し驚き、顔を上げると、父の後ろのほうから食器の片付けをしていたおばちゃんが近づいてきていた。


「食べ終わったのなら、片付けをしたいのですがねえ」おばちゃんがいった。


ウォルトが食堂の中を見渡すと、他のテーブルは全てキレイに片付けられ、残っているのはここだけであった。


「まだ一人食べに来る予定なのですが」父がいった。

「あら、そうかい?」


おばちゃんは困ったような顔をした。


「あたしたちも、もう火を落として休みたいのだがねえ」


ウォルトと父は顔を見合わせた。さて、どうする?


そのとき、ウォルトはリナから貰った魔法石のことを思い出した。あれを使えばリナを探すのはわけないだろう。


「あの、残った料理を包むことってできますか?直接渡してやります」


ウォルトがそう言うと、おばちゃんはホッとした顔になった。


「かぼちゃのスープ以外ならできるよ。ちょっと待っておきな」


おばちゃんはそう言うと、スープ以外の料理を持って台所の奥に引っ込んでいった。

ウォルトは残されたスープを手に取ると、いっきに飲み干した。味はまあまあである。


「リナちゃんが、どこにいるのか知っているのか?」父が聞いてきた。

「場所ならわかる」


ウォルトは父に魔法石のことを説明した。


「そうか、なら持っていってあげたほうがいいだろう」


父も納得したところで、おばちゃんが、さっきの料理がはいっているであろう包を抱えて戻ってきた。


「これでよかったかい?」

「ありがとう、おばちゃん}


ウォルトは包を受け取った。


「ところで、ここの食堂はずいぶん早く終わるんですね。魔導士たちは、もう休んでいるのですか?夜はまだまだこれからだっていうのに」


ウォルトはおばちゃんに気になっていることを聞いた。


「いやね、いつもは遅くまで飲んでさわいでいるんだよ。でも、もう敵が近くまで来ているだろ?だから、酒は今夜から禁止になったのさ」


なるほど、当然といえば当然か、ウォルトは思った。見張り以外は戦いに備えて休んでいるのだろう。



ウォルトと父は、食い散らかした食事と、それを見て顔をしかめたおばちゃんを残して食堂の外に出た。


外では所々にかがり火がたかれ、見張り役なのだろう、魔導士たちが城壁の外をにらんでいた。夜空には月ものぼり始め、足元をうっすらと照らしていた。

気温も下がってきていて、肌寒かった。今夜は冷えそうだ。

見張り役の魔導士は、一晩中外を見つづけるのだろうか?気の毒に。


「「早くリナちゃんに連絡してみろ」


ボーッとしていたウォルトを見て、父がいった。


「わかったよ。・・・もしかして、一緒に来るつもり?」


ウォルトがきくと、父は怪訝そうな顔を向けた。


「あたりまえだろう、お前一人では心配だからな」

「このくらい一人でいいよ」


ウォルトは父と二人で行くのが嫌だった。いや本音を言うと、こんなことも一人でできないのかと、リナに思われたくはなかった。


「つべこべ言わず、早く連絡をとれ!」


父は断固としてゆずる気はなさそうだ。

ウォルトはしぶしぶ魔法石を取り出した。そして、魔法石を口元まで持ってくると、そっと石に話しかけた。


「リナ、リナ、聞こえるか?」


話しかけると、魔法石は青白い光をはなった。しかし、すぐには何も起こらず、ウォルトは何か間違っていただろうかと心配になった。

だが、間違ってはいなかったらしい。しばらくすると、石から声がした。


「ウォルト?どうかしたの?」


その声はリナにしては珍しく、緊張しているように聞こえた。


「いや、あのな・・・」


ウォルトは、いま手にもっているリナの夕食と、それを届けたいということを伝えた。もちろん、ありがとうと言ってくれるだろうと期待していたのだが、予想外の返答が返ってきた。


「あんたね、くだらないことに魔法石使ってるんじゃないわよ!魔力がもったいないでしょ!」


怒られるとは思っていなかったので、ウォルトは焦った。


「いや、あの、ごめん」


口ごもりながら謝り、助けを求めて父親のほうを見た。しかし、父はそっぽを向いて、我関せずといったふうだった。このやろう。


「それだけなら、もう切るわよ」リナがいった。

「待ってくれ、このメシはどうする?」


ウォルトは、リナに切られないうちに焦っていった。だが、少し期待もしていた。リナが、いらないと言ったら夜食ができる。


「あとで取りに行くから、持っておきなさい」


リナはウォルトの少しばかりの期待を見事に打ち砕くと、そのまま話を終わらせた。

ウォルトは後味の悪さを覚えながら顔をあげると、父が哀れんだ表情を浮かべていた。


「もう、今日は早く休もう」父がいった。


ウォルトは心から賛成した。

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