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黒の魔導士  作者: ヒカル
3/12

旅路

国境付近にあるブルク城までは馬で一日、徒歩だと二日くらいかかる距離がある。ウォルトたちは明日の夕方、暗くなるまでには到着する予定だった。


トウヒやナラの木々に挟まれた道を、六頭の馬が、食料や備品を積んだ三台の馬車を引き、その周りに十四人の男たちが歩いていた。

リナだけは荷台に乗ることを許され、ほうずえをつきながら前方を眺めている。

ウォルトは自分の馬の横を歩き、その手綱を引いていた。イーモンはウォルトの横で話し相手になってくれ、ダスティは馬車の後ろを歩いている。


いい天気だった。空を見上げると雲一つない。気温も丁度良くて旅をするには最高の日である。これが本当にただの旅行だったら良かったのに、とウォルトは思った。


「なあ、ウォルト」イーモンが話しかけてきた。

「なに?」

「恐いか?」


いつもふざけてばかりのイーモンが、いつになく真面目に聞いてきた。


「恐いね。イーモンは?」

「おれは、不安なのはそうだけど、よくわかんねえ」

「イーモンが恐れを知らない男だってことは知ってたよ」

「さっきちょっとチビッたくらいだ」

「どうりで臭うと思ったよ」


ここでイーモンは一度笑った。


「いや、実際おれたちは戦うわけじゃないからな」


イーモンはそう言うと、リナのほうをチラッと見た。


「味方が敗北すれば、おれたちも危険だぞ」ウォルトは反論した。

「それはそうだけど、なんか実感がわかないっていうか、お前は負けると思うか?」

「ブルク城はもう何十年も敵の進行を防いできたんだ。きっと今回も大丈夫さ」

「ああ、だよな」


ただ、百年近くも続く戦争の間にブルク城も何度か敵の手に落ちている。ブルク城が落ちると、敵はこちらの国に侵攻しやすくなり、そのたびに多くの町や村が灰になった。

前回ブルク城を取り戻すまでに、ほんとうに多くの人々が犠牲になったという。


「今度も黒の英雄が何とかしてくれるよな」


イーモンが少し興奮した声でいった。


「そうだといいけど」ウォルトがいった。

「なんだよウォルト、心配なのか?」

「いや、黒の英雄って、たまに現れなかったりするから今回は大丈夫かなって」

「あー、確かに。前回は現れたらしいけど、その前はしばらく姿を見せなかったらしいな。何か事情があるのかな、気難しい人だったりとか?」

「天才には変人が多いらしいからな」


黒の英雄、おそらく敵国からは黒い悪魔とでも呼ばれているのだろう。その者が使う魔法は、数ある魔法の中でも、もっとも特殊であると言ってもいいのかもしれない。または最悪か。


その魔法は万の敵を一度に葬り去ることができる。


ただ、黒の英雄は、まったく姿を現さないこともある。おそらくそれは黒の魔法を使える者が極端に少ないからではないかとウォルトは思っている。

世界に数人いるかいないかだろう。


ウォルトは、なぜ黒の魔法と、それを扱える人間がいるのか不思議に思った。黒の英雄などという者が存在しなければ、世界はもう少し均衡を保てただろうに。ましてや、味方だから良かったものの、敵だったら、これほど怖いものはない。



ゆらゆらとゆらめく炎を見ながら、ウォルトはホッと息をついた。手には熱いお茶の入ったカップを持ち、たき火の前であぐらをかいて座っていた。エクセ村の一行も、たき火をぐるっと囲むようにして座っている。あたりはすかっり暗くなり寒さもじんわりとしのび寄ってきていた。


ウォルトたちは、すでにパンとスープだけという簡単な食事をすませ、眠るには早すぎるので、たき火で暖まりながら雑談をしているのであった。


ウォルトはイーモンとダスティの三人でいろいろ話したかったが、リナが一人でぽつんと座っているのを見かねて、リナの隣に座っていた。たき火の向こうでは父が村の男たちと天気や農作物の話をし、横ではイーモンとダスティが、また黒の英雄のことについて話をしていた。


ウォルトは炎の照らされたリナの横顔を見た。その表情は硬く、何か考え込んでいるようだった。その暗いともいえる表情とは対照的に、リナの髪は、ますます赤く輝き、まるで燃えているようだった。


「なに見てるのよ、ウォルト」


ウォルトが見つめていることに気づいたリナがにらみつけながら聞いてきた。


「いや、べつに」


ウォルトは、たじろぎながらこたえた。リナは、ふんっと言うと再び炎のほうを向いた。なぜだかわからないが機嫌が悪そうだ。


ウォルトはいった。「なにか怒ってない?」

「あたりまえよ」

「そうなんだ」


ウォルトは、これ以上怒らせないように愛想笑いを浮かべながら聞いた。


「なんで怒っているんだ?」


リナは一つため息をついた。


「あんたのせいよ」

「おれの?」

「そうよ」

「おれが何かしたっけ?」


ウォルトは首をかしげた、思い当たることは特にない。


「あたしも母さんと一緒に行きたかった。こんなところで、もたもたしてるなんて」


リナのその言葉で、なぜ機嫌が悪いのか、ウォルトにはわかった気がした。

リナは早く戦場へ行きたいのだ。リナは戦うために魔法の鍛錬にはげみ、そして、そのことに誇りをもっている。だから、こんな戦う気もない連中と、ゆっくり行動を共にしているとイライラするのだろう。


でも、どうして母親と一緒に行かなかったのだろう?ウォルトはその理由をたずねた。


「あんたたちの護衛よ!」


リナは余計怒った声でいった。


「こうゆう物資を運ぶときは狙われやすいの」


ウォルトは荷物をいっぱいにのせた荷車を見た。なるほど、これだけあれば一儲けできそうだ。

ウォルトはさらにリナに話しかけようとしたが、リナにはもう話す気はないらしく、それ以上口を開かなかった。ウォルトはあきらめて、反対に座っているイーモンとダスティの話に加わっていった。


その夜、ウォルトはふと目を覚ました。

目を開けても辺りは真っ暗だったので一瞬、自分がどこで何をしているのか、わからなくなってしまった。リーン、リーン、と虫の鳴く声だけが聞こえてくる。

しかしすぐに野宿をしていることを思い出し、上体を起こした。暗闇に目が慣れてくると、みんなが寝ている姿もうっすらわかった。

上を見上げると、かすかに光が差し込んできている。おそらく月がでているのだろう。


ウォルトは、ほかに起きている人がいないか耳をすませたが、聞こえてくるのは規則的な寝息といびきだけだった。

ひときわ大きい、いびきをかいているのは、おそらく父だろう。毎晩悩まされているのですぐにわかった。


ウォルトは皆を起こさないように静かに毛布をはぎ、立ち上がった。

そして寝ている人を踏まないように気を付けて進み、街道のほうへ向かった。エクセ村の一行は街道のすぐ横にある森の中で野宿をしていたので少し歩いただけで開けた道に出た。


ウォルトは月を見たくなったのだった。


夜空には少し欠けた月が浮かんでいた。

昼間と同じく雲ひとつない夜空だったので、月の明かりは街道と森をはっきり照らしだしていた。やわらかい風がふいていたが、もう秋なので夜風は冷たかった。


ウォルトはしばらく月を眺めていたが、ふいに困ったような顔をすると下を向いてしまった。そして深いため息をつくと長い間考え込むように下をむいたままでいた。


「はあ、めんどくせえなあ」


そう言って、ようやく顔をあげても眉間にはシワが寄ったままだ。


ウォルトは右手を上げ、自分の手のひらを見つめた。そして、手のひらの中央の一点だけを見つめ意識を集中させた。

その瞬間、身体の奥から魔力が吹き出し、魔力は身体の周りをゆらゆらと流れはじめた。

ウォルトは手のひらの一点にもっと意識を集中させた。

すると、ウォルトの周りをゆらゆらしていた魔力は手のひらに集まりだし、何かを形作ろうとした。しかしウォルトは、それが何かを引き起こそうとする前に意識を切り離し、魔力を霧散させた。


ウォルトは右手を握りしめると、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。そして、何も感じなくなると右手を下ろした。


「ここら一帯を吹き飛ばすつもり?変態で気難しい黒の英雄さん」


後ろから突然声をかけられたので、ウォルトはドキッとした。

声がしたほうを向くと、少し離れたところにリナが立っていた。


「変態じゃない、変人だ」ウォルトは抗議した。

「どっちも、そんなに変わらないじゃない」

「ニュアンスがぜんぜん違う」

「そう?ていうか変人ならいいの?」


ウォルトはリナの表情を読み取ろうとしたが、月明かりの下では影になっていてよ、よくわからなかった。まだ怒っているのだろうか?


「いまのが黒の魔法なの?」リナが聞いてきた。

「そうだよ。直前で止めたけど」

「ずいぶん変な感じがするのね。確かに他の魔法とは違うわ」

「そう?自分ではよくわからないな」


ウォルトは今までエクセ村から出たこともないし、魔導士もリナとリナの母親しか知らないので比べようがなかった。


リナがいった「あんた、その魔法使ったことないんでしょ?大丈夫なの?」

「たぶんね」


ウォルトはさっきの感覚を思い出しながらいった。


「なんて言うか、歩くのと一緒だよ。前に進もうとするとき、考えなくても足はでるだろ?この魔法も使おうと思えば自然とやりかたがわかるみたいだ」

「人は歩くと、つまずくこともあるわ。その魔法も失敗する可能性はあるんじゃない?」

「そうかもしれないけど、そんなに簡単につまずいたりはしないだろ。おれは運動神経はいいほうだし」

「あら?かけっこで、あたしに勝ったことがあったかしら?」

「いや・・・君はホントに女の子なのか?」

「わたしも男に生まれたかったわ。そしたら、あんたも劣等感をいだかずにすんだのにね」


もう勘弁してくれ、ウォルトは心の底から思った。幼馴染っていうのは、もっと可愛げのあるものじゃないのか。


ウォルトは何かをあきらめたかのように、首を横にふった。リナは、それを見て何かを察したようだ。


「なによ。文句があるなら言ってみなさいよ」

「いえ、何でもありません」自然と敬語になってしまった。


そういえば、リナに聞きたいことがあったのを、ウォルトは思い出した。丁度いい機会だ。


「リナ、いまの戦況はどんな感じなんだ?」


ウォルトは自分が向かっている戦場のことが、ずっと気になっていたのだった。

リナは腕を組み、考えるようなしぐさをした。


「そうね、今度も攻め込んできているコバ王国の軍勢は、大した数よ。一万はいるみたいね」


ウォルトは息をのんだ。魔導士が一万人も集まるなんて想像もしたことがなかった。


リナは続けた。「こっちは悔しいけれど、そんなに集めることができないわ。でも、城は攻めるより守るほうが有利になるから、守りきれる見込みもあるわ」

「味方はどれくらいいるんだ?」

「敵の半分もいないわ。急だったから戦いが始まるまでに集まりそうなのは、そのくらいよ」

「大丈夫なのか?」

「まともに戦えば勝ち目はないわね。守りに徹するしかないわ。でも、おそらく都のほうでは今ごろ増援部隊の編成をしているだろうから、それが来るまで持ちこたえれば勝ちよ」

「その増援部隊っていうのは、いつ来てくれるんだ?」

「早くて十日、でも二週間はみていたほうがいいわね」


これまでの人生で一番長い二週間になりそうだなとウォルトは思った。


「それで?おれは何をしたらいいんだ?」

「わたしにも、わからないわ。ブルク城に着いたら先に行っている母に聞くしかないわね」

「そうか」

「わたしも実際に黒の魔法を見たことがないから、はっきりしたことは言えないけど、その魔法は使い方を間違うと味方も巻き込んでしまう、って母か言っていたわ。そして、使い手自身も。気をつけることね」

「わかってるよ」


ウォルト自身もリナの母親から、さんざん聞かされていたので、わかっていた。


「それとウォルト」


リナは諌めるようにいった。


「これからは絶対に正体が、ばれないように気をつけなさい。どこに敵のスパイがいるかわからない、ばれたら命はないわよ。過去にたくさんの黒の魔導士が暗殺によって命を落としているんだからね」

「大丈夫さ、おれほど平凡に見える男はいない」

「そうね。顔も身長も並み以下、おまけに頭も悪いし、とりえの一つもないわね」

「・・・・そこまで言ってない」

「ま、目立たずに普通にしていれば大丈夫でしょ」


リナは、そう言うとウォルトに背を向け、森のほうへ歩きだした。ウォルトは、その背中を見ながら、まったく、ほかに言いかたがないのか、と心の中でぼやいた。


「あとウォルト」リナは振り返りもせずにいった。


ウォルトは、いま考えていたことが悟られたのではないかと思い、ひやりとした。


「あんまり勝手に歩きまわらないでちょうだい、わたしは、あんたの護衛なんだから」


リナは、そう言うと森の中に消えていった。みんなのところへ戻ったのだろう。

ウォルトも戻ろうかと思ったが、その前にもう一度、月を見上げた。

ぼんやりと見上げながら、そういえばリナに結婚のことを聞いておけばよかった、と思った。なんて言われるか怖い気もするが。

しかしそれは、この戦争が終わってからにしようと思い直した。まだ、その先のことなんて考えることができなかった。



次の日の昼前くらいに、それは起こった。

昨日と同じように良い天気の下エクセ村一行はブルク城までの道のりを順調に進んでいた。

ウォルトは馬の手綱を引き、今や無心になって歩いていた。まるで長年厳しい戒律を守ってきた僧侶のような心境である。


ただ単に疲れて歩くのにも飽きてきていた。


ウォルトは後ろを振り返り荷車をみた。そこにはリナが乗っているはずだが、今は姿が見えない。おそらく荷台に横になり寝ているのだろう。なんとうらやましい。というよりも、おかしくはないだろうか。自分は黒の英雄である。この戦争の切り札である。本来ならば大切に扱われるべき存在ではないのか?


ウォルトは不満を覚えた。

自分にだって昼寝をする権利くらいはあるはずだ。そう思いながら荷車のほうを見ているとリナがひょっこり顔をだした。そして、ウォルトと目があった。また何か嫌みを言われるのではないかと覚悟したが、リナの口からでてきたのは意外な言葉だった。


「ウォルト、あんた、わたしのそばから離れるんじゃないわよ」


ウォルトはリナの言っていることが理解できなかった。


「それって、どういう・・・」


ウォルトが言い終わる前にリナは、ダンっと音をたてて荷台の上に立ち上がった。


「みんな止まって、前方に何かがいるわ」リナが大声でいった。


エクセ村一行は進むのを止め、全員がリナのほうを見た。


「みんな馬の手綱をはなさないでね」


全員の注目を集めるなか、リナはゆっくりと腕まくりをし、腰にさしていた五十センチくらいの杖を手にとった。見事な彫刻がほどこされた魔法の杖である。


リナが手にとった杖を前に構えた。


その瞬間、リナの体から魔力が吹き出すのが、ウォルトには見えた。リナの魔力は、その髪のせいか赤みをおびているように見える。


「でてきなさい、隠れているのは、わかっているのよ」リナが叫んだ。


リナの、その言動でエクセ村の皆も何が起こっているのかが、わかり緊張した。

全員が不安そうに見つめるなか、前方に十数人の汚い服をまとった男たちが出てきた。手には武器も持っている。

ウォルトは模範的な、盗賊らしい盗賊が出てきたものだ、と思った。


ウォルトは少し緊張したが、不安ではなかった。なぜなら、こっちには魔導士のリナがいるのだ。リナの魔法を知っているウォルトには、むしろ盗賊たちのほうが心配である。


「あんたたち、本来なら、とっ捕まえて牢屋にぶち込んでやるところだけど、私たちは急いでるの。このまま消えれば見逃してあげてもいいわよ」


リナが盗賊にも聞こえるように大きな声でいった。

おい、悪ことは言わん、逃げろ!ウォルトは心の中で盗賊たちに忠告した。


しかし、盗賊たちは互いに目配せをしたあと、手に持った剣やらナイフやらを構えて、ゆっくりと近づいてきた。ウォルトはさすがにゾッとした。近づいてくる盗賊たちの目には狂気がうかんでいたからだ。

ウォルトは思わず後ずさりをしてしまった。


「ウォルト、動かないで」リナがいった。

「うろちょろされると守りづらいわ」


リナは呪文を唱えはじめた。

以前、リナが言っていたことだが、呪文により魔力の方向性を決めるのだという。

ウォルトにはさっぱり理解できないことだが、リナのほうを見ると、確かに魔力が形をおびはじめていた。

リナが呪文を唱え終わり、杖を前に振ると、リナの魔力は球状に広がり、エクセ村一行を、すっぽりとつつみ込んだ。


障壁だ、ウォルトは思い出した。


これで簡単には近づくことはできない。これを破れるとしたら、リナと同じ魔導士しかできない。


盗賊たちは途中から一斉に走りだし、襲いかかってきたが、見えない壁にぶつかり驚いているようだった。強くぶつかって鼻血がでている者もいる。ざまあみろ、ウォルトは思った。


エクセ村の者も、その光景に驚き、そして感心した。


「さすが、リナちゃん」

「魔法って、やっぱすげえや」


みんなリナに称賛の声を送った。

しかし、リナは周りの盛り上がりとは反対に、落ち着いて相手だけを見ていた。まったく油断などしていない。


盗賊たちはなおも近づこうとしてくるが、障壁に阻まれ進むことができず、恐ろしい顔でこちらをにらみつけてきている。

さて、こいつらをどうするのかな、と気になり、リナのほうを見ると、リナは心ここにあらず、といった顔でつっ立っていた。いや、本当に目の前にいる盗賊たちなど気にもとめていない、もっと遠くを見ていることにウォルトは気づいた。

ウォルトはリナの視線を追った。そして、道の先へと目をやった。


そこには一人の男が立っていた。背の高いやせた男で、ぶかぶかのローブを着て、手には棒を持っている。いや、よく見ると杖だ。リナが持っているものと、よく似ている。


ローブの男がゆっくりと近づいてきた。何かぶつぶつと、つぶやいているように見える。

次の瞬間、男の体から魔力があふれだした。こいつも魔導士だ。


リナの障壁に阻まれ、近づけないでいた盗賊たちはローブの男が、こっちに来ているのを見ると、ローブの男に道をあけた。まるで巻き込まれるのを恐れるかのように距離をとった。


リナは、まだ何もしない。どうやら様子をみるようだ。しかし、エクセ村一行を守っている障壁の強度が上がったのが、ウォルトにはわかった。リナは相手の魔法を受けるようだ。


エクセ村の者も状況がわかったらしく、静かになり、この二人の動向を注意深く見ていた。


ローブの男が、あと二十メートルほどのところで足を止めた。どうやら、準備ができたらしい。男は杖をこちらに向けた。すると、杖から炎が吹き出し、こちらに向かってきた。

ウォルトは目の前が炎でおおわれたので、びっくりした。リナの障壁がなければ黒こげになっていただろう。

炎は障壁を包み込み、破ろうとしていた。エクセ村の者は、さすがに怯え、腰を抜かすものもいた。しかし、ウォルトにだけは、わかった。リナの障壁はびくともしていない。さすがはエリート魔導士。


しばらく様子をみていたリナも、呪文を唱えはじめた。やっと自分から仕かけるらしい。


リナは、今度は短めの呪文を唱えると、杖を左から右へ振りぬいた。

すると、リナの体から魔力が四方へ飛び散り、相手の魔法の炎を打ち消した。


フードの男は自分の魔法が消されたことに驚いたらしく、目を見開き、マヌケな顔になっていた。


リナは続けて呪文を唱えると、フードの男の前に炎があつまり始めた。リナもまた炎の魔法を得意としている。

炎はみるみる大きくなり、形をおび始め、ついには人の何倍もある炎の大蛇となった。こんなのに真っ赤な燃える目で、にらまれたら、ひとたまりもないな、とウォルトは思った。

フードの男が憐れである。その顔は恐怖でおののいていた。


炎の大蛇は、舌をチロチロだし、身をくねらせて、今にも飛びかかっていきそうだ。その熱は、ウォルトたちには障壁によって、わからないが空気がゆがんでいるのを見ると、そうとう熱そうだった。


ウォルトは少し心配になった。山火事にならなければいいが・・・


フードの男は敵わないことが、わかったのか、一目散に逃げ出した。それを見た他の盗賊たちも我先にと森の奥に消えていった。見事な逃げ足である。


リナは逃げる盗賊たちを静観していた。追うつもりはないようだ。

ウォルトは気になってリナに聞いた。


「逃がしてよかったのか?あいつら、また同じことをするんじゃないのか?」

「わかってるわよ。今回は逃がしてやるけど、この戦争が終わったら討伐隊を組むわ。捕まえるのはわけないだろうし、今はそれどころじゃないもの。でも、あのフードの男、魔導士のくせに盗賊になりさがっているなんて。捕まえたらただじゃおかないわ」


ウォルトは、リナのその言葉を聞き、目の前にいる炎の大蛇を見て心に誓った。

リナを本気で怒らせるようなことは絶対にすまい。

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