エクセ村
集合場所は村の入口だった。出発まで、まだ時間があるというのに大勢の人が集まっていた。
このエクセ村には三百人ほどが暮らしているが、大半の人が見送りにきていた。
この村から戦争に行くのは十五人である。また、戦争に行くといっても食事の準備や雑用などの後方支援であって実際に戦うわけではなかった。そのかわり、食料などの物資を提供しなければならなかった。
三人が集合場所に着くと、みんなが盛大に迎えてくれた。戦争へ行くことへの感謝や激励の言葉が聞こえてくる。
「ようウォルト、どうだ調子は?」
友達のイーモンが手を振りながら声をかけてきた。
「うん、まあ普通だね」ウォルトは答えた。
「そうか?ダスティは、よく眠れなかったみたいだぞ」
イーモンは隣にいる、これもまた友達のダスティを指さした。
「ダスティは神経質なところがあるからな」
ウォルトが言うと、ダスティは少しムッとしたようだった。
「別に体調は悪くないよ」
ダスティは、そう言ったが目の下にうっすらとクマができているようだった。
「麦の刈り取りは少しはやったのか?」
イーモンが心配そうに聞いてきた。
「いや、帰ってきたらやるつもりだよ」ウォルトは答えた。
「大丈夫だ、村のみんなが手伝ってくれるさ。おれの家族も自分たちのが早く終わったら、お前んとこの刈り取りも始めとくっていってた」
「悪い、助かるよ」
「ウチも手伝うよ」ダスティがいった。
「ああ、頼むよ」
イーモンもダスティも兄弟が多く、一人いなくても刈り取りはできるが、ウォルトと父は、二人とも戦争に行くので、みんな心配しているのだった。
「ウォルト、馬から荷を降ろすのを手伝ってくれ」
馬にくくりつけていた荷物をほどきながら父がウォルトを呼んだ。
「わかった」
馬に乗せてきた荷物は、いったん降ろし馬車に乗せかえ、馬には荷物を乗せた馬車を引かせることになっていた。馬車は三台あり、一台につき二頭で引くようになっている。
荷物を乗せ替えたあと、ウォルトがレゴラスを馬車につないでいると、リナが自身の馬を引いてやってきた。
リナがいった。「この子もつないでもらえる」
「わかった」
ウォルトはリナから馬の綱を受け取った。
「でも、よかったのか?」
「なにが?」
「てっきり馬車を引かせるのは嫌がると思ってた」
「いやよ、あたりまえじゃない。でもね、そんなこと言ってられないでしょ」
確かにそうだ。リナは時と場所を考えて行動できる人間である。しかしそれなら、おれへの嫌そうな態度も、もっと自覚して欲しいとウォルトは思った。
リナはウォルトが馬をつないでいる間中、何か不備はないかと監視しているように見ていた。正直やりづらい。
「久しぶりの村はどうだった、リナ?」
ウォルトは機嫌をとるかのように、にこやかに言った。リナはずっと村を離れていて最近帰ってきたのだった。
「別に」リナが感情のない声でいった。
「マリーと久しぶりに会えて嬉しかったんじゃないのか?」
「そうね」
マリーとは、リナの幼馴染で親友である。七年前にリナが、このイリア王国の首都ベルドに行くまで、ずっと仲がよかった。たまにリナが帰ってきたときも一緒に遊んでいるところを、よく目にした。
「でも・・・」リナがいった。
「帰ってくるたびに、みんな少しづつ変わって、なんだか自分の村じゃないみたい」
「そんなことないさ、みんなリナが戻ってきてくれて喜んでるよ」
「そうだといいけど」
ただ、確かに村のみんなの態度が少し変わったのは事実だった。
ウォルトはリナの胸につけてあるバッジに目をやった。金色に輝くドラゴンの刻印のバッジ、それは王国直属の魔導士である証だった。
魔導士は医療、国境警備、政治など多くの場面で活躍するが、一番の重要な仕事は戦うことである。
もし、魔法を使えないものが魔導士と戦うことになったら、例えば、赤ん坊が武器を持った大人に挑むようなものである。よって各国とも、どれだけ多くの魔導士を確保できるかが重要になってくる。だから、各国とも魔導士育成学校があり、リナは首都にある魔法学校で寮に住みながら、ずっと魔法の勉強をしていた。魔導士は才能のある一部の者しかなれず、その才能は血筋によって受け継がれる。リナは両親ともに優秀な魔導士であり、その才能はリナにもちゃんと受け継がれていた。
そしてやはり、王国直属の魔導士となれば、普通の人からみると身分は上になる。
村の人の接しかたが変わるのも無理ないとウォルトは思った。リナは、そこが少し淋しいのかもしれない。
「おーい、出発する者は集まってくれ」
村長が大きな声をだして出発する十五人を集めた。ウォルトも馬をつなぎ終えると、みんなが集まっているところに向かった。リナも後ろからついてきている。
全員がそろったところで村長が話し始めた。
「えー、まず、ここにいる十五人の勇敢な仲間にお礼の言葉を言いたい。自らの危険もかえりみずに率先して戦場に行ってくれることに皆感謝いています。ありがとう」
ウォルトは長話にならなければいいなと思った。
村長は村の若者を見ると、いつも説教をはじめるクセがあって、ウォルトもたまに捕まっている。ただ、今日はさすがに説教くさくはならないだろう。
それでも村長は十分ちかくも話し続け、ウォルトは途中から、まったく聞いていなかった。
「それでは、皆無事に帰ってきてくれることを祈っている」
村長の最後の言葉が終わると、ウォルトはうわの空だった意識を戻した。
ウォルトは戦争へ行く十五人の顔を見渡した。父とリナ、幼馴染のイーモンとダスティ、そして村の男たち。
この中で実際に戦うのはリナだけとはいえ、みんな緊張した表情をしていた。後方支援とはいっても戦いに巻き込まれることはある。また味方が敗北すれば、かなり危険な状況に陥るだろう。
ウォルトは見送りに来てくれている村のみんなの顔も見渡した。みな心配そうに、こちらを見ている。
周りはうっそうとした森に囲まれた何もないド田舎の小さな村だが、ウォルトは、また帰ってきたい、そう思ったのだった。