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黒の魔導士  作者: ヒカル
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ガン、ガン、と物を思い切りぶつけているような耳障りな音でウォルトは目を覚ました。


目を開けると、空が見えた。だが目に入った空はどこか変だった。しかし、ぼーっとした頭では何がおかしいのか、よくわからなかった。

ウォルトは体を起こそうとしたが、激痛がはしりうめいた。


またか!何回目だ!


最近いつの間にか気を失い、よくわからない状況で目を覚ますことが多い気がする。ウォルトは体を起こすのをあきらめ首だけちょっと曲げて、さっきからやかましく響いている音のほうに目をやった。


メアリおばさんが、がれきをどかしてしるのが見えた。すでに胸の高さくらいまでの穴をほり、大きながれきを外に放り投げていた。投げられ落ちたがれきが、ガンガンなっていたのだ。

メアリおばさんはこちらには目もくれず一心不乱にがれきをどかしていた。その手は血で染まっている。


どうしてこんなことをやっているのだろう?ウォルトは聞こうとしたが、うまく声がでなかった。

こちらに見向きもしないメアリおばさんに気づいてもらうのをあきらめ、ウォルトはもう一度空を見上げた。

見上げた空はやはりどこか変だった。もう夕暮れがきてしまったのかと思うくらいに薄暗くなっていた。しかし、太陽はまだ高いところにある。昼をすこし過ぎたころだろう。

それに加え、ごうごうと猛烈な風が吹き荒れていた。ウォルトは寝そべっているからまだいいが、もう立って歩けないほど強い風だ。ウォルトは生まれてから、これまでに大きな嵐に見舞われたこともあるが、これほどの嵐ははじめてだった。寝そべって風の影響を受けにくいはずなのに、体が浮いてもっていかれそうな気がする。塔もぐらぐら揺れていた。


そしてウォルトは見つけた、嵐の中心に不気味に浮かぶ黒い球を。

ウォルトは今の状況がやっと理解できた。そうか黒の魔法は成功したのだ。

ではこの嵐は黒の魔法によるものだろう。まもなくこの一帯は局地的な大嵐に見舞われ跡形もなく消え去ってしまうだろう。


ただこの薄暗さはなんだろう?ますます影に染まっていく世界が余計に不安をかきたてる。まさか、あの黒い球は光までも吸い込んでいるとでもいうのか?

ウォルトは、なぜ自分の魔法が黒の魔法と呼ばれるのか、わかった気がした。


逃げなければまずい。


ウォルトの中で焦りが痛みをうわまわり、手をついて上体を起こした。起き上がってはじめてリナが隣で倒れているのがわかった。


「リナ!」


ウォルトは痛みも忘れ、大慌てでリナの横にはっていき、ひざをついた。そして震える手でそのほほに手をそえ、顔を覗き込んだ。

よかった、息はあるようだ。

しかし、ところどころ衣服がやぶれ、顔にも身体にもひどい傷やあざがあった。しばらくは目を覚ましそうにない。


「お前をかばったんだ。勇敢な子だよ」


ふいに後ろから声をかけられ、ウォルトは振り返った。メアリおばさんが立っていた。メアリおばさんは肩で大きく息をしていて、疲労困憊といったようすだった。


メアリおばさんは空を見上げると険しい顔つきでいった。


「もう時間がない。逃げないと」


そんなことはわかっている。ウォルトは次の言葉をまった。しかし、待っても次の言葉は聞くことができなかった。メアリおばさんは、こちらに視線を戻すと苦悶の表情を浮かべた。


なんだ?ウォルトはその意味がわからなかった。


メアリおばさんは傍まで近づいてくると、ウォルトの横でリナを見下ろすように片膝をついた。そして、つぶやくようにいった。


「もう魔力がつきてしまった」

「それが・・・」


どうしたんです?と、ウォルトは続けようとしたが、言い終わる前に、その意味がわかった。ウォルトは慌てて周りを見渡したが、ここにはこの三人しかいなかった。

味方の魔導士はどこだ?よく探すと、壁際でうずくまったままでピクリとも動かない魔導士がいた。


ウォルトはゆっくりと視線をもどし、メアリおばさんの横顔をみた。メアリおばさんはリナを見つめていたが、ウォルトのほうに顔を向け、目が合った。その表情からは迷いが見てとれた。


その表情を見たとたん、ウォルトの頭に血がのぼった。


「あなたは何を迷っているんですか!」


ウォルトは怒鳴った。普段なら恐ろしくて絶対にできないが、この時ばかりは気にもならなかった。


「母親じゃないですか!自分の娘を優先させてくださいよ!」


メアリおばさんは、冷水を浴びせられたかのように、はっとなった。しかし、次第にいつもの強い意志のある顔つきになっていった。


「おれのことは後回しでいいですよ」ウォルトはいった。

「・・・すまない」


メアリおばさんはボソッと言うと、まるで宝物を扱うかのように、リナを抱きかかえると立ち上がった。リナを見つめるまなざしは優しさにあふれている。


そしてウォルトに背を向けると、さっきまで掘っていた穴のほうに歩きだした。もうそのまま行ってしまうものだと思っていたが、穴の手前で立ち止まりこちらを振り向いた。


「すまない」


メアリおばさんは繰り返しいった。ウォルトは力なく微笑んだ。


「いいんですよ。おれもリナに生きていてもらいたい」

「・・・ありがとう」


おばさんは最後にそう言うと、穴に降りていき姿が見えなくなった。

ウォルトはひざをついてしゃがんでいたが、それすらもつらくなってきたので近くにあった、がれきを背もたれにして、どさっと腰を下ろした。


そして、両手で頭をかかえこんだ。さっきはかっこいいことをいったが本当は恐怖で頭がどうにかなりそうだった。死にたくなどなかった。

ウォルトは心のどこかで自分は死にはしないと、たかをくくっていたことに気づかされた。死ぬのはほかの誰かで自分ではない、他人事のように考えていた。でも、そうではなかった。


死は誰にでも平等に訪れる。


ウォルトはもう一度まわりを見渡した。誰かいないのか?もしかしたら、倒れている味方の魔導士が本当は生きていて起き上がっているかもしれない。

しかし、そんなことはなかった。魔導士たちは死んでいる。


まだあきらめられないウォルトは、歯を食いしばって立ち上がろうとした。だが、腰が浮きかけたところでめまいがして前のめりに倒れた。倒れたひょうしに顔をすりむいてしまった。


「無理か・・・」


めまいで揺れる地面を見ながらウォルトはつぶやいた。なんて滑稽なことだろう。自分の魔法に巻き込まれて死ぬことになるなんて。

もう黒の魔法を止めることもできなかった。この魔法の大きなうねりは、すでにウォルトの手をはなれてしまっている。

この辺一帯をのみこんでしまうまで止まりはしないだろう。


「ちくしょう」


ウォルトは自分の死を覚悟した。いろんな感情があふれてきて涙が止まらなくなった。

これからやりたいことは沢山あった。帰ったら麦の収穫をして、寒くなる前に冬支度を終わらせ、そしたら村で祭りがある。朝まで飲んでバカ騒ぎをしたかった。そんなことを毎年繰り返し、そしてゆくゆくはリナと・・・。


一番の心残りは父親だった。おれが死んだら、あの人は一人になってしまう。家でひとり食事をしている父親を想像したら、やりきれない気持ちになった。


ごうごうとますます強くなる風に、ウォルトは自分の体が浮きかけていることに気づいた。黒い球体に引っ張られているようだ。このまま宙に浮けば風にさらわれて二度と地を踏むことはないだろう。

ウォルトは力を振り絞ってほふく前進を試みた。ずりずりとわずかづつしか進まず、ナメクジのように遅々として進まなかったが、ウォルトは前進をやめなかった。


最後の悪あがきだったが、それもあっけなく終わりを迎えることになった。黒い球体の引力はますます強くなり、数メートル進んだところで、ウォルトの体は地面から離れた。


終わった。


ウォルトはすぐ目の前にあった地面が離れていくのが、ひどくゆっくり感じられた。パナックになりそうになったそのとき、腕を強い力でつかまれたのを感じた。驚いて顔をあげると、なんと父だった。父は驚いたようなほっとしたような、よくわからない変な顔をしていた。そして、父の向こう側にはイーモンとダスティの姿も見えた。三人は吹き飛ばされないように互いに手をつないで、数珠つなぎになりながら精いっぱい腕を伸ばしていた。先のほうではイーモンが階段の入り口の穴に腕をひっかけて、苦しそうに顔をゆがませながら耐えていた。


父が力まかせに引っ張ってくれ、ウォルトは階段の入り口の穴に引きずり込まれた。そして入り口付近では安心できないのか、風の弱くなる奥のほうまで三人に抱えられながら連れていかれた。


ドスンと少々乱暴に降ろされると、ウォルトはうっとうめいた。不満を言いたくなったが、三人はその場にへたり込み、息も絶え絶えな様子だった。それを見てしまうと、不満も言えなくなった。


父が目の前にきて、震える手で両肩に手をおき、その存在を確かめるようにゆっくりと前後に揺らした。


「よかった・・・・よかった・・・・」


父の目には涙が浮かんでいた。ウォルトもそれを見て泣きそうになった。そばではイーモンとダスティが白い歯を見せて笑顔でその光景をみていた。


「感謝しろよ、ウォルト」イーモンがいった。


ダスティは横でうんうん頷いている。


「本当にありがとう」ウォルトは誠心誠意を込めてをいった。


四人は馬鹿みたいに笑い、なごやかな空気が流れたが、それも一瞬のことだった。

塔がギシギシと不気味な音をたてて、次の瞬間ぐらりと傾いたのだった。四人は笑顔を引っ込め、ポカンとしながら顔を見合わせた。

安心しすぎて、まだ危険な状況にあるのを忘れかけていた。


「逃げるぞ!」


父が思い出したかのように、焦りだしウォルトを担いだ。イーモンとダスティもそれを助け、四人は急いで階段をくだりはじめた。


ウォルトは父の背にゆられながら不謹慎とは思いつつも、このドタバタした状況になぜか笑いがこみあげてくるのだった。











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