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多分、この感覚は久しぶりな気がする。
私は、冷たい廊下で夕日の差し込む窓の眩しさに目を顰める。おじいちゃんの寝室の戸を開く。介護用ベッドが大半を占めている。壁に、昭和6年製図の中国大陸の地図があった。更に、天井と窓上の中間部に位置する壁に集合写真があった。無論、白黒であるが……。どれがおじいちゃんなのかは、明確に分からない。
「改めて見ると凄い……よね。」
私はあんまり歴史に詳しくないから興味もないけど、多分おじいちゃんは昔の兵隊さんで色んな所にいたんだろう。
だけど、私に一度としてその時のことは喋ろうとしなかった。特別興味もなかった為、それでもよかった。私の知っているおじいちゃんは、手先が器用で板金塗装もやっていたり、とにかく暇があれば何でもつくってた。
「……帰ってきたのか?」
聞き覚えのあるしゃがれた声が背中からきた。思わずドキリとした。「あっ、えっと、ただいま。おじいちゃん。」私は振り返ると、曖昧に言葉を濁すように愛想笑いを浮かべる。
小柄な老人が戸の付近に佇んでいた。随分と白い髪が禿げ上がり、猫背になった姿勢が一段と侘しく感じさせる。嘗ては、157センチくらいの背丈も、今はもう無いだろう。
「そうか。」寂しそうに、頷く。
「どこに行ってたの?」
少し散歩だ、と何の気もなく答える。杖をその辺に立てかけ、羽織っていた外套を畳んで箪笥に仕舞った。箪笥に仕舞う癖を指摘しても頑固で直さないのは愛嬌だと思う。
それより、と私は話題と視線を変えた。
「ごはん食べた?」
「まだだ。何か食うか? 俺が作れるものはそんなにないぞ。それでよかっ――」
「いーよ。台所貸して。私が調べて何か作るよ。」
「ん?」
「わーたーしーが、作る、って言ったの!」大きい声でいう。
時々だけど、耳も悪くなってるみたいだった。
「そうか。」
前よりも痩せた気がする。検査した時に発見された腫瘍の治療が理由なんだろうか――わからない。私は、分からない事が多すぎる。
「ねぇ、おじいちゃんってどこにいるの?」
指さしたモノクロの集合写真へ疑問を口にした。おじいちゃんは眉を少し険しくした。
「……どうしてだ?」
「いや、その……なんとなく。」
「アレだ。」
ぶっきらぼうに指さしたのは、写真の一番右端に棒のように直立不動で立つ男だった。20代くらいか? いや、10代にもみえる。未だあどけなさの残る雰囲気も、しかし、詳細に顔が判別できるほどの鮮明さではない。
「……ごはん、食べようか。」
私はすぐに部屋を出ようと思った。おじいちゃんは、果てない悠久の時を見詰めるように写真を注視していた。
部屋を出て廊下でもう一度振り返ると、おじいちゃんはまだ、部屋の前に居た。